無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
“私は…私は…無敗の三冠ウマ娘になりますっ!“
鹿毛を振りながら、瞳を輝かせ、そう宣言する少女。
“速い速いぞ!3番——。見事メイクデビューを逃げ切って勝利しました!”
掴んだ初めての勝利。
“トレーナーさん!私の夢に唯一賛同してくれたあなたに恥はかかせないって決めてましたから!”
夢をたくさん抱えた少女は、輝いた瞳はそのままに、元気いっぱいに声をあげる。
“落ちていったぞ12番——皐月賞を1着で制したのは8番ヴァィスフリュゲル——8着は12番——”
肩で息をする少女の瞳は濡れ、揺れる視線は、トレーナーを直視できずにいた。
“日本ダービー1着は7番トワイライト——7着は4番——”
努力は重ねた。明くる日も明くる日も走り続けた。それでも…届かない壁があることを少女は知った。
“ごめんなさい、トレーナーさん…私を信じてくれたあなたに恥をかかせちゃって…。私には、無敗の三冠なんて夢…”
瞳を潤ませながら、彼女はもう菊花賞への出走を諦めることと、担当契約を解除することを伝えるつもりだった。
しかし、そんな彼女の肩をトレーナーは掴んだ。
“夢はな…自分から掴みに行く準備をしなくちゃ、絶対に叶えられない。…形は変わってもまだ、叶えられるよ。最後の冠を獲りにいこう。…だから…走れ。走ってくれ——。“
大粒の涙を零しながらも、そう語りかけるトレーナーの言葉は、強く少女の背中を押した。
もう一度走るために、零れ落ちた夢の最後の1ピースを掴み取るために、少女は拙い歩幅ながらも、再び駆け出した。
“見事、菊花賞を制しました8番フォレスティエ、2着は3番——惜しくも勝利は逃してしまいましたが、素晴らしい走りを見せてくれました!”
実況が名を読んだ途端、湧き上がる大歓声。
2番手ではあれど、力は出し切った。
疲労からか、視界はぼやけ息は荒い。
しかし、ただただ眩しく輝いていた、その景色を少女は片時も忘れることはなかった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「…懐かしい夢だったなぁ…。」
たった今見ていた夢を思い出しながら、彼女は身体を起こした。
“無敗の三冠”。
その夢を持ったのは確か…ずっとずっと幼いころだった気がする。
当時、両親に連れられた菊花賞で彼女は、初めての三冠ウマ娘が誕生する瞬間を目の当たりにした。
それから、だろうか。
彼女は、その姿に焦がれ、自身が初の無敗の三冠ウマ娘になるのだという大きな夢を持つようになっていた。
地元のモリオカでは足が速い方であった彼女は、大きな自信と夢を抱えて、中央のトレセン学園へ入学した。
結局、三冠の夢は叶わなかったが…それでも、現役時代に後悔なんかない。
精一杯自分は走り抜いたと、そう断言することができた。
…それでも、小さなしこりが、胸に残っていた、そんなある日、恩師からこう提案を受けた。
“…まださ、心残りがあるなら、取り除きに行きなよ。トレーナーとして、さ。”
その言葉に少なからず、背中を押された彼女は、進路を変更し、勉強を始めた。
結局、地方のトレーナーとして…だったが、トレーナーとしての資格を得た彼女は、トレセン学園に配属された彼女が出会ったのは、大きな夢を持ちながらも、燻っている少女たちだった。
そして、自分自身も中央のトレーナーライセンスを取れず、燻っていた時、解放してくれる存在と出会った…いや、出会えた。
“無敗の八冠”などという前人未到でありながら、無謀とも言えるその少女と、彼女は先日、中央へ行くという大きな一歩を踏み出したばかりだった。
少女の人生に一つのしこりも作らないために…そして、自分があの時、忘れてきたものを取りに行くために…今日も頑張ろうと、小さくガッツポーズを
決めると、彼女はトレーナー寮を後にした。
◆ ◆ ◆
でかい。
もうでかいとしか言いようがない。
…というわけで、初めてグラウンドに来たわけだが…もうね、すごいの。えぐいの。
なんなら、芝だけで、地平線が作れちゃうんじゃね?ってレベルだ。
…まあ、それは置いておいて。
こんだけ広いとトレーナーを探すだけでも一苦労というわけだが…。
なんとか、捉えたっちゃ捉えたので、駆け出していく。
「おはようございますっ!トレーナーさんっ!」
元気に挨拶するのも忘れずに、だ。
「お…おはよう…何だか今日は随分ときゃぴるんっとしてるわね…。」
「そうですか?えっへへー照れちゃうなぁ…。」
遊びたい時に遊んでおく。これ大事。パイセンに近づけたならなおよし。
まあ、パイセンはこんなこと言わなそうだけど。
「それじゃ…まずは、今後のローテーションについて話しておくことにするわね。」
ここで気がつく。
あ、これ大事なお話だ、と。
うん、ここで気づけただけ賢い偉い流石。
とまあ、悪ふざけもこれぐらいにしておいて、耳の穴よくかっぽじっておかねば。
「まず、八冠を獲るにあたってクラシック三冠競走は外せないわ。当然、レース名はわかるわよね?」
「はい。皐月賞、日本ダービー、菊花賞、ですよね。」
「その通り。というわけで、次は皐月賞のトライアル戦、スプリングステークスよ。」
…また、ステークス、か。
岩手ステークスといい、ステークス三昧だな…なんてアホなことを考えつつ、相槌を打っておく。
「コースは芝1800mね。岩手ステークスよりはちょっと短いかしら?それで、要注意な娘がいるから、情報を共有しておきたいの。」
要注意、か。確かにメタは張っておくに越したことはないし、しっかりと聞いておかねば。
「“ビゼンニシキ”さんって娘ね。動画あるけど…見る?」
「はい。」
◇ ◇ ◇
「…なんですか?この追い込み方…6バ身差って…。これでデビュー戦ってマジですか…?」
「…マジよ。だから要注意って言ったでしょ?」
「それで、対策は?」
「…そうね。まずは、前めのレースを心がけてみましょうか。要するに先行策ってやつよ。」
…先行策か。思えば、確かに今まで差しでしか、レースをしてこなかったしな。
彼女の追い込みに対して、俺の差し足で追いつけるのか…という不安もある。
だからこその先行といった具合だろうか?
「それで、トレーニングだけど…先行は差しよりもスタミナ管理がシビアよ。だからこそ、さらにスタミナを補強しつつ、配分を覚えていく必要があるってわけね。今日からその辺りを徹底的に鍛えていくわ。それじゃ、いつもよりハイペースを意識して、まずは一周走ってきて。」
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「…見つけた。」
やはり、中央のレースにはいつも驚かされる。
実際にローテーションも決まり、作戦も決まってみれば、本当にその作戦を通せるのかという不安も当然湧いてくるわけだ。
…それに、ヴァーゴとの約束がある以上、中央初戦ではあるが…負けることは許されない。
というわけで、自主トレは必須…と考えて、場所を探していたわけだが…。
やはり、うってつけなのは神社の石段だろう、というわけで…やってきました、神社。
見上げてみるとまあ高い高い。
そりゃアニメでも、みんなここで、走るわけだ。
…というか、テイオーがここで走ってたってことだよな?
今のうちに香りをたっぷりと…と考えるも、残念、数年後でした。
大人しく走りますか、と。
タッタッタとステップを刻みつつ、駆け上がっていくこと数十秒。
取り敢えずは、境内に到着、だ。
息はそこそこ荒いが、モリオカで初めて石段トレーニングをやった時ほどではない。
これなら続けられそうだ、と。
下ろうとした時である。
「アンタレス君…じゃないか。」
遠くから、鹿毛の人物が近づいて…ってか見覚えしかないどころか昨日見たな、うん。
「ルドルフさ…ルドルフ…?」
「ああ。君も…自主トレーニングかい?」
「まあ、そう…だね。」
駄目だ、隠しきれない敬語が出そうになった。
でも、彼女からタメ口でいいと言われている以上、敬語はむしろ失礼だろうと考えながら、口調を調整する。
「流石だよ。確かにここは効果的だ。ところで、どうだい?併走でも…。」
「うん、大丈夫…だよ。」
というわけで、一旦下まで下ってから、同時にスタートする。
差は…歴然だった。
「はぁ…はぁ…」
本気だったはずなのに、大体数秒ほどの差が開いてしまう。
「なるほど…。」
品定めをしてくるような目で、一瞬だけこちらを見つめるルドルフ。
だが、すぐにその目を収めると、こちらに質問を投げかけてくる。
「…ところで、ローテーションは決まったのかい?」
「うん、次は…スプリングステークス…だね。」
「ふむ、私の次走は弥生賞なんだ…。仮に戦うことになるとしたら、皐月賞、か。ふふっ、楽しみだよ。それでは、私はこれで。邁進してくれたまえ。」
そう告げると、彼女は立ち去っていった。
…しかし、今の数十秒だけでも、はっきりとわかったことがある。
今の俺じゃ、全然彼女には届かないということ。
そも、スプリングステークスすらも、勝てるかはわからない。
…しかし、ヴァーゴに再会するときのために、テイオーと出会う時のために…一つのしこりも残したくない。
——絶対に勝つ。
そう、強く決意を固めると、俺は石段に足をかけた。
というわけで次回、スプリングステークスです。
よろしくお願いします。
追伸:プリグラ、リリースされましたね。一週間限定なのが勿体無いところです。ユニちゃん先輩が出ていないのが若干、悲しいですが…楽しんでいきたいですね。