無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第19R ヴァーゴ

「…はぁ…はぁ…。」

つんと肌を刺すような寒さが身を包む中、白い吐息が漏れる。

 

やはり、冬のトレーニングは中々に身に応える。

…そういえば、と。

 

スマホを取り出して時間を確認してみると、もうすぐ16時と言ったところ。

 

液晶に映る日付は12月25日。

2ヶ月前のあの日、ヴァーゴと約束した日だ。

 

時間は17時指定。

 

学園近くの商店街前に集合、と言った運びとなっていたはず。

 

帰ってとっとと支度するか、と。

 

軽く脚を伸ばして、ストレッチをすると、俺は寮に向かって駆け出した。

 

◇ ◇ ◇

 

「アンタっ!こっちよ!こっち!」

商店街前を訪れてみると、中々に賑やかなのが一人。

 

ってかヴァーゴさんですね。うん。知ってました。

軽く手を上げて、応えつつ、彼女の方へと歩いていく。

 

…ふふっ。今日の俺のコーデは完璧。

なんかクローゼットにあった服から良さげなのを選び出してこれた…はず。

 

ほら、道ゆく誰もが振り向く…振り向かないですね。

逆にヴァーゴは、道ゆく人がチラチラと見ている感じ。

 

…そりゃそうだ。

ファッションに疎い俺でもわかるぐらい、今日の彼女の服装は気合が入っていた。

 

コートの裾をぎゅっと握り締めながら、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしている少女、と。

流石にテイオー推しの俺でも、振り返って、二度見三度見ぐらいするレベル。

 

…まあそれはそれだ。一旦、置いておこう。

 

「こんばんは、ヴァーゴ。あと、メリークリスマス。」

 

粋な季節の挨拶は、忘れない姿勢、大事。

 

「メリークリスマス、アンタ。にしても、雪、降らなかったわね。…ホワイトクリスマスにでもなればよかったのに。」

 

「…でも、だいぶロマンチックじゃない?…イルミネーションとか。」

 

うん、こういう時に気の利いた返しができりゃいいんだろうけど、特に思い付かず、咄嗟に出たのは街を鮮やかに彩っていた、イルミネーションに対する褒め言葉ぐらいだった。

 

「…もう、なんか他人行儀ね…。いつも通りにしてればいいのに…。」

 

「…いや、なんか…今日のヴァーゴがその…いつもより…可愛かったから…。」

 

途端、赤面して彼女は俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。

 

「…ちょっ!?アンタ!?…何だか照れ臭いわよ。...確かに、ちょっと嬉しかったけど...。

 

ボソリと本人的には呟いたつもりなのだろうが、この精度の高いウマミミが、最後まで拾ってしまった。

 

…ふふ、これで鈍感アンタとはおさらばだぜ!というのは、まあこの際置いておいて。

それはそれで、ちょっと俺も照れるわけだ。

 

…うん、やばい、変な空気を醸造してしまった。

 

ここは、取り敢えずこの後の行動を提案しなければ。

 

「取り敢えずさ、スイーツでも食べに行かない?」

「…スイーツ!?」

 

彼女の耳がぴょこんと反応し、嬉しそうに揺れる尻尾。

「…でも…アンタ、甘いもの苦手だったんじゃ…」

 

…こいつ、俺が甘いもの嫌いってやつ覚えててくれたのか。

 

「…ううん、いつも、色々合わせてもらってるから…今日は、ヴァーゴに好きなことして欲しいな…って。」

 

「…本当にいいの?」

 

「うん、別に私も、すっごい甘いものが苦手!ってほどじゃないし…。全然、大丈夫だよ!」

そう宣言し、胸をポンと叩いて見せる。

 

「…それだったら、その言葉、甘えさせてもらうわね。…だったら、行きたいところがあるんだけど…いいかしら…?」

 

投げられた問いに対して、こくりと頷いておく。

 

「…ありがと。それじゃ、着いてきて。」

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「いらっしゃいませ。」

というわけで、訪れたのは、いつぞやのカフェだった。

 

…確か、俺のことをもっと知りたい、とか言って、ヴァーゴが連れて来てくれた場所だ。

 

マスターが豆を挽く音と、アンティークな時計の奏でるカチコチといった音に、耳がピクピクと反応する。

 

「私も、ここのチーズケーキが好きなの。アンタが好きだっていうから、一緒に食べてたら、段々ハマってきちゃって…。アンタは何にするの?」

 

「…じゃあ、私もそれにしようかな。」

 

「…甘いものだけど、大丈夫?」

「うん。何だか今日は食べれる気がするし。」

 

しばらく経ち、机の上に、二つのチーズケーキが並べられた。

ほのかに甘い香りがする状態、と。

 

…まあ、俺はこれが苦手ってわけだが。

しかし、改めてトレミアンタレスという一人の少女と向き合いたい、という思いと、ヴァーゴと、美味しいという感覚を共有したい、という思いもある。

 

ここは、覚悟を決めて…

スプーンで一口分、掬い取り、意を決して、口に入れる。

 

瞬時に、甘みが舌を突き刺すかと思いきや、意外と甘さは控えめ。

 

これなら、食べられそうだ。

ふと、目の前を見ると、満面の笑みを浮かべて、チーズケーキを口に運ぶヴァーゴがいた。

 

二口目を口に運ぶ——

何だか、ほのかな甘みに対する抵抗がない。

いや、むしろ…

 

「…美味しい。」

「ほんと!?」

軽く尻尾を揺らしながら、反応するヴァーゴ。

 

…きっと、目の前の笑顔も、いいスパイスになっているのだろう。

 

「…よかった…。アンタと美味しいって気持ちを共有できて…私、嬉しい…!」

そう噛み締めるように呟きながら、満面の笑みを浮かべるヴァーゴ。

 

うん。マジでプライスレス。

 

そう頷きながら俺は最後の一口を口に運んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…最後に、どうしてもここに来たかったの。」

そう言う、彼女に連れてこられたのは、いつぞやの境内だった。

 

彼女は、俺の手を掴むと、そびえたつ、でっかい御神木の前まで引っ張る。

 

「…クリスマスツリーじゃないけど…私、お願い事とかする時には、ずっとここに来てたから…。」

 

そう呟くように口にすると、彼女はぽんぽんと手をたたき、何かを祈るように、手を合わせた。

 

包まれる静寂。

 

しばらくして、彼女はこちらを向くと、口を開いた。

 

「私ね、お願い事してたの。夢が…叶いますようにって。…そういえば、アンタにはまだ、私の夢、話してなかったわね…。」

 

彼女は、そう言い切ると、深い深呼吸と共に、コートをぎゅっと握り、話を続けた。

 

「…私、ダービーウマ娘になるのが夢なの。」

 

ぽしょりと呟くように放たれた言葉だったが、俺の耳は、確かにその言葉を拾った。

 

「子供の頃、ダービーを見た。それまでの決まりじゃ、そのウマ娘は出れなかったけど…でも、世論を味方につけて、なんとか、彼女は出走できたの。大外だったけど…。」

 

そこまで話すと、彼女は目を輝かせ、続きを語り始めた。

 

「でも、でもね、彼女は勝った!大外からでも、逃げ切って…1着を掴み取った!あの姿がずっと忘れられなくて…私、憧れてるの。」

 

胸のところで握られた拳が、いかに夢を語ることに勇気を必要としていたかを、意味していた。

 

「それとね、もう一個!」

 

彼女の指が、真っ直ぐに俺を指す。

 

「アンタと、岩手ステークスで最高の勝負ができますようにって!」

 

鮮やかに脳裏に焼き付く、満面の笑み。

星に照らされて、煌めく橙色の瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。

 

「最高の勝負をして、一緒に中央に行きましょ?アンタ!」

 

真っ直ぐに突き出された手。

伝わったのは、柔らかいながらも力強い感触。

 

「…わかった。ヴァーゴの“ライバル“として、必ず、相応しい勝負をしてみせるよ。」

 

互いに握った手を通して、確かな熱が伝わってくる。

そして、彼女自身の…強い意志も。

 

その時、彼女が唐突に声を上げた。

 

「アンタ、アレ見て!」

 

彼女の指が指す方向——空を見上げてみると…

 

「…すっごい綺麗!」

 

広がっていたのは、満天の星。

 

街の明かりにも、負けないように、それぞれが…輝きを放っていた。

 

そして、彼女は空に向かって手を伸ばすと、

 

「…必ず、届いて見せる。一等星に…アンタに!」

 

はっきりとそう、口にした。

 

◇ ◇ ◇

 

「…そういえばね、アンタ、最後に渡したかったものがあるの。」

満天の星空を眺め、さてそろそろ帰ろうかと言った時だった。

 

「今日、クリスマスじゃない?だから…これ!いつもありがとう!」

 

半ば、捲し立てるように言い切ったかと思うと、少々ぶっきらぼうとも取れるような渡し方をされた包み。

 

「…いいの?私…何も用意してなかったけど…。」

 

「いいの、さっきアンタが見せてくれた笑顔が、最高のクリスマスプレゼントだったから!…それより、開けてもらっても…いい?」

 

紅潮した頬と共に、上目遣いで彼女がこちらを見つめてくる。

俺自身その上目に耐えかねてか、変な汗をかきながらも、丁寧に包みを開けていく。

 

…すると出てきたのは——

「髪…留め?」

 

紐状の形をした、ピンク色の可愛らしい髪留めだった。

 

「うん!アンタっていつも、ヘアゴムを使って、髪を留めてるじゃない?だから…もっと、オシャレをして欲しいなって…思って…。もちろん、使ってくれなくてもいいけど…。」

 

「…ううん、私、すっごく嬉しいよ!絶対、使うから!」

 

純粋に、贈り物は嬉しい。

…だが、それ以上に彼女の気持ちが、ただ、ただ嬉しかった。

 

「…そ、そう…?…ありがと。」

相変わらず顔が赤いヴァーゴの表情を、少し楽しみつつ、新しい、髪留めでポニーテールを纏めようとしたが、やり方がわからない。

 

「…結び方がわからないの?だったら、結んであげるわよ。」

そう言うと彼女は、俺の髪を掴み、優しい手つきで、結わえてくれた。

 

「これでよし、と。こんな感じよ。」

 

彼女が、スマホで撮ってくれた写真を見てみる。

 

形は、蝶々結びに近い、だろうか。

ピンク色、と言うのも相まって、見た目はだいぶテイオーに近づいた気がする。

 

「…ありがとね。ヴァーゴ。」

 

その言葉に反応するように、ピクリと耳を揺らし、満面の笑みを浮かべる、目の前の少女が、ただ、可愛らしかった。

 

◆ ◆ ◆

 

「トレーナー君。モリオカに、レースを見に行きたいんだ。…いいかな?」

「…随分と唐突だな。理由は…この間言っていた娘か?」

 

男性の問いに対して、コクリと頷く、鹿毛の少女。

「二月上旬に開催する岩手ステークスというレースに彼女が出走するらしい。…何、どうしても気になってしまってね。」

 

「…まあ、お前がそこまで言うってのも、珍しいからな。…わかった、予定は空けておこう。」

 

「ありがとう、トレーナー君。」

 

そう返すと、少女は、口の端を吊り上げた。

 

「…トレミアンタレス…。今度は、果たして、何を見せてくれるのか…。ふふっ、楽しみだ。」




あと2話でモリオカ編終了です。
次回は、2話とも時間を分けて、同じ日に投稿する予定なので、よろしくお願いします。
追伸:lucky comes tlue is god.
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