無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「ほう…トレミアンタレス…お前、このアタシに食らいつくとは…中々骨があるじゃねぇか!」
石段を駆け上がりながら、先導しつつ、そう声を上げるフォルテ。
芝ではなく固い、固い、石段ではあるが…深く踏み込み、体を上に浮かすように加速していく。
タッタッタと、一定のペースを刻みつつ、縮まっていく先導者との差。
負けじと、向こうも加速するが、こちらも負けるわけには行かない。
「…まだ、こんなもんじゃないけどっ!」
そう声を上げると共に、さらに蹴り上げる力を強く、今までのトレーニングの成果の一つ一つを石段にぶつけるようにして、更なる加速を…!
「…チッ!」
そう舌打ちをする声が聞こえてくるぐらいには肉薄して…。
俺たちは最後の一歩を踏み締めた。
「…ふぅ。」
まあ、肩で息をする程度で済むようになったので、確実にトレーニングの成果は出ているのだろう。
にしても、目の前で伸びをしているフォルテのスタミナも中々なものだ。
これだけの石段を逃げに近いペースで駆け上がるとは…。
「…まあ、今回は追いつかれちまったが…レースでは負けないからな!?だから…よろしくお願いします…。」
にしても、こいつの情緒不安定っぷりも中々だなとしか。
だからどうしたと言った話ではあるが。
「…うん。よろしく…。」
若干引き攣った笑いを浮かべつつ、差し伸べられた手を握る。
まあ、柔らかいところは流石うら若き少女といった具合ではあるが…数秒おきに加えられる握力が中々にきつい。
とりあえず、離さざるを得ないのは手。
ちょっと強引に握られた手を外した時、たまたま偶然目があった。
…てか、めっちゃギラついてる感じである。
正直、少々怖いから立ち去りたいところではあるが…。
人間、こんな時こそ反骨心が強くなるものだ。
「…言っておくけど、私も、負けるつもりなんて微塵もないから。」
ついつい、口にしたのは割と柄でもない強気な言葉。
「流石アタシのライバル、中々強気だなあ!?だが、アタシも今度こそ勝つからなあ!?」
しかし、彼女は彼女でライバルに対する宣戦布告的なアレと捉えてくれたようである。
だったら、一安心。後は戦うだけだネ!
…まあ、今のところ安心できる要素は少ないわけだが。
帰ったら、トレーナーと相談して対策かな、と。
軽く伸びをすると、彼女に別れを告げ、俺は帰路についた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「すー…はぁ…」
取り敢えず収まったゲート。
恒例の深呼吸は忘れずに行っておき、出走に備えておく。
『本日の1番人気は3番トレミアンタレス。前走の桂樹杯では見事な差し足を見せてくれました。今回も期待ですね。』
…今回も1番人気、と。
桂樹杯での勝利が響いているのは正直嬉しいところだ。
そして、内枠というのも非常に嬉しいポイント。
序盤の立ち回りやすさも段違いだしな。
『各ウマ娘、ゲートインが完了しました。』
…そういや、大分ゲートインが遅かったような…?
と思って隣を見てみると、バツの悪そうな顔をして、フォルテがゲートに入ってくるところだった。
てか、俺が見てたことに気づいたのか、彼女もこちらにギラついた目を向けてくる。
…うん、純粋に怖いな、これ。
いつまでも凝視してたらどう考えても出遅れるため、彼女から目を逸らし、前を向く。
しばらくの時間包まれる静寂。そして——
ガコンッ!
ゲートが開かれると同時に、地面を蹴り上げ、スタートしていく。
無事に出遅れはなし、と。
正直、スタートする直前までフォルテ劇場に幽閉されていたため、怖いところではあったが、取り敢えず一安心だ。
さて——まずはとにかく内側内側と。
とはいえ、斜行するとアウトなので、緩やかに進路を取ろうと…した時だった。
激しい風切り音とともに、一陣の風が、すぐ隣を駆け抜けていった。
…フォルテさんは今日も全力全開逃げウマ娘ですかい、と。
まあ前回のレースのこともあるので予想できていたことではあるが…。
『先頭に立ったのは2番フォルテッシモ!後方集団との差をどんどんと広げていきます!』
“焦りは禁物”。
セオリーを、もう一度肝に銘じ、ある程度スピードをセーブしていく。
緩やかに進路を取ったのも良い方向に働いてくれているのか、スタミナをある程度温存したまま、内ラチ側に入ることができた。
全体的にレースの流れを見やすい好位置。立ち回りとしてはほぼ完璧と言ったところだろうか。
——ただ、危惧すべきは、先頭との距離。
大逃げ…とまではいかないが相当に突き放されている状態。
スパートをかけるタイミングの見極めを一歩ミスれば、詰む。
慎重にと肝に銘じながら、俺は地面を蹴った。
◆ ◆ ◆
「やっぱり… 逃げ…か。」
後続と大きな差を作るフォルテッシモを眺めながら、彼女はそう呟いた。
メイクデビューの記録からも、彼女が逃げでくることは十分予想ができていた。
ただ…今回のレースにおいては、差しや追込で走っているウマ娘が多い点、そして彼女自身のスタミナもあの時とは比べものにならないぐらい伸びてい
る点から、半ばフォルテッシモの独壇場になっていると言ってもいい。
並大抵のウマ娘じゃ、彼女を抜かすことはできないだろう。
…でも、アンタレスなら…。
彼女の脅威的な末脚は、ここ1ヶ月のトレーニングを経て、更に磨かれていた。
スタミナ、パワー両方をとっても、メイクデビューの時とは比べ物にならないぐらい成長している。
…正直、異常な成長速度と言っても過言ではないレベルではあるけど。
「——結果はまだまだ、わからないわよ?」
そう呟くと、彼女は遥か後方、アンタレスの方へと視線を向けた。
◆ ◆ ◆
『各ウマ娘、第3コーナーに差し掛かりました。先頭は以前変わらずフォルテッシモ。2番手には…』
“いい?恐らく、彼女の逃げ足には、いつものタイミングでのスパートじゃ追いつけない。だからこそ、いつもより早くスパートをかけること。長いスパンでの勝負を仕掛けて。”
フラッシュバックする今回の作戦。
仕掛けるなら——今だ。
ぐっと、地面を踏み締め、一気に蹴り上げる。
瞬間、跳ね上がるギア。
加速していく景色。
——いつもより、速い。
鳴り響く轟音は、いつもより大きく。
地面へと深くめり込んでいく脚が、以前よりパワーが伸びていることを教えてくれる。
有象無象が、視界の端へと消えていき、ぐんと近づく先頭。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼女の靡く黒髪が、目の前にまで迫る。
——これならッ!
更に、深く踏み込み、2度目の加速の準備をした、その時。
「させるかァッ!」
芝が宙を舞い、次の瞬間、轟音と共に、フォルテの速度が跳ね上がった。
…ずっと、あそこでトレーニングをしていただけはある。
凄まじいパワーだ。
だが、俺も積んできたトレーニングは体に染み付いているはず…!
「届…けぇッ!」
地面を突き放し、一気に肉薄する。
このまま、差し切ってやるとばかりに、更に足に力を込めようとしたその時だった。
…脚が、重い…?
ピリリと痺れるような感覚と共に、持ち上がらなくなる脚。
無理やり、動かすようにして、前に出すと、今度は熱く熱せられた吐息が口から漏れる。
そして、極め付けにぼやける視界。
…何だ、これは…と考える前に、脳裏にチラつく、あの時の光景。
トレーナーと走った時にも一度経験している…?
そうだ、これは…“スタミナ切れ“。
どこか、冷静な頭がそう判断を下すと共に、段々と停まってくる景色。
速度が落ちている…のか…?
目の前を見ると、フォルテッシモとの間には、既に1バ身ほどの差ができている。
——ここで、負けるのか?
——そんなので中央に行けるのかよ?
——お前の想いは…そんなもんかよ…?
自問自答を繰り返しても、脚がいうことを聞かない。
それでも、それでも…
——まだ、俺は…諦めたくないんだ。
前を睨み付けた時だった。
ピリリと、一瞬だけ、視界が白く染まった。
何も感じない。さっきまで感じていた肺の痛みも、脚の痺れも。
そして直接、脚とリンクしているような感覚。
見えるのはゴールだけ。
試しに、脚を下ろしてみる…動ける。
まだ、走れる。
加速する視界。
遠ざかっていく景色。
たった一瞬。たった一瞬だった。
ガクンと、再び脚が重くなり、感覚が元に戻るとともに、視界が元に戻る。
そして——隣には、フォルテ。
驚いたような瞳がこちらに向けられる。
もう一度、加速でもしようとしているのだろうか?
目の前で踏み締められる脚。
…だが、彼女も彼女とて、もう…。
苦しそうに漏れる吐息。
…スタミナは残っていない。
残りは…50ぐらいか?
多少重くても、関係ない。
まだ…抜ける。
地面を叩きつけるように、踏み締める。
重い…重いが…いけないことはない。
一気に蹴り上げた瞬間、開ける視界。
『トレミアンタレス!トレミアンタレス!ここで抜け出した!』
「いッ…けぇッ!」
絞り出すように、声を漏らすと共に。
残った力を絞り出すように、最後にもう一度、地面を蹴り上げる。
『トレミアンタレス、今、1着でゴールインッ!』
◆ ◆ ◆
「…ほう。彼女…一瞬…」
「どうした?ルドルフ。」
鹿毛の少女が漏らした呟きに、問いで返す男性。
「いや、なんでもないよ。トレーナー君。ただ、少し興味深い娘がいてね。」
「地方のレースに、か。流石ルドルフだ。情報収集は欠かさないんだな。」
「…ああ、地方もバカにしたものではないからね。しかし、彼女…トレミアンタレス…か。ふふ…興味深い。」
微笑んでいるようで、吊り上がっている瞳。
彼は、こんな彼女を見るのは久しぶりだと、軽く息をついた。
◆ ◆ ◆
「…このままじゃ…このままじゃ…」
敗北。
その言葉が意味する結末を、脳内で反芻する。
…結局慰めようとしてくれたトレーナーすらも拒絶してしまったわけだが。
「このままじゃ、アンタには…。」
ジャージに身を包むと、彼女は今日も今日とて、夜の街へと繰り出す。
不安をまぎわらすために。
そして…一番星に少しでも手を伸ばすために。
◆ ◆ ◆
「…なんだったんだろうな、アレ。」
ゴールした瞬間、スタミナ切れでぶっ倒れた俺を寮まで運んでくれたトレーナーに感謝をしつつ、今日、遭遇した不思議な体験について考える。
ぶっ倒れるほど、ということは間違いなくあの時、慣れない距離からか、スタミナは切れていた。
…それなのに、なんであの時…。
考えれば、考えるほどに、疑問は増えるばかりだった。
…ってか、どんどんと目が冴えてくる。
気をまぎわらせるために、窓際に立った時だった。
バタリ、と、何か重いものが倒れたような音を拾い、耳がピクリと反応した。
…何事だ?
急いで外に出た俺の視界に映ったのは…
横たわった栗毛の少女——ヴァーゴだった。
シングレを読まれている方ならお察しかと思いますが…アレだよアレの片鱗だよ、です。
というわけで次回、ヴァーゴの回想となります。
あと、サファイア賞は掲示板回なしです。
それでは、モリオカ編もそろそろクライマックスに向けて、スパートしていきますので、次回もよろしくお願いします。
アンタの耳
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