無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第24R 見てろよ、中央。これが俺の走りだ。

「…よし。」

軽く屈伸をしつつ、コンディションを確かめる。

 

うん、脚は良い感じに動く…と。

取り敢えずコンディションは悪くないみたいだ。

 

中央初戦ということもあり、緊張もないではないが…まあ、いつものレースをするだけ…ってそれじゃ、ダメなんだった。

端的に換言すると、俺は先行してなきゃいけない、ということ。

 

意識、意識…っと。

頭に先行策を叩き込みつつ、地下バ道を抜ける。

 

瞬間、耳に入る大歓声。

 

モリオカにいた時とは比べ物にならないぐらい大きなその音量に、思わず耳が垂れる。

 

…しっかしG2でもここまでとは…。

G1の時にゃ俺の耳どうなるんだろう…という件は置いておいて。

 

とにかく、今は目の前のレースに集中せねば。

 

「すぅ…はぁ…」

 

大きく息を吸って、吐く。

モリオカの頃からやってきたルーティンだからか、大きく環境が変わったとはいえ、幾分か精神は落ち着いた。

 

『一番人気は2枠2番ビゼンニシキ!』

『前走の弥生賞では惜しくも敗れてしまいましたが、今日は好走を期待したいですね。』

 

途端、湧き上がる歓声と、それに応えるように手を振る栗毛のウマ娘。

んでもって、赤坂さんによる実況と、細江さんによる解説、と。

 

モリオカの頃のダンディなボイスも悪くはなかったが、やはりこの二人組がザ・ウマ娘といった具合で、俺的には安心安全である。多分安全は関係ないけど。

 

…そんでもって、俺の名前は…呼ばれませんでしたね。ありがとうございます。

やはり、地方から来た今の所中央では無名のウマ娘、ということで期待度は相当に低いようである。

 

…まあいい。

例え、戦場が中央に変わろうが、やることは変わらない。

 

全力で走って、勝つ。

ただ…それだけ、だ。

 

なんなら、中央の奴らに一泡吹かせてやる、と。

意気込んでも良いレベル。

 

——よし、やってやる。

 

拳に力を込めると、俺はゲートへと入っていった。

 

◆ ◆ ◆

 

人気ではやっぱり劣る、か。

少々落胆したかのように、彼女は肩を落とす。

 

流石に地方からやってきた期待のニューホープ、とはならなかったようだ。

 

…とはいえ、人気など所詮は下馬評。

アンタレスは、それを覆すことができるウマ娘であると、そう彼女は信じていた。

 

今回は、皐月賞の前哨戦。

 

しかし、ビゼンニシキは、今のところ5連勝している生徒会長こと、シンボリルドルフのライバルとまで呼ばれているウマ娘だ。

決して、前哨戦——トライアルとはいえど、気を抜いて良い相手ではない。

 

それに加え、彼女の“無敗の八冠“という夢を叶えるためには、当然、ここで負けるわけにもいかない。

ただ、そう気負ってほしくないのも事実だ。

 

だが、ゲートインする彼女は意気揚々といった様子で、やたらとギラついた目をしている。

どうやら、杞憂だったようだ。

 

と、軽く息を吐きながら、アンタレスの方に視線を戻す。

 

彼女は、3枠3番、と。

 

ちょうどビゼンニシキとは隣り合う形になったようだ。

 

そして、皆がゲートインを済ませた様子。

 

今——レースが始まろうとしていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ガコンッ!

 

 

その音に合わせるように、軽やかに地面を踏み締め、始動。

悪くない出だしだ。

 

最後のレースからは確か…1ヶ月半ほどは経っていたはずだが、取り敢えず、こっちにくる準備で、トレーニングができなかった期間も含め、特に鈍ってはいなかったようなので、安心する。

 

さて、再度意識しなければならないのは、今回は先行策といったところだろう。

なるべく、速めに足を動かすことを意識しつつ、前へ、前へと進んでいく。

 

——よし、今の所は順調だと。

そろそろ内側に入るか、と進路を取ろうとした時だった。

 

頬を一筋の疾風が掠めた。

 

一瞬襲ってくる動揺。

 

…いや、落ち着け。ただの逃げだ。

こんなのフォルテや、ヴァーゴでいくらでも…と、己を落ち着かせようと…。

 

…ヴァーゴ…?

待て、彼女も確か岩手ステークスの時に、今までと大きく作戦を変えた。

 

そして、目の前を走る少女の髪色は栗毛。

 

…完全にしてやられた。

 

『ハナに立ったぞ、2番ビゼンニシキ!ここにきて、大きく作戦を変えてきた!』

 

とてつもなく感じるデジャヴ。

ここに来て、彼女は意表をつきにきたのだ。

 

「…クソっ!」

 

先行策をとる以上は、俺自身、もう少し彼女に接近しておかねばならない。

このままじゃ、ただただ、突き放されてゲームセット。

 

彼女が例え、慣れない作戦をとっているとしても、俺も状態としては同様。

慣れない作戦をとっているのだ。

 

もう一段ギアを上げ、後方にピタリと張り付くようにして、接近。

 

位置的には2番手、か。

 

少々掛かってしまっている感も否めないが…。

それでも、このまま突き進むしかない。

 

『各ウマ娘、第3コーナーを周り、最終直線に入りました!先頭は依然として2番ビゼンニシキ、2番手には3番トレミアンタレス——』

 

…よし、状況としてはそうそう悪くはない。

 

このまま——仕掛けるっ!

 

『ここで仕掛けたぞトレミアンタレス!一気に先頭との距離を縮めていきますっ!』

 

一気に縮まる距離。

 

ここまでの、状況は、岩手ステークスと似通っている。

 

ということは…だ。

 

慣れない逃げに転じた彼女自身も、そろそろ消耗してくる、ということに他ならない。

 

背中が、すぐ目の前にまで迫る。

…だが、一筋縄じゃいかない。

 

彼女も、スピードをもう一段階上げる。

 

近づいたかと思えば、遠ざかる背中。

 

空を舞う芝が、視界を掠める。

 

——これが、中央。

 

俺は今、中央を肌で感じている。

 

…だが、だが、負けてやるわけにはいかない。

 

俺には約束がある。

 

無敗のまま、再び彼女に再会するという約束が…!

 

ザッ!

 

地面を踏み締めた途端、鳴り響く轟音。

 

もう一度、近づく背中。

ゴールまであと100と言ったところだろうか。

 

一気に蹴り上げ、さらに距離を縮める。

 

「届…けッ!」

 

口の端を漏れる吐息は激しく熱され。

体中まさに、焼けるような熱さ。

 

ちょうど、メイクデビューの時のような感覚だ。

そうだ、あの時と、何も変わらない。

 

先頭は逃げ、俺は追いかける。

 

であれば、ただ、抜かせば良いだけッ!

 

『ここで抜け出したぞ!3番トレミアンタレスッ!』

 

俺は——ここに…中央の歴史に新たな一ページを——

 

「ぁぁッ!…はぁぁぁッ!」

 

——刻み込むんだっ!

 

視界の端に消える栗毛。

さらに加速する景色。

 

そして——

 

『トレミアンタレス!今、1着でゴールイン!地方からやってきたニューホープが、勝利を掴み取りましたっ!』

 

◇ ◇ ◇

 

肩で息をしながら、観客席の方を見ると、嘘のように、静まり返っていた。

誰もが、呆気に取られたような顔をしている。

 

…まあそりゃそうだ。

今回の人気は低かったわけだし、相当の激戦だったとはいえ、地方から来た田舎もんが勝ってしまったわけである。

 

…どうしよ、これ。

その若干重々しい空気感に耐えかねて、この場を去るか、考えた時だった。

 

「アンタレスっ!アンタレスっ!」

 

突如、アンタレスコールが、観客席の一角から聞こえてきた。

そちらを見ると、鹿毛を振って、しきりに声をあげている女性——トレーナーがいた。

 

——一人めのファンはトレーナーと。

ふと、そんな言葉が脳裏を掠めた時だった。

 

「「アンタレスっ!アンタレスっ!」」

 

また一人が声を上げ、それに釣られたように、もう一人が声を上げた。

 

そして——やがて、コールは大歓声へと変わり、レース場中に響き渡るほどになった。

 

…ありがとう、トレーナー。

 

この慣れぬ新天地での勝利を華々しいものにしてくれた彼女への感謝の気持ちと、観衆へのコールに応える意を込めて、俺は拳を突き上げた。

 

——この一瞬を、歴史の一ページに…中央での英雄譚の一ページ目に刻み込むように。




というわけで、中央での最初のレースでした。
次回、久しぶりの掲示板回(オフ会)です。
それでは、よろしくお願いします。
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