無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第14R つまるところ、覚悟を決めなきゃ——と?

「…それじゃ、行くわよ。」

コインを手に持ち、トレーナーが宣言する。

 

「…ええ、いつでもどうぞ。」

なかなかにジャージ姿も様になってる、と言うか、様になりすぎている、というべきか。

 

少々、目力が強い気もするし、何というか…強そうだ。

 

「あまり私を舐めないでね?引退後もちゃんと、トレーニングしてたんだから。」

彼女はそう宣告すると、ピンと、コインを弾いた。

 

宙を舞うコイン。

 

夕暮れの陽に照らされ、鮮やかに光り輝く。

だが、見惚れている場合ではない。

 

スタートダッシュの構えをとったその時、コインが地につき——

 

 

スタートだ。

 

 

今回のコースは芝1600mといったところ。

今までなら負荷も考慮して、走ってせいぜい1000mといったところであったので、普段より+600mといった具合だろうが、流石にこの差はでかい。

 

…とはいえ、立ち回りもわからないのだ。

最初は慎重に、と。

 

速度を気持ち抑えた状態で、取り敢えず内ラチ側に収まっていく。

ここのコースも今は走り慣れたものだが、いつもと違うのは併走相手がいると言うことだ。

 

そして、その肝心の併走相手はというと——

2バ身ほど離れた後ろにつけてきていた。

 

あれぐらいのペースで走れ、ということなのか、それとも、それが彼女の作戦なのか。

だが、相手のペースに乗せられたらマズイ、ということは今までのレースで十分学んできたはず。

 

俺は俺でペースを作るんだ。

さて、第3コーナー回ってもうすぐ最終直線といったところ。

 

トレーナーが仕掛けてくる様子は今のところない。

 

…であれば——

 

——俺が先に仕掛けるっ!

 

一気に足に力を込め、大地を踏み締め。

聞こえてくるのは、ザッという小気味の良い音。

 

と同時に、地面を突き放すように蹴り上げ、ぐんと速度を上げていく。

のだが…。

 

…おかしい。まだトレーナーが仕掛けてこない。

——本当に、ここでスパートをかけるのは正しいのか…?

 

唐突に湧いてくる疑問が、一歩、先に進むのを躊躇わせる。

その、一瞬の躊躇いが仇となった。

 

ザッ!

 

背後から聞こえたのは地面を抉った音。

 

——仕掛けてきた。

 

もう、最終直線に入って半ばといったところ。

 

だというのに…突き放せていない。

 

全身が粟立つようなゾクリとする感覚。

 

どんどんと近づいてくる足音と息遣い。

突き放そうと、スピードを上げるが、間違いなく音は近づいてきている。

 

…不味い。

更にスパートをかけようと、足に力を込めた時だった。

 

ぐらり

 

と視界が揺れた。

 

…フォームが、崩れたのだろうか。

慌てて、持ち直そうとした、その時。

 

ザッ!

 

一際大きな音と共に、横から一筋の影が飛び出した、かと思うと、一気に突き放された。

一瞬で逆転する位置。

 

——抜かねば。

フォームを戻し、再び足に力を込めるも…距離は縮まらない。

…いや、それどころか距離が広がっている。

 

俺の加速を超える速度で、彼女は…走っている…のか?

つまるところ——

 

——追いつけない…と?

そう実感した瞬間だった。

急に、脚が重くなると共に。

 

段々と、視界がぼやけてきた。

「届…けよ。」

 

熱く熱された空気が、辛うじて声となり口から漏れる。

よろめきながらも、地面を蹴り上げ、前に進む中で。

 

ぼやけた視界の中で、彼女がゴール板の前の大地を踏み切るのが見えた。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…お疲れ様、アンタレス。」

ゴールすると同時に、地面に倒れ込んだ俺に、トレーナーが差し出してきた水を受け取り、黙って飲み干す。

 

「…はぁ…はぁ…」

それまで、虫の息といった具合だったのが、少し安定してくる呼吸。

 

「立てるかしら?」

しばしの静寂を経て、そう問いてきたトレーナーの言葉に頷き、手を掴んで立ち上がる。

 

「——さて、課題についてだけど…まずは——」

日陰に移動し、数分後、トレーナーが話を切り出した。

 

「スタミナの不足、ね。ゴール手前、明らかにスピードが落ちたでしょ?」

…確かに、だ。

明らかに普段より加速力が落ちていた。

 

「原因としては…慣れない距離だったからこそのペースの乱れも挙げられるわね。そして、何よりも——」

そこで一呼吸を置くと、彼女は話を続けた。

 

「自分のペースで走ることへの躊躇い、よ。正直、これが決定的だったわ。…あそこで、もっと距離が空いていれば、結果はもう少し変わっていたかもしれない。」

 

躊躇い、か。

あの時、もう少し突き放せていれば、確かにまだワンチャンあったかもしれない、と。

 

少なくともここまで無様な結果では終わらなかったかもしれない、と。

胸の中で、何かが囁いていた。

 

「だからこそ、確立しなきゃいけない。あなた自身のペースを、どんな相手だろうと、どんなレースだろうと曲げないあなただけの、あなたらしい——走りを。それが、トレーニングと同じぐらい大事な…今のあなたの課題。」

 

——俺の走り、か。

 

確かに、今までは我武者羅に走ってきた。

俺自身の走り、だなんて、考えてこなかった。

 

だから、だろうか。

今日のレースの時、俺の走りは確かに曲がった。

 

慣れない距離だったというのもあった…だろうが…1番は、威圧感に負けたこと。

曲がらない俺だけの走りは、きっと、今後色々な相手と戦う時の、強い武器になるということだろうか。

 

そして、彼女は最後に、俺の瞳を見据えると、

 

「この先、待ち受けているのは、才能だけじゃ…戦えないぐらいに、苛烈な世界。そこに身を投じる覚悟。そして、曲げない自分だけの信念を…夢に向かって突き進む意志を持つウマ娘だけが、勝利を掴めるわ。だから——覚悟を決めて。それが、最初の課題よ。」

 

そう言い放った。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

…眠れない。

 

もう目も冴え冴えといった具合か。

すっごい覚醒してんな、今。

 

それというのもやはり…。

トレーナーが言っていたことが、頭の中にこびりついているから、だろうか。

 

“覚悟を決めて”か。

 

考えてみれば、ここに来てからどれだけ、厳しい世界に晒されたという実感を持っていただろう?

脳裏をよぎるのはそんな疑問だった。

 

ずっと、頭が回転してるようで、眠気がちっとも湧いてこない。

どうしたものか——と、ベッドに座り込んだ時だった。

 

タッタッタ、と。

 

窓の外で誰かが駆け出すのが見えた。

いや、あの栗毛は間違いない。ヴァーゴだ。

 

恐らく、このままここで燻っていても何も始まらないだろう。

 

俺は、ドアを開け、ヴァーゴを追いかけることにした。

 

◇ ◇ ◇

 

「…アンタ?こんな時間にどうしたの?」

追いつけたのは案外すぐ、だった。

 

「…いや、なんだか眠れなくって。」

と、そう答えておく。

 

「…そう。だったら、一緒にトレーニングする?門限は過ぎちゃってるけど。」

そう告げると、彼女は再び駆け出した。

 

◇ ◇ ◇

 

走り出してから何分経っただろうか。

 

「…ここで、休憩にしましょうか。」

公園の前でそう告げる彼女の言葉で目が覚める。

 

「…ああ。」

短く答え、座り込んだのはベンチ。

 

いざ走るのをやめてみると、湧いてくる疲労感で少し頭がぼーっとする。

「…それで、眠れなかった理由、聞いてもいい?」

 

その時、唐突に、彼女はそう聞いてきた。

 

「…えーと…。」

 

反射的に出てきたのは答えにならない答え。

どこが重要なのか、と考えた時に、やはり真っ先に浮かんでくるのは“覚悟”という言葉だった。

 

「私、今日トレーナーに言われたの。まずは覚悟を決めなさいって。」

 

自分でも驚くぐらい、落ち着いた口調だった。

 

「…おかしいよね。ただそれだけのはずなのに、何だか意味が見えてこなくって。」

 

「…そんなことなの。」

 

恐ろしいぐらい早く、彼女は答えを出した。

 

「…え。」

「だったら、決めちゃえばいいだけじゃない。」

それも言い切るように。

 

「…でも、なんとなく踏ん切りがつかなくて…」

 

「そんなことないわよっ!」

 

一瞬、俺は肩を震わせた。

それほどまでに、珍しかった。

 

彼女が…声を荒げたのが。

 

「アンタは夢を宣言した時だって…走ってる時だって…それこそ、夏合宿の時だって…ずっとずっと真剣だった。それもバカみたいに。アンタがそれぐらいの覚悟を決められないわけがないわ。私が保証したっていいもの。」

 

そこで、彼女は俺の肩を掴むと、真っ直ぐ俺の瞳を見据えた。

 

「だから、あとは一歩踏み出すだけじゃない。」

 

…そうだ。

 

何を迷うことがある?

俺には夢があったはずだ。

 

そして、それは、常に揺るがなかったはず。

 

“無敗の八冠を獲って、テイオーの憧れになる“という大きな夢が。

 

そのためならなんだってできるって…そう、決意はずっと固めてきたはずだ。

 

「はは…私、何このぐらいで悩んでるんだろ。そう…だよね。よし!私ならきっとできる!」

 

そう呟いた声が、夜の公園に響く。

…自信が、胸の中でスーッと広がっていった気がした。

 

「それでこそアンタよ!…それじゃ、すっきりしたみたいだし、そろそろ帰りましょうか。」

 

そう告げると、彼女は一歩前に立ち、歩き始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

無言で歩く中、気づいたら、部屋の前についていた。

 

「…それじゃ、おやすみ。“私のライバル“。次の桂樹杯、私も出るから。楽しみにしてるわね。それじゃ。」

 

別れる直前、彼女は一言告げると、部屋に戻っていっ

た。

 

…今、あの方、俺のこと“ライバル“って言いました?

 

そっか。

 

「…へへっ」

思わず声が漏れる。

 

よし、そうと決まれば…

 

「絶対絶対絶対、桂樹杯勝ってやるからなぁぁぁぁぁ!待ってろよぉぉぉ!中…」

 

「だから、うるさいって言ってるでしょっ!」

 

俺の決意と称したただの発狂は、見事にかき消された。

 

…まあ、とにかく桂樹杯で勝つ、これは決定事項だ。

 

「よし。」

 

 

拳と、決意を固めると、俺は部屋に戻っていった。




次回、桂樹杯です。
よろしくお願いします。

アンタの耳

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