無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第26R あなたの夢

「ねぇ、アンタレス、ちょっといいかしら?」

 

皐月賞まで残り一週間。

今日もトレーニングだぁ!とばかりに、グラウンドを訪れた俺を待っていたのはいつもとは若干様子が違うトレーナーだった。

 

「…今日のトレーニングは中止よ。」

 

「…え?」

 

困惑ッ!わかりやすく五十文字以上百文字以内で説明せよ!と、返してやりたいが…まあ、それは置いといて…だな。

残り一週間を切ろうとしているこの状況で、そんな話を持ち出すということは、何かしらの意図があるのだろう。多分。

 

「…顔に出るのが早いわよ。ただね、代わりに一緒に来てほしい場所があるの。」

 

そう告げると、彼女はクイっとばかりに、指でこちらにくるように示し、歩き始めた。

…まあ、よくわからないことが多いっちゃ多いが…ここは大人しくついていくことにするか、と。

彼女について、俺は歩き始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

「…それじゃ、ここから走るわよ。」

 

「…は?」

 

とりあえず連れてこられたのは、ウマ娘専用レーンの前、と。

それは理解できているわけだが…。

この先、どこに連れてかれようとしているのかが、まだ理解できていない。

 

「…えーと、一体どこに向かおうと…」

 

「それはついてからのお楽しみ、よ。」

 

そう悪戯っぽく笑うと、走り始めるトレーナー。

ポカーンとしている間に、背中は小さくなっていったので、俺も負けじと地面を踏み締め、走り始める。

数瞬して、ぐんと近づく背中。

 

モリオカでレースをした時には全く歯が立たなかったのに、案外、すぐに近づけたなと、少々驚く。

これも成長の兆しってやつなのだろうか、と考えながら、タッタッタとリズムを刻み、さらに距離を縮めていく。

そうして、ちょうど真横まで接近した時だった。

 

「…まだ、負けてられないわよっ!」

 

唐突に声を上げたかと思うと、さらに加速し、俺を引き離そうとするトレーナー。

 

「私も…負けてられませんからっ!」

 

だが、俺も負けてはいられない。

 

もう一度、スパートをかけて追い抜こうとする。

こうして、逃げるトレーナーと追いかける俺という構図のもと、レースみたいな追いかけっこは続いていった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…ぜぇ…ぜぇ…」

 

走り切って取り敢えず目的地には到着したようなので、大の字になって横たわる。

走っているうちに、だいぶ熱くなりすぎていたようで、息は切れ切れ、と言った具合。

対してトレーナーの方を見ると、彼女もまた大の字になっており、俺とさして状態は変わらないようだ。

 

「…あり…がとね…アンタレス…」

 

その時、唐突にトレーナーが口を開いた。

 

「…ふふっ…走っているうちに…なんだが熱くなってきちゃって…でも、楽しかったわ。…だから、ありがとう。」

 

どこか、今の時間を大切にするように、そうゆっくりと告げると、彼女は立ち上がった。

 

「…さて、行きましょ!この先よ!」

 

と、彼女に手を引かれ、俺も立ち上がると、拙い歩幅ながら、再び歩き始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

ザッ、と。

砂を踏み締める小気味良い音が広がる。

 

「…ここですか?トレーナーさん。」

 

「ええ。…どう?綺麗でしょ。」

 

そう言って、彼女が示した風景は海だった。

広がる白い砂浜に、透き通る水が時折流れてくる。

そして、そんな景色がどこまでも続いているのだ。

 

「…おお」

 

と、思わず感嘆の声が漏れる。

 

「私ね、現役時代によくここに来てたの。トレーナーが連れてきてくれて、ね。くよくよした時とか、ここにくると、なんだか悩んでたことがちっぽけに思えて…まっさらな自分にまたなれた気がするの。それでね…皐月賞近くて、最近アンタレス、かなり棍詰めてたじゃない?だから、どうしてもここに連れてきたくて。」

 

…まあ、確かに、と言わざるを得ないだろう。

自主トレやらなんやらで、最近はろくに休んでいなかった気もする。

 

「…無敗の三冠ウマ娘、結局なれなかったなぁ…。」

 

懐かしそうに細められた瞳は、どこか遠くを見ているように見えた。

 

「トレーナーさんも、皐月賞に…?」

 

「ええ。あの頃はまだ、希望でいっぱいだった。まあ結局、負けちゃったけど。それでも、トレーナーが背中を押してくれたから、私は現役時代、走り切ることができた。…どう?私はあなたの背中を押せてるかしら?」

 

「…ええ。現にこうして、あなたが私のことを気遣ってくれているのが、全てだと思います。あなたは立派なトレーナーですよ。」

 

「…そう、だったら嬉しいわ。それでね、私、まだ夢を見ているの。三冠への憧れってものかしら?まだ残ってて…だからトレーナーになったってわけ。」

 

そこで一拍おくと、彼女は口を開いた。

 

「…アンタレス…私の夢…」

「…背負いますよ。」

 

皆まで言わせる気はなかったし、先ほど、話を聞いた時から決意は固めていた。

だからこそ——

 

「皐月賞、絶対に勝って見せます。だから、見ててくださいね、トレーナーさん!」

 

「…ありがとう。」

 

どこか噛み締めるように、そう呟くと、彼女は背を翻した。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。それとね、最後に一言。もう敬語はいいわ。なんだか、ずっとこそばゆかったもの。」

 

「…えっと、じゃあ…トレーナー…?」

 

「うん!それでよし!さて、明日から最終調整、していくわよ!」

 

 

誰かに夢を見せるため、そして、誰かの夢を背負うため。

 

 

負けられない皐月賞が、ついに目前まで迫っていた。




次回、皐月賞です。よろしくお願いします。
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