Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作本編のネタバレを含んだ、二つ目の幕間の物語となります。ぜひ本編読了後にお読みいただけると幸いです。
 


余聞『ミラーストリート』

 

 

 

 

 では、はじめに。

 

 

 貴方がこの夢に招かれたのは、いつですか?

 

 

 「正確な日数は記憶していませんが、三、四週間ほど前だったかと」

 

 

 貴方たちをここへ呼んだのは誰ですか?

 

 

 「(わたくし)たちの陛下、モルガン女王です」

 

 

 どのような手段で介入したのですか?

 

 

 「それは、私にもわからない」

 

 

 その目的は何ですか?

 

 

 「"カルデアとティターニアの護衛" です」

 

 

 では。…貴方 個人の目的はなんですか?

 

 

 「──────、」

 

 

 これは質問ではなく、照合(・・)です。

 口を閉ざすことも、嘘を口にすることも許されません。

 

 

 「──────返礼(・・)です。厄災へと変生し、妖精國の崩壊の一因となった私を仕留め、あの國の終末を看取った彼らへ」

 

 

 ああ。高潔な■■■■■。

 ですが面白みに欠ける。もっと欲望を吐き出さないと。

 

 

 「──────欲望?」

 

 

 その通り。

 では、趣向を変えましょう。

 

 

 "この夢で、貴方の得がたい時間はいつですか?"

 

 

 

 

 余聞『ミラーストリート』/

 

 

 

 追憶。

 既知の照合地点は除外。割愛。

 

 これは、とある淑女の余聞。

 愚かな騎士が抱いた、その獣性を暴く(はなし)

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「ぐっすりと眠ったようですね」

 

 

 私の言葉に、女王は顔を上げる。

 

 「ええ。久しぶりの満腹感で、体が休みたがってたんじゃないかしら」

 

 女王はそう答えながら、自らの膝の上に頭を乗せた白豹(はくびょう)を撫でる。

 

 

 オックスフォードの五つ目の鐘は、ほんの数時間前に鳴らされた。

 

 民宿へと帰還したカルデアの者たちとは異なり、私はこの獣が落ち着くまで彼女の傍に残ることにしたのだ。

 

 

 「もう心配いらないわ。ありがとう、ガウェイン。あなたも自分の身体を労わって休みなさい。」

 

 女王───エウリュアレはそう言って柔らかく微笑む。

 

 「そうですね。では、私も戻ります。…ですが、身体の心配ならお気になさらずに。見ての通り丈夫ですから」

 

 私のその言葉に、エウリュアレは目を丸くする。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 

 「はぁ、思っていたよりも重症ね。…また次の機会があるかはわからないから、最後に聞いておくけど、あなた恋人とかいるの?」

 

 「はい?いえ、今は……コホン。ラグネルという妻がいます。悪しき魔術師により老婆の姿に変えられておりましたが、思慮深く聡明な女性ですよ」

 

 エウリュアレからの唐突な問いに、思わず口を滑らせそうになったが、なんとか取り繕う。

 

 「それ。汎人類史でのガウェイン卿の話でしょう?無理に取り繕わなくていいわよ。私は別人だって気がついてるから」

 

 これは驚いた。

 彼女自身に備わった能力なのか、それともアイランド・クイーンとしての性質なのか、おそらく後者だろうが、彼女は私の正体に気がついていたらしい。

 

 「……お許しを。嬉々として騙していたわけではないのです。この身は、偽りのままでなければ存在できぬ罪人ゆえ、どうかご理解いただけると助かります」

 

 謝罪の意を込めて、頭を下げる。

 

 「ふーん。訳ありなのは薄々感じていたけれど、薮蛇(やぶへび)だったかしら。別に怒ってないから、気に病まなくてもいいわ」

 

 エウリュアレはそう言って、困り顔で微笑んだ。

 

 「………それで。質問の続きは?」

 

 「恋人はいるのか、でしたか。………いたことは何度もあります。ですが(わたくし)には、もう必要のないモノです。私の愛は、根本から破綻している(・・・・・・)

 

 そう言い残して、彼女の部屋の扉の前まで歩む。

 

 「では。また明日、出航の折に別れをお伝えします、エウリュアレ」

 

 去り際に一瞥(いちべつ)した時、彼女は酷く腑に落ちなさそうな表情を浮かべていた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 深夜のオックスフォードを歩く。

 

 微かな虫の音だけが響く静寂の夜の中で、一軒だけ明かりが灯った店が残っているのに気がついた。

 

 「…そういえば、店の営業や料理の腕をあげることに必死で、この街を巡る余裕はなかったな」

 

 今宵は気分がいい。

 少しばかりの夜更かしも、たまには良いだろうと思った。

 

 

 質素でありながら、店の前までよく手入れが行き届いた、そのバーの前に立ち止まる。

 

 見上げた看板には、こう書いてあった。

 

 

 『グラン・カヴァッロ』

 

 

 「未完の馬───か。」

 

 入店を報せる鈴の音とともに、私はその店の扉をあけた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「いらっしゃい。ようこそ、"グラン・カ()ッロ" へ。おひとり様かい?」

 

 少し舌足らずな店主に、私は呆気にとられた。

 

 「……おっと、こいつは驚いた。誰かと思ったらマンチェスターのオーナー ガウェインさんじゃないか。オレの店に顔を出すなんて初めてだろ?」

 

 「今日づけで()オーナーだ。まさかこの店の店主をしているとは。驚きました、マイク(・・・)。」

 

 自身より小柄なその店主を見下ろして、そう伝える。

 彼の名はマイク。本日 執り行われた、オックスフォードの美食大会に出場していた人物の一人であり、準決勝まで上り詰めた料理人だったのだ。

 

 「名前を覚えてくれているとは、嬉しいねえ。」

 

 「当然だ。今日の大会では見事だった。特に準決勝であなたが提供したガレットを目にした時は、正直 敗北を覚悟したほどに」

 

 包み隠さぬ本心を伝える。

 私が勝てたのは、単に会場の客たちの胃の状態や直前の料理を把握していた上で料理内容を選んだからに過ぎない。 一回戦で当たっていたら、負けていたのは私の方だっただろう。

 

 「そりゃあ、感激だ。アンタほどの料理人に褒められるなら、世辞(せじ)でも心地いいもんだ」

 

 「いや、それは過大評価だ。私にはあなたほどの強いこだわりはなかった。まあ、だからこそ決勝で敗れたわけだが」

 

 今日の出来事を回想し、思わず苦笑する。

 

 「……それにしても、まさかバーを営んでいたとは。この店は料理の提供もしているのか?」

 

 あの手腕だ。てっきりパン屋か小料理屋を経営しているのかと思っていたが。

 

 「いいや。この店はカクテルを提供する普通のバーさ。料理を作るのは、単純にオレの趣味(・・)なんだ」

 

 思わず耳を疑った。

 そんなこともあるのか、と。

 

 この特異点の住民たちは、女王の(えが)く趣向性によって在り方が定められる。オックスフォードの島において "料理を作る" という行為は、いわば義務(・・)なのだ。

 しかし彼はそれを、純粋に "好きだから" という理由で行なっていた。その上で、あの準決勝まで上り詰めたのだ。

 

 「……そうか。そんな例外もあるのか」

 

 私は一人、その現象の興味深さに頷く。

 

 

 「それで、なにかオーダーはあるかい?」

 

 「そうだな。酒という嗜好(しこう)品は、"(たしな)む" ものなのだろう? 今日は、そういった楽しむため(・・・・・)のこと(・・・)を噛み締めたい気分だったんだ」

 

 そう言いながら、カウンター席に腰を下ろす。

 

 「オレが言えた口じゃあないが、大会には負けたってのに、まるでスッキリした気分みたいだな。それほどあのお嬢ちゃんの言葉は、アンタの胸に沁みたのかい?」

 

 「………わかるのか?」

 

 「ああ。なにせ、オレの胸にも沁みたからなあ。"料理を作る楽しさ" 。確かに、忘れちゃならねえ大事なことだ。……なんていうか、自分の根っこの部分にあるものがなんだったのかってのを、思い出させてもらった気分だった。」

 

 そう言って、店主は満足気な表情で笑った。

 

 「そうか。……注文だが、あなたのお勧めをオーダーしてもよいか?」

 

 「そいつは喜んで。なら、オレの一番のお気に入りを作ろうか」

 

 店主は(こな)れた手つきでシェイカーを振る。

 

 

 

 

 「さあ。どうぞ」

 

 グラスに注がれたカクテルを、私は口に含む。

 

 「………美味しい」

 

 飲みやすく、どこまでも突き抜けるような酸味が駆け抜けた。

 

 「ストロベリーのフレッシュと、シャンパンで割ったカクテルさ。まさに老若男女、誰からにも愛される味ってヤツだ。」

 

 店主は誇らしげに、そのカクテルを褒め讃える。

 

 「よほど気に入っているのだな。名はなんと?」

 

 

 「レオナルド(・・・・・)だ。オレにとっちゃ、どうにも忘れられない想い出の味さ」

 

 

 淡く微笑んで、彼はそう答えた。

 

 

 

 "─────────ここ(・・)じゃない。"

 

 

 

 ***

 

 

 

 魔力砲が飛び交う森の中を駆ける。

 

 

 「くっ──────!キリがねぇぞ!」

 

 

 男───千子村正の刀は、剣製された端からその魔力砲によって相殺、砕け散っていく。

 

 「村正、撤退に注力しろ!既に藤丸たちは島を離脱した!ルーンで把握できる!オレたちがこれ以上時間を稼ぐ必要はもうない!」

 

 もう一人の男───クー・フーリンは、そう言って森の草原を炎のルーンで焼いて道をつくる。

 

 「もうすぐ街に出る!周囲の住民に警戒しろ!」

 

 私はそんな二人を捕らえようと飛び交う毒の鎖を弾き落としながら、そう指示を送る。

 

 

 

 女王セミラミスとの攻防は、休む暇を与えなかった。

 討伐は不可能と判断した私たちは、撤退を余儀なくされたのだ。

 

 

 「妙だな。街に入った途端、攻撃の手がさっきよりも緩んだぞ」

 

 クー・フーリンが、後方から放たれる魔方陣の数を見据えながら、そう考察する。

 

 「余計な被害は出したくねぇってか?あんなでかい地震起こしといて虫がいいじゃねぇか、あの女帝さんはよ」

 

 「隙ができたのなら好都合だ。このまま島の先端まで走るぞ!」

 

 二人は私の言葉に頷き、街を駆け抜ける。

 

 

 

 「な──────!?なんだ、これは───?」

 

 

 島の先端についた私たちは、思わず目を疑う。

 

 「天空島(・・・)とは恐れ入った。この島全体が宝具だとは気づいたが、まさか飛ぶとはな……」

 

 驚きを通り越して呆れる村正に、今は酷く共感できる。

 

 「……村正、お前スカイダイビングの経験は?」

 

 「あるわけねぇだろ。……飛び降りるってんなら、(オレ)は勘弁だぜ。何百尺あると思ってんだ、この高さ」

 

 「……だが、他に手段はない。ここで持久戦を続ければ、敗北するのは間違いなく私たちだ」

 

 故に腹を括るしかない。

 意を決して、飛び降りようとした時、

 

 

 「もし? よろしければ、ぼくの家で(かくま)いましょうか?」

 

 

 そんな言葉を投げかけられたのだ。

 

 「……この島の住民を巻き込むわけにはいかない。どうか私たちにはお構いなく。家の中に避難していてください」

 

 その親切心を無下にするのは躊躇われたが、無実の住民たちを巻き込むことは許されない。

 

 「いや、待て。その案はアリだ。気づいてるかガウェイン?……先ほどから、セミラミスの攻撃が止まってる」

 

 「なに──────?」

 

 確かに、クー・フーリンの言った通り、セミラミスによる攻撃は中断されていた。

 

 「儂たちが住民と接触している間は、手を出さねえってか?」

 

 「どうやらそのようだ。……だが、三人固まって隠れるのはさすがに危険だろう。どんな搦手(からめて)を仕掛けてくるかわからん。」

 

 

 「あの……でしたら、私たちの家にどうぞ。」

 

 「俺の家も使って構わねぇぞ!」

 

 家の窓から様子を窺っていた住民たちが、その話を聞きつけ声をかけてくれた。

 

 「こいつはありがてぇな。儂は向こうの家に匿わせてもらう!ヤツから受けた傷が癒えたら、またここに集合だ。いいな!」

 

 村正はそう言って、住民の家に避難する。

 

 「ガウェイン。アンタはその青年のところに世話になりな。……大丈夫だ。藤丸たちは必ず戻ってくる。安心して機をうかがうぞ」

 

 クー・フーリンの言葉に、私は頷く。

 

 「では、どうぞこちらへ」

 

 「ああ。恩に着る、青年」

 

 しばしの時間、その青年の世話になることにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「どうぞ、お掛けになってください」

 

 青年に案内され、私はぎこちなく居間のソファに腰を下ろす。

 

 「今 温かいお茶をいれます。(くつろ)いでいただいて構いませんよ」

 

 そう言って、青年は台所へと向かった。

 

 

 「……なぜ、私たちを匿ったのだ。この島の女王に狙われているというのは、気づいていただろう?」

 

 

 「そうですね。けれど、あのまま無視することもできなかった。これはぼくに限った話じゃないです。この島の住民は、みんな助け合っていますから」

 

 青年は背を向けたまま、そう語る。

 

 「このキャメロットの住民たちは、みんな余所者(よそもの)なんです。だから困った時はお互い様。理由なんて、そんなところですよ。………それに、」

 

 

 「それに?」

 

 

 「ぼくにはどうも、あなたたちが悪いヒトには見えなかった。ただなにか些細なことで、女王様の反感を買った。そんな風に感じたんです」

 

 

 青年はそう微笑んで、盆に乗せたティーカップを運ぶ。

 

 「……女王の反感を買ったのなら、この島では十二分に悪人だ。手を貸せば、危険が及ぶとわかっていたはずだ。それが怖くなかったのか?」

 

 

 「怖いですよ。……でも。誰かを助けれる状況で、何もしないなんて、ぼくにはどうも難しい。ぼくは強い人ではないけれど、自分の弱さに甘えたくもないんです。弱くとも、誰かの心の支えくらいにはなれるかもしれない」

 

 だから声をかけたのだと、青年は言った。

 ああ。その言葉だけで理解できる。

 この青年は弱くなどない。"弱さを知るからこそ、強さを語れる。"

 その心の在り方は、庇護できる人間の優しさ(つよさ)に他ならないのだから。

 

 「そうか。……私のような(いや)しい罪人には、その在り方は眩しく映る」

 

 思わず、その心の内にある言葉を吐露した。

 

 「そうでしょうか。ぼくには、あなたがどんなヒトか、何をしたのかはわかりません。女王様を怒らせたのは、確かに重い罪なのかもしれない。……けれど罪人は、罪を償えるからこその罪人だと、ぼくは思います」

 

 「(わたくし)のような悪人でも、やり直せる機会はあると?」

 

 なぜだろう。自然と自らの素が出た。

 酷く懐かしい感覚に苛まれたのだ。

 

 「もちろん。さっきも言ったでしょう?ぼくにはどうも、あなたが悪いヒトには見えなかったって。だからやり直せる。あなたはきっと、逃げずに自分と向き合える、強いヒト(・・・・)だ」

 

 

 私は、"知りたい" と思った。

 この青年のことを、もっと知りたいと。

 

 けれど同時に、"また繰り返すのか" と囁く自分がいた。

 

 私がこの青年から感じたモノは、きっと正しい。

 だからこそ、この得がたい時間を。

 ほんの数刻だけの些細な想い出を。

 

 忘れないようにと強く願いながら、青年との対話を続けた。

 

 ──────決して。

 その名前(・・)だけは聞くまいと、強く決心しながら。

 

 

 

 そうして、どれほどの時間が流れただろう。

 瞬きのようにも、永遠のようにも感じたその空間は、大規模な魔力の消失とともに終わりを告げた。

 

 

 「………どうやら。時間のようです。私たちの仲間が、女王に一矢(いっし) (むく)いたようだ」

 

 そう言って、私は席を立つ。

 

 「そうですか。では、あなたも向かうんですね?」

 

 「ええ。ありがとう、青年。この時間は忘れません。(わたくし)は己の責務を果たしてきます。……強き者として生まれた私は、あなたたちのような者を守るために、この(けん)を振るうのですから」

 

 

 そうして最後に青年へと頭を下げ、私は扉を開き、

 

 

 

 "─────────みぃつけた。"

 

 

 

 その異物(・・)と直面した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それでは、この余聞のきっかけに至ろう。

 

 

 

 「では。さようなら、皆さん。

 ─────────"『遍く無量の夢幻の愛(ザ・リベレーション・コーリング・オキマー)』"」

 

 

 邪神はその言葉とともに、"宣誓の杖" を掲げ、世界を暗闇に包み込んでいく。

 

 私たちは、為す術なくその宝具に呑み込まれた。

 

 

 だがしかし、

 

 

 「無事、なのか──────?」

 

 漆黒に包まれた空と海に反して、このロンディニウムの砂浜だけは、取り残されていた。

 私は、その砂浜に倒れ伏したまま、辺りを見渡す。

 

 周囲には、立ち尽くしたまま気を失ったクー・フーリンとガレス、ネモ、そして黒いドーム状の闇に覆われたティターニアの姿が見えた。

 理由は不明だが、藤丸と村正の姿はどこにもなかった。その一方で、気を確かに保っているのは、重症を負った私たち常夏騎士の三人だけだったようだ。

 

 「なにをした、マイノグーラ───!」

 

 ランスロットが邪神を睨みそう言い放つ。

 

 「(ワタシ)の宝具と常夏領域の複合発動。彼女たちには、幸福な夢を見てもらっているだけですよ。……しかし、これは想定外でした。この杖はあくまでテクスチャの権能だけでしたか。まあ、彼女が(ワタシ)の夢を受け入れれば済む話ですから、大した問題ではありませんが」

 

 邪神は余裕の笑みを浮かべる。

 

 「はっ、アイツがそんな利口なヤツだと思ってんのかよ、オマエ。あんまり余裕こいてると痛い目見るぜ?」

 

 そんな邪神をトリスタンは挑発する。

 

 「その減らず口は耳障りですが、常夏領域を利用した(ワタシ)の宝具が、常夏騎士である貴方たちに通用しなかったのは、想定内ではあります。だからこそ、真っ先に動けなくさせてもらいましたから」

 

 「チッ──────!」

 

 「その牙はさぞ痛むでしょう?……ティンダロスに巣食う魔物、その大元にあたる(ワタシ)の子達の牙です。その"不浄"は、触れた者の身を容赦なく(むしば)む。身動きが取れないのは当然です。その粘液は、貴方たちの世界には存在しえぬ毒ですから」

 

 勝利を確信して、邪神は嘲笑うような眼差しを浮かべる。

 

 「(ワタシ)は私を通して、貴方たちのことを知る機会はありましたが、生憎と(ワタシ)の計画に、貴方たち厄災(・・)は不要だ。」

 

 そう言って、私たちにトドメを刺すべく、邪神は今一度 中空にその牙を生成する。

 

 「……私たちを殺すのは容易いだろう。だが知っての通り、我々は厄災そのもの。その(しかばね)から、なにが湧き出るか保証はできないぞ、マイノグーラ」

 

 「あら。脅しとはらしくないですね、ガウェイン。……ふふっ、貴方は本当に興味深い。気が変わりました」

 

 「なに──────?」

 

 「言ったでしょう?貴方たちを知る機会はあったと。そこな竜と魔女には、なんの共感も抱けませんでしたが、貴方だけは違いましたよ、ガウェイン」

 

 邪神は中空に浮かべた牙を消し、私に歩み寄る。

 

 「(ワタシ)には、貴方の愛は理解できますよ?…だって、(ワタシ)たちは似た者同士じゃないですか」

 

 「貴様のような狂った悪魔と、私を同列に語るな」

 

 「同じですよ。(ワタシ)たちの愛情表現は、ともに喰らうこと(・・・・・)ですから」

 

 邪神はニンマリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

 「その親和性があれば、(ワタシ)たちは結びつける。どれほど外側が堅牢(けんろう)でも、内側が同じ(・・・・・)であれば、取り付くのは容易い」

 

 

 「ッ──────!?」

 

 突然の異物感に、思わず意識が飛びそうになる。

 

 

 「ガウェインに何をする気だ──────!」

 

 「ふふ、同じ()を抱える仲ですから。彼女にも協力してもらおうかと思いまして。それに、貴方たちが介入した理由も聞いておきたいですからね?」

 

 意識が、少しずつ内側から暗闇に包まれていく。

 

 

 

 「さあ、ガウェイン?(ワタシ)と一緒に、この世界を喰らいましょう?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 「ほら、やっぱり。口ではカルデアへの礼だと()かしておいても、本性は(ワタシ)と同じじゃないですか、バーゲスト(・・・・・)

 

 唐突に記憶へ介入した、"自分と同じ姿をした" 何者かを前に、私はただ立ち尽くしていた。

 

 「ああ。名前であればお気になさらず。ここはあなたの中ですから。自身を偽る必要はないのですよ」

 

 そう言って、女は私に歩み寄る。

 

 「ねぇバーゲスト。もう我慢する必要なんてないんです。目の前に欲しいモノがあるじゃないですか?」

 

 やめろ。

 

 「気がついているでしょう?気がついていたから、名前(・・)を聞かなかった」

 

 それ以上、その口を開くな。

 

 

 「その青年の名は、アドニス(・・・・)。妖精國で貴方が愛した、"最後の恋人" と同じ名ですよ」

 

 それを知ったら、私はまた壊れてしまう。

 

 

 「ですが、どうか躊躇わないで?バーゲスト。この夢の中であれば、貴方の食愛欲求は永遠に満たされる。」

 

 女に肩を捕まれ、後ろを振り向かされる。

 

 「彼を食べても、所詮は夢幻(ゆめまぼろし)。お腹が減ったのなら、また次のアドニス(・・・・・・)を用意すればいいだけでしょう?」

 

 女は後ろから腕を私の首元に回し、耳元で囁く。

 

 「何度も何度も、愛しい人をいただきましょう?(ワタシ)の作る世界であれば、貴方は幸福になれるのです。バーゲスト」

 

 ────そうだ。

 結局、私は最後まで。

 愛しい者を喰らいたいだけの、卑しい獣のままだった。

 

 この()だけは。どうあっても(くつがえ)らない。

 

 ああ、赦してくれ。アドニス。

 私には、カルデアに返礼などする資格はなく。

 贖罪を享受できる許容もない愚か者で。

 

 救いようのない、破綻者だった。

 

 

 「ア───、アァ──────、」

 

 醜い唾液を垂らしながら、私はその牙をむく。

 ドクドクと、心臓が少しずつ高鳴っていく。

 

 あれほどまでに守り抜いてきた理性が、そんなちっぽけな誘惑でゴミ箱に棄てられてしまう。

 

 私は悔しくて涙を流しながら、己の醜悪さに吐き気を催しながら、その青年の首筋に食らいつこうとして。

 

 

 

 

 ───────最後に。

 

 あの素朴な酒場で交わした、

 他愛のない言葉が、そんな私の脳裏を過ぎった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「レオナルド(・・・・・)だ。オレにとっちゃ、どうにも忘れられない想い出の味さ」

 

 淡く微笑んで、店主はそう言った。

 

 

 「想い出の味、か。過去の思い出というのは、そんなにも大切に仕舞えるものなのか?……例えばそれが、辛く苦しいものでも」

 

 

 その店主の声色に、どこか寂しさが込められていたような気がしたからだろうか、ついそんなことを聞いてしまった。

 

 

 「……そうだな。確かに、想い出ってのは楽しいモノばかりじゃない。夢みたいな日々はあっという間で、永遠に続くもんじゃない。けれど、本当の夢(・・・・)ってのは、手に入らないものなんだ。」

 

 

 「本当の夢は、手に入らないもの……?」

 

 

 「そうさ。だから毎日は辛くて、そして楽しい。がんばって生きていこうと思える。……たとえ、じき終わる世界だとしてもな」

 

 「──────、」

 

 「だから、なにもかも終わっても、仮に自分のせいで終わらせてしまったとしても。その胸に残る想い出だけは、嘘じゃない。その日々は明日の自分を支えてくれている。……だからこそ、大切に仕舞えるんだよ。」

 

 その終わりがどれほど悲惨で、虚しくても。

 その過程で培った輝かしい(ユメ)は、変わることのない得がたいモノだと。

 だから。最後まで自分の手の中に残り続けずとも、それを胸に前を向いて歩いていける。

 

 

 ───────そうだ。それだけは、決して。

 

 

 ***

 

 

 

 「では、バーゲスト。思うままに、その青年を食らいなさい。そう在り続ければ、貴方は(ワタシ)の作る楽園を守護する番犬になるでしょう」

 

 

 

 

 「──────いや。生憎と、それはできない」

 

 

 

 

 「は─────────?」

 

 

 「"自分の(ユメ)は、自分で守る"。……破綻した怪物だとしても、それくらいはできると言ったんだ」

 

 

 背後に振り返りながら、己が剣を斬り払う。

 

 

 「…へぇ。あと一歩前に進めば手に入るその(ユメ)を、貴方は拒絶するのですか?」

 

 「この(ユメ)は、私の中だけに仕舞っておくモノだ。故に貴様に立ち入られる筋合いはない」

 

 真っ直ぐに、自身の剣を邪神へと突きつける。

 

 「後悔しますよ。貴方は自分の生き方を変えられない。この機会を逃せば、この先も、同じ苦悩を背負い続けることになる」

 

 「それこそ余計な世話だ。貴様は私の理解者には程遠い。」

 

 「──────なんですって?」

 

 「わからないのか?貴様は "愛しいから人間を食らっている" のではない。人間を食らった結果、その味に愛しさ(・・・・・・・)を抱いただけだ。私と貴様は、近しいようで、その(じつ) 最も遠い在り方だ──────ッ!」

 

 燃え盛るような魔力の勢いに乗せて、邪神ごと青年の家から飛び出す。

 

 「チッ──────!記憶の中ですら堅物とは、扱いづらい犬ですね。(ワタシ)の愛し子たちを倣うといい!」

 

 彼女の指を鳴らす音ともに、周囲の中空から無数の青黒い牙が出現、やがてそれは頭部から形を織り成し、三匹の番犬へとその存在を固定した。

 

 「驚きましたか?カレン・オルテンシアの肉体を用いた状態では、ここまでの存在再現はできませんが、生憎と、今この場において最も結びつきが強いのは彼女ではなく、貴方です。……であれば、このような醜悪な獣を具現させることも容易い」

 

 「……なるほど。己を写す()というわけか。では望み通り、真似てみせるがいい」

 

 己が魔剣を、自身の角へとあてがう。

 

 「ふふ!理性を捨てますか、バーゲスト───!」

 

 滑稽(こっけい)と笑いたければ、笑うがいい。

 しかして覚悟せよ。この剣は法の立証。あらゆる不正を(ただ)す地熱の城壁。

 

 裁かれるのは、土足で他者の記憶に踏み入った貴様たちだ。

 

 「ギュルァア"────────────!!」

 

 奇怪な声をあげて邪神の番犬たちが飛びかかる。

 

 一頭、二頭、三頭。

 

 肢体に食らいつくその牙から(したた)り落ちる粘液は、あらゆる生命を汚し、腐らせる毒に相違ない。

 

 「ッ─────────!?」

 

 されど、滴るその粘液が地に落ちることはなく。

 その黒犬より湧き出る(ほむら)が、中空で蒸発させる。

 

 「─────────失せろ、駄犬。」

 

 両断。

 骨も肉もみな等しく、その(けん)を前に捌かれる。

 

 「ギュラルゥ─────────!」

 

 悲惨な末路を遂げた一頭を見て、他の二頭は食らいつくのを中断し、距離をとる。

 

 ──────が、既に黒犬の視点はただ一頭のみに注力。もう一頭には見向きもしない。

 

 「ッ───、───!?」

 

 ああ。今ごろ気づいたのか。

 困惑する二頭目の下半身は既になく。

 見るも無惨に、その臓物を垂れ流していた。

 

 「余所見を、するな──────!」

 

 二頭目の顛末(てんまつ)に僅か数秒 意識を傾けていた三頭目の番犬は、眼前に差し迫ったその獣に気づいた時には既に遅く、その姿を見下ろしていた(・・・・・・・)

 

 それで把握した。

 自身の首は既に胴と繋がれておらず、ただ中空を舞う亡骸に過ぎぬのだと。

 

 

 

 「怪物(バケモノ)ですね……」

 

 僅か数刻で自身の下僕(しもべ)を仕留めた黒犬を前に、邪神は憎らしげにそう呟く。

 

 「そう見えるのならば、好きに呼べばいい。だが貴様には出ていってもらおう」

 

  

 「くっ─────────!」

 

 後方へ下がる邪神に、構わず間合いを詰めて接近する。

 ここで斬り落とせば、確実に決着がつくと両者ともに確信する。

 

 「実に愚かですね。血に飢えた獣らしい単純な行動です!」

 

 邪神はその言葉とともに、黒犬の真下から串刺しにするように巨大な牙を生成する。

 

 故に、相打ち(・・・)

 

 邪神は肩口からその(けん)を斬り払われ絶命し、黒犬は心臓と脳天を貫かれて絶命する。

 

 

 

 ──────されど。

 黒犬はその(けん)を邪神へは振り下ろさず、身を翻すように回転しながら牙を弾き避け、その巨躯(きょく)を反らした。

 

 「な──────!?」

  

 なんという身のこなし。

 黒犬は無傷のまま、その邪神の無防備な身体へと、その(けん)を向け直す。

 

 見るがいい。哀れな邪神よ。

 貴様が嘲笑った獣は、その瞳に確かな理性(・・)を残している。

 

 

 

 

 「(ひざまず)け!

 『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』──────ッ!!」

 

 

 

 恐ろしいまでの黒炎が、邪神を焼き殺す。

 

 

 

 

 「…なるほど。それが貴方の選んだ在り方ですか」

 

 

 

 

 もとより本体ではないのだろう。

 邪神は特に悔しがる様子もなく、灰になって消え去った。

 

 

 それにともなって、少しずつ、この微睡みの記憶も白んでいく。

 

 

 「はっ─────────、」

 

 私は余熱を放ちながら、本来の姿へと戻る。

 

 

 「ガウェインさん──────?」

 

 そんな私の背後から、かつての(ユメ)が、心配そうに声をかける。

 

 「……すまなかった。アドニス。結局 私は最後まで、あの國でお前を守り続けることはできなかった。この事実は、どうあっても覆らない」

 

 私は振り返らずに、そう伝える。

 

 「けれど。だからこそ、もう後悔はしたくない。私はどうあっても罪人だが、同じ(あやま)ちを、これ以上繰り返したくはないんだ。……これはきっと、我儘(わがまま)なんだろう」

 

 「いいえ。その生き方こそ、あなたが憧れた、あのいさましい騎士たちの物語だったでしょう」

 

 この会話は、記憶にはない。

 これは私の内から湧いた、幻聴に過ぎないのだろう。

 

 けれど──────、

 

 「はい。だからもう行かないと。(わたくし)は今度こそ、最後まであの異邦の旅人たちの力になりたい。この我儘が、今の私に残された、ただひとつのしたいこと(・・・・・)です」

 

 その願いだけは、嘘偽りのない。

 あの時の私が叶えられなかった、

 そして、今の私にはまだ叶えられる、最後の願い(・・)なのだから。

 

 

 

 

 

 /『ミラーストリート』-了-

 

 

 




 
 
 
 まず初めに、ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございました。
 今回の物語は、とある騎士の、決別と決意の話でした。
 彼女は女王と白豹の結末に、"不器用な愛" の救いを見出しましたが、それはそれ。己の怪物性との決着は、ここで描かせてもらいました。
 
 余談ですが、とある酒場の店主のお気に入りのカクテル、レオナルドは、イタリアでは "ロッシーニ" の名前が一般的です。レオナルドという名称で呼称するのは、日本だけなのです。
 この夏の楽園は、日本の風習に感化されていますから、そんなちっぽけで些細な違いが、誰かの想いに繋がったのかもしれません。
 
 その騎士が "悪魔" の誘惑を断ち切れたのは、どこかの誰かが憧れた、"天使" の在り方を知ったからだったのかも。
 
 改めまして、最後までお読みくださいまして誠にありがとうございました。三つの余聞も残り一つですが、シリアス、シリアスときて、中々に重いので、最後はコメディ路線かもね!(え?)
 また期間が開くかと思いますが、その際は何卒よろしくお願いいたします。
 

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