無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
ザッ!
背後から轟音が響き渡る。
『ここで上がってきたぞ、10番シンボリルドルフ!』
少し遅れて響く、実況の声。
——やはり仕掛けてきたか。
視界の端に映るは鹿毛。
…それでも、そう簡単に抜かさせてやるわけにはいかない。
俺も再び地面を踏み締め、蹴り上げる。
加速していく景色と、視界から消えていくウマ娘たち。
『しかし、7番トレミアンタレスも追い上げます…先頭に立ちました!』
…よし。取り敢えず先頭には立てた。
一旦はこれで様子見を…と考えた、その時。
ザッザッザッ、と。
一定のリズムを刻んで音が近づいてきた。
…いや、もう、すぐ後ろまで…。
…後ろ…?
「…っ!」
一瞬だけ、ちらりと背後を見ると、そこにはやはりというべきか…。
ルドルフがいた。
もう一度響く轟音と共に、鹿毛が靡き、火花が散った紫色の瞳が一瞬、視界に入る。
『シンボリルドルフがトレミアンタレスに並んで…並ばない!並ばない!トレミアンタレスを抜き去り、1番手へと踊り出ました!』
…かと思えば、そんな瞬間も、一瞬で過ぎ去り、次の瞬間には、ルドルフが前に出ていた。
一拍遅れて、まずい、という感情が芽を出す。
歯を食いしばり、脚を地面に叩きつけるように、振り下ろすも。
根本的なスピードが違う。
なんとか一瞬だけ縮まる距離は次の一瞬でもう一度開き。
…このままじゃ、ジリ貧だと思ったのも束の間。
最終直線に入ってすぐ、やってきた坂が確実に俺のスタミナを奪っていく。
「…くっ…」
坂は残り100m。
ゴールまでは残り400mぐらいだろうか。
もう時間はあまり残されていない。
しかし、今の俺じゃ食いつくのが精一杯だというのも事実。
ギリリ、と。
歯軋りをした音が、周囲に響き渡った。
◆ ◆ ◆
『マロンヴァーゴ、依然先頭を守ったまま、最終直線に入ります!』
…良いペースでの逃げだ。
未だ、先頭は死守できている状態。
でも、そろそろ——
——来る。
リズムを刻みながらも近づいてくる一つの影。
一瞬、私は視界の端に白毛を見た気がした。
ううん、アンタじゃないのはわかってる。
それでも…。
地面を踏み締め、加速。
一気に後続を突き放そうとするも、執拗に彼女はついてくる。
全く、どこまでも、しつこく追いかけてくるところまで、アンタにそっくりだ。
だったら、なおさら…
「抜かせないっ!」
深く、地面を踏み締めると。
私はもう一度蹴り上げた。
◆ ◆ ◆
『シンボリルドルフ、依然後続を突き放す!2バ身、3バ身とどんどん差は開いていきます!』
「…くっ…」
思わず拳を握り締めると、彼女は声を漏らした。
脳裏をチラつくのは、ダービーの時の自分自身の姿。
…確かあの時は…逃げ切ろうとして、後ろから追い上げてきた娘に抜かされたんだったか。
“ごめんなさい、トレーナーさん…私を信じてくれたあなたに恥をかかせちゃって…。私には、無敗の三冠なんて夢…”
…それでも、アンタレスには、あの時の私みたいな顔をしてほしくはない。
彼女の持っている夢の重みは、決して軽いものじゃない。
…けど、それすらも乗り越える強いウマ娘だって。
私は…アンタレスを信じてる。
「行けーっ!アンタレスっ!」
手すりをつかむ手に力を込めると、彼女は再び声を張り上げた。
◆ ◆ ◆
…今、トレーナーの声が聞こえた。
“それでね、私、まだ夢を見ているの。三冠への憧れってものかしら?“
そうだ、あの時、俺はトレーナーと約束したんだ。
あなたの夢を背負いますって。
…それだけじゃない。
‘‘だから、“無敗“の八冠ウマ娘って夢、叶えてきて…?私も、中央に行くから…いつか、アンタを追い越すからっ!“
ヴァーゴとも約束したんだ。
俺は、負けないって。
彼女と再び会う時まで、無敗でいるんだって。
“アンタは一人じゃない。“
…そうだ。俺は一人で走っているわけじゃない。
今、この瞬間、俺たちは一緒に走っている。
視界の端に視たのは栗毛。
…そうだよな、ヴァーゴも一緒に走ってるんだ。
だから、このレース…負けたくない。
坂を登り切り、残りは300mといったところ。
ルドルフとの距離は3バ身程度か。
とはいえ、スタミナも限界。
「ぁぁ…ぁぁ…」
視界は霞み、脚は重い。
…それでも、まだだ。
「…勝つ…んだ…。」
…まだ、俺は走れる。
口の端から熱い吐息が漏れて。
重くなった脚が進むことを拒み始める。
でも、そんなのどうだっていい。
限界のその先に行かなきゃ…。
ルドルフにも…ヴァーゴにも、勝てるわけがないだろ…!
限界まで上げた脚を、叩きつけるように振り下ろした時だった。
ピキリ
どこかで、そんな音が聞こえたのを俺は聞いた気がした。
そして、次の瞬間、破砕音にも近い音がどこか遠くで響き渡る。
と同時に、カチカチ、と。
目の前を火花が散り。
視界が白に染まる。
何も聞こえない。
何も感じない。
今までも、何度か陥ったことがある感覚のはずではあったが。
今までよりも、ずっと鮮明だった。
ダイレクトに繋がった脚が振り下ろされ、景色は加速する。
『ここで、再びスパートをかけたぞ!7番トレミアンタレス!』
どこか遠くに聞こえる実況の声。
もう一度、振り下ろすと、さらに加速する景色。
目の前に映るのは、ルドルフとゴールのみ。
ただ、走れ、と。
本能が訴えかけてくる。
だったら、今はそれに従うのみだ。
◆ ◆ ◆
「…っ!」
再び、後ろで鳴り響く轟音を耳が拾う。
引き離したと思っていたのに。
アンタレスは、まだ執拗に迫ってきていた。
背後から感じる強い気配。
何度地面を踏んでも、ちらりと見える白毛は決して遠ざかることなく。
むしろ、段々と視界に入ってくる。
…だが、こちらとて、負けてやるわけには行かない。
懸けている矜持があるのだからっ!
「…抜かせないっ!」
そう声を響かせ、もう一度、地面を踏み締める。
しかし、迫ってきた白毛は、決して遠ざかることはなかった。
ザッ!
と、一際大きな轟音が隣で響いた。
『トレミアンタレス、ここで並んだ!』
彼女の瞳から飛び散る火花の残滓が、ありありと目に焼き付く。
残りは30mといったところか。
ここまで来て、負けたくない。
私は、世代の頂点に…
「…立つッ!」
どこまでも長い一瞬。
宙を舞う芝は、止まり。
滴る汗は、いつまでも首筋に張り付く。
そして、次の瞬間。
『——ここで、トレミアンタレス、僅かに抜け出したぁッ!』
目の前に出た脚が、一歩先でゴール板の前を踏み締めた。
◆ ◆ ◆
『マロンヴァーゴ、今、1着でゴールイン!』
「はぁ…はぁ…」
呼吸を整えるように、肩で息をしつつ。
ふと後ろを見ると、当たり前だけど、そこにアンタはいなかった。
それでも、私たちはあの時、確かに一緒に走っていた。
私が走ったのはダービーじゃなかったけど、それでも、一緒に。
「…必ず、中央に行くからなぁぁぁぁっ!待ってなさいよねぇっ!アンタっ!」
…アンタが勝ったのかどうかは私にはわからない。
それでも、勝ったに決まってる。
だってアンタなんだからっ!
必ず、中央に行って、今度こそ本当にアンタと戦うんだって。
そう決意を固めると、私は視線を下ろした。
そこには、何か怖いものでも見たかのように震えるフォルテがいた。
ちょっと叫びすぎたかなって。
私はポリポリと頬を搔いた。
◆ ◆ ◆
目の前で揺れる色とりどりのペンライト。
力強く響くイントロに背中を押され。
〈光の速さで駆け抜ける衝動は〉
俺は声を上げる。
〈何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟〉
拳を前に突きつけ、爪先で地面を2度叩き。
もう一度、前を見つめる。
今日、目の前でこうして、声を上げるファンや、トレーナー、今この場にはいないけど、ヴァーゴがいなかったら、きっと俺はこのステージに立つことはできなかった。
だからこそ、今、この場で全力で応えねば。
〈走れ、今を まだ終われない 辿り着きたい場所があるから〉
ダービーを制し、世代の頂点には立った。
〈その先へと進め〉
それでも、まだ俺のストーリーは終わらない。
〈涙さえも強く胸に抱き締め〉
その先に叶えたい夢があるから。
〈そこから始まる
だから、俺は掴み取る。
無敗の八冠を獲るという夢を。
〈果てしなく続く winning the soul〉
俺の果てしないストーリーは、ここから始まっていくのだから。
◆ ◆ ◆
煌びやかなステージの中、その男は一人、過去の情景を思い出していた。
“ごめんなさい、トレーナーさん…私を信じてくれたあなたに恥をかかせちゃって…。私には、無敗の三冠なんて夢…“
ふと、思い出したのは過去の自分の担当ウマ娘のこと。
——俺には結局、彼女の夢を叶えてやることができなかった。
今も残る、悔恨が彼を蝕む。
そして、再び、己の担当しているウマ娘が敗北してしまった。
「…クソ」
思わず漏れる声。
彼女は確かに強かった。
それでも、勝たせてやれなかったのは俺だ。
俺が…俺が、不甲斐なかったから。
だから、彼女は別の作戦をとった。
…俺は、彼女になんて声をかけてやればいい?
ステージの上で、今は笑顔を振りまいている彼女。
それを直視することができず、男はそっとステージに背を向けた。
というわけで、アンタレス視点は一区切りです。
次回より、ルドルフ視点多めになります。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。
23時名鑑です。よろしくお願いします。
追伸:めちゃくちゃwinning the soul ぶちこめて嬉しいです。
ありがとうございました。