無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「…はぁ…はぁ…。」
つんと肌を刺すような寒さが身を包む中、白い吐息が漏れる。
やはり、冬のトレーニングは中々に身に応える。
…そういえば、と。
スマホを取り出して時間を確認してみると、もうすぐ16時と言ったところ。
液晶に映る日付は12月25日。
2ヶ月前のあの日、ヴァーゴと約束した日だ。
時間は17時指定。
学園近くの商店街前に集合、と言った運びとなっていたはず。
帰ってとっとと支度するか、と。
軽く脚を伸ばして、ストレッチをすると、俺は寮に向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
「アンタっ!こっちよ!こっち!」
商店街前を訪れてみると、中々に賑やかなのが一人。
ってかヴァーゴさんですね。うん。知ってました。
軽く手を上げて、応えつつ、彼女の方へと歩いていく。
…ふふっ。今日の俺のコーデは完璧。
なんかクローゼットにあった服から良さげなのを選び出してこれた…はず。
ほら、道ゆく誰もが振り向く…振り向かないですね。
逆にヴァーゴは、道ゆく人がチラチラと見ている感じ。
…そりゃそうだ。
ファッションに疎い俺でもわかるぐらい、今日の彼女の服装は気合が入っていた。
コートの裾をぎゅっと握り締めながら、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしている少女、と。
流石にテイオー推しの俺でも、振り返って、二度見三度見ぐらいするレベル。
…まあそれはそれだ。一旦、置いておこう。
「こんばんは、ヴァーゴ。あと、メリークリスマス。」
粋な季節の挨拶は、忘れない姿勢、大事。
「メリークリスマス、アンタ。にしても、雪、降らなかったわね。…ホワイトクリスマスにでもなればよかったのに。」
「…でも、だいぶロマンチックじゃない?…イルミネーションとか。」
うん、こういう時に気の利いた返しができりゃいいんだろうけど、特に思い付かず、咄嗟に出たのは街を鮮やかに彩っていた、イルミネーションに対する褒め言葉ぐらいだった。
「…もう、なんか他人行儀ね…。いつも通りにしてればいいのに…。」
「…いや、なんか…今日のヴァーゴがその…いつもより…可愛かったから…。」
途端、赤面して彼女は俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「…ちょっ!?アンタ!?…何だか照れ臭いわよ。...確かに、ちょっと嬉しかったけど...。」
ボソリと本人的には呟いたつもりなのだろうが、この精度の高いウマミミが、最後まで拾ってしまった。
…ふふ、これで鈍感アンタとはおさらばだぜ!というのは、まあこの際置いておいて。
それはそれで、ちょっと俺も照れるわけだ。
…うん、やばい、変な空気を醸造してしまった。
ここは、取り敢えずこの後の行動を提案しなければ。
「取り敢えずさ、スイーツでも食べに行かない?」
「…スイーツ!?」
彼女の耳がぴょこんと反応し、嬉しそうに揺れる尻尾。
「…でも…アンタ、甘いもの苦手だったんじゃ…」
…こいつ、俺が甘いもの嫌いってやつ覚えててくれたのか。
「…ううん、いつも、色々合わせてもらってるから…今日は、ヴァーゴに好きなことして欲しいな…って。」
「…本当にいいの?」
「うん、別に私も、すっごい甘いものが苦手!ってほどじゃないし…。全然、大丈夫だよ!」
そう宣言し、胸をポンと叩いて見せる。
「…それだったら、その言葉、甘えさせてもらうわね。…だったら、行きたいところがあるんだけど…いいかしら…?」
投げられた問いに対して、こくりと頷いておく。
「…ありがと。それじゃ、着いてきて。」
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「いらっしゃいませ。」
というわけで、訪れたのは、いつぞやのカフェだった。
…確か、俺のことをもっと知りたい、とか言って、ヴァーゴが連れて来てくれた場所だ。
マスターが豆を挽く音と、アンティークな時計の奏でるカチコチといった音に、耳がピクピクと反応する。
「私も、ここのチーズケーキが好きなの。アンタが好きだっていうから、一緒に食べてたら、段々ハマってきちゃって…。アンタは何にするの?」
「…じゃあ、私もそれにしようかな。」
「…甘いものだけど、大丈夫?」
「うん。何だか今日は食べれる気がするし。」
しばらく経ち、机の上に、二つのチーズケーキが並べられた。
ほのかに甘い香りがする状態、と。
…まあ、俺はこれが苦手ってわけだが。
しかし、改めてトレミアンタレスという一人の少女と向き合いたい、という思いと、ヴァーゴと、美味しいという感覚を共有したい、という思いもある。
ここは、覚悟を決めて…
スプーンで一口分、掬い取り、意を決して、口に入れる。
瞬時に、甘みが舌を突き刺すかと思いきや、意外と甘さは控えめ。
これなら、食べられそうだ。
ふと、目の前を見ると、満面の笑みを浮かべて、チーズケーキを口に運ぶヴァーゴがいた。
二口目を口に運ぶ——
何だか、ほのかな甘みに対する抵抗がない。
いや、むしろ…
「…美味しい。」
「ほんと!?」
軽く尻尾を揺らしながら、反応するヴァーゴ。
…きっと、目の前の笑顔も、いいスパイスになっているのだろう。
「…よかった…。アンタと美味しいって気持ちを共有できて…私、嬉しい…!」
そう噛み締めるように呟きながら、満面の笑みを浮かべるヴァーゴ。
うん。マジでプライスレス。
そう頷きながら俺は最後の一口を口に運んだ。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「…最後に、どうしてもここに来たかったの。」
そう言う、彼女に連れてこられたのは、いつぞやの境内だった。
彼女は、俺の手を掴むと、そびえたつ、でっかい御神木の前まで引っ張る。
「…クリスマスツリーじゃないけど…私、お願い事とかする時には、ずっとここに来てたから…。」
そう呟くように口にすると、彼女はぽんぽんと手をたたき、何かを祈るように、手を合わせた。
包まれる静寂。
しばらくして、彼女はこちらを向くと、口を開いた。
「私ね、お願い事してたの。夢が…叶いますようにって。…そういえば、アンタにはまだ、私の夢、話してなかったわね…。」
彼女は、そう言い切ると、深い深呼吸と共に、コートをぎゅっと握り、話を続けた。
「…私、ダービーウマ娘になるのが夢なの。」
ぽしょりと呟くように放たれた言葉だったが、俺の耳は、確かにその言葉を拾った。
「子供の頃、ダービーを見た。それまでの決まりじゃ、そのウマ娘は出れなかったけど…でも、世論を味方につけて、なんとか、彼女は出走できたの。大外だったけど…。」
そこまで話すと、彼女は目を輝かせ、続きを語り始めた。
「でも、でもね、彼女は勝った!大外からでも、逃げ切って…1着を掴み取った!あの姿がずっと忘れられなくて…私、憧れてるの。」
胸のところで握られた拳が、いかに夢を語ることに勇気を必要としていたかを、意味していた。
「それとね、もう一個!」
彼女の指が、真っ直ぐに俺を指す。
「アンタと、岩手ステークスで最高の勝負ができますようにって!」
鮮やかに脳裏に焼き付く、満面の笑み。
星に照らされて、煌めく橙色の瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
「最高の勝負をして、一緒に中央に行きましょ?アンタ!」
真っ直ぐに突き出された手。
伝わったのは、柔らかいながらも力強い感触。
「…わかった。ヴァーゴの“ライバル“として、必ず、相応しい勝負をしてみせるよ。」
互いに握った手を通して、確かな熱が伝わってくる。
そして、彼女自身の…強い意志も。
その時、彼女が唐突に声を上げた。
「アンタ、アレ見て!」
彼女の指が指す方向——空を見上げてみると…
「…すっごい綺麗!」
広がっていたのは、満天の星。
街の明かりにも、負けないように、それぞれが…輝きを放っていた。
そして、彼女は空に向かって手を伸ばすと、
「…必ず、届いて見せる。一等星に…アンタに!」
はっきりとそう、口にした。
◇ ◇ ◇
「…そういえばね、アンタ、最後に渡したかったものがあるの。」
満天の星空を眺め、さてそろそろ帰ろうかと言った時だった。
「今日、クリスマスじゃない?だから…これ!いつもありがとう!」
半ば、捲し立てるように言い切ったかと思うと、少々ぶっきらぼうとも取れるような渡し方をされた包み。
「…いいの?私…何も用意してなかったけど…。」
「いいの、さっきアンタが見せてくれた笑顔が、最高のクリスマスプレゼントだったから!…それより、開けてもらっても…いい?」
紅潮した頬と共に、上目遣いで彼女がこちらを見つめてくる。
俺自身その上目に耐えかねてか、変な汗をかきながらも、丁寧に包みを開けていく。
…すると出てきたのは——
「髪…留め?」
紐状の形をした、ピンク色の可愛らしい髪留めだった。
「うん!アンタっていつも、ヘアゴムを使って、髪を留めてるじゃない?だから…もっと、オシャレをして欲しいなって…思って…。もちろん、使ってくれなくてもいいけど…。」
「…ううん、私、すっごく嬉しいよ!絶対、使うから!」
純粋に、贈り物は嬉しい。
…だが、それ以上に彼女の気持ちが、ただ、ただ嬉しかった。
「…そ、そう…?…ありがと。」
相変わらず顔が赤いヴァーゴの表情を、少し楽しみつつ、新しい、髪留めでポニーテールを纏めようとしたが、やり方がわからない。
「…結び方がわからないの?だったら、結んであげるわよ。」
そう言うと彼女は、俺の髪を掴み、優しい手つきで、結わえてくれた。
「これでよし、と。こんな感じよ。」
彼女が、スマホで撮ってくれた写真を見てみる。
形は、蝶々結びに近い、だろうか。
ピンク色、と言うのも相まって、見た目はだいぶテイオーに近づいた気がする。
「…ありがとね。ヴァーゴ。」
その言葉に反応するように、ピクリと耳を揺らし、満面の笑みを浮かべる、目の前の少女が、ただ、可愛らしかった。
◆ ◆ ◆
「トレーナー君。モリオカに、レースを見に行きたいんだ。…いいかな?」
「…随分と唐突だな。理由は…この間言っていた娘か?」
男性の問いに対して、コクリと頷く、鹿毛の少女。
「二月上旬に開催する岩手ステークスというレースに彼女が出走するらしい。…何、どうしても気になってしまってね。」
「…まあ、お前がそこまで言うってのも、珍しいからな。…わかった、予定は空けておこう。」
「ありがとう、トレーナー君。」
そう返すと、少女は、口の端を吊り上げた。
「…トレミアンタレス…。今度は、果たして、何を見せてくれるのか…。ふふっ、楽しみだ。」
あと2話でモリオカ編終了です。
次回は、2話とも時間を分けて、同じ日に投稿する予定なので、よろしくお願いします。
追伸:lucky comes tlue is god.