Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』 作:ひゅーzu
お久しぶりです。
この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作 本編のネタバレを含む幕間の話となっております。
是非、本編 読了後にお読みいただけますと、幸いです。それでは。
その夜。
きっと意味なんてない。
そんな "機能" は与えられていないはずだから。
だから何かの間違いだと思って。
健やかに眠っている父と母を置いて、ただ夜風を浴びに庭へ出た。
「ふぅ──────、」
庭には、"
風に撫でられた草花の擦れる音と、
微かな虫の鳴き声が優しく響く。
そんな眺めに心を浸した後、
ふと、なにを思うでもなく、そらを見上げた。
「あ──────、」
その視界に広がった景色に、
僕は、思わず呼吸を忘れた。
夜空を飾る瞬く星々よりも。
地上で
遥か北より、まっすぐに走るその軌跡。
蒼く煌めく
美しくおそらを跨いでいた。
「明日から、
とある夏の日の食卓。
母は唐突にそんなことを口にした。
「……そうだな。オックスフォードでの大会も終わったし、父さんも燃え尽きた感覚でね。気持ちを切り替えるためにも、引っ越すのは良い考えかもしれない。」
料理好きだった父は、昨日 島で開催された料理大会の参加者だった。
結果は振るわなかったけど、本人は全力を出せて満足している様子で、実際、父の作った料理は本当に美味しかった。
「前にも話した通り、店の方も、結果はどうあれ大会を終えたら畳む予定だったからね。…けれど、そっちから今後の方針を話されるとは思ってなかったよ。しかも "明日から" だなんて。随分と急なんだね?」
父が参加したあの大会は、
そもそも
あの結果は仕方がないことだったんだ。
「 "思い立ったが吉日" って言うでしょ? それにキャメロットって、結構 評判が良いところらしいのよ。女王様がお祭り好きらしくてね?賑やかなところみたい」
母は楽しそうに、これから向かう島について語る。
「突然 決めちゃってごめんなさいね? …あなたも、それで構わないかしら?」
すまなそうな顔をして、母はそう尋ねてきた。
「うん。大丈夫だよ、母さん」
母の問いかけに、僕は頷いた。
***
「うーん、どこか高い場所ないかな…」
キャメロットに移住したその日の夜、一人 家を抜け出して眺めの良い場所を求めて、島の森を目指した。
父も母も夜は寝付くのが早いので、こっそりと抜け出すのはそう困難なことじゃない。
オマケにこの島は常にお祭りをしているみたいで、夜だからといって、子供が出歩いていても誰にも咎められないのだ。
「あ、いいところ見つけた!」
森をしばらく歩くと、少し
「───よいしょ、と。」
子供ならではの身軽さで、ひょいひょいと岩を登る。
そうして───、
「うーん、今日も見えないか…」
どうして。こんなにも僕はあの
けれど、もう一度見たいと思ったんだ。
しばしの間、ただ無心でそらを眺めていたら、
「おい、君。そこでなにしてるんだよ」
唐突に声をかけられ、思わずビクッとする。
振り返るとそこには、このキャメロットで暮らしているとみられる、僕と同じくらいの歳の子供が二人、岩の下からこちらを見上げていたのだ。
「…えっと、なにか用?」
「なにか用?じゃない! ここは僕らのたまり場だぞ!誰の許可を得てそこに乗ってるんだ!」
そうだったんだ。
確かにこんな眺めの良い場所なら、たまり場にしたくなる気持ちも分かる。
どうせ今日もあの星は見えないだろうし、岩から飛び降りる。
「こら、ハロバロミア!別にこの場所、私たちの土地ってわけじゃないでしょ!誰が使ったっていいじゃない」
もう一人の少女がそう少年を論す。
「僕に正論を言わないでくれ、コーラル。これは君のためを思って言っているんだぞ!この岩の上からの眺めは、君のお気に入りじゃないか!」
「それとこれは別です!同じようにここを気に入ってくれる子が増えるなら、私は大歓迎だもん!」
二人は、やんややんやと言い合いをする。
「えっと、僕のせいでケンカをさせちゃったのならごめん。もうここには来ないから、その代わり、一つだけ質問をしてもいい?」
二人は揃って、腑に落ちない顔をしながらも、こちらに視線を向ける。
「質問ってなに?」
「二人もここから夜空を見たりしてるんだよね? …だったら、
二人は目を丸くした後、顔を見合わせる。
「あなたもそれを見たのね。…確か、もう二週間近く前だったかしら。私たちも見かけたわよ、その流れ星。でも、それっきり見てないわ」
少女の言葉に肩をすくめる。
「…そっか。教えてくれてありがとう。勝手にたまり場に入ってごめんね。もう戻るよ」
そう言い残して、駆け足で森を後にしようとした時、
「待った。君。見かけない顔だな。ちょっと話に付き合いなよ」
少年に引き留められた。
***
「へぇ、オックスフォードから来たのか」
大岩の上に腰を下ろし、二人と談笑する。
「二人はもとからキャメロットに?」
「いいえ。私たち、ソールズベリーから引っ越してきたの」
「ソールズベリー!? あの島って、住めるところあるの?確か、危ない生き物が多いんでしょ?」
父と母から聞いた話ではあるが、ソールズベリーは危険な場所と聞いていたので、思わず驚いてしまった。
「そうだよ。とてもじゃないが暮らしていけない。君みたいにソールズベリーに人が住んでたことを知らない人はたくさんいるだろうさ。…まあ、だからキャメロットに移住したんだけどね。でもそれを言うなら、オックスフォードだって、危険な場所が多いって聞いてたけど?」
少年───ハロバロミアにそう訊ねられる。
「うん。でも、オックスフォードはもっとわかりやすいところだよ。危険地帯に入りさえしなければ、襲われることはないから」
「お母さんから聞いた話だけど、オックスフォードには "ヒトだけを食べる" 魔物いる…っていう噂は本当なの?」
少女───コーラルは半信半疑で聞いてくる。
「……うん。森で迷って行方不明になった人とか、多いよ」
それを聞いた二人は揃って青ざめる。
「なーんて、冗談だよ。ヒトの味を知っちゃって、その結果ヒトを襲うようになった獣ならいるだろうけどね。はじめからヒトだけを襲う魔物はいないんじゃないかな。……もしもいたら、ヒトしか食べられないなんて、そんなのすごく可哀想だよ。きっと神様か妖精のイタズラだ」
「それ。冗談になってないぞ、君」
ハロバロミアに指摘され、目を丸くする。
「そうかな? …言われてみればそうだね。あはは」
「ねえ待って。…ってことは私たちって、引っ越してきた者同士ってことじゃない?」
コーラルは嬉しそうに、手を合わせてそう言う。
言われてみれば、その通りだ。
「ほら、それなら仲良くなれそう!そうでしょ、ハロバロミア!」
「君、キャメロットに住んでるヤツはみんな移民って知らないのかい…?」
「………私、あなたの正論キライです。いいでしょ、それでも!危ない島から引っ越してきたって共通点はあるんだから!仲良くしましょ!」
コーラルによって、半ば強引にハロバロミアと握手をする。
「ま、まあ、同じ島で暮らすんだから、それなりに気に留めておいてやってもいいけど…」
ハロバロミアは気恥ずかしいのか、視線を逸らしながら、そう言った。
「─────うん!よろしく!」
交わした手をしっかりと握り返す。
「また明日もここにおいで!…と、そういえば、あなた。名前は?」
「ああ、僕は──────、」
***
その次の日の夜、
その日も僕は、あの森の広場に向かった。
二人から許可はもらったし、待ち合わせも兼ねてひと足先に目的地に到着する。
「うっ、ちょっと湿ってるな…」
今日の昼間は雨が降っていたため、岩の上はまだ少し湿っていた。
少し気になったが、諦めてそのまま腰を下ろす。
星空を見上げて二人を待っていると───、
「ん───?」
「なんだろう、今の───、」
すると、しばらくして、
それを追うように、多くの足音が聞こえてきたのだ。
思わず、岩から飛び降り、その影に隠れる。
足音は、そのまま森を駆け抜けていった。
「あの方角って、確か…女王様の城…?」
とてつもなく気になったが、二人を待たなければならないし、それにそんな介入は
「ん───? "役割"ってなんのことだろ…?」
いつからだろう。
なにか得体の知れない、"知覚してはならないこと" に意識が向いてしまうようになったのは。
考えるのはやめよう。
昨日と同じように、そのままそらを見上げて二人を待っていると、
『───キャメロットの住民たちよ。これより大規模な儀式にはいる。故に、平穏に暮らしたければ、屋内に避難するがよい』
この島の女王による
「え──────?」
屋内に避難しろって言ったって、ここじゃとても間に合わない。
どうするべきか、頭を抱える。急がないと。でも急ぐったって、どこに? とりあえず岩の上から降りて、それから、えっと、
そんなパニック状態の僕を置き去りにするように、とてつもない地響きが、島の全土に巻き起こる。
ピシッ、と。
「あっ──────、」
背後の大岩が、
***
「うっ、あ──────、?」
暗闇の中で目を覚ます。
周囲の景色は先ほどいた森のまま、
僕は倒れて気を失っていたらしい。
どれほどの時間、気絶していたのだろう。
起き上がろうとしても、身体が思うように動かなかった。
「あれ──────?」
振り返ると、砕けた大岩の破片に、右足が挟まったまま抜けなくなっていたのだ。
「くっそぉ───、」
足を引き抜こうと努力するも、重すぎてびくともしない。
子供一人の力では限界だった。
すると今度は、激しい振動とともに、"何かが放たれる" 音が鳴り響いた。
「なん、なんだ……!?」
わからない。なにもわからない。
この島で、一体なにが起こっているのだろうか。
そんな訳の分からない状況の中で、今度は
「あ──────、」
その光を、自分は知っている。
ずっと探していたもの。
もう一度見たいと思ったもの。
蒼く煌めく、あの
「きれい、だ───、」
ああ。最後にあれがもう一度見れたのなら、ここで終わっちゃってもいいか。そんな風に考えていたら、流れ星は少しずつ
「えっ──────?」
いや、大きくなっているのではない。
あの流れ星は、この島に向かって落ちてきている!
ドカン、と。
前方の木々の向こうで、青い流星が落ちる。
見に行きたい。
必死に足を抜こうと力を込めるも、無意味に終わる。
するとその木々の向こうで、
「ギシュァアアアア──────!!!」
得体の知れない、何かの鳴き声のようなものがこだました。
鳴り止まぬ轟音。
強い突風と衝撃。鉄のぶつかる音が響く。
「っ──────、」
思わず唾を飲み込む。
すると今度は木々の向こうから、おぞましいほどに
「やば──────!」
直感する。あれは毒だ。
絶対に吸い込んではいけない。
絶体絶命だと思った時、
今度はその前方の木々を割いて、"巨大な蛇" と "蒼い騎士" が飛び出してきたのだ。
「しぶといな、君───!」
騎士は旋回しながら、蛇に刃を通す。
状況は明らかだった。
騎士の圧倒的な力量を前に、蛇は逃げ出したのだ。
そう。逃げ出したのだ。
「な──────!?」
騎士も、僕に気がついた。
けれど、もう手遅れだ。
僕は、自らの死を悟って瞼を閉じる。
─────ごめん。父さん、母さん。
なにも残せてない、なにも返せてない、自分勝手な子供でごめんなさい。こうやって無断で外に出たから、バチが当たったんだ。
もしも次に生まれ変わったら、その時はきっと、良い子になるから。
ドシャリ、と。
鈍い衝撃が、響き渡った。
「…ふぅ。まさか、こんなところに住民がいたとはね。予想外だった」
もう潰れたはずの耳から、そんな声が聴こえた。
「え──────?」
瞼を開く。
そこには。
蒼く煌めく、清廉たる騎士が。
片膝をついてこちらを見下ろしていた。
「あれ?生きてるよね?…眼、見えてるかい?」
騎士はその仮面を取って、こちらの顔を覗く。
─────ああ。
ひと目でわかった。
このヒトが、あの
「み、見えてます……」
あまりにも顔が近いので、頬を赤らめながら俯いてそう答える。
「ああ、すまない。近かったかな。なにぶん夜だと暗いから、顔がよく見えなくてね。無事ならよかった」
そう言う彼女は、夜の闇の中でありながら、とても眩しく映る。
「あの、さっきの蛇は……」
「ん? 僕の後ろで真っ二つだとも。……ちょっと少年には刺激が強いから、見ない方がいい」
彼女は背後をちらりと見てから、そう返した。
「ところで君、立てるかい?」
「えと、足が岩に挟まってて…」
「ああ!だからそんなところで寝てたのか。ちょっと待ってて、…ほら」
そう言って、彼女はなんてことのないように片手で岩を持ち上げ、
「す、すごい………」
思わず唖然とする。
そうして足を引き、立ち上がろうとして、思わずふらついてしまう。
「おっと、やはりだいぶ痛めてるね。無理はしなくていい。僕が街まで運んであげるとも」
そうは言っても、彼女と僕は頭一つ分ほどの背丈の差しかない。運ぶといってもどうやって……いや、たった今 見せられた恐るべき怪力を前に余計な心配だった。
「うーん、飛ぶのはさすがに負担だろうから、おぶって走ろうか。…ほら、捕まって」
彼女に背負われ、そのままその背中に捕まる。
「ふむ、やはり住民がいると毒の霧は使わないのか。 結構 良心的な女王だね、彼女。…よし、それじゃあ走るよ」
「う、うん、ありが───」
こちらの言葉を待たずに、とてつもない速度で走り出す。
「うわああああああああああ!?」
なんだこれ。これがグロスターの島にあるって言われてるジェットコースターってヤツなのか!?
「舌を噛むから、口は閉じてた方がいい!」
ほんの数分で、街中までたどり着く。
「…あの、赤い屋根の家が僕の家です!」
突風を浴びながら、薄目を開き、我が家を指さす。
「……よし。到着だ。しばらくは家の中にいるんだ、少年。いいね?」
彼女の言葉に、コクコクと頷く。
「あ、あの、女王様の城に向かうの…?」
気になって、つい聞かなくてもよいことを聞いた。
「ああ、そうとも。なにせ僕たちは女王を止めるためにここに────、」
彼女の言葉を遮るように、先ほども聞いた "何かが放たれる"音が島に響き渡った。
「今の、って……」
「………うん。女王様が暴れてるのさ。だから、彼女を直接止めに行くのが、一番の解決策なんだけど、」
城の方角を見据えながらも、そう言い淀んだ。
「なぁ、少年。一つだけ聞いてもいいかい?」
「え?」
唐突にそう言われて、思わず困惑するも、了承の意を込めて頷く。
「ありがとう。……もしもさ、僕のせいで何の罪もない街が焼け野原になったら、君はどう思う?」
その質問の真意は、僕にはわからなかった。
けれど。
答えだけは明確だった。
「
まっすぐに。
その顔を見つめてそう答えた。
「──────、ふふ。
言われてみれば、それはそうだ。
なんで、僕はいま、そう呼んだのだろう。
思わず恥ずかしくなって、赤面する。
「──────けれど。そう呼ばれるのは嫌いじゃない。元気でね、少年。…"怒る" か。ああ、おかげで。僕の
そう言い残して、彼女は
「え──────!?」
ああ。それでようやく気づいた。
今この島は、"空を飛んでいた" のか。
***
その後はもう、ただ祈ることしかできなかった。
一体この島で何が起きていたのか、とか。
そんな真相は、僕が知っておくべきことじゃない。
余計な心配かもしれないけど。
ただ、"彼女" が無事であることを願った。
「怪我の具合はどう?痛くない?」
自室のドアを開いて、母がそう訊ねる。
「…うん。もう一人でも歩けそうだよ。ありがとう、母さん」
あの日から、明日で一週間。
足を
本当は外に出たかったけど、それは仕方のないことだ。
これ以上、父さんと母さんに迷惑はかけたくない。
「明日の夜、街で復興のお祭りをするみたいだから、お見舞いに来てくれてたお友達の二人と、一緒に遊んできなさいな」
そうして母は、おやすみなさい、と言い残して、部屋の扉を閉めた。
「お祭り───か、」
ベッド脇にある、窓越しのそらを眺める。
そのお祭りには、彼女も来るだろうか。
そんなことを考えていると、またしても、今度は
「あのお姉ちゃんだ───!」
思わず、窓に両手をつく。
生きてた。
あの一週間前に起きた恐ろしい夜を超えて。
それでもなお、彼女の光は、あの日と変わらずにおそらを跨いでいた。
「……会いに行こう」
きっと彼女は、明日のお祭りにもやってくる。
そう確信して、僕は眠りについた。
***
街は過去一番の賑わいだった。
空気の澄んだ夜を、街のみんなの活気と、
「はっ───、は───、」
街中を駆ける。
治ったばかりの足に負担をかけるとわかっていても、その胸の鼓動を抑えられなかった。
「あ、いた──────!」
見つけた彼女は、あの時の甲冑姿とは異なっていたが、ひと目でそうだとわかった。
その隣には、初めて見る大柄の女の人と、確かこの街の舞踏会に出ている赤い髪の女の人が一緒にいた。
どういう仲なんだろう?という疑問もあったが、それ以上に、話したいことが、たくさんあった。
けれど。伝えたいことは一つだけ。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん!この前おそらを飛んでたよね!
ずっと前から見ていた。
ずっとそう伝えたかった。
こんなにもきれいで、星のようなヒトを。
僕は。他に知らないんだ。
唐突に話しかけられ、彼女は目を丸くした後、
「む、目の付け所が良いな少年。聞いて驚くがいい!僕はこの夏でもっとも美しい常夏騎士、ランスロットだぞ!…サインとかいるかい?」
そんな、面白おかしいことを言ってきたのだ。
「えっと───、」
「なに、いつの間にサインなど用意していた貴様───!」
なにか言葉を返そうとしたけど、大柄の女の人に先を越される。
「ふっ、これでも某ブリテンでも同じく、もっとも美しい妖精騎士と讃えられていたんだ。それくらいのファンサは心がけているとも」
「はっ!んなの妖精評だろ。当てになんねぇんだよな」
「なんだと!
「へー?それ誰ぇ?名前言ってくれないとわかんないなー」
うん。よく考えてみれば、そうか。
僕が彼女に助けられたのは、もう一週間も前だ。
あの時は随分と暗かったし、向こうは顔を覚えているはずがなかったのだ。
それにきっと。
彼女はもっと、たくさんの人を助けている。
だから、一人一人のことを覚えているはずがなくて、
「おーい、■■■■■■!ここにいたのか!」
名前を呼ばれて、振り返る。
「足、もう大丈夫なの?」
向こうで、ハロバロミアとコーラルが手を振っていた。
「───うん、もう大丈夫だよ」
伝えたかった言葉は、もう伝えた。
だから、そのまま二人の方へ歩を進めて、
最後に一度だけ、彼女の方を振り返った。
「ランスロット様ー!姉様!トリスタン卿!あっちに "かき氷" というのがありましたよー!食べてみませんかー?」
「氷?氷が食べ物なのかい?…初耳だね」
「いいじゃない?きっとアメ玉みたいに一気に口に入れて転がしたりするヤツだぜ、きっと!」
「嫌な予感しかしないぞ、その食べ方は…」
見知らぬ女の子に呼ばれて、彼女たちは行ってしまった。
「? どうした、浮かない顔して」
ハロバロミアは不思議そうに顔を覗き込む。
「ん、いや。なんでもないよ」
祭りの騒がしさが、どこか遠く感じた。
***
祭りで遊び疲れた二人は、先に帰っていった。
「なんで、帰らないんだろう、僕は…」
締めの花火が鳴り止んで、もう一時間以上経っている。
街のみんなは帰路につく中で、僕だけは、反対方向のあの森に向かって歩いていた。
「もうここに来る意味なんて、ないんだけどさ」
とぼとぼとした足取りで、森の広場に到着する。
すると───、
「あ─────────、」
広場の中央。
砕けた大岩の上に、
「──────────、」
思わず、呼吸を忘れたように見蕩れる。
彼女は、どこか寂しそうな顔で、月を見上げていた。
「………あの、ここで何してるの?」
勇気をだして、そう声をかける。
すると、彼女はゆったりと視線をこちらへ向けた。
「ん?…なにか用かい?」
「なにか用、じゃないよ。……こ、ここは僕らのたまり場なんだ。許可もなく入られたら、その、困る…」
目を逸らしながら、そう伝える。
「君のたまり場……?ああ、それはすまないことを…」
した、と言いかけたところで彼女は僕をじっと見つめた後、
「…君、足を怪我してたかい?」
右足首に巻かれた包帯に気づいて、そう訊ねてきた。
「え、うん。ここの大岩に足を挟んで、それで」
「やっぱり!こんな森にやってくる少年なんて珍しいと思ったんだ!ほら、君。一週間前に怪我した子だろう?僕だよ、僕。覚えてるかな?今は甲冑を付けてないから、ピンと来ないかもしれないけど」
覚えているに決まってる。
こんなにもきれいなヒトを、たった一週間で忘れるものか。
「…うん。覚えてるよ。なんなら、今日 お祭りの時にも会ったんだけど、てっきりそっちの方が忘れてるのかと思ってた」
「むむ、そうだったのか。…ああ、あの時話しかけてきたのは君だったか。随分と馴れ馴れしいから、てっきり僕のファンなのかと……」
彼女は気まずそうに、あはは、と目を逸らした。
その仕草がどこか可笑しくて、
「お姉ちゃん、面白いヒトだね」
つられて笑ってしまった。
その様子に彼女は目を丸くした後、僅かに微笑んで、
「こっちにおいで、少年。…今日は月がよく出てて明るいよ。そんな木の影にいたら、罰当たりさ」
ポンポンと隣の岩肌を叩いてから、僕を手招いた。
***
彼女の隣に座って、一緒にお月さまを見上げる。
「どうして、お月さまを見てたの?」
彼女をちらりと見てから、そう訊ねる。
「…さて。なぜだろうね。本当は、雨にうたれたい気分だったのかもしれない。」
「それは、どうして…?」
「
その言葉が本当かは、僕にはわからなかった。
「…でも、街で見たお姉ちゃんは、とっても楽しそうだったよ?」
「ああ、本当に楽しかったからね。……けれど、そうやって楽しい時間を過ごせば過ごすほど、ふと我に返るんだ。本当はこんなことをしてちゃいけない。僕は、"裁かれるべき"なんだって。」
彼女は、どこか遠くを見ていた。
「僕はズルいヤツでさ。みんながそのことを知らないのをいい事に、善人のように振る舞ってる」
「……それが。後ろめたいの?」
彼女は無言で頷いた。
なんて、弱々しい瞳なんだろう。
あの日見上げたあの流れ星が。
優雅に駆け抜けた清廉たる騎士が。
こんなにも。
弱い部分をもっているだなんて、知らなかった。
──────でも、
だったら。僕にも教えられることがある。
「仲間たちに負い目があって、
いつまでも自分が好きになれなくても、大丈夫。」
これは僕からあなたへの。精いっぱいの感謝。
「いつか自分よりも大切なものがきっと出来る。
だって僕がそうだったから!」
まっすぐな笑顔で、そう答える。
あなたを見たから、
友もできたし、親を大切にしようとも思えた。
危ない目にあって、怖い思いもしたけれど、
「─────────君、その言葉どこで?」
彼女は、ただ目を丸くしていた。
どこと言われても。
僕の心から湧いた言葉だったので、よくわからない。
「─────────いや、
それよりも、君の名前を聞いてもいいかい?」
ああ、それなら答えられる。
「
「──────────────、そう、か」
そう言って、彼女は "涙" を流していた。
思わず困惑する。
名前を名乗っただけで泣かれたのは初めてだ。
「えと、大丈夫……!?」
「っ、ああ、気にしないでくれ。…それよりも、もっと顔を見せておくれ」
そう言いながら、彼女はそのしなやかな指で僕の頬に触れた。
「……すっかりと、忘れていたよ。あの
そう言って、彼女は僕を抱き締める。
「明日には、きっと全部終わるだろう。君は親と一緒に過ごしても、友と語らい合っていても構わない。……けれど、どうか。その最後が、安らかな時間であることを願う」
耳元で聴こえる彼女の言葉は、
僕の心に深く染み入った。
「お姉、ちゃん───?」
「ああ、"お姉ちゃん" だ。……元気でね、パーシヴァル。この夢で、最後に会えた住民が、君で良かったよ」
彼女は、優しく微笑みながら、僕の頭を撫でた。
「ほら、もう遅い時間だ。父さんと母さんが心配してるだろう?…一人で帰れるかい?」
「うん、元気でね。お姉ちゃん」
そうして。
手を振って、彼女に別れを告げる。
僕のお話は、これでおしまい。
これが、とある少年の余聞。
何も得ずに終わるはずだった、
彼の運命を奪った "誰かの愛" の
***
少年は去っていった。
夜の森に消えていく、その後ろ姿を、手を振りながら眺める。
「これも、君の仕業なのかい、
誰もいないはずの背後へと、そう語りかける。
「──────やっぱり。気づいた上で協力していたのか、君は」
夜の森の虫のさざめきが、ヒトの形を模す。
「まぁ、僕は
振り返って、夜の森に紛れた影を見据える。
「…つくづく。君は苦手だ、アルビオン」
「なんだ、そっちの名前はセーフなら、もっと早く教えてもらいたかったよ。…けれど、"苦手" か。その割には、あんな子まで用意するなんて、ちょっと気が利きすぎてない?」
「─────いや、
「え──────?」
「こんなことになるとは、思ってなかった。と言ったんだ。…原理でいえば、妖精國にあった
影は、鼻を鳴らして、続きを語る。
「あの少年が抱えていたモノは
それだけのことだ、と言い残して、影は再び夜の闇に溶けていこうとする。
「でもそれって結局、君が "あの名前" を与えたことが原因だろう?」
「裏方も忙しいんだ。一人一人の
影は今度こそ、夜のとばりに沈んでいった。
「──────いや。たったひと言の役割であるものか。君がいたから、ようやく決心がついたんだよ、パーシヴァル」
もう、迷いはない。
告解は。君のためにも、かならず。
終わりの間際でも、話す時間はあるだろう。
どんな罵声も軽蔑も、受け止めてみせる。
せっかく仲良くなった彼女に嫌われるのは、ちょっと寂しいけど。
/ 『さくわ』-了-
最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
最終節の投稿から、かなり時間が経ちましたが、ありがたいことにメッセージで「没になってしまったお話も見たい!」というお言葉をいただきましたので、投稿させていただきました。感謝です。
三つほど構想にあった、それぞれ独立した "余聞" のうちのひとつが今回のお話です。
今回の物語は、とあるモブの少年が、星を追う話でした。
その理由や原因は、おなじみの "あの人" がラストに語ってくれましたので、この場でお伝えすることは特にございません。
ただ、"端役 一人一人に一から名前を考える暇なんかない。ひと言だけであれば余計にね。" と、いつもの冷たいトゲトゲ言葉を残して去っていきましたが、裏を返せば、"たったひと言だけの役割だとしても、名前を与える" のです。そういう男です、とだけ。
残りの余聞は、投稿するかは未定です。
また期間が開くかもしれませんが、その際は何卒よろしくお願いいたします。
改めまして、最後までお読みくださり、誠にありがとうございました!