無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第30R 日本ダービー 後編

ザッ!

 

背後から轟音が響き渡る。

 

『ここで上がってきたぞ、10番シンボリルドルフ!』

 

少し遅れて響く、実況の声。

 

——やはり仕掛けてきたか。

視界の端に映るは鹿毛。

 

…それでも、そう簡単に抜かさせてやるわけにはいかない。

俺も再び地面を踏み締め、蹴り上げる。

 

加速していく景色と、視界から消えていくウマ娘たち。

 

『しかし、7番トレミアンタレスも追い上げます…先頭に立ちました!』

 

…よし。取り敢えず先頭には立てた。

一旦はこれで様子見を…と考えた、その時。

 

ザッザッザッ、と。

 

一定のリズムを刻んで音が近づいてきた。

 

…いや、もう、すぐ後ろまで…。

 

…後ろ…?

 

「…っ!」

 

一瞬だけ、ちらりと背後を見ると、そこにはやはりというべきか…。

ルドルフがいた。

もう一度響く轟音と共に、鹿毛が靡き、火花が散った紫色の瞳が一瞬、視界に入る。

 

『シンボリルドルフがトレミアンタレスに並んで…並ばない!並ばない!トレミアンタレスを抜き去り、1番手へと踊り出ました!』

 

…かと思えば、そんな瞬間も、一瞬で過ぎ去り、次の瞬間には、ルドルフが前に出ていた。

一拍遅れて、まずい、という感情が芽を出す。

 

歯を食いしばり、脚を地面に叩きつけるように、振り下ろすも。

 

根本的なスピードが違う。

なんとか一瞬だけ縮まる距離は次の一瞬でもう一度開き。

 

…このままじゃ、ジリ貧だと思ったのも束の間。

最終直線に入ってすぐ、やってきた坂が確実に俺のスタミナを奪っていく。

 

「…くっ…」

 

坂は残り100m。

ゴールまでは残り400mぐらいだろうか。

 

もう時間はあまり残されていない。

 

しかし、今の俺じゃ食いつくのが精一杯だというのも事実。

 

ギリリ、と。

 

歯軋りをした音が、周囲に響き渡った。

 

◆ ◆ ◆

 

『マロンヴァーゴ、依然先頭を守ったまま、最終直線に入ります!』

 

…良いペースでの逃げだ。

未だ、先頭は死守できている状態。

 

でも、そろそろ——

 

——来る。

 

リズムを刻みながらも近づいてくる一つの影。

一瞬、私は視界の端に白毛を見た気がした。

 

ううん、アンタじゃないのはわかってる。

 

それでも…。

地面を踏み締め、加速。

 

一気に後続を突き放そうとするも、執拗に彼女はついてくる。

 

全く、どこまでも、しつこく追いかけてくるところまで、アンタにそっくりだ。

 

だったら、なおさら…

 

「抜かせないっ!」

 

深く、地面を踏み締めると。

 

私はもう一度蹴り上げた。

 

◆ ◆ ◆

 

『シンボリルドルフ、依然後続を突き放す!2バ身、3バ身とどんどん差は開いていきます!』

 

「…くっ…」

 

思わず拳を握り締めると、彼女は声を漏らした。

脳裏をチラつくのは、ダービーの時の自分自身の姿。

 

…確かあの時は…逃げ切ろうとして、後ろから追い上げてきた娘に抜かされたんだったか。

 

“ごめんなさい、トレーナーさん…私を信じてくれたあなたに恥をかかせちゃって…。私には、無敗の三冠なんて夢…”

 

…それでも、アンタレスには、あの時の私みたいな顔をしてほしくはない。

彼女の持っている夢の重みは、決して軽いものじゃない。

 

…けど、それすらも乗り越える強いウマ娘だって。

 

私は…アンタレスを信じてる。

 

「行けーっ!アンタレスっ!」

 

手すりをつかむ手に力を込めると、彼女は再び声を張り上げた。

 

◆ ◆ ◆

 

…今、トレーナーの声が聞こえた。

 

“それでね、私、まだ夢を見ているの。三冠への憧れってものかしら?“

 

そうだ、あの時、俺はトレーナーと約束したんだ。

あなたの夢を背負いますって。

 

…それだけじゃない。

 

‘‘だから、“無敗“の八冠ウマ娘って夢、叶えてきて…?私も、中央に行くから…いつか、アンタを追い越すからっ!“

 

ヴァーゴとも約束したんだ。

俺は、負けないって。

 

彼女と再び会う時まで、無敗でいるんだって。

 

“アンタは一人じゃない。“

 

…そうだ。俺は一人で走っているわけじゃない。

今、この瞬間、俺たちは一緒に走っている。

 

視界の端に視たのは栗毛。

 

…そうだよな、ヴァーゴも一緒に走ってるんだ。

 

だから、このレース…負けたくない。

坂を登り切り、残りは300mといったところ。

 

ルドルフとの距離は3バ身程度か。

とはいえ、スタミナも限界。

 

「ぁぁ…ぁぁ…」

 

視界は霞み、脚は重い。

 

…それでも、まだだ。

 

「…勝つ…んだ…。」

…まだ、俺は走れる。

 

口の端から熱い吐息が漏れて。

重くなった脚が進むことを拒み始める。

 

でも、そんなのどうだっていい。

 

限界のその先に行かなきゃ…。

 

ルドルフにも…ヴァーゴにも、勝てるわけがないだろ…!

 

限界まで上げた脚を、叩きつけるように振り下ろした時だった。

 

 

ピキリ

 

 

どこかで、そんな音が聞こえたのを俺は聞いた気がした。

そして、次の瞬間、破砕音にも近い音がどこか遠くで響き渡る。

 

と同時に、カチカチ、と。

 

目の前を火花が散り。

 

視界が白に染まる。

 

何も聞こえない。

何も感じない。

 

今までも、何度か陥ったことがある感覚のはずではあったが。

 

今までよりも、ずっと鮮明だった。

 

ダイレクトに繋がった脚が振り下ろされ、景色は加速する。

 

『ここで、再びスパートをかけたぞ!7番トレミアンタレス!』

 

どこか遠くに聞こえる実況の声。

 

もう一度、振り下ろすと、さらに加速する景色。

 

目の前に映るのは、ルドルフとゴールのみ。

 

ただ、走れ、と。

 

本能が訴えかけてくる。

 

だったら、今はそれに従うのみだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「…っ!」

 

再び、後ろで鳴り響く轟音を耳が拾う。

引き離したと思っていたのに。

 

アンタレスは、まだ執拗に迫ってきていた。

背後から感じる強い気配。

 

何度地面を踏んでも、ちらりと見える白毛は決して遠ざかることなく。

むしろ、段々と視界に入ってくる。

 

…だが、こちらとて、負けてやるわけには行かない。

 

懸けている矜持があるのだからっ!

 

「…抜かせないっ!」

 

そう声を響かせ、もう一度、地面を踏み締める。

しかし、迫ってきた白毛は、決して遠ざかることはなかった。

 

ザッ!

 

と、一際大きな轟音が隣で響いた。

 

『トレミアンタレス、ここで並んだ!』

 

彼女の瞳から飛び散る火花の残滓が、ありありと目に焼き付く。

残りは30mといったところか。

 

ここまで来て、負けたくない。

私は、世代の頂点に…

 

「…立つッ!」

 

どこまでも長い一瞬。

 

宙を舞う芝は、止まり。

 

滴る汗は、いつまでも首筋に張り付く。

 

そして、次の瞬間。

 

『——ここで、トレミアンタレス、僅かに抜け出したぁッ!』

 

目の前に出た脚が、一歩先でゴール板の前を踏み締めた。

 

◆ ◆ ◆

 

『マロンヴァーゴ、今、1着でゴールイン!』

 

「はぁ…はぁ…」

 

呼吸を整えるように、肩で息をしつつ。

ふと後ろを見ると、当たり前だけど、そこにアンタはいなかった。

 

それでも、私たちはあの時、確かに一緒に走っていた。

私が走ったのはダービーじゃなかったけど、それでも、一緒に。

 

「…必ず、中央に行くからなぁぁぁぁっ!待ってなさいよねぇっ!アンタっ!」

 

…アンタが勝ったのかどうかは私にはわからない。

 

それでも、勝ったに決まってる。

 

だってアンタなんだからっ!

 

必ず、中央に行って、今度こそ本当にアンタと戦うんだって。

 

そう決意を固めると、私は視線を下ろした。

 

そこには、何か怖いものでも見たかのように震えるフォルテがいた。

 

ちょっと叫びすぎたかなって。

私はポリポリと頬を搔いた。

 

◆ ◆ ◆

 

目の前で揺れる色とりどりのペンライト。

力強く響くイントロに背中を押され。

 

〈光の速さで駆け抜ける衝動は〉

 

俺は声を上げる。

 

〈何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟〉

 

拳を前に突きつけ、爪先で地面を2度叩き。

もう一度、前を見つめる。

 

今日、目の前でこうして、声を上げるファンや、トレーナー、今この場にはいないけど、ヴァーゴがいなかったら、きっと俺はこのステージに立つことはできなかった。

 

だからこそ、今、この場で全力で応えねば。

 

〈走れ、今を まだ終われない 辿り着きたい場所があるから〉

 

ダービーを制し、世代の頂点には立った。

 

〈その先へと進め〉

 

それでも、まだ俺のストーリーは終わらない。

 

〈涙さえも強く胸に抱き締め〉

 

その先に叶えたい夢があるから。

 

〈そこから始まる物語(ストーリー)

 

だから、俺は掴み取る。

無敗の八冠を獲るという夢を。

 

〈果てしなく続く winning the soul〉

 

俺の果てしないストーリーは、ここから始まっていくのだから。

 

◆ ◆ ◆

 

煌びやかなステージの中、その男は一人、過去の情景を思い出していた。

 

“ごめんなさい、トレーナーさん…私を信じてくれたあなたに恥をかかせちゃって…。私には、無敗の三冠なんて夢…“

 

ふと、思い出したのは過去の自分の担当ウマ娘のこと。

 

——俺には結局、彼女の夢を叶えてやることができなかった。

今も残る、悔恨が彼を蝕む。

 

そして、再び、己の担当しているウマ娘が敗北してしまった。

 

「…クソ」

 

思わず漏れる声。

彼女は確かに強かった。

 

それでも、勝たせてやれなかったのは俺だ。

俺が…俺が、不甲斐なかったから。

 

だから、彼女は別の作戦をとった。

 

…俺は、彼女になんて声をかけてやればいい?

 

ステージの上で、今は笑顔を振りまいている彼女。

 

 

それを直視することができず、男はそっとステージに背を向けた。




というわけで、アンタレス視点は一区切りです。
次回より、ルドルフ視点多めになります。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。
23時名鑑です。よろしくお願いします。

追伸:めちゃくちゃwinning the soul ぶちこめて嬉しいです。
ありがとうございました。
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