無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
第39R カイチョー…タイチョー…?
——どうしたものか。
「ここ……どこ……?」
目の前で涙目になっている一人の少女を前に、ルドルフは思案していた。
夏合宿も終わり、菊花賞も近づいてきたこの頃、彼女は更にトレーニングに力を入れていた。
そのため今日も早朝から、と普段とは趣向を変えてウマ娘専用レーンを通って走ってきたわけではあったが、もう夏も過ぎ秋に染まりつつある頃だったのも相まって過ごしやすい気温だった。
——もういっそ、海岸の方まで行ってしまおうか。
今日は休日、ある程度業務も片付いている。それに根を詰めるのは結構だが、ずっと同じトレーニングをしているのも少しばかり息が詰まるものだ。
そんなこんなで、少し高揚した気持ちのまま軽い足取りで走ること数十分、ふと違和感を感じ立ち止まると、そこに先ほどの少女がいた、というわけである。
「……何があったのか、私に教えてくれないかい?」
しかして声をかけたは良いものの、少女はいつ泣き出してもおかしくない状態だった。
元来、ルドルフは特別に子供と関わるのが苦手、というわけではなかったが、泣きそうになっているのならば話は別だ。
慎重に対応しなければ、更に事態を悪化させてしまう可能性もあったわけで。なんと声をかけるか、彼女が考えあぐねていた時だった。
「も、もしかして……シンボリルドルフさん!?」
随分と唐突に、少女が声を上げた。
「……あ、ああ……」
あまりにもこの娘は切り替えが早すぎる、とため息を少し。
先ほどまで潤んでいた瞳はどこへやら、いつの間にか輝いている。
声音も先ほどのか細いものに比べれば明るいものになっており、先ほどまで泣きそうになっていたのを読み取らせないほどだ。
「タイチョーとレースしてる時とか……ダービーとか二人ともすっごいかっこよくって……! あのっ! 応援してますっ!」
応援している、と言われるのは嬉しいことではあるが、そもそもタイチョーが誰を指しているのかもわからない上、話がずれていってしまっているために……どうにも話が噛み合わない。
それに、まだ少女がどういう状況にあるのかもわかっていないのだ。
貼り付いた笑みが少々固くなるのを感じながらも、ルドルフは既に少々の疲労感を感じていた。
しかしまあ、強いていうなら機嫌が良くなっているのは幸いだ。少なくとも先ほどより、話を聞きやすくはなっていることだろう。
「それで……何故君は泣きそうになっていたんだい?」
「……えーと、いつも通り走ってたら、楽しくなってきて……気づいたら道に迷ってて……何だか心細くなっちゃって……」
……結局は迷子というところか。
それにしても、本当にコロコロ表情が変わる娘だ。説明をしているうちにまたもや瞳が潤んできている。
話しているうちに疲れてくるのは確かだった。
けれども、そんな少女の姿はどこか愛らしさを感じさせていて。
次第に自身の表情がほぐれていくのをルドルフは感じていた。
「だったら、私が君の知っている道まで連れていってあげよう。住んでいるのがどの辺りかわかるかい?」
「えーっと……確か——」
少女が住所をはっきりと口にしたことに対して少々意外性を覚えながら——いや、彼女自体の受け答えははっきりとしていたわけだ、恐らく賢い娘ではあるのだろう。少々抜けているというだけで。
「……なるほど。そこならわかる。ついてきてくれ」
彼女の表情と同じく、自身の中で少女への認識が二転三転するのを感じながらも、ルドルフは彼女の手を引いて歩き出した。
◇ ◇ ◇
「へ〜、シンボリルドルフさんってカイチョーもやってたんだ……」
「正しくは生徒会長、だが」
「でもでもっ、カイチョーって何だかスゴそうなひびき……」
歩いている間、何気なく持ち出した生徒会長という職に思いの外食いついてきた少女にルドルフは少々面食らった。
「カイチョー、カイチョー……かぁ……」
会長、という響きが気に入りでもしたのだろうか。少女はずっとそのフレーズを口にしている。
「気に入ったのかい? その呼び名が」
「うんっ! 何だかタイチョーと似てるし!」
思い返してみれば先ほども“タイチョー”という、そのフレーズを先ほども少女は口にしていたはず。
ただ、誰のことを指しているかもわからなかった上に、口にするたびに少しばかり表情を綻ばせる少女の姿、それが誰なのか少なからず興味は湧いていたために、質問しようとした時だった。
「うわっ! とっとぉ……ごめんなさい——」
気が少女の方を向いていたために、ヒトにぶつかりかけていたことにルドルフは気づいていなかった。
「——って……ルドルフっ!?」
もう一つオマケというべきか、この付近がアンタレスのトレーニングコースであったことにも。
とはいえ、これぐらいならば特に取り乱すことではないと、平静を保ちながら彼女はアンタレスに返答する。
「……ああ、すまない。ちょうど迷子の子供を案内していたせいか気が散っていてね」
「そうなんだ……私にも何か手伝えることってあったり……っ!?」
しかし、突然アンタレスが何かに驚くのは流石に予期していなかった。
そして、それに重ねるように隣の少女が声を上げることも……
「タイチョーっ!?」
……タイチョーの正体がアンタレスであることも。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「——以降、タイチョーと呼ばれている、と……?」
「まあ、そんな感じ……だったはず」
「でも、もうちょっと栗毛のおねえさんの方がしっかりしてなかったっけ?」
皐月賞の前に少女と出会った辺りまでやってきたはいいものの、流石に要求された説明。
しかして、若干脚色してしまったのはご愛嬌……というのは流石に通用せず、秒で少女に修正されてしまう。
「……はは……そ、そうだっけ……?」
「そうだよ〜? タイチョー、もう忘れちゃったの?」
乾いた笑いもご愛嬌ということにしておくこととして。
若干ルドルフの表情にクエスチョンマークが浮かんできているし、これぐらいにしておいてもらわねば。
「この話はこれぐらいに……」
「あっ! でもでもっ! 皐月賞とダービーの時のタイチョーはかっこよかったよっ!」
いつの間にか話が移り変わっているのは置いておくとして、その言葉のせいか、聞かずじまいだったことを思い出す。
——“それでもね、その先が見えなくて……”
確か、最後に彼女と会ったのは皐月賞の前が最後だ。
それ以降、彼女の悩みがどのように変わったのか、話を聞けていなかったはず。
その続きは気になるところだった。
「——それでさ、タイチョー。まずはお礼を言わせて? 約束、守ってくれてありがとうって……それでも……」
一度目を瞬かせた後に、開かれた彼女の真剣な瞳が俺を写し、
「……みんな、かっこよかった。タイチョーも、シンボリルドルフさんも、みんな……みんな……」
“みんな”。
彼女が紡ぎ出したのは、あまりにも多くの憧れだった。
「だから、タイチョーにも憧れたけど、シンボリルドルフさんもカッコよかったし……とにかくとにかくっ! ……皐月賞前のタイチョーへの答えはまだちょっとお預けにしといて……?」
しかし、憧れは広がれど、行き着く先が遠ざかったわけではなく。
きっと、彼女なりに答えを出そうとしている途中なのだろう。
「……別に、ゆっくりでいいよ。急がないといけないわけじゃないし」
別に考えるのはゆっくりで構わないのだ。
俺のように、一発でテイオーに惚れるようなこともあれば、きっと答えを出すまでに時間がかかることだってある。だからこそ——
「——でも、いつか……答えを聞かせてくれると嬉しいな」
今は、芽吹くのを待つのみだ。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「それにしてもびっくりしたよ。ルドルフとあの子が会ってたなんて」
「私こそ。君がそんな約束を結んでいたとは、ね」
少女と別れて寮へと戻る道すがら、軽くルドルフと言葉を交わす。
「たまたまだよ、たまたまっ! それに、ちょっと不完全燃焼……って感じだったし」
「ライバルは私か?」
「そうだよね……ルドルフのこと、話に出してたもん……」
彼女にしては珍しい茶目っ気のある冗談に、少々不満の声が漏れる。
「ふふっ、確かにあの子には不思議な魅力があった。だからか? 尚更、君に負けたくないと思えるのは」
「そういえば……私も今、そう思ってたところかも……って決着はレースで、だよね?」
会話が弾んできたからか、少々口元が緩んできたルドルフを横目に見ながら、もう一つ、聞きたいことがあったのを俺は思い出した。
「……名前」
「うん?」
合わせて立ち止まってくれるルドルフに少々感謝しつつ、俺はソレを口にする。
「次に会った時に名前、聞いときたかったんだったぁ……」
ずっと名前を知らないのも妙な話だと思い立って以来、聞きたかったはずなのに、いざ面に向かうと忘れてしまうものだ。
若干、ガクリと肩が落ちるのを感じつつ、ため息を一つつく。
「だったら、聞けばいいだろう? ……次に会った時に」
「……そうだよね……ありがと、ルドルフ……」
とはいえ、連絡先など交換していない上に、わかっているのは容姿と、住んでいるのがこの近くという情報ぐらい。
嫌に不確定要素の多い、再会に思いを馳せながら。
結局は、トボトボとした足取りで俺は帰路に着くのだった。
細かい章分け(今やってるもの)
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いる
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いらない