無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「ふああああ…」
体を起こして、軽く欠伸と伸びをする。
何だかんだでこの体になってから、もうそろそろ1ヶ月と少し経つ頃だろうか。
大分筋肉痛になることも無くなってきたわけだし、俺も成長したという事なのだろう。
というわけで、意気揚々と、今日も今日とて向かうはトレーニング。
「行くわよっ!アンタ!」
というわけで、今日も今日とて殴り込んでくるヴァーゴ。
「おはよう」
と俺も軽く会釈をして、さっさと支度を済ませる。
「大分、だらしなさも無くなってきたじゃない。…やっと、少しはしっかりとしてきたみたいね。」
んでもって頂戴するは厳しいお言葉、と。
まあ、あんだけ世話してもらったら、これぐらい言われて当然ではあるが…。
豆腐メンタルの俺には、少々ダメージがでかい。
「…どうしたの…?」
ガクッと地面についた膝。
…あれ?おかしいな?そんなに俺って豆腐だったっけ?
「…もしかして、今ので…?」
いやまさか、な?そんなそんな…この程度で傷つくほど、俺のメンタルは弱くないと信じてる。
「ごめん、アンタ!今度チーズケーキ、奢ってあげるから…ってそういえば、今のアンタ、甘いものそんなに好きじゃなかったわよね。えーと…えー
と…」
「…だ、大丈夫…大丈夫だから…」
と、まだ少し、ガクガクと震える膝を押さえつつ、立ち上がる。
「…そ、そう…?だったらいいんだけど…。」
いつになく弱気なヴァーゴを眺めるのも悪くはないが…この場合、どっちかというと、立場が弱いのは俺である。
「…その…なんか、ごめん。」
と、謝罪をしつつ、ヴァーゴの手を取る。
「…それじゃ、行こ?」
「…う、うん…」
普段とは違って、少しおどおどしてるヴァーゴを見るのも悪くない。
ちょっとした優越感と共に、俺は学園へと向かった。
◇ ◇ ◇
ごめんなさい、優越感を感じられたの一瞬でした。
どういうことかって?
つまるところ…つまるところさ。
「…もう一度、言うから、耳の穴かっぽじってよく聞いててね?7月23日。モリオカレース場、第3Rへの出走が決まりました。」
「…え…?」
「だ・か・ら、デビュー戦ってこと!」
…え…?
と、もう一度、聞き返しそうになったところで気がつく。
これ、ループしてね?と。
よく考えたら、もうすぐこのやりとり始めてから20分ぐらい経つ気もするし…。
うん、これぐらいでストップするべきだ。
観念して、ちゃんと言葉を練り上げつつ、聞き返す。
「…えーと…なんで、急に…?」
「あなた…ねぇ…。」
途端、急にトレーナーが深く息を吸ったかと思うと、
「この1ヶ月、ずっと避けてきたじゃないの!」
彼女の怒号が、トレーニング場中に響き渡った。
◇ ◇ ◇
はい、目覚まし時計が一周。
しませんでした。
トレーナーに捕まって、トレーニング場に強制送還される道すがら、走マ灯のように走る今までの記憶を振り返る。
トレーナーが叫ぶ→思わず逃げる→捕まる。
と、ステップにすると、たった三つ。あらお手軽。
…というわけで、逃げられるわけがありませんでした。
人間がウマ娘に勝てなくても、ウマ娘対ウマ娘なら話は別なんよ。…目覚まし時計使ってリセットすることもできないし。
「…それで、あなたがデビュー戦を避けてきた理由ってなんだったっけ?」
「えーと…」
…そうだ。
「…準備不足で、負けるのが怖いから」
ボソリと呟いた声は、自分でも驚いてしまうほどに小さい。
…それでも、正直、これが1番、不安だった。
“無敗の八冠ウマ娘になる”
そう宣言したのが、だいぶ遠くに感じる。
これは、俺の夢のはずだ。
だけど、この夢が、俺の足を鎖のように、縛り付けている。
そのせいで、踏み出すことができなかった。
◆ ◆ ◆
…行けるか?
彼女は始まった賭けに、思わず拳を握り締めた。
1ヶ月間、デビューを避けてきた己の担当ウマ娘が、デビューで走るように仕向けるのは、そう簡単な話ではなかった。
…それでも、彼女の夢を叶えるためには、当然、期間が必要だ。
中央に行くのであれば、それなりに早く実績も残さねばならない。
だが、その反面“無敗”という条件がついている以上——そう急いでことを進めてしまうと、早速彼女の夢を、壊してしまう可能性もある。
…それは、正直、怖かった。
それでも…こっそりと見た、ヴァーゴとのレース。
準備が整ったと考えられる今、ここで動かなければ、彼女は夢から遠ざかってしまう。
何もせずに、結局、夢を叶えられずに、終わる。
それは…それは、1番避けたい結末だった。
“無敗の三冠ウマ娘になります!”
あの途方もなく、大きな夢に付き合ってくれた男性が一人だけいた。
——彼女自身の担当トレーナーであった、彼もよく言っていたはずだ。
『夢は、自分から掴みに行く準備をしなくちゃ、絶対に叶えられない。…だから、走れ。』
確か、大きなレースに出走するのを恐れていた時、彼女が自分にかけてくれたのは、そんな言葉だっただろうか。
…そうだ。私にも今、目の前に立っている少女のように、悩んだ時があった。
それでも——トレーナーが、私の道を照らしてくれた。
…であれば、私が、ここでするべきことも決まっている。
「…いい?あなたが、夢を叶えるには、ここで走る必要があるの。」
語り合うこと。
ただ、それだけだ。
正直、彼女が、NOと言ったら、出走取り消しをする気も少なからずあった。
…でも、自分が弱気でいたら、いけない。
自分自身が、トレーナーが、ここで強くあること。
それが、きっと1番大事なんだ。
「私は、叶えたい。あなたの夢を。」
だから——だから——
「走ろう?一緒に、どこまでも。」
◇ ◇ ◇
「先輩、トレミアンタレスちゃんの出走、決まったんですね。」
「…ええ、正直、大変だったわよ。」
ため息をつきながら、彼女は話し出す。
「…最後は、精神論だったわよ。…それでも、ここで出走してもらわなくちゃ、中央行きが遠ざかるんだもの。何もせずに夢敗れるのが、1番怖かったし。」
「先輩、アンタレスちゃんに対しての感情移入、強いですもんね。」
「…ええ。」
そこで、笑みを浮かべると、彼女は呟いた。
「昔の私と似てるから、かしら?」
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「ルドルフ、デビューの日が決まった。
「わかった、トレーナー君。資料はそこに置いておいてくれ。」
「自信の程は?」
「…当然、あるに決まってるじゃないか。」
そう呟いた、鹿毛のウマ娘は、立ち上がると、
「あまり私を…
口の端を吊り上げた。
というわけで、次回、デビュー戦です。
競馬知識に関して、間違っている点などございましたらご指摘いただけますと、幸いです。
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