無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

21 / 64
リスタート
第18R アンタ


「一緒に頑張ろうね!ヴァーゴ!()()、負けないから!」

「…当然よ、アンタ。私も…負けないから。」

 

目の前で、屈託なく笑う笑う白毛の少女——アンタの言葉に、強気な言葉で返す。

 

「それじゃ、そろそろ競争の時間だね!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、走りだすその瞬間を楽しみにする姿は、まさしくいつもの彼女だ。

 

足元の砂が敷き詰められたトラックを見つめ、スタートの構えをとりつつ、

 

「位置について…よーい、ドン!」

 

掛け声と共に、地面を蹴り、駆け出していく。

 

隣を見ると、まるで、走るのが楽しくてたまらないというような笑顔を浮かべて、駆けるアンタがいた。

コーナーに差し掛かり、お互いに少し伸びる身長。

 

“…私、中央に行って、“無敗の八冠ウマ娘に”なりたいんだ!一緒に頑張ろ?“

 

隣を走るのは、大きな夢を口にしながらも、走り続けるアンタ。

言動も変わったし、一人称も変わった。趣味嗜好も変わった。

 

それでも、こちらを向く屈託のない笑顔は変わらなかった。

 

“ヴァーゴ、私ね、中央に行けることが決まったの!”

 

差し掛かる最終直線。

弾んだ声で、そう話しかけてくるアンタ。

 

その、煌めいた瞳を、私は直視することができなかった。

さっきまで、同じ歩幅を刻んで、同じペースで隣を走っていたのに…。

 

彼女の歩幅が広がっていく。

 

「アンタっ!」

声を上げても、手を伸ばしても、彼女は止まらない。

 

どんどんと差は開いていく。

気づいたら、姿が見えないぐらい、遠くに走っていっちゃって。

 

私は、暗闇の中で一人立っていた。

 

…アンタには、昔から才能があった。

それに、いつも一生懸命だった。

 

どんな時だって、アンタは諦めなかった。

きっと、彼女には私とは違う世界にまで行ける力があったんだ。

 

——一緒にトレセン学園に入学する時まで、揃っていた歩幅は、開いてしまった。

 

一等星は、手を伸ばしても届かないところまで行ってしまっ…

 

 

「…ーゴ…」

 

 

…変だ、アンタの声が聞こえる。でも、走っていっちゃたはずじゃ…

 

 

「…ヴァーゴ!」

 

 

瞬間、光に包まれると共に、開く瞼。

目に映ったのは白い天井。

 

「アン…タ…?…ここは?」

 

「…ヴァーゴ…よかった…ほんとに…ほんとに…」

 

ふと、熱を感じ、手元を見ると、アンタが私の手を握りしめている。

 

「…一体…何が…」

確か、夜のトレーニングをしようと思って、外に出て…その後が思い出せない。

 

「…たまたま、倒れてるところを見つけてね、保健室まで運んで来たの。オーバーワークだから、しばらく安静にしておきなさいって。それで…ここで、様子を見てたんだけど…急にうなされ始めたから…。」

 

「…そっか。」

 

…オーバーワークで倒れた、と。

 

アンタに負けて、届かなかった背中を見て。

 

でも、トレーニングを続ければ、いつか必ず届くって信じてて…。

それでも、出走したレースでは1着に手を伸ばすことができなかった。

 

だから、トレーニングを続けた。

それなのに…その果てに倒れるなんて。

 

本当にバカな話だ。

私には…私には、もうあの背中に追いつくことはできないんだなって。

 

ふと、気づく。

 

…視界が、滲み。

 

頬を熱い液体が、伝う。

 

「…ぅぅ」

 

カチカチと鳴りそうな歯を、必死で押さえつけ、出かかった声を強引に噛み殺す。

 

こんな醜態を晒して、さらにその上で、恥の上塗りをするなんて…。

 

とてもじゃないけど、耐えられない。

 

…でも、あろうことか、彼女は私の手を握りしめてきた。

 

「…ごめん…ごめん…」

 

目の前に映る赤い瞳。

何度も繰り返される謝罪。

 

「…なんで、アンタが…謝るのよ…」

 

嗚咽混じりになりながらも、声を絞り出す。

 

「…私…気づけなかった…。ヴァーゴが、そこまで追い詰められてたってこと。…ほんとに…ほんとに…ごめん。」

 

「アンタが…謝る必要なんか…」

 

「…あるよ。私、本当に数えきれないぐらい、ヴァーゴに助けてもらった。毎朝、起こしてくれたり、私が走れないって言った時は、一緒に歩いてくれたり、手を引いて、走ることの楽しさを教えてくれたり、もっと私を知ろうとしてくれたり…ウジウジしてた時だって、手を差し伸べてくれたのはヴァーゴだった。なのに、私、気づけなかった。だから…だから…」

 

そこで、一拍置くと、彼女は言葉を繋いだ。

 

「…もっと…もっと、私のことを頼って…?私にできることなら…なんでもするから。」

 

カチカチと震える歯。

 

「…私ね、不安だったの。」

 

かけられた、優しい声音に、思わず…

 

「アンタに置いてかれることが…“ライバル“で…いられなくなることが…。」

 

本音が漏れる。

情けないのは、わかってる。

ただ、自分で決めた目標に手が届かなかっただけだというのに。

それでも…悔しさからか、哀しさからか、思わず、歯を噛み締め、ぎゅっと拳を握ったその時だった。

 

「そんなことあるわけないっ!」

 

それまで、ずっと静かに話を聞いていた彼女が、急に大きな声を上げた。

 

「…ヴァーゴが、いなければ、俺は…私は、何もできなかった。それこそ、ここで生活していくことすらも、走ることすらも。ヴァーゴがいたから、私はここまで来れたの。…ヴァーゴを、置いていくことなんて、あるわけがない。いつまでも…“ライバル“なんだよ。」

 

真紅の瞳に映る煌めきが、真っ直ぐに、私を捉える。

少し、躊躇うように、唇を震わせながらも、アンタは口を開いた。

 

「だから…だからさ、一緒に…どこまでも、走っていこう?」

 

もう、限界だった。

 

まるで、決壊でもしたかのように、瞳からは、大粒の涙がこぼれ、嗚咽はどんどんと大きくなっていく。

 

縋るように、私は、アンタの体を、ぎゅっと抱き寄せた。

 

「…しばらく、こうしてたい。だから、離さないで…。」

 

アンタは、何も言わないけど…ただ、そこにいてくれた。

 

でも、それがなんだか心地よかった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

しばらくして、おさまった嗚咽。

そっと、アンタの手を解き、「ありがと」と、一言付け足しておく。

 

「…そういえば、トレーナーさんも、すごく心配してたから…声をかけなくちゃ…。」

 

そう呟くアンタの指差した方を見ると、確かに保健室の端にトレーナーさんが座っていた。

 

「トレーナーさんも、私と一晩ヴァーゴに付き添ってくれてたから、しっかり、感謝を伝えておかないとね。」

 

「…アンタ達、一晩も付き添ってくれてたの…?」

 

「当然だよ、心配だったんだもん。」

 

全くこの娘は…本当に天然だなって。

 

そんなことを考えていたら、トレーナーさんがこちらに近づいてきた。

 

「…ありがとう、アンタレスさん。そしてヴァーゴ…よかった、君が無事で…。」

 

不思議と、硬直した表情が、こちらに向けられた。

 

◆ ◆ ◆

 

「…本当にごめん。僕が…不甲斐なかったから…こんなことに…。」

僕は深く頭を下げた。

 

それぐらいしか、彼女に誠意を伝える方法が見つからなかった。

 

「…トレーナーさん。頭を上げてください。私が勝手にやったことなので…」

 

「…いや、君が納得いくトレーニングメニューを作れなかった僕に責任がある。それに…君が最近、オーバートレーニングをしていたことに気づけなかったのも…。担当を解任してくれたっていい…。それを選ぶのは君だから。それでも…」

 

その時、僕の手を確かに、彼女が掴んだ。

 

「…私は、解任してほしいとは思ってません。私をスカウトしたトレーナーが大勢いた中、あなただけが、中央に行きたいという夢に賛同してくれたんです。」

 

彼女の暖かな手に、力が込められ、真っ直ぐな瞳が、こちらを見つめる。

 

「だから、きっと…私のトレーナーは、あなたしかいなくて…あなたの非は、あなただけが、抱え込むものじゃないはずです。きっとそれは、私の非でもあって、二人で抱え込むべきだったはずなんです。…続きを…お願いします。」

 

「…それでも…僕と二人三脚をしてくれるのなら、強い…強い…信頼関係を、築きたい。だから…だから…」

 

そこまで、言った時、彼女が頷き、言葉を繋いだ。

 

「リスタート、しましょう。夢に、追いつくために。」

 

◆ ◆ ◆

 

彼女のトレーナーさんは、本気で彼女を心配していた。

それこそ、昨晩一睡もとらなかったぐらいには。

 

…きっと、互いに不器用だっただけなのだろう。

 

歩み寄って、互いを知れば、彼女達は、必ずや、本当の意味で、パートナー同士になれるはずだ。

だからこそ、きっと、もうこの場に俺は不要だろうと、立ち去ろうとした時だった。

 

「アンタっ!このお礼、必ずするから!だから、クリスマス、空けておいてね!」

 

彼女の声が、背中越しに聞こえた。

 

「…わかった。覚えておくよ。」

 

そう、答えると、俺は彼女達に再び背をむけ、部屋から立ち去った。

 

きっと、彼女は見違える。

 

強固な絆を持って、俺の前に立ちはだかってくる。

 

だからこそ、俺もこのままじゃ、いられない。

 

ぐっと一歩ずつ踏み締め、まだ見ぬ、決戦の時に備え、俺は外へと駆け出していった。




次回、ヴァーゴとアンタのデート回です。
そしたら岩手ステークスですね。
そろそろ地方編も最終直線なので、今後ともよろしくお願いします。
それでは、また次回、お会いしましょう。

アンタの耳

  • 大きい
  • 普通
  • 小さい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。