無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「それじゃ、おやすみなさい。くれぐれももう騒がないようにね。」
「うん、おやすみ。」
と言うわけで、一日過ごしたわけだが…口調にはだいぶ慣れてきた。
まあ、未だにこの体には慣れないわけだが…。
というか、そう簡単に慣れてたまるか、と一言言ってやりたい気分である。
なんの因果でここに来ることになったのかはわからないが、少なくともテイオーと学園生活を送れる可能性が俺にはあるわけだ。
そう思うと、喜びのあまり全身がむずむずしてくる。
「うぉぉぉぉぉぉ!俺はテイオーと学園生活を謳歌するんだぁぁぁぁぁぁ!」
「だから、うるっさいって言ってるでしょっ!」
バァンと、大きな音を立てて、少女が入場。
あっやべ、と。
慌てて口をつぐみ、警戒体制へ。
わりぃ、俺、死んだ。
と、死を覚悟した時である。
「…全く。どうしたのかわからないけど…取り敢えず、これでも食べて黙ってなさい…。」
彼女は何故か、そっぽを向いたまま、俺に新聞でくるんだ何かを渡してきた。
その場で開封してみると、中身はなかなかに可愛らしいクッキー。
何か変な薬でも入ってないよな?と一瞬警戒するも、タキオンじゃあるまいし、それもないだろう。
「…は?」
「…は?って何よ、アンタが前、また食べたいって言ってたクッキーよ!とにかくありがたく受け取っておきなさいよね!」
…なるほど。
どうやら、トレミアンタレスちゃんは、元から、この少女と仲が良かったようだ。
と、ここで思い出す。
そういえば、名前まだ聞いてねぇな、と。
「….ありがとう、ごめん、ところでさ、名前を聞いても…。」
「…はぁ、何か今日は名前で呼ばないから、そう言うことだろうと思ったわ…。」
と、こめかみを抑える少女。
「マロンヴァーゴよ。もう2度と、忘れないでよね。」
「…ごめん、本当にありがとう。」
「…もう叫ばないでね。それじゃ、おやすみ。」
そう最後に念を押すと、少女は帰っていった。
それにしても、だ。
何か情報を得ないと。
…そうか、この新聞、使えるぞ。
ぼーっと考え事をしながら、包みとなっていた新聞をちらと見ていた時である。
コラムのような欄に、「シンボリルドルフ、選抜レース一着!」と。
ちんまりと書いてあった。
よく見ると、中央のレースの記事ばかりだ。
なるほど、マロンヴァーゴの中央への想いはそれだけ強いんだな、と考えていた時である。
「シンボリルドルフ」「選抜レース」この二つのワードが妙に頭の中で引っ掛かった。
“シンボリルドルフが選抜レースで一着。”
ふんふん。
“シンボリルドルフ”が“選抜レース”で一着…と。
…え?
状態を見る限り、古新聞というわけでもないようだった。
つまるところ…つまるところ…だ。
『俺は、ルドルフと同世代である』と言うことか。
…え?嘘でしょ?
テイオー、まだ中央のトレセン学園にいないじゃん。
嘘でしょ?
…もう、普通に地方のウマ娘として過ごして、テイオーのレースだけ全部見に行こうかな。
不意に脳裏にチラつく考え。
…そうだ、それでいい。
わざわざ歩む必要なんてどこにも…。
どこかぼんやりとした頭で考えつつ、クッキーを齧る。
うん、美味い。ありがてぇ。
今食ったのが1枚で、あと7枚あって…計8枚、か。
…8?
待てよ?まだルドルフが選抜レースで…ってことは、デビューしてないわけで、まだテイオーもルドルフに憧れてないわけで…?
…あれ?俺がルドルフの代わりに七冠どころか八冠…なんなら、無敗で取って、ルドルフ越えちゃえば——
——テイオー、俺にデレデレになるんじゃね?
「…ぁぁ…ぁぁ…」
我ながら、天才的な発想に、体が震えてくる。
漏れ出てくる声を止める余裕は、もう今の俺にはなかった。
「待ってろよぉぉぉぉ!中央っ!俺はっ!無敗の八冠ウマ娘になるんだぁぁぁぁっ!」
その時、再び大きな音を立て、開かれたドア。
不思議なことに、俺の記憶はそこで途切れた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
目が覚めると、見知らぬ天井だった。
まあ、使い古されたネタだが。
数分困惑した後、己がウマ娘になったことを思い出す。
——そして、昨晩無敗の八冠ウマ娘になると宣言したことも。
もう修羅の道どころの騒ぎじゃないだろう。
完全に選んだ道は混沌。前人未到だ。
…だけど。
——テイオーをデレさせる。
この願いのためならば。
俺は、できるっ!
「よしっ!」
鏡の前に立ち、長い髪を後ろで結え、ポニーテールにする。
赤い流星もあいまって、髪型だけはテイオーに近づいた。
「行くわよっ!アンタ!」
バァンと開くドアと共に部屋に入ってくるマロンヴァーゴ。
…ってかアンタってアンタレスの略称だったんっすね。
ってのは置いといて。
今の晴れやかな気分の前ではそんなのどうでもいい。
「うん!」
頷くと、俺は外に向かって一歩、踏み出した。
と言うわけで、プロローグ終了です。
次回より、選抜レース攻略編に入ります。
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