無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第27R 皐月賞

「…遂に、か。」

 

軽く息を吐きながら、一歩一歩、踏み締めるように、地上へ向かって歩みを進めていく。

初のG1レース、ということで…まあ、緊張しないわけもなく。

 

いつものゼッケン付きの体操服ではなく、勝負服に初めて袖を通した影響も多少なりともあるのだろうが…まあ、強いていうなら、靴が走りやすいものであることに感謝、と言った具合だろうか。

 

…これ、調子にのって勝負服に8つほど勲章つけんのお願いしなければよかったな、と。

 

地上に出る前ということもあって、相当顔が赤くなってくる。

 

とはいえ、これ以上引き延ばすのもアレだ。

 

行くか、と。

 

俺は地上へ向かって一気に駆け出した。

 

『ワァァァ!……』

 

地上に出た瞬間、尋常じゃない量の大歓声が耳に入る。

大体、耳が痛くなってくるレベル。

 

やはり、G1。今までのレースとは格も期待度も段違いであることを、ピリピリと肌で感じる。

ふと、勝負服を見てみると、陽に照らされた赤が鮮やかに輝いている。

 

——ここは、今までとは格が違うんだ。

 

緊張を振り払うように、俺は拳を握り締めた。

 

◆ ◆ ◆

 

「…なんだか、懐かしいわね…。」

 

十数年前のあの日、私もあそこに立っていた。

…そう思うと、なんだか懐かしさが込み上げてくると同時に。

 

今、こうして私も誰かに夢を託して、あそこに立っているんだ、という実感が湧いてくる。

 

「…アンタレス…。」

 

その名を口にすると、多少震えてくる身体。

 

…別に自分が戦うわけでもないのに。

武者震い…だろうか?

 

「…ふふっ」

 

少し、口の端が吊り上がってくる。

そうだ、このレースを楽しむ気持ちを大切にしなければ。

 

「いけーっ!アンタレスーっ!」

 

もう一度、軽く拳を握り締めると、彼女は声を張り上げた。

 

◆ ◆ ◆

 

「アンタレス君、今日はいいレースをしよう。」

 

そう言いながら、こちらに手を突き出してくるルドルフ。

しっかし、勝負服を着ていると、いつもより圧が強くなっていると言うか…なんというか…。まあ、とにかく怖い。

 

こちらを押し潰そうとしているかのような圧力だ。

 

「…わかった。でも、私も負けるつもりはないからね。」

 

彼女の手を握り返しつつ、こちらも精一杯低い声を出してみる。

 

…まあ、こんなことで圧力が出せるのかは不明だが。

しかし、今は少しでも強がらなければ、押し潰されそうだった。

そんな戦意を漲らせた俺の態度を見て、満足したのか彼女は軽く頷くと、ゲートへと向かっていった。

 

…それじゃ、俺も行くとするか。

一歩一歩踏み締めるようにして、ゲートへと踏み込んでいく。

 

『一番人気は5枠10番シンボリルドルフ!』

 

『弥生賞では、大差で勝利を収めました。今回も期待、ですね。』

 

一番人気はルドルフ。

 

まあ、やはりといった具合か。

それでも…

 

 

ガコンッ!

 

 

俺は——いつも通りの走りをするだけだ。

 

『各ウマ娘、横一線に飛び出した!先行争いですが、間からスーっと早くシンボリルドルフが行く!』

 

今回は3枠6番。

内枠というのは大きなアドバンテージだ。相当に序盤の位置取りがしやすい。

 

すり抜けるように、6番手あたりへと収まっていく。

ルドルフは…4番手あたりか。

 

すぐに目の前を、緑色の勝負服が駆けていく。

逆にすぐ後ろには、ビゼンニシキ。

 

彼女の追い込みの恐ろしさは既に予習済み。

 

後ろも、前も。

 

有力なウマ娘に挟まれているこの状況。

 

第一コーナーを曲がったばかりだが…一切、落ち着いていられない。

 

◆ ◆ ◆

 

「…位置を…上げた…。」

直線に入り、ルドルフが3番手へと上がった。

 

先頭で逃げているウマ娘はいいとして…やはり、今回最警戒対象に当たるルドルフの動きが一番気になるところ。

 

現状、かなり前のめりなレースだ。

このまま、先頭に立ったとして…そのまま引き離されたら、アンタレスが勝てる確率は一気に下がることになる。

 

思わず、震える身体。

 

…行けるか?

じっとりと滲む汗が掌を濡らす。

 

…それでも、今は…ただ、信じることしかできない。

 

もどかしさを振り払うように。

 

そして、祈るように、彼女は両の手を合わせた。

 

◆ ◆ ◆

 

『各ウマ娘、第3コーナーを曲がります。ここで、一気に先頭へと上がってきました!10番シンボリルドルフ!』

 

——仕掛けたか。

首筋を一滴の冷たい水滴が伝う。

 

ここからが、勝負だ。

追いつくことができなければ、当然ではあるが…負ける。

 

湧いてくる焦燥感を無理くり押し込み、腹から声を絞り出す。

 

「い…っけぇっ!」

 

ザッ!

 

響く豪音と共に、地面を踏み締め、加速する。

 

…しかし、届かない。

やはり、皇帝の名は伊達ではない。

 

一筋縄ではいかないか。

であれば…

 

——もう一度スパートするだけっ!

 

今度こそ…近づいた。

鹿毛がくっきりと視界に映り込む。

 

ギリリと、確かにルドルフが、歯軋りをした。

 

息遣いも、心臓の鼓動の音までも…!

はっきりと聞こえる。

 

それほどまでに、近い。

 

…このまま、追い抜いてやるよ。

 

深く。

 

深く。

 

地面を踏み締め。

 

全身全霊を込め、蹴り上げた、その時。

 

「…抜かせないっ!」

 

俺が地面を蹴る音に次いで、更なる爆音と衝撃と共に、ルドルフがもう一度加速した。

 

ま…ずい…。

既にスピードの時点で俺は彼女に負けている。

 

このまま行くと、確実に…引き離される。

 

それでも——負けたくない。

 

「ぁぁっ…ぁぁっ…」

 

口の端から漏れる吐息が熱い。

体力的にはもう限界だ。

 

それでも…それでも…負けたくない。

 

俺は…

 

「…絶対に…勝つっ…!」

 

最後の力を振り絞り、地面を踏み締めた時だった。

 

 

ピキリ

 

 

どこかで、音が聞こえた気がした。

それと同時に、白に染まる景色。

 

今までも陥ってきたことがある感覚だが…感覚は、今までよりもずっとクリアだ。

 

ダイレクトに動く脚。

そして、目の前に映るのはルドルフと…ゴールだけ。

 

何も、聞こえない。

 

何も、感じない。

 

俺を突き動かすのはただ本能。

 

勝ちたいという…気持ちっ!

 

「…やあああああああっ!!」

 

白に染まった世界の中で、さらに加速する景色。

 

視界の端に、ルドルフを捉える。

 

「…今…だっ!」

 

もう一度、地を踏み締め、目の前に迫るゴールと、視界から消えていくルドルフ。

 

そして——

 

 

『トレミアンタレス、今、1着でゴールイン!クラシック三冠の一冠目!皐月賞を制しましたっ!』

 

実況の声がターフに鳴り響いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「お疲れ様、アンタレス。」

「…うん。疲れた…。」

 

軽く伸びをしながら、トレーナーの声に答える。

 

勝利を収めた後、軽くルドルフと一言、二言、言葉を交わし、今は控室でウイニングライブの準備というわけだ。

 

「…それにしても、まさか勝っちゃうなんてね。」

 

「当然っ!トレーナーの顔に泥を塗るような真似、私がするわけないじゃんっ!」

 

「…ふふっ、そう?まあ、何はともあれお疲れ様。そして、ありがとね。一冠目、持ち帰ってきてくれて。」

 

そこまで言うと、急に、慈愛に満ちた表情を悪戯っぽく変えるトレーナー。

 

「それでも、明日からはまたビジバシしごいていくからね?次は、ダービーよ!」

 

「「おー!」」

 

とばかりに、控室の中に俺たちの声が、元気よく響いた。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「…何が、足りなかった?」

 

生徒会室で一人、少女は呟く。

 

今日の敗因を探るように。

 

「…スピードは足りていた。それでも…彼女にあって、私には足りなかったもの…か。やはり…」

 

足りなかったものを探るように。

 

 

「覚悟しておけ、トレミアンタレス。次は、こうはいかせない。」

 

 

瞳を吊り上げると、そう彼女は言い放った。




次回から日本ダービー編始動です。
ここから一気に飛ばしてていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします!
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