無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
第35R 夏合宿!?今度こそ…だよな!?
『内から突っ込んだのはシンボリルドルフ!あとゴールまで200に入った!』
——やはり、来たか。
視界の端にチラついた鹿毛を横目で流しつつ、
『——ここに史上初の無敗の三冠馬が誕生するのか!?それとも、今度こそ、“皇帝”が勝利を掴み取るのか!?』
更に熱を増していく実況の声。
烈火の如き力の奔流が、胴を流れ、
しかし、
確実に、確実に、鹿毛は肉薄してくる。
『まさに大接戦だっ!勝負の行方はいかに——!』
そして、実況が声を張り上げた時だった。
「——レス!——アンタレス!」
突如として、周囲が暗闇に包まれ数瞬、光に包まれる視界。
あまりの眩しさに数度目を瞬かせる。
「……やっと起きたわね。……もう着いてから大分経ってるわよ?」
ようやく、目が慣れてきて、辺りを見回すと、狭い座席に……軽い振動……と。
ってか、トレーナーの車の中だな。ここ。
「ほらほら! 早く荷物をホテルに置いてトレーニングに行っちゃわないと!」
……状況を理解しようとして、時間をかけること数秒。
ようやく俺は答えに辿り着いた。
「あっ! 夏合宿!?」
「……やっと思い出したのね? それにしてもアンタレス、寝てる間も険しい顔してて……。中々起きないし、結構やきもきさせられたのよ? どんな夢を見てたの?」
……どんな夢を……か。
険しい顔をしていた、とトレーナーは言うが、何か独特な感覚に襲われていた、というのは覚えていても…思い出せないと言うのが正直なところ。
「……うぅん……思い出せない……かな……」
「そう…。まあ良いわ。それじゃ、さっさとチェックインしに行きましょ!」
さてさて、このクソほど熱い夏という季節でも、相変わらずトレーナーは元気だ。
よくよく思い出してみれば、去年も夏合宿と称して山に連れ出されたような気はするが……。
今、目の前に広がっているのは、広大な海だ。
そして、車窓から見えるのは非常に大きなホテル……と。
何せ、今回はちゃんとした夏合宿なのだ。
要は去年のもどきではなく、しっかりと数週間かけてるやつ。
期待と共に、車から降り、荷物の入ったキャリーバッグを引きながらトレーナーを追いかけようと…して、はたと気づく。
「……トレーナー……? ホテルはあっちじゃ……?」
トレーナーが向かっている方向が、目の前にあったホテルとは真逆だということに。
何か違和感を感じ、ちょちょいと。
トレーナーの背から顔を出してみる。
そうすることで、俺は見つけた。……否、見つけてしまった。
——視線の先、捉えたボロ屋
ということだよ、トレーナー君ッ!
……うっわぁ……すっごいスピカだぁ……。
とんでもなくデジャヴを感じつつ、問うは当然、目の前の景色。
「……もしかして、あれに泊まるの……?」
「そういえば言ってなかったかしら? ……ま……まあ、見た目はアレだけど内装はそこそこちゃんとしてるから安心して! 現役時代は私も泊まってたんだから!」
「……それじゃ、あそこのルドルフ達は何さ……?」
後ろを見るとね?トレーナーと和気藹々とした調子でホテルに入ろうとしていくルドルフ達がいるわけよ?
この差は何なんだろうなって。
「……いいこと? 予約を取れるか否かは戦なのよ!? むしろ取れただけでもすごいことじゃない!? ほら、行くわよっ!」
……何だか、強引に言い包まれた感じがしないでもないが……。
まあ、ポジティブシンキングイズ大事、だ。
冷静になってみると、ここにテイオーが泊まってたはずだ、と。
つまるところ……俺はテイオーがいたかもしれない部屋で……。
と、思考を巡らせ始めてから気がつく。
……うん、テイオーのデビューってあと数年後じゃん。
最早、なんのアドバンテージも見つけられないままに。
トボトボと。
俺はトレーナーの後を追うのだった。
◆ ◆ ◆
「よし、アンタレスっ! いい調子よ! そのまま、ペースを崩さないで!」
慣れない砂に若干足を取られながらも、アンタレスは走る。
砂浜でのトレーニングは純粋にスタミナの消費が激しく、見た目以上に力を要するものだ。
だからこそ、非常に効果的。
菊花賞に向けたスタミナ補強はここで、しっかりとしてもらわねば、と。
もう一度、声を張り上げようとした時だった。
「……ふむ、いい脚力だな。しっかりと砂の上でもバランスを取れている……か」
唐突に背後から聞こえてきた声に、思わず後ろを振り返る。
「よう、調子はどうだ?…とは言っても予約合戦には負けたみたいだが……」
横目で後ろの旅館を見つつ、彼は少々、躊躇うように口を開いた。
「……でも、私が現役だった時だって、予約合戦に負けてたじゃないですか……。トレーナー」
……全く、言うのを躊躇するぐらいだったら、口にしなければいいのに。
そんな不満を込めつつ、若干皮肉るようにして、私は返す。
「……ま……まあ、あの時はまだパソコンの使い方すらよく分かってなかったしな? ほら…。」
「……全く。現代人なんですから、いい加減適応してください」
私は、未だに彼のトレーナー室に置かれたパソコンが旧式なのを知っている。
というか、コーヒーメイカーといい、何といい……この人は機械に適応できてないのか、古風なものが好きなのか、そんなものにばかり囲まれているのだ。
まあ……資料作成の技術やスケジューリングといった面ではまだまだ敵わないわけだけれど……。
……もう少し自分に自信を持っててもいいのにな、と。私は軽くトレーナーを小突く。
「……何だよ、その手……」
「……いえ、さっきの報復ですよ。……そういえば、ルドルフさんはどうしているんですか?」
「ああ、今はあそこで一本走らせてるところだ」
そう彼が指差した方を見てみると、やたらとそこだけ砂塵が……というか、ルドルフが走っていた。
「力強い……。全く、砂に足をとられていない……と」
「ああ、菊花賞に向けて、今、絶賛パワーをつけているところだからな……。アンタレスにも負ける気はないぞ……って言うのは、一旦置いといて、だ。少し相談したいことがある」
ようやく、本題に入ったか……とばかりに、彼の顔を見る。
そもそも、トレーナーは担当のトレーニング中によそ見をするような人物ではなかったはず。
「……そんなことだろうと思ってました。どうぞ。」
だからこそ、こうして私に話を持ちかけてくるということは、何かあるのか、と踏んでいたわけだ。
「……実は、先輩方から若干特殊なトレーニングをしたいから、協力してほしいって頼まれててな」
「特殊なトレーニング……?」
「まあ、所謂“トライアスロン”ってやつだ。トレーニングに華を持たせたいってのと、純粋にスタミナを求められるからってところだな。それで、参加者を募っているわけだが…。先輩の担当がアンタレスをご指名だそうだ」
……アンタレスをご指名、と。
まあ、トライアスロンという特殊な競技ではあるが…口ぶりから推察するに、ルドルフも参加するのだろうし、先輩方の担当ウマ娘とレースをするのは
きっといい経験になるはずだ。
——これは参加させてもいいかな、と。
結論づけ、口を開く。
「……わかりました。それじゃあ、参加で。ところで……」
ただ、一つ疑問があった。
それは素朴でかつ、とんでもなく重要なもの。
「……その参加する先輩方の担当っていうのは……」
そこで、若干表情を険しくすると、彼は口を開いた。
「——“マルゼンスキー“と“ミスタシービー“だ」
次回、先輩方とのトライアスロンです。
それでは、次回もよろしくお願いします。