無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第33R 強がり

「…はは…まさか、君が本当にトレーナーになってたとはな…。」

 

最初に担当したウマ娘である、彼女との再会は、全く予想だにしない形で起こった。

 

「…そんなに意外でしたか?そもそも、私にトレーナーになるように勧めたのはあなただったわけですし…。」

 

思い返してみればそうだったか。

彼女がトレセン学園を卒業してから、しばらく経って再会した時に確かそんな提案をしたはずだ。

 

「…にしても、本当になるとは…。そう試験も簡単じゃなかったろうに…。」

 

「そう…ですね…。確かに簡単な道のりじゃなかったですけど…私にはアンタレスがいましたから。彼女の夢を叶えるためなら、なんだってできる気がするんですよ。」

 

そう言い切る彼女の瞳に映る煌めき。

それは、紛れもなく俺が彼女と初めて出会った時のものと、変わらないものだった。

 

「…そっか。君はもう…新しい夢を見つけたんだな…。」

 

“私は、無敗の三冠ウマ娘になりますっ!”

 

脳裏に閃くあの日の誓い。

俺が惚れ込んだのは確か…彼女のそんな輝きだった。

 

それでも、輝きは褪せた。

俺には…彼女を勝たせてやることが…夢を叶えさせてやることができなかったんだ。

 

…しかし、今、こうして再会した彼女は輝いている。

新しい夢と出会い、瞳を煌めかせて。

 

今日だって、アンタレスの身を案じて、橋までやって来たと言う。

すっかり立派なトレーナーになったな、と。

あの時からちっとも前進できていない俺には、あまりにも彼女は眩しすぎた。

 

「それで…トレーナー…何か悩み事でも…?」

 

その時、突然彼女は、俺にそんな質問を投げかけてきた。

 

「実はさっき、アンタレスにも同じことを聞かれたんだが…。そんなにわかりやすいか?」

 

「ええ…まあ、正直わかりやすいですね。さっきからずっと俯いてますし…目を合わせようともしませんし…何ならもっと…」

 

「いや、もういい。よくわかった。」

 

…少々毒舌な部分は未だに変わっていなかったようだ。

すっかり容姿も声も変わっている中で、彼女らしい部分を見つけることができて、正直、少しの安心感は芽生えた。

 

「…さて、と。結構遅い時間ですけど…出かけるとしますか!」

 

一瞬、会話が途絶え、しばし静寂に包まれた時だった。

 

「…ちょっ!?」

 

再び、彼女は口を開くと、唐突に俺の手を掴み、傍に停まっていた車へと押し込もうとしてきたのだ。

あまりにも急なその行動に抵抗しようとするも、ウマ娘の力に一般人の俺が勝てるわけもなく、随分とあっさり、車の中に押し込まれ。

バタン、と。

 

彼女も乗り込むと同時にドアを閉める。

 

「…逃げようとしても無駄ですよ?人間がウマ娘に勝てるわけがありませんから。」

今、この場においては、明確に上下関係は存在していた。

よって、逃亡することは不可能だろう。

 

…少々やんちゃなところも相変わらず、か。

 

軽くため息をつくと、俺は深くシートに座り込み。

ぼぅっと窓の外に目を向けた。

 

◇ ◇ ◇

 

そうしていて、どれぐらい経ったろうか。

 

「…着きましたよ。」

 

彼女は、そう口にするとドアを開いた。

途端に車内へと吹き込む夜風。

 

少々、潮の香りも混じったそれが鼻腔をくすぐり。

釣られるように、俺も車から降りる。

 

「…ここは…」

 

「…覚えてますか?…昔、よく連れてきてくれてましたよね?トレーナー。」

 

目の前に広がる海。

 

…忘れるわけがなかった。

それは、蓋をしていたはずの記憶が蘇るように。

目の前の景色に重なるようにして、二人が立っている情景がありありと浮かぶ。

 

「…それで、何でそんなに悩んでいるような…暗い表情をしているんですか?」

 

少し間を置いて投げかけられた問いに対し。

一瞬、答えることがはばかられる。

 

…あくまでも、彼女は自分の担当ウマ娘であったと。

小さなプライドではあったが、トレーナーとしての意識が、彼女に頼ることをよしとしなかったのだ。

 

「無言、ですか。…全く、ちょっと意地っ張りなところも一人で抱え込んじゃうところも変わりませんね。」

 

しかし、どう答えるべきか考えている間にも、彼女は話を進める。

 

「…それとも、自分がトレーナーだからって意識のせいでしょうか?それなら安心してください。私も、もう立派なトレーナーなんですから。」

 

そこまで言い切り、真っ直ぐ俺の瞳を見つめてくる彼女の声に、優しさに、プライドはどこへやら、思わず声が漏れる。

 

「…ほんとにさ、情けないよな…。君を勝たせられなくて…一度はこの世界から離れたはずなのに、また誰かの夢を潰しちゃって…。」

 

…それゆえか、あの時、彼女が担当契約の解除を伝えたのも…ルドルフが作戦を無視したのも。

 

「…だから、向いてないのかもな、トレーナー。」

 

溢した言葉の情けなさを誤魔化すように握りしめた拳に、深く爪が食い込んだ、その時だった。

 

「…向いてない?…情けない…?あなたは、そんな言葉で片付けるような人…でしたか?」

 

唐突に、投げかけられたその言葉に、思わず顔を上げる。

 

「数年前の日本ダービーのことです。負けちゃったウマ娘がいました。」

 

少し、こちらに微笑みかけるようにしながら、彼女は話を続ける。

 

「…彼女の夢は、“無敗の三冠ウマ娘になること“。そんな夢とは程遠い結果に落胆した彼女は、これ以上は自分の夢に賛同してくれたトレーナーに恥をかかせることになる、と。担当契約の解除を申し出ようとしました。」

 

そこで、一拍置くと、彼女は真っ直ぐ俺の瞳を見つめた。

 

「でも、トレーナーはこう言ったんですよ。“夢は自分から掴みに行く準備をしなくちゃ、絶対に叶えられない。形は変わってもまだ、叶えられるから、最後の冠を獲りにいこう”って。その言葉は確実に、私の背中を押しました。だから…なんです。菊花賞で2着をとれたのも。トゥインクル・シリーズを走り切れたのも。」

 

彼女の視線は真っ直ぐで。

その声は凛としていて。

 

「…違う…違うんだ…。」

 

…だからこそ、対照的な自分の姿に、思わずそれを否定する声が溢れる。

 

「あれは…ただ…強がってた…だけで…。俺には…そんな…。」

 

嗚咽、とまではいかないけれど。吐き出された声は途切れてしまっていた。

 

「…それなら、せめて…せめて…ですよ?」

 

その時、途切れた声に重ねるように、彼女は言葉を紡いだ。

 

「まだ、強がっていてください。…それに私は救われたんですから。」

 

よく通ったその声が、周囲に響き渡り。

思わず、目を見開く。

 

「いいですか?あなたは、確かにちょっと弱いかもしれません。それでも、あなたのちょっとの強がりに救われた人がいて。この先も救われる人がいるんです。だから、あの三年間を走り切れたんですよ。そして、きっとそれはこれからも変わらないはずなんです。」

 

「…そう…なの…か…?」

 

「…ええ。私が説けることかはわかりませんが…強がりながらも道を示して。それでも、時々自分の弱い面を曝け出して。彼女たちと、同じ立ち位置で歩んでいくのがきっと…トレーナーなんですから。だから、一度、彼女と向き合ってください。そうすれば、きっと解決ですよ!だってあなたは、私のトレーナー、だったんですからっ!」

 

そう力強く口にすると、彼女は最後にトン、と。俺の背中を押した。

 

…今まで、ただ強がっているだけで、俺には何もできないって、思い込んでいた。

 

それでも。

 

“夢はな…自分から掴みに行く準備をしなくちゃ、絶対に叶えられない“って、そう言葉を紡いだのは俺だ。

 

俺自身が、萎縮していて…下を向いていて、どうする?

 

曲がりなりにも、この世界に帰ってきたんだろ?

最初の三年間で、何度も悩んで、落ちこんで。

 

それでも…輝きを見たかったから、俺は戻ってきたはずなんだ。

俺自身が、輝きを…ルドルフの願いを掴みに行く手伝いすらできずにどうするんだ。

 

「…わかった、そうしてみるよ。…ありがとな。今日はわざわざ励ましてくれて。」

 

「いいんですよ。私はただ、あの三年間の借りを返しただけですから。」

 

隣でそう呟く彼女の視線の移動に合わせて、俺も海の方へと目を向ける。

確かに目の前の景色に比べれば、こんな悩みなんか、ちっぽけに思えてくる。

 

そして、まっさらな自分になれた気がするって。

だから、よく彼女をここに連れてきてたんだったな、と思い出す。

 

俺は今日、ルドルフを一度、遠ざけてしまった。

だから、彼女が菊花賞に向けて、俺とやり直すことを望むかはわからない。

 

だけど…。

 

今はせめて、ちょっとでも強がる時だって。

 

決意を固めるように、俺は拳を握りしめた。




次回、ルドルフ視点。後に締め、です。
それでは、次回よろしくお願いします。
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