Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 第三節目の更新となります。
 この物語はFGO 第2部 第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレ及び、FGOでの過去イベントの話が登場いたします。何卒よろしくお願いいたします。
 


第三節『サンフラウィ・バブルス』

 

 

 

 "絶叫"の島、

 グロスターの鐘は鳴りました。

 

 驚くべきことに、

 わたしのマーリン魔術が大活躍!

 こんなに上手くいったのは、

 オークション会場以来でした。

 

 わたしははじめて、

 遊園地なるものを経験しました。

 どこもかしこも慌ただしくて、

 終始困惑してたけど。

 

 舞踏会のように、行儀とか礼節とか。

 そういうものはいらないそうです。

 助かった。

 

 ああでも。

 ジェットコースターやお化け屋敷は、

 あんまり得意じゃなかったかなあ。

 

 怖いとわかっているのに、

 自分から怖い思いをしに行くなんて、

 ちょっと意味がわからないというか。

 わたしには無理だ。

 

 

 ───けれど。

 一緒にいたみんなは、

 すごく楽しそうだったのです。

 そこには、嘘も偽りもありませんでした。

  

 

 わたしがあの島で気に入ったのは、

 きっと。そういうものです。

 

 

 

 

 第三節『サンフラウィ・バブルス』/

 

 

 「おはよう、みんな」

 

 ───昨日の朝、自分たちは第一の島 グロスターの純愛の鐘を鳴らすことに成功した。

 その後、明け方にロンディニウムへと帰還したため、その日はそのまま休暇とし、そして今 一夜明けての朝を迎えていた。

 

 「やあ、立香。昨晩はぐっすり眠れたようだね」

 

 先に起きてきていたネモ船長は、ダイニングの椅子に背中を預け、起床してきた自分に挨拶をしてくれた。

 

 「はい。これも全部ネモ船長のおかげですよ」

 

 あの後、ネモ船長は約束通り、ロンディニウムの船乗り達にBBランドの自由入場化のことを報告した。

 その結果、船乗り達はお祭り騒ぎ。ネモ船長を含む自分たちに厚く感謝をして、街にある使われていない住居者不在の身内の空き家を自由に使ってよいと言ってくれたのだ。そのおかげで、昨晩はふかふかのベッドでぐっすりと眠ることができた。

 

 「こうした拠点を確保できたのは、僕も想定外だったよ。オマケに、タイニー・ノーチラス号も、あのまま使ってくれてよいと言ってくれたしね。"渡りに船"とはまさにこの事だよ。……まあ、記念に花火(・・)を打ち上げようと言われた時は、流石に止めたけどね」

 

 この島には、どうやら花火職人も居住しているらしい。

 

 「おはようございます〜、マスター、」

 

 次に起きてきたのはガレスだった。まだ少しばかり寝ぼけているようだったが、寝癖などは目立ってついていなかった。

 本来。サーヴァントにとって睡眠による休息は必要ない。けれどこの特異点においては、カルデアとの連絡もつかずバイタルのチェックは各自で行なうしかない。魔力の温存も兼ねて、少しでも休息をとった方がよいと判断したのだ。そしてそれは"食事"についても同じく───

 

 「そら、できたぞ。確かパエリア(・・・・)だったか?…カルデアに召喚されてから知った欧州の手料理だが、こいつが意外といける。海が近いのもあって、鮮度のいい魚介が採れっからな」

 

 そう言って村正がテーブルに並べたのは、シーフードのパエリア。美味しそうなスパイスと魚介類、オリーブオイルの香りが食欲を唆らせた。

 

 「すごい。村正、こんな料理も作れたんだ…」

 

 感嘆の声はガレスの後方、二階から降りてきたばかりのティターニアからのものだった。

 

 「匂いに誘われて目ェ覚めたかい?……まあ。グロスターでは、不本意とはいえ迷惑をかけたからな。これくらいの振る舞いはさせてもらうぜ」

 

 そう言って、村正は得意げにナプキンで手を拭いた。

 

 「うん。ライスによく味が染み込んでいる。まるでよく水を吸収したモクヨクカイメンのようだよ!」

 

 「海の幸を使った料理で、海綿を喩えに出されんのはわかりづれぇな…」

 

 ネモ船長の食レポに、村正がツッコミをいれた。

 しかし。確かにこのパエリアは非常に美味しい。本当に彼はただの刀鍛冶なのだろうか。一流レストランのシェフじゃないのか。

 

 「ところで村正シェフ!その格好は?」

 

 ハフハフとパエリアを頬張りながら、ガレスが訊ねる。

 

 「そう慌てて食べなくても、おかわりはあるぞ?……って、この格好か。こっちに召喚された折に着せられたもんだ。和服以外を着るのはどうにも慣れねぇが、これが存外に動きやすい」

 

 村正は普段の和装とは異なり、素肌に黒い薄手のカーディガンを羽織り、リングのネックレスを首からさげていた。下にはカーキ色のカーゴパンツに黒いサンダルと、なんというか、若い。

 

 「あの全身甲冑が夏の霊基じゃなかったんですね、村正のおじいちゃん」

 

 ふーん、と横目で村正の格好を眺めながらパエリアを頬張り呟くティターニア。

 

 「ったりめーだ。こんな蒸し暑い日差しの中、誰が好き(この)んであんなの付けっかよ…」

 

 そう悪態をつきながら、村正も椅子に座り、自分がつくったパエリアを頬張った。

 

 「それで。お次に向かう島は決めたのかい?お前さん達のことだ、昨日のうちに色々と調べて回ったんだろ?」

 

 「ああ。休むといっても、僕たちは休暇でここに来ているわけではないからね。……次の島は "ノリッジ" に向かおうと思っている」

 

 「ノリッジ…」

 

 「あの。薄々気づいていたのですが、この特異点の島々は、すべて私の故郷のブリテン───イングランドの地名では?」

 

 ガレスがこの特異点の地名について指摘をする。

 

 「ああ。恐らくだけど、この特異点の元凶は、イングランドに何か関係がある者か、もしくはそれを利用しようとしている者の可能性が高い」

 

 「なるほど。じゃあ、何者かが作為的にイングランドの地名を使っているってことですか?」

 

 ネモ船長の考察に、自分も納得した。

 

 「だろうね。だから、みんなもこのことは意識しておいてほしい」

 

 「では。そのことは頭の片隅に置いておくとして。……なぜ次の島はノリッジに?」

 

 もぐもぐ。

 

 「実は見ての通り、元々この家は "人が生活していた痕跡がある" のがわかるかい?」

 

 キッチンにダイニング、何部屋にも備え付けられたベッド。整った設備がなによりの証拠だった。

 この家を貸してくれた船乗り達も、確かにそう言っていた。

 

 「僕の方でも調べたところ、やはり数ヶ月前まで別の人間が暮らしていたそうだ。その人物は、ある日唐突に失踪した(・・・・)

 

 「原因不明の失踪…ですか、」

 

 もぐもぐもぐもぐ。

 

 「そうだ。しかも、それはこの家だけじゃない。この街の家のいくつかは、そうして行方不明になった人々の空き家が残っているらしい」

 

 「───なるほど。それで。失踪した人間たちが最後に向かったとされる場所、それがノリッジってわけか」

 

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 

 村正の指摘に、(約一名を除く)全員が固唾を飲んだ。

 

 「ああ。僕らとしても、この島は活動拠点だ。原因不明の失踪が、いつまた引き起こされるかわからない」

 

 「なので、不安要素は先に片付ける、ですね!」

 

 水を一杯飲んで、口の中のものを流し込んだガレスが大きく頷きそう答えた。

 気がつくと、パエリアはすべて平らげられていた。

 

 「───あっ、おかわりください!」

 

 食欲旺盛なのは、大変結構です。

 

 

***

 

 

 「───みんな、船旅ご苦労さま。コビレゴンドウのようにのんびりとした航路だったけど、退屈じゃなかったかい?」

 

 そう言って、ネモ船長はノリッジの海岸へと船を停泊させる。

 ノリッジには船を泊めるための桟橋がなかったため、形のよい岩礁(がんしょう)の付近に上陸した。

 

 「───よっと。到着する前にも思ったが、随分と眺めのいい島じゃねぇか。…蓬莱山(ほうらいさん)桃源郷(とうげんきょう)か」

 

 村正の指摘通り、ノリッジの島には美しい景色が広がっていた。

 

 生い茂る木々はどこまでも深い緑を讃え、島の近海は彩り豊かなサンゴ礁が溢れ、砂浜には小指の爪ほどの大きさの赤や緑の宝石のようなものが散らばっていた。見る人によっては、そこはまるで "理想郷" と見紛うほどの輝きを放っていた。

 

 「──────すごい、」

 

 感嘆の声はティターニアの口から零れた。

 彼女と同じように、自分もこの絶景に心奪われていると、

 

 「………ん? ちょっと待った。誰か、いる」

 

 木々の向こうからこちらへと歩いてくる人影が見えたのだ。

 しばしの緊張が走るも、様子を伺う。

 すると現れたのは───

 

 「キミは──────!」

 

 

 「ウフフ、エヘへ……お久しぶりです、マスターさま、船長さま」

 

 

 茂みの向こうから現れたのは、自分が契約していたサーヴァントの一人、十九世紀のオランダにて "狂気の天才画家" として死後讃えられ、サーヴァントとしてはギリシャ神話の悲劇の娘、クリュティエと混成し召喚されたフォーリナー(・・・・・・)─── "クリュティエ・ヴァン・ゴッホ" がそこにはいたのだった。

 

 「なんだ、知り合いのサーヴァントか?」

 

 「うん、ゴッホは俺たちの仲間だよ!」

 

 村正の問いに答える。そういえば彼はゴッホとは初対面だったか。

 

 「キミも召喚されていたとは。アムール神が招集したサーヴァントは、思っていたよりも大勢いるみたいだね」

 

 思わぬ出会いではあったが、危険視していたノリッジで味方を見つけられたのは大変頼もしい。

 

 「ウへへ…カレンさま、親切にしてくれて……こんなゴッホに……み、水着の霊基をくださいました……大感謝…大カレン謝祭…です、エヘへ、ゴッホジョーク………!」

 

 見ると、確かにゴッホの衣装は普段と異なり、薄氷色の水着に身を包み、腰にはヘリオトープ柄の濃い紫色をしたパレオを巻いていた。頭には、ヒマワリの花弁をあしらった花冠(はなかんむり)を付けている。

 

 「本当だ。よく似合ってるよ、ゴッホ!」

 

 「にに、にあっ───!?……あ、ありがとうございます…マスターさま。ま、まだ会ったばかりなのに、嬉しくて…ゴッホ、咲いちゃう……」

 

 そう言ってゴッホは、引きつったような笑みを浮かべながらも嬉しさを噛み締めているようだった。

 

 「まぁ、咲くのは少し待ってもらって。キミは、このノリッジに身を置いているのかい?もしそうなら、僕らに島を案内してほしいのだけど───、」

 

 「───!は、はい!船長さまの頼みとあれば、喜んで!」

 

 ゴッホは嬉しそうに何度も頷いた。

 

 「っと、その前に。(オレ)らの自己紹介をいいかい?───儂は千子村正。本職は刀鍛冶……なんだが、今はそこの藤丸の用心棒だ」

 

 「ティターニアといいます。ゴッホさん…でしたか?お初にお目にかかります」

 

 「ウヘヘ……て、丁寧なご挨拶を…どうも……、私はゴッホです……本当はもうちょっと複雑だけど……どうぞ、よろしくお願いします…ウフフ」

 

 「───あれ? ちょっと待った、ガレスはどうしたの?」

 

 そこで、自分たちは一緒にノリッジの島へ上陸したはずのガレスが不在なことに気がついた。

 

 「す、すみません、マスター〜〜、!」

 

 振り返るとそこには、亀のような歩みでヨロヨロと船からお腹を押さえて出てきたガレスの姿があった。

 

 「ちょ、!ガレスちゃん!?どうしたの、大丈夫───!?」

 

 全員で慌ててガレスのもとへと駆け寄る。

 

 「ど、どうやら、船酔い(・・・・)してしまったみたいで…」

 

 そう言って、ガレスはうっ、と口を押さえた。

 

 「サーヴァントでも船酔いってするの?」

 

 「前例はあまり聞いたことがないけど、ありえないケースじゃない。特に食事をとってすぐの出発だったからね。魔力変換という名の消化が追いついていなかったのかも……」

 

 「ったく、世話が焼けるな。パエリアを食いすぎたんじゃねぇのか?」

 

 「ごめんなさいぃ、村正殿のパエリア、本当に美味しくて…」

 

 それを聞いた村正は、ばつが悪そうに頭を搔いた。

 

 「まあ。作った側の身としちゃあ、腹一杯食ってくれるに越したことはねぇけどよ…」

 

 「ゴッホ、この近くに休める場所とかないかな?できれば屋内がいいのだけど…」

 

 「は、はい!それでしたら、街に宿があります……そこなら…ベッドもあるし、案内します……!」

 

 村正がガレスを抱え、全員でゴッホの案内のもとノリッジの街へと場所を移した。

 

 

***

 

 

 「ガレスは本当に役立たずです…、マスター…」

 

 ベッドに横になったガレスが、瞳に涙を浮かべながらそう口にした。

 

 「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。そもそも、ガレスは船旅の経験すらこっちに来て初めてだったんだから」

 

 「誰もいないようでしたので使わせてもらいましたが、本当にここの宿でよかったのでしょうか?」

 

 ティターニアの疑問通り、ゴッホに連れてこられた街の宿には、受付はおろか泊まっている客の姿もなかった。

 

 「はい。問題ありません……ここは元々 "そういう街" なんです…寂れた静かなとこ、です……」

 

 「ガレスに付き添ってあげたいところだけど…」

 

 「いえ、どうか私のことはお気になさらず…、皆さんはこの島の調査を続けてください。これ以上 私のせいで足を引っ張るわけにはいきませんので…」

 

 ガレスは申し訳なさそうにそう口にする。

 

 「なあキャプテンさんよ、お前さんがいっつも連れている分身のやつはどうしたんだ?そん中に看病が得意なヤツがいなかったか?」

 

 村正が指摘しているのは、ネモ船長の分身体の一人───ネモ・ナースのことだろう。

 

 「そうしたいのは山々だけど…この特異点に飛ばされたのは、トップの司令官である僕だけなんだ。アムール神による召喚とはケースが違うみたいでね…、分身体は魔力リソースを捻り出したとしても、一体つくるのが精一杯だ。今は、"宝具も使えない"。」

 

 ネモ船長は悔しそうにそう呟いた。

 

 「私一人のためにネモ殿の負担を増やすわけにはいきません。どうかご無理はなさらないでください。私はここで、体調が良くなるまで待機しています。回復したら、一目散に皆さまのところへ駆けつけますから!」

 

 そう言って、ガレスは無理に笑顔をつくる。

 

 「ガレス……、」

 

 「──────よし。なら、こうしよう。儂がここに残ってガレスの面倒を見る。その間に、藤丸とティターニア、キャプテンはゴッホの案内で島を散策する。これでいいだろ?」

 

 「村正───、」

 

 「村正殿、さすがにそれは───」

 

 「なんか文句あるか?そもそも、こういう事態を想定しねぇで朝食を作りすぎた儂にも責任の一端はある。おかわりがあるなんて言ったのは、他ならぬ儂だしな?……だいたい、前回のグロスターの時だって儂はお前さん達側にいなかったんだ。加えて今回は、頼もしい助っ人が一人増えたときた。ガレスと儂が欠員しても、前回と同じで探索メンバーは四人のままだろ?」

 

 「でも、それなら尚更、僕が分身体をつくった方が───」

 

 「お前さんは今回の特異点調査における司令塔だろ?もしも藤丸の身に何かあった時、冷静な判断をくだせるのはあんただけだ。そのあんたが魔力不足となっちゃあ話にならねえ。…んでもって、ティターニアは鐘を鳴らすための(かなめ)なんだ。…ほら。これが一番の最善策だ」

 

 村正はそう言って、行った行ったとこちらに手を払った。

 

 「本当にいいんだね、村正?」

 

 「ああ。心配しなくても、この馬鹿の体調が回復したらすぐに合流すらあ。そんなことよりもお前さん達が一番警戒すべきなのは、この島の "アイランド・クイーン"。そうだろ?」

 

 「───わかった。ガレスを頼んだよ、村正」

 

 そう言い残して、街の宿を後にした。

 

 

 「───ごめんなさい。でも、ありがとうございました。村正殿」

 

 「気にすんな。───さて。この宿に酔い止めの薬でも置いてねえか、探してくっかな」

 

 

***

 

 

 「ガレスと村正、大丈夫かな…」

 

 少し気になって、宿の方へ振り返り足を止める。

 

 「怪我をしたわけではないんだ。きっと数時間もすれば元気になって戻ってくるよ」

 

 ネモ船長はそう言って、背中をポンと叩いてくれた。

 

 「エヘへ、この街は静かなので……きっと休めると思います……ちなみにこの大通りの向こう側に……私のアトリエが…あります…、どうでもいいですよね……」

 

 そう言いながらゴッホは、道の先を指し示した。

 

 「ここの街、すごく綺麗な景色ですね」

 

 「は、はい……フランスの街並にそっくり…ですよ」

 

 ティターニアの言葉通り、街並は白と赤褐色を基調に、メリハリのある鮮やかな色彩に溢れていた。確かにこの景色はフランスの風景を想起させる。

 

 「うん。コートダジュール内陸のエズ村…いや、この場合は "アルル" かな」

 

 ネモ船長が挙げたアルルとは、フランスにある画家ゴッホにとって(ゆかり)の地の一つであり、夢と別離の詰まった場所だ。

 

 「ちょっと小っ恥ずかしいです…ウフフ、この島は……他にも、たくさんの絶景があります。どうぞ、案内します…エヘヘ…」

 

 

 そう言いながらゴッホが次に案内してくれたのは、美しい楕円の形をした湖だった。

 水はかぎりなく透明を保ち、鏡のように澄んだ空を写し込んでいた。その周りには緑豊かな木々と山々がカーテンのように取り囲んでいる。

 

 「すごい……、」

 

 思わず心を奪われる。遠くで聴こえる小鳥の(さえず)りがこんなにも心地よく感じるなんて。まるでこの島全体が、この景色を尊重し合っているようだった。

 

 「驚いたな…まるでカナディアン・ロッキーの麓にある、モレーン湖を想起させるようだよ」

 

 ネモ船長の言ったことはお世辞でもなく、純粋な賛美だった。

 カナダのモレーン湖は、世界でも有数の"夏の絶景"として讃えられているスポットの一つだ。自分は本物を見たことはないけれど、きっとこれに並ぶくらい美しいものなのだろう。

 

 「まだまだ、この島には綺麗な場所が、たくさんあります……もっと見せたい…もっと感じていってください…」

 

 

 ───そうして。ゴッホはこのノリッジの島の様々な絶景のスポットを案内してくれた。

 

 ベネズエラに名高いエンジェル・フォールを想起させるほどの美しくも荘厳(そうごん)な滝。

 チェコのモラヴィアを連想させる広々と生い茂る深緑の草原。

 イタリアのドロミテを模倣(もほう)したかのような山々の彫刻と、同じく"青の洞窟"と讃えられるイタリアのカプリ島に似たコバルトブルーの洞穴。

 

 どれをとっても、"死ぬまでに一度は見たい" と思わせるような絶景たちだったのだ。そうして多くの場所を案内してくれたゴッホが最後に連れてきたのは───

 

 「ここが。私の一番の、お気に入り……です…」

 

 鮮やかに咲き誇る黄色。海岸脇に群生した溢れかえるほどのヒマワリの花畑(・・・・・・・)が、そこには広がっていたのだ。

 

 「綺麗です……、本当に……」

 

 目を奪われていたのはティターニアだけではなく、ここにいる全員だった。これほどに見事なヒマワリの花畑を、自分は今まで一度も目にしたことはない。

 

 「こんなにも美しい景色が残っているのは、きっとこの島に人がほとんどいないからなんだろうね…」

 

 人間の手で開拓されず、何千年もの時間をかけて広がる自然の美。それこそがこの島に広がっていたものだった。

 

 「あ───、」

 

 雲の切れ間から差した西日(にしび)が、眺めていた花畑の右脇から溢れてきた。気がつくと既に日は落ちかけ、夜が近づこうとしていたのだ。

 

 「結局、景色を見て回るだけで一日が終わっちゃいましたね…」

 

 「ごご、ごめんなさい!色んな景色があるから、全部案内してあげたくて……ホントはまだたくさんあるけど……本来の目的とは、違いましたよね……すみません、役立たずで……」

 

 ティターニアの言葉に思わず自虐をするゴッホ。

 

 「いいえ!違うんですゴッホさん、別に責めているわけではなくて。ただ純粋に、景色に目を奪われて時間を忘れるというのが、とても得がたい経験だったので」

 

 「…ティターニアの言っている通り、案内してくれたのがゴッホで本当に良かったよ。こんなにもたくさんの絶景なんだから、見なきゃ絶対に損だったし。……今日は探索を切り上げて、また明日見て回ろう。ですよね?ネモ船長。……船長?」

 

 そう言って問いかけると、ネモ船長はなにやら一点を見つめて、じっと思案している様子だった。

 

 「どうしたんですか船長。なにか思うところが?」

 

 「ん?ああ、いや。すまない。確かに立香の言う通りだ。続きはまた明日にしよう。今度はガレスと村正も連れて、ね」

 

 「は、はい!お二人にも、この島の絶景、たくさん見てもらいたいですから……エヘへ…!」

 

 

 ───そうしてガレス達の待つ宿へと戻る。

 既にガレスの体調は回復していたようで、出迎えた村正がほどよい量(・・・・・)の夕食を作って待っていてくれていた。

 

 

 そのまま、今日の探索で見た景色を話題にして食事を終え、明日に備えて各々の部屋で眠りにつこうとした時、コンコンと。自分の部屋をノックする音が聞こえた。

 

 

 「誰────?」

 

 「(オレ)だ。ちょいと話したいことがあるんで構わねぇかい?」

 

 ノックをしたのは村正だった。

 

 「いいよ。こんな時間にどうしたの?」

 

 扉を開けて村正を部屋の中へと迎え入れる。

 

 「おう。悪ぃな、やぶ遅くに。……まぁお察しの通り、真面目(・・・)な話だ」

 

 そう言って真剣な眼差しで村正は椅子に腰掛ける。

 

 「お前さん達と別れてしばらくした後、ガレスの体調が回復したんでな。ああは言ったが、お前さん達の行き先はわからねぇもんで、こっちは手前(テメェ)でこの街をガレスと調査したんだ」

 

 村正たちは自分たちが島を探索していた裏で、この街を色々と調べていたらしい。

 

 「そうだったんだ。………でも、そのことをさっきの食事の時に話さなかったってことは、何か全員には言えないことがあったんだね」

 

 「ご明察だ。んで、大きく引っかかったことは二つ。一つは、この街には人っ子一人いねえ(・・・・・・・・)。これは明らかに妙だ。儂たちが今滞在している宿も含めて、街には売店や喫茶があった。ところが店番はおろか、猫一匹も歩いちゃいねぇ」

 

 「"人間がいた痕跡があるのに、肝心の人間がいない"…?」

 

 村正は無言で頷く。

 

 「そしてもう一つ。この街にはゴッホが住んでいると思われる家、アトリエがあった」

 

 そのことは、この島の調査をはじめる折、ゴッホ本人の口から聞かされていたことだ。しかし、結局自分たちはその家に訪れることはなく今日の調査は切り上げたのだ。

 

 「…褒められたもんじゃねえがな。念の為、ゴッホの家の中も調べさせてもらったんだ。といっても、そこまで深い詮索(せんさく)はしてねえよ。ちょっとした(さわ)りだ。…まあ、玄関開けてすぐに作業場が広がっていたのは驚いたがな」

 

 画家にとってアトリエとは聖域と呼べる場所だ。村正もそれがわかっているからか、深く散策する気は起きなかったのだろう。

 

 「それで。そこに並んでいた絵画に、妙なもんが描いてあった。……山や木々の麓にある湖。随分とご立派な滝の雨。広々とした大草原。彫刻のような山々。青く澄んだ洞穴。向日葵(ひまわり)の花畑。…そして。人のいない街(・・・・・・)

 

 今、村正が挙げたものは。

 先ほどの食事の時にも話した、この島に広がる絶景たちだった。

 

 「村正───、それって」

 

 「……ノリッジに行ったっきり消えたロンディニウムの人々。この島にいるはずの本来の島民たち。そして、ただ一人この島にいたゴッホ。関係がねえと、儂は言い切れねえと思うぜ。……てなわけで。また明日(・・)な、藤丸」

 

 そう言い残して、村正は部屋を後にした。

 その背中は、ここから先の判断はお前が決めろと語りかけているようだった。

 

 「考える時間は、明日の朝まで───か、」

 

 

 今日の眠りは、浅くなりそうだ。

 

 

***

 

 

 日は沈み、深い夜を星空と月が照らしていた。

 

 

 部屋の窓から月を見上げ、僕───キャプテン・ネモは、一つの決心を固めたところだ。

 

 「───きっと。それが、今僕がここにいる意味だ」

 

 録音機能の付いた無線機と書置(かきおき)をテーブルの上に置いて、誰も起こさないようにゆっくりと扉を開けて宿を出る。

 向かう先は決まっている。この街の大通りの奥。

 

 "クリュティエ・ヴァン・ゴッホが居住している家" だ。

 

 

 「はいるよ。起きているかい?ゴッホ」

 

 家の扉をノックする。

 普通はこんな夜更けに起きているはずはないが、なぜか彼女ならこんな月夜は目を覚ましているだろうという確信があった。

 

 数刻の()が開いた後───、

 

 「ネ、ネモちゃん(・・・・・)ですか……?どうしたんです…こんな夜更けに…」

 

 「なんだか久しぶりの再会に感じたから、二人きりで歓談でもと思って。迷惑だったかい?」

 

 「めめ、迷惑だなんて、そんな……!私もネモちゃんと話せて、嬉しい……です…どうぞ、中に入ってください…エヘへ」

 

 そう言ってゴッホは扉を開き、家の中へと招き入れる。

 

 「ごめんなさい、ちょっと…散らかってるけど……ちらっと(・・・・)散らかってる……ウフフ…ゴッホジョーク…!」

 

 「変わらないようでなによりだよ。…絵を描いていたのかい?」

 

 「はい……!綺麗な月夜だったので、まだ描き途中ですけど……」

 

 そう言いながらゴッホは気恥ずかしそうにキャンパスを胸で抱えた。

 

 「そのまま描いてて構わないよ。僕はコーヒーでも淹れていようかな。キミも飲むだろう?…そこの台所を借りてもいいかい?」

 

 「ど、どうぞ!ウヘヘ……って、あれ…?ネモちゃん、紅茶党じゃなかったでしたっけ……?」

 

 「そうさ。よく覚えてたね。けど、キミはコーヒー派だろう?こんな時間に押しかけたんだ、キミに合わせるとも」

 

 そう言いながら、台所に置いてあったポッドに水を注ぐ。

 

 

 「ウフフ……ネモちゃん、優しいですね…」

 

 後ろでゴッホが微笑んでいるのが、背中越しに伝わってきた。

 

 「…呼び方。」

 

 「え……? なんでしょう?」

 

 「ネモちゃん(・・・・・)って変わらず呼んでくれて、嬉しいよ。この島に着いてからずっと、船長さま(・・・・)って呼んでいたからさ」

 

 どちらの呼び方もゴッホらしくてしっくりきたが、前者の方が個人的には嬉しかった。親しみを感じるというか。まあ少し恥ずかしくはあるが。

 

 「ウヘヘ……私もネモちゃんに会ったの久しぶりな気がしたから、ちょっと距離感掴めずに……、は、反省です…」

 

 「別に反省してほしいわけじゃないさ。……ほら、淹れたてのコーヒーだよ。冷めないうちにどうぞ」

 

 黄色いマグカップに淹れたコーヒーをゴッホへ手渡す。

 そうして二人。月で照らされた夜空を(さかな)に、他愛のない会話をした。

 

 いつからここに来たのか、とか。

 夏で一番好きなことは何か、とか。

 逆に夏で嫌いなことは何か、とか。

 

 そんな。取るに足らない話を。

 

 

 そうして──────、

 

 

 「キミがこの島の "アイランド・クイーン" なんだろう?」

 

 二人揃ってコーヒーを飲み終えた後、

 なんてことのないような口振りでそう言った。

 

 「──────、え?」

 

 「この島の景色は、息を飲むような絶景ばかりだった。あれだけの自然が一つの島に集まることは、まあ。有り得ない話じゃない」

 

 ゴッホは、何を言われたのかわからないと言わんばかりの表情のまま固まっていた。

 

 「けれど、あれは "不自然" だ。自然のものじゃない(・・・・・・・・・)だろ?」

 

 「な、なに言ってるの……、自然の景色に決まっているでしょう? ネモちゃんだって絶景だって褒めてた……でしょ…?」

 

 「ああ。確かに素晴らしい眺めだった。じっくりと鑑賞(・・)させてもらったよ。キミの "作品" を」

 

 「──────、!」

 

 「あれは、キミが描いたものなんだろう? …どういった原理で具現化させているのかはわからないが、おそらくその妙技(みょうぎ)こそが、キミに与えられた常夏領域(・・・・)だ。」

 

 「どういう、意味───、」

 

 「差し詰め、"領域内のモノをキミが描いた創作物に変換して具現化させる" そういった能力なんだろう。簡略的に示すならば、空想の強制化(・・・・・・)かな」

 

 僕の言葉を聞いて、ゴッホは少しずつ呼吸を荒らげていた。

 

 「この島には、元から居た人間、そして訪れた人間の二つが欠けている。…いや。より正確にいうならば、欠けているように見える(・・・・・・・・・・・)。僕らはキミの常夏領域によって、創作物に塗り替えられた人々を、認識することができないんだろう」

 

 この島に本来あった景色。本来いた人々。

 それら全てが、彼女の描いた空想によって強制的に塗り替えられた。

 街の人間が失踪したのは、この能力によって存在を塗り替えられてしまったからだ。

 

 「…そ、そんなの、私がやったっていう証拠は……あるの…!?ここに置いてある絵だって、ただこの島の絶景を眺めて描いただけって、言えるでしょう……!?」

 

 「ヒマワリの花畑(・・・・・・・)

 

 「─────────、え?」

 

 「向日葵(ひまわり)の花は、成長するために "光屈性" と呼ばれる性質をもつ。常に"太陽の方向にその(つぼみ)を向ける"というものだ。けれど、向日葵の花は育ちきり成長が止まると、太陽を追うことはなくなる。……"太陽は東から昇り、西に沈む" からね。多少の例外はあれ、多くの向日葵の花は()を向いて成長が止まるんだ。…まあ、キミが知らないはずはないだろうけどね」

 

 向日葵の花は常に太陽を向き続けると誤解されがちだが、それは花が咲き誇る成長期までの話なのだ。つまり、花が咲いた後、向日葵はその成長を止め、茎が固まる。

 

 「けれど。僕らが訪れたあの海岸脇に咲いていたヒマワリの花たちは、論外(・・)だ。あの花たちは全て僕らの方を向いていたけれど、あの時、僕らの右脇(・・)から "西日(にしび)" が差したんだ」

 

 「──────!」

 

 「つまり。あの時の僕らは北側(・・)に立っていたことになる。…… "北側に向いて咲く向日葵"。それは。自然に群生する向日葵にしては、あまりにも(いびつ)なんだよ」

 

 自然の摂理から反して成長をしたヒマワリの花畑。あの海岸脇に広がっていた景色はそういうものだったのだ。……無論、成長し切った向日葵の花を人の手で、人為的にあの向きへ一本一本植えたと考えることもできる。しかし、人が手ずから植えたにしては、あまりにも量が規格外だ。

 

 「作品にとって太陽(・・)とは、"鑑賞者" だ。見ている人の方向に花が咲いているのは、絵として何ら不思議なことじゃない。画家としてのキミに落ち度はないよ。………ただ。自然の創造主となりたいのならば、あれは大きな間違いだ」

 

 「はぁ…はぁ…、はぁ……は───、」

 

 ゴッホはもはや何も言い返せず、呼吸を荒らげていた。

 

 「最後に。僕はまだキミの作品で見ていないものがある。……そこの奥の扉、開けていいね?」

 

 「だ、だめ───!待って、ネモちゃ、───!」

 

 制止の声に耳を貸さず、そのままアトリエの奥の扉を勢いよく開ける。

 

 そこにあったのは。

 

 まるで彫刻かと見紛うほどの。

 美しいゴッホ(・・・)が、椅子に腰掛けていた。

 

 「………ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、その生涯に三十点以上もの数の自画像を描き残している。彼の記憶と画才を引き継いでいるキミが、この力を手に入れて、"自分を描かないはずがない"。」

 

 椅子に腰掛けたゴッホは、呼吸をしている様子はなかった。

 おそらくは本当に彫刻やマネキンのようなものなのだろう。その能力では、流石に生命を生み出すことはできないらしい。

 

 「─────────、フフ、」

 

 背後でゴッホが、引きつった笑みを浮かべた。

 

 「ウフフフフフフフフ、アハハハハ、ハハ!!!」

 

 「もうこれで。この島でのキミの本性は暴かれたんだ。大人しく鐘の場所へ案内して、早く常夏領域で塗り替えた人々を───、」

 

 「解放しろ、って? そしたら、せっかく手に入れたこの力をなくしてしまう、でしょう?───そんなの、そんなのそんなのそんなのそんなの!!───手放すわけないよね…?」

 

 「───! 待つんだ、僕はキミを助け───、」

 

 制止の声は届かない。

 背後にいたゴッホは、既にその手にキャンパスと筆を握っていた。

 

 

 「この島にいるかぎり、私は私の描いた世界で生きていける。だから───、どうか眠っていて? ネモちゃん───、」

 

 

***

 

 

 ──────憂鬱な夜が明ける。

 

 結局、あまり熟睡することはできずに朝を迎えた。

 

 「───あれ、今日は朝食つくらないの? 村正」

 

 宿の食事場へ向かうと、村正が独りテーブルの前に立っていた。

 

 「ああ。どうやら悠長に食事を摂っている時間はなさそうだ。すぐにガレスとティターニアを起こしてきてもらえるか、藤丸」

 

 「──────?」

 

 

 村正の指示通り、ティターニアとガレスを起こして再び食事場へと向かった。

 

 「どうしたんですか、村正殿」

 

 「おう。二人とも起きてきたか。これで全員揃った(・・・・・)な?」

 

 村正の言葉がひっかかった。

 

 「待ってください、全員って。 …ネモくんはどうしたんですか?」

 

 ティターニアの指摘で自分も違和感に気づく。

 いつも自分たちの中で一番の早起きをしているはずのネモ船長の姿がどこにもなかったのだ。

 

 「……そのことだ。これを見てみろ」

 

 そう言って村正はテーブルの方向を、顎を指代わりにして指し示した。

 

 「これは──────!」

 

 テーブルの上には、ネモ船長が書いたと思われる書置と、録音機能付きの無線機が置かれていたのだ。───書置にはこう書いてあった。

 

 "ゴッホに会ってくる。独断を許してほしい。"

 

 「ゴッホさんに?どうして───、」

 

 「それは。この無線機を聴けば答えがわかるみてぇだな」

 

 そう言って、村正は無線機の録音を再生した。

 

 

 "───この無線機がそこに置いてあるということは、僕はきっと戻ってきてはいない、ということだろうね。本当に申し訳ないと思っている。立香、みんな。"

 

 録音から再生されたのは、ネモ船長の声だった。

 

 "僕はこれからゴッホの家に向かう。彼女がアイランド・クイーンで、間違いないだろう。残念だけど、街の人々が失踪しているのは、彼女の仕業とみていい。"

 

 「ゴッホさんが、アイランド・クイーン…?」

 

 "そこに行き着いた理由は、これから彼女に会った時に話すよ。みんなに相談もせずに実行に移すことを、許してほしい。"

 

 ネモ船長の声色には、どこか悲痛な思いがこもっていた。

 

 "───僕は、彼女とは良き友人でいたい。一時(いっとき)の気の迷いとはいえ、彼女が犯したことは罪深いことだ。許していいことではないだろう。…けれど。けれどそれでも。僕は彼女に、償いのチャンスを与えたい。僕の言葉を聞いて、彼女が自己を省みたなら、どうか彼女を許してやってほしい。僕の願いは、それだけだ。"

 

 ネモ船長とゴッホの関係については、自分もよく知っている。

 二つの逸話をもった幻霊のサーヴァント、そして。二つの存在を孕んだツギハギのサーヴァント。お互いに不安定で、しかしそれでも。自分の在るべき道を自ら選んだ者同士だった。

 

 "ずっと疑問に思っていたんだ。……どうして、自分はこの特異点に召喚されたのか。その答えがわかったよ。……僕は、大切な友人(・・・・・)の過ちを(・・・・)正すために(・・・・・)。ここに呼ばれたんだ。───きっと。それが、今僕がここにいる意味だ。"

 

 

 ──────そうして。そこから先は、ゴッホの家を訪れたネモ船長と、ゴッホの会話が繰り広げられていた。その録音の結末は、とても凄惨な終わり方であった。

 

 

 「ネモ殿───、」

 

 ガレスは思わず瞳に涙を浮かべていた。

 

 「──────どうする、藤丸(マスター)

 

 そう訊ねる村正は、どのような決断を下してもお前を尊重するという目をしていた。

 

 「当然。ゴッホとネモを探そう」

 

 

***

 

 

 「これは───!?」

 

 向かった先であるゴッホの家は既にもぬけの殻だった。

 しかしメインのアトリエの奥にある部屋は、無線機で聴いたものとは違う景色が広がっていたのだ。

 

 「アメジストか……?」

 

 部屋の中はまるで、紫水晶の洞窟の中だった。家の壁やアトリエの画材はおろか、そこにあったとされるゴッホの自画像の具現化したものすら、既に影も形も無くなっていたのだ。

 

 「これが、空想の強制化…か」

 

 ここに。間違いなくネモ船長はいた。

 しかしゴッホの常夏領域によって、この空間はアメジストの水晶洞窟へと書き換えられてしまったのだ。

 

 「ゴッホさんを見つけないかぎり、ネモくんは助けられない。そういうことですね」

 

 ティターニアは諦観を込めてそう呟いた。

 

 「どうする。ここにもうゴッホがいないとなっちゃあ、(しらみ)潰しに島を探索するしかねぇわけだが…」

 

 村正が口惜しそうに舌打ちをした時───、

 

 「なんだ───!?」

 

 なんの前触れもなく、辺りが暗闇に包まれた。

 

 「何かの結界でしょうか───?」

 

 「……いや。窓を見てみろ。」

 

 村正に促されて窓の外を眺める。

 するとそこには、

 

 「()だ。月と星が出てる……」

 

 「"昨日の夜"と全く同じ星空だ。ってことはつまり」

 

 「ゴッホ殿が、昨日描いた星空を具現化させたんですね」

 

 ガレスの言葉に、全員が状況を把握した。

 

 「こりゃあ、相当厄介な能力みてぇだな」

 

 この領域内だけ、昨日の夜を貼り付けられたのだろう。

 事実上、この領域内においてゴッホは "現実を書き換える"能力を有していることになる。正面からぶつかって倒せる力ではない。

 

 「それでも。俺たちでゴッホを止めないと。」

 

 ネモ船長が置いていった無線機を、強く握りしめる。

 

 「まずはゴッホさんを見つけるところからですね…」

 

 「それなら。ひとつだけ心当たりがあるよ」

 

 ──────月を見上げる。もう明けることのない星空を見つめて、彼女がいるはずの場所を目指した。

 

 

***

 

  

 キッカケはなんだっただろう。

 もう変わらない星空を見つめて思い起こす。

 

 そうだ。あれは今日みたいな暗い空で───

 

 

 

 "───こんばんは。クリュティエ・ヴァン・ゴッホ。"

 

 「───え?貴方は誰です…?ここは何処ですか?」

 

 "そう警戒しないでください。私はアムール。今はカレンという名の疑似サーヴァントとしてカルデアに身を置く者です。"

 

 「カルデアのサーヴァント? あ、私もそうです!エヘへ…はじめまして…!」

 

 "まあ。ご丁寧に。そしておめでとうございます。貴方はこの夏の女王の一人に選ばれました。どうぞ、遺憾無く。その筆を振るって理想の夏を描いてください。"

 

 「理想の夏を描く……?ウフフ、それは随分と……夢がありますね…」

 

 "ええ。貴方の思い描く景色が、貴方の夏を、島を彩るのです。…それでは。最高の夏をご体験なさってください。"

 

 「ああ!ちょ、ちょっと待って!」

 

 "───はい。まだなにか?"

 

 「えっと、あの、貴方はどなた(・・・)でしょうか……?」

 

 

 "──────質問の意図がわかりませんね。先ほどアムールと、そう名乗ったはずですが?"

 

 「ええ、はい!それは承知しています…エヘへ、でもなんていうか、"それだけじゃない"気配がして……」

 

 "───それは私が疑似サーヴァントだからですよ。この器は、カレン・オルテンシアという人間の娘の肉体ですので。"

 

 「そう、なんですか……?どちらかといえば、もっと禍々しい……私と同じような…ウヘヘ、感じがしたのですが…」

 

 

 "─────────、そうですか。"

 

 

 「えっと、カレンさま……?どう、なさったのですか……?」

 

 "やはりフォーリナーのクラスというのは、目障り極まりないものですね。見なければ良いもの(・・・・・・・・・)にまで目を向けてしまう。今さら人選を変えることはできませんから、少しばかり、手を加えておきますか。"

 

 「ひっ───、カレンさま、何を───!?」

 

 "些細なことです。計画を完遂させやすいよう、優先順位(・・・・)を変えるだけですよ。自制心に苛まれるクリュティエ(・・・・・・)から画家としての本能を尊重するゴッホ(・・・)へと、ね。"

 

 「や、やめっ───!イヤだ、イヤだイヤだイヤだっ!た、助けて、マスターさま!ネモちゃ────」

 

 

 

 ──────そうして。記憶は乱れる。

 

 

 

 「ん……?あれ?私、何してたんだっけ……?」

 

 気がついたら、私はこのノリッジの島の海岸にいた。

 

 

 「ようやくお目覚めかな?……オケアニスの水のニンフ」

 

 

 「───!あ、貴方は、誰……ですか?」

 

 振り返った先にいたのは、見覚えのない人物だった。

 

 「誰でもないし、誰でもいい。そういう者さ」

 

 「誰でも、ない──────?」

 

 「君には全てが許されている。この島は君にとって理想のキャンパス(・・・・・)だ。この島にいるかぎり、君は永遠に絵を描き続けられる。誰も君を邪魔しない。……喜ぶことだ、クリュティエ・ヴァン・ゴッホ。君の絵画は、"世界に認められたんだよ"」

 

 名も知らぬ誰かの言葉が、クリュティエとしての私ではなく、ゴッホとしての私に。直接脳みそへ語りかけるように響いた。

 

 

 「私、は───、ウフフ……この島を好きにしても、いいんですね…」

 

 

 あれが誰だったのか、なんてのは些末なことだ。

 私は私として。ここで絵を描き続ける。

 それが私の役割。それが私の願い。それが私の───、

 

 

 

 「やっぱりここにいたんだね、ゴッホ」

 

 現実(いま)へと引き戻される。

 そこには、サーヴァントとなった私が心から敬愛する人の一人───藤丸 立香が、神妙な面持ちで立っていた。

 

 

***

 

 

 たどり着いたその場所は、彼女にとってのお気に入り(・・・・・)だった。

 

 

 「マスター、さま……」

 

 「ヒマワリの花畑。お気に入りって言ってたから。君ならここにくると思ったんだ」

 

 そう言って、ゴッホに歩み寄る。

 

 「来ないで!……今、私の側に来たら、きっとマスターさまも、ゴッホは変えてしまう…」

 

 やはり。彼女は苛まれているのだ。画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの、"絵を描き続けていたい"という本能に。

 

 「どうか、私のことは放っておいてください……、島の本当の景色も、島の人達も、ネ、船長さま(・・・・)も。私が絵を描くことに満足したら、ちゃんと解放します。誰も傷つけてはいません…、だから、もう少しだけ…待っていて…ください…」

 

 ゴッホは語る。もう少し時間がほしい、と。

 この島でたくさんの絵を描いて、そして一通り描きたいものを描き切ったら、全部なかったこととして元に戻すから、と。

 

 

 「────そうか。でも、それはできない相談だ。だって、君が。ゴッホが、絵を描くことに(・・・・・・・)満足する(・・・・)はずがない(・・・・・)だろう?」

 

 

 「────────────、ウヘヘ」

 

 

 「「マスター──────ッ!!!」」

 

 瞬きの間にキャンパスと筆を握ったゴッホの前に、花畑の茂みに待機していたガレスとティターニアが飛び出す。

 ガレスは前衛で大剣を振るい、ティターニアは後方で他の全員に障壁の魔術による保護をかけた。

 

 「おそい、おそいですよ───、ガレスさま……!」

 

 ゴッホはキャンパスに描いた異形の怪物を具現化させ、ガレスの斬撃をやり過ごす。

 その数、瞬きの間にして三十超えて二。

 

 「出が早い───っ!」

 

 ガレスの剣さばきを前に、異形の怪物たちは為す術なく両断されていく。しかし、もとより生命ではない彼らは、切り裂かれてもなお、その活動を停止しようとはしなかった。

 

 「マスター!ティターニアさん、お下がりください!宝具(・・)を使います!最大火力で跡形も残しません!」

 

 そう言って、ガレスはゴッホから間合いを取り、自分たちの前に引き下がる。

 

 「わかった!できることなら、ゴッホにはあまり深手を負わせないでやってくれ…! 令呪によるブースト(・・・・・・・・・)をかける───ッ!!狙いはあの異形の怪物たちだ!」

 

 己の右手の甲に刻まれた三画の令呪。

 そのうちの一画を用いて、ガレスにありったけの魔力を委ねる───!

 

 「無論です。ありがとうございます、マスター。この礼は戦いの後に!」

 

 「無駄、ですよ!そんなことをしても───!私のことは、ゴッホは止められない───!」

 

 追加。その数───目視による計測不可。

 

 「どうぞ、ご勝手にお増やしください!ゴッホ殿!───されど。それだけの軍勢をご用意なさるのであれば、こちらも相応の剣をもって薙ぎ払うのみ!」

 

 腰を屈め、ガレスが構える。

 その姿はまさしく、太陽の騎士の末妹に相違なく。

 

 「宝具、"模倣(もほう)" 展開───!」

 

 解き放たれる魔力とともに、溢れんばかりの炎が大剣を包み込んでいく。

 

 「この剣は太陽の影絵。ゆえに偽りなれば、沈みゆく日没の聖剣───!」

 

 太陽の騎士───サー・ガウェインが誇るもう一振の星の聖剣。真作ならば、日の落ちたこの領域内で放つその火力は大きく落ちよう。

 しかし。

 それが "贋作" なれば、日輪の寵愛(ちょうあい)なぞ赤子をあやす児戯に等しく。もはやこの陰りこそが、"本領発揮" となる───!

 

 

 「夜空に名残る(ほむら)影炎(かげろう)───!

  『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!!」

 

 

 横に一閃。詐称(さしょう)の剣による灼熱の薙ぎ払いが解放される。

 

 「い、──────!」

 

 

 ───業火の一撃は、この一帯を埋めつくそうとしていた異形の怪物たちを跡形もなく消し去った。

 辺りには大地が焼け焦げたような臭いと煙のみが立ち上っている。

 

 

 「これで───、」

 

 

 

 

 「──────いいえ。ウフフ、まだです。」

 

 

 「な───ッ!」

 

 

 「"描かなければ(・・・・・・)"。───外が黄色で中が白、陽光あふれるこの家で、仲間とともに希望の図画を。」

 

 「まずい…!離れてください!マスター、ティターニアさん!」

 

 鬼気迫るガレスの言葉で、煙の向こうで何が起きようとしているのか把握する。

 

 「影無き地、ミストラルを遮る暖かな壁の中より、あえかなる友誼(ゆうぎ)の望みとともに、君に握手を送ろう。」

 

 ティターニアとともにその射程からの退避を試みようとするも、既に手遅れであるとわかる。

 

 「家とその住まう(ともがら)、街路!

 …そして、私の常夏領域(・・・・・・)

 またの名を──、『黄色い家(ヘット・ヒェーレ・ハイス)』──!!」

 

 吹き荒れるミストラルの風とともに、この一帯を塗り替えんとする夏の洗礼が辺りを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 「──────と、間一髪だったな!藤丸!」

 

 瞼を開くと、茂みの影でゴッホの隙を伺っていたはずの村正(・・)に抱き抱えられて、ガレスとティターニアとともに中空を舞っていた。

 

 「……さすがに状況が不味かったんでな。飛び出させてもらった。次は避けれねえぞ」

 

 大地を見下ろすと、先ほどまで自分たちがいた場所はまるでスケートリンクのように氷が張った極北の大地へと様変わりしていた。

 

 そうしてその大地へと着地し、村正に降ろしてもらう。

 

 「─────ちょっと待って。村正のおじいちゃん、その右脚」

 

 ティターニアの指摘で村正の右脚を見ると、それは今自分たちが脚をつけている大地と同じく、氷漬けのように固まっていた。

 

 「村正───!」

 

 「まあ、さすがに三人まとめて抱えるのは無茶だったわな。これは手前(テメェ)のヘマだ。お前さん達のせいじゃない」

 

 「でも───、」

 

 脚を塞がれた以上、既に村正はまともに戦闘を行えない。

 宝具を使ったばかりで魔力を使い潰したガレスも、再びゴッホに同じような攻撃をされた場合、対処することができない。つまり自分たちは今、極めて危機的な状態にある。

 

 「………わたしが、ゴッホさんの注意を引きます。藤丸くん達はその間に逃げてください」

 

 そう言い出したのは、ティターニアだった。

 

 「だ、ダメですティターニアさん!ゴッホ殿の能力は、単身で相手にしていいものではありません!」

 

 「大丈夫、大丈夫!そんなに心配いらないって、ガレスちゃん。ほらわたしって、アサシンみたいな魔術が得意だし。今回もこの前と同じ感じで、意外と上手くいっちゃったりするよ!」

 

 そう健気にティターニアは笑っていたが、その握った拳は、微かに震えているようにみえた。

 

 「ティターニア───、」

 

 

 『───その必要はないよ。ティターニア』

 

 

 「え───?」

 

 全員で困惑する。

 声色はよく聞き覚えのあるものだった。

 明らかに、ここにはいないはずの声。

 けれど確かに、この場所から聞こえたのだ。

 

 「──────、無線機!?」

 

 ポケットの中の振動に気づき、宿にネモ船長が置いていった無線機を取り出す。

 

 『やあ、立香。まだ生きてる?ならよかった。こっちは昨日の夜から大忙しだったよ』

 

 「「キャプテン・ネモ──────!!!」」

 

 声の主は紛れもなく。ネモ船長のものだったのだ。

 

 『うぐっ───、みんなでそんなに大きな声を上げないでくれ。耳に響くよ。歯を鳴らして威嚇するクマノミの群れじゃあるまいし…』

 

 「おいキャプテン、無事で何よりだが、あんたゴッホの能力で塗り潰されたんじゃなかったのか?」

 

 『ああ。塗り潰されたとも。僕の分身体(・・・)がね。言っただろう?一体分の魔力リソースなら残っているって』

 

 昨晩、ゴッホと邂逅していたのは、ネモ船長が作り出した分身体だったらしい。今まで利用していた他のネモシリーズのように、特筆した役職をもたない、ネモ本人の姿をした分身こそが、昨晩ゴッホによって空想を強制させられた者の正体だったのだ。

 

 『ただ、まあ。あれだけ自分勝手なメッセージを残しておいて失敗したわけだから、恥ずかしい話だけどね』

 

 「それで!今ネモ殿は何処にいるのですか?」

 

 『それはこれから教えるよ。……けれどその前に、立香。キミに頼みがある。ゴッホのこと、僕のやり方(・・・・・)で任せてくれないか?』

 

 「ネモ船長───、」

 

 『言いたいことはわかっている。なにせ、一度失敗しているわけだからね。…けれど、だからこその二つ目(・・・)のプランだ。信頼に欠けた司令官だとも承知しているよ。その上で。僕に託してくれないか、立香』

 

 ネモ船長の声色には、確かな覚悟と意思が(こも)っていた。

 きっと。それが自分の役割なのだと、信じて疑わない。そんな強い願いの篭った頼み事だった。

 

 「もちろん。託しますよ、キャプテン・ネモ。…それで、俺は何をすればいいんですか?」

 

 『ありがとう。キミに心からの感謝を。………なに、簡単なことさ。この無線機を、ゴッホに投げ渡して(・・・・・)くれないかい?』

 

 

***

 

 

 立ち上っていた煙が消えていく。

 

 「あれ……、?まだ生きてる……?」

 

 見ると氷漬けに描いたその大地の上に、私の筆から逃れたマスターたちの姿がまだ残っていた。

 

 「ど、どうして……!次。次こそ、次こそ塗りつぶす…!」

 

 そう言って、再び筆を構えた時───、

 

 

 「ゴッホ!これ、受け取ってくれないかな!」

 

 

 「……は?───うわ、うえ!?」

 

 唐突にマスターから、無線機を投げ渡されたのだ。

 

 「なに、これ──────?」

 

 意味がわからなくて、無線機を見つめていると、

 

 

 『──────やあ。良い星月夜だね。ゴッホ』

 

 

 もういないはずの。

 親愛なる友人の声が聞こえてきたのだ。

 

 

***

 

 

 「やあ。良い星月夜だね。ゴッホ」

 

 語りかけた僕の言葉に、彼女からの返事はなかった。

 それもそうだ。だって昨晩、自分の手で眠らせたはずの相手の声がしているのだから。

 

 『どうして、まだいるの、船長さま(・・・・)

 

 「どうしてって。それは当然、キミを助けたいからだよ」

 

 『助ける───?船長さまに不意打ちをした、この愚かなゴッホを?ウヘヘ、そんな価値、もうどこにもない…のに…』

 

 そう言って、ゴッホは自嘲した。

 

 「助ける相手の価値を値踏みするほど、僕は大層なものじゃない。……僕がキミを助ける理由は、キミが僕の友人(・・)だから。それだけだよ」

 

 これは受け売りだけど。友を助けるのに、理由は必要ないらしい。

 他ならぬマスター───立香たちが教えてくれたことだ。

 

 『こんな、私を。ゴッホを。まだ友人と、呼んでくれるの…?』

 

 「ああ。何度だって呼ぶさ。いつだって友人関係というのは、"勘違いと思いやりの押し付け合い" なのさ」

 

 『"勘違いと思いやり"……ウヘヘ、じゃあ、私が昨日しちゃったのが、勘違いで、今…船長さまが私にしてくれているのが、思いやり……?』

 

 

 「そうだ。だから遠慮なく"思いやられてくれ"。これから僕は、──────キミに宝具(・・)を使う!!」

 

 

 『─────────、は?』

 

 

 今度こそ本気で。ゴッホは僕が何を言っているのかわからないという意味を孕んだ、困惑の声をあげた。

 

 『え、ええええええええええ!!?ちょ、ちょっと待って!?───宝具?宝具って、あのノーチラス号!?そんな、まさか、船ごと "外側から島に激突する" 気なの───!?』

 

 ああ。それはナイスアイデアかも。

 その発想はなかった。

 

 「ああ、そうとも!凄いのが来るぞ、海から来るぞ!だから絶対に海から目を離さないことだ!なにせ、そのヒマワリの花畑の海岸は、ため息が出るほど見晴らしがいい───!!!」

 

 昨日は上手くいかなかったけど、今度こそ。

 大きく啖呵を切って、己の意志を示した。

 

 

 「貴艦、艦名は告げずともよい(・・・・・・・)!なぜなら僕は!キャプテン・ネモは!もうキミの選んだ在り方(・・・)を知っている!汝の名は、"クリュティエ・ヴァン・ゴッホ"!さあ受け取るといい!これが僕からキミへ贈る最高火力の宝具だ──────!」

 

 

 ──────そうして。主砲は放たれた。

 

 

***

 

 

 「ひっ──────!」

 

 彼の盛大な口上とともに、何かが放たれた音がした。

 反射的に海へ向き、キャンパスと筆を手に取った頃にはもう既に時は遅く、

 

 

 ────輝かしい大輪の花(・・・・)が、空を彩っていた。

 

 

 「─────────、え?」

 

 

 空にはいくつもの花が咲いていた。

 赤。緑。黄。青。白。紫。

 

 それぞれの花が咲いては消え、また咲いて。

 

 黒く染まった星空のキャンパスに、

 負けず劣らずの色彩を塗り広げていたのだ。

 

 

 『──────"打ち上げ花火"。』

 

 

 「え──────?」

 

 『キミも。知識だけなら知っているだろう?僕も本物は見たことなかったんだけどね。日本では "夏の夜の祭りの締め" に、この打ち上げ花火をあげて、盛大に盛り上がるそうだ』

 

 よく見ると、花火が打ち上がっていると思われる根元に、一隻の船とそこからこちらを見つめる彼の姿があった。

 

 『どうだ。綺麗だろ?…真下からじゃあんまりよく見えないんだ。キミの感想を聞かせてほしい』

 

 彼はそう言って。私の言葉を待った。

 

 「──────はい。本当に綺麗です。私も…こんなにも綺麗な花火は、生まれてはじめて見ました。エヘへ」

 

 『そうか。それはよかった。──────花火は、夏の夜空に咲く光の花だ。咲いては消え、そしてまた咲いては消える。"永遠に残る景色" じゃない。けれどそれでも。そのひと時の輝きが、一生 見た者の胸に残り続けるんだ』

 

 永遠に残る景色などない。どれほどの絶景もどれほどの美人も、いずれは摩耗し、そして老いる。花火とは、そういった "変わりゆく美" のはじまりと終わりを、瞬きに昇華した "佳景(かけい)" だった。

 この眺めを貼り付け、留めておくことは、きっとしてはならないことなのだろう。画家として美を探求したゴッホの人生が、記憶が、紛れもなくそう感じていた。

 

 「瞬きのうちに終わってしまうからこそ、(はかな)くも美しい…か……エヘヘ」

 

 『……どうだい。これを見てもなお、キミはその島に、"永遠に残る絶景" を描き続けるのかい?』

 

 彼の声色は、どこか優しく、無線機越しだというのに、まるで私に手を差し伸べているように思えた。

 

 「──────いいえ。私の負けです、ネモちゃん(・・・・・)。この島の人々を。この島の本来の景色を。私は…解放します」

 

 ここからは彼の表情は見えないけれど、無線機の向こうで彼が柔らかく微笑んだのが伝わった。

 

 

 

 「──────だけど。もう少しだけ。この儚くも美しい打ち上げ花火を、こうして眺めていても……よろしいでしょうか? …エヘへ」

 

 

 

 

***

 

 

 ゴッホと和解し、ノリッジの海岸からやってきたネモ船長と合流する。

 

 「すっごい眺めでしたよ!ネモ殿!あんなのを用意してたなんて、水臭いではないですか!」

 

 ガレスがぐいぐいとネモ船長に絡んでいく。

 

 「急ピッチだったから、相談している余裕はなかったんだよ。…わざわざロンディニウムまで戻って、島の花火職人から火薬と使い方を教わって運んだんだ。バショウカジキのような速さだったと言ってもいい!」

 

 やはりそうか。あの花火は、このノリッジに来る前にネモ船長が少し話していたロンディニウムの花火職人から譲り受けたものだったようだ。

 

 「え?……あの花火、ネモちゃんの宝具じゃなかったんですか……?てっきりそうなのかと……エヘへ、また見せてもらいたかったです…」

 

 「なんでい。キャプテン、ありゃあ宝具だったのかい?なんなら儂にも、宝具の真名を聞かせてくれよ」

 

 村正は意地の悪い顔をしてネモ船長の頭を撫で揺すった。

 

 「か、揶揄(からか)うのは良してくれ、村正。花火もタダじゃないんだ、そう何発も打てるわけないだろう!」

 

 「でも。本当に綺麗でした。わたしも、思わず言葉を失ってしまうほどに」

 

 そう言って、ティターニアは胸に手をあてて、ついさっき見た光景を思い起こすように瞳を閉じた。

 

 

 「──────それで。この島の "純愛の鐘" がどこにあるのか、教えてくれるかい?ゴッホ」

 

 「そ、それが、その……私も、正確には知らなくて……ウヘヘ…」

 

 「え?そんなことってあるんですか?」

 

 「その能力が、どういう経緯で彼女の手に渡ったかはわからないけど、深い事情を聞かされずにここの島の女王になってた可能性はありえない話じゃないよ」

 

 つまり。ここからはこの島の純愛の鐘がどこにあるのか、見つけ出さなければならないということか。

 

 「いえ!えっと……正確には知らないんですけど、なんとなくここかなって、見当がついている場所は…ありまして……エヘへ」

 

 

 ゴッホの案内で、島を少し移動する。

 

 「───!ここって、さっきの」

 

 案内されて到着したのは、先ほどゴッホと戦闘をしていたヒマワリの花畑の中だった。

 

 「ゴッホは、ここが一番のお気に入り…でした。だからきっと……ここにあります。ここじゃなきゃ、おかしい」

 

 ティターニアの方へ視線を向けると、彼女は無言で頷き、グロスターの時にカレンから手渡された小鐘のついた錫杖を取り出した。

 

 ──────すると。その小鐘の音に反響するように、"純愛の鐘" が、咲き誇るヒマワリの花畑の中央から出現した。

 

 「──────よし。やろう」

 

 ティターニアと頷き、二人で鐘の前に立ち、その錫杖を掲げる。

 思い浮かべるのは、この島で見た絶景の数々。そしてこの島とともに塗り替えられた罪なき人々。

 

 

 鐘の音が。

 この島の海を。この島の空を。

 この島の山を。この島の街を。

 

 溶かしていくように、響き渡っていく。

 

 

 そうして。"佳景"の島 ノリッジは。

 本来の姿を取り戻したのだ。

 

 

 「空が、明けましたね……」

 

 ゴッホによって塗り替えられていた星月夜は消え去り、本来の白昼(はくちゅう)へと空模様が入れ替わっていた。

 

 「さあ…あとは、どうか…私に罰をお与えください、皆さま」

 

 そう言って、ゴッホは自らの罪を認めて、その身を差し出す仕草をした。

 

 「……私はゴッホ殿のことは憎めません、マスターはどうでしょう?」

 

 そう言ってこちらの意見を仰ぐガレスは、すまなそうな顔をしていた。

 

 「もちろん。俺もゴッホのことは許すよ。…けれど、実際に君の能力の被害にあったのは、村正とネモ船長、それにこの特異点の人々だ。二人の意見も聞きたいかな」

 

 「ん?片足一本 凍らされただけだろ、もう戻ってるわけだし、気にするこたぁねえよ」

 

 そう言いながら、村正は何でもないことのように足を振って見せた。

 

 「僕も右に同じく。分身体の魔力リソースは、常夏領域が解けた段階で問題なく戻ってきているし。…けれど。僕はキミに償いの意思があるのなら、それも尊重したい。キミはどう思う、ティターニア?」

 

 「──────わたしは、」

 

 ネモ船長の言葉に、ティターニアはしばらく考え込んだ後、

 

 「わたしは、ゴッホさんに似た人を知っています。……その人は、周りにいた者を誰も必要とせず、信頼もせず、自らが感じた美を。美しいと抱いた作品を最後までなくさないように守ろうとして、破滅しました。その芸術の価値を、誰とも共有しようとはしなかったんです。根本的に、理解者が一人もいませんでしたから」

 

 ティターニアは、そう言ってここにはいない誰かの "終わり" を思い浮かべているようだった。

 

 「けれどあなたには。大切な友人(・・)がいます。ともに感動を味わってくれる人々がいます。ですから。あなたは独りで引きこもらずに、あなたが残したその作品の数々を、多くの人と共有するべきです。……あなたが贖罪(しょくざい)を望むのならば、この島の人々と、この島の美しさを共有してください。そうすれば、もっと多くの人が救われる。あなたの描く作品は、"世界に認められているのですから"」

 

 得がたい友と語らい、笑い合い、そして描く。

 そんな。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが成しえなかった "夢" を、今の貴方ならできる、と。そうティターニアは言ったのだ。

 

 「──────はい。ありがとうございます、ティターニアさま。そして皆さま。…ゴッホは、この島に残り、この島の人々と…この島の景色を…もっともっとたくさん、語らいます!ウフフ、みんながみんな理解してくれるかは…わからないけど、それでもゴッホは!この島が、ノリッジが、"この特異点で一番美しい島だった" と言ってもらえるように、この島の景色を。人々の笑顔を。時間が許すかぎり…描き続けます……エヘへ」

 

 

***

 

 

 ──────そうして。

 "佳景" の島、ノリッジを後にした。

 

 日は沈み、ロンディニウムの島は、今日も今までと同じく、夜の静寂へと包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────眠れない。夜風を浴びに行こう。

 

 

 ロンディニウムの砂浜に腰を下ろす。

 今日も静かな波の音だけが響き渡っていた。

 

 その背後に、誰かが近づいてくる足音がした。

 

 「■■■■(村正かな)……?」

 

 「よう。夏の夜とはいえ、あんまり夜風を浴びてっと、風邪ひくぞ」

 

 やってきた人影はこちらの心配をしてから、隣の砂浜に腰を下ろした。

 

 「ネモ船長とゴッホ、和解できて本当によかったよ」

 

 ノリッジの島での出来事に思いを馳せる。

 

 「(オレ)はどうにも引っかかったけどな」

 

 「引っかかったって、なにが?」

 

 「あの島でのクリュティエ・ヴァン・ゴッホの在り方だよ。画家ゴッホの記憶と画才を有しながら、クリュティエというギリシャの悲劇の乙女の精神性をもつツギハギのサーヴァント。……だとしたら、あの選択を選ぶのはおかしい」

 

 「どういう意味───?」

 

 「いくら絵を描き続けたいと言っても、その精神性はクリュティエのもんなんだろ?だったら、"他人を犠牲にしてまで絵を描き続ける" なんて選択肢を、自虐心と自制心の権化であるクリュティエが許すのか?」

 

 確かに。彼の疑問は正しかった。

 本来の彼女であれば、あんな周りを犠牲にしてまで絵を描き続けるなんて選択肢を取るはずがないのだ。しかし、あの時の彼女はそれを良しとした。

 

 「もう終わったことを蒸し返すのはどうにも好かねえがな。あのサーヴァントの霊基のバランスを、乱した存在(・・・・・)がいる。儂はそう考えてる」

 

 クリュティエによる自制心よりも、ゴッホとしての "絵を描きたいという欲望が勝った状態" に変えた人物がいると、彼は語った。

 

 「それが。この特異点の元凶……?」

 

 「さてな。そこまではなんとも。……だが、クリュティエ・ヴァン・ゴッホは、あの島の霊脈を利用して、島内の世界を描き変えるほどの常夏領域を使いこなしていた。これは明らかに規格外だ。ゴッホ本人の技量なのか、それとも島そのものに、それだけのことを為せる力が封じられているのか。真相はまだわからねえが、それを "利用しようとしているヤツがいる" ことだけは、頭の片隅に置いときな」

 

 そう言い残して、彼は去っていった。

 

 「この特異点を、利用しようとしている誰か───」

 

 そう呟いたら、どうにも眠気に襲われた。

 とりあえず、今日はもう戻って眠りにつこう。

 

 

 

 ─────────、二つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 /『サンフラウィ・バブルス』-了-

 




 
 
 まずはここまで長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。第三節は予定よりも筆がのってしまって、前回よりもさらに文量が多くなってしまい、誠に申し訳ないです。

 さて。ここからは今後のネタバレを含まない範囲で。今回の話の補足説明をば。興味がある方は、お読みいただけると幸いです。
 
 ・星4 フォーリナー クリュティエ・ヴァン・ゴッホ

 今回のメイン。水着のゴッホちゃん!薄氷色の水着で腰に紫色のパレオを巻いた向日葵の花冠の少女。フラダンサーみたいな格好ですね。はい。葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵が好きなゴッホちゃんには、再臨姿で是非とも浴衣を着てほしい。
 夏といえばの二つ目に選んだものが "佳景"。美しい夏の景色たちです。絶景はどの季節にもありますが、夏にしか見れない景色や場所がもちろんあります。それを堪能するのも、また"夏の醍醐味"なのです。

 舞台はノリッジ。FGO 第二部 第六章において、妖精の氏族長でありながら人間だったツギハギの迷い人・スプリガンとの対比が込められています。
 彼はかくも素晴らしい芸術作品たちを独りで抱えた結果 滅びました。しかし本来、美しいものとは"共有"するもの。絶景もまた同じく。独り占めしては、誰の目にも留られることはないのです。
 しかし、ゴッホには それを見てほしいという心がありました。誰かとその美しさを共有したいという思いが、結果 彼女を救おうとしてくれる友人が現れることに繋がったわけです。

 お察しの通り、キャプテン・ネモが召喚されたのは、この特異点に呼ばれた際に霊基のバランスを乱されたゴッホが、友人である彼に助けを求めたからに他なりません。
 永遠の絶景を残そうするゴッホに、一瞬の絶景を魅せたネモ。彼はゴッホの永遠を否定するのではなく、花火という一瞬の尊重を見せることで、これもまたあり(・・・・・・・)と思わせたのです。友人だからできたコト。(ア〇ネス・チャン風)
 ゴッホとネモの関係性を描く上で、FGOのイベントである『イマジナリ・スクランブル』は欠かすことはできませんでした。艦名を告げよ!

 ちなみにネモが最後に放った宝具(?)の名前は物語において登場していませんが、一応考えてあります。『夜に咲く、太陽花の鸚鵡貝(ゾノビュー・リヒト・ノーチラス)』ということで。ゾノビューは向日葵、リヒトは光を意味する、ゴッホの故郷オランダの言葉です。
 
 ・星5 セイバー 千子村正(霊衣)

 今度こそ水着の霊衣だよ、お爺ちゃん!甲冑はさぞ暑かったでしょう!いつもの肉体美の上に黒の薄いカーディガン、リングのネックレス、カーキのカーゴパンツ、黒いサンダル。……コイツ、若い!本当にジジイなのか…!?というか普段の方が布面積少なくないか…!?
 とまあそんな感じで、圧倒的に若さを感じる彼には、この第三節目以降は用心棒兼キッチン担当として活躍してもらっています。これからもよろしくね。ちなみにこの村正はカルデアで召喚されたサーヴァントであるため、ティターニアのことは完全にこの特異点が初対面です。
 この嬢ちゃん
 当たり強くね?
 儂にだけ      -村正 心の一句-
 
 他にはゴッホの第二宝具『黄色い家(ヘット・ヒェーレ・ハイス)』や、水着版ガレスのオリジナル宝具『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』なんかが登場しました。前者はFGO本編でも登場していますが、後者は完全にオリジナル。偽物の聖剣を限定的に模倣して使用する宝具となります。詳しい能力などは最後にまとめれたらよいなと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
 
 とまあ今回は、イマジナリ・スクランブルを踏破したネモとゴッホの関係性をメインに、絶景にフォーカスをあてた物語になりました。さらなる謎が深まる人物や要素が出てきたので、混乱するかもしれませんが、どうかお許しを!
 
 改めまして、ここまでご愛読くださり、誠にありがとうございました!次回更新をお楽しみください!
 
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