Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作本編のネタバレを含む、最後の幕間の物語となります。是非、本編 読了後にお読みいただけますと、幸いです。
 
 


余聞『蘇芳』

 

 

 

 

 「はぁ、やっぱり こうなりましたか…」

 

 

 そう溜め息を吐いたのは、夜空にふよふよと浮かんだ黒衣の少女───BBだった。

 

 

 「楽園でありながら、本来の楽園の姿をしていないこの夢に、彼女たちを送り込むことは、そう難しいことではありません。ともに偽りであれば、その矛盾(むじゅん)照応(しょうおう)できますから」

 

 そんな彼女の視線の先にあったのは、まるでクレーターのように大穴(・・)が抉られた、キャメロットの島の中央部。

 

 

 「"炎"の厄災も、"獣"の厄災も、変生のきっかけはどうあれ、本人の内側から湧き出たモノ。それ故に大きな負荷(・・)はかからない」

 

 彼女は独りそう言って、目を細める。

 

 「……ですが。彼女(・・)だけは、他の二人とはワケが違う。彼女が結びついた "呪い"の厄災は、一万四千年規模の怨嗟(えんさ)の渦。その歪みの汚濁(おもさ)は切り離せても、抱えた負担(おもさ)は誤魔化せないのです」

 

 

 召喚は失敗だった。

 この惨状が、すべてを物語っている。

 

 「"終わりの狭間"から直接 召喚(よぶ)というのは、つまりはそういうこと。……だから言ったんですよ。とんでもないブラックボックスだと。さて、どうしたものでしょうか」

 

 そうして独り、顎に手を当て思案していると、

 

 「おや──────?」

 

 島の北方、そびえ立つキャメロットの城から、建前にすぎない二人の護衛を連れた、この島の女王がやって来ているのが見えたのだ。

 

 

 

 「こちらです。女王陛下。どうぞ足もとにお気をつけて」

 

 そう言って、一人の従者が道をあける。

 

 「……我がキャメロットに、突如 大穴をつくるとは何事かと思ったが、これはまた随分な嫌がらせよな…?」

 

 女王はその光景を見て、思わず溜め息を吐いた。

 

 「ご安心ください、女王。幸いにも、住民への被害は出ておりません。ただ建設予定であった、街から城へ繋がる凱旋(がいせん)通りは、中断せざるを得ないかと」

 

 従者からのその言葉を聞いて、女王はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

 「……構わん。原因の究明を急げ。再びこのような被害をもたらされては、たまったものではない」

 

 そう言い残して、女王が踵を返そうとした時、

 

 「……お待ちを、女王! 大穴の中央に、誰かいます!」

 

 もう一人の従者が、そう言い放ったのだ。

 

 「なに──────?」

 

 振り返った女王は、改めて大穴の中心に目を凝らす。

 

 

 「…………ほう。そういうことか」

 

 

 一瞬の驚きの後、女王はそう言ってほくそ笑んだ。

 

 

 

 彼女たちの視界に映っていたのは、

 まるで。(しぼ)んだ "花蘇芳(はなずおう)" のような少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 余聞『蘇芳(すおう)』/

 

 

 

 

 

 その夜。

 微かな意識の中で、

 誰か(・・)が泣いているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 「え──────、あ──────?」

 

 肌を焼くような夏の陽射しで、目が覚める。

 

 「ここ、は──────?」

 

 わたし(・・・)は、誰かのベッドの上で眠っていたみたい。

 

 

 「む、目を覚ましたか。おまえさん」

 

 

 部屋の隅の机の上で、何かの作業をしていた年配のご老人は、呟いたわたしの言葉に答えるようにそう言いました。

 

 「状況がわからんのも無理はない。昨晩 島にできた大穴で倒れていたおまえさんを、ウチのヤツが背負(しょ)ってきた。……悪いが、看病はワシの専門外だ。待ってろ、もうじき腕のいい医者のガキがやって来る。しばらくは横になってるといい」

 

 そう言って、ご老人は机の上の作業を再開しました。

 

 けれど、

 

 「………いえ。わたし、やらなきゃいけないことがあるから、もう行かないと。ありがとう、見知らぬおじいさん」

 

 わたしには、何か大切な使命があったのです。

 今度こそ、望みに応えなきゃいけないのです。

 

 「あれ──────?」

 

 でも。"望み"って、誰の?

 

 理由は思い出せなかったけど、とにかくわたしはベッドから立とうとして、

 

 「あ──────、」

 

 バタン、と。

 

 バケツの水をひっくり返すように。

 わたしは盛大に崩れ落ちたのでした。

 

 「言わんこっちゃない!……おーい!トトロット!手を貸してくれ!」

 

 おじいさんは作業を中断して、わたしに駆け寄ってそう言いました。

 

 

 「なんだよ〜、こっちは慣れないカーテンの縫い物で忙しいんだぞ。めんどうな手伝いなら、報酬に宝飾品をトリムで使う用に何個か貰っちゃうぜ? ……って、うわああああああああ!その子、目を覚ましたの!?」

 

 隣の部屋の扉をあけてやって来た桃色の髪の少女も、倒れたわたしを見るなり、そう言って駆け寄ってきました。

 

 わたしは力無くぐったりとしたまま、二人に抱えられてベッドの上に戻されます。

 

 「あれ、なんで───────?」

 

 わたしの目に映るわたしの身体には、どこにも傷ついているところなどありません。

 けれどもどうしてか、両手も、両足も。まったく動かすことができなかったのです。

 

 

 まるで長い間、"手足の感覚を忘れてしまっていた" かのように。

 

 

 「顔色、すっごい悪いじゃん。……ごめんな、医学は僕もエクターも専門外なんだよね。すぐにグリムを連れて来るから、待ってて欲しいんだわ」

 

 そう言って、桃色髪の少女は家を飛び出していきました。

 

 

 「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」

 

 「気にする事はない。アイツが来るまでそうして寝ているといい。生意気なガキだが、腕だけは確かだからな」

 

 

 

 しばしの時間が流れた後、桃色髪の少女に "グリム" と呼ばれていた群青(ぐんじょう)色の髪の少年が、その少女と一緒に戻ってきました。

 

 「だから、正確には医術じゃなくて魔術だって。わっかんないかなぁ、この違いが。」

 

 「それ、そんなに重要なことかい? どっちでもいいから、早くあの子のことを診てやってくれよ」

 

 「はいはい、って、ん? アンタ……」

 

 彼はしばしの時間 わたしを眺めた後、

 

 「やめだ、やめ! 難しいことを考えるのは苦手だ! …触診からはじめるけど、痛かったら言ってくれ」

 

 何かの思考を途中で放棄して、真摯にわたしの状態を診てくれました。

 

 

 

 「………うん。痛覚はあるし、反射機能も異常なし。怪我だって見当たらないところをみるに、問題は身体の方じゃないな」

 

 「身体の問題じゃ、ない……?」

 

 「ああ。原因はわからねぇけど、長期間 手足を動かさなかったことで、頭が "動かし方を忘れている" だけ。リハビリ……というと、大層なことに聞こえるかもしれないけど、ちょっとずつでいい。積極的に手足を動かすことを慣らしていけば、三日もすれば回復すると思うぜ」

 

 そうして彼は、手始めにスプーンを持つところからはじめよう、と言って、わたしに銀色の(さじ)を渡してくれました。

 

 「あ、ありがとう───、」

 

 わたしがそのスプーンを受け取ろうとしたのと同時に、この家の玄関を開く音が聞こえてきました。

 

 「あ、やっと帰ってきた。」

 

 桃色髪の少女は、そう言って溜め息をつきます。

 

 「だれなの──────?」

 

 「おまえさんを連れてきた張本人、ライネック(・・・・・)だ」

 

 おじいさんのその言葉とともに、この部屋の扉が開かれました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やって来たのは、ライネックと呼ばれた、白髪の男の人でした。

 

 「………目を覚ましたのか」

 

 そう言って、彼はわたしをじっと見つめます。

 

 「あなたが、わたしを助けてくれたんですか?」

 

 「成り行きだ。気にする事はない」

 

 彼はそのまま、近くのイスに腰かけます。

 

 「グリム。診察は済んだのか?」

 

 「ああ。問診はまだだけど触診なら済ませたよ。身体は問題なし。ただし四肢の動かし方を忘れてる。……異常があるとするなら、やっぱり頭のほう(そっち)かもな」

 

 少年はそう言って、彼に目配せをします。

 

 「そうか。なら後はオレが引き継ぐ。……おまえ、名前はなんていう?」

 

 彼はわたしと同じ目線の高さで、そう訊ねました。

 

 「な、まえ─────────?」

 

 そうだ、なまえ。

 わたしのなまえは。

 

 「バ──────、いえ、ト───、ト───?」

 

 わたしは、なまえを思い出せませんでした。

 誰かから、大切ななまえをもらったはずだったのに。

 

 ぽっかりと。抜け落ちてしまっていたのです。

 

 

 「……それじゃあ、どうやってこの島に来た? 家族はいるのか?」

 

 彼の質問に、わたしはただ首を横に振るだけで、なにひとつとして、まともに答えることができませんでした。

 

 

 「………そうか。記憶が欠落してるのか」

 

 彼は、そう言って目を伏せました。

 

 

 「まあ、でも。時間が経てば思い出すかもしれないだろ? 今すぐに聞き出せなくても、別にいいんじゃねぇか?」

 

 群青色の髪の少年は、気ままな表情でそう言います。

 

 「──────いや。少なくとも、名前(・・)は重要だ。ちゃんと聞いておきたい」

 

 けれど彼は、真剣な眼差しでそう言いました。

 

 「そうは言っても、ライネック。忘れちまってる以上は仕方ねぇだろ。ワシらが無理強(むりじ)いするのはよくない」

 

 

 「じゃあさ!思い出すまで、この家の名前(・・・・)を使ってもらうってのは、どうだい? ここの名前も "ト" からはじまる名前だし、みんな知ってるから、絶対忘れないだろ?」

 

 桃色髪の少女が、そう提案しました。

 

 「家の、なまえ──────?」

 

 

 「………まぁいい。しばらくは、それで手を打とう」

 

 そう言い残して、彼は部屋の扉の前に向かいました。

 

 「あれ、もう出かけるの?さっき帰ってきたばっかりじゃん」

 

 「仕事は山積みだ。穴の埋め立て(・・・・・・)は女王がすると言っていたが、その上に予定されてる建築物は、女王とオレたちだけの手には余る。街の大工(だいく)にも協力を仰ぐ必要があるからな」

 

 彼はそう言って、

 

 「この家は、オレたち女王直属の職人の共同 宿舎(しゅくしゃ) "トネリコ"。……そしてそれが。今日からおまえが名乗る名前(・・)だ。」

 

 わたしに、そのなまえを与えました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日は、結局ベッドから一歩も動けないまま、わたしは夕暮れを迎えました。

 

 

 「おーい、トネリコ〜? 起きてる〜?」

 

 桃色髪の少女が、わたしのなまえを呼びながら、部屋の扉を開きます。

 

 「お、もうスプーンは持てるみたいだね。ほら、君のぶんの夕飯、持ってきてあげたんだわ」

 

 お皿に上に焼きたてのパンとスープを乗せたお盆を持って、彼女はベッド脇のイスに座りました。

 

 「ええ。ありがとう、トトロットさん」

 

 桃色髪の少女───トトロットさんは、この宿舎で唯一の女の子でした。

 

 「そんなにかしこまらないでいいよ、トネリコ。僕のことは、呼び捨てで構わないからさ!」

 

 「……わかったわ。よろしくね、トトロット」

 

 「うん! って、スプーンは持てるようになったけど、まだ(くち)までは腕を持ち上げられないかぁ。……よし。僕が食べさせてあげるから、安心しろよな!」

 

 そう言って、トトロットはわたしに夕飯を食べさせてくれます。

 

 「………おいしい」

 

 「だろ? 聞いて驚けよ、これライネックが作ったんだぜ?」

 

 トトロットは、ニンマリとした顔でそう言いました。

 

 「ライネックさん、が?」

 

 「うん。顔に似合わず料理上手だろ? オックスフォード出身は、伊達じゃないんだわ」

 

 そう言いながら、彼女はわたしが食べやすいような大きさに、パンをちぎってくれます。

 

 「身体は問題ないわけだし、しっかり食べて、体力つけないとな!」

 

 「本当に、何から何まで、迷惑をかけてごめんなさい…」

 

 「気にしなくていいって!おかわりが欲しかったら言ってよ。あっ、水も飲むかい?」

 

 トトロットは世話好きなのか、それとも同性の話し相手ができて嬉しいのか、本当に親切に接してくれました。

 

 

 「それにしても、わたし、このままこのベッドで寝てて大丈夫なの?この部屋、エクターさんの作業部屋でしょう?」

 

 わたしが目を覚ましたとき、あの年配のご老人───エクターさんは、わたしの右斜め前にある机で作業をしていたのです。

 

 「ああ、それなら大丈夫。エクターの私室は別であるからね。この作業部屋のベッドは、ほとんど使ってないようなものなんだわ」

 

 「……そう。それなら、いいのだけれど」

 

 わたしは納得して頷きました。

 

 「……いや。待てよ。冷静に考えたら、こんな女の子をむさいオッサンの作業部屋で寝かすなんてありえないよな。…うん。絶対ありえない。ライネックのヤツ、デリカシーがないにもほどがある!明日の朝 君の代わりに抗議しておくよ!」

 

 「えっと、わたしは別にこのままでも……」

 

 「いいや!ダメダメ! いいかい、こういうのは強気でいかないとダメだぜ? 今日だけの辛抱だ、トネリコ!必ず君の専用部屋を用意させてみせるんだわ!」

 

 わたしの食べ終わった夕飯のお皿をお盆に載せて、彼女は闘志を燃やしながら出ていってしまいました。

 

 「まるで、嵐みたい……」

 

 扉の向こうで、にぎやかな話し声が聴こえました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やがて。

 みんなは寝静まり、深い夜が訪れました。

 

 「もうちょっと、なんだけど…」

 

 わたしは懲りずに、グリムさんから渡されたスプーンを、顔の近くまで上げようと努力をしていました。

 

 

 「こんばんは。こんな夜更けに、勤勉だね?」

 

 

 「え──────?」

 

 唐突に声をかけられて、わたしは思わずスプーンを布団の上に落としました。

 

 声のした方を向くと、開いた窓を背にして、手のひらの上に乗せられそうなほどの "小さなヒト" が、机の上に立っていたのです。

 

 「これは失礼。驚かすつもりはなかったんだ」

 

 そう言って、小さなヒトは丁寧にお辞儀をしました。

 

 「もしかして、妖精さん(・・・・)?」

 

 なんとなく、そんな言葉が思い浮かびました。

 

 「大正解だ、お嬢さん。こわ〜い女王様に、お尻を叩かれてね。君の様子を見に来たわけだ。…けれど驚いたな、"虚数空間"で会ったときは、いつもの君(・・・・・)だったと思うんだが、これは誰のイタズラかな?」

 

 妖精さんは、小首を(かし)げました。

 

 「……もしかして、わたしのことを知ってるの?」

 

 「むかしの君(・・・・・)のことはね。けれど、いまの君(・・・・)は、僕にもわからない」

 

 どうやら妖精さんは、記憶をなくす前のわたしを知っているようでした。

 

 「……まさか、あのお人好(ひとよ)しの祭神(・・)め。彼女の"悪性"を全部 引き受けたわけじゃないだろうな」

 

 妖精さんは顎に手をあてたまま、考えごとをしていました。

 

 「……あの、もしわたしのことを知っているんだったら、教えてくれませんか? わたしが記憶を失くしてしまっているがために、この家の皆さんに迷惑をかけてしまっていて。申しわけないんです」

 

 わたしの言葉に、妖精さんは目を丸くして、

 

 「………うーん。最初はそのつもりで来たんだけど、気が変わっちゃったかな。僕は僕でイジワルな妖精だから、君の記憶は教えないでおこう」

 

 「え──────?」

 

 「ああ、でも。そんなに落ち込むことはないさ。記憶を失くすのも、悪いことばかりじゃない」

 

 妖精さんは、そう言って人差し指を上に突き立てて、

 

 「たとえば、大好物のメロンが目の前にあったとする。"一番美味しい"のは、いつだと思う?」

 

 そんなことを聞いてきました。

 

 「……それは、大好物なのだから、"いつも" じゃないの?」

 

 「ざんねん。正解は、"最初のひと(くち)目" だ。」

 

 その言葉に、今度はわたしが目を丸くしました。

 

 「最初のひと口目を食べた後に、"メロンを食べた" という記憶を失くしたら、ふた口目も "ひと口目と同じ気持ち" で味わえるだろう? ……いまの君は、まさにこの状態なのさ」

 

 そう言って、妖精さんは背を向けました。

 

 「……でもそれって、方便じゃないの?」

 

 その妖精さんは意図的に、"わるい例"を伏せていたからです。

 

 「ああ、その通り。嘘も方便さ。……けれど、その新鮮さは案外わるいものじゃない。まあ、安心しなよ。 ずっと忘れてる、なんてことはない。僕の口から伝えずとも、来たるべき時が来れば、必ず思い出すとも」

 

 開いた窓から、夏の夜の潮風が頬を撫でました。

 

 「僕は単なる "傍観者" だからね。介入はここまでにしよう。……それじゃ、僕は絶賛 大冒険(・・)中の、夢の主人を観測しないといけないからね。どうか、夢のような時間を。お嬢さん」

 

 そう言い残して、妖精さんはてくてくと机を走り、カーテンをよじ登って窓に向かいました。

 

 「……へんなの。あなた、妖精さんなのに、(はね)でお空を飛んだり、虫さんに乗ったりしないの?」

 

 わたしのその言葉に、妖精さんは振り返って、

 

 

 「お生憎(あいにく)さま。翅は "飾り" なのさ。………乗り物の虫さんは、絵本の中(・・・・)に置いてきたよ」

 

 

 ぴょん、と。

 風に乗って夜のとばりに落ちていきました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌朝のことです。

 朝食を食べ終えたわたしは、トトロットの部屋に移されました。

 

 「ライネックに頼んだら、一階の空き部屋なら好きに使っていいって言ってくれたからさ。今度からそこがトネリコの部屋だぜ!……と言っても、ずっと使ってなかったから埃まみれなんだ。今 掃除してくれているから、それまでは僕の部屋にいていいよ」

 

 「わたしのために、わざわざありがとう。……でも掃除なんて、誰がしてくれてるの?」

 

 「ん? ライネックだよ?」

 

 わたしは、その言葉に驚きました。

 

 「さすがに悪いわ。掃除ならわたしが自分で……」

 

 「その身体で無茶いうなよな。さっきだって、僕の肩を貸してやっとこの部屋まで歩けてたじゃんか」

 

 それは事実なので、否定できませんでした。

 

 「まあ、そんなに気にしなくていいよ。ライネックはなんだかんだ良いヤツでさ。ああ見えて世話好きなんだわ」

 

 そう言ってトトロットは、じゃあ僕も仕事があるから、と机の上の布地に手を伸ばしました。

 

 

 

 「トトロット、手先が器用なのね」

 

 わたしは、布地に丁寧かつ素早く柄を縫うトトロットの器用さに、思わず驚きました。

 

 「えへへ、まあこれでも本業は、洋製の生地を売り歩く服飾人だからね。僕の夢は、大切なひとに、花嫁衣装をつくることだった(・・・)からさ。これくらい慣れっこなんだわ」

 

 彼女は照れながらも、その手元を狂わすことなく、作業を続けます。

 

 「"だった" ってことは、諦めてしまったの…?」

 

 「ううん。……不思議な話なんだけどね。実感も経験もないくせに、その夢は "もう叶ってるんだ" っていう満足感だけがあるんだ」

 

 トトロットは、そう言って淡く微笑みました。

 

 「だから、もう大丈夫。……今はこうして、ライネックたちとの生活を楽しんでるのさ。こんな風に、慣れない仕事もこなしながらね〜」

 

 「それは、お洋服じゃないの?」

 

 「うん。これ、"カーテン" なんだ。室内装飾は専門外なんだけど、まあできないわけじゃないからね。……ただ量が多いからさ、僕が作ったやつを参考にして、街の(かざり)職人にも手伝ってもらう予定なんだ」

 

 そう言って、彼女は顎に手をあてて考え込むと、

 

 「……うーん。下地は赤紫だから、ブレードはモスグリーンで合わせてみたけど、どうも暗いなあ。タッセルはエクターから柘榴石(ガーネット)の宝飾を譲ってもらうのを使う予定だし、あんまり悪目立ちしてほしくないなあ」

 

 どうやら、デザインに頭を悩ませているようでした。

 

 「なんだか、難しそうね」

 

 「まあ、建物全体の空気感を決めるものと言っても、過言じゃないからねえ。………むむ、いっそフリンジをホワイトにしてメリハリ付けるのもアリか?」

 

 考えれば考えるほど、彼女の頭は茹だっていくようでした。

 わたしは、そんな彼女の力になりたくて、

 

 「そのフリンジっていうの、真っ黒にしてみたらどう? …そうしたら、全体的な印象は薔薇(ばら)みたいになって、宝飾は光る水滴に見えるわ」

 

 つい口を挟んでしまったのです。

 

 「─────────、」

 

 彼女はわたしの言葉を聞いて、無言で硬直してしまいました。

 

 「ご、ごめんなさい。でしゃばったことを言って…」

 

 すると彼女は、

 

 「て─────────、」

 

 

 そう呟いてから、

 

 「て─────────?」

 

 

 わたしの聞き返した言葉に続いて、

 

 

 「て、天才かぁぁぁぁああああああ!!?」

 

 まるで、電撃が走ったような声色をあげたのでした。

 

 「あえて黒を選ぶことで暗色に振り切って、宝飾の柘榴石(ガーネット)を "違和感なく浮かせる" とか、逆転の発想すぎるぞ!?……もしかしてトネリコ、元々すっごいその手のセンスいいんじゃないの!?」

 

 さすがにそれは褒めすぎだと思うのです。

 

 「よし、決まり!それでいこう!…もしよかったら、トネリコもちょっとやってみる? リハビリ代わりのお裁縫(さいほう)なんだわ!」

 

 

 

 トトロットの提案で、わたしは彼女のお手伝いをすることになりました。

 

 「そうそう、上手くなってきてるよ!慣れるのが早いし、糸も針も、随分と使い方が馴染んでる。もしかしてホントに、トネリコも服飾が本業だったりして!」

 

 「どうなのかな…、あんまり実感湧かないけど…」

 

 そんな会話をしていたら、ガチャリ、と部屋の扉が開く音が聞こえてきました。

 

 

 「掃除は済んだ。もう使って構わないぞ」

 

 やって来たのは、ライネックさんでした。

 

 「あ、ありがとう、ライネックさん…」

 

 彼はわたしのその言葉を聞いて、ちらりと一瞥(いちべつ)をした後、トトロットのことを見て、

 

 「埋め立ては昨晩でもう済んでる。今朝から街の大工どもが本格的に作業をはじめた。トトロット、おまえも明日は現場に来い」

 

 「たった一日でもうアレを埋め立てたのか!? うわあ、一体どこからそれだけの土砂もってきたんだ、あの女王様…」

 

 「そう驚くことじゃない。城の裏側の土地を三割ほど削ってもってきてただけだ。どうせ使わない土地だったからな」

 

 それは絶対に驚くべきことだと思います。

 

 「…オッケー。考えないことにした。…まあとりあえず、要件は了解だよ。現場視察は大事だもんな」

 

 「ああ。グリムとエクターはもう現場で作業をしている。オレもすぐに戻って指揮を執る」

 

 そう言って、ライネックさんは出ていきました。

 

 

 「よし。それじゃ、さっさとこれも仕上げて持ってかないとな。エクターの作業部屋の棚にタッセル用の宝飾品があるから、取りに行ってくるよ」

 

 「それ、わたしも一緒に見に行ってもいい?」

 

 「もちろん!肩ならまた貸すぜ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 訪れたエクターさんの作業部屋の机の上には、作りかけの生活用品や宝飾具が広がっていました。

 

 「エクターさんって、色んなものを作るの?」

 

 「うん。元々は鍛冶屋だったらしいんだけど、生活用品から宝飾、服飾までお手のものだよ、エクターは。現場では大工の真似ごとだってやってのけるしなあ」

 

 そう言いながら、トトロットはエクターさんの棚を漁ります。

 彼の棚には、本当に色んなものが入っていました。

 

 

 「それ、綺麗な "髪飾り" ね」

 

 「ホントだ。エクターのヤツ、祭りの景品まで依頼とってるのかぁ?もういい歳なんだし、仕事のしすぎで身体を壊しちゃうぞ?」

 

 彼女の口ぶりが、エクターさんとは長年の付き合いがあるような言い回しだったので、

 

 「トトロットは、この街でエクターさん達と出会ったの?」

 

 ついそんなことが気になってしまいました。

 

 「ううん。僕は元々、グロスター出身でさ。初めて会ったのは、その島なんだ。まあ色々あって、そこからライネックとエクターについていくことにしたんだよ」

 

 「そうなのね。グリムさんも、そこで?」

 

 「いいや。グリムと会ったのはオークニーだよ。……えっと、話してなかったけど、実は僕たちは他の島を転々としながら、最終的にこの島(ここ)に行き着いたんだ」

 

 その話も初耳でした。

 

 

 「……オックスフォードから始まった、ライネックの旅だ。変わり者のアイツに、同じく変わり者の変人どもがくっ付いてきたわけだ」

 

 唐突に聞こえてきた第三者の声に、思わずわたしとトトロットは振り返りました。

 

 「うわあ!? なんだ、エクターか。戻ってきてたんなら、声くらいかけてくれよな」

 

 「バカ言え、玄関を開ける音すらかき消すほど、人の部屋の棚をガサゴソと漁るヤツがおるか! ……それで、窓掛けはできたのか?」

 

 「ああ、うん。三種類くらい案を出せって言ってたけど、もうこれ一択だ!トネリコとふたりで考えたんだぞ!否定意見は受け付けないぜ!」

 

 トトロットはそう言って、先ほどふたりで作ったカーテンをエクターさんに手渡します。

 

 「ふむ──────、」

 

 彼はそれを近づけたり遠ざけたりして眺めた後、

 

 「……まあ、悪くない。遮光も問題ないようだしな。これでいくか」

 

 しっかりと頷いて、そう答えてくれました。

 

 「やったな、トネリコ!」

 

 「うん。よかったわ」

 

 トトロットに促され、小さくハイタッチを交わしました。

 

 

 「建設終了予定日は三日後だ。こいつは現場に持っていくが、構わんな?」

 

 「いいよ!街の飾職人たちによろしく伝えといて!」

 

 その言葉を聞いて、エクターさんは再び街へと出かけていきました。

 

 

 「聞いてた感じ、結構 大規模な建物よね? あとたったの三日で建てられるものなの?」

 

 「僕たちだけじゃ、当然ムリだよ。普通に考えて数ヶ月かかる建物さ。でも今回の建築物は、女王様が自ら建設に参加してくれているんだ。……すごいんだぜ、女王様。木材や石材を触ってもないのに浮かせて一瞬で切ったり、運んだりできるんだ。もう機械いらずなんだわ」

 

 どうやら、ここの女王さまはとってもすごい人みたい。

 

 「女王さまがすごい人だから、トトロットたちはここに住むことにしたの?」

 

 「いいや。この島の女王様が、ライネックの()に賛同してくれる人だったからだよ。……えっと、さっきも言ったけど、僕らは色んな島を転々としてから、ここにたどり着いたんだ」

 

 そう言って彼女は、こちらに手のひらを向ける。

 

 「ライネックの故郷 オックスフォードから始まって、エクターがいたノリッジ、僕が住んでたグロスター、グリムと会ったオークニー、ウーサー(・・・・)の地元のロンディニウム、それから……ソールズベリー」

 

 彼女は指を一本ずつ折りながら、旅を振り返っていました。

 

 「一つの島で一人ずつ、理解し合える仲間ができて、それで、最後はこの "キャメロット" に辿り着いたってわけ」

 

 「キャメ、ロット──────?」

 

 その単語が、どこか頭に響きました。

 

 「うん。キャメロット。この島の名前だぜ。って、大丈夫か?トネリコ?」

 

 「…ええ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」

 

 結局なにも思い出せず、何かが引っかかるような感覚だけが残りました。

 

 

 「ところで、ロンディニウムのウーサーさんって?」

 

 「え? ああ、そういえばトネリコはまだウーサーには会ってなかったっけ!アイツ、女王様の世話係みたいなもんだからなあ。なかなかこの宿舎には帰って来れないんだよねえ」

 

 「…そうだったんだ」

 

 「うん。今のライネックとウーサーの職は、女王様の護衛なんだわ。ウーサーは女王様の専属の補佐で、ライネックは島の住民たちの指揮と報告をしてるんだ」

 

 わたしには、知らないことばかりでした。

 自分のことだけじゃなくて、彼女たちのことも、なにも知らなかったのです。

 

 ライネックさんたちは、もう随分と前から、この島で職人として働いていました。

 今回の大規模な建築では、ライネックさんが街の大工たちの総指揮を。

 変わった術が扱えるグリムさんが、空間把握能力を活かして設計図を。

 そして布をメインに扱った室内装飾をトトロット、それ以外の装飾周りをエクターさんが担当して、島の飾職人たちと連携しながら作業に取り組んでいるそうです。

 わたしが会ったことのないウーサーさんも、女王さまにそれらの建設状況の報告をする立場にいるのだそうです。

 

 

 

 わたしも、彼女たちの力になれたらいいな、と思いました。

 

 

 ***

 

 

 

 そうしてその日は一日、トトロットの作業に付き合った後、ライネックさんが掃除してくれた、新しいわたしの部屋で過ごすことになりました。

 

 

 そんなわたしのもとに、

 

 「トネリコ、はいるぞ」

 

 部屋の扉をノックしてから、ライネックさんがやってきました。

 

 「どうだ、自分の名前は思い出せそうか…?」

 

 そう言いながら、ライネックさんはベッド脇のイスに腰掛けました。

 けれどその言葉に、わたしは首を横に振ります。

 

 「…でも。腕のほうは、もう動かせるようになりました」

 

 「そうか。トトロットの手伝いは効果的だったか?」

 

 「ええ。お裁縫は楽しかったです」

 

 わたしのその言葉を聞いたライネックさんは、裁縫道具を取り出して、それをわたしに渡してきたのです。

 

 「え?これ、わたしに?」

 

 「ああ。楽しかったのなら、積極的にすればいい。むかしのことを思い出せなくったって、いまを楽しめれば十分だからな」

 

 そう言ってライネックさんは、イスから立ち上がります。

 

 「明日はトトロットと街に出かけるといい。()の光は浴びておかないと、良くなるものもならないからな。そこに立て掛けてある杖はおまえ用のものだ。好きに使って構わない」

 

 「何から何までありがとう、ライネックさん。でもわたし、なんだか陽の光は苦手なの。月明かりの方が心地よくて…」

 

 「そうか? なら日傘が玄関にあったような… まあ、あれも好きに使ってくれて構わない」

 

 わたしはその言葉に、目を丸くしました。

 

 「あの、ライネックさん。どうしてわたしに、こんな親切にしてくれるの? ライネックさんだけじゃなくて、トトロットやエクターさん、グリムさんも」

 

 彼はその言葉を聞いて、

 

 

 「そんなの、おまえが心配(・・)だからだ。」

 

 

 そんな、

 心が暖かくなる言葉を言ってくれたのです。

 

 「え──────?」

 

 彼の言葉は、嘘偽りなく。

 とても直接的でした。

 

 無愛想だけれど、真摯で。

 不器用だけれど、まっすぐでした。

 

 

 わたしは、胸の奥をぎゅっと。

 締め付けられるような嬉しさを感じました。

 

 「言葉にしなければ(・・・・・・・・)わからないこと(・・・・・・・)だからな。オレは何度も同じ後悔をしたくないだけだ」

 

 

 そう言って、彼は部屋を出ていきました。

 

 その去り際、

 ひどく使い古されて、穴の空いた作業靴が、わたしの目に入りました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 るんるん、と。

 街を陽気に歩く少女がいます。

 

 

 「あの()り減った靴底がウソみたいだ!足が軽くなるって言葉、比喩でも迷信でもなくマジだったんだわ!!」

 

 まるで作り立てのように修繕(しゅうぜん)された作業靴を履いて、彼女は軽快にスキップしていました。

 

 「サンキューな!トネリコ!最初は飾職人なのかと思ってたけど、たった一晩で僕らの靴を修繕しちゃうなんて、靴職人の才能の塊なんだわ!びっくりしたよ!」

 

 「ううん、喜んでくれてよかったわ」

 

 わたしは、何か恩返しがしたくて、昨晩は寝静まった彼女たちの靴を回収、そのまま夜通しで裁縫道具を駆使して修理をしていたのです。

 

 

 「それにしても、この街は随分と変わったところね。」

 

 島の南部にある港。

 そのはずれにあったあの宿舎から歩いて、数十分。

 キャメロットの街は、見たこともない装飾で溢れていました。

 

 「お祭りは馴染みないかい? まあ、こんなことしてるのは確かにキャメロットだけだし、他の島出身だったなら、驚くのもムリはないかもね。僕も最初来た時は唖然としたよ」

 

 「そうね。なんだか、わたしの知ってるお祭りとは、印象が違うみたい…」

 

 

 そんなわたしのもとに、

 

 「失礼、そちらのお嬢さん。オックスフォードで採れたての作物などいかがでしょうか?」

 

 聞きなれない声が背後から聞こえてきました。

 

 「え──────?」

 

 思わず勢いよく振り返ると、

 

 「ブルルンっ!!?」

 

 わたしは日傘をさしていたので、そのまま背後にいたその長身の男性の顔を、日傘の先で叩いてしまいました。

 

 「ああ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

 「え、ええ。大丈夫です。見方を変えればご褒美ですとも…」

 

 そう言って、その男性は改まって向きなおり、

 

 「こんにちは、儚いお嬢さん。オックスフォードの採れたて新鮮野菜はいかがですか? 栄養たっぷりですよ」

 

 そんな突然の勧誘をしてきたのです。

 

 「ストーーップ! ナンパなら他所(オークニー)でやってくれないかい? 来るもの(こば)まずのキャメロットでも、君みたいなのは浮いちゃう場所だぜ」

 

 困惑するわたしの前に、トトロットが割って入ります。

 

 「これは誤解です。私は常夏の島々を股に掛けるさすらいの行商人(ぎょうしょうにん)、"レッドラ"。あらゆる島々の作物をお届けする旅人なのです。」

 

 そう言って、彼は丁寧にお辞儀をしました。

 

 「仕草が紳士っぽいのが、逆に胡散臭いな…」

 

 「それもまた誤解です。私は(うみ)生まれ(うみ)育ち(うみ)大好きマンの生粋の船乗り。失礼ですが貴方がた、"ウーマーイーツ" の名に聞き覚えなどないですか?」

 

 ないに決まっています。そんな冒涜的な名前。

 

 「な!!? あの知る人ぞ知る、ロンディニウムの最南端から、オークニーの最北端まで一食ぶんのカレーを冷まさず届けたという、幻のシーホースは君のことなのかい!? 」

 

 知ってました。彼女は。

 

 「ああ…、あれは悲しい配達(じけん)でしたね…。ですが、問題なし(ノープロブレム)。私にとって海は、そよ風の吹く草原と変わりありませんから。……ところで異名のシーホースって、それタツノオトシゴでは?というツッコミは受け付けておりませんので」

 

 どうやら彼はちょっとした有名人でした。

 

 「では、あらためて。お嬢さんがた。オックスフォード産のニンジンなどいかがでしょう? 溢れるβカロテンが、貴方のお肌を美しく健康にしますよ」

 

 そう言って、彼は一本のニンジンを差し出してきます。

 

 「……海育ちなのに、魚介類はないの?」

 

 「ヒヒン、辛辣。ですが海を愛するということは、海を傷つけないということですよ?お嬢さん。」

 

 「悪いね、レッドラ。生憎と僕らは食糧には困ってなくてさ。またの機会にさせてもらうんだわ」

 

 「そうですか。ショックですが、構いません。最近は食糧の売れ筋が悪いので、娯楽(ごらく)の玩具にも手を出してまして。"UMA(ウマ)" というカードゲームを(ちまた)流行(はや)らせてます」

 

 この人、もしかしてわたし以上に、自分の生き方を迷走しているのではないでしょうか。

 

 

 そうして、その変わった行商人と話していたら、

 

 「トトロットさん!たいへんだ!!」

 

 街の大工とみられる男の人が、慌てた様子でこちらに駆けてきたのです。

 

 「どうしたんだよ、そんなに慌てて…」

 

 その人は、走り疲れた息を整えたあと、

 

 「……ライネックさんが!!」

 

 不吉な(しら)せを口にしました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「単管(たんかん)足場から落っこちて意識不明……建設現場じゃ、よくある話だけどさ…」

 

 「手伝いにきていた街の青年が足を滑らせた。コイツはそれを助けた代わりに転落。…ったく、現場の指揮をとる側のヤツが、このざまとは笑えん」

 

 わたしたちの視線の先には、意識不明のままベッドに横になったライネックさんがいました。

 

 「そんな言い方することないだろ、エクター! ライネックは体を張って人を助けたんだぞ!」

 

 「ワシは助けたことを責めとるんじゃない! 立場を忘れて、自分の身を省みない利他的な思考が我慢ならんのだ!」

 

 トトロットもエクターさんも、心の底からライネックさんのことを心配しているのです。

 

 「グリム……、ライネックは目を覚ますんだよな?」

 

 トトロットは、そうして不安げにグリムさんに訊ねます。

 

 「……死んじまったわけじゃねぇんだ。いつかは目を覚ますだろうさ」

 

 「いつか って、いつだよ! 医療面は君の専門だろ!? こういうところで役立たなかったら、いつ活躍するんだよ!」

 

 「ッ────、あのなァ! オレの魔術がなかったら、ソールズベリーでは全滅(・・)だったかもしれねぇんだぞ!!」

 

 「っ────────────、」

 

 

 

 長い静寂が、部屋を包みました。

 

 

 

 「それを引き合いに出すのは、ズルなんだわ……」

 

 「トトロット……」

 

 「…………すまん、今のは言い過ぎた」

 

 わたしたちは気まずくて、互いに目を合わせられませんでした。

 

 

 「僕、ちょっと、外の空気吸ってくるよ。……おっきな声出したら、ライネックも迷惑だもんな。ごめん、グリム」

 

 そう言って、トトロットは宿舎を出ていってしまいました。

 

 

 「トネリコも、すまん。こんな会話聞かされて、気分悪かっただろ?ライネックならオレたちが診ておくから、部屋で休んでていいぞ」

 

 「……ええ。でもその前に、ソールズベリーでなにがあったのか、わたしに教えてくれませんか。グリムさん、エクターさん」

 

 その言葉を聞いて、グリムさんとエクターさんは目を見合わせました。

 

 

 「……わかった。ならワシから話そう。いい機会だからな、ライネックがどういう男だったのか、おまえさんにも教えておこう」

 

 そう言って、エクターさんはわたしに向き直り、

 

 

 「コイツの名は、ライネック。

 "誰もが許し合う世界(・・・・・・・・・)" を目指して、この常夏の島々を旅した、"一匹狼だったはず" の男だ」

 

 

 その過去を、語り始めました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 およそ数ヶ月前。

 一人の男が、オックスフォードで生まれ落ちた。

 

 その身が大人であれば、自らの母も父も、幼少期のことであれ、意味をなさない(・・・・・・・)

 

 必要だったのは、"今" の自分が、どういう在り方をよしとするのか、その一点だけだった。

 

 

 結論からいうと、彼は、はぐれ者(・・・・)だった。

 

 別段、その街が嫌いだったとか、島の住民から迫害されていたとか、そんなことではなく、ただ単純に、その街の在り方は、彼の(しょう)に合わなかったのだ。

 

 (おしの)け者のライネック。

 (ねつ)に浮かされたライネック。

 

 島の住民たちは、そんな彼のことを、軽蔑でも尊敬でもなく、純粋にその在り方を評してそう呼んだ。

 

 

 そんな彼が島を出ていくことになるのは、時間の問題だったのだ。

 

 

 「どうして島を出たんだ、おまえさん」

 

 「(くに)をつくりたいんだ。……除け者と(ののし)られ、居場所も何もかも失ったヤツでも、笑って過ごせる世界。争いも裏切りも、不平等もない。誰もが許し(・・・・・)合う世界(・・・・)を。」

 

 「……そいつはまた、随分と大層な夢だな。島の女王でもなきゃ、そんな願い叶えられないだろ?」

 

 「ああ。だから、この夢を一緒に叶えてくれる人を探しているんだ」

 

 

 退屈なノリッジの夜に交わした、

 その会話を、今でも鮮明に(おぼ)えている。

 

 

 

 彼との(・・・)旅は、その後も続いた。

 

 

 "旅は道連れ" というが、どうやらその通りのようで。

 

 

 「なあ、その旅、僕も連れてってくれよ」

 

 「……子供の遠足じゃないぞ?」

 

 「わかってるってば!というか、子供扱いするなよな!……人生はいつ終わるかわからないからさ、そんな "おとぎ話" みたいな願いに賭けてみるのも、悪くないかもって思ったんだわ」

 

 

 そうしてグロスターを超えて、最北端のオークニーへと向かうも、結局 そんな絵本に描いたような彼の夢を叶えられそうな場所ではなかった。

 唯一、彼の望みが叶えられそうだったロンディニウムの島にかぎっては、そも島を支配するはずの女王が不在だったのだ。

 

 

 ただ、その一方で。

 そんな変わり者の彼に同行する、"変人" たちだけが、少しずつ集まっていった。

 

 黒い技師(ぎし)のエクター。

 洋製生地(きじ)の売人トトロット。

 健診(けんしん)科のグリム。

 ロンディニウムの貴子(きし)ウーサー。

 

 誰一人として噛み合わないような変わり者たちは、ライネックの熱に浮かされるように、その旅に同行するようになった。

 

 

 そうして彼は、

 五つ目の島、ソールズベリーに辿り着いたのだ。

 

 

 ***

 

 

 

 「うっわあ、でっかい島だね〜、ここ」

 

 ソールズベリーの島に群生したジャングルを掻き分けながら、ぬかるんだ道を進む。

 

 「建物らしい建物は、山の頂上にあったあの金ピカだけっぽそうだな。こんな危険な思いをしてまで行く価値があんのか?」

 

 「ある意味で、この島は未開拓(・・・)の地だ。女王と交渉できれば、可能性はあるかもしれない」

 

 「そりゃそうだけどさあ。あの岩の橋 ホントに渡るのか…?」

 

 そう言って、グリムは前方を指さす。

 

 そこには、自然にできた一本の岩の橋が、崖を繋ぐようにかかっていたのである。

 

 「崖下の川は随分と流れが速いようだ。僕はおすすめしないが、どう見る?ライネック」

 

 「慎重すぎるぞ、ウーサー。一人ずつ渡れば問題ないだろ。先陣はオレがいく」

 

 そう言って、ライネックはゆっくりと橋を渡る。

 

 「じゃあ、次はワシが行こう」

 

 「待て待て待て! この中で一番重てぇのは、エクターの旦那(ダンナ)だろ? 頼むから最後にしてくれ」

 

 「な!?グリム、貴様ワシのことをそんな目で見とったのか!?」

 

 エクターは思ってた以上のショックをうけていた。

 

 「それじゃ、次は僕だな! 軽快に渡ってみせるんだわ!」

 

 そうして、無事に問題なく全員で橋を渡りきり、険しい道のりを超えて、丸一日かけて山の麓までたどり着いたのだ。

 

 

 

 

 「あっちぃ…、水分 足りるか?これ」

 

 グリムは荷物を漁りながら、確認する。

 

 「砂漠があるのは予想外だったな… 帰りの分を考えると、少しキツいぞ」

 

 焚き火に(まき)をくべながら、ウーサーはそう呟く。

 

 「人がいない島と言われてるだけはあるね……」

 

 「うむ、どうも物資を補給できる余裕がある島ではないようだ。どうする、ライネック」

 

 エクターの言葉に、ライネックはしばし考え込んだ後、

 

 「……わかった。この島は早めに切り上げて、」

 

 

 「あの、もしかして、旅人の方ですか?」

 

 

 見知らぬ少女(・・)に、その言葉を遮られたのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「そうなんですか。色んな島を渡り歩いていらっしゃるんですね、みなさんは」

 

 その少女は、物資が足りない彼らを気遣って、自らの家へと案内してくれた。

 

 「ソールズベリーに住民がいるなんて、知らなかった。…おまえは生まれも育ちもこの島なのか?」

 

 「はい!この森をもう少し進んで行った先に、わたしの家があります。豪華なところじゃないけど、風の心地よい場所ですよ」

 

 「へぇ〜、段々と楽しみになってきたんだわ!」

 

 そう言って、トトロットはスキップをして彼女の隣に出る。

 

 「こら、トトロット、列を乱さないように。もう夜なんだ、暗がりに足元をすくわれるよ」

 

 「はいはい、わかってるって。…エクターの怒りっぽさがウーサーにも移ってきたなぁ」

 

 「なぜ流れ弾でワシが貶されなきゃならんのだ!?」

 

 「ほらほら、そういうとこだぜ、エクターの旦那」

 

 トトロットとグリムに(たしな)められ、エクターは眉間にシワを寄せる。

 

 

 「ふふ、面白い人達ですね、みなさん」

 

 「単純に、変わり者しかいないだけだ。気に障ったか?」

 

 「いいえ。…でも、その言い回しだと、ライネックさんも変わり者なんですか?」

 

 「……まあ、そうなるな」

 

 その少女の問いに、ライネックは自嘲(じちょう)混じりに答えた。

 

 

 そうして、

 

 「あ、着きましたよ!あそこがわたしの家です!」

 

 彼女に案内され、その目的地に到着した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目の前に広がった光景に、彼らは目を疑った。

 

 

 「これは──────、」

 

 

 自然の木々を利用した木造建築。

 視界に入った家の数は、ざっと十軒 以上はある。

 

 そのすべてが、丁寧に、しっかりと手入れがなされていた一方で、人の気配(・・・・)が、まったくしなかったのだ。

 

 

 「もしかして、おまえ、ここに "独りで住んでいる" のか?」

 

 

 「はい。そうですよ。元々はもっとたくさん人がいらっしゃったんですけど、みんなこの島の環境が辛くなって出ていってしまいました。今この島に住んでいるのは、わたしだけ(・・・・・)です」

 

 思わず、その場にいた全員が絶句した。

 

 「でも、もしかしたら、みんないつか帰ってくるかもしれないから。だからわたしは、島のみんながいつ帰ってきても良いように、こうやって家のお手入れをして待ってるんです」

 

 「この島を出ていった奴らは、いつかまた帰ってくると、言っていたのか?」

 

 「いいえ。けれど、"もう帰ってこない" とも言ってませんよ。言葉にしなければ(・・・・・・・・)わからないこと(・・・・・・・)ですから。」

 

 「でも。それは、たぶん……」

 

 少女の言葉に、トトロットは言い淀む。

 

 トトロットだけでなく、少女を除くこの場にいる全員が、"もう誰も帰ってはこない" と思った。けれど、その少女にそれを伝えるのは、どうしても心が傷んだのだ。

 

 「もう夜も深いですから、どうぞ、あの空き家でお休みになってください。あの家は個人のものではなく、来客用に建てられた宿みたいなものですから! ようやく出番ですね、ふふ」

 

 「……ああ、そうだな」

 

 「では、わたしも自分の家で眠ります。おやすみなさい」

 

 丁寧にお辞儀をして、少女は帰っていった。

 

 

 「ライネック、あの子どうする……?」

 

 トトロットは、横目でそう訊ねた。

 

 

 「………明日の朝、この島を出る。みんなすまないが、"行きよりも一人ぶん多く" 水と食料を準備してくれるか?」

 

 

 「──────ライネック!」

 

 「ふん……まあ、おまえさんなら、そう言うと思った」

 

 エクターたちは、そう言って苦笑する。

 

 

 

 ──────けれど。

 この時の選択が誤ち(・・)だったとは。

 誰一人として気づくことは出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「それじゃあ、お気をつけて。また気が向いたら、この島に遊びにきてくださいね!」

 

 少女はそう言って、笑顔で手を振る。

 

 「───いや。悪いが、おまえも一緒に来い」

 

 「え─────────?」

 

 ライネックの言葉に、少女は目を丸くする。

 

 「………でも、わたし、この島に残らないと」

 

 「それ、誰かに言われたわけじゃねぇんだろ? だったら一人で背負い込まなくてもいいんじゃねぇか?」

 

 グリムはそう言って、水や食料の入ったカバンを少女に差し出す。

 

 「いいのかな、ホントに……」

 

 「誰も君を責めたりしないぜ。もしそんな奴がいたら、僕たちがひっぱたいてやるんだわ!」

 

 トトロットは誇らしく自身の胸を叩く。

 

 「そういうわけだ。……どうだ?一緒に来ないか?」

 

 

 「───はい。ありがとうございます、みなさん」

 

 

 ライネックの差し出した手を、少女は握った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「くそ、なんだって急にこんなことに…!」

 

 全員で砂漠を抜け、ジャングルに突入した時、天候は急速に悪化した。

 

 「大雨も大雨! 雷雨なんだわ!!」

 

 「グリム!方角はこっちであってるのか!?」

 

 あまりの土砂降りに、行きと同じルートを通っているにも関わらず、彼らの足取りは重かった。

 

 「オレのルーンでは、ちゃんと船の方角を向いてる!大丈夫なはずだ!」

 

 「おまえのそれ、普通に方位磁針を頼っちゃいかんのか!?」

 

 「バカ言うな!この場所(・・・・)じゃ、時間の経過も土地の方角も表面的なもんにすぎねぇ!こっちの方が確実性がある!」

 

 「グリムさん、崖です!お気をつけて!」

 

 「おわっと!?」

 

 少女に忠告され、すんでのところで足を滑らせずに立ち止まる。

 

 

 「参ったね。この雨と暴風じゃ、その岩の橋をゆっくり渡る余裕はないぞ…」

 

 ウーサーをはじめ、全員がこの状況に危険を感じた。

 

 「そこの(つる)命綱(いのちづな)代わりにもって、渡るのはどうでしょうか? わたしは渡り慣れてますから、最後尾で蔓の張りを確かめます!」

 

 「ナイス アイデアなんだわ!みんな、慎重にね!」

 

 

 全員で一列に並び、岩の橋を渡る。

 

 

 

 ゴロゴロ、と。

 遠くで雷の音がする。

 

 

 それに隠れるように。

 

 ズリズリ、と。

 "なにかが近づいてくる音" が聴こえてきた。

 

 

 

 「なんだ、この音──────、」

 

 そんなライネックの呟きを遮るように、

 

 「だめ…!この雷の音で、周辺の巣穴にいる魔獣(・・)が目を覚ましました……!!」

 

 少女が、切羽詰まった表情でそう口にした。

 

 「なん、だって──────?」

 

 

 

 「キシャァァア─────────!!!!」

 

 

 

 その凶悪な鳴き声に。

 この場にいた全員が、死を覚悟した。

 

 

 「急いで!この道は、その魔獣がよく通る場所なんです! 早く……!」

 

 少女に促されるように、その橋を駆ける。

 

 

 

 けれど。ピシッ、と。

 

 

 

 

 最後尾から一つ前。

 ライネックがその橋を渡り切った時点で。

 もう、その岩の橋はとっくに()たなかったのだ。

 

 

 「あ─────────、」

 

 最後尾にいた少女は、崩れ落ちた橋とともに転落する。

 

 

 「ダメだ─────────ッ!!」

 

 振り返ったライネックは、必死に彼女へ手を伸ばす。

 

 けれど。

 彼が伸ばしたその手も、少女の生命線となっていた蔓も、降り注ぐ大雨によって、無慈悲に滑り落ちていく。

 

 

 

 

 そして、そのまま。

 濁流となった川の底へ、少女は消えていった。

 

 

 

 「────────────、」

 

 

 誰一人として、言葉が出なかった。

 

 

 

 

 「ッ───、ライネック!……ライネック!魔獣がくる!!早くするんだ!」

 

 その静寂を、ウーサーが破った。

 

 「あいつを置いていけっていうのか!?ウーサー!!」

 

 「わかってるだろ!あの子はもう助けられない(・・・・・・)!このまま、他のみんなも犠牲にするのか!!?」

 

 「ッ──────!」

 

 

 ライネックは俯き、

 

 「───────わかった。早くこの島を出よう」

 

 奥歯を噛み砕きながら、その決断をした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして。

 彼らの旅は、終着点に到着する。

 

 その島の名は、キャメロット。

 

 

 女王の手によって、未だ発展途上だったその島は、多方面の知識や技術を有する彼らを快く受け入れた。

 

 

 「(われ)がこの島の女王だ。(なんじ)らの技術力を買ってやろう、旅人よ。我に協力すれば、必ずや汝の夢(・・・)は叶えられよう。望み通り、"恒久の楽園" を築き上げてやる。」

 

 

 その島は、まさに彼が望んだ夢を叶えるための島だったのだ。

 その夢の実現を目指して、彼とその仲間たちが、その島の女王の直属の職人として島に貢献する道を選ぶことになるのは、もはや必然だった。

 

 それが、彼らの旅の終わり。

 彼の夢は、今まさに少しずつ叶えられようとしている。

 

 

 ──────けれど。

 彼には、その夢を前にして、たったひとつだけ。

 その旅を通して得た、もう二度とは叶えられない後悔(・・)があったのだ。

 

 

 

 「──────結局 自分は。

 あの少女の名前(・・・・・・・)を最後まで知らないままだった。」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 「それが、ライネックさん達の旅の結末……」

 

 

 わたしは、エクターさんから聞いたその話を、ひと息に受け止めることができませんでした。

 

 「コイツがおまえさんの名前を知りたがってたのは、そういう理由だ。」

 

 目を覚まさないままのライネックさんを見ながら、エクターさんはそう言いました。

 

 「愉快な話じゃなくて、すまなかったな。……ワシは少し、トトロットの様子を見てくる」

 

 「うん。ありがとう、エクターさん」

 

 わたしの言葉に頷いて、エクターさんは部屋を出ていきました。

 

 

 

 

 「………にしてもまさか、オレもここまでライネックたちとの付き合いが続くとは、思ってなかったよ」

 

 「グリムさん……?」

 

 部屋に残ったグリムさんは、そう言って不敵に微笑みました。

 

 「オレは、ちょいとばかし特殊な立ち位置でよ。"関わらないことに意味がある端役"ってヤツなんだ」

 

 「え──────?」

 

 「まあ、今のアンタが理解できなくても無理はない。それを承知の上であえて話すと、オレと同じ……いや、"類似した存在" が、実はこの夢にもう一人(・・・・)いるんだ。」

 

 わたしは、グリムさんの言葉が理解できずに目を丸くしました。

 

 「わかり易く説明すんなら、そっくりさん?ってヤツか。……んで、コイツがコイツで厄介なヤツでよ。規格外の神さまと繋がっちまってるがために、色々と知りすぎちまうんだ。神さまってのは、どいつもこいつも(・・・・・・・・)節介(せっかい)焼きだよなぁ」

 

 彼は、そんなわたしを気にせずに話し続けます。

 

 「未開の旅で、仲間の中にゴール地点を知っちまってるヤツがいるようなもんだ。迷惑だろ? ……だから、そうならねぇようにオレがいる。本来はあっちにいくはずの情報を、極力 オレが受け取って阻害(そがい)してるってワケ」

 

 そう言って、彼は淡く微笑み、

 

 「────だからよ。オレはひっそりと医者の真似ごとして、どっかの女王さんが毒飲んでぶっ倒れたりしねぇか、街の人間は問題ねぇか診て過ごせればそれでよかったんだ。……けれど、いつの間にか。気まぐれについてったコイツらとの生活が、かけがえのないものになっちまってた」

 

 「グリムさん──────、」

 

 「アンタも、もう足はだいぶ回復したんだろ? なら、オレたちみてぇな、こんな末端の夢に付き合うことはねぇぜ。早めに区切りをつけて、立ち去った方がいい。……アンタはアンタの "やるべきこと" があって、ここに呼ばれたんだろ?」

 

 最後の彼の言葉は、わたしのためを思って言ってくれた優しさだということは、わたしにもわかりました。

 

 「わたしの、やるべきこと………」

 

 そう呟いたわたしのもとへ、

 

 

 「久しぶりに顔を出してみれば。これは驚いたな」

 

 

 部屋の扉を開ける音とともに、見知らぬ人物がやってきたのです。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「だれ………?」

 

 部屋に入ってきたのは、初めて会う金髪の男性でした。

 

 「ウーサー(・・・・)!? 女王さんの世話はいいのか!?」

 

 グリムさんの言葉で、彼が誰なのか、わたしにもわかりました。

 

 「身内が倒れたんだ。さすがの僕でも顔を出すよ」

 

 「あなたが、ウーサーさんなんですね。はじめまして、わたしはトネリコ……という名前で、ここでお世話になっている者です」

 

 わたしは、ぺこりと彼に頭を下げました。

 

 「ああ、よろしく。ぼくはウーサーだ。女王の従者として働いている者だよ。……けれど、まさか目を覚ましていた(・・・・・・・・)とは。そこまで把握していなかったな」

 

 彼の言葉に、グリムさんと二人揃って目を丸くしました。

 

 「なに言ってんだ、ウーサー。ライネックならまだ目を覚ましちゃいねぇぞ?」

 

 「いや、僕が言っているのは彼のことじゃない。……君のことだよ」

 

 そう言って、彼はまっすぐにわたしを見据えました。

 

 「え──────?」

 

 「まさか、ライネックからは何も聞いていないのかい?」

 

 彼は一体、なにを言っているのでしょうか。

 

 「女王の伝言(・・・・・)を忘れたのか、ライネック……」

 

 

 「ちょっと待って。伝言(でんごん)って? 女王さまが、わたしに?」

 

 「──────そうだ。君が目を覚ましたら伝えるよう、女王から頼まれていた伝言が、彼にはあったはずだ。けれどその様子だと、まだ君は伝えられていないようだね」

 

 奇妙な悪寒が、背中に走りました。

 

 それを聞いたら。

 今日までのすべてをなくしてしまいそうな。

 そんな予感がしたのです。

 

 「その伝言。ウーサーさんも、知っているの……?」

 

 聞いてはダメだと、思いながら。

 その一方で、知りたいという欲求をもつ自分がいました。

 

 「ああ。……ライネックに伝える気がないのなら、僕の口から伝えよう」

 

 

 わたしは、誰にも聞こえないくらいの小さな生唾を呑んで、

 

 

 「キャメロットの女王から、君への伝言はこうだ。……"カルデア(・・・・)を罠にかけ、予言の子(・・・・)の力が込められた純愛の鐘、これを五つ鳴らし終えたティターニアという娘から、それに用いる錫杖を回収しろ。"」

 

 

 その "おしまい" の言葉を聞きました。

 

 

 

 「え──────、あ──────?」

 

 その言葉が、わたしの中の何かに、響き渡る。

 

 

 

 「っ─────────!」

 

 途端、まるで撃鉄が落ちるように、脳裏に痛みが走った。

 

 「おい、トネリコ!? 大丈夫か!?」

 

 心配してわたしに寄ろうとしたグリムさんを、自らの手を向けて制止する。

 

 「ええ、大丈夫、だから。……ごめんなさい、ちょっとわたしも寝室で横になるわ。教えてくれてありがとう、ウーサーさん」

 

 そうしてわたしは、おぼつかない足どりで、自らの部屋へと戻った。

 

 

 ──────これが。

 わたし(・・・)として過ごす、最後の時間だとも知らずに。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 微睡みの中、()は目を覚ます。

 

 この地そのものが夢であるが故に、この地では夢を見ることはない。

 であればこの景色は、自らの内側。心の核(・・・)に他ならない。

 

 

 "無垢(むく)心理(しんり)領域"。

 

 

 

 

 

 辺りには、一面の()が広がっていた。

 その中で、()だけが、ぽつりと()を放っている。

 

 

 そうして独り、その一面の白を見渡す。

 

 

 「─────────いた。」

 

 

 そんな真っ白な世界で、いつかのわたし(・・・)が、倒れていた。

 

 使いすぎて棄てられた、汚らしい妖精。

 手足をもがれた、落ちこぼれの妖精。

 

 "人の善いわたし" は、虚ろな瞳で何もないソラを見上げていた。

 

 

 ()は、

 そんな彼女にかけるべき言葉を知っている。

 

 

 だから躊躇うことなく、まっすぐにその雑巾のような少女へ歩み寄ろうとして、

 

 

 ぎゅっ、と。

 

 背後から、それを引き止めるように "誰かの手" が私の腕を掴んだ。

 

 大きく振り返ることはせず、ちらりと、掴まれた自身の腕を見る。

 

 

 そこにあった手は、

 まっしろくて、おおきくて。

 そしてなにより、(あたた)かかった。

 

 その(ぬく)もりから、音のない言葉が伝わってくる。

 

 

 "それをえらんだら、きみはきっと、またかなしいおもいをすることになる"

 

 

 この夢の中くらい、忘れていてもいいだろうと。

 辛い記憶にはフタをして、無垢なきみとして。

 このまま過ごしていくことが幸せだろうと。

 

 ああ。

 それが慈悲(やさしさ)であることは、私にもわかる。

 

 

 でも───、

 

 

 「いいえ。……生憎だけど、私はもう、私の生き方を決めたの」

 

 あの日。

 もう()がなかったわたしを生き返らせて、あの人はその生き方を与えてくれた。

 

 

 "それが、みんなにきらわれるいきかたでも?"

 

 

 「──────それでも。お母様(・・・)を知らないわたしなんて、そんなの私じゃないから」

 

 だから今さら、自分の生き方を変えることなんてできない。

 きっとあの時間(わたし)は、ほんの少しの気まぐれで、あってはならない幻想なのだ。

 

 たとえどれほど醜くて、汚らしくて、憐れでも。

 私は、あの人のために生きると決めている。

 

 いつも。いつも。

 わたしのために泣いてくれた(・・・・・・・・・・・・・)、私のお母様。

 

 

 "じゃあ、いってらっしゃい"

 

 

 「ええ。こんな私のために、ご苦労さま。……それから、ありがとう。お節介なかみさま(・・・・・・・・)

 

 

 

 白い手が、私の腕からほどかれる。

 

 

 

 そうして、私はわたしに駆け寄る。

 

 かけるべき言葉は、()のすべて。

 

 

 「目を覚ましなさい、"バーヴァン・シー"。

 悪逆(お母様のため)に生きるの。残忍(自分のため)に生きるの。

 おまえは、そうでなければ生きれない。」

 

 

 その言葉とともに、一面の白い景色は、シミが広がるように漆黒へと染まっていく。

 

 

 そう。これでいい。

 私は、そのためにここにやってきた。

 

 わたしの出番はこれにて、おしまい。

 ここから先は、私が目を覚ます番。

 

 「………おやすみ、人の善いわたし。」

 

 わたしは、暗闇に沈むように溶けていく。

 

 

 そのおわりに。

 

 

 「お───、ねがい──────、」

 

 

 「え──────?」

 

 

 「─────────、

  ───────────」

 

 

 そんな、

 吐き気を催すような、善性(ことば)を残していった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 その夜。一人の少女が、その島に現れた。

 

 

 「………ほう。そういうことか」

 

 その島(キャメロット)の女王は、ほくそ笑んで、オレにその少女を運ぶように命じた。

 

 「その娘は、汝の宿舎で寝かせておけ。そして、もしもその娘が目を覚ましたのなら、今から言う我の伝言(・・)を伝えろ」

 

 「伝言……?」

 

 女王は無言で頷き、

 

 「"カルデアを罠にかけ、予言の子の力が込められた純愛の鐘、これを五つ鳴らし終えたティターニアという娘から、それに用いる錫杖を回収しろ。" とな」

 

 刻みつけるような言霊(ことだま)を、オレに言い放った。

 

 「女王、それは───、」

 

 オレには、その言葉の意味は理解できなかった。

 ただ自身が腕に抱えているこの少女は、なにか大切な役割があるのだということだけは、察することができた。

 

 「……我は城に戻る。予定変更だ。この土地には大規模な舞踏会場(・・・・)を建てることにする。大穴は我が明日中に埋め立てよう。設計図は汝たちに任せるぞ、ライネック」

 

 そう言って、女王は踵を返す。

 

 「ウーサー、島の見取り図はあるか? 土砂の代用となる土地を選別したい」

 

 「はい。それでしたら、城内の倉庫の方に…」

 

 女王とウーサーは、そのまま城へと戻っていった。

 

 

 

 オレは女王の命令通り、目を覚まさぬ少女を抱えたまま、宿舎を目指して森を歩く。

 

 

 夜の森の静寂に、

 自身の足音だけが重なっていく。

 

 

 そんな、物悲しい夜に。

 

 

 「ごめん、なさい──────、」

 

 

 ぽつり、と。

 その少女は、眠りながら呟いた。

 

 「──────!」

 

 思わず驚くも、きっとただの寝言だと思って、なにも返さずに、オレは歩みを止めなかった。

 

 

 「うまくできなくて、ごめん、なさい、」

 

 

 「いつも、迷惑をかけて、ごめん、なさい、」

 

 

 「助けられなくて、ごめん、なさい───、」

 

 

 

 その呟きは、誰に向けて吐き出されたモノだったのだろうか。

 

 

 オレには、この少女の境遇はわからない。

 おそらく、知っても理解などできないのかもしれない。

 

 けれど、あんまりだ。

 

 弱々しく吐露するその少女を見て、先ほど女王が言い放った伝言という名の "命令" を与えることなど、オレには到底できなかった。

 

 

 ああ。わかっている。

 女王の命令に背けば、せっかく目前にまで迫ったあの夢を、叶えることができなくなってしまうかもしれない。

 そんなことは、百も承知だ。

 

 

 それでも──────、

 

 

 

 「幸せになれなくて(・・・・・・・・)、ごめん、なさい───、」

 

 

 

 オレは、"こういうもの" のために、あの夢を願ったのではなかったのか。

 

 孤独で儚げなその顔と姿が、かつて助けられなかった、あの少女(・・・・)と重なった。

 

 であれば、この選択は間違いじゃない。

 たった一人の少女の幸福(・・)も叶えられずに、どうして幸福な世界など叶えられよう。

 

 

 

 「っ─────────、」

 

 

 もうとっくに流し枯れきったその少女の代わりに、オレはただ無言で涙を流した(・・・・・)

 

 

 その日、ライネックという男は。

 女王を裏切る道を選び、そして誓った。

 

 

 この少女の為に。

 オレの()を捧げても、良い と。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして、

 窓から差す朝日で、オレは目を覚ました。

 

 視界の端には、今まさにこの部屋を出ていこうとする、あの少女の姿があった。

 

 

 「トネ、リコ──────?」

 

 

 少女は、振り返ることなく、扉の前で立ち止まる。

 

 

 「どこに、いくんだ───、?」

 

 曖昧な意識の中、少女を呼び止める。

 

 

 「…………ねえ、最後に教えて」

 

 

 少女は顔を向けぬまま、

 

 

 「あの日、どうして私を助けたの。

 ……どうして、お母様の伝言を黙っていたの?」

 

 

 その問いを投げかけた。

 

 

 ああ。その疑問はもっともだ。

 その二つの行為は、余人(よじん)から見れば背反(はいはん)した行動だと思われても仕方がない。

 

 女王の命令を守りながら、

 女王の命令に逆らったのだから。

 

 「それは──────、」

 

 けれど。

 なんということはない。

 

 オレにとっては、どちらも理にかなった選択だった。

 

 単純なことなのだ。

 難しいことではない。

 

 オレは、ただ。

 

 

 「きみに、幸福になってほしかった(・・・・・・・・・・・)から」

 

 

 あたりまえの幸せを、噛み締められる今日を。

 オレは、きみにあげたかったんだ。

 

 

 

 「─────────、そう。」

 

 

 それだけを言い残して、少女は扉を開く。

 

 

 その去り際、

 

 「さようなら。……ありがとう、ライネックさん」

 

 

 微かな声色で、別れの言葉を伝えていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 宿舎を出た先には、どこかで見覚えのある顔をした黒衣の女が、私が来るのを待っていたかのように立っていた。

 

 

 「アナタ、もしかしてムリアン………?」

 

 「残念ですが、人違いです。わたしは、貴方をここへ呼んだ人物の協力者…と言えば、ある程度 理解していただけますか?」

 

 初めて会う相手だったけど、それを言われて、この女のおおよその立ち位置を私は理解した。

 

 「──────そう。ならちょうどよかった。そこの宿舎にいる人間(ニンゲン)たちから、私の記憶を消して(・・・・・・・・)もらえない?」

 

 その言葉を聞いた彼女は、無言で私を見つめる。

 

 「これから私が動く上で、変に知り合い(ヅラ)をされたら面倒だもの。それくらいできるでしょ?お母様の知り合いなら」

 

 彼女を試すように、そう頼み込んだ。

 

 「──────ええ。はじめからそのつもりでしたよ。わたしはあの人(・・・)ほど放任主義ではありませんので。もとより彼らは、本筋に関わってはならない住人です。どのみち、貴方がこの島の女王の下で動くのであれば、もう従者は必要ないと彼女も(おっしゃ)っていましたから」

 

 「なら決まりね。私はこれからお母様に会ってくるから、後のことはよろしく。見知らぬ協力者さん?」

 

 そう言って、彼女と無言ですれ違う。

 

 

 「──────らしくないですね。正直者の貴方が嘘をつく(・・・・)なんて。これから何をしようとしているのか、わたしにはわかりますよ」

 

 そう言って、私を呼び止めた。

 

 「……なんのことかしら。私がお母様に会いたくないとでも思ってるの?」

 

 「いいえ。貴方のその願望は紛れもない本心でしょう。ですが、貴方が "これからしようとしている" ことは、貴方の願望ではないのでは?」

 

 

 どうやらホントに。心底 頭にきたけど。

 この女は、私が考えていることを見透かしているみたい。

 

 

 「ここにいるのは、"夢の中だけの住人" です。現実には影も形も残さない、架空の人々。助けたところで見返りはないし、情を抱いたところで救われるものもない。ただのNPC(端役)にすぎません。……そんな、取るに足らない路傍の石(・・・・)に、貴方は数少ない自由を費やすのですか?」

 

 

 女は言う。

 その行動に、意味などないと。

 誰にも目を向けられぬ道端の石ころに、オマエは語りかける馬鹿なのかと。

 

 

 でも。

 それは大きな間違い(・・・)だ。

 

 

 「勘違いしているようだから、教えてあげる」

 

 

 彼女の方へと、僅かに振り返って。

 

 

 

 「……路傍(ろぼう)の石だったのはね、わたしの方(・・・・・)なの」

 

 

 自嘲(じちょう)混じりに微笑んで、そう答えた。

 

 

 ゴミのように棄てられ、置き去りにされたもの。

 使い潰されるだけだったそんなわたしの、幸福を願ってくれた人がいた。

 

 

 そして、

 

 

 "わたしのために泣いてくれた(・・・・・・・・・・・・・)

  あの人に恩返しをしてあげて───"

 

 

 たとえ夢幻(ゆめまぼろし)でも。

 おとぎ話のような創作(ニセモノ)だったとしても。

 お母様(そんなひと)と同じように、わたしの幸福を願ってくれる人がいたのだ。

 

 

 「────────────、」

 

 

 なにも言い返さなかった彼女を置いて、私は、わたしの最後の願いを叶えるために、その場を後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして、私はキャメロットの港へと到着する。

 

 「さて、どうしよっかな……」

 

 ああは言ったものの、私には島を移動する手段がない。

 適当な島の人間(ニンゲン)を脅して、無理やりにでも船に乗せてもらおうか、などと思案していたら。

 

 

 「おや? こんな早朝から潮風を浴びに来られるとは。海の醍醐味(だいごみ)がわかっておりますね、お嬢さん」

 

 

 いたいた。適当(・・)なヤツが。

 

 そこには、つい先日 会ったばかりの、あの変わった行商人の船乗りがいたのだ。

 

 「おい、(ウマ)ヅラ。ちょっとその船 乗せてけよ」

 

 「(ウマ)ヅラ──────!!??」

 

 困惑する彼に、無言で圧をかける。

 

 「──────構いませんが。なんだか昨日に比べて、ずいぶんと雰囲気 変わりましたか?お嬢さん」

 

 「そう?気のせいじゃない? ……とりあえず、話が早くて助かるわ」

 

 そう言って、彼の船の船尾に乗る。

 

 「……ところで、目的地はどちらまで?」

 

 彼のその言葉に、私は振り返って、

 

 「……人のいない島、ソールズベリー(・・・・・・・)

 

 その場所の名前を口にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 潮風を切って、船は進んでいく。

 

 「どうです?私のビット号の乗り心地は! まさに優雅に草原をかける草食動物が如きクルージング!ああ、船の両脇で戯れるイルカの群れが見えるようですな…」

 

 「見えないけど?」

 

 「お嬢さん、大事なのは想像力。イメージするのは、常に最速の自分ですよ」

 

 彼の言葉を適当に流して、私ははじめて(・・・・)の船旅の景色に目を細めていた。

 

 

 「それにしても、なぜソールズベリーに? 人がいないこともご存知のようですし、もしや一人キャンプ……ソロキャンってヤツですか?」

 

 「は? この私が好き好んでこんな蒸し暑い中、外で寝泊まりなんかするわけねぇだろ。オマエには関係ないから、黙って操縦してろ」

 

 「あ、ハイ。では、間もなく到着しますので、しばしの波の音をお楽しみください……っと!?」

 

 彼の驚いた声とともに、船は唐突に減速する。

 

 「今度はなに……?」

 

 「渦潮(・・)があります。……驚きましたね。ソールズベリー近海で、このようなものを目にするのは私もはじめてですよ」

 

 彼のその言葉を聞いて、私も船首の方へと移動する。

 

 「見てください。砂浜に一隻(・・) 漂着している船があります。可哀想に。救難を要請してあげたいところですが、この渦潮ではそも救助ができませんね……」

 

 「ねえ、島を迂回(うかい)して、別のところから入れないの?」

 

 「構いませんが、ソールズベリーの島は南側にしか船を乗せれる砂浜がありませんよ? 他は切り立った崖になっておりますし…」

 

 「それでも構わないから、早くまわって」

 

 私の指示に渋々(うなず)いて、彼は船を迂回させ、反時計回りに島の周りを進んでいく。

 

 「──────!」

 

 その途中。

 ソールズベリーの島の東側。

 切り立った崖の下に、海と繋がった洞窟(・・)があったのだ。

 

 「ねえ、あそこ。中に入れる?」

 

 「……正気ですか?島そのものには入れますが、ここからでは島の陸にはあがれませんよ?」

 

 「どういう意味…?」

 

 「ソールズベリーには、島の山頂より滝が流れ、それが大規模な川をつくっています。この洞窟は、その川と外海が繋がっている場所なのです」

 

 「だったら、ここを上っていけば島に入れるだろ?」

 

 私の言葉に、彼は頭を振る。

 

 「ソールズベリーの川はかなり崖下を流れておりまして、ロッククライミングの技術でもないと、上にあがるのは困難ですよ」

 

 なるほど。

 けれどそれなら問題ない。

 私の目的は、"島にあがること" ではないのだから。

 

 「なら別にいいわ。いいからこの洞窟を進んでくれる?」

 

 「え?私の話きいてました?」

 

 再び無言の圧を彼にかける。

 それで観念したのか、彼は船を洞窟の中へと進ませた。

 

 

 

 水の流れる音と、滴る音だけが、暗闇の洞窟に響く。

 

 船の船首に取り付けられた明かりだけが、辛うじて進行方向を照らしていた。

 

 

 「……ここ、両脇に下りれる」

 

 人が一人通れるくらいの脇道が、洞窟の両脇にはできていたのだ。

 

 「オススメはしませんよ。なにせ、その脇道の横には、まるで(アリ)の巣穴のようにいくつも洞穴が広がっておりますから。……そしてお察しの通り、魔獣(・・)がいます」

 

 彼は冷や汗をかきながら、そう言った。

 

 「──────そう。じゃあ、私はここに用事があるから、オマエはそこで船を停めて待ってろ」

 

 「さっきからホントに話きいてます!!? 洞穴は複雑に広がっておりますし、上に繋がっているわけでもないのですよ!!? 迷路のように迷って野垂れ死にますよ、お嬢さん!!」

 

 「うっさい。大きな声だすなっての。二日もすれば戻ってくるから、帰りはよろしく」

 

 そう言って、私は船から飛び降りる。

 

 「…………わかりました。私も腹を括りましょう。こんな薄気味悪い洞窟の中で過ごすのは、ぶっちゃけ気が触れそうですが、貴方のお帰りを待ってます、お嬢さん。必ずお戻りになられますよう」

 

 

 彼のその言葉に、振り返ることなく手を振って、私は暗闇の洞穴を進んでいった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 わたし(・・・)の世界は、この暗闇だけです。

 

 "朝のひばり" を、知りません。

 "夜のとばり" も、わかりません。

 "夏のひでり" が、感じられません。

 

 "夢のおわり" は、どこにもないのです。

 

 なので。

 "生まれた理由" はないのです。

 

 だって誰もわたしを知りません。

 わたし()わたしを知らないのです。

 

 いつから、ここにいたのでしょう。

 なんのために、生きているのでしょう。

 

 知らないづくしのわたしには、

 そもそも答えがありません。

 

 

 水は、一日ひとくち。

 食べものは、一日ひとかけら。

 

 それももう、ずいぶんと前に尽きました。

 

 だから、ひっそりと。

 誰にも見向きもされないまま終わるのです。

 

 ああ。"夢のおわり" は、今でした。

 

 

 

 

 ──────でも。

 願い(・・)だけはあるのです。

 

 

 "朝のひばり" が、見たいのです。

 "夜のとばり" が、見たいのです。

 "夏のひでり" を、ただ浴びたいのです。

 

 

 もしも生まれ変われたら、

 そんな希望(・・)に満ちた日々を。

 

 

 そう願って、わたしは瞼を閉じます。

 

 

 

 「─────────みつけた。」

 

 

 そんなわたしのもとへ。

 "暖かな光" が、まっすぐに差したのです。

 

 

 

 そのひとは、青白い不思議な灯りをもって。

 わたしを見つけてくれました。

 

 

 「あなたは、"魔女さま" ですか……?」

 

 天使と呼ぶには少し汚れていて。

 悪魔と呼ぶにはどこか美しくて。

 

 魔女と呼ぶのが、相応しく思えたのです。

 

 

 「そう。………とりあえず、これ食べて」

 

 どさっと。

 水と食べものが入ったかばんを置きました。

 

 

 でも。

 彼女の顔と姿を見ればわかるのです。

 

 傷と泥だらけの手で。

 魔獣たちの返り血に染まった服で。

 

 ぼろぼろになりながら、立っているのです。

 

 

 「いいえ。どうか、それは魔女さまがお食べください。だって、とても頑張ったのだとわかります」

 

 

 「──────私にはいらないものだから。いいから、さっさと食べろ!」

 

 そう言って、彼女は強引にわたしの口へ。

 ちぎったパンと水を飲ませてきました。

 

 わたしはもごもごと、それらを呑み込んで。

 

 「ありがとう、魔女さま。

 わたしなんかのために、ありがとう。」

 

 心からの感謝を口にしました。

 

 

 「………じゃあ、ついてきて」

 

 

 そうして。

 わたしはその魔女さまと手を繋いで、その暗闇を歩きました。

 

 魔女さまの進む先には、綺麗な光の粉のようなものが散らばっていました。きっと道しるべに撒いてきたのでしょう。

 

 「……どうして、わたしの居場所がわかったの?」

 

 彼女の顔を見上げて、そう訊ねます。

 

 「わかるかよ。手当り次第にまわっただけ」

 

 その言葉に、わたしは驚きました。

 だってそこまでのことをされる理由がありません。

 

 「……ありがとう、でもどうして?」

 

 わたしは彼女を知りません。

 でも、彼女もわたしを知らないはずなのです。

 

 

 「オマエの名前(・・・・・・)を、

 知りたがってるひとがいたから」

 

 

 ああ。

 なんて、純粋で素朴な理由なのでしょう。

 

 「ありがとう。でもごめんなさい、魔女さま。……わたし、"自分の名前がわからない" んです」

 

 それを聞いて彼女は、ほんの僅かだけ立ち止まりました。

 

 それは、一瞬の動揺です。

 だって、それはそうなのです。

 

 彼女がここまで頑張った理由を。

 こんなにも、ぼろぼろになりながらやってきた、ただひとつの理由を、わたしは彼女に返せないのです。

 

 「ごめんなさい、本当にごめんなさい、魔女さま」

 

 こんなにも惨めでごめんなさい。

 それだけのこともできなくてごめんなさい。

 

 わたしは、ただ悲しくて、涙が出てきました。

 

 

 「………そう。

 でも、名前がないコトってそんなに悲しい?」

 

 「え──────?」

 

 だって彼女の努力が無駄になってしまうのです。

 それはとてもとても、彼女にとって悲しいことのはずなのです。

 

 「なら、こうしたらどう?

 ま、ただの思いつきだけどさ───」

 

 彼女はなんてことのないように。

 

 「わたし(・・・)の名前を使えよ。

 ──────────トネリコ(・・・・)。」

 

 思わず、わたしは目を丸くしました。

 

 「どうせもう使わないし。

 …大事な名前(・・・・・)だから、忘れんじゃねぇぞ」

 

 

 その名前に。

 どれほどの想いが篭っていたのでしょう。

 

 「──────うん。わかった」

 

 わたしは嬉しくて。ただ、ぎゅっと。

 彼女の手を握り返しました。

 

 

 

 

 ***

 

 

 そうして私は、少女(・・)を連れて船に戻る。

 律儀にも、ちょうど約束の二日が経っていた。

 

 「よくぞご無事で!……そちらの女の子は?」

 

 船乗りもまた、律儀に私を待っていた。

 

 「たまたま見つけただけ。もうここに用はないから、キャメロットまでお願い」

 

 

 少女を船に乗せ、私たちはあの島へと戻る。

 

 その最中、この世界のあらゆるモノに目を輝かせる、その少女の表情が強く私の脳裏にこびりついた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「……ほら、あそこがオマエの家」

 

 船を降り街のはずれに出た私は、そう言って少女にその家を指さす。

 

 「……でも、わたし。なにも覚えてないのに、いいのかな」

 

 「まだそんなこと気にしてんのかよ。……安心しろ、あの家、お人好しの変わり者しかいねぇから」

 

 そう言って、私は少女の背中を軽く押す。

 

 「──────うん。」

 

 そうして心を決め、歩み出す少女を見送って。

 

 「……それじゃ、あの人たちをよろしく」

 

 私は踵を返す。

 

 

 

 その背中に、

 

 

 「────ありがとう!

 大切に───大切にするね!」

 

 少女の言葉が届く。

 

 

 「このお名前、だけじゃなくて、

 あなたの心を、いつまでも、いつまでも…!」

 

 

 

 そんな取るに足らない。

 けれど何よりも輝かしい言葉が、投げかけられた。

 

 

 「──────ああ。そうだったんだ」

 

 こんなのは、ただの気まぐれ。

 あの少女に深い想い入れがあったわけでも、消えゆくわたし(・・・)に同情したわけでもない。

 他人からみれば、取るに足らない彼への恩返し(りゆう)だったのだ。

 

 けれど。

 ただそれだけのことで。

 あの少女が残した言葉が。

 こんなにも胸を温かくする。

 

 「だから、私を助けてくれたの? ……お母様」

 

 

 ようやく気づけた。あのひとの理由。

 だから、あの少女に礼を言うべきなのは、私の方だったんだ。

 

 

 「……違う。

 教えてくれて、ありがとう。」

 

 感謝の呟きは、か細く僅かに。

 けれどその想いは、心へ確かに。

 

 

 さようなら、幼いわたし。

 たとえ夢幻に終わっても。

 胸に残る星の鼓動。

 誰かの愛(・・・・)は、やがて誰かの(むね)に届くでしょう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 港に戻った私は、独り海を眺める。

 

 「少しお休みになられては? ……あの二日間、ろくに眠っていらっしゃらなかったでしょう」

 

 あの船乗りが話しかけてきた。

 

 「アナタ、まだいたんだ。もう用はないからさっさと消えてもらって構わな───、」

 

 い、と言いかけた手前で。

 

 どこからか、鐘の音(・・・)が響き渡った。

 

 「おや。ここ最近、よく耳にしますね。これで三回目(・・・)でしたか?」

 

 それで。

 自分のやるべきことを思い出した。

 

 「ねえ、この鐘について、アナタ詳しく知ってる?たとえば、鳴らす順番とか」

 

 「いえ、特には。……ですが、ここ最近ロンディニウムに来られた旅人の方たちが関わっていらっしゃるそうで。なんでもあちこちの島を巡ってるそうですよ。……順番に関しては、彼ら次第なのでは?」

 

 「……そう。なら追っ払って無理やり六つ目にさせるしかないか」

 

 独り呟く私に、船乗りは首を傾げる。

 

 「ねえアナタ、ひとつ頼まれてくれない?」

 

 「既にひとつどころではないくらい色々と頼まれておりますが、なんでしょう」

 

 「そのロンディニウムの旅人たちとやらに、"鐘を五つ鳴らさなきゃキャメロットは門前払いにする" って、伝えてくれる?」

 

 船乗りは、その理由を理解できずとも頷いた。

 

 「では、おまかせを。Umazon(ウマゾン)はメール便の配達も(うけたまわ)っておりますからね」

 

 一体いくつの事業をまわしてんだ、コイツは。

 

 「しかし、さすがの私も今日明日くらいは暖かいベッドでぐっすりと眠らせていただこうと思います。お嬢さんもどうか、お休みになられてください」

 

 「ええ。……ま、それくらいは許してやるよ」

 

 そう言って、私はその船乗りと別れる。

 

 目的地は今度こそ。

 あのお母様が待つ "キャメロットの城" だ。

 

 

 

 ***

 

 

 けれど。その城に辿り着くよりも前に。

 私は衝撃的なモノを目にした。

 

 

 島の中央。

 大きくそびえ立つ、ドーム型の建築物(・・・・・・・・)

 

 「なに、これ──────?」

 

 はじめて目にするその異物に、目を丸くしていると。

 

 

 「"ダーリントンの歌舞会(ケイリー)"。……この島の女王と住民が、貴方のため(・・・・・)に建てたダンスホールですよ、トリスタン」

 

 背後から、あの黒衣の女に声をかけられた。

 

 「アナタ、どういうこと……? だってもう、あの人たちはみんな…」

 

 「ええ。約束通り、彼らが貴方と関わることはもうありませんよ。……ですが、たとえ記憶を消したとしても、その過程で築き上げたもの(・・・・・・・・・・・・)だけは、消すことはできませんから」

 

 女は、コホンと咳払いをして。

 

 「そ、れ、と! またしても女王からの伝言になりますが、"カルデアの皆さんが来訪してくるまでの間、このダンスホールを貴方の持ち場にする" とのことです」

 

 そう、僅かに微笑んだ。

 

 

 「──────そっか。」

 

 

 それはいつか願った、私のしたいこと(・・・・・)だった。

 

 

 ここが。

 私のための、居場所だというのなら。

 

 私は望まれるように。望むように。

 

 

 「それじゃ、最ッ高の踊りを魅せねぇとな?」

 

 

 どうか、そのおわりが訪れる時まで。

 ──────私は、ここで踊り続けましょう。

 

 

 

 ここまでが、私の "余聞"。

 ここから先は、私のしたいこと。

 ここに残したのは、わたし(・・・)(はなし)です。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして。時は最後の日(・・・・)に至る。

 

 "復興のお祭り" を終えて、私はカルデアの船から、遠ざかるあの島(キャメロット)を眺めていた。

 

 

 「どうかしたの、トリスタン」

 

 そんな私に、あの予言の子(・・・・)が声をかけた。

 

 「───別に。オマエには関係ねぇよ」

 

 私のその言葉に、そっか、と言いながらも、彼女は同じく隣で遠ざかる島を眺め出す。

 

 その姿をちらりと横目で見た時、どこかで見覚えのある白い花の髪飾り(・・・・・・・)が、彼女の頭に飾られているのが目に入った。

 

 

 それで、ふと。

 

 

 「なぁ、ティターニア。馬鹿げたこと聞くけどさ」

 

 「───うん。」

 

 「"誰もが許し合う世界" なんて、あると思う?」

 

 そんな私の言葉に、しばし彼女は目を丸くする。

 

 それが気まずくなって、

 

 「わるい、やっぱ今のナシ」

 

 そう取り消した私に、

 

 「うん。少なくとも、"私たちの世界" では、できなかったよ」

 

 彼女はそう答えた。

 

 

 ああ。言えてる。

 その言葉を、私は否定できない。

 

 

 「────それでも(・・・・)、まだ。

 "()の世界" は、終わりじゃないから」

 

 その言葉に、今度は私が目を丸くした。

 

 

 「何百年、何千年。……ううん。もっともっと先かもしれない。でも、"その先がある" っていうのは、それだけで希望(・・)に溢れてると思うんだ」

 

 私たちの世界はここまでだったけど。

 "アイツらの世界" なら、きっと。

 

 今はまだ程遠くても。

 きっと叶えてくれると信じている。

 

 彼女はそう言っているのだ。

 

 

 「……そんな手に入らないもの、本気で信じてるんだ、オマエ。自分で言ってて、虚しくならない?」

 

 「そうかな。……うーん、これは誰か(・・)の受け売りなんだけど」

 

 彼女は少し照れくさそうにしながら、

 

 

 「ありもしない()を探すのは、

 寂しいけど、ちょっとだけ楽しいよ。」

 

 

 

 噛み締めるように、そう口にした。

 

 

 「……ふーん。オマエ、もっと悲観的なヤツじゃなかったっけ? 誰かさんの楽観的なウザさが移ってない?」

 

 少し面白がって、そう馬鹿にする。

 

 「し、失礼な!聞いてきたのはそっちじゃん!」

 

 彼女は顔を赤らめてムキになった。

 

 

 その姿を揶揄(からか)ってひとしきり笑った後、

 

 

 「────まあ、でも。それなら、別にいいか。」

 

 

 私のしたいこと(・・・・・)は、もう叶っている。

 だったら、最後の最後は。

 

 そんな馬鹿げた希望(・・)に。

 誰もがくだらないと思う理由に。

 

 託してみてもいいかもしれない。

 

 

 ねえ、お母様。

 もしもそんな世界になったら、

 そこは。お母様の居場所(・・・)に、なってくれるかな。

 

 

 

 

 『蘇芳』-了-

 

 




 
 
 
 まずは、ここまでお読みくださいまして、誠にありがとうございました。本編の与太話……余聞も、これで最後となります。楽しんでいただけたのなら感無量です。
 
 いやぁ、それにしても2部6.5章のトラオム、面白かったですね〜!やはり東出先生は、サーヴァント同士の関係性や、彼らの()としての"第二の生"の描き方が大変趣深くて尊敬するばかりです。……え?そんなことはいいから早く今回の補足を話せって? ハイ、わかりました。()
 
 というわけで、話は逸れましたが、今回描いた最後の余聞は、とある少女とその幸福を願った誰かの話でした。
 
 
 ・忘れた少女
 
 幸福を願われた少女。
 あえて空白にしていた彼女の時間を、与太話ってなんだっけ?と思ってしまうくらい、今回はがっつりと書いてしまいました。最後だし、別にいいよネ!
 冒頭、彼女が記憶ごとその悪性を忘れ去っていたのは、"呪い"の厄災を切り離して召喚したことによる副作用でした。ですが、彼女の母への想いを受けて、お節介な神は手を解いて見送り、ふたたび悪の華は咲くことになったのでした。
 自身の言葉に嘘偽りをのせない彼女ですが、実は余聞ではなく本編の方で、彼女は二回(・・)ほど嘘をついています。そのふたつはどちらも、彼女が自分自身の善良さを露呈させないためのものなのですが、そのうちのひとつが、ティターニアの錫杖を奪いその理由を語った際、「召喚されてから真っ先にお母様に会いに行った」という部分です。その後、すぐにランスロットたちから、その穴だらけの言葉を看破されておりますので、わかりやすかったでしょうが。
  二つ目の嘘も同じく第七節にて。こちらもわかりやすい反応なので、すぐ見つけられると思います。(ちなみに最終節の "UMA" を言ったと言い張る嘘は、邪神の見せた幻なのでノーカンね!)
 
 また、黒衣の少女───BBちゃんは彼女の来訪時から、ずっと監視し、なんならどこぞの妖精さんを偵察に行かせたりもしましたが、深い介入は、最後の最後までしませんでした。それもそのはず。善良でありながら、"たった一人のため" に悪逆に生きる道を選んだ彼女に、何か思うところがあったからでしょう。
 その温かな時間の価値を知る、路傍の石であるが故に。
 
 
 ・忘れぬ男
 
 幸福を願った男。
 「迫害、裏切り、喪失。そういった悲しみを抱えた者でも笑って暮らせる國をつくりたい」という夢を彼が最初に抱いたのは、その魂の根っこに、どれほど生まれ変わっても潰えぬ、誰かの後悔(・・)があったからなのかもしれません。
 女王たちの準備期間に旅をしていた彼らですが、どの島も女王たちの偏った夏の思想が介入した楽園だったので、彼の夢は叶えられずじまいでした。(例を出すと、グロスターは "娯楽" のみに傾倒、オークニーはその骨子が"恋のため"であったから)
 そんな彼にとってキャメロットは、思い描いた理想の世界を描ける余白があったのです。その理由は、「"罪" を体現する純愛の鐘がないこと」なのですが…話が逸れるので後述します。
 やがて彼は、そんな日々の中、唐突に現れたその悲しみの少女に、たった一人すら救えなかったかつての自分を思い浮かべ、"次こそは" と己の夢を捨ててでも助けようと決心するのでした。
 
 
 ・忘れられた少女
 
 幸福を願わない少女。
 彼らがソールズベリーで出会った、人なしの森の少女。
 彼女の立ち位置は、バーヴァン・シーの合わせ鏡でありながら真逆。"自分で自分を使い潰していた" 少女です。
 川に転落後、なんとか洞窟にあがることで一命を取り留めていた彼女ですが、魔獣蔓延(はびこ)るその洞窟で、逃げることも助けを呼ぶこともできずに、彼らから渡されていた食料を食べながら数ヶ月生き続けていました。その孤独の時間は、やがて彼女に諦観という名の絶望(・・)を与えました。…そうしてその今際の際、唯一にしてただひとりの "救世主" が訪れたのです。
 お察しかと思いますが、トリスタンが少女を救出した際の時間軸は、本編でティターニアたちがソールズベリー、最後の四周目を攻略中の時です。なので、あの少女が記憶をなくしていたのは、ヴリトラによる "この島での経験と記憶の没収" という常夏領域を受けていたからでした。
 キャメロットに帰還し、トリスタンが少女を見送った後、無事にティターニアたちの手で鐘は鳴らされましたので、少女はあの後しっかりと記憶を取り戻しています。
 ちなみに数ヶ月も前に亡くなったと思われていた少女をトリスタンが探しに行こうとしたのは、生きているという確信があったからではありません。仮に亡くなっていたとしても、彼女は蘇生させるつもりだったのです。
 かつて自らの母が、そうして自分を救ってくれたように。
 
 
 そしてここからは、先ほど後述すると言った、少し難しい設定面の話を。長いので本編ではあえて語りませんでした。
 冒頭、BBちゃんが「ここは楽園でありながら、楽園ではない場所。同じく偽りの姿だから彼女たち(妖精騎士)は、その矛盾に照応させて呼び出せる」と仰っていましたが、これはこの特異点の成り立ち、原理を指したセリフでした。
 
 この特異点は、"星の内海"という元々が楽園の場所でありながら、別の(・・)楽園の姿をカレンは描きました。この行為はそもそもが星への冒涜、罪深いことに他なりません。加えてそれぞれの島を形成する純愛の鐘は、元々は "罪を認めた妖精の証" である巡礼の鐘とそれに結びつく、楽園の妖精の力が由来なのです。
 そのため、この特異点の常夏領域は、因果(いんが)的に罪源(ざいげん)……すなわち"七つの大罪"がモチーフとなっています。
 グロスターであれば、
 「恐怖心という自己を尊重する傲慢(・・)
 ノリッジであれば、
 「自身の空想を現実に写し出す強欲(・・)
 ソールズベリーでは、
 「他者の経験を羨んで奪い去る嫉妬(・・)
 オークニーならば、
 「恋情に己の身も心も委ねる色欲(・・)
 オックスフォードでは、
 「空腹感から自分を抑えられぬ暴食(・・)
 ロンディニウムであれば、
 「諍いを失くし誰もが忘れた憤怒(・・)
 ……といった風に。
 
 常夏領域を、あえて真っ当に名付け直すのであれば、『楽園罪理(ギルト・アヴァロン)』といったところでしょうか。
 なぜキリストにおける大罪を?となるかと思いますが、それは媒介となったカレンが、生前はその道の人物だったからです。
 そして、あれ?六つしかなくね?と思ったそこの貴方、ズバリその通り。ですが思い出してください、そもこの特異点そのものが、カレンと楽園の妖精の二人がかりで出来た常夏領域(・・・・)でしたよね?
 
 なので最後のひとつは、この特異点すべて。
 「いつまでも幸福な夢に微睡む怠惰(・・)」なのです。
 
 なぜ "怠惰" だけが、他の六つを束ねる大罪として在るのかと申しますと、そも怠惰こそが、あの世界───ブリテン異聞帯における最大の罪にしてはじまりの罪。"聖剣を造ることをサボった" という怠惰だったからです。
 
 なので妖精騎士の三人が、あの方法で介入できたのは、この "罪を羽織っていながら、楽園の姿をしている" 特異点と同じく "罪を羽織っていながら、正義の騎士の姿をしている" という矛盾に照らし合わされていたからなのでした。
 
 
 と、いうわけで!FGO第二部第六章のアフターを描いたこの二次創作も、これにて正真正銘のおしまいです。この作品の更新は、これで完全に終了となります。
 この二次創作の原点であるFGO第二部第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」も、配信から一年が経ちました。あっという間ですね!
 そしてただのファンが夢想した、その先の "もしも" を描いたこの物語、そしてさらに先の観測者をもたぬ番外編。こんな枝葉の先の先まで読んでいただけたのなら、作者としては大変喜ばしいかぎりです。
 
 かの妖精王が抱いたように。
 この物語も、いずれは最後のページとともに忘れ去られ、置いていかれます。ですがそれでも、その後に残り続ける、権利があったのなら。
 
 この物語を愛していただけましたら幸いです。
 
 改めまして、本当に最後までこの作品をお読みくださり、誠にありがとうございました!
 
 
 それでは、またいつか。
 文章を通して、お会いしましょう。
 
 
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