Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 お久しぶりです。
 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作 本編のネタバレを含む幕間の話となっております。
 是非、本編 読了後にお読みいただけますと、幸いです。それでは。
 
 


余聞『さくわ』

 

 

 

 

 その夜。

 ()は唐突に目を覚ました。

 

 きっと意味なんてない。

 そんな "機能" は与えられていないはずだから。

 

 だから何かの間違いだと思って。

 健やかに眠っている父と母を置いて、ただ夜風を浴びに庭へ出た。

 

 

 

 「ふぅ──────、」

 

 庭には、"(ホタル)" が飛んでいた。

 

 風に撫でられた草花の擦れる音と、

 微かな虫の鳴き声が優しく響く。

 

 

 

 そんな眺めに心を浸した後、

 ふと、なにを思うでもなく、そらを見上げた。

 

 

 「あ──────、」

 

 その視界に広がった景色に、

 僕は、思わず呼吸を忘れた。

 

 

 夜空を飾る瞬く星々よりも。

 地上で(たわむ)れる蛍の光よりも。

 

 遥か北より、まっすぐに走るその軌跡。

 

 蒼く煌めく流れ星(・・・)が、

 美しくおそらを跨いでいた。

 

 

 

 

 余聞(よぶん)『さくわ』/

 

 

 

 「明日から、キャメロット(・・・・・・)に引っ越そうと思うの」

 

 とある夏の日の食卓。

 母は唐突にそんなことを口にした。

 

 「……そうだな。オックスフォードでの大会も終わったし、父さんも燃え尽きた感覚でね。気持ちを切り替えるためにも、引っ越すのは良い考えかもしれない。」

 

 料理好きだった父は、昨日 島で開催された料理大会の参加者だった。

 結果は振るわなかったけど、本人は全力を出せて満足している様子で、実際、父の作った料理は本当に美味しかった。

 

 「前にも話した通り、店の方も、結果はどうあれ大会を終えたら畳む予定だったからね。…けれど、そっちから今後の方針を話されるとは思ってなかったよ。しかも "明日から" だなんて。随分と急なんだね?」

 

 父が参加したあの大会は、

 そもそも優勝はできない(・・・・・・・)

 あの結果は仕方がないことだったんだ。

 

 「 "思い立ったが吉日" って言うでしょ? それにキャメロットって、結構 評判が良いところらしいのよ。女王様がお祭り好きらしくてね?賑やかなところみたい」

 

 母は楽しそうに、これから向かう島について語る。

 

 「突然 決めちゃってごめんなさいね? …あなたも、それで構わないかしら?」

 

 すまなそうな顔をして、母はそう尋ねてきた。

 

 「うん。大丈夫だよ、母さん」

 

 母の問いかけに、僕は頷いた。

 

 

 

 ***

 

 

 「うーん、どこか高い場所ないかな…」

 

 キャメロットに移住したその日の夜、一人 家を抜け出して眺めの良い場所を求めて、島の森を目指した。

 

 父も母も夜は寝付くのが早いので、こっそりと抜け出すのはそう困難なことじゃない。

 オマケにこの島は常にお祭りをしているみたいで、夜だからといって、子供が出歩いていても誰にも咎められないのだ。

 

 「あ、いいところ見つけた!」

 

 森をしばらく歩くと、少し(ひら)けた広場があり、その中央に、ちょうど登りやすそうな大岩がどっしりと佇んでいた。

 

 「───よいしょ、と。」

 

 子供ならではの身軽さで、ひょいひょいと岩を登る。

 

 そうして───、

 

 

 「うーん、今日も見えないか…」

 

 

 あの日(・・・)以来、毎晩こうしてそらを見上げている。

 

 どうして。こんなにも僕はあの()を見たがっているんだろう。理由はわからない。

 けれど、もう一度見たいと思ったんだ。

 

 

 

 しばしの間、ただ無心でそらを眺めていたら、

 

 「おい、君。そこでなにしてるんだよ」

 

 唐突に声をかけられ、思わずビクッとする。

 

 振り返るとそこには、このキャメロットで暮らしているとみられる、僕と同じくらいの歳の子供が二人、岩の下からこちらを見上げていたのだ。

 

 「…えっと、なにか用?」

 

 「なにか用?じゃない! ここは僕らのたまり場だぞ!誰の許可を得てそこに乗ってるんだ!」

 

 そうだったんだ。

 確かにこんな眺めの良い場所なら、たまり場にしたくなる気持ちも分かる。

 どうせ今日もあの星は見えないだろうし、岩から飛び降りる。

 

 「こら、ハロバロミア!別にこの場所、私たちの土地ってわけじゃないでしょ!誰が使ったっていいじゃない」

 

 もう一人の少女がそう少年を論す。

 

 「僕に正論を言わないでくれ、コーラル。これは君のためを思って言っているんだぞ!この岩の上からの眺めは、君のお気に入りじゃないか!」

 

 「それとこれは別です!同じようにここを気に入ってくれる子が増えるなら、私は大歓迎だもん!」

 

 二人は、やんややんやと言い合いをする。

 

 「えっと、僕のせいでケンカをさせちゃったのならごめん。もうここには来ないから、その代わり、一つだけ質問をしてもいい?」

 

 二人は揃って、腑に落ちない顔をしながらも、こちらに視線を向ける。

 

 「質問ってなに?」

 

 「二人もここから夜空を見たりしてるんだよね? …だったら、流れ星(・・・)を見たことないかな。凄く蒼くて、とってもきれいなんだ」

 

 二人は目を丸くした後、顔を見合わせる。

 

 「あなたもそれを見たのね。…確か、もう二週間近く前だったかしら。私たちも見かけたわよ、その流れ星。でも、それっきり見てないわ」

 

 少女の言葉に肩をすくめる。

 

 「…そっか。教えてくれてありがとう。勝手にたまり場に入ってごめんね。もう戻るよ」

 

 そう言い残して、駆け足で森を後にしようとした時、

 

 「待った。君。見かけない顔だな。ちょっと話に付き合いなよ」

 

 少年に引き留められた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「へぇ、オックスフォードから来たのか」

 

 大岩の上に腰を下ろし、二人と談笑する。

 

 「二人はもとからキャメロットに?」

 

 「いいえ。私たち、ソールズベリーから引っ越してきたの」

 

 「ソールズベリー!? あの島って、住めるところあるの?確か、危ない生き物が多いんでしょ?」

 

 父と母から聞いた話ではあるが、ソールズベリーは危険な場所と聞いていたので、思わず驚いてしまった。

 

 「そうだよ。とてもじゃないが暮らしていけない。君みたいにソールズベリーに人が住んでたことを知らない人はたくさんいるだろうさ。…まあ、だからキャメロットに移住したんだけどね。でもそれを言うなら、オックスフォードだって、危険な場所が多いって聞いてたけど?」

 

 少年───ハロバロミアにそう訊ねられる。

 

 「うん。でも、オックスフォードはもっとわかりやすいところだよ。危険地帯に入りさえしなければ、襲われることはないから」

 

 「お母さんから聞いた話だけど、オックスフォードには "ヒトだけを食べる" 魔物いる…っていう噂は本当なの?」

 

 少女───コーラルは半信半疑で聞いてくる。

 

 「……うん。森で迷って行方不明になった人とか、多いよ」

 

 それを聞いた二人は揃って青ざめる。

 

 「なーんて、冗談だよ。ヒトの味を知っちゃって、その結果ヒトを襲うようになった獣ならいるだろうけどね。はじめからヒトだけを襲う魔物はいないんじゃないかな。……もしもいたら、ヒトしか食べられないなんて、そんなのすごく可哀想だよ。きっと神様か妖精のイタズラだ」

 

 「それ。冗談になってないぞ、君」

 

 ハロバロミアに指摘され、目を丸くする。

 

 「そうかな? …言われてみればそうだね。あはは」

 

 

 「ねえ待って。…ってことは私たちって、引っ越してきた者同士ってことじゃない?」

 

 コーラルは嬉しそうに、手を合わせてそう言う。

 言われてみれば、その通りだ。

 

 「ほら、それなら仲良くなれそう!そうでしょ、ハロバロミア!」

 

 「君、キャメロットに住んでるヤツはみんな移民って知らないのかい…?」

 

 「………私、あなたの正論キライです。いいでしょ、それでも!危ない島から引っ越してきたって共通点はあるんだから!仲良くしましょ!」

 

 コーラルによって、半ば強引にハロバロミアと握手をする。

 

 「ま、まあ、同じ島で暮らすんだから、それなりに気に留めておいてやってもいいけど…」

 

 ハロバロミアは気恥ずかしいのか、視線を逸らしながら、そう言った。

 

 「─────うん!よろしく!」

 

 交わした手をしっかりと握り返す。

 

 

 「また明日もここにおいで!…と、そういえば、あなた。名前は?」

 

 

 「ああ、僕は──────、」

 

 

 

 ***

 

 

 

 その次の日の夜、

 その日も僕は、あの森の広場に向かった。

 

 二人から許可はもらったし、待ち合わせも兼ねてひと足先に目的地に到着する。

 

 「うっ、ちょっと湿ってるな…」

 

 今日の昼間は雨が降っていたため、岩の上はまだ少し湿っていた。

 少し気になったが、諦めてそのまま腰を下ろす。

 

 

 星空を見上げて二人を待っていると───、

 

 

 「ん───?」

 

 赤い影(・・・)が森を駆け抜けていった。

 

 「なんだろう、今の───、」

 

 すると、しばらくして、

 それを追うように、多くの足音が聞こえてきたのだ。

 

 思わず、岩から飛び降り、その影に隠れる。

 

 

 足音は、そのまま森を駆け抜けていった。

 

 「あの方角って、確か…女王様の城…?」

 

 とてつもなく気になったが、二人を待たなければならないし、それにそんな介入は役割ではない(・・・・・・)

 

 「ん───? "役割"ってなんのことだろ…?」

 

 いつからだろう。

 なにか得体の知れない、"知覚してはならないこと" に意識が向いてしまうようになったのは。

 

 

 考えるのはやめよう。

 昨日と同じように、そのままそらを見上げて二人を待っていると、

 

 

 『───キャメロットの住民たちよ。これより大規模な儀式にはいる。故に、平穏に暮らしたければ、屋内に避難するがよい』

 

 

 この島の女王による警告(・・)が、島に響き渡った。

 

 

 「え──────?」

 

 屋内に避難しろって言ったって、ここじゃとても間に合わない。

 どうするべきか、頭を抱える。急がないと。でも急ぐったって、どこに? とりあえず岩の上から降りて、それから、えっと、

 

 

 そんなパニック状態の僕を置き去りにするように、とてつもない地響きが、島の全土に巻き起こる。

 

 

 ピシッ、と。

 

 

 「あっ──────、」

 

 

 背後の大岩が、砕ける(・・・)音がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「うっ、あ──────、?」

 

 暗闇の中で目を覚ます。

 

 周囲の景色は先ほどいた森のまま、

 僕は倒れて気を失っていたらしい。

 

 どれほどの時間、気絶していたのだろう。

 起き上がろうとしても、身体が思うように動かなかった。

 

 「あれ──────?」

 

 振り返ると、砕けた大岩の破片に、右足が挟まったまま抜けなくなっていたのだ。

 

 「くっそぉ───、」

 

 足を引き抜こうと努力するも、重すぎてびくともしない。

 子供一人の力では限界だった。

 

 

 すると今度は、激しい振動とともに、"何かが放たれる" 音が鳴り響いた。

 

 「なん、なんだ……!?」

 

 わからない。なにもわからない。

 

 この島で、一体なにが起こっているのだろうか。

 そんな訳の分からない状況の中で、今度は眩い光(・・・)が視界に入ってきた。

 

 

 「あ──────、」

 

 

 その光を、自分は知っている。

 

 ずっと探していたもの。

 もう一度見たいと思ったもの。

 

 蒼く煌めく、あの流れ星(・・・)が、おそらを照らしていた。

 

 

 「きれい、だ───、」

 

 ああ。最後にあれがもう一度見れたのなら、ここで終わっちゃってもいいか。そんな風に考えていたら、流れ星は少しずつ大きく(・・・)なっているのに気がついた。

 

 「えっ──────?」

 

 いや、大きくなっているのではない。

 あの流れ星は、この島に向かって落ちてきている!

 

 ドカン、と。

 

 前方の木々の向こうで、青い流星が落ちる。

 

 見に行きたい。

 必死に足を抜こうと力を込めるも、無意味に終わる。

 

 

 するとその木々の向こうで、

 

 「ギシュァアアアア──────!!!」

 

 得体の知れない、何かの鳴き声のようなものがこだました。

 

 鳴り止まぬ轟音。

 強い突風と衝撃。鉄のぶつかる音が響く。

 

 「っ──────、」

 

 思わず唾を飲み込む。

 

 すると今度は木々の向こうから、おぞましいほどに紫色の霧(・・・・)が溢れ出てきていた。

 

 「やば──────!」

 

 直感する。あれは毒だ。

 絶対に吸い込んではいけない。

 

 絶体絶命だと思った時、

 今度はその前方の木々を割いて、"巨大な蛇" と "蒼い騎士" が飛び出してきたのだ。

 

 

 「しぶといな、君───!」

 

 騎士は旋回しながら、蛇に刃を通す。

 

 状況は明らかだった。

 騎士の圧倒的な力量を前に、蛇は逃げ出したのだ。

 

 そう。逃げ出したのだ。こちらの方へ(・・・・・・)

 

 「な──────!?」

 

 騎士も、僕に気がついた。

 

 けれど、もう手遅れだ。

 僕は、自らの死を悟って瞼を閉じる。

 

 ─────ごめん。父さん、母さん。

 なにも残せてない、なにも返せてない、自分勝手な子供でごめんなさい。こうやって無断で外に出たから、バチが当たったんだ。

 もしも次に生まれ変わったら、その時はきっと、良い子になるから。

 

 

 ドシャリ、と。

 鈍い衝撃が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ふぅ。まさか、こんなところに住民がいたとはね。予想外だった」

 

 

 もう潰れたはずの耳から、そんな声が聴こえた。

 

 「え──────?」

 

 

 瞼を開く。

 

 そこには。

 蒼く煌めく、清廉たる騎士が。

 片膝をついてこちらを見下ろしていた。

 

 「あれ?生きてるよね?…眼、見えてるかい?」

 

 騎士はその仮面を取って、こちらの顔を覗く。

 

 

 ─────ああ。

 ひと目でわかった。

 このヒトが、あの流れ星(・・・)だ。

 

 

 「み、見えてます……」

 

 あまりにも顔が近いので、頬を赤らめながら俯いてそう答える。

 

 「ああ、すまない。近かったかな。なにぶん夜だと暗いから、顔がよく見えなくてね。無事ならよかった」

 

 そう言う彼女は、夜の闇の中でありながら、とても眩しく映る。

 

 「あの、さっきの蛇は……」

 

 「ん? 僕の後ろで真っ二つだとも。……ちょっと少年には刺激が強いから、見ない方がいい」

 

 彼女は背後をちらりと見てから、そう返した。

 

 「ところで君、立てるかい?」

 

 「えと、足が岩に挟まってて…」

 

 「ああ!だからそんなところで寝てたのか。ちょっと待ってて、…ほら」

 

 そう言って、彼女はなんてことのないように片手で岩を持ち上げ、退()かした。

 

 「す、すごい………」

 

 思わず唖然とする。

 

 そうして足を引き、立ち上がろうとして、思わずふらついてしまう。

 

 「おっと、やはりだいぶ痛めてるね。無理はしなくていい。僕が街まで運んであげるとも」

 

 そうは言っても、彼女と僕は頭一つ分ほどの背丈の差しかない。運ぶといってもどうやって……いや、たった今 見せられた恐るべき怪力を前に余計な心配だった。

 

 「うーん、飛ぶのはさすがに負担だろうから、おぶって走ろうか。…ほら、捕まって」

 

 彼女に背負われ、そのままその背中に捕まる。

 

 「ふむ、やはり住民がいると毒の霧は使わないのか。 結構 良心的な女王だね、彼女。…よし、それじゃあ走るよ」

 

 「う、うん、ありが───」

 

 こちらの言葉を待たずに、とてつもない速度で走り出す。

 

 「うわああああああああああ!?」

 

 なんだこれ。これがグロスターの島にあるって言われてるジェットコースターってヤツなのか!?

 

 「舌を噛むから、口は閉じてた方がいい!」

 

 

 

 ほんの数分で、街中までたどり着く。

 

 「…あの、赤い屋根の家が僕の家です!」

 

 突風を浴びながら、薄目を開き、我が家を指さす。

 

 

 「……よし。到着だ。しばらくは家の中にいるんだ、少年。いいね?」

 

 彼女の言葉に、コクコクと頷く。

 

 「あ、あの、女王様の城に向かうの…?」

 

 気になって、つい聞かなくてもよいことを聞いた。

 

 「ああ、そうとも。なにせ僕たちは女王を止めるためにここに────、」

 

 彼女の言葉を遮るように、先ほども聞いた "何かが放たれる"音が島に響き渡った。

 

 

 「今の、って……」

 

 「………うん。女王様が暴れてるのさ。だから、彼女を直接止めに行くのが、一番の解決策なんだけど、」

 

 城の方角を見据えながらも、そう言い淀んだ。

 

 「なぁ、少年。一つだけ聞いてもいいかい?」

 

 「え?」

 

 唐突にそう言われて、思わず困惑するも、了承の意を込めて頷く。

 

 「ありがとう。……もしもさ、僕のせいで何の罪もない街が焼け野原になったら、君はどう思う?」

 

 その質問の真意は、僕にはわからなかった。

 

 けれど。

 答えだけは明確だった。

 

 「怒ります(・・・・)。…だって、お姉ちゃんにはそんなことして欲しくないから」

 

 まっすぐに。

 その顔を見つめてそう答えた。

 

 「──────、ふふ。お姉ちゃん(・・・・・)って、僕は君の姉弟(きょうだい)じゃないぞ?」

 

 言われてみれば、それはそうだ。

 なんで、僕はいま、そう呼んだのだろう。

 思わず恥ずかしくなって、赤面する。

 

 「──────けれど。そう呼ばれるのは嫌いじゃない。元気でね、少年。…"怒る" か。ああ、おかげで。僕のやるべきこと(・・・・・・)がわかったとも」

 

 そう言い残して、彼女は島の下(・・・)へと飛んで行った。

 

 「え──────!?」

 

 ああ。それでようやく気づいた。

 今この島は、"空を飛んでいた" のか。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後はもう、ただ祈ることしかできなかった。

 

 一体この島で何が起きていたのか、とか。

 そんな真相は、僕が知っておくべきことじゃない。

 

 余計な心配かもしれないけど。

 ただ、"彼女" が無事であることを願った。

 

 

 

 「怪我の具合はどう?痛くない?」

 

 自室のドアを開いて、母がそう訊ねる。

 

 「…うん。もう一人でも歩けそうだよ。ありがとう、母さん」

 

 あの日から、明日で一週間。

 足を捻挫(ねんざ)した僕は、部屋で安静に過ごすことを余儀なくされた。

 

 本当は外に出たかったけど、それは仕方のないことだ。

 これ以上、父さんと母さんに迷惑はかけたくない。

 

 「明日の夜、街で復興のお祭りをするみたいだから、お見舞いに来てくれてたお友達の二人と、一緒に遊んできなさいな」

 

 そうして母は、おやすみなさい、と言い残して、部屋の扉を閉めた。

 

 「お祭り───か、」

 

 ベッド脇にある、窓越しのそらを眺める。

 そのお祭りには、彼女も来るだろうか。

 

 そんなことを考えていると、またしても、今度は南の島(・・・)の方角から、あの蒼い流れ星がこの島に向かって飛んできているのが見えたのだ。

 

 「あのお姉ちゃんだ───!」

 

 思わず、窓に両手をつく。

 

 生きてた。

 あの一週間前に起きた恐ろしい夜を超えて。

 それでもなお、彼女の光は、あの日と変わらずにおそらを跨いでいた。

 

 「……会いに行こう」

 

 きっと彼女は、明日のお祭りにもやってくる。

 そう確信して、僕は眠りについた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 街は過去一番の賑わいだった。

 空気の澄んだ夜を、街のみんなの活気と、提灯(ちょうちん)が照らしている。

 

 「はっ───、は───、」

 

 街中を駆ける。

 

 治ったばかりの足に負担をかけるとわかっていても、その胸の鼓動を抑えられなかった。

 

 

 「あ、いた──────!」

 

 見つけた彼女は、あの時の甲冑姿とは異なっていたが、ひと目でそうだとわかった。

 その隣には、初めて見る大柄の女の人と、確かこの街の舞踏会に出ている赤い髪の女の人が一緒にいた。

 どういう仲なんだろう?という疑問もあったが、それ以上に、話したいことが、たくさんあった。

 

 けれど。伝えたいことは一つだけ。

 

 

 「ねぇねぇ、お姉ちゃん!この前おそらを飛んでたよね!凄いきれい(・・・・・)だったよ!"流れ星" みたいだった!」

 

 

 ずっと前から見ていた。

 ずっとそう伝えたかった。

 

 こんなにもきれいで、星のようなヒトを。

 僕は。他に知らないんだ。

 

 

 唐突に話しかけられ、彼女は目を丸くした後、

 

 「む、目の付け所が良いな少年。聞いて驚くがいい!僕はこの夏でもっとも美しい常夏騎士、ランスロットだぞ!…サインとかいるかい?」

 

 そんな、面白おかしいことを言ってきたのだ。

 

 「えっと───、」

 

 

 「なに、いつの間にサインなど用意していた貴様───!」

 

 なにか言葉を返そうとしたけど、大柄の女の人に先を越される。

 

 

 「ふっ、これでも某ブリテンでも同じく、もっとも美しい妖精騎士と讃えられていたんだ。それくらいのファンサは心がけているとも」

 

 「はっ!んなの妖精評だろ。当てになんねぇんだよな」

 

 「なんだと!人間(ニンゲン)からもそう言われてたぞ!」

 

 「へー?それ誰ぇ?名前言ってくれないとわかんないなー」

 

 うん。よく考えてみれば、そうか。

 

 僕が彼女に助けられたのは、もう一週間も前だ。

 あの時は随分と暗かったし、向こうは顔を覚えているはずがなかったのだ。

 

 それにきっと。

 彼女はもっと、たくさんの人を助けている。

 だから、一人一人のことを覚えているはずがなくて、

 

 「おーい、■■■■■■!ここにいたのか!」

 

 名前を呼ばれて、振り返る。

 

 「足、もう大丈夫なの?」

 

 向こうで、ハロバロミアとコーラルが手を振っていた。

 

 「───うん、もう大丈夫だよ」

 

 伝えたかった言葉は、もう伝えた。

 だから、そのまま二人の方へ歩を進めて、

 

 最後に一度だけ、彼女の方を振り返った。

 

 

 「ランスロット様ー!姉様!トリスタン卿!あっちに "かき氷" というのがありましたよー!食べてみませんかー?」

 

 「氷?氷が食べ物なのかい?…初耳だね」

 

 「いいじゃない?きっとアメ玉みたいに一気に口に入れて転がしたりするヤツだぜ、きっと!」

 

 「嫌な予感しかしないぞ、その食べ方は…」

 

 

 見知らぬ女の子に呼ばれて、彼女たちは行ってしまった。

 

 

 「? どうした、浮かない顔して」

 

 ハロバロミアは不思議そうに顔を覗き込む。

 

 「ん、いや。なんでもないよ」

 

 祭りの騒がしさが、どこか遠く感じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 祭りで遊び疲れた二人は、先に帰っていった。

 

 「なんで、帰らないんだろう、僕は…」

 

 締めの花火が鳴り止んで、もう一時間以上経っている。

 

 街のみんなは帰路につく中で、僕だけは、反対方向のあの森に向かって歩いていた。

 

 

 「もうここに来る意味なんて、ないんだけどさ」

 

 とぼとぼとした足取りで、森の広場に到着する。

 

 すると───、

 

 「あ─────────、」

 

 

 広場の中央。

 砕けた大岩の上に、彼女(・・)が腰を下ろしていた。

 

 「──────────、」

 

 思わず、呼吸を忘れたように見蕩れる。

 彼女は、どこか寂しそうな顔で、月を見上げていた。

 

 

 「………あの、ここで何してるの?」

 

 勇気をだして、そう声をかける。

 

 すると、彼女はゆったりと視線をこちらへ向けた。

 

 「ん?…なにか用かい?」

 

 「なにか用、じゃないよ。……こ、ここは僕らのたまり場なんだ。許可もなく入られたら、その、困る…」

 

 目を逸らしながら、そう伝える。

 

 「君のたまり場……?ああ、それはすまないことを…」

 

 した、と言いかけたところで彼女は僕をじっと見つめた後、

 

 「…君、足を怪我してたかい?」

 

 右足首に巻かれた包帯に気づいて、そう訊ねてきた。

 

 「え、うん。ここの大岩に足を挟んで、それで」

 

 「やっぱり!こんな森にやってくる少年なんて珍しいと思ったんだ!ほら、君。一週間前に怪我した子だろう?僕だよ、僕。覚えてるかな?今は甲冑を付けてないから、ピンと来ないかもしれないけど」

 

 覚えているに決まってる。

 こんなにもきれいなヒトを、たった一週間で忘れるものか。

 

 「…うん。覚えてるよ。なんなら、今日 お祭りの時にも会ったんだけど、てっきりそっちの方が忘れてるのかと思ってた」

 

 「むむ、そうだったのか。…ああ、あの時話しかけてきたのは君だったか。随分と馴れ馴れしいから、てっきり僕のファンなのかと……」

 

 彼女は気まずそうに、あはは、と目を逸らした。

 

 その仕草がどこか可笑しくて、

 

 「お姉ちゃん、面白いヒトだね」

 

 つられて笑ってしまった。

 

 その様子に彼女は目を丸くした後、僅かに微笑んで、

 

 「こっちにおいで、少年。…今日は月がよく出てて明るいよ。そんな木の影にいたら、罰当たりさ」

 

 ポンポンと隣の岩肌を叩いてから、僕を手招いた。

 

 

 ***

 

 

 

 彼女の隣に座って、一緒にお月さまを見上げる。

 

 

 「どうして、お月さまを見てたの?」

 

 彼女をちらりと見てから、そう訊ねる。

 

 「…さて。なぜだろうね。本当は、雨にうたれたい気分だったのかもしれない。」

 

 「それは、どうして…?」

 

 「罪悪感(・・・)かな。…ここだけの話、僕はね、愚かな竜なんだ」

 

 その言葉が本当かは、僕にはわからなかった。

 

 「…でも、街で見たお姉ちゃんは、とっても楽しそうだったよ?」

 

 「ああ、本当に楽しかったからね。……けれど、そうやって楽しい時間を過ごせば過ごすほど、ふと我に返るんだ。本当はこんなことをしてちゃいけない。僕は、"裁かれるべき"なんだって。」

 

 彼女は、どこか遠くを見ていた。

 

 「僕はズルいヤツでさ。みんながそのことを知らないのをいい事に、善人のように振る舞ってる」

 

 「……それが。後ろめたいの?」

 

 彼女は無言で頷いた。

 

 なんて、弱々しい瞳なんだろう。

 

 あの日見上げたあの流れ星が。

 優雅に駆け抜けた清廉たる騎士が。

 こんなにも。

 弱い部分をもっているだなんて、知らなかった。

 

 

 ──────でも、

 だったら。僕にも教えられることがある。

 

 「仲間たちに負い目があって、

 いつまでも自分が好きになれなくても、大丈夫。」

 

 これは僕からあなたへの。精いっぱいの感謝。

 

 「いつか自分よりも大切なものがきっと出来る。

 だって僕がそうだったから!」

 

 まっすぐな笑顔で、そう答える。

 

 あなたを見たから、意味(・・)をもった。

 友もできたし、親を大切にしようとも思えた。

 

 危ない目にあって、怖い思いもしたけれど、

 大切なもの(あなた)に会えたから、僕は今ここにいるのだ。

 

 

 「─────────君、その言葉どこで?」

 

 彼女は、ただ目を丸くしていた。

 

 どこと言われても。

 僕の心から湧いた言葉だったので、よくわからない。

 

 「─────────いや、

 それよりも、君の名前を聞いてもいいかい?」

 

 ああ、それなら答えられる。

 

 

 

 「パーシヴァル(・・・・・・)だよ。お姉ちゃん!」

 

 

 

 

 「──────────────、そう、か」

 

 

 そう言って、彼女は "涙" を流していた。

 

 

 思わず困惑する。

 名前を名乗っただけで泣かれたのは初めてだ。

 

 「えと、大丈夫……!?」

 

 「っ、ああ、気にしないでくれ。…それよりも、もっと顔を見せておくれ」

 

 そう言いながら、彼女はそのしなやかな指で僕の頬に触れた。

 

 「……すっかりと、忘れていたよ。あの()をもってから、大きくなるのが早くてね。そういえば、そんな笑顔をする()だった」

 

 そう言って、彼女は僕を抱き締める。

 

 「明日には、きっと全部終わるだろう。君は親と一緒に過ごしても、友と語らい合っていても構わない。……けれど、どうか。その最後が、安らかな時間であることを願う」

 

 耳元で聴こえる彼女の言葉は、

 僕の心に深く染み入った。

 

 「お姉、ちゃん───?」

 

 「ああ、"お姉ちゃん" だ。……元気でね、パーシヴァル。この夢で、最後に会えた住民が、君で良かったよ」

 

 彼女は、優しく微笑みながら、僕の頭を撫でた。

 

 

 「ほら、もう遅い時間だ。父さんと母さんが心配してるだろう?…一人で帰れるかい?」

 

 「うん、元気でね。お姉ちゃん」

 

 そうして。

 手を振って、彼女に別れを告げる。

 

 

 僕のお話は、これでおしまい。

 

 

 

 これが、とある少年の余聞。

 何も得ずに終わるはずだった、

 彼の運命を奪った "誰かの愛" の(はなし)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 少年は去っていった。

 夜の森に消えていく、その後ろ姿を、手を振りながら眺める。

 

 「これも、君の仕業なのかい、奈落の虫(・・・・)

 

 誰もいないはずの背後へと、そう語りかける。

 

 

 「──────やっぱり。気づいた上で協力していたのか、君は」

 

 夜の森の虫のさざめきが、ヒトの形を模す。

 

 「まぁ、僕は声だけ(・・・)で判断したりはしないからね。どうせ明日で終わりなんだろう?ほんの少しの種明かしなんて、誰も気にしないさ」

 

 振り返って、夜の森に紛れた影を見据える。

 

 「…つくづく。君は苦手だ、アルビオン」

 

 「なんだ、そっちの名前はセーフなら、もっと早く教えてもらいたかったよ。…けれど、"苦手" か。その割には、あんな子まで用意するなんて、ちょっと気が利きすぎてない?」

 

 

 

 「─────いや、あれ(・・)は想定外だ。」

 

 

 

 「え──────?」

 

 

 「こんなことになるとは、思ってなかった。と言ったんだ。…原理でいえば、妖精國にあった取り替え(チェンジリング)と似たモノだ」

 

 影は、鼻を鳴らして、続きを語る。

 

 「あの少年が抱えていたモノは名前(・・)だけだったはずだ。……けれど、君という外部からの干渉によって持ち込まれた情報が、彼に変化を与えたんだ」

 

 それだけのことだ、と言い残して、影は再び夜の闇に溶けていこうとする。

 

 「でもそれって結局、君が "あの名前" を与えたことが原因だろう?」

 

 

 「裏方も忙しいんだ。一人一人の端役(はやく)に、一から名前を考えてやるほど暇じゃない。─────それが、たったひと言(・・・・・・)の役割であれば、尚更(なおさら)ね」

 

 影は今度こそ、夜のとばりに沈んでいった。

 

 

 「──────いや。たったひと言の役割であるものか。君がいたから、ようやく決心がついたんだよ、パーシヴァル」

 

 もう、迷いはない。

 告解は。君のためにも、かならず。

 

 終わりの間際でも、話す時間はあるだろう。

 どんな罵声も軽蔑も、受け止めてみせる。

 せっかく仲良くなった彼女に嫌われるのは、ちょっと寂しいけど。

 

 意気地(いくじ)無しの()は、世界一誇らしい()に背中を押されて、そのしたいこと(・・・・・)(こころざ)したのだ。

 

 

 

 

 / 『さくわ』-了-

 

 




 
 
 
 最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
 最終節の投稿から、かなり時間が経ちましたが、ありがたいことにメッセージで「没になってしまったお話も見たい!」というお言葉をいただきましたので、投稿させていただきました。感謝です。
 
 三つほど構想にあった、それぞれ独立した "余聞" のうちのひとつが今回のお話です。
 
 今回の物語は、とあるモブの少年が、星を追う話でした。
 その理由や原因は、おなじみの "あの人" がラストに語ってくれましたので、この場でお伝えすることは特にございません。
 
 ただ、"端役 一人一人に一から名前を考える暇なんかない。ひと言だけであれば余計にね。" と、いつもの冷たいトゲトゲ言葉を残して去っていきましたが、裏を返せば、"たったひと言だけの役割だとしても、名前を与える" のです。そういう男です、とだけ。
 
 
 残りの余聞は、投稿するかは未定です。
 また期間が開くかもしれませんが、その際は何卒よろしくお願いいたします。
 
 改めまして、最後までお読みくださり、誠にありがとうございました!
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