無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第42R 菊花賞 前編

——“まっさか、こんなとこまで来ちゃうとはねぇ……。ホントのホントに大舞台。ここで勝てば、史上三頭目の無敗の三冠馬、かあ……”

 

触れる手は優しく。

そっと、毛並みを解きほぐす。

 

——“ホントに、憧れちゃうよ。……でもね、アンタレス。まずは安全第一、今日も無事に帰ってきてね? わかった?”

 

その柔らかな声は、どこから聞こえてきているのか、全く判別できない。

 

……ただ、間違いなく聞き覚えのある声ではあって。

……でも、記憶を手繰ったところで、何なのかさっぱり分からなくて——記憶が、思考が……ふわふわと、浮いているようだ。

 

何も、像を結ばない。むしろ、だんだんとぼやけていって——

 

 

 

「な、んだ……?」

 

 

 

目を開いた途端、真っ先に目に入ってきたのは、天井へ向かって真っ直ぐに伸ばされた腕。

……一体、何をしようとしていたのだろう?

もしや、変な夢でも見たのでは……?と、しばらく唸りつつ、思い出そうとしてみるが、そんな節は一切思い当たらない。

確かに、妙な違和感はあったけれど。

 

「……まあ、気にしてもしょうがない……か……?」

 

どこか腑に落ちないところではあったが……今日が菊花賞本番である以上は、こんな事を気にして朝から精神を擦り減らしている場合ではないはずだ。

 

軽く息を吐き、洗面台へ向かうと、流れてくる水を掬い上げ、顔を洗う。

秋から冬へ。もう季節の変わり目だ。

冷たい水が目に沁み、否が応でも意識ははっきりとしてくる。

その感覚が、なんだか心地よくて。

しばらく、そうしていただろうか。

 

やがて、手も随分と冷えてきたために、タオルで水滴を拭き取ったのち、籠に入れてあった髪留めを手に取る。

 

——“だから、“無敗“の八冠ウマ娘って夢、叶えてきて……? 私も、中央に行くから…いつか、アンタを追い越すからっ!“

 

忘れられない約束。

この髪留めをくれた相手——ヴァーゴと結んだものだ。

 

——“ だから……楽しくて、すっごい熱くなれる、『最高のレース』にしたい”

 

——“トレーナーにも、そう言えるように……私も、とびっきりのレースにしてみせるよ“

 

そして、それだけじゃない。

 

ルドルフとも、トレーナーとも。

 

色んな約束がふと脳裏をよぎったせいか、鏡に映る俺の表情は綻ぶ。

 

「——絶対」

 

後ろ髪を一纏めにし。

 

「——絶対」

 

くわえていた髪留めで結わえ。

 

「——絶対」

 

最後に、きゅっと両側を引っ張って。完成したポニーテール。

 

毛の色も違えば、顔立ちも。口元から八重歯が覗いているのだって、全然違う。

けれど、鏡に映った、ポニーテールと流星を揺らす自分を見て、最後に思い出したのは、一人の少女の姿。

 

 

——“ボク、だったら……“

 

 

皐月賞、ダービーと制して、天に二本の指を掲げ。

けれど、ついには三本目の指を立てることが叶わなかった彼女。

 

……本当に、不思議な気分だ。

何の因果かは知らないけれど、そんな舞台に自分が立つなんて。

 

少々、背負うには重荷すぎるかもしれない。

 

……でも、こんな大舞台なんだ。これくらいがちょうどいい。

 

……まずは、無敗の三冠ウマ娘に——彼女(テイオー)の手が届かなかった景色を、その先を……()は——

 

 

「——絶対、絶対、絶対——勝ってやるんだ」

 

 

口にした言葉は、ただ、部屋の中でだけ反響して。

それを咎める相手も、今はいない。

 

「……それじゃ、行くか」

 

制服には着替え終わり、勝負服も用意した。

 

深く息を吸って、吐いて。

 

心の準備も整ったのを確かめたのち、俺は、ドアノブへと手を伸ばした。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「うんっ! タイチョーにも、カイチョーにもそっくり!」

 

揺れる栗毛と流星も、たった今、ピンクの髪留めで結わえてもらったばかりのポニーテールも。

まさに、憧れていた通りの髪型だった。

鏡に映る自分の姿を見たのち、少女は満足気に息を漏らすと、お出かけの準備をするために、洗面所を飛び出していった。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「……万全、みたいだな」

 

控え室を出たのち、トレーナーの声に頷きながら、ルドルフは地下バ道の先を見据える。

たった今、その先へ……会釈したのちに、ターフへと。アンタレスは姿を消していった。

 

そして、じきに出走時間だ。

自分もそろそろ向かわねば、と。

覚悟を決めるように、彼女は拳をきゅっと握りしめる。

 

「……もちろんだよ、トレーナー君。——君と、今日まで共に歩んできたのだから」

 

そして、最後にトレーナーへと声をかけ、歩き出そうとした時だった。

 

「……そう、か。そいつは、嬉しい言葉だ。だったら——」

 

トン、と。

 

固く握り締められた拳へ、彼の手が当たる。

 

「——その成果を存分に——“最高のレース“を、見せてくれ。ルドルフ」

 

それは、たった一瞬だったけれど。

 

「……無論、“君“と勝つ。見ててくれ。トレーナー君」

 

繋がりを感じるには、その僅かな時間でも十分だった。

 

じっと今しがた触れた手を見つめ、一度、頷いたのち。

 

彼女は、背を向けて。

 

光と歓声の溢れるターフへと——一歩、踏み出した。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

『——そして、一番人気は5枠8番、トレミアンタレス!』

『皐月賞、日本ダービー共に好走を見せてくれました。史上初、無敗の三冠ウマ娘が今日、誕生するのか——期待の膨らむ娘です』

 

ここには観客として、何度も足を運んできた。

 

……それはやはり……つかえがずっと取れていなかったせい、だろうか。

 

歓声を上げる観客と、緊張故か身を震わせるウマ娘たちの姿。自分が昔、目の前に広がるターフに立った時からずっと変わりない景色を眺めながら。

震える手でそっと胸を抑え、彼女はふと、そんなことを考える。

 

——“私は……私は……無敗の三冠ウマ娘になりますっ!”

 

あの夢が生まれたのは確か……思い返してみればこの場所だった。

 

そして、ずっと自身を縛り付けていたのもまた、この場所だった。

 

けれど——

 

——“トレーナーにもそう言えるように。私も、とびっきりのレースにしてみせるよ”

 

——私は、もう一度ここに戻ってきた。

 

自身がターフに立つわけではなくとも……夢を、託して。

 

普段は絶えず笑顔の浮かぶ顔を引き締め、ゲートの中で佇む彼女の姿は凛々しい。

 

まるで控え室で言葉を交わしたのですらも、遠い過去に感じられるほどだ。

 

身体は仕上げた。

 

作戦も固めた。

 

既に、できることは終わってしまっている。

もうできることと言えば、ただ、結果を見守るくらいだ。

 

——でも……幼き日の憧れは——歩んできた日々は——夢の先は——確かに、今日この舞台へと繋がっているはずだった。

 

「……アンタレス」

 

幾度となく呼んできた名前を口にして。

 

「——見せて、ちょうだい」

 

ターフに立つ少女へと託した一つの望みを、彼女は口にする。

 

今発した声が、届いたか否か、それはわからなくても。

 

——託した夢を……きっと、アンタレスは叶えてくれる。

 

そんな、確信めいた予感と共に。

 

 

ガコンッ!

 

 

『——各ウマ娘、今、一斉にスタートしました——!』

 

 

幾つもの想いを懸けて、ゲートは開かれた。




P.S.テイマクてぇてぇ……カノープスもてぇてぇ……。

細かい章分け(今やってるもの)

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