無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「…遂に、か。」
軽く息を吐きながら、一歩一歩、踏み締めるように、地上へ向かって歩みを進めていく。
初のG1レース、ということで…まあ、緊張しないわけもなく。
いつものゼッケン付きの体操服ではなく、勝負服に初めて袖を通した影響も多少なりともあるのだろうが…まあ、強いていうなら、靴が走りやすいものであることに感謝、と言った具合だろうか。
…これ、調子にのって勝負服に8つほど勲章つけんのお願いしなければよかったな、と。
地上に出る前ということもあって、相当顔が赤くなってくる。
とはいえ、これ以上引き延ばすのもアレだ。
行くか、と。
俺は地上へ向かって一気に駆け出した。
『ワァァァ!……』
地上に出た瞬間、尋常じゃない量の大歓声が耳に入る。
大体、耳が痛くなってくるレベル。
やはり、G1。今までのレースとは格も期待度も段違いであることを、ピリピリと肌で感じる。
ふと、勝負服を見てみると、陽に照らされた赤が鮮やかに輝いている。
——ここは、今までとは格が違うんだ。
緊張を振り払うように、俺は拳を握り締めた。
◆ ◆ ◆
「…なんだか、懐かしいわね…。」
十数年前のあの日、私もあそこに立っていた。
…そう思うと、なんだか懐かしさが込み上げてくると同時に。
今、こうして私も誰かに夢を託して、あそこに立っているんだ、という実感が湧いてくる。
「…アンタレス…。」
その名を口にすると、多少震えてくる身体。
…別に自分が戦うわけでもないのに。
武者震い…だろうか?
「…ふふっ」
少し、口の端が吊り上がってくる。
そうだ、このレースを楽しむ気持ちを大切にしなければ。
「いけーっ!アンタレスーっ!」
もう一度、軽く拳を握り締めると、彼女は声を張り上げた。
◆ ◆ ◆
「アンタレス君、今日はいいレースをしよう。」
そう言いながら、こちらに手を突き出してくるルドルフ。
しっかし、勝負服を着ていると、いつもより圧が強くなっていると言うか…なんというか…。まあ、とにかく怖い。
こちらを押し潰そうとしているかのような圧力だ。
「…わかった。でも、私も負けるつもりはないからね。」
彼女の手を握り返しつつ、こちらも精一杯低い声を出してみる。
…まあ、こんなことで圧力が出せるのかは不明だが。
しかし、今は少しでも強がらなければ、押し潰されそうだった。
そんな戦意を漲らせた俺の態度を見て、満足したのか彼女は軽く頷くと、ゲートへと向かっていった。
…それじゃ、俺も行くとするか。
一歩一歩踏み締めるようにして、ゲートへと踏み込んでいく。
『一番人気は5枠10番シンボリルドルフ!』
『弥生賞では、大差で勝利を収めました。今回も期待、ですね。』
一番人気はルドルフ。
まあ、やはりといった具合か。
それでも…
ガコンッ!
俺は——いつも通りの走りをするだけだ。
『各ウマ娘、横一線に飛び出した!先行争いですが、間からスーっと早くシンボリルドルフが行く!』
今回は3枠6番。
内枠というのは大きなアドバンテージだ。相当に序盤の位置取りがしやすい。
すり抜けるように、6番手あたりへと収まっていく。
ルドルフは…4番手あたりか。
すぐに目の前を、緑色の勝負服が駆けていく。
逆にすぐ後ろには、ビゼンニシキ。
彼女の追い込みの恐ろしさは既に予習済み。
後ろも、前も。
有力なウマ娘に挟まれているこの状況。
第一コーナーを曲がったばかりだが…一切、落ち着いていられない。
◆ ◆ ◆
「…位置を…上げた…。」
直線に入り、ルドルフが3番手へと上がった。
先頭で逃げているウマ娘はいいとして…やはり、今回最警戒対象に当たるルドルフの動きが一番気になるところ。
現状、かなり前のめりなレースだ。
このまま、先頭に立ったとして…そのまま引き離されたら、アンタレスが勝てる確率は一気に下がることになる。
思わず、震える身体。
…行けるか?
じっとりと滲む汗が掌を濡らす。
…それでも、今は…ただ、信じることしかできない。
もどかしさを振り払うように。
そして、祈るように、彼女は両の手を合わせた。
◆ ◆ ◆
『各ウマ娘、第3コーナーを曲がります。ここで、一気に先頭へと上がってきました!10番シンボリルドルフ!』
——仕掛けたか。
首筋を一滴の冷たい水滴が伝う。
ここからが、勝負だ。
追いつくことができなければ、当然ではあるが…負ける。
湧いてくる焦燥感を無理くり押し込み、腹から声を絞り出す。
「い…っけぇっ!」
ザッ!
響く豪音と共に、地面を踏み締め、加速する。
…しかし、届かない。
やはり、皇帝の名は伊達ではない。
一筋縄ではいかないか。
であれば…
——もう一度スパートするだけっ!
今度こそ…近づいた。
鹿毛がくっきりと視界に映り込む。
ギリリと、確かにルドルフが、歯軋りをした。
息遣いも、心臓の鼓動の音までも…!
はっきりと聞こえる。
それほどまでに、近い。
…このまま、追い抜いてやるよ。
深く。
深く。
地面を踏み締め。
全身全霊を込め、蹴り上げた、その時。
「…抜かせないっ!」
俺が地面を蹴る音に次いで、更なる爆音と衝撃と共に、ルドルフがもう一度加速した。
ま…ずい…。
既にスピードの時点で俺は彼女に負けている。
このまま行くと、確実に…引き離される。
それでも——負けたくない。
「ぁぁっ…ぁぁっ…」
口の端から漏れる吐息が熱い。
体力的にはもう限界だ。
それでも…それでも…負けたくない。
俺は…
「…絶対に…勝つっ…!」
最後の力を振り絞り、地面を踏み締めた時だった。
ピキリ
どこかで、音が聞こえた気がした。
それと同時に、白に染まる景色。
今までも陥ってきたことがある感覚だが…感覚は、今までよりもずっとクリアだ。
ダイレクトに動く脚。
そして、目の前に映るのはルドルフと…ゴールだけ。
何も、聞こえない。
何も、感じない。
俺を突き動かすのはただ本能。
勝ちたいという…気持ちっ!
「…やあああああああっ!!」
白に染まった世界の中で、さらに加速する景色。
視界の端に、ルドルフを捉える。
「…今…だっ!」
もう一度、地を踏み締め、目の前に迫るゴールと、視界から消えていくルドルフ。
そして——
『トレミアンタレス、今、1着でゴールイン!クラシック三冠の一冠目!皐月賞を制しましたっ!』
実況の声がターフに鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様、アンタレス。」
「…うん。疲れた…。」
軽く伸びをしながら、トレーナーの声に答える。
勝利を収めた後、軽くルドルフと一言、二言、言葉を交わし、今は控室でウイニングライブの準備というわけだ。
「…それにしても、まさか勝っちゃうなんてね。」
「当然っ!トレーナーの顔に泥を塗るような真似、私がするわけないじゃんっ!」
「…ふふっ、そう?まあ、何はともあれお疲れ様。そして、ありがとね。一冠目、持ち帰ってきてくれて。」
そこまで言うと、急に、慈愛に満ちた表情を悪戯っぽく変えるトレーナー。
「それでも、明日からはまたビジバシしごいていくからね?次は、ダービーよ!」
「「おー!」」
とばかりに、控室の中に俺たちの声が、元気よく響いた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「…何が、足りなかった?」
生徒会室で一人、少女は呟く。
今日の敗因を探るように。
「…スピードは足りていた。それでも…彼女にあって、私には足りなかったもの…か。やはり…」
足りなかったものを探るように。
「覚悟しておけ、トレミアンタレス。次は、こうはいかせない。」
瞳を吊り上げると、そう彼女は言い放った。
次回から日本ダービー編始動です。
ここから一気に飛ばしてていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします!