無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
急な変更となってしまい、混乱を招きましたこと、深くお詫び申し上げます。
第16R トレーニングは進化する!このようにね!
「…ふあ。」
軽い欠伸と共に、パチリと瞬く視界。
無事、今日も起床したわけだが…。
何だかいつもと様子が違う。
まず自力で起きたという点。
…おかしい。この体になってからは、いつもヴァーゴが起こしにきてくれたはず。
もしや、愛想をつかされたか?と考えるも、彼女に限ってそれはないと断言できる。
ただ俺が早く起きすぎただけか?と考え、取り敢えず時計を見てみたわけだが…。
「…いや、遅刻寸前じゃねぇか!!」
慌てて、制服に着替え、髪を結え、と出かける準備を済ませて、部屋から出てみると、隣の部屋からまだ寝息が聞こえる。
ウマ娘は耳がいいのだよ。全く素晴らしい特権だぜ…なんて、考えている暇もないな。
「ヴァーゴ、起きてる?」
ドアを開けてみると、案の定というべきか、ヴァーゴさんはまだ布団にくるまって夢の中、といった具合だった。
普通に俺の声が聞こえたのか、パッチリと開かれる瞳。
しばし、焦点が定まらない瞳が右へ左へと彷徨い、最後に俺の姿を捉える。
「…んあ…アンタ…?」
「…あの…ちょっと遅刻しそう…というか…」
ここは、包み隠さず話そう。
ってか、包み隠してたら遅刻だよ。
「…ふーん。」
まだ夢うつつなのか時計を見ること数秒、静寂を破るように、彼女は声を上げた。
「…遅刻じゃない!起こしてくれてありがとう!?ってそれどころじゃないわ!支度しなきゃ!」
「ほら、制服制服!」
「ありがと!ああ…遅刻遅刻…」
たまたま偶然不可抗力で生着替えを目撃してしまったわけだが、まあ何も感情は湧いてこない。
ってかそれよりも遅刻という単語が脳のキャパを埋めてる状態である。
「行くわよっ!アンタっ!」
なんとか着替えが終わった彼女に手を引っ掴まれ、外へと飛び出していく。
…それにしても、彼女が寝坊だなんて珍しい…。
何か胸中に広がる違和感を強引に押し込み、俺自身も駆け出した。
◆ ◆ ◆
「…ふぅ。そろそろ、トレーニングの時間…かしら。」
「そうみたいですね。ところで…その量を昨日の今日で…こなしたんですか…?」
「…ええ。大分、骨が折れたわよ。でも中央目指すならこれでも足りないぐらいだもの。」
後輩の質問にそう答えると、彼女は目の前に積み重ねられた参考書に目を向けた。
「試験はいつ受けるつもりで…?」
「今年の冬。そこまでに受かれなかったら、アンタレスと中央に行けなくなっちゃうもの。クラシックには間に合わせるって約束したしね。」
「ところで、ローテに変更は…?」
「特にないわね。」
「…そうですか。」
一度頷くと、彼は少し言いづらそうにしながらも、話を切り出した。
「実はですね…」
◆ ◆ ◆
「…はぁ。」
軽く肩で息をしながら、向かうはトレーナーの元。
まあ要するに、来るなり一周走るように指示されたため、走ってきたわけである。
にしても、俺もかなりスタミナがついてきたようだ。
トレーナーとレースした時は相当にバテていた距離だったにも関わらず、割とすんなりと今日は走り切れた気がする。
…まあ、桂樹杯でヴァーゴに勝ったしな。
相当に、スタミナはついてきたのだろう。
「はい、お疲れ…と言いたいところだけど…あと、もう一周ぐらいは走れるスタミナが必要ね。」
「…え?」
思わず漏れる声。
いや、結構スタミナがついてきたとはいえ…あと、もう一周って…端的にいって無理では…?
「先に謝っておくわね。ごめんなさい。だけどね…中央を目指す為には、必要なことなの。次の目標は『サファイア賞』。芝2400Mのコースよ。」
「…2…2400!?」
「…びっくりするのは予想してたわよ?結構大袈裟な気はするけど…。ま、まあ…それは置いておいて。あとはわかるわよね?必要なものは?」
「スタミナ…ですよね。」
「正解。以前よりも距離が長くなってる分、ロングスパートが要になってきてるわけだしね。…それで、ここでトレーニングするのもいいけど…私も現
役時代に使ってた良いトレーニング場所があってね?」
ふむ。トレーナーが使ってたトレーニング場所、か。そいつは確かに気になる。好奇心の表れか、ブンブンと揺れる尻尾。
「それじゃ、案内するからついてきなさい。もちろん走ってね?」
◇ ◇ ◇
「ここよ。」
なんとか食いついて、たどり着いた場所は階段の集団。
要するに、神社の石段だった、と。
…なるほど…な。
確かに、アニメとかでも神社の石段でトレーニングする様子はよく描写されていた。
やはり、全然土地柄が違っても、こういうところでトレーニングをするのは変わらないのだろうか。なんて考えてみる。
「端的に説明すると、鍛えたいのはパワーとスタミナね。アンタレスの、踏み込む力だったり、末脚には目を見張るものがあるけど…。ロングスパートをかけるなら、もっと鍛えておかないと。というわけで、一回、境内まで全力で走ってきなさい。」
というわけで、送りだされたので、一段目に足をかけたわけだが…。
なんか上を見上げてみると、やべーやつがいる。
端的に換言すると、
「アンタレスさんに…追いつかなきゃ…へへっ!ぶっ飛ばしてやるからなぁ!」
とかって叫びながら、走っているウマ娘がいるということだよ。
ってか、あいつ見覚えしかないな。
「…フォルテ…?」
想定された名前を口にしてみると、こちらを向く少女。
ってか、今首90度曲がってませんでした?
流石に気のせいか。
…気のせいだと信じたい。
「お前は…!」
とまあ、声を上げたかと思うと、みるみるうちに降りてくるフォルテ。
こいつ…手慣れてやがる…!
「アンタレスさん…久しぶり。桂樹杯…おめでとうございます…!アタシもサファイア賞に出ることにしたからよぉ!覚悟しとけ!トレミアンタレスゥ!」
本当に賑やかだな。こいつ。
一緒に発狂したい、という気持ちを押し込みつつ、ついでにどこで俺のローテを知って来たのかも気になるが…それも押し込み…。
まあ、まともに会話できるなら聞きたいわけだが…。
「アンタレスさん…一緒にトレーニングしない…?敵陣視察は大事だからなぁ!」
彼女の様子を見ていると、割とそんなのどうでも良くなってくる。
まあいい。
乗りかかった船的な何かだ。
「わ…わかった…。」
そう頷くと、俺は彼女と共に、境内に向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇
結論から言おう。
くっそ疲れた。
「だ…大丈夫…?アンタレスさん…!」
大丈夫なわけあるか。横になってるのを見ればわかるだろ。
という俺の心の叫びが伝わったのか、ペットボトルに入った水を手渡してくるフォルテ。
「あ…ありがとう…。」
残った命の断片で声を絞り出し、受け取った水を一気に喉へと流し込む。
「い…生き返った…。」
「そ…そう…?ならよかった…。じゃあ、もう一本行こうぜぇ!?次はアタシも本気を出すからよぉ!」
嘘だろ…?こいつまだ本気じゃねぇのかよ。
って、もう走っていきやがったあいつ。
…これはサファイア賞も一筋縄じゃ行かなそうだ…。
決戦の予感に身を震わせつつ、彼女のあとを追って、俺は駆け出した。
◆ ◆ ◆
“次の出走レースなんですけど…サファイア賞は避けたいんです…。今戦っても、まだアンタには勝てない気がして…。”
己の担当ウマ娘が言っていた言葉を脳内で反芻する。
中央を目指すならば、サファイア賞には出走させておきたかった。
だが…彼女の希望を無下にできないのも事実。
だからこそ、先輩に相談してみたわけだが…やはり、彼女の意思を尊重した方が良いという結論に至った。
「…ヴァーゴ。次に出走するレースだけど…やっぱり変え…って寝ちゃってるのか…。」
トレーナー室のドアを開けてみると、目に映ったのは、ソファーでうたた寝をしているヴァーゴの姿だった。
「…ってトレーナーさん!?ごめんなさい…私…。」
自分の声で目が覚めたのか、起きたヴァーゴが慌てて、謝罪をしてくる。
「…いや。いいんだよ。それよりも…。」
一つ、気になることがあった。
「…最近、顔色が悪いけど…大丈夫か…?」
「…顔色…ですか…?」
そう呟き、ペタペタと自分の顔を触るヴァーゴ。
いや、そういうことじゃないんだけど…言いかけた口を慌ててつぐむ。
「とにかく、コンディションが悪いんだったら、出走取り消しも視野に…」
「…いえ、出走はさせてください。ここで頑張らなきゃ、きっとアンタには勝てないと思うんです。」
それでも、どうやら彼女の意思は固かったようだ。
「…わかった。それでも、無理をすることと頑張る、ってことを履き違えないようにな?何かあったら、必ず相談してくれ。」
「…わかりました。」
その後、ミーティングの後、部屋を出ていく彼女の背中を見つめながらも、胸中には得体の知れない不安が渦巻くのだった。
次回、サファイア賞です。
よろしくお願いします。
アンタの耳
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小さい