少なくとも第三部 任務5よりは前の時点ですが、特に設定はありません。
ネタバレ要素も無いと思います。
原作の設定に沿っていないオリジナル設定が含まれます。
執筆時間3時間くらい、あんまり推敲していません。
クロユリは花騎士である。
害虫を殺している。
もう長い事花騎士を続けている。
独り死地に身を置き、生き延び続けている。
「3、いや4か」
草木も生えぬ丘の向こうを睨み、呟く。
彼女の読みは正確だ。まだ見えないが、丘を下った先に3体、離れて1体。
息を吸い、静かに駆け出す。丘の上からの奇襲攻撃だ。
「キシャァァァァアア!!」
カマキリ型の小型が2、カブトムシ型の大が1、もう1体は見えない。
だが、強烈な死の匂いがする。強敵だ。
「ここが私の死に場所になるか……行くぞッ」
もはや馴染み深い恐怖はそのまま、剣を抜き放ち駆け下りる。
害虫は威嚇から瞬時に攻撃態勢に移る。
カマキリ型が左右から迫り、カブトムシ型は突進の構えを見せる。
クロユリを捉えんと両側から伸ばされた鎌を、彼女は飛び越える。
「突進はさせん」
左側のカマキリ型の頭上を飛び、首を撫で斬る。着地、疾走。
カブトムシ型は突進を始めている。しかしその加速は鈍い。登り坂の不利、カマキリ型が時間を稼ぐ腹積もりだった。
「グルァ―――」
スピードに乗っていない衝角の正面から頭に取りついたクロユリは、瞬時にその急所を刺突、横に引く。
斜面を抉り、カブトムシ型は絶命する。
「シャ、シャァァア!」
「終わりだ」
残った1体のカマキリ型が振り上げた両の鎌、次いで胴を薙いで。
クロユリは恐怖する。
「出たな……」
咄嗟に手放した剣とカマキリ型もろとも、大地を吹き飛ばした魔法攻撃。
それを回避できたのはクロユリの持つ危険を察知する感覚ゆえだ。
生来の能力として、クロユリは危機に敏感だった。
危険は彼女の足をすくませ、生き延びさせ、守るべき仲間を裏切らせた。
恐怖に粟立つ身体はクロユリの憎むべき敵であり、戦場に置いて最も信頼できる友であった。
経験を積んだ彼女は「恐怖」が何体いるのかを遠距離から見抜く。きっとクロユリの適性は偵察兵だったのだろう。
正面から恐怖にさらされ続けたクロユリは「恐怖」が放った「恐怖」さえ、肌で感じ取るようになった。
彼女は「死の恐怖」に挑み続け、彼らの放つ「致死の恐怖」だけを紙一重で躱し続けてきた。
予備の剣に手を伸ばす余裕はなかった。
「ヴォォォォォォォォン」
巨大なチョウ型害虫が浮遊している。
空から来たのか、空間を跳んだか、あるいは透明にでもなっていたのか。
魔力の槍を無数に撃ち出しながら接近してくる巨体に、クロユリは背を向けて丘を駆け上る。
降り注ぐ魔法を躱しながら頂上にたどり着けば、紅い影を見る。
「おまっ、なっ」
「後でね!」
「ヴォォォオォォン」
クロユリと入れ替わりに飛び出したゼラニウムはチョウ型害虫と対峙する。
飛来する攻撃を躱し、受け流す。
気力は満ち満ちている。
予備の剣を腰に佩き、クロユリは再び害虫に向かう。
判断は早かった。
「挟み討ちだ!」
「了解!」
左右から斬りかかる花騎士二人に対し魔法攻撃を撒き散らす害虫。明らかに攻撃密度は低い。
わずかに魔法が途切れた瞬間、二人は魔力を解き放つ。
黒と紅の剣閃が幾度も交錯し、二人はその立ち位置を入れ替える。
瞬間の連撃を終え、しかし敵は堕ちていない。
着地したクロユリに向き直り、最後の攻撃を放つ。
身体が最大の警告を発する。
それでも、クロユリは前に出た。
「やれぇッ!」
眼前の恐怖が身を貫く瞬間、それはあらぬ方向に解き放たれた。
片翼を根元から切り落とされたチョウは落着する。
なおも魔法を放たんとする害虫の頭部を、黒剣が貫いた。
「やっぱり加護が薄いね、スキル一発でもうへろへろだよ」
「……ひとつ、訊きたいことがある」
周囲の安全を確認し、小休止を取る。
世界花の加護がほとんど届かないコダイバナでは、花騎士はその戦闘力を十分に発揮できない。
少しの無理が数多の花騎士の命を奪ってきた地だ。
ちなみに、害虫が吹き飛ばしたクロユリの剣は無事に見つかった。クロユリの剣は頑丈だ。
「ちゃんと団長の許可は貰ってきてるよ。というか団長の指示」
「何だと?」
「コダイバナ奥地の偵察なんて、一人じゃ危険な任務だからね」
「危険だからこそ私一人でいいんだ。それなら……」
「死ぬのは自分一人でいいって、それじゃダメだよ。絶対ダメ」
「何故だ、私はともかくお前が死ぬのは駄目だ!」
「団長からの命令でーす。『偵察して得た情報を確実に持ち帰る必要がある。どちらか一人だけになったとしても必ず生還すること』」
「…………」
「素直じゃないよね、クロユリも団長もさ。勝手に一人で出てきた癖にやられかけてるしっ」
自分一人でも態勢を立て直し、チョウ型害虫を仕留めることは可能だったと、反駁しようとしたが止めた。ただの負け惜しみだ。
それに、最後の瞬間ゼラニウムを信じた自分がいる。
最も信頼していたはずの「恐怖」より、ゼラニウムの剣を信じていた。
恐怖を払うその信頼は、とても心地の良い感覚だ。
「クロユリは私が死ぬのが嫌なんでしょ? だったら私を守ってね。私もクロユリを全力で守るからさ」
「……勝手にしろ」
「勝手にする」
自身につきまとう彼女が急速に力をつけていることを、クロユリは把握している。
もう少しすれば、きっと己よりずっと優秀な花騎士になると、そう思っている。
そんな彼女に対しても、背中を預けるというのは、なんともむずがゆい気持ちだ。
それでも、
「悪くない気分だ」
クロユリは思う。
「栄養補給を済ませたら出発する」
「あ、サンドイッチ作ってきたからクロユリも食べよう?」
「私は干し肉でいい」
「そういうと思って、じゃーん! クロユリの分は干し肉サンドにしてみました」
「いや、それならハムサンドとかでいいんだが」
二人がいるのはコダイバナ奥地、調査記録のある範囲のほぼ西端である。
これから挑むのは過去数百年、人類未踏であり続けた魔境。
気負いはない。
預けた背中は温かい。
おわり