それでは……
本編どうぞ!
太陽が昇る海上を四つの影が進んでいる。その影は一直線に目的地へと向かっている。その目的地は先に見える小さな島だった。その小島へと向かう影は徐々に速度を上げていく。
「早く!早く行くっぽい!」
「睦月も負けていないにゃしぃ!」
「お菓子の為なら頑張れるのです!」
飛び出す形で先行していた夕立、睦月、電の三人は今朝食べたお弁当の味が忘れられない。あんなに美味しいと感じることができて、お腹いっぱいに食べることが出来て幸せだった。レーションなんて今まであんなものを口にしていたと思うと気持ちが悪くなるほどだ。それを食べさせてくれた青年との初遠征に選ばれた夕立達は最初は不安を抱えていたがいつの間にかスッキリしていた。ただ戻るのが遅ければご飯抜きと言う青年の言葉に動かされ全速力で遠征を終わらせようとしていた。舌に刻まれた
今まで遠征から戻るだけで心が押しつぶされそうになっていた彼女達はどこに行ったのやら。笑顔で海上を渡る姿は建造されてこれが初めてのことだ。
「ちょっとみんな早すぎるよ!」
「時雨遅いっぽい!早くしないと提督さんからご飯抜きされちゃうよ!!」
「もう夕立ったら……ふふっ♪」
体が軽く感じる……こんなことは初めてだった。
「……いい風だね。風がこんなに気持ちのいいものだなんて知らなかったなぁ」
時雨は初めて心の底から笑うことができた。だから笑顔をくれた青年の為に今日の遠征は成功してみせるっと心に誓ったのだった。
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「ごっはんーごっはんー!」
時刻はヒトサンマルマル。
遠征は成功した。夕立達が発見したのは燃料、弾薬、鋼材の三つも小島に資材が残っていた。それらを各自持てるだけ持って帰る。限界を超えてまで持って帰る必要は無いと青年は言ったし、最悪諦めていいとまで彼女達に伝えた。途中運よく深海棲艦の姿は確認されず、戦闘になることもなかった。自主的に整備していたお古の艤装では心もとなかったが、その心配も無用で鎮守府が見えて安心できた。初めての遠征は今までで一番簡単な仕事だったと感じる。何よりも気持ちの持ちようが違った。
ふっふ~ん♪こんなに軽くて楽な遠征初めてっぽい!これも提督さんのおかげみたい。だから夕立は提督さんの為にもいっぱい資材を持って帰ってきた。きっと提督さんは喜んでくれる……喜んでほしい。時雨が笑っているのを見た。睦月ちゃんが元の睦月ちゃんに戻った。電ちゃんが元気を取り戻した。夕立達の曇りがかった霧を払ってくれた。着任したばかりなのに提督さんは凄いっぽい!!それに帰ったらほっかほかのご飯が待っている……レーションなんかもう嫌、またカレー食べれるかな?楽しみ……あっ、提督さんっぽい!!!
夕立は色々と考えていると港に人影があることに気づいた。そこには青年と妖精達が集まっており、夕立達の帰りを待っているようだった。
不細工な艦娘と接触するのを少しでも控えようとする者は多い。遠征で港に帰っても出迎えがないなんて当たり前のことだったが、当たり前のことが起きていない。
帰りを待っていてくれる……こんな嬉しいことはない。
「提督さん、夕立ただいま帰還したっぽい!」
「意外と早かったな。もう少し遅いと思っていたが」
「提督さんの為に頑張ったっぽい!」
「そうか。
「――ッぽい!!!」
褒められた。初めて夕立は褒められた。今までどんなに頑張っても褒めてもらえたことは一度もなかった。言葉だけのものだが、今の彼女にとってこれほどの達成感を感じられることは喜びだった。
嬉しい……提督さん、夕立のこと褒めてくれた。「
「提督さーん!!!」
「んぁ!!?」
気分が高揚していた。初めて褒められた夕立はつい嬉しくて青年の胸に抱き着いてしまった。
「……あっ!?ご、ごめんなさい……提督さん本当にごめんなさい!!」
夕立は気づく。女性が男性の胸に抱き着くのはセクハラ行為である。嬉しくなってつい起こした行動は美女ならば許される行為かもしれないが、艦娘である夕立は醜い。『解体』の二文字が頭の中に浮かび、慌てて離れて何度も謝る。何度も何度も……しかし一向に返事が返って来なかった。罵倒も暴力ですらも……恐る恐る頭を上げればそこには……
「……」
「提督さん?」
鼻血を垂らした青年の姿があった。何故鼻血が?と夕立はこの光景が理解できず唖然としていたら、後から追いついた時雨達が資材を放っぽり出して駆け寄って来た。
「提督に何やったの夕立!?」
「夕立は何もやってない……っぽくない。えっと提督さんに抱き着いたぐらい……っぽい?」
「それが原因だよ!?ごめん提督!!夕立は嬉しくなって気が回らなかっただけなんだ。だから夕立は解体しないで!!」
「提督、睦月からもお願いします!!」
「はわわわ、司令官さん……!!!」
夕立を庇おうとする時雨達。不細工な艦娘に抱き着かれて平然としていられる男性が居たら教えてほしいぐらいに、例え温厚の男性でも嫌悪感を感じて距離を置かれたり、態度が急変するなどよくあることだ。それが不細工な彼女達が受ける理不尽な扱いだ。しかし青年は嫌悪感を感じるどころか愛好を感じていたなど知る由もない。
そんなことなど知らない時雨達は必死に弁明しているが、一向に反応を示さない様子に不思議と感じた時雨が恐る恐る声をかける。
「……提督?ねぇ大丈夫?」
「――はっ!?だ、大丈夫だ問題ない」
「あ、あの……提督さんごめんなさい。嫌だったよね……抱き着いたの」
「いや、寧ろ弾力が良かった……」
「「「「弾力?」」」」
「――ッ!?ゴホン!!ゆ、夕立のしでかしたことは特に気にしていない。解体もしないし、罰も与えることはしない。お前は俺にとって(昇進の為に)必要な存在なんだからな」
「――ッ!?提督さん!!!」
夕立の表情が蘇った。その様子は枯れた蕾が吹き返して満開の花を咲かせたようだった。
「時雨も旗艦としての役目ご苦労だった。睦月も電もよくやったぞ」
「「「――ッ!?はっ!!」」」
労いの言葉をかけて貰えたことが嬉しかった。一瞬驚きを見せたが、敬礼する……その時の時雨達の表情は憑き物が落ちた様だった。
提督さん……夕立嬉しい!時雨も睦月ちゃんと電ちゃんも嬉しいっぽい。夕立達の提督さんは提督さんしかいないっぽい。これからは提督さんの為に頑張るっぽいよ!それに夕立、必要な存在と思われてる……んふっ♪それだけでお腹いっぱいぽい!あっ、でもご飯は抜きにしないでね!!
「提督さん!!」
「んぁ?」
「夕立にとっても提督さんは必要な存在っぽい!!」
満面の笑みを浮かべる夕立……これが本来の彼女の姿が返って来たのだ。
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「ふぅ……あいつめ……いきなり抱き着きやがって……」
青年は執務室のソファに腰をかけて気持ちを落ち着かせていた。
艦娘の数が少ないこの鎮守府で憲兵すら存在しない状況。しかし妖精達が青年にはついている。そこで青年は妖精達にお菓子を与える代わりに鎮守府の警備等をお願いしていた。その役割を担った一人の妖精から遠征メンバーが帰って来たと報告を受けると妖精達を連れて出迎えた。妖精達は荷物運び要員である。青年は遠征を行った場所にある資材を早く確認したかったのだが、いきなり夕立に抱き着かれると言うハプニングが起こった。今も青年の心臓はドクンドクンと鼓動がわかる程に高鳴っていた。
夕立め、駆逐艦の癖に……案外あるじゃねぇか!ムニュって、言葉に例えるならばムニュってしたぞ!中破時に谷間が見えたしわかっていたはずなんだが……アレは卑怯だ!!落ち着け俺……俺はロリコン野郎なんかじゃない。駆逐艦娘はガキなんだ。あいつらで欲情するなどあり得ない……だから落ち着け俺の
何がとは言わないが、早く気持ちの高ぶりを落ち着かせたかった。執務室で瞑想し、邪心を振り払うことしばらくして落ち着きを取り戻せた。
ふぅ……ようやく鎮まったか。危うく俺の
青年は胸に残った柔らかい感触を振り払う為に話題を変えることにして現状を改めてみる。
今回手に入った資材は妖精達に頼んで資材置き場に置いてもらった。しかし燃料、弾薬、鋼材の三つも手に入るとは嬉しい誤算だった。量は少なくても必要最小限は一度の遠征で手に入れられるとわかったのだから。今度もそこへ資材調達する為に遠征場所で手に入る資材表は書類にまとめて保管することにした。
次に食糧問題だ。艦娘は食事をしなくても生きていけるが青年は死活問題であるし、士気の低下にもつながる為、食事は一日三食キッチリほしいと思っている。
吹雪と叢雲が妖精達と共に布団を運んでいる最中に弁当は買っておいた。ついでにお菓子も。勿論人数分用意してある。初めから遠征で時間に遅れてもご飯抜きにするなど青年は考えていなかった。寧ろ抜きにしてしまえば士気が低下するのは明白で、食事は戦力を維持するのに必要不可欠なことだ。それを抜くだなんてとんでもない。単に時雨達を脅しただけだ。
今頃は食堂で吹雪達はご飯を食べている頃だろう。遠征から帰還した時雨達がついてくると言う非情にまずい状況だったが、吹雪と叢雲を見つけたことが幸運だった。半ば押し付ける形で弁当を餌にし、食堂に各自の分を置いてあると伝えれば全員走って行ってしまう。それほど楽しみだったのだろうが、吹雪達が急に戻って来た。何か用かと聞けば「一緒に食べましょう」と誘って来たのは驚いた。しかし青年は誘いを断った。とても残念そうにしていたのは記憶に新しい。何度も振り返って「一緒に食べたかった」と嘆きも聞こえていたが、青年はそれどころではない。
ちなみにちょっと遅い昼飯のメニューはシンプルなのり弁当で、財布にも優しい良心的な弁当だが、このまま青年の財布の中身でお弁当生活を続けるのは不可能だ。レーション生活には戻りたくない。どうするべきか……悩んでいた時に、執務室に備え付けられていた電話が鳴った。
一体誰だこんな鎮守府に電話をかける奴は?いや、待てよ……このタイミングでかかってくるとしたら……まさか!!?
……俺の考えが正しければ電話の相手はあの人物の使いッパシリ……だが、今はそっちの方が好都合か。
手が止まったのは一瞬だったが、状況の打開する方が優先だ。それに……こちらはボロを出さなければいいだけのことだ。
「……もしもし、○○鎮守府A基地の外道だ」
「はは~ん、顔はちょっち怖いけどイケメンや!中々おらんでこんないい男!!せやけどこの子が軽視派とはな……勿体ないでぇ」
「ふん、男なんて信用できないね。軽視派なら問答無用で解任すればいい」
「軽視派と言えども証拠も何もない現状では解任できません」
一台の輸送車に女性が七人乗車している……が、誰もが醜い容姿である。そんな彼女達は車内で何やら難しそうな顔で話をしている。
「駆逐艦の子達は大丈夫でしょうか……」
「間宮さん、心配なのはわかります。私だって同じ気持ちですから」
「大淀さん、本当にあの子達は大丈夫なのでしょうか?もし既に魔の手があの子達に届いていたら……!」
「……大丈夫だと信じましょう」
これから向かう場所は惨劇の舞台……○○鎮守府A基地。そこには軽視派の影響を受けた新米提督がいる。その者を監視する為に美船元帥の下から送り込まれた艦娘達だった。
A基地で起きた悲劇、多くの自分達と同じ艦娘が轟沈し、迫害を受けた場所……軽視派だった前提督の酷い仕打ちを散々受けたのにもかかわらず、また着任したのも軽視派の青年だ。きっと今も尚そこにいる艦娘達が泣いている。艦娘を醜いからと使い捨て扱いにし、轟沈したとしても心痛まない連中ばかり……大淀達は美船元帥の下で艦娘としての誇りを持ち続けることができた。そのことがどれほど自分達が幸せであるかを象徴としていた。
大淀は建造したての頃は自分が特別とは思っていなかった。だが辺りを見回せば自分はどんなに愛されていたかと実感した。そんな状況に大淀は心を痛めていた。
「皆さん、見えてきましたよ」
大淀達を乗せた車が到着したのはそれからすぐのことだった。