無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

10 / 64
第9R 要するに、出走が決まっちゃったって…コト!?

「ふああああ…」

体を起こして、軽く欠伸と伸びをする。

何だかんだでこの体になってから、もうそろそろ1ヶ月と少し経つ頃だろうか。

 

大分筋肉痛になることも無くなってきたわけだし、俺も成長したという事なのだろう。

というわけで、意気揚々と、今日も今日とて向かうはトレーニング。

 

「行くわよっ!アンタ!」

というわけで、今日も今日とて殴り込んでくるヴァーゴ。

 

「おはよう」

と俺も軽く会釈をして、さっさと支度を済ませる。

 

「大分、だらしなさも無くなってきたじゃない。…やっと、少しはしっかりとしてきたみたいね。」

んでもって頂戴するは厳しいお言葉、と。

まあ、あんだけ世話してもらったら、これぐらい言われて当然ではあるが…。

 

豆腐メンタルの俺には、少々ダメージがでかい。

「…どうしたの…?」

ガクッと地面についた膝。

 

…あれ?おかしいな?そんなに俺って豆腐だったっけ?

「…もしかして、今ので…?」

 

いやまさか、な?そんなそんな…この程度で傷つくほど、俺のメンタルは弱くないと信じてる。

「ごめん、アンタ!今度チーズケーキ、奢ってあげるから…ってそういえば、今のアンタ、甘いものそんなに好きじゃなかったわよね。えーと…えー

と…」

 

「…だ、大丈夫…大丈夫だから…」

と、まだ少し、ガクガクと震える膝を押さえつつ、立ち上がる。

 

「…そ、そう…?だったらいいんだけど…。」

いつになく弱気なヴァーゴを眺めるのも悪くはないが…この場合、どっちかというと、立場が弱いのは俺である。

 

「…その…なんか、ごめん。」

と、謝罪をしつつ、ヴァーゴの手を取る。

 

「…それじゃ、行こ?」

「…う、うん…」

 

普段とは違って、少しおどおどしてるヴァーゴを見るのも悪くない。

 

ちょっとした優越感と共に、俺は学園へと向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

ごめんなさい、優越感を感じられたの一瞬でした。

 

どういうことかって?

つまるところ…つまるところさ。

「…もう一度、言うから、耳の穴かっぽじってよく聞いててね?7月23日。モリオカレース場、第3Rへの出走が決まりました。」

 

「…え…?」

「だ・か・ら、デビュー戦ってこと!」

 

…え…?

と、もう一度、聞き返しそうになったところで気がつく。

 

これ、ループしてね?と。

よく考えたら、もうすぐこのやりとり始めてから20分ぐらい経つ気もするし…。

 

うん、これぐらいでストップするべきだ。

観念して、ちゃんと言葉を練り上げつつ、聞き返す。

 

「…えーと…なんで、急に…?」

 

「あなた…ねぇ…。」

 

途端、急にトレーナーが深く息を吸ったかと思うと、

 

「この1ヶ月、ずっと避けてきたじゃないの!」

 

彼女の怒号が、トレーニング場中に響き渡った。

 

◇ ◇ ◇

 

はい、目覚まし時計が一周。

しませんでした。

 

トレーナーに捕まって、トレーニング場に強制送還される道すがら、走マ灯のように走る今までの記憶を振り返る。

 

トレーナーが叫ぶ→思わず逃げる→捕まる。

 

と、ステップにすると、たった三つ。あらお手軽。

 

…というわけで、逃げられるわけがありませんでした。

 

人間がウマ娘に勝てなくても、ウマ娘対ウマ娘なら話は別なんよ。…目覚まし時計使ってリセットすることもできないし。

 

「…それで、あなたがデビュー戦を避けてきた理由ってなんだったっけ?」

 

「えーと…」

 

…そうだ。

 

 

「…準備不足で、負けるのが怖いから」

 

 

ボソリと呟いた声は、自分でも驚いてしまうほどに小さい。

 

…それでも、正直、これが1番、不安だった。

“無敗の八冠ウマ娘になる”

そう宣言したのが、だいぶ遠くに感じる。

 

これは、俺の夢のはずだ。

だけど、この夢が、俺の足を鎖のように、縛り付けている。

 

そのせいで、踏み出すことができなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

…行けるか?

彼女は始まった賭けに、思わず拳を握り締めた。

 

1ヶ月間、デビューを避けてきた己の担当ウマ娘が、デビューで走るように仕向けるのは、そう簡単な話ではなかった。

…それでも、彼女の夢を叶えるためには、当然、期間が必要だ。

 

中央に行くのであれば、それなりに早く実績も残さねばならない。

だが、その反面“無敗”という条件がついている以上——そう急いでことを進めてしまうと、早速彼女の夢を、壊してしまう可能性もある。

 

…それは、正直、怖かった。

それでも…こっそりと見た、ヴァーゴとのレース。

準備が整ったと考えられる今、ここで動かなければ、彼女は夢から遠ざかってしまう。

何もせずに、結局、夢を叶えられずに、終わる。

 

それは…それは、1番避けたい結末だった。

 

“無敗の三冠ウマ娘になります!”

 

あの途方もなく、大きな夢に付き合ってくれた男性が一人だけいた。

 

——彼女自身の担当トレーナーであった、彼もよく言っていたはずだ。

 

『夢は、自分から掴みに行く準備をしなくちゃ、絶対に叶えられない。…だから、走れ。』

 

確か、大きなレースに出走するのを恐れていた時、彼女が自分にかけてくれたのは、そんな言葉だっただろうか。

 

…そうだ。私にも今、目の前に立っている少女のように、悩んだ時があった。

それでも——トレーナーが、私の道を照らしてくれた。

 

…であれば、私が、ここでするべきことも決まっている。

 

「…いい?あなたが、夢を叶えるには、ここで走る必要があるの。」

 

語り合うこと。

ただ、それだけだ。

正直、彼女が、NOと言ったら、出走取り消しをする気も少なからずあった。

 

…でも、自分が弱気でいたら、いけない。

自分自身が、トレーナーが、ここで強くあること。

 

それが、きっと1番大事なんだ。

 

「私は、叶えたい。あなたの夢を。」

 

だから——だから——

 

「走ろう?一緒に、どこまでも。」

 

◇ ◇ ◇

 

「先輩、トレミアンタレスちゃんの出走、決まったんですね。」

 

「…ええ、正直、大変だったわよ。」

 

ため息をつきながら、彼女は話し出す。

 

「…最後は、精神論だったわよ。…それでも、ここで出走してもらわなくちゃ、中央行きが遠ざかるんだもの。何もせずに夢敗れるのが、1番怖かったし。」

 

「先輩、アンタレスちゃんに対しての感情移入、強いですもんね。」

 

「…ええ。」

 

そこで、笑みを浮かべると、彼女は呟いた。

 

「昔の私と似てるから、かしら?」

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「ルドルフ、デビューの日が決まった。7()()2()3()()、新潟レース場だ。」

 

「わかった、トレーナー君。資料はそこに置いておいてくれ。」

 

「自信の程は?」

 

「…当然、あるに決まってるじゃないか。」

 

そう呟いた、鹿毛のウマ娘は、立ち上がると、

 

「あまり私を…無礼(なめ)るなよ?」

 

口の端を吊り上げた。




というわけで、次回、デビュー戦です。
競馬知識に関して、間違っている点などございましたらご指摘いただけますと、幸いです。

掲示板形式(BBS)

  • 欲しい
  • いらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。