無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第34R 決別

“…何故だ…トレーナー君…”

 

先ほど口にした問いが脳裏をよぎる。

 

“…ダービーで負けたからこそ…私たちは、菊花賞に向けて邁進していかねばならないのに…”

 

2度に渡って、敗北を喫したと言う事実。

それは、まるで反響しているかのようで。

 

それでいて、ずっと…脳の奥にこびりついていた。

敗北したというのならば、まず間違いなく次のレースに向けてトレーニングを積まねばならない。

 

…正直、悔しくなかったかと問われれば、嘘になる。

今まで、無敗で歩んできた道。

この世に生を受けた時から、ただひたすらに磨き上げた力と自信。

 

——全てのウマ娘が、幸せになれる世界を作る。

 

そんな夢を掲げながらも、数多の同期を踏み台にしてきたという矛盾。

入り混じる感情を抱え、挑んだ舞台、皐月賞。

 

——踏み潰された。

 

地方からスカウトしてきたウマ娘、トレミアンタレスによって。

その結果を想像していたかと、問われれば嘘になる。

 

今まで築き上げてきた自信が、己の力こそが絶対である、と。

そう示し続けていたからこそだった。

レースに絶対はない、とは言えども、予想外の結果だった、と。

 

そう言ってもいい。

何度、唇を噛み締め、拳を握り締めたことか。

 

それほどまでに、自身——シンボリルドルフが敗北を喫したという事実は、受け入れ難いものだった。

しかし、それすらも受け入れた先にしか、勝利は見えないことを、同時に私は知っていたはずだった。

だからこそ、食いしばりながらも受け入れて。

 

走り続けて。

限界のその先を見た。

 

…だというのに、ダービーでも、私は彼女を相手にし、敗北を喫した。

限界を超えて己が力を振り絞り。

 

確かに肉薄して。

 

ゴールは既に目の前だった。

 

僅か、一歩分の差だったか。

しかし、彼女の視線はさらに前を向いていて…まだ私には見えていない、景色を見ているようで。

 

まだ、彼女には届かないのだと。

そう思い知った。

 

だからこそ、気持ちに整理がついたかと問われれば、まだ首を縦には振れなかったけれど…前に進まねばならないと。

トレーニングに向かおうとした。

 

しかし、結果はどうだったろう?

 

“ルドルフ、今日のトレーニングは中止だ。一日休んでいてくれ。”

 

一日休んでいてくれと、柔らかい表現ではあったが、彼の声音からは間違いなく、私を拒絶しようとする意図が読み取れた。

 

…正直、心当たりがないわけではなかった。

 

——作戦の無視。

 

レース前に、彼からは先行策を指示されていた。

しかし、実際に私がとった作戦は“差し“。

 

完全に己の独断による行動だった。

レース中に柔軟に立ち回ることは確かに大切だ。

 

とはいえ、その先にあったのは敗北だったわけで。

今まで、私を支えてきた確固たる自信は気づいたらもう…崩れ去っていた。

 

もしも、トレーナー君が指示した作戦通りに動いていたら勝利を掴めていたかもしれないな、と。

柄にもないことを考えながら、ベンチに腰を下ろし、見上げた星空。

トレーニングを中止すると告げられても、消えぬ焦燥感に駆られて、結局門限を過ぎているというのに、寮を抜け出してしまったわけだ。

 

——これでは、生徒会長として示しがつかないな、と苦笑する。

明日のことを考えると、寮に戻るのが一番だろうか?

 

…しかし、今のトレーナー君との関係が、一晩で何もせずに修復されるわけもない。

ならば、きっと私は明日もこうして、トレーニングもせずに、星空を見上げているだけなのだろう。

絶対に、現状を変えねばならないことは理解していた。

 

…それでも、これ以上、関係性が崩れ去るのが、非道く怖くて。

私は立ち上がることすらせずに、しばらくそうしていた。

 

…どれくらい経ったろうか。

時計は持ってきていなかったし、計る手段がなかったため、わからない。

 

数分…十数分…数十分…?

 

ふと、そんなことを考えていたからだろうか。

 

「…あれ?…ルドルフ…?」

 

私は、目の前に立っていた人影に気がつけなかった。

 

随分と聞き覚えのある声に、視線を下ろすと。

 

そこには、私を下した少女——トレミアンタレスがいた。

 

◇ ◇ ◇

 

「…何故、こんなところにいるんだい?もう門限は…」

 

「…お互い様、でしょ?大体君も、門限を破ってるわけなんだからさ。…良いのかな?生徒会長がそんなことしちゃって…。」

 

少し小馬鹿にするような口調で彼女は話しかけてくる。

 

しかし、門限なんて、彼女との会話を始めるための、ただのお題目に過ぎず。

彼女の軽い挑発を無視するようにして、質問へと持っていく。

 

「まあ良い。それは認めよう。…それで、もう一度聞こうか。君は何故こんなところにいるのか…その理由が知りたいんだ。」

 

同じく、門限を破って走っている身だとしても、彼女と私には大きな差がある。

勝者と敗者という名の。

 

だからこそ、勝者であるはずの彼女が、ここまで追い込んでいる理由に対して、純粋に興味が湧いた。

 

「ん…何というか、菊花賞への不安から…かな…?長距離戦は初めてだし。トレーナーには休むように言われて、一回寮まで連れてかれてるんだけどね?」

 

苦笑しながらも、理由を説明するアンタレス。

 

——不安、焦燥。

 

私が抱いているものと、同じ感情であることに、少々意外性を感じつつも、それでもきっとそれは、似て非なるものなのだろうと、俯く。

 

「それで、ルドルフは…?私も言ったんだし、君も教えてくれなきゃフェアじゃないよね?」

 

…全く、初めて会った時には、私を相手にして怯えているような仕草すら見せていたというのに。

 

いつの間にやら、ここまで彼女は肝が据わったのやら。

軽くため息をつきつつも。何となく弱みは見せたくないな、と。軽く首を振る。

 

「…いや、私は大した理由じゃないよ。ただ走りたくなっただけだ。」

 

回答としては、無難なものを選択したはずではあったが…不思議なことに彼女は頬を膨らませると、不満そうに呟いた。

 

「…絶対、大した理由じゃないわけないじゃん…。だって、いつもみたいに覇気がないし…。」

 

「…そんなに、わかりやすかったか…?」

 

恥ずかしさからか、少々、熱くなってきた頬を抑え、質問で返す。

 

「…うん、まあ正直…。今も、声に元気ないしね。…そうだなあ…何かあるんだったら、聞くよ…?」

 

そんな風にして、唐突に投げかけられた言葉に思わず体を起こし、彼女の方を向く。

 

細められた赤い瞳から、その言葉の真意を読み取ることはできなかったが…。

もう、そこまで今の私の状態を彼女が理解している、というのであればこのまま黙っている、というのもどうかと思った。

 

…それに、曲がりなりにも、彼女は勝者だ。会話することで、何か掴めるものがあるかもしれない、と。

 

私は、口を開いた。

 

「アンタレス君、君の強さの理由は何なんだ?」

 

◇ ◇ ◇

 

彼女の、話を聞くよ、という言葉の意味とは少々ずれた問いだったから、だろうか。

アンタレスが思案に耽ること数分が経過しようとしていた。

 

唸り声を上げながら、頭を抱える彼女の姿を横目で見つつ。

やはり、質問の内容を間違えたかと、取り消そうとした時だった。

 

「…いい?あんまり怒らないで聞いてね?」

 

彼女は、恐る恐ると言った具合で口を開いた。

 

「…きっと、私は強くないよ。少なくとも、ルドルフ。君と比べるとね。」

 

彼女が不安視したように、別にそれは“私を怒らせるもの“ではなかった。

しかし、私に衝撃を与えるには十分すぎる言葉だった。

 

「…そんなわけがないだろう!?だとしたら…皐月賞での君の勝利は…日本ダービーでの末脚は…何だったというんだ!?」

 

“彼女が強くない“。そんな事実なぞあるわけがない、と。

顔を寄せ、荒い語調で、吐き出すようにして、彼女を問いただそうとする。

 

「ううん、ほんとのことだよ。実際、ずっとギリギリの勝負だったし。ねぇ、ルドルフ、君、私の夢が何かって知ってる?」

 

彼女の夢、か。あまりにも大きく、無謀とも言えるぐらい大きいそれは、強く脳裏に焼き付いていて。はっきりと口にできた。

 

「…“無敗の八冠ウマ娘になること“だろう?」

 

「その通り。ほんとに、バカみたいに大きくて、夢物語だって言われても仕方がないものだよね。それでもさ…」

 

そこで、彼女は私の瞳を見つめると、はっきりとした口調で言葉を繋げた。

 

「私が今でもこうやって、夢を叫べてるのは、ファンのみんなや、ヴァーゴや、トレーナー…大切なみんなのおかげなんだよ。みんなが背中を押してくれたから、私は夢に向かって走れてて…弱い私を、一歩先へと立たせてくれてる。ただ、それだけのことなんだ。それでさ、ルドルフ…君の夢は何なの?」

 

「私の夢…か。」

 

——全てのウマ娘が幸せになれる世界を作ること。

 

一瞬、口にするのが憚られる。

しかし、彼女は自分の夢を語った。

 

であれば、ここで答えねばフェアではないだろう。

 

「…全てのウマ娘が幸せになれる世界を作ること、だ。」

 

それを聞くなり、彼女は頷くと、話を進める。

 

「うん、君のもすっごく大きな夢だね!だったら、なおさらだよ。」

 

そこで、彼女は一拍置く。

 

「…一人じゃ、絶対に目指せないもの。…ねぇ、ルドルフ。君、一人で抱え込んでるでしょ?」

 

真っ直ぐにこちらを覗き込む、赤い瞳を前にし、思わず頷いてしまう。

 

「…でしょ?だって、そうじゃなきゃ、一人で、こんなところに来たりしないもん。だからさ…」

 

湛えられた赤い輝き。

そこに映る、私の瞳が潤むのが見える。

 

「君の大切な人と、もう一度話してきなよ。今度は、全て曝け出して…ね。」

 

——私は、独りよがりだったのではないか。

 

ふと、湧き上がってくるそんな疑問。

 

“大切なみんな“と共に、走ってきたと言う彼女が発した言葉には、妙な説得力があるようで。

越えられなかった壁を越える手段が、一瞬ではあったけれど、そこに、視えた気がした。

 

「…君の…言う通りにしてみるよ。アンタレス君。今日は助けられたな…。ありがとう。」

 

「ううん、別に、私は、“ライバル“だと思ってる君だから、ちょっと話を聞いただけだよ。それと…」

 

そこで、言葉を途切れさせると、悪戯っぽく笑いながら、彼女は言う。

 

「アンタレスって呼び捨てにしてくれていいよ!そっちの方が何だか、ライバルっぽいし!」

 

“ライバル”…か。

言葉としては、何度も聞いてきたようで、それでいて、彼女からは初めて聞けた言葉に思わず頬を緩ませる。

しかしながら、未だに彼女には勝利できていない、という事実もあった。

 

…だからこそ。

途方もなく、大きな夢への一歩として、まずは君に並んでみせよう、と。

 

「…わかった。よろしく頼むよ、アンタレス。」

 

星空を映し、さらに輝きを増す、彼女の赤い瞳を前に、私はそう言い放った。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…トレーナー君…来ていたのか…。」

 

グラウンドの、いつもトレーニングをしている場所。

正直、不安は残ったままだったが、そこには、昨日までの様子は何処へやら、いつも通りの様子で立っている彼がいた。

 

「…当たり前だ。ルドルフ。俺は、君のトレーナーだからな。…とはいえ、だ。」

 

そこで、少し、言葉を切ると、彼は唐突に、頭を下げた。

 

「…すまなかった、ルドルフ。君が負けたのは、俺の指導不足が原因だというのに。トレーニングを休止になんかして…。きっと、怖かったんだ。…俺に、君が負けた責任を負えるのかって…。こんな不甲斐ない俺だ。君が望むのなら…担当契約は打ち切ってくれても構わない…それでも…」

 

「頭を上げてくれ、トレーナー君。」

 

「…ルド…ルフ…?」

 

「…ふふっ、どうやら私たちはやはり、似たもの同士のようだ。だからこそ、まずは謝らせてくれ。ダービーで、せっかく君が立てた作戦を無視してしまい、すまなかった。」

 

そう口にすると、私も深々と頭を下げる。

 

彼の驚いたような顔が、一瞬視界に映るが、これが、私なりのけじめなのだ。

 

「…そして、きっと一人で、責任を抱え込んでしまうところも似ているのだろうな。だから、そんな似た者の君と担当契約を打ち切る気は私には毛頭ない。むしろ、君に拒絶されるのが不安だったぐらいだしな。」

 

そこで、頭を上げ、真っ直ぐ彼の瞳を見つめると、私は最後の言葉を紡ぎ出した。

 

「だから、その続きを…口にしてくれ。」

 

私の言葉を聞き終えると、予想外の反応だったのか、彼は目を見開いた。

しかし、それも一瞬のこと。

 

表情を元に戻すと、彼は口を開いた。

 

「それでも…君が…俺と歩んでくれるというのなら…互いに、抱え込むのをやめて、同じ立ち位置で…それこそ、一心同体で。歩んでいかないか…?」

 

そこで、真っ直ぐに差し出される彼の手。

 

「…一心同体…か。もちろんだよ。では…」

 

それを掴み、繋げるようにして、言葉を紡ぐ。

 

「菊花賞に向けて勇猛邁進して…いや、きっと私たちの間に、そんな堅苦しい言葉は必要ないな。」

 

「…絶対に勝とう…?」

 

「…ふふっ、よくわかってるじゃないか、その通りだ。」

 

握った手から、はっきりと伝わってくる熱。

 

「それじゃ、菊花賞で、君を絶対に勝たせて…いや、違うな。」

 

そこで、少し考え込むような仕草を見せると、彼は笑みを浮かべ、宣言した。

 

 

「…一緒に勝とう。」

 

 

——私たちはようやく一歩、踏み出せたのだと。

 

 

互いに握った手の力強さが、私たちの新たな一歩を表しているようだった。




次回より、夏合宿、アンタレス編です。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。
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