それでは……
本編どうぞ!
「つ、疲れた……」
「お疲れ様でした司令官」
執務室の机に突っ伏しているのは無論のこと青年で、吹雪達初期艦娘がそんな彼を様々な表情で眺めている。ようやく美船元帥率いる艦娘達が帰ってくれたおかげで張り詰めていた空気が柔らかくなったと実感する程に疲労感が溜まってしまいこの場にいる吹雪達の目など気にする気力は枯れ果てていた。
「……んっ」
「んぁ?なんだ?」
「見てわからないのかしら?お茶よ」
枯れ果てた青年の前に置かれたのは湯呑に入った熱々のお茶。それを見て驚いている青年。別にお茶を出されるのはおかしいことではない……ここまでなら。しかしそれを率先して行動したのが叢雲だったことに驚いたのだ。自分や吹雪、仲間達に対して気遣う姿が見られるが青年相手だとツンとした態度で接している。お茶を入れてくれと頼んだとしても「それぐらい自分で入れなさい」と返答されてしまうだろう。見れば吹雪達も同じ反応で「明日は嵐だね」と誰かが言ったぐらいだ。
「な、なによ!わ、私がお茶を入れたら悪いって言うの!?」
「いや、別にそう言うわけではないが……意外だな。お前が俺にお茶を入れてくれるなんて初めてだろ。それで驚いただけだ」
「ふ、ふん!私が……そう、わ・た・し・が!!!入れてあげたんだから有難く頂きなさいよ」
「おお~!?叢雲ちゃんが珍しく優しいにゃしぃ♪」
「珍しくは余計よぉ!!!」
相変わらずツンとした態度の叢雲だったが、実は何度か青年にお茶を入れてあげようとしたことがあった。しかし運が悪いことに睦月や電が率先して動いてしまっていつも出遅れていた。その度に落ち込んでいたが今回は上手く立ち回れたようだ。口や態度では棘のある言動が目立つものの、彼女は青年に対して感謝をしていないことはない。姉の吹雪や仲間達と共にこの地獄のような監獄の中で轟沈するだけの運命だったのを救い上げてくれただけでなく、こうして今があること自体少し前までは考えられなかった。今では吹雪や時雨達、そして新しい仲間達が居る○○鎮守府A基地。叢雲はここが嫌いだ。しかしそれは以前の話……今ではここ以外の鎮守府へ転属なんて話が出たら反抗して罰を受けても頑なに首を縦に振らないだろう。この今をくれた若者、絶望のどん底に光を差し込ませてくれた青年にちょっとした恩返しのつもりの行動だったのだ。
「ふぅ~う……生き返る~♪」
「なんだか親父っぽい」
「夕立、俺はまだ若いっつーの」
クスクスと笑い声が聞こえてくる。青年が居て、妖精達が居て、自分達が居て、大淀達が居て、熊野達や新しく鈴谷達がここへ所属することになった。そしてこれからもみんな気兼ねなく笑い合える場所になるだろう。たったこんなちっぽけなやり取りだけでも吹雪達にとって幸せだ。いつまでもこんなことが続いていくのだろう……誰もがそう思っていたはずだ。しかしそれはちょっと早かったようだ。
コンコンと扉をノックする音が聞こえて来る。そして入室の許可を貰う声からして大淀だ。しかしこの場に居た吹雪達は違和感を覚えた。重い……声を聞いてそう思った。大淀が入室すると更にハッキリとわかる。
「……失礼します。提督
「「「「「(
吹雪達は誰もが顔を見合わせた。大淀の言う
「提督、大淀さんの言っているのって何のことなの?教えてほしいにゃ」
「提督さん、電からもお願いなのです」
「僕も」
「……そうだな、お前達には言っておかないといけないことがあるんだ」
「大淀及び明石、間宮、鳳翔、不知火、龍驤、木曾の計七名はここ○○鎮守府A基地での支援活動の役目を終えた。よって近日中に美船元帥殿の下へ帰ることになった」
「「「「「……えっ?」」」」」
吹雪達は唖然とその報告を聞いた。
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「ただいま帰ったわ」
「まったく遅いぞ」
「おかえりなさい元帥。あそこはどうだった?」
「
「……そうなの。おかしなものね」
「ふむ……何とも訳がわからん。ところで美船よ、何があった?」
ようやく帰って来れた。職場が帰る場所って言うのもなんだがおかしなものだ。だけど私にとってここが我が家であり、家族が帰りを待っていてくれる。嫌なこと辛いことから逃げ出せる唯一の楽園よ。
時刻はフタマルマルマル。
美船元帥御一行は我が家と呼べる場所へと帰って来た。その御一行を出迎えたのは長門と陸奥。仲間を連れ、視察を無事に終えた様子に一安心だったが
「『何があった』か……ね。五月雨、説明は任せるわ」
「お任せください!えっと、まず赤城さんと加賀さんは鳳翔さんに怒られてしまいまして……外道提督への態度が悪いとのことでした。漣さんは……色々とありました。漣さん風に例えるなら『ありえねぇ~!?』出来事があって……」
「漣が真面目子ちゃんになっちゃうぐらいおかしな鎮守府だったわけね」
美船元帥の代わりに答えた五月雨だが説明しずらそうだった。鳳翔関連で暴走して見境がなくなる一航戦コンビの件は度々あることなので気にしないでおくが問題は漣の方だ。
彼女はちょっと変わり者の艦娘だが根は真面目である。ただ真面目な部分を表に見せることは少ない……それを表に見せる時は深い意味を持つ。余程○○鎮守府A基地が理解の度合いを超えていたことを察することができた陸奥自身も援軍要請に応じた時に青年と一度会っており、想像していた人物像とはかけ離れた人格を見せつけられ、名乗る前から自分達のことを知っていたことに驚きがあったぐらいだ。
元々多くの人間は仕事の都合上仕方ないとはいえ本音を言えば艦娘とあまり関わりたくない。人間からしてみれば見るだけで嫌悪感を抱く
もし陸奥のことを青年が知っていたとしてもそれは軍艦としての陸奥であって、艦娘としての陸奥はあの時初めてあったはずだ。青年は一人一人に視線を向け、名を間違えずに当てたのだ。
「……あの男には驚かされるな」
「そうね」
本当にそうよ、元帥の立場である私が取り乱すなんてこと弱みを見せるなんてできないから平静を装うのが大変だった。特に実際に会って実感したわ。顔は勿論のことだけど体つきも良い。写真で見るよりも断然良かったわ。運動もろくにせず、他人を外見でしか判断しない高みの見物をしている連中とは違った。声も……好みだった。いいわねぇ……って!?そうじゃない!?私は何を考えているんだ!!?
長門の呟きに美船元帥も同意を示す……が要らぬ邪念も混じっていた。元帥の地位に居たとしても美船元帥も醜いが一人の女であることに変わりはない。
驚かされたのは今回の件だけではない。堂々たる気丈夫さと凛々しさを持つ長門であっても悩む時もある。醜い姿であるが故に守るべき人間から冷たい視線を向けられる。日々我慢して耐えてきた彼女であっても心に来るものだ。艦娘にとって醜さは切りたくても切れない呪縛であった長門がつい弱みを見せてしまった。しかし青年はそんな彼女を冷めた視線を向けることなく助言してくれるとは思ってもいなかった。しかもその助言が少なからず彼女の助けになっていたりする。
「はい、私も驚かされることがありましたけど、大淀さんの報告通りで普通なら安心するんですけど、それが逆に不安で……あっ、でも時雨姉さんや夕立姉さん、皆さんは楽しく過ごしている様子だったので安心はできたのですけど……」
「なるほどね、確かに『ありえねぇ~!?』出来事って訳ね。ホント良くわからないわ。軽視派の人間で間違ってないはずなのに……本人と対談したんでしょ、そこのところはどうだったの?」
「イケメンだったわ……特に声がグッと来たわ」
「そうだけど……って声?いや、そうじゃなくて!人間性はどうだったって聞いているのよ!!」
「怒らないで頂戴。それほど想像以上だったのよ……これでも驚愕していたぐらいにね。視察の結果は……流石に今日は疲れたから明日詳しく話すわ。それじゃ先にお風呂に入らせてもらうわ」
「お、おい美船……話はまだ終わってないぞ!」
「ごめん長門、陸奥も気になるでしょうけど一人になって考えたいこともあるの……五月雨は赤城と加賀、漣の面倒を見てやって……任せたわよ」
「あっ、はい!五月雨にお任せください」
そそくさと五月雨達を置いて一人建物へと入って行く。歩く度に靴の音が壁に反響し辺りに響くがそんなもの今の美船元帥の頭の中には気にもならなかった。もはやそれどころではないからだ。
嘘じゃない。外道丸野助……あなたには驚かされたわ。初めはあなたを敵として見ていた。でもあなたと話をしていると……そう思えなくなってしまっていた。視察する前までは親の仇でも討ちに行くぐらいの気迫を宿していたが、それも先ほどまですっかり忘れていた。
醜悪な姿は何も艦娘だけじゃない。私も同じく醜い姿をしていたから周りからの視線がいつも苦だった。それでも元帥の地位にたどり着いたのは艦娘を守る為に必要だったものかもしれない……本当はそんな必要性は欲しくなかったけど。そんな私は外道提督の本心を探ろうと「私も……
『「……醜いか、そうでないかなんて関係ありませんよ」』
ご機嫌取りだと初めは思ったけど違う気がする。あの目は濁ってなんかいない……そう感じた。今まで見てきた薄汚い連中とは違っていた目だった。ましてや「堂々としろ」「誇ればいい」など勝手なことを言ってくれたわ。それが言葉を並べただけならまだしも艦娘の良さを理解していた。あれほど熱弁してくれるなんて予想外だったけど、それが私にとって嬉しかった。しかし何故と言う疑問が生じた。あなたは軽視派だったはずなのにどうして艦娘に優しくする必要がある?軽視派であることは間違いない。訓練生時代の事も調べつくした。
軽視派の上層部から目を付けられ、提督になれるように手配された情報に偽りはない。艦娘に対して良い反応は持っていなかったとも報告が上がっていた。なのに心境が変わった?こんな短期間で?ありえない……どういうことなんだ?あなたに直接会って余計にわからなくなった。
対面しても嫌悪感を見せず、瘦せ我慢をしているようにも見えなかった。艦娘の良さを理解していることは話している内に伝わって来たし、提督としても優秀な功績を出した。男でありながらも傲慢な態度と偏見を持ち合わせておらず、所属している子達からの評判も良い……いや、とても良いもので、脅されて嘘を強要されているわけでもなく本心なのだと漣と五月雨から知らされた。また○○鎮守府R基地に所属していた子達と共に深海棲艦を撃破した。
外道丸野助……一体なにが見えているの?正直あなたに期待が膨らんだわ。けれども違和感も大きくなった。私は……あなたのことがますますわからないわ。もっと調べようがあれば良かったんだけど、大淀達もこれ以上は何も出て来ないと話していた。彼は白と言う事なのだろうか……?それともまだ今は動いていないだけなのだろうか?
これだ!っと絶対的な答えが決められない。私は同じ人間を信用できなくなっているみたい。今まで不細工だからと散々な扱いを受けて来たし、同じ扱いを受けている艦娘の子達の惨劇を見てきた故の結果なのかもしれない。だから心を許せないのかしら……期待を勝手に抱いておいて信用できないなんてホント私ってどうしようもない女に育ってしまったようね。
ギシっと音がした。想像とかけ離れた現実に脳と心が追い付かない。外見だけは元帥として立ち振る舞っていたが、気づけばいつの間にかベッドに倒れ伏していた。
……どちらにせよ、大淀達は呼び戻さなければならなくなった。建造できずに艦娘の手が足りない鎮守府からの支援要請が届いている。外道提督の艦娘を支援と言う形で出してもいいかもしれないが、○○鎮守府R基地の機能が停止してしまった事で守るべき範囲が広がり一つの鎮守府に負担が増えた。守りは彼に任せることにした……彼の事を信用……してみようと思う。迷いは拭えないけど、最前線はあそこじゃない。あそこの海域は元々深海棲艦からの攻撃が比較的少ない場所だったけど、ちょくちょく少数の深海棲艦があそこの海域に侵入するので撃退してもらわないといけないし、R基地の件もあるしね。
外道丸野助……私の判断が間違っていないことを願うわよ。
美船元帥の疲労はピークに達しており、現実から逃げるように今日はもう何も考えないよう静かに瞳を閉じたのであった。