無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
ここで、アンケートを取っていた理由について説明しますと、近々拙いながら、アンタの挿絵でも描こうかなと思っておりまして、決まらない部分をアンケートにしていたといった形です。
ご協力ありがとうございました。
「…行ける…かしら…?」
もうすでにアンタは行ってしまった後みたいで。
一人取り残された地下バ道で、私は呟いた。
——アンタは強い。
それは、模擬レースからも、メイクデビューでの走りからもひしひしと伝わってきていた。
全身がピリピリするような感覚。
そして——既に彼女の赤い瞳は、覚悟を決めていた。
あの日、あそこまで大口を叩いておいて、怯えていたのは、もしかしたら私の方だったのかもしれない。
…それでも、私は覚悟を決めなくちゃいけないんだ。
桂樹杯。
中央に行くための大事な一歩。
そして——私の夢を叶えるためには、もうあまり期間は残されていない。
「…行けるか、じゃない…勝つから、アンタにっ!」
誰に聞かせるともなく、絞り出した声が、空洞に反響する。
覚悟は決めた。
あとは…全力で走るだけ。
「…よし。」
拳をぎゅっと握り締めると、私は光照らす地上へと、一気に駆け抜けていった。
◆ ◆ ◆
「えーと…今日のアンタレスは、1番人気…か。」
「へえ…ヴァーゴはっと…2番人気ですね。今日は負けませんよ?」
自身ありげな後輩の言葉に思わずふぅとため息をつく。
「それでも、アンタレスだって、今日のためにしっかりトレーニングを積んできたんだから。そう簡単には負けないわよ?」
「…そうですか。それじゃ、にんじんでも賭けます?」
「にんじん!?フッ…望むところよ。」
「全くチョロいんだから…。」
小声で呟いた後輩の声を優れた耳が拾うが、あえて黙っておく。
それよりも…だ。
——今は、目の前のレースに集中しなくては。
そう考え、彼女はターフに視線を落とした。
その隣で、
「アンタレスさんのレース…楽しみだな…。」
「当然だっ!アタシのライバルが負けるわけがないからなっ!」
「ほんとほんと。アンタレスさんが負けるわけないっ!頑張れーっ!アンタレスさんっ!」
やたらと賑やかな少女が声を張り上げた。
◆ ◆ ◆
ゲートの中ってのも意外と広いもんだ、と。
改めて考える。
スズカさんと同じ理由かはご存知でないが。
まあこんなことを考える余裕ができてきた、と考えるといいこと…なのだろうか?
だが、こんな呑気なことを考えていても、数十秒後に待つのは苛烈な勝負の世界。
気を…引き締めねば。
あの日、俺は覚悟を決めたはずだ。
この世界に身を投じる覚悟を。
だから、全力で、俺はトレーナーに…そしてヴァーゴに…
応えるっ!
ガコンッ!
『各ウマ娘、一斉にスタートしました。』
いつも通りスタートダッシュは決まった。
芝1700m枠番は7といったところ。
若干、内側に入りづらい出だしではあるが、それよりも…気になるのはヴァーゴの動きだ。
一瞬、ちらりと後ろを見てみると、彼女は内番だったこともあり、するりと内側に入れたようだった。
ただ、かなりのローペースだ。
位置としては最後方に近く、俺との距離は5バ身ほどといったところ。
とまあ、そんなことを考えている間に、大分ブロックが緩くなってきた。
——ここを逃してはならない。
間を縫いつつ、内ラチ側へと向かっていく。
ある程度の好位置といったところか。
先頭との差もあまり開いていなく、前方の様子を伺うには絶好の位置だ。
少し余裕ができたため、もう一度後方を向いてみると、ヴァーゴは相も変わらず最後方近くを走っていた。
…恐らく、何かしらの作戦があるはず。
だが、俺は俺自身のペースを守らねばならない。
『各ウマ娘、第3コーナーを回りました。』
そして、俺だけのペースを、爆発させるのは——
——今だ。
躊躇いを捨てて、ザッと地面を踏み締め。
突き放すように蹴り上げる。
切り替わる前傾姿勢。
跳ね上がるスピード。
『ここで追い上げてきました7番トレミアンタレス!一気に3番手まで上がっていきます!』
風切り音が、耳を掠め、幾つもの影が、後ろへと沈んでいく。
——行ける。
俺はさらに深く地面を踏み締めた。
◆ ◆ ◆
(いいスパートね。)
己の担当ウマ娘の決めたほぼ完璧ともいっていいスパートのタイミングに思わず胸を撫で下ろす。
だが、その反面、まだ一つ不安があった。
「…ヴァーゴが動かない…?」
その言葉を聞いた後輩が口の端を上げたのを、彼女は確かに目にした。
「ここからですよ。
◆ ◆ ◆
アンタがスパートをかけた。
それでも、私は
まだ、飛ばす時じゃない。
最後方付近。
ここが私の立ち位置。
『最終直線に入りました。3番手の7番トレミアンタレス、一気にスパートをかけます!』
もうアンタが先頭に立つのは時間の問題。
そして、コーナーでのインコースからアウトコースへの移動。
準備は完全に整った。
「行っけぇぇぇぇぇっ!」
追込
これが、私の作戦。
ザッ!
爆発音にも似たような豪音が響き渡る。
足元の土が一気に抉れ、体は前傾姿勢へと。
『ここで4番マロンヴァーゴ、後方から一気に追い込んできました。』
ガラ空きになった目の前を見据え、捉えたのはただ一人——
——アンタだけ。
幾つもの影が後ろへと過ぎ去っていき、靡く白髪が視界に入る。
あと一歩ッ!
更に強く地面を踏み締め、加速。
跳ね上がるスピードは今まで体感したことがないほどだ。
飛び散る汗が見え、息遣いまでもが聞こえてくるほど近くに。
——勝負よ。アンタ。
◆ ◆ ◆
『トレミアンタレス、ここで先頭に立ちました!』
最後の影を追い抜き、先頭に立ったことを教えてくれる実況。
既に最終直線も半ばといったところ。
その時、俺は確かに聞いた。
背後から聞こえてくる息遣いと確かな足音を。
——来たか。
視界の端に映る栗毛は間違いない。
ヴァーゴだ。
爛々と輝く橙色の瞳は真っ直ぐ前しか見つめていないようで。
首筋を滴る汗が、見えるほどに。
既に、近づいている。
これじゃ、並ぶのも時間の問題だ。
——突き放さないと。
脚に力を込め、もう一度、加速をかけようとした時だった。
ザッ!
轟音が鳴り響き、一歩前へと、ヴァーゴが出た。
もうレースも終盤。
それも慣れていない距離のはずなのに、どこにあそこまでの力が…と考え…思い出した。
追込。
…そうか。彼女は、ずっと脚を溜めていた。
だからこそ、あそこまでのスタミナと爆発力が…。
一瞬、遠ざかる背中。
だが…だがっ!
俺も…ここで、負けるわけにはいかないんだッ!
もうここから先は、ロジカルじゃなくてフィジカルだ。
そして——決意の強さがモノをいうはず。
俺には、夢がある。
無敗で八冠を獲るという夢がッ!
それを思い出させてくれたのは、覚悟を決める手助けをしてくれたのは...彼女だ。
だからこそ、諦めたくない。
こんなところでッ!
『ゴールまで残り50を切った!ここで7番トレミアンタレス、加速するっ!』
「うぉぉぉぉぉぉ!」
迫る背中とゴール板。
白く染まった視界が、ゆっくりと時を進めていく。
そして——
『トレミアンタレス、マロンヴァーゴ、同時にゴールイン!トレミアンタレス、体制有利か!?』
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「おめでとう、アンタ。…全く、勝ったんだから、いつまでも転がってないで立ちなさいよ。」
差し伸べられたヴァーゴの手を掴み、立ち上がる。
「ありがとう、“私のライバル“。」
健闘を讃える念を込め、そう声をかける。
「ライバル…ふふっ、ありがとう。いい勝負だったわ。」
そのまま、交わす握手。
柔らかくも力強い手がしっかりと握り返してくる。
瞬間、湧き上がる歓声。
陽の光に照らされ輝く、彼女の瞳に俺は、確かに運命的な何かを感じた。
◆ ◆ ◆
「まだ…足りないッ…!」
深夜。
公園に響く声。
「…アンタに追いつくには…ライバルとして走るには…これぐらいじゃ…。」
そう呟くと、まるで焦燥感にでも駆られているかのように、声の主は、再び、夜の街へと駆け出した。
次回は掲示板回です。
素敵な仲間が増えますよ。
それでは次回もよろしくお願いします。
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