無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。 作:流星の民(恒南茜)
「…はぁ。」
彼女はこの日、何度目になるかも知れないため息をついた。
具体的に、原因を述べるとすれば、目の前の不合格通知が原因だろう。
——中央のトレーナーライセンス。
これを手に入れるために、日々研鑽を積んできたはずだったのだが…。
「…今回も、かぁ…。」
何だかんだでこれを見るのもウン回目。
とはいえ、慣れるはずもない。
「…はは、私、まだ夢なんか見て…何してるんだろ…。」
朝から項垂れたように曲がった背中。
口から漏れるのはため息。
細々とした歩幅で、彼女は今日もモリオカトレセン学園へと。
歩みを進めるのだった。
◆ ◆ ◆
グッモーニン、エブリワン!
いや〜、今日もいい天気だ。
窓を開け、軽く伸びをする。
自分の殻を破って早数日。遂に来やがった選抜レース。
とはいえ、今日は絶好調。
むしろ、走るのが楽しいと。
続いていたのは、そう思えるような日々。
「絶対絶対絶対、今日は勝つからなぁぁぁぁぁぁっ!待ってろよぉぉぉぉ!中…」
「だからっ!うるっさいって、言ってるでしょっ!」
あれ?外に向かってただ叫んだだけなんだけどなあ…?
朝の挨拶がわりに、今日も今日とて蹴破られるドア。
これも慣れたものだ。
…多分、慣れちゃいけないけど…。
「ほら、急がないと!今日は遅れちゃいけないんだからっ!」
一足先に寮を出ていくヴァーゴを追って、俺も慌てて、駆け出す。
アスファルトに刻むタッタッタとしたリズムも何だか心地が良い。
…これなら、今日の選抜レースもいけるかもな。
底なしに湧き上がってくる妙な自信を胸に、俺は今日も学園へと駆けていくのだった。
◆ ◆ ◆
「それでは、それぞれの目標をお願いします。」
これを聞くのも何年目になるのかな、とふと彼女は考えた。
目の前の少女達の目は煌めき、未来への希望を感じさせてくれる。
昔の私もあんな風だったのかな、と柄にもなく彼女は過去を振り返った。
「私の目標は岩手ダービーに出ることです!」
途端にざわめく周囲。
「初っ端から大きいの来ましたね、先輩。」
唐突に話しかけられ、一瞬肩を震わせる。
振り返ると、今年から入ってきた新人だった。
「…ええ、そうね…。まあ、どれほどのものかってところかしら?」
「そっすね」と、帰ってくるのはそっけない返答。
話を切り上げ、彼女は再びターフに目を戻す。
学園に来る途中で購入してきたコーヒーを啜りつつ、話を聞いていく。
「遠征して勝ちたい」や「無敗で行きたい」など、ここにしては大きな目標が語られていく中、一人だけ様子が他とは違う少女の番となった。
白髪にポニーテール。
赤い流星がアクセントとなった、髪型。
——そして、爛々と輝くその赤い瞳。
コーヒーを口に含みつつ、その少女の方に目を向ける。
…さて、彼女は何を語るのだろう。
先程の様子から見るに、岩手ダービー制覇だとかそれくらい大きい目標を…
「私の目標は、中央で無敗の八冠を獲ること、です!」
「ブフォッ!」
途端、口に含んでいたコーヒーを吹き出す彼女。
「ゲホッ!ゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか…!?先輩!」
思わず咽せた自分に声をかけてくれた新人に、何とか返答をする。
「…え、ええ…何とか、ね…。」
「それにしても…今の娘…なかなかに…なかなかでしたね…。」
「…ええ。」
「…先輩、なんか顔赤いですよ…?」
「…え?」
慌てて、頬を触ってみると、若干火照っていることに気づく。
「…何だか、昔の自分を思い出すから、かしら…。」
「…なるほど。」
そう軽く答え、彼女の頭頂部を見つめる新人。
それを軽くスルーし、平常心を保てるように心がけながら、彼女は再びターフに目を戻した。
◆ ◆ ◆
「バカアンタ!変なこと言っちゃダメって言ったでしょっ!」
「ちょっ!痛い、痛い!」
「アンタがあんなことを言うからじゃないっ!」
一着とって帰ってきたな、こいつと思ったらいきなりこれである。
頭グリグリとかされたの何年振りだろ。
凄く…痛いです。
「ほら、出走出走!」
「…もう時間じゃない!こんなことしてる場合じゃないわよアンタ!」
そう言って、走り去っていくヴァーゴ。
「あ、そうそう、アンタも頑張りなさいよ!」
と思ってたら、なんか置き土産しやがった。
…やっぱ、こいつ…可愛いとこあるじゃん。
と、上から目線気味に評価しつつ、ゲートに入る。
「すぅ…はぁ…。」
息を深く吸って、吐いて、精神統一。
目を瞑り、ひたすらに感覚を研ぎ澄ませる。
これが走る前には重要だってヴァーゴも言ってたし…
ガコンッ!
「…は!?」
慌てて、目を開くと状態はどう見てもSTARTING GATE!
「嘘だッ!」
ここまで、コンマ0.5秒。
慌てて駆け出すも、出遅れにも程がある…といったスタート。
つけたのは最後方となる。
…ぇぇ…。
ただ、今こうしている場合じゃないのは分かりきったこと。
脚に力を込め、我武者羅に前を目指す。
ただね、ただね…ブロックがキッツイ。
開かない目の前の道。
…駄目だ。
全力で走れれば、殻を破れれば、とかそう言う次元じゃない。
敵は自分だけじゃなかった。
この周囲にいる奴ら、全員だ。
晒されたのは思っていたよりも遥かに厳しい世界。
苛まれるのは絶望感。
こんなんじゃ八冠なんて夢のまた夢——
と、先程の発言を悔いそうになった時だった。
…待てよ?
ここにいる連中は、確かにレースに対して、命を燃やしているのかもしれない。
ただ…ただ…それぐらい、それぐらい…俺のテイオーに対する想いも…
——本物のはずだ。
…なあ、お前らはテイオー、完凸させたかよ?
脚に力を込め、
…追い込みで育成したかよ?
前傾姿勢に切り替え、前を見据える。
…ここまで一つの何かに対して、命を燃やしたかよ?
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
最早、悲鳴にも近い、絶叫をあげ、俺は一気に地面を踏み締めた。
◆ ◆ ◆
「出遅れからの最後方…ですか。これは厳しいですね…。」
ボソリと呟く新人の声。
そんなこと、重々承知だ。
と、少し考え事をしながら、ポニーテールを振りながら駆ける少女を見つめる。
…やっぱり口ほどにもなかった、か。
先程の発言は、ただ世間知らずなだけだったのか、それとも——
まあ、どちらにせよ結果が全てだ。
ここで終わりかな、と。
先頭に前を向けた時だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
レース場中に声が響き渡った。
耳に付くような、その声に釣られ、そちらを向いた時だった。
「…え?」
幻視したのは一筋の流星。
彼女が——ふざけたことを抜かしていると一蹴した少女が、速度を上げたのは。
◆ ◆ ◆
…テイオーの走りはこんなものか?
—否。
…テイオーはこんな走りに憧れるか?
——否。
テイオーは…トウカイテイオーは、この程度で諦めたか?
———否ッ!
脚が重い。
肺が苦しい。
襲ってくるのは慣れない感覚の数々。
それでも——この程度で諦められるほど、俺の想いは弱くない。
…俺は、絶対を越えるウマ娘になるんだろ?
だったら、だったら、こんなところで止まってるわけにはいかない。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
先頭はもうすでに目前。
これなら——行けるっ!
地面を踏み締め、全ての力を——俺のテイオーへの想いを全て込めてッ!
地面を強く、強く踏み締める。
瞬間、逆転する位置。
歪む隣の少女の顔。
ゴールもまた、目の前だった。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
『トレミアンタレス、一着!』
今の光景は——
信じられなかった。
あんな状況から一着をとるなんて…。
「先輩、今の走り…。」
「私、ちょっとあの娘の所に行ってくる!」
「あ、ちょっ!」
ここまでのスピードを出すのも久しぶりだ。
だけど——あの娘を他のトレーナーに取られたくない。
真っ先に襲ってきたのはそんな想いだった。
“中央”で“無敗の八冠”。
信じられないぐらい大きな夢だ。
だけど…だけど…どこか、その姿は過去の自分と重なっていたような気がして——
“私は、無敗の三冠ウマ娘になります!”
一瞬蘇ってくる苦い思い出。
破れた夢。
それでも、やっぱり諦められない。
まだ…まだ、私は、夢を見ていたい。
その一心で、地面を踏み締め、彼女の前に立つ。
「あの!ちょっといいかな?」
◆ ◆ ◆
「お疲れ様アンタ、いい走りだったわ。」
ヴァーゴからも労いの言葉を頂戴し、勝利への陶酔感に包まれている時だった。
「あの!ちょっといいかな?」
そう急に声をかけられ、後ろを向くと。
スーツを着た女性が立っていた。
胸に光るのはトレーナーバッジ。
それでも、真っ先に目がいったのは、彼女の耳、だった。
頭頂部にある耳。
揺れる尻尾。
…ウマ娘?それとも…トレーナー?
頭に浮かぶ大量のクエスチョンマーク。
「私は…あなたをスカウトしたいの!」
◆ ◆ ◆
柄にもなく、大きな声を出してしまったものだ。
だけど、今の自分の想いを伝えるためには、これぐらい声を出してしまうのも致し方なかった。
「今、気になったでしょ、この耳。」
こくりと頷く少女。
正直だ。
「…私も、あなたと同じ。ウマ娘。」
そこで少し首を傾げる少女に応じるように、話を続ける。
「…だけど、トレーナーになったのは…なったのは…」
ここまで話した時だった。
…声が詰まったのは。
何でかはわからない。
それでも、言葉が…続かない。
何で…何で?
一つ、思い当たる節があるとすれば…。
“破れた夢”。
思い返されるあの時の想い。
何で、何でさ、ここに来たんだろう?
まだ、追ってるんだろう?
そんな疑問に苛まれる日々だった。
それでも、それでも…今日、目の前の少女に見たものは…
——昔の私。
…そうだ。きっとまだ私は追っているんだ。
あの時見た、夢のつづきを。
例え、トレーナーという形でも。
「…昔見た、夢のつづきを追ってるから。」
まだ、見ていたい。
「私、今日、あなたに見た気がした。昔の私を。だから…」
夢を。
「一緒に叶えたい。あなたのその夢。一緒に追いたい!」
重い。
初対面の、目の前の少女に懸けるには。
それに、こんなふうに言い切ってしまえるようなことであるはずがない。
それでも——それでも…。
私の想いは、固かった。
夢のつづきを、見たかった。
◆ ◆ ◆
即答していいことなのか、俺にはわからない。
俺の目標を尊重してくれるというのなら、これ以上に良い話はないような気がした。
だけど、それ以上に…。
——目の前の俺を見つめる瞳は、真っ直ぐだった。
「…わかりました。」
「本当?」
少し間を置いて、
「…ありがとう!」
ぱぁっと綻ぶ目の前の表情。
この選択が正しいのか、否か。
わからないけど…。
“トレーナーとの出会いは、運命めいたもの“。
脳裏をよぎる一つのフレーズ。
夕暮れの中、見つめた瞳は、真っ直ぐで——
彼女が重ねたのは、今の俺の姿、か。
笑ってしまうほどに、運命的なシチュエーションだ。
「握手、しましょう。」
女性——いや、トレーナー側の提案に答え、俺も手を差し出す。
夕暮れの元、交わす握手。
今、感じた運命めいたもの、そしてこの選択が正しかったのか、俺は知らない。
それでも、後悔はしないだろうと根拠はないけど、何だかそんな気がした。
作者は無知なので、競馬に関する知識で、間違っている点などございましたら、指摘していただけると幸いです。
というわけで、選抜レース編はここまで、となります。
次からは、デビュー編です。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。
追伸:短距離マックイーン、できません。
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