無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
ご了承ください。
“ルドルフ、あなたはシンボリ家のウマ娘として、象徴になれるような…そんなウマ娘になりなさい。“
今、この言葉を思い出すとは…。
シンボリルドルフは、口に含んでいた水を喉奥に流し込みながら、苦笑した。
日本ダービーまで、あと二週間を切った。
そんな中で、やはり思い出すのは、皐月賞のこと…だろうか。
——トレミアンタレス。
彼女の走りを始めてみた時、誇張抜きにして、ルドルフは、彼女の走りに惚れ込んだ。
凛として、ただゴールだけを目指す貪欲さと力強い走りは、ルドルフを魅了するには十分だった。
だが、しかし、それを決定的な物にしたのは…彼女が持っていてルドルフが持っていない“何か”だった。
『トレーナー君、彼女の走り…私たちのものとは決定的に違う何かがあるように見える。あれは…何なんだ?』
己の杖に対してそう問うた時、彼は少し困惑の色すらも見せていたように見えた。
『…これは…フロー、またはピークエクスペリエンスとも呼ばれる超集中状態だ。…まあ、まだ彼女は完全にモノにはしていないようだが…。それでも、この状態に入れるウマ娘は必ずと言っていいほど時代を築き上げてきた。』
そこまで説明すると、彼は少し声を詰まらせた。
『…その性質上、これは、“領域“とも呼ばれている。しかし…こんなウマ娘が地方にいるなんて…。とんでもない逸材だぞ…。』
“領域“。
初耳だった。
ただ、その走りが他の誰とも一線を画していた事を…そして、自分にも匹敵するかもしれないことに、ルドルフは気づいていた。
…しかし、それと同時にルドルフは己が高揚しているのも感じていた。
そんなに強い敵がいるというのならば、戦いたい。
その一心で、彼女はモリオカに赴き、彼女を中央へとスカウトした。
そして…彼女の走りが、自分自身の走りに匹敵するかもしれない、という予想は…外れることがなかった。
栄誉あるクラシック三冠の一冠目…皐月賞。
その、由緒正しき舞台でぶつかり合い、ルドルフは彼女に敗北を喫していた。
奇しくも、己が見ることができなかった領域を見せつけられて。
ギリリ、と。
気づいたら歯軋りをしていた。
皇帝の名を冠するものとして、全ウマ娘の象徴となるものとして、負けるわけにはいかないレースだった。
だというのに、私は…。
本来ならば、このような時に滲み出てくる感情は、焦燥感に近いモノだろう。
しかし、彼女は同時に、己の口の端が上がっていることも感じていた。
それは…今までずっと彼女を支配していた渇望を初めて満たすことができる者に出会えた喜びから…だったろうか。
そして、己のまだ見ぬ領域が存在していたという事実を目の前で見ることができたことへの高揚。
そう思索を巡らせているともういても立ってもいられなかった。
石段に足をかけ、地面を蹴り上げ、
ただ、足を上げ、下ろし、前進する。
スタミナが切れるまで、その行為をひたすらに続けていた時だった。
突如、その感覚は訪れた。
景色が白に染まり、次に襲ってきたのは、足にダイレクトに接続しているかのような感覚。
そして、何も聞こえず、何も感じない。
己を突き動かすのは、ただ走りたいという——欲求。
だが、その感覚は一瞬だった。
「…はぁ…はぁ…。」
気づいたら、立っていたのは境内。
「今…のは…?」
“領域”。その文字列が脳内をチラつき。
「そう…か…。ふふっ…」
漏れた笑い声が、境内中にこだまする。
「…トレミアンタレス、二冠目は譲らない。…覚悟しておくことだな。」
最後に、もう一度口の端を吊り上げると、彼女はそう言い放った。
領域の設定はシングレからです。
次回、日本ダービーは前後編の2話構成です。
それでは、よろしくお願いします。