無敗の八冠?だったら、俺が獲ってやるよ。   作:流星の民(恒南茜)

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第8R …で、結局俺ってどんな娘だったの?

『ほらほら、もっと上体を上げて!』

『スパートが遅い!そんなんじゃ競り負けるよ!』

『もっと、内側に入って!そう!』

「…うっ!」

思わずベッドの上で呻き声をあげる。

 

思い出されるこの一週間。

またの名を体育会系というか、こういう運動とは無縁だった俺にとって地獄のような一週間とも呼ぶ。

 

…はい、わかってた。

…いや、わかってた気になってただけなのかもしれない。

テイオーにしろ…ルドルフにしろ…積み重ねがあったからこその、あそこまで華々しい姿を見せつけることができたのだ。

…であれば、八冠を目指すとなると…もっと…もっと、努力が必要なのは言うまでもないだろう。

 

それでも、今日ぐらいは!今日ぐらいは!

 

——日曜日。

一週間のうち、与えられる唯一の救済。

中二の頃は安息日だの何だのと呼んだものだ。

 

さて、今日はどう過ごそうか。

できることならば、一日中ゴロゴロしたいというのが本音。

というか、それ以外の択が見つからん。

 

よし、寝るか!と、再びベッドに倒れ込み、布団をかぶろうとした時である。

 

「おはよう、アンタ!」

急にドアが開いて、入場してきたはヴァーゴ。

思わず、アホみたいにポカンと開く口。

 

それを見て、不思議に思ったのか、

 

「…どうしたの?アンタ、そんな表情して…」

と、質問してくる。

…はて、何のことやら、と。

 

相変わらず俺の口はアホみたいに開いたまま。

「…もしかして…今日、空けておいてって言ったの忘れちゃった…?」

…え?

慌てて、記憶をひっくり返して漁ってみると、確かにそんなこと言われてた気がする。うん。

 

べ、別に忘れてたわけじゃないんだからね!

それに、よく見ると今日のヴァーゴは私服。

一体、どういうことだってばよ。

 

「…いえ、アンタ、前に『新しい私になった』って言ってたじゃない?それで、新しいアンタのことが知りたくて…一緒にお出かけしたいな…なんて…」

だんだん、尻すぼみになっていく声。

心なしか、表情も、普段より少し暗い。

 

これは、もしかしたらやらかしたかもしれぬ、と。

慌てて、言葉を練り上げる。

 

…というか、練り上げるまでもないな。ここで、発するべき言葉は一つ!

「も、もちろん忘れてないよ!ハハッ!」

出てくる乾いた笑いに顔を顰めつつ。

反応を待つ。

 

「…そう、だったらよかったわ…。」

安心したのか、表情が緩むヴァーゴ。

何だか、俺まで安心…

 

「だったらっ!早く支度しなさいよねっ!」

本当に切り替えが早い方だこと。

まあ、俺もこの辺りの散策をするのは、地味に初めてだ。

いい経験にはなるだろう。

と考え事をしつつ、私服らしき服に袖を通す。

うん、これでいいのかな?

 

「ちょっとアンタ、この辺、着方間違ってるじゃない!…しょうがないわね…。」

というわけで、ヴァーゴさん直々に、服の着方を説明してくれたのが、数分間。

そして…

 

「それじゃ、行くわよっ!」

ヴァーゴに手を取られ、俺も外に向かって、一歩足を踏み出すのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

というわけで、やってきました。

カフェ。

なんで…ここなのかは、ガチでようわからん。

さて、リポートするとしたら、意外と、外装も内装も、ちょっとレトロな感じ、と言ったところだろうか。

 

少なくとも、某有名チェーン店とか、そういうのとは、全然違う雰囲気である。

まあ、前世?で行った事一回しかないんだけどな。

 

「アンタ、注文しないの?ここのチーズケーキ、好きだったじゃない。」

 

…なるほど。

つまるところ、以前のトレミアンタレスは、ここのチーズケーキが好きだったと。

だから、わざわざ連れてきてくれたのか。ただ…

 

「…ごめんね、私、甘いものがあまり好きじゃなくて…」

という、問題が控えていた。

元々のトレミアンタレスが好きだったとしても、今の俺は、そんなに…といった具合だったのである。

 

「…そう…なの…?」

少し怪訝そうな表情をするヴァーゴ。しかし、すぐに表情を戻すと、何処かから一冊のメモ帳を取り出してきた。

 

「…ううん、でもそれも含めて、今のアンタなのよね。メモメモっと。」

…やべぇ、思わずうるっときたわ。

うん、それは暴力的すぎるぜ、俺の涙腺になぁ!と、いうのは置いておいて。

彼女なりに、俺を気遣ってくれているのが、伝わってくるのは普通に嬉しい。

 

…だからこそ。

俺ももっと、しゃんとしないとな、と。

 

そんな感情が芽生えてきた。

 

◇ ◇ ◇

 

さて、その後も色々なところを巡る度に聞かされるトレミアンタレスのエピソードの数々。

段々とこういうウマ娘だったのか、と。

 

彼女の人物像が掴めてくる。

 

「…ねぇ、最後にアンタを連れて行きたいところがあるの。」

 

そして、最後にヴァーゴが俺を連れていってくれたのは…

 

——トレーニング場のコース前だった。

 

「…最後に、私と勝負してくれない?…ジャージは持ってきたから。」

「…え?」

 

真っ直ぐこちらを見つめてくる彼女とは対照的に、ポカンとする俺。

何だか、間抜けな構図になってる、というのはこの際、無視だ。

 

「…今の、アンタの走りが見たいの。…だから、お願いします。私と勝負、してください。」

彼女にしては、珍しい丁寧な口調。

 

流石にここまで頼まれて、心を動かされないわけがない。

 

「…わかった。いいよ、勝負しよう。」

 

◇ ◇ ◇

 

ジャージに袖を通し、立ったのは、彼女の前。

 

真っ直ぐこちらを見つめる橙色の瞳が、夕陽に照らされ、鮮やかに煌めいていた。

 

「それじゃ、位置について、でいいわよね?」

「うん。」

 

一瞬、空く間。

 

深呼吸をして、意識をスタートの一点に集中させる。

 

「それじゃ、位置について…よーい…スタート!」

 

その合図を意識し、脚を前に運ぶ。

 

——成功だ。

スタートの一点にかけては、成長したと言っていいだろう。

少しずつ、加速していく脚。

 

吹き付ける風。

 

…いいスタート。

だがここで、一つ、問題が浮上してくる。

 

——まだ、俺は己の脚質を知らない。

取り敢えずヴァーゴにピタリとくっつくようにして脚を運んでいく。

 

彼女も案外ローペースだ。

 

ついていくのは、容易い状況…と考えた時だった。

 

突如、「ザッ!」と、爆音が響いた…

かと思うと、彼女が速度を一気に上げた。

 

“スパートの遅さ”。

 

今週、指摘された課題の一つが脳裏をよぎる。

 

そう、これはあくまでも模擬レース。

距離は…短い。

 

慌てて、俺も地面を踏み締め、一気に加速を図る。

 

加速加速加速加速。

 

脳の全神経を、加速すること、ただ一点だけに置く。

しかし、現実は非情だった。

 

スタミナが切れてきたのか、重くなってくる脚と痛んでくる肺。

 

——彼女の背中はさらに遠くへ。

 

届かないのか——と、霞んできた遠くの背中に手を伸ばした時だった。

 

 

“大丈夫、キミはまだ走れるよ。”

 

 

不意に何処かから、声が聞こえてきたような気がした。

 

それと同時に、視界が急にクリアになる。

…そうだ、俺はまだ——行ける。

 

急に、前向きになった思考回路と共に。

地面を一気に踏み締め、加速。

 

瞬間、吹いてくる逆風は、いまだに経験したことがないほどの爆風。

でも、怖くなんかなかった。

 

——だって、ヴァーゴが手を引いてくれたから。

だから、俺はこのレース…勝つ!

 

どんどんと近づく背中。

そして——並んだ。

 

飛び散る汗。

 

隣で歪む表情。

 

行ける——と思ったその時、「ピィィィィィ!」と、けたたましい音が響き渡った。

 

「…ゴー…ル…?」

 

ボソリと隣で呆気にとられたように呟くヴァーゴ。

肩で息を整えつつ、こちらを向く彼女。

「…そう…なのね。ありがとう、アンタの走り、変わってなかった。もちろんいい意味で、ね。…ありがとう。」

 

そう言うと、軽く伸びをし、

 

「本当はね…怖かったのよ。アンタが何だか、別人になったような気がしたから。それでも、あの表情は…あの走りは…紛れもなくアンタ——トレミアンタレスのものだったわ。」

と、呟く。

 

…なんだ、そう言う事だったのか。

 

「何だか安心した…。ありがとう。」

そう言って、こちらを向く眩しい笑顔。

 

今日、確かに俺は、トレミアンタレスについて、知ることができた。

だけど、俺は、違う。

 

だとしても…だとしても、だ。

 

それ以上に彼女——

 

——マロンヴァーゴのことを、初めて、ちゃんと知れたような…

 

…そんな気がした。

 

◇ ◇ ◇

 

その晩のことだった。

 

『トレミアンタレス、トレミアンタレス先頭に躍り出た!もはや、独走状態だ!このまま栄誉を、掴み取るのか!?』

この間、見た夢と似た状況。

 

それでも、一点だけ、大きく違う点があった。

 

それは…

俺が四肢を使って、走っていると言うこと。

 

辺りを見回すと、走っているのは、ウマ娘ではない。

何故か、名前は出てこないが…見覚えのある、動物だ。

 

だが、今はそんなの関係ない。

ここを走りぬけば、俺は——栄誉を掴み取れる。

 

胸の奥から突き上げてくるような、その衝動だけに駆られ、脚を動かしていた時だった。

 

突如、脚に激痛が走ったかと思うと、俺は——

 

 

次の瞬間、ベッドで脚を押さえるようにして、俺はうずくまっていた。

 

 

汗で濡れた服が肌にじっとりと不快に張り付いていた。




次回より、メイクデビューに向けて、始動していきます。

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