無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民

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攻略ッ!選抜レース!
第4R これが八冠を獲るものの走りってわけよ。


「ところで、ヴァーゴ…始業っていつから?」

さっきね、さっき時計を見たらさ、昨日と大差ない時間をしてたわけよ?

つまるところ…つまるところさ…。

 

「えーと…8時からだけど…え…?」

もう…

「こんな時間!?急がないと間に合わないわよ!?」

…詰みってわけよ。

 

「ちょっ!?急ぐわよ!」

そう言って、地面をぐっと踏んだかと思うと、イカれたスピードで加速し出すヴァーゴ。

 

…いや、イカれてんな。

 

「何してんのよ!早く行くわよ!」

 

去っていった背中がこちらに振り返る。

 

…嘘でしょ?この短時間でもうこんなに移動してるのこの娘…。

——ウマ娘、恐るべし…。

 

…と、待てよ?俺も今となってはウマ娘。

速度では、負けないはずっ!

 

ニチャァっと、若干、歪んだ微笑みを顔いっぱいに浮かべ、走り出す体制をとる。

うん。我ながら、なかなか様になってるのではなかろうか?

 

「何、にやけてんのよ!ほら、早く!」

そこまで言われたら、早く行かざるを得ない。

 

刮目して見よ。これが、八冠を獲る者の——

 

——走りだ。

 

と、気持ち的にはノリノリのはずだった。

でもね、ノリだけで走れりゃ苦労しないのよ、と。

 

この直後に、俺は知ることになった。

 

まあ、強いて言うならば、走る体制をとるところまでが満点と言ったところか。

 

見た目だけは様になってたと思うよ、多分。

決めポーズと共に、全力で地面を踏み締める。

 

瞬間、しなる脚。

 

…え?

と、思った時には遅かった。

 

「ちょっ!アンタ!?」

一瞬にして崩れるバランス。

 

近づく地面。

慌てて、膝をつき、なんとか転倒だけは免れるも…。

 

——なんだ…これ…。

信じられない爆発力だった。

 

もし、あのまま転倒してたらと思うと…。

 

背筋に冷たいものが走る。

 

俺は、しばらく立ち上がることができなかった。

 

「大丈夫!?」

 

すぐに駆け寄って手を伸ばしてくれるヴァーゴ。

まだ少し、がくがくと震える脚を抑えながら、手を掴んで立ち上がる。

 

「…ごめん…ありがとう。」

 

「全く…怪我はないわよね?もうすぐ選抜レースなんだから…こんなところで怪我をしたら…。」

 

「…ううん、大丈夫。怪我はないよ。」

 

「それじゃ、走れる?」

 

だが、その問いに対して、俺は頷くことはできなかった。

 

——走る。

別に、人として一般的な運動のはずだ。

それなのに…。

 

速度も、瞬発力も、全然違った。

 

ふるふると、小さく首を振る。

 

「…はぁ…全く、しょうがないわね…ここで怪我をされたら困るし…学校まで、付き合うわよ。歩きましょ。」

そんな情けない俺の返答に、すぐさま走り去っていくのかと思いきや、俺の隣に並ぶ彼女。

 

「…いいの?遅刻…」

 

「…いいわよ。何があったのかは知らないけど…乗りかかった船だもの、付き合うわ。」

 

重なる歩幅。

 

「…ありがとう。」

 

初めて、彼女との距離が少し縮まった気がした。

 

◇ ◇ ◇

 

…まあ、結局は遅刻したわけだが。

 

「…ごめんっ!ほんっとうにごめんっ!」

「もう良いわよ。そんなに引きずらなくても。…別に気にしてないし。」

 

昼飯の席での謝罪。

何せ、彼女に遅刻をさせてしまったのだ。

 

謝罪をせずして、始まるものなど何もない。

 

「…それにしても、最近のアンタ、様子がおかしくない…?大丈夫…よね?」

 

声音が孕んでいるのは、少々の不安といったところか。声が少し震えている。

そうか、俺は彼女に心配をかけて…。

 

「ううん、大丈夫。私はいつも通り。」

まあ、いつものアンタちゃんがどうなのかは一切知らんが。

 

それでも、ここは安心してもらわねば。

「…そう、それならよかった…。」

 

安心してくれたのか、少し柔らかになる声音。

 

「ところでこの後の自主トレ、どうする?」

「…うん、確かにやらないと、だね。わかった。」

 

もう二週間足らずで本番だ。

 

頷くと、俺たちは、グラウンドへと向かうことにした。

 

◇ ◇ ◇

 

せっま!グラウンド、せっま!

 

いや、元いた一般の小中高といった学校と比べれば、十分に広い部類だろう。

 

…しかし、アニメで見たトレセン学園とは、比べ物にならないぐらいには、まあ狭い。

 

走るのに不自由するほどではないだろうが——

 

それでもなあ…と、少しため息をつくのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「それじゃ、走るわよ。」

ヴァーゴの声に合わせて、俺も構える。

 

そして、地面を踏み締め…走り出そうとした…時だった。

 

“先程の脚のしなり、近づく地面“

 

脳裏をよぎる慣れない感覚の数々。

 

駄目だ…できない。

 

タッタッタ、とその場で減速をし、歩くのと同じくらいの速度にまで戻す。

 

「…どうしたの?」

 

一周してきたのか、少し肩で息をしつつ、話しかけてくるヴァーゴ。

 

「…できない。」

 

ボソリと漏れたのは弱音。

 

…情けない、情けないけど…走ることが、なんだか怖かった。

 

「…全く、世話が焼けるわねっ!」

 

その時だった。

 

突如、手を掴まれたかと思うと、凄まじい力で、俺は前に引っ張られた。

 

「ちょっ!どういう!?」

 

慌てて、その場でステップを踏みつつ、バランスを取ろうとするが、ヴァーゴは待ってはくれなかった。

 

彼女は、俺の手を引いたまま、走っている。

 

…不安定だ。

 

強い風が、目に染みる。

 

だが、それよりも…もう限界だった。

 

加速していくは、見慣れぬ景色。

 

思わず目を閉じた…その時だった。

 

 

「目を開きなさいっ!」

 

 

前から飛んでくる声。

 

その声の強さに、思わず目を開くと、飛び込んできたのは———

 

芝の青さ、どこまでも果てない空、過ぎ去っていく景色。

 

小気味よく芝を踏みつける音はなんだか心地よく、そよぐ風が頬を撫でる——

 

気づくと、とっくに彼女の手は離れていた。

 

それでも…なんだか——

 

——なんだか、気持ちがいい。

踏み締めると、さらに上がっていくスピード。

 

心地が良い。

 

五感が…全ての感覚が…走ることの楽しさを伝えてくれる。

 

気づくとコースを一周走りきった後で。俺はヴァーゴの隣に並んでいた。

 

 

 

「…アンタらしい、いつもの表情になったじゃない。走るのを楽しんでるって顔。」

 

 

 

…そうか、俺は——元々のトレミアンタレスは、そういう顔をする娘だったのか。

 

「とにかくウジウジしてるのなんて、アンタらしくないわ。進みなさいよ、考える前に。」

そう告げ、真っ直ぐこちらを見つめるヴァーゴの橙色の明るい瞳。

 

「だから、選抜レース、絶対に勝ちましょ。」

 

…そうだ。八冠を…と言うのならば、こんなところでつまづいているわけにはいかない。

 

俺のテイオーへの想いは…この程度で潰えるものか?

 

 

——否。

 

そんなわけがない。

 

「…うん、わかった…絶対に、勝とう。」

 

夕日の元、こちらを見つめる瞳は、なんだか昨日見たものよりも、ずっと優しく見えた。

 




大分遅くなりましたことお詫び申し上げます。
次回は、急ぎますので何卒…。

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