それでは……
本編どうぞ!
『どうして……わたしたちを沈めたの?』
ごめん。
『一人だけずるい……わたしたちもかえりたい』
ごめん。
『沈めておきながら……自分だけ……許さない!!!』
『裏切者』
『裏ぎり者』
『裏ぎりもの』
『うらぎりもの』
『ウラギリモノ』
『ヒトゴロシ』
やめて!!!
「――はっ!!?」
「川内ちゃん大丈夫!!?」
「はぁ……はぁ……な、那珂……?」
「うなされていたよ?やっぱり……思い出しちゃうよね」
布団から飛び起きた。その体は汗だくで恐ろしい光景を見てしまい引き
時刻はマルフタマルマル。
本来ならば川内にとって夜は大好物だが、あの嵐の夜のことを思い出してしまう。仲間が沈み、目の前には同じ最愛の妹の那珂の姿がある。だが彼女とは別人。川内の妹である那珂は嵐の夜に沈んだ。そして自身も。
あの時は浮かれすぎていた。夜戦が好きな彼女はあの夜を忘れられない。嵐でなければ深海棲艦の奇襲にいち早く気づけたかもしれないが、不幸にもいくつもの悪条件が重なって生まれた結果であった。
「だ、大丈夫だよ。ごめんねこんな時間に起こしちゃって」
○○鎮守府A基地へと着任することになった川内は那珂と同室だが、着任当日から悪夢にうなされている。数日しか経っていないが川内は寝不足であることを目の下のくまが証明していた。
「那珂ちゃんは大丈夫だから心配しないで。それよりも川内ちゃんの方が……」
「大丈夫だって。ちょっと夢見が悪いだけだから気分転換に外に行って来るよ」
「じゃあ那珂ちゃんも……」
「ついてこないで」
さっさと寝室から出て行ってしまう。一人になりたいのだろうがこれで何度目の光景だろうか?
「……川内ちゃん」
一人残された那珂は寂しそうに空になった布団を眺めていた。
「はぁ……」
真夜中の海は波の音だけが奏でる音色は静かで癒される。しかし川内の心はそれでも癒されることはない。港の堤防に腰かけため息をついた。
眠れない。おかしいな?神通達は許してくれたのに……やっぱりみんな私を恨んでいるよね。そうだよね、だってみんなを沈めて自分だけがこうして帰って来れて……卑怯者だよね。裏切者って言われても仕方ない。私はみんなを
何度も彼女を責める悪夢を見る。仲間の前では気丈に振舞っているが、それもいつまで持つか時間の問題だ。夜戦が好きだった川内はおらず、夜に恐怖する一人の艦娘……それが彼女だ。
私は帰って来たらダメだったかな?神通や那珂に言ったら怒られるかもだけど……でも、何も知らないままの方が良かった。知らずに沈んだままだったら……みんなの仲間入りだったのに。
鎮守府の光に照らし出される海の向こう。そこは真っ暗な海。そのまた向こうには沢山の艦娘や深海棲艦が沈んだ海がある。平和な海……そう見えているだけ。今もどこかで争いが絶えずに行われているだろう。
沈んだら深海棲艦になる。私もなった。でも帰って来れた。そんな私をみんなが妬み、怨み、嫌う……怖い。苦しいよ……こんなことになるならやっぱり帰って来なければ良かったなぁ……そうだ。
海を眺めていた川内は立ち上がる。しかしその瞳に光はない。
もう一度沈めばいい。そうすれば……そうすればみんなと同じ。それならみんな許してくれるよね?
闇が孕んでいる。仲間を沈め、一人だけ帰って来た罪悪感が彼女の心を染め上げ支配しようとする。それに従うように海の上へと降り立とうとした。
「おい、どこへ行く」
誰かに腕を掴まれた。振り返ればそこには彼女が提督だと選んだ青年が居た。
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少し時を遡ろう……
俺はとても悩んでいる。それは最近無理やり着任した川内の件だ。あいつは特別で、艦娘から深海棲艦、深海棲艦から艦娘へと戻って来た。いわば『ドロップ』した。この世界で初めての異例の出来事らしく、美船元帥さんの使いで五月雨が話を聞きに来たが、大人しかったあいつもこの事実を知った時は大層驚愕して落ち着かせるのに手間取ったぐらいだ。それほど艦娘達にとって認めたくない出来事だが認めなければならない。
良くも悪くも問題が絶えない。川内は帰って来たが思った通り練度が初めから、これはゲームと同じく練度1からということで、今までの経験がない状態だ。即戦力とはいかねぇもんだぜ。だが問題はそこじゃねぇんだよ。問題は……
「提督、川内ちゃんが……」
那珂が執務室を訪れていた。それだけではなく、他にも電や鈴谷そして熊野が居た。
深海棲艦だった頃、軽巡ヘ級から川内へと変わるのを間近で知ってしまったメンバーだ。偶然にも今日そのメンバーが訪れたが、最近毎日艦娘の誰かが青年へとある危険性を訴える。
川内が日に日に弱っている。おそらく……いや、確実に深海棲艦だった頃の出来事が関係しているな。ただ深海棲艦だったならば「帰って来れたね。めでたしめでたし」となるが、そうじゃねぇのが面倒くさい。
○○鎮守府F基地の海域付近で現れた軽巡ヘ級は強敵だった。F基地で古参の神通が痛み分けで退かせたぐらいだ。その軽巡ヘ級が流れ着いた場所がここだった。神通にボコられるまでの間、多くの艦娘が沈められた。沈めたのは軽巡ヘ級だがそれは元は川内であり、その事実を知ったあいつは精神的にダメージが大きく、寝ろと言っても寝ていない状態。それでも「私は寝てるよ」なんて嘘までついて、空元気を振舞っているのがバレバレなんだよ。もっと自分を大切にしやがれってんだ!
そのことを吹雪達含め全員が心配してやがる……チッ、俺の
夜戦はリスクが多い。視界が悪く、敵の発見が遅れれば先手を打たれる。ゲームのように現実は順番なんて待ってくれない。隙を見せれば付け込まれるだけだ。夜戦を避ける艦娘も居るにはいるが、川内は自ら夜戦を好み、何より夜戦のプロだ。それが無いとなれば今のあいつは取り柄がないと言える。ちゃっちゃと問題を解決して取り柄を発揮させなければな。それにあいつは落ち込んだ姿よりも夜戦バカの方が似合っている。そっちの方が扱いやすいに決まっているからよ!!
川内は目に見えて弱っている。それは誰から見ても明らかだった。心配した艦娘達が声をかけ、時には一緒に遊ぼうと誘ったが、どれも断るばかりだ。更なる問題が浮上した。いざ出撃となると川内は躊躇し、海面に立つ足が震えていた。出撃することを体が拒否しており、戦闘の邪魔にしかならないと判断した青年により現在川内は出撃どころか遠征にも出かけられていない。
「ねぇ提督、ちょっとどころかマジでヤバくない?このままだと……マジぱないことが起こる気がする」
「わたくしも心配ですわ。どうにかできないでしょうか?」
「司令官さん……」
「んぁ……確かによろしくねぇな」
鈴谷達の心配も勿論だ。仕方ねぇ、そろそろ無理やりにでも従わせた方がいいな。あいつ自身の意思を無視するが壊れるよりも断然マシだ。あの夜戦バカの代わりなんていないんだからよ。さてと、あいつを真の夜戦バカに戻す為の作戦でも考えて実行に移すか。それまでに何か行動を起こすかも知れねぇからチビ共に
青年は作戦を練る為に夜更かしを決めたのだが、まさかすぐに妖精から報告が来るとは思っていなかった。嫌な予感が的中した彼は真夜中の港へ歩を進めるとそこには今にも去ってしまいそうな川内の後ろ姿を発見。その腕を無意識のうちに掴んでいた。
「おい、どこへ行く」
「……はなしてよ」
振り返った川内の瞳に光は無く、そのまま暗い海へと沈み二度と戻って来ない……そう確信させる危ない瞳をしていた。
こいつやべぇな、チビ共が知らせに来ていなかったら今頃……チッ、勝手なことをしやがって。自分からわざわざ俺の駒になりに来たのに去るつもりかよ?さっきまでお前の為に作戦を考えていたのに無駄になっちまった。数日でもお前にかけた時間は少なくない。それも返さずに去るなんて許すか。絶対に逃がさねぇ、こいつは俺のモノだ。俺の為に尽くし、俺の為に働いてもらわねぇと困るんだよ!!
そんな思いとは裏腹に光を失った瞳が睨みつける。
「はなしてったら!!」
川内は振り解こうとするが、中々振り解けない。艦娘の力ならば青年なんて簡単に突き飛ばすことができるのに不思議なことに解くことができない。それに青年も「絶対に離さん!!」と彼女の両腕をしっかりと掴んでいる。次第に暴れ始めて足蹴りをくらう羽目になり、徐々に痛みが蓄積されていく。
――痛っ!?ちくしょう暴れんじゃねぇよ!!こいつ同じところを何度も蹴りやがって!!こうなったら……!!!
「暴れんな!!」
「――ッ!!?」
暴れる川内に埒が明かぬと青年は彼女を力の限り抱きしめる。組み付くことで力を抑え込む仕組みだ。それでもしばらく暴れていたが、次第に落ち着きを取り戻し、同時に失った光が瞳に宿り始めて痛みも温もりに変わる。
「……て、てい……とく?」
「落ち着いたか?」
「あ、あれ?わ、私は何を……えっ?」
我に返りこの状況を理解したらどういう反応をするだろうか?
「……バ……」
「ば?」
「バカぁあああああああああああああああああっ!!!」
5500トン級の軽巡洋艦パワーで突き飛ばされ、アスファルトの地面を顔面からスライド移動する人間がおったそうだ。
「ご、ごめんね提督」
「……気にするな」
……なんだよこれ?木曾にも同じようなことされた記憶があるぞ。って言うか何でこんな目に遭うんだよ!?
執務室で救急箱から絆創膏や消毒液で手当てされている青年は艦娘の力
「本当にごめんね。で、でも……い、いきなり抱きしめられていたんだもん!」
「そ、それは……悪かった。だがあのままだとお前がどこかに行ってしまいそうだったからな」
「……うん。多分どこか遠いところに行こうとしてた」
「……川内」
「なに?」
「少し話をしないか?」
思いつめた表情の川内と青年は言葉を交わすことにした。心に傷を背負った彼女へのカウンセリングである。悩みや不安などの心理的問題について解決する為に援助や助言を与えることだ。今の川内にはこれが必要だと判断した。
やがてポツリポツリと胸の内を晒していくことでやはり仲間を沈めたことが原因だと判明する。分かっていたことながら難しい問題だ。外傷とは違い、資材を消費して治すのとは訳が違う。下手な援助や助言はかえって状況を悪くしてしまうこともある。慎重に言葉を選ばなければならない。
川内の奴め、すっかり夜がトラウマになってやがる。那珂の奴にも心配をかけ続けているから早く何とかしないとまずい。今のこいつから目を離せば今度こそ取り返しのつかないことになる。だがそうはさせるか、何がトラウマだ。俺がそのトラウマをぶち壊してやる……しかしどうすればいいんだ?
悩みに悩む青年だったが、意外にも先に口を開いたのは川内の方だ。
「ね、ねぇ提督、お、お願いが……あるんだけど?」
……ど、どうしてこうなった?!!
今にも張り裂けんばかりに鼓動が高鳴るのを感じる。それもそのはず何故なら……
「て、提督……熱くない?」
ベッドの上、つまり青年の隣には川内が寄り添いあって添い寝していたからだ。
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ドクンドクンと鼓動の音が煩く響く。しかし実際に響いている訳ではない。それでも鼓動の音が聞こえてくるほどに緊張していることがわかる。
青年と川内、一人用のベッドに二人が背を向けあった形で添い寝をしている時点でおかしなことだがこれにはちゃんと訳がある。
お願い事とは添い寝だった。一瞬何を言っているのかわからなかったが「……ダメ?」と上目遣いでお願いされたら男として了承するしかなかった。だから仕方がないのだ。決していやらしい考えなど存在しないと主張しておこう。
同じベッドで寝る。しかも男と女が一緒に添い寝など前代未聞の出来事だろう。しかも相手は醜い艦娘だ(この世界基準では)その当事者となった青年はと言うと……
「(おちちちちちちちちちちちちちぃっちっちっ!!?お、おち、おちちち、落ち着け!!!こ、これは仕方ないんだ。川内の奴がお願いして来たからであって、こいつを、ひ、ひと、一人にしたら危ないと思ってだなっ!!?)」
背に川内が居る。意識するだけでも鼓動が高鳴るのを感じ支離滅裂な思考に陥ってしまう。それは川内も一緒だった。
話には聞いていた。青年が変わり者で醜いはずの艦娘相手でも嫌がらずに接してくれる優しい男性。○○鎮守府F基地での活躍をずっと傍で見ていてわかったことがある。その話が真実であったと。その証拠に現に今こうして嫌がらずに隣に居てくれる安心感があった。同室の妹である那珂に対しても安心感を抱いているが彼は提督である。
提督の存在は艦娘とは切っても切れない関係にあり、仲間達が自分を暗い海の底に引きずり込もうとする悪夢を見る。怖いと怯える自分を励ましてくれた。気持ちが楽になり、やっぱり追いかけてでも彼の艦娘になれて正解だった。深海棲艦だった頃に感じた温かさは本物だった。その温かさにもっと包まれていたい……その思いがつい口走ってしまったことがきっかけとなった。
「(ど、どうしよう……こ、こんなことになるなんて!!?)」
本人も困惑中だ。自身の発言がこのような事態を引き起こしてしまうなど想定してなかったのだから当然だ。しかしこの時間がとても居心地よい。すぐ背中に感じる人肌、少し動くだけで触れ合う距離。
気になって眠るどころではない。だけど気になる。川内はゆっくりと振り返り男性の背中は
「んぁあ!!?お、おお、おま!?な、なにやってんだよ!!?」
ちょんと触れただけで青年の体がビクリと跳ね上がると同時に心臓が口から飛び出しそうになっていた。
「ご、ごめん提督!!ちょっと気になって……」
「び、ビックリするからもうやめろよ……(ガチでヤバイ。俺の理性よ、頼むから本能に打ち勝ってくれ!!!)」
「……ねぇ提督?」
「な、なんだよ?(お、おいおいこれ以上は何もしないでくれよ!?)」
「……これからどうしていけばいいの?」
「そんなのお前の好きにすれば……っ」
「好きにすればいい」と声をかけることができなかった。振り返ればそこにはこちらを見つめる瞳は潤んでいた。
『仲間殺し』それが彼女の心を痛めつけるには十分な理由であり、トラウマへと誘う呪い。これからずっと背負わされる罪の印。すぐにでも崩れてしまう魂が助けを求めているようだ。
「……はぁ、ここに居ろ。俺の傍に居ればいい」
「……でも、いいの?」
「お前から俺の艦娘になりたいって言っただろうが。あれは嘘だったのか?」
「嘘じゃないよ、でも私なんか轟沈していればよかったんじゃ……」
「川内、お前は自分を必要としていないかもしれないが俺はお前が必要だ」
「どうしてよ?練度も戻っちゃったし。私……深海棲艦だったんだよ?もしかしたらまた深海棲艦になったら……!」
「そうはならない、させないさ。お前が深海棲艦?バカなことを言うな。お前は川内だ。その証拠に……」
青年はおもむろに川内の手を取った。「あっ」と小さな声が聞こえたような気がしたが気にはならなかった。
「温かいだろ?人肌がこんなに温かいと感じるのはここにお前がいる証だ。それに俺の艦娘になった以上勝手に去るなど許さないからな。辛い現実を受け入れるのはすぐには難しいだろうからゆっくりでいい。那珂や吹雪達がお前を支えてくれるさ」
「……提督も?」
「勿論だ。お前には俺が必要不可欠だということをわからせてやる。だから焦らず、トラウマと向き合いながら生きてみろ。怖くなったり、罪の重さに耐えられなくなった時は俺達が一緒に背負ってやるから」
「……ありがとう提督」
「おう(ふぃ……なんとかヤバイ事にならずに済んだか)」
「……ねぇ提督、もう一つお願いがあるんだけど……」
「んぁ?なんだ?」
「……ギュッと抱きしめて?」
その朝まで一睡も眠ることは出来なかった青年。理性と本能の争いが繰り返され、下半身と鼻血が今か今かと発射しようとするのを我慢するので死力を尽くすことになったからだ。
後に「あの夜は(ある意味で)地獄だった」と証言している。それもそうだ、彼の胸で安らかな表情をして川内が寝ていたのだから。
「提督、夜遅くにごめん。川内ちゃん知らな……あっ」
「んぁ!?」
ちなみに川内が寝静まった後、身動きが取れなくなった青年の下に心配になった那珂に現場を見られ顔を真っ赤にしながら「な、那珂ちゃんは何も見ていないよぉー!!」と誤解を解くのにも苦労して、翌日は寝不足だった。