Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 第六節目の更新となります。
 この物語は、FGO第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
 時間の許すかぎり、お楽しみいただけますと幸いです。
 


第六節『奇麗』

 

 

 

 ───()には、名前がありません。

 

 生まれた理由も、分かりません。

 

 狩りをするのが得意です。

 獲物の音には敏感です。

 

 耳がいいから分かります。

 

 だからあの日も駆けました。

 獲物に(たか)る邪魔者を消しました。

 

 その日も獲物にありつけました。

 

 

 ────いいえ。

 生まれた理由を見つけました。

 

 人を食べると怒るのです。

 人を食べぬと笑うのです。

 

 だから食べなくなりました。

 

 

 ────遠くで、"鐘の音" が聴こえました。

 

 耳がいいから分かります。

 

 

 

 

 第六節『奇麗』/

 

 

 「…ふーん。それで。結局、誰も彼女の領域による目立った被害はなかったわけか。僕の心配は杞憂だったかな」

 

 ソファに深く座るランスロットは、そう言って紅茶を上品に一口飲んだ。

 

 「ったく、他人事(ひとごと)だと思って。お前さんがちゃんといてくれりゃ、もう少しやりやすかったと思うんだがな」

 

 向かいのソファで胡座(あぐら)をかいている村正は、嫌味を放つようにそう言った。

 

 「いいや。僕がいても、さして状況は変わらなかったと思うよ。僕一人が無事だからといって、君たち全員の面倒をみれる訳ではないからね」

 

 

 自分───藤丸 立香たちは今朝、オークニーよりロンディニウムへと帰還し、こうして何事もなく夜を迎え、ランスロットへと土産話を話しているところであった。

 

 

 「ランスロットがいれば、あそこまでメイヴに弄ばれずに済んだのは事実だよ。次の島には、必ずキミにも同行して立香の護衛をしてもらう。…ジンベイザメと併泳(へいえい)するコガネシマアジのようにね」

 

 「それ、僕がサメでフジマルがシマアジの間違いじゃない?…まぁでも、構わないさ。残りの島は、そこまで警戒するようなところではなさそうだし」

 

 ランスロットは飲み終えた紅茶をテーブルの上に置いた。

 

 「残りの鐘は二つ…。どちらの島に向かうのか、ネモ殿はもうお決めになられたのですか?」

 

 ランスロットの斜め前に座っていたガレスが、そう訊ねた。

 

 「うん。…というか、実は選択肢はないんだ。先ほど片方の島の住人から言伝(ことづて)があってね。"鐘を五つ鳴らさなければ、門前払いにする" だとさ」

 

 鐘を五つ鳴らさなければ、入ることすら許さない島…?

 

 「なるほど。だから選択肢はない、のですね」

 

 「それで?次に向かう島はどこなんだい?」

 

 そうしてネモ船長は、最南の島であるロンディニウムから、やや西方にある島を指さした。

 

 

 「"美食" の島、オックスフォード(・・・・・・・・)。…そこに、五つ目の鐘がある」

 

 

 「美食の、島……?」

 

 一体どういった島なのか、ぱっとイメージを浮かべることができなかった。

 

 「今までの島とは違って、なんだがお腹が空いてくる名前ですね!」

 

 そう言ってガレスはお腹をさする。

 

 「あっ、ガレスちゃん。まだチョコ残ってるよ。食べる?」

 

 「食べます!」

 

 「あ!僕も貰っていいかい…!」

 

 うん。この食いしん坊 娘たちは置いておいて。

 

 「明日の朝に出発すんなら、あんまり夜更かしするわけにゃいかねえな。……おいてめぇら、さっき晩ご飯食べたんだから、ほどほどにしとけ!」

 

 「「えーーー?」」

 

 「えー、じゃありません。明日の朝ご飯を抜きにしていいんですか」

 

 完全に保護者 目線の村正である。

 

 「……まあ、とりあえず。村正の言った通り、出航は明日の朝だ。僕は船を少し点検してから眠りにつくから、みんなは遅くまで起きていないように。それからティターニア。………僕にもチョコをひとつ」

 

 「「キャプテン・ネモ!?」」

 

 

***

 

 

 タイニーノーチラスが、大海を超えてオックスフォードの島へと辿り着く。見上げた天は今日も澄み渡るほどの晴空だった。

 

 「ネモ船長、キャンプ道具一式、どうします?」

 

 「そのまま しまっておいて構わないよ。オックスフォードには宿もあるそうだからね。上陸の際には必要ないだろう」

 

 

 そうして船着場へと到着し、全員で島へと上陸する。

 

 

 「わぁ、あちこちで美味しそうな料理の匂いがしますよ!」

 

 ガレスがスキップをしながら街中を駆けていく。

 

 「メイヴのエディンバラほど煌びやかってわけじゃないが、この島の街も随分と賑やかじゃねえか」

 

 上陸してすぐに広がっていた街中には、そこら中に飲食店が立ち並んでいた。その種類は様々で、料亭に焼肉屋、ラーメン店からレストランまで、屋台(やたい)を含めるとその総数は数十種類にまで及んでいるように見えた。

 

 「ここの島のアイランド・クイーンは、よほど食いしん坊なのかな…?」

 

 ネモ船長がため息混じりにそう呟いた。

 

 「うん。さすがの僕も、ここまで揃えられると一周まわって冷静になって…………むむ、」

 

 冷静になってくると言いかけた手前で、お腹を鳴らすランスロット卿。

 

 「おいおい、ついさっき朝食を食ったばかりじゃねえ…………………おっ?」

 

 ん?今 村正のお腹が鳴らなかったか?

 

 「なんだ〜、ムラマサもお腹が空いているんじゃないか!ふふん、僕らに見栄を張って、おかわりしなかったのが(たた)ったかい?」

 

 ランスロットが意地の悪い笑みを村正へと向ける。

 

 「ば───!今のは(ちげ)ぇ!あえて空腹感を残しておくことで集中力を高めてだな…」

 

 苦しそうな言い訳である。

 

 「っ───!おい、キャプテンからも何か言ってやってくれ」

 

 思わずネモ船長へ助太刀を求める村正。

 

 「……………………、」

 

 「あれ、ネモ船長?」

 

 ネモ船長は何か深く考え込んでいる様子だった。

 

 「あの、藤丸くん。この話の流れだととても言いづらいんですけど、実はわたしも……」

 

 ティターニアが恥ずかしそうに、えへへとお腹をさすっていた。

 

 「え……?」

 

 言われてみれば、自分もなんだか無性にお腹が空いている。

 今朝 村正が作ってくれた朝食は、残さずしっかりと食べたはずだったというのに。

 

 「………立香。実は僕もその状態だ」

 

 先ほどまで考え込んでいたネモ船長が口を開いた。

 なんと。ということは今ここにいる全員が空腹状態だというのか。

 

 「ああああ"あ"!!もう我慢ならねぇ!おい、藤丸、手っ取り早くそこのレストランで何か食うぞ!」

 

 「賛成ー!珍しく意見があったね、ムラマサ!」

 

 ランスロットと村正を筆頭に、自分たちは街の手前にあった大きめのレストラン "マンチェスター" へと突入する。

 

 「…あれ?皆さん、その店に入られるんですかー!?私を置いていかないでくださいよー!」

 

 その後ろを、屋台を物色していたガレスが駆け足で追いかけてきていた。

 

 

***

 

 

 「美味い、なんだこれ美味すぎるぞ!」

 

 店に入ってから数分、あまりの空腹感に音を上げた自分たちは、大量の料理を注文。店からしてみれば、迷惑極まりない話である。

 しかし、有り難きかな。役二名ほどの大食漢(たいしょくかん)を従えた自分たちは、お残しだけはほぼないのだ。

 

 

 「ん〜〜、このニョッキという料理、村正殿の料理にも負けず劣らずの美味ですね〜!トマトのソースがよく絡んでいます!」

 

 「ああ、この牡蠣(かき)を氷に乗っけた盛り合わせも、見た目は引いたが味は美味(うめ)ぇ!これに関しちゃ、少しばかり(オレ)も見習わねえとな!」

 

 もぐもぐと料理を口に運ぶ。

 

 「ティターニア、このミートパイも美味しいよ!ほら」

 

 「ホ、ホントだ…、なんだこの料理、うっまぁ…!」

 

 みんな口々に料理の感想を述べてはまた次の料理を平らげていく。

 

 「……ん、にしても、どうしてこんな急にお腹が空いたんですかね、俺たち」

 

 「ああ。おそらくそれは…」

 

 

 「───失礼。お客様、追加注文をなさったミートパイに関してなのですが、お客様が過剰なご注文をなさったため、具材の方が品切れになってしまいました。この店のオーナーである()が、直々にお詫び申し上げます」

 

 

 店のオーナーと思われる人物が、テーブルの前までやって来ていた。

 

 「ああ、いえ。俺たちの方こそ急にこんな頼んで…って、あれ?」

 

 「おや、キミは……」

 

 「バ──────!」

 

 「ん?この島にいたのか、ガウェイン(・・・・・)卿」

 

 自分たちの前に現れたこの店のオーナーと思われる長身の人物は、自分たちの知らない女性… / …いや、時には対立し、時には頼りがいのある味方として、自分たちカルデアを助けてくれたセイバークラスのサーヴァント。ガレスやランスロットと同じく、円卓の騎士に名を連ねる太陽(・・)の騎士─── "ガウェイン" がそこにいたのである。

 

 「カルデア……?おまえたち、私の店でなにをしているんだ?」

 

 ガウェイン卿は呑気に食事をしている自分たちを見て、逆に困惑している様子だった。

 

 「あ……えっーと、一応 特異点調査中です…」

 

 「ね──────、」

 

 「ん、どうした……?」

 

 何かを呟いたガレスに対して、ガウェインが聞き返す。

 

 「姉様(・・)──────っ!!!!!」

 

 そう言って、凄まじい勢いでガレスがガウェインに抱きついた。

 

 「とぅわ!?……な、どういうことだ!?」

 

 突然の出来事に困惑するガウェイン。うんうん、そういえば二人は姉妹(・・)だったか。

 

 「君が"ガウェイン卿"だからだよ。そこにいる子は、円卓の騎士ガレスだからね。…残念だけど慣れるしかないよ」

 

 ランスロットはニヤニヤしながらそう言った。

 

 「そ、そういうことか。……陛下はまた無理難題をお任せになられたというわけか」

 

 そう言って、ガウェインは抱きつくガレスの頭を、ぎこちなさそうに撫でる。

 

 「…にしても、キミまで召喚されていたのは意外だったよ。この特異点がイングランドの地名を冠しているのと関係があるのかな」

 

 「さて。私もそこまでは。…けれど、呼ばれたのはそこのランスロット卿と同じ理由だ。なにせ私も、"常夏騎士" だからな」

 

 そう言うガウェインの格好は、黒いドレスの上に白いエプロンと、とても騎士という出で立ちではなかったが。

 

 「んで、その騎士様がなんで、こんな店のオーナーなんかやってるんだ?」

 

 「…そうだな。ここでは周りのお客様の目もありますから、場所を変えて話すとしよう」

 

 「おっと、ならせめて今ここにある料理を片付けてから…」

 

 そそくさと料理を口に運ぶランスロット。

 

 「………ところで。おまえたち、こんなに食べて金銭は問題ないのか?」

 

 

 「「「──────あっ」」」

 

 

***

 

 

 「──────まったく。無銭(むせん)飲食とは。私が店のオーナーでなければ、どうなっていたと思っているんだ」

 

 店の裏の従業員 控え室で、全員揃って正座をさせられる。さながら、不祥事をやらかして上司から問い詰められる部下のようだった。

 

 「………はい、反省しています」

 

 「しょうがねぇじゃねえか、とんでもねぇ空腹感だったんだ」

 

 口をとがらせて言い訳をする村正。

 

 「そこ。発言を許可した覚えはない。よく慎め、乞食(こじき)

 

 「乞食───!?」

 

 ガウェインの鋭い言葉が村正に刺さる。

 

 「そのことで、僕から一ついいかい?」

 

 ネモ船長が挙手をする。

 

 「……よかろう。発言を許可します」

 

 「では。…この島の常夏領域はもしかして、"空腹感の亢進(こうしん)"ではないのかい?」

 

 空腹感の亢進。

 つまり、必要以上に食事を摂ろうとしてしまう感覚に苛まれるということか。先ほどまで自分たちが感じていた異常な空腹感は、この島の常夏領域の影響なのか…?

 

 「──────その通りだ。故に、今回は多めに見ましょう。いわゆる"初見殺し"の事故ということで。ただ今をもって、おまえたちの罪を咎めるのは終わりとする。私も大人ですので」

 

 ネモ船長の真面目な指摘が、逆にガウェインの気を落ち着けさせたようだった。

 

 「なるほどね!あのムラマサがお腹を空かせていたのは、そういう理由だったのか!」

 

 ランスロットは合点がいったように手を叩いた。

 

 「なるほどね、ではない!お前は常夏領域の影響を受けないはずであろう、ランスロット!なぜ一緒になって食べていた!」

 

 「むむ、あんなに美味しそうな匂いがそこら中からしていたら、僕だって普通(・・)にお腹が空くとも。……竜だし」

 

 ランスロットは気まずそうに目を逸らす。

 

 「にしても、空腹感の亢進ねぇ。なんだって、そんな訳の分からねぇ領域を使っていやがるんだ、この島の女王様は」

 

 「いや、今までの前例を考えると、女王の意思とは無関係に敷かれた常夏領域の可能性もあるよ」

 

 一度敷かれた常夏領域は、その内容を変更することはできない。ゴッホやメイヴのように、カレンによって与えられたパターンかもしれないと、ネモ船長は考察した。

 

 「───いいえ。この島の常夏領域は、女王自らが敷いたものだ。もっとも、その努力も無意味(・・・)ではあったが」

 

 無意味…?それはいったい…

 

 「そんなことよりも、バ───ガウェインの話を聞かせてよ。どうしてお店のオーナーをやっているの? 料理得意ですよアピール?」

 

 ティターニアがガウェインへ食ってかかった。

 

 「ん?おまえは──────、」

 

 「ティターニアです。同じ質問を二度もさせないで、ガウェイン(・・・・・)

 

 しばしの沈黙のあと、

 

 「失礼、ある程度 理解しました。…それで、なぜお店のオーナーをやっていたのか、だったか」

 

 ガウェインは姿勢を正して椅子から立ち上がり、自分たちを見下ろした。

 

 「私は、この島で執り行われる大会(・・)に出場しなければならない」

 

 「はい?大会ってなんの……」

 

 

 「お話の途中失礼いたします、オーナー!週に一度来られる、女王様による試食のお時間です!何を提供いたしますか!?」

 

 唐突に店の従業員が慌てた様子で、控え室に入ってきた。

 

 「なに!?なんという最悪のタイミングだ。ただでさえ、この馬鹿どものせいで食材が不足しているというのに…、わかりました。この島で採れた牛肉を使いましょう。寝かせていた310番のワインを使っても結構です。私もすぐに向かいますから、急いで調理に取りかかりなさい」

 

 ガウェインはそそくさと従業員へと指示を出す。

 

 「試食…?なんのことだ…?」

 

 「この島のアイランド・クイーンが来ている、のか…?」

 

 「…ええ。折角ですから、おまえたちもついてきなさい。私が話していたことも、それでわかるかと」

 

 

***

 

 

 そうして、自分たちは厨房の調理を見学した後、ガウェインによって店の入口まで連れて来られた。

 

 

 「お待たせしました、女王。…こちら、年代物のワインを使用した、牛肉の赤ワイン煮込みです。お口にあえば幸いでございます」

 

 ガウェインのその言葉を聞き、カーテンのかかった馬車から一人の女性が降りてきた。

 

 

 

 「あら。相変わらず控えめなのね、ガウェイン卿。この街であなたの料理に勝るものを作れる御仁はいないというのに」

 

 

 ギリシャ神話にて語られる、"理想の女性" として生まれ落ちた三姉妹の女神。その次女にして、無垢と純潔を形にしたかの如き麗しの少女─── "エウリュアレ" がそこにはいた。

 

 彼女の容姿は、普段の無垢な白い装束とは異なり、情熱のワインレッドのショートワンピースを身にまとっていた。薄らと透けて見える肢体には、その本来の印象と変わらぬ白い水着を纏っているようだった。

 その髪も普段のロングツインテールとは異なり、三つ編みとなって後ろに下ろしていた。

 

 「エウリュアレ……!?」

 

 エウリュアレはちらりとこちらへ一瞥(いちべつ)するも、すぐに視線を料理へと戻し、そのしなやかな指で上品にナイフとフォークを使って口に運んだ。

 

 「へぇ。即席にしては、よく煮込まれたかのように柔らかいのね、さすがの手腕よガウェイン卿。……ロブ、ワグ、ウィンキー。冷めないうちにこちらの料理をお城まで運んでちょうだい」

 

 そう言ってエウリュアレは、従者とみられる男性たちに料理を渡して、再び馬車へと戻ろうとする。

 

 「ちょ、ちょっと待った!エウリュアレ!君がこの島のアイランド・クイーンなのかい!?」

 

 そんなエウリュアレをなんとか呼び止める。

 彼女はしばし沈黙をした後にこちらへと振り返った。

 

 「ええ、そうよ。久しぶりね、藤丸。…悪いけど、私にはやるべきこと(・・・・・・)があるから、鐘を鳴らさせるつもりはないわよ」

 

 「やるべきこと……?」

 

 「それはこちらのセリフでもあるよ、エウリュアレ。僕らにとっても、この特異点の解決は最優先事項なんだ。引き下がるわけにはいかない」

 

 ネモ船長もエウリュアレに食ってかかった。

 

 「エウリュアレ女王、わたしからもお願いします。あなたのやろうとしていることが何かは存じませんが、わたし達ができることであれば手を貸します。なので───、」

 

 それを聞いたエウリュアレは、少し考え込んでいる様子だった。

 

 

 「…………そうね。あなた、料理は得意?」

 

 「──────、へ?」

 

 ティターニアは間の抜けた声を上げる。

 

 

 「得意なの?得意じゃないの?」

 

 「え、えっーと、それは………」

 

 「ああ!それはもうすっげえ料理上手だぜこいつは!この特異点に来てから、なにかと料理をつくってきた(オレ)が太鼓判を押すんだ、間違いねぇ!」

 

 そう言って村正は笑顔でティターニアの背中をたたく。

 

 「ちょ、ちょっと、村正───!?」

 

 「はい!ティターニアさんの料理は世界一です!もうA5ランクの黒毛和牛殿が、自ら調理されにまな板に乗ってしまうくらいに!」

 

 「ガレスちゃんまで───!?」

 

 「僕は彼女の料理は食べたことないけど、みんながそう言ってるから多分美味しいんだと思うよ!竜種すら惚れさせる魅惑の味さ!」

 

 「どいつもこいつも適当言うなァーー!!!」

 

 そのやり取りを見ていたエウリュアレは、

 

 「わかったわ。だったらあなたも出場(・・)しなさい。私の開く大会に」

 

 「は──────?」

 

 なんと。今のやりとりで上手くいったのか。

 

 「三日後。この島にある私の城で、夏で最も美味しい料理を決める祭典、"オックスフォード美食王 決定戦" を執り行います。それに参加なさい、あなた。優勝(・・)したら鐘を鳴らさせてあげるわ。」

 

 「オックスフォード美食王 決定戦…?」

 

 ガウェインが話していた大会とはこのことだろうか。

 

 「そうね。もう枠は埋まっているけど、カルデアの(よしみ)だから、特別に "決勝戦からのシード" で参加させてあげる。感謝しなさい」

 

 

 「え、えええええええええええ!!!!??」

 

 

***

 

 

 オックスフォード、一般宿舎。集団部屋にて。

 

 

 「終わったぁ……完全に死んだぁ……」

 

 絶望に打ちひしがれて頭を抱える少女が一人。

 

 「どうしてそんなに吐きそうな顔をしているんだい、君」

 

 「みんながあることないこと言ったからだよぅ!しかも大会に出て優勝しろとか、さすがに無茶でしょう!?」

 

 「誤解です、ティターニアさん!私たちは "ないこと" しか言っていません!」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 ガレス。これ以上はよくない。

 

 「なんだ、先ほどの申告は虚偽だったのか?」

 

 ガウェインは呆れたように腕を組んで壁に背中を預けていた。

 

 「(オレ)はそんなつもりはなかったぞ?実際、ティターニアは手先が器用な方なんだ。繊細な料理だって(オレ)が教えた通り真面目に作ってみせたからな。……まあ、味付けの分量は、ちょいと雑にやりがちだったが、しっかりと止めてやるヤツがいれば問題ない」

 

 それ。ようするに、一人で作らせたら、とんでもないゲテモノができると言っているようなものでは。

 

 「…でも。鐘を鳴らすには優勝するしかない。僕らに選択肢はないよ」

 

 「そうだ!ガウェイン!ガウェインが代わりに出てよ!あんなに美味しい料理が作れるんだから、優勝間違いなしじゃん!女王様も褒めてたしさ!」

 

 ティターニアは閃いたとばかりにガウェインへと頼み込む。

 

 「む。それは、その、どうなんだ。お前さんのプライド的に…」

 

 「プライドなんて知ったことかァ!純愛の鐘が最優先だァ!」

 

 完全に背水の陣である。

 

 「…悪いが、それはできない相談だ。先ほども言っただろう。私も女王の大会へ出場すると」

 

 「それは同じことにはならねぇのか?お前さんもカルデアのサーヴァントだろ?」

 

 ガウェインはしばし難しい顔をして沈黙した。

 

 「……そうだが。私は今回、お前たちの敵として調理場に立つ。これはどうしようもないことだ。そも私では、優勝しても鐘を鳴らす権利など与えられないだろう。なんとしてもお前に優勝してもらう必要があるんだ、ティターニア」

 

 それを聞いたティターニアは訝しげな顔を浮かべた。

 

 「水を差すようで悪いんだけどさ、僕らは決勝戦からのシードなんだろう?…なら、ガウェインに他の出場者を蹴散らしてもらって、最後に八百長(やおちょう)をして勝つというのはどうだい?」

 

 「それだ───ッ!!」

 

 ティターニアはランスロットの案に、ナイスアイデアとばかりに指を鳴らした。

 

 「………いいえ。それでは根本的な解決(・・)にはならない。他の出場者を蹴散らす、ということは約束する。私は必ず決勝戦に出ます。その上で全力をもってお前たちを迎え撃つ。……故に、どうかお前たちも全力で挑んでほしい。そうしなければ、きっと鐘は鳴らせない(・・・・・・・)

 

 「ガウェイン………」

 

 「───まあ、そうなりゃ仕方ねぇな。お前さんも腹を括れ、ティターニア。三日間、死ぬ気で(オレ)がしごいてやる!」

 

 そう言って、村正がティターニアの背中を叩く。

 

 「ティターニア、俺からも頼む。解決する手段がこれしかないのなら、やるしかない。俺なんかで出来ることがあれば、なんでも協力するよ」

 

 誠意を込めて、ティターニアに頼み込む。

 

 「………あー、もう、わかった。わかりました!作ればいいんでしょう、美味しい料理を!見てろよ、ガウェイン!ボコボコにしてやるからなー!!」

 

 そう言って、ティターニアはヤケクソ気味に闘志を燃やしてくれた。

 

 「よし。そうと決まれば練習場を見つける必要があるね。ガウェイン、この街のどこかに自由に使える調理場はないかい?」

 

 「ならば、私の店の隣に、仕込み専用の調理場がある。そこの調理器具や食材は、ある程度 好きに使っても構わない。…だが、食材は有限だ。使用料代わりに食材調達をお願いしてもよいか?」

 

 「さすが姉様です!では、私は食材調達係としてお力をお貸しいたします!ランスロット様もご一緒にどうでしょうか?」

 

 「ん?まあ、僕は料理なんて作らないし、ティターニアには何もアドバイスができないだろうから、そっちの方が向いているか。…任せて。肉なら最初から、部位ごとに切り分けた状態にして運んであげるとも!」

 

 ランスロットは得意分野だ、と胸を張った。

 

 「それじゃ。俺も料理には疎いから、ガレスとランスロットに同行するよ。…それで、調達ってどこに向かえば?」

 

 「この島の北方の "サバイバルエリア" だ。オックスフォードの島は、今こうして私たちがいる南側の街 "セーフエリア" と、野生動物や魔獣が生息している北のサバイバルエリアに大きく分かれているのだ」

 

 「なるほど。では、僕と村正はティターニアの調理指導係として、付き添わせてもらうとしよう。……安心してくれ。村正は言わずもがな、僕も自分の分身に、食事担当の役職を設けているくらいなんだ。その手の知識はしっかり把握しているとも」

 

 ネモ船長が話しているのは、彼の分身の一人であるネモ・ベーカリーさんのことだろう。

 

 「…………よし。頑張るぞぅ!」

 

 ティターニアはそう言って自身を鼓舞した。

 

 ──────そうして。

 三日後の決戦───"オックスフォード美食王 決定戦" の優勝を目標に、自分たちはそれぞれの責務を全うすべく別れたのであった。

 

 

***

 

 

 それは二日目。

 ある日のサバイバルエリアでのことだった。

 

 「ふぅ。とりあえず今日の調達はこんなところかな」

 

 そう言って、自分は荷車に採れたての果物や、たった今ランスロットが仕留めた鶏を乗せた。

 

 「無害な野生動物を仕留めるのは少し忍びないですが、思っていた以上に、この島の生態系は豊かですね…」

 

 「うん。大きな魔力を持たない普通の動物と魔獣がここまで共存関係にあるのは、比較的珍しい環境かもね。高い知性(・・・・)をもった魔獣も多いようだ」

 

 ガレスとランスロットは、そう言いながら木陰で腰を下ろし、ひと休みしていた。

 

 「よし。二人とも、そろそろ日が暮れるだろうし、荷車を運ぶのを手伝って───、」

 

 くれ、と言おうとした時、自らの周囲が唐突に陰った。

 

 「!危ない、フジマル──────!」

 

 「うわっ──────!?」

 

 咄嗟の判断で間に飛び込んでくれたランスロットのおかげで、直撃は食らわず、そのまま二人揃って吹き飛ばされる。

 

 「マスター!ランスロット様───!」

 

 遠くでガレスの声が聞こえた。

 

 「痛っ───、なんだ、今の」

 

 「魔猪(・・)だ。どうやら、僕らが集めた食材を狙って様子を窺っていたみたいだね……」

 

 ランスロットと二人、少し離れた位置にあった浅い泥の沼へと飛ばされたおかげで、落下の衝撃によるダメージは受けずに済んだ。

 

 

 「グルルぅ─────────!!」

 

 魔猪はそのまま重い足取りで自分たちの方へとやってきた。驚くべきことにその全長は、10メートルはあると思われるほどの巨躯(きょく)であった。

 

 「フジマル、下がってて。……この島の魔獣は知性が高いと言ったけど、どうやら訂正しないといけないらしい。この()に喧嘩を売るとは、命知らずもいいとこさ」

 

 魔猪が駆ける。

 ランスロットはそれを魔力で編んだ剣で迎撃しようとして、

 

 「──────!?」

 

 魔力が正常に生成できていないことに気がついた。

 

 「しまった、この泥沼(・・)か──────!」

 

 ランスロットに指摘され、自分も気づく。

 どうやら自分たちが吹き飛ばされた泥沼は、生物の魔力生成を乱す効果を含んでいた毒沼(・・)だったのだ。

 

 「まずい──────!」

 

 この魔猪は知性が低くなどない。

 獲物が最も多くエサをかき集めたタイミングを狙い、なおかつその隙をついて、確実にこちらを仕留めるためにこの沼へと吹き飛ばしたのだ。

 

 慢心していたのはこちらの方。

 サーヴァントに対して致命的な影響を与える場所を把握していた魔猪こそが一枚上手であった。

 

 「グルルぅぁぁああ──────!!!」

 

 

 「──────いえ、させませんッ!!」

 

 体高(たいこう)7~8メートルはある魔猪の後方より、大剣を携えて回転しながらガレスが空を舞う。

 

 その気配に魔猪も気づき、振り返って迎撃に及ぼうと見上げる。

 しかしそれを読んでいたガレスは、力強い魔力放出によるブーストで、瞬時に地上へと大地を抉って着地する。

 

 「──────!?」

 

 困惑は魔猪から。

 顎下から腹部にかけて、隙だらけの巨躯を晒したことをこの期に及んで悔やんだ。

 

 そう、この魔猪に失態はない。

 その高い知性から、明確なプランのもとエサを手に入れようと画策した。一番身体的能力が低いであろうマスターを狙ったのもそのためだ。

 その上で、最も実力があると思われた騎士ごとあの毒沼のトラップへとはじき飛ばした。

 

 ──────しかし。愚か。

 自身が罠にかけたその対象は、かの騎士にとっては "主人" と崇拝する "恩師" に他ならず。その者たちの身が危険に晒されたとあれば、今このひと時において、最強(・・)とは誰を指すのか。

 

 「どうかお覚悟を。名も無き魔獣───、」

 

 魔力を収束する。

 

 「宝具、"換装(かんそう)"。第二模倣(・・・・)、展開───!」

 

 収束した灼熱の魔力は、鈍色(にびいろ)湖光(・・)の魔力へとその色彩を "変質" させていく。

 

 「沼底に堕ちれど、輝きは最果てに至れ。

 限界は、(とお)に超えた───────ッ!」

 

 

 湖の騎士───サー・ランスロットが振るう決して(こぼ)れることのなき、湖光の聖剣にして魔剣(・・)。緑豊かなこの深き森において、その剣は無毀(むき)なる光を放つだろう。

 しかし。

 かの者が振るう湖光は、決してそのような美しき刃ではない。それは濾過(ろか)なき汚濁(おだく)。偽りであるが故の穢れを受諾した鈍色の光───!

 

 

 「彼方の卿よ、

 この光 我が身には(まぶし)すぎる───!

 (ゆえ)に、『譎詐全断・過重沼光(アロンダイト・オーバーポンド)』────ッ!!!」

 

 

 魔猪の巨躯を貫いた大剣は、その内に秘めた過剰な魔力を吐き捨てるようにその身を震わせた。

 

 そうして大地にひれ伏す。

 魔猪の外見は変わらぬ逞しい巨躯を保ったまま、しかしその内側は、ガレスの魔力放出によってズタズタに捌かれて息を引き取っていた。

 

 

 「「す、すごい……」」

 

 感嘆の声はその一部始終を見ていた自分とランスロットから漏れた。

 

 「えっへへ、かのランスロット様を前にして使うのは恐れ多かったのですが、非常事態でしたので…」

 

 ガレスは照れくさそうに頭を搔いた。

 

 「いいや!驚くほどカッコよかったよ!僕のアロンダイトに負けず劣らずの宝具さ!それに "沼" だって!?親近感しかないぞ、僕の宝具と交換しないかい!?」

 

 「え、ええええええ!?お、恐れ多すぎます!私には過ぎた剣だからこその、このような宝具ですし!」

 

 思いもよらぬランスロットの喜びように、逆に困惑するガレス。

 

 「そんなことはない!僕は君のことが気に入った!……あ、いや、元からランスロット卿は君を気に入っているんだったか。なら倍だ!三倍 気に入ったよ!」

 

 ランスロットはガレスの手を掴んで、ぶんぶんと振った。

 

 ランスロットはこの特異点に来てから、なにかとガレスに対してはぎこちない様子だったが、こうして打ち解けたようでこちらも微笑ましいかぎりだ。

 

 「そういえば、ガレス。ゴッホと戦った時にも、君のもう一つの宝具を見せてもらったけど、他にも使えるの?…というか、その大剣は生前も使っていた武器なのかな?」

 

 ふと疑問に思ったことを口にした。

 ランスロット卿のアロンダイトにガウェイン卿のガラティーン。限定再現とはいえ、あまりにも強力な宝具だ。

 

 「ああ、いえ!私が使えるのは二つだけです。それに、この大剣はこちらの特異点に召喚された折、カレンちゃん殿からいただいたものでして…」

 

 「そうだったの!?驚いたな、あの人こんな宝具も用意できるのか…」

 

 「カレンちゃん殿いわく、"従者であれば相応の剣をもっておくべきだ、と言って貴方用に(つく)ってくれました" と仰っていたので、製作者はカレンちゃん殿ではないと思うんですけど…正直なところ私もよくわからないのです…えへへ」

 

 「………………、」

 

 「そっか。じゃあきっとランサークラスの時と同じく、マーリンあたりが用意してくれたのかもね」

 

 そうこうしていると、自分のお腹が鳴る音がした。

 

 「相変わらず迷惑な領域だね、これ… 僕はもう一時間近く前からお腹を鳴らしていたよ」

 

 「そうだね、そろそろ戻ろう。あんまり長居すると、また別の魔獣が襲ってくるかもしれないし」

 

 「でしたら、ティターニアさんの様子も見学していきませんか?なんてったって、本番は明日!どの程度までレベルアップしたのか、気になります!」

 

 確かに。決勝からの参加であるティターニアの出番は、明日の夕方からだが、既にどの程度まで料理のスキルが身についたのか、自分も気になっていた。

 

 「ふむ。そういう名目で、試食をしようという魂胆だな、ガレス」

 

 「えへへ、バレました?さすがランスロット様です…」

 

 「いいや。僕も大賛成だ。なんなら辛口コメントをして、僕が満腹になるまで試食させてもらうとも!」

 

 なんとも悪質な審査員である。

 しかしそんな微笑ましいやり取りを見ていたら、自分もさらにお腹が空いてきた。完全に日が落ちてしまわぬうちに街へと戻るとしよう。

 

 

***

 

 

 「──────うん。味は問題ない。盛り付けも完璧だ。問題は…」

 

 「時間、だな。これ一品をつくるのに二時間もかかっちまってる。大会の調理時間は一時間だ。とてもじゃないが提供はできねえ」

 

 「ダメかぁ…………」

 

 

 調理場の外の窓から覗いた景色は、とても真面目な空気感であった。

 

 「むむ。とても "試食の時間だッ!"と言って入れる空気ではないな…この感じ…」

 

 ランスロットは不服そうな顔を浮かべていた。

 

 

 「美味しい料理を目指せば、必然的に手間暇がかかる。あえて短い時間を設けているところを見ると、あの女神様はよほど短気で気分屋なのか、それとも」

 

 「ま、普通に料理をしたことがないかの二択───いや、その両方か」

 

 ネモ船長と村正は、どうしたものかと頭を抱えていた。

 

 「やっぱり私では優勝は……」

 

 「いや、キミのせいではないよ。これは根本的なルール上の欠陥だ。僕らには咎める権利はないとも」

 

 「そうだぞティターニア、お前さんはよくやった。この二日間、目を見張るほどの成長速度だったぜ」

 

 

 なんだか見ているこっちも涙ぐましくなってきた。

 

 「ランスロット様、マスター、今は彼女を陰ながら見守りましょう。私たちが茶々をいれるのは、明日の決勝戦を終えてからにしませんか?」

 

 「うん。ガレスの言う通りだ。大人しく他の店で…」

 

 食事を摂ろうと言おうとしたら、ランスロットの姿が見当たらないことに気がついた。

 見るとランスロットは調理場の扉を堂々と開き、既にティターニアたちのところに向かっていたのだ。

 

 「何を弱気になっている、ティターニア!」

 

 「ランスロット……」

 

 「いいかい、君はガウェインをボコボコにするんだろう?ならばせめて胸を張って前を見るんだ。たまに見学していた僕にだってわかる。この二日間、君は辛そうではなく楽しそう(・・・・)だった!…なら自分を卑下にするのは間違いだよ。君の努力を無駄にすることは、他ならぬ僕が許さない!だから、悔いの残らない料理を作るんだ。もちろん、楽しむことも忘れずにね?」

 

 そう言って、ランスロットはティターニアを勇気づけた。

 彼女はティターニアと同じで負けず嫌いだ。しかし一方で、彼女たちの明確な違いは、自信家か否か(・・・・・・)ということ。…自分の実力を信じて疑わないランスロットにとって、彼女の後ろ向きなスタンスは思うところがあったのだろう。

 

 「……うん。ありがとう、ランスロット!よぉーし、ここからはスピード勝負だ!時間のかかる工程はとにかく魔術で倍速!筋肉疲労なんて知ったことかァ!」

 

 ティターニアは再び闘志に満ち溢れ、やる気を出した。

 それを間近で見ていたネモ船長や村正も、その前向きな様子に釣られて笑顔になる。

 

 

 「なんだ、この私が心配して様子を見に来るまでもなかったようだな」

 

 その声に振り返ると、隣にはガウェインがいた。

 

 「ガウェイン!そっちはもう準備できたの?」

 

 「ああ。問題ない。約束通り、必ず決勝まで上り詰めてみせるとも。無論、優勝もするつもりですが」

 

 そう言ってガウェインは、自身の店へと戻っていく。

 その背中に───、

 

 「勝つのは、ティターニアだよ」

 

 万感の期待と信頼を込めて、そう伝えた。

 

 

 「───ええ。そうであることを祈っています」

 

 そうして大会前日は終わる。

 それぞれの想いを乗せて、明日の決戦に胸を高鳴らせた。

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の寝室で。一人の少女と一匹の()がいた。

 

 「明日はいよいよ大会当日よ。今度こそ見つけ出してみせるわ」

 

 少女は檻の中の獣に話しかけた。

 

 「ねえ。あなたのお眼鏡に、あの子の料理はかなうのかしら」

 

 呟いた言葉は、暗闇の中に溶ける。

 

 

 これはほんのひと時の幕間。

 いずれ訪れる、この島の真相だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 ──────大会当日。

 

 「なんか、すごい緊張してきたね…」

 

 自分が出場するわけではなかったが、昨晩はほとんど眠りにつくことができなかった。

 

 「へえ。思っていたよりも人が集まっているじゃねえか」

 

 オックスフォードにある女王 エウリュアレの城には、既に多くの客が(ところ)狭しと集まっていた。

 

 「そういえば、本日の主役のティターニアの姿が見当たらないようだけど?」

 

 「うん。彼女なら今は控え室である程度の仕込み作業をやっているよ。おそらくガウェインも既に準備中だろう」

 

 控え室は関係者以外 立ち入り禁止というわけではないそうだが、出場する他の料理人たちのピリピリとした空気感を考えて、応援に向かうのは少し躊躇われる。

 

 

 

 「あら、奇遇ね。こんなところで再会するなんて」

 

 

 声がかけられた方へと振り返る。

 するとそこにいたのは───、

 

 「メイヴ───!それから、クー・フーリンまで!?」

 

 前回の島で相対したアイランド・クイーン、メイヴとその従者であったクー・フーリンが手を振っていたのである。

 

 「よお、アンタら、割と最近ぶりだな。今何してるとこなんだ?」

 

 「えっと、実は……」

 

 

 そうして、メイヴとクー・フーリンの二人に、ことの成り行きを説明する。

 

 

 「は?ティターニア、この大会に出場するの!?しかも優勝しなきゃ鐘を鳴らせない、ですって?」

 

 「おいおい、随分とおもしれぇ話になってるじゃねえか」

 

 呆気にとられているメイヴとは対照的に、クー・フーリンは愉快そうに笑った。

 

 「ところで、君たちはどうしてここに来ているのかな?」

 

 「……?藤丸、この子だれ?」

 

 「おっと、自己紹介が遅れてすまない。僕は君たちを存じていたから、勝手に知り合いの気分になっていたよ。……常夏騎士 ランスロットだ。よろしく」

 

 「へぇ、かのアーサー王伝説のサー・ランスロットねぇ。なんだ、思ってたよりも優秀なサーヴァントが揃ってんじゃねぇか。オレ達が手を貸すまでもなかったわけだな」

 

 「え?二人は俺たちに協力するために、オックスフォードまで来てくれたの?」

 

 「おうよ、メイヴが暇だってい───、」

 

 「いいえ!ただのお忍びデートよ。美食の島なんですもの。一回くらいは行ってみたくなったの!」

 

 メイヴが左手でクー・フーリンの口を塞いでそう言った。

 

 「そうだったのですね!でしたら、一緒に観客席からこの大会を見ませんかメイヴさん!ティターニアさんは決勝からのシードなのでしばらく出ませんが、私の姉様がとんでもない料理の数々を見せてくれると思います!」

 

 「へえ。あなたのお姉さん?それは少し興味があるわね」

 

 

 『お集まりの皆様、本日は御足労いただき誠にありがとうございます!本日、皆様にお見せする料理はどれも至高の品々。このオックスフォードが誇る腕利きの料理人たちが作り出す絶品のグルメでございます。どうか、その嗅覚で存分にご堪能いただき、空腹感に身を焦がし、最高の料理が決まる瞬間をその目に焼きつけてください。』

 

 城内のメインホールにアナウンスがかかる。

 

 「間もなく始まるみたいだね…」

 

 『それでは。主催のエウリュアレ様からのお言葉です。』

 

 「こほん。お集まりの皆々様、この島のアイランド・クイーン、エウリュアレよ。本日は、この美食の島オックスフォードで最も美味しい料理を決める大会───オックスフォード美食王 決定戦に、ようこそ おいでくださいました。…それじゃ、早速はじめてちょうだい」

 

 エウリュアレは、そそくさとマイクを司会の従者へと返す。

 

 『えー、ルール説明をさせていただきます。勝負は料理人同士の1対1。アシスタントは許可いたしません。制限時間は1時間。残り時間10分となりましたら、カーテンをかけさせていただき、お客様には完成までご覧になることはできない形とさせていただきます。どうか互いに時間を有意義に使い、美味しい料理を作り上げてください。』

 

 一時間で至高の料理を仕上げる。昨日ネモ船長たちも話してはいたが、中々に難しい話だと自分も感じた。

 

 『審査方法はシンプル。皆様にも一口ずつ料理を食べていただき、どちらの料理が美味しかったのかを投票していただきます。皆様の票ひとつにつき、1ポイント。その上で、エウリュアレ様にも実食していただき、投票していただきます。エウリュアレ様の1票は100ポイント分となります』

 

 「なんだそれ、女王様一人でこの城内全員の票を上回るじゃねえか」

 

 「女王主体なのは、逆にわかりやすくて助かるよ。ようは彼女に気に入られるか否かが勝負の分かれ目ということさ」

 

 飛び抜けて女王の主観的な大会だが、もとより公平さを求めた試合ではない。決勝戦からのシードにティターニアがいる時点で、自分たちに反論する資格はないのである。

 

 

 『では。早速これより第一試合をはじめます。料理人は調理場についてください。…………………それでは、はじめ!』

 

 固唾を飲んで見守る。料理人たちの眼差しは、まさにプロそのものであり、見ているこちらにも緊張が走るほどの集中力と技量の数々だった。

 

 

***

 

 

 ───戦いは熾烈(しれつ)を極めた。

 総勢32名、4ブロックに分かれた激戦は手に汗握るものだった。提供された料理の数は60品。どれも舌をうならせる絶品の数々であり、どちらが美味しかったのか投票するのに、何度も悩まされる場面があった。

 

 なによりこの "空腹感の亢進" という常夏領域の影響もあって、これほどの数の料理を食べても、自分たちは一向に満腹にはならなかったのである。

 そして恐らくそれは、作る側においても同じく、空腹感に苛まれながらの集中力により、より美味しいものを作ろうとする気概が強まっていたことだろう。結果としてこれほどの質の高い大会へと昇華していた。

 

 そうして───、

 

 

 『ただいまの投票結果により、ガウェイン様が決勝進出となります。奮闘なされたマイク様にも大きな拍手をお願いします!』

 

 

 「驚いたな…ホントに決勝まで勝ち上がりやがった、あの騎士様は」

 

 「しかも女王による贔屓(ひいき)票だけじゃない。一般票ですら全て勝ち抜いている。これは相当手強い相手だね…」

 

 村正とネモ船長は、驚くべきガウェインの実力に冷や汗をかいていた。

 

 「やるわね、あいつ。ここまでの五回、作った料理はどれも一級品よ。…ロマネスコとアンチョビーのマリネ、トマトとジャコの冷やしパスタ、牛肉とアボカドの甘辛焼き、キュウリと鶏ムネ肉の出汁浸し、オレンジと甘栗のクラフティ。和洋なんでも得意とか喧嘩売ってるの?」

 

 「ああ。しかも恐ろしいことに、ちゃんと客の舌と胃袋を把握してやがる。…直前に何を食べたのか、今の胃袋の状態はどの程度なのか。アイツ、嫁に置いたらもう他の飯が食えなくなるぞ?」

 

 「さすが姉様です…、まさかあんなにも繊細な料理が作れるほどの手腕になっていたとは。ガレスも勉強しなければ…」

 

 「僕も彼女の料理を食べたのは、この島に来てからがはじめてだったけど、考えを改める必要がありそうだ。…彼女、僕の専属シェフにしよう。うん」

 

 みんな口々にガウェインの料理を賞賛していく。

 

 『これより10分間のインターバルを挟んでから、ガウェイン様、ティターニア様による決勝戦に移らせていただきます。皆さま、ご不要とは存じますが、どうか存分にお腹を空かせて(・・・・・・・)お待ちいただきますようお願いします』

 

 会場にしばしの休憩を設けるアナウンスがはいる。

 

 

 「俺、ちょっとティターニアの様子を見てきます」

 

 

 そう言って、一人ティターニアが待機している控え室に向かった。

 

 

 

 「あれ、藤丸くん?どうしたんですか?」

 

 「いや、ちょっとティターニアの様子が心配になって……その、すごい白熱した試合がたくさんあったから、大丈夫かなって」

 

 それを聞いたティターニアは目を丸くしていた。

 

 「あはは、ごめんなさい、わたし、控え室にもモニターがあったんですけど、まだ自分の番じゃないからいいや、と思って全然 大会の内容を見ていなかったんです」

 

 なるほど。あまり焦りや緊張している様子がないと思ったら、そういう理由だったのか。

 

 「あれ?もしかして見ておかないとヤバい感じだった?会場の空気が最悪……みたいな?」

 

 「───いや。見ないで正解だったよ。仮にこれで負けたとしても…」

 

 という所まで言いかけて、本当に伝えたいことが頭に浮かんだ。

 

 「藤丸くん?」

 

 「君が君のままでいれば、"絶対に勝てる"。だからどうか、今を楽しんで(・・・・)、ティターニア」

 

 全幅の信頼を寄せて、笑顔でそう言った。

 

 「楽しんで…………、うん!もちろんです!藤丸くん!」

 

 その笑顔を見て、こちらも元気がでた。

 

 あとの行く末は、もうこの島の女王次第(しだい)

 この大会 最後の晩餐が、間もなく始まろうとしていた。

 

 

***

 

 

 『それでは。これよりオックスフォード美食王 決定戦、決勝戦をはじめます!…東厨房(ちゅうぼう) ガウェイン様。…西厨房 ティターニア様。どちらも存分にその手腕を発揮してくださいますよう、お願い申し上げます。…………では。はじめっ!』

 

 

 「はじまったね、最後の勝負が」

 

 ──────開始から10分ほど。

 東厨房、ガウェインによる巧みな包丁捌きで、瞬きの間に野菜が刻まれていく。

 対して西厨房、ティターニアはゆっくりとした丁寧な手つきで魚を捌いていた。

 

 「ちょっと、あんな速度で大丈夫なの?間に合う?」

 

 「間に合う料理にしてある……が、にしても丁寧すぎるな。時間ギリギリまで使うつもりか?」

 

 

 ──────開始から30分経過。

 東厨房、ガウェインは既に何を作っているのかを(うかが)える段階にまでこぎつけていた。

 

 「野郎(ヤロウ)、この決勝戦に来るまで本命を隠してやがったな」

 

 「ここにきて、定番の "夏野菜の煮込みカレー" とは、締めのメインディッシュとしては季節感も完璧だ。しかも彼女───」

 

 「ああ。もうほとんど料理工程を終わらせて、あとは弱火で煮込むだけ(・・・・・・・・)ときた。残りの30分、全部をそれに使う気だぜ、ありゃあ」

 

 

 ──────しかし。

 対して西厨房、ティターニアはまだ(・・)他の魚を捌いていたのだ。

 

 「むむ、さすがに遅すぎるんじゃないか?獲物を捌くのが苦手なら、僕に言ってくれれば教えてあげたのに」

 

 「妙ね。アイツ、何を考えているのかしら…」

 

 

 ──────開始から50分。

 残り10分を切って、両方の厨房にカーテンがかけられる。

 

 「おい、大丈夫なのかありゃ。明らかに間に合う感じには見えなかったぞ…」

 

 「ティターニアさん、焦っている様子でもありませんでしたね…、時間のこと、把握していないなんてことないですよね…」

 

 それぞれ不安を口にする村正とガレス。

 けれど自分は───、

 

 

 「───いいや。ティターニアなら間に合うよ」

 

 心から信頼して、そう口にした。

 

 

 

 

 

 そうして。一時間が経過した。

 調理は終了となり、それぞれの料理が会場の真ん中にいるエウリュアレのもとへと運ばれる。

 

 

 『では。まずはじめに、ガウェイン様の料理でございます。』

 

 

 そうして、銀色のクローシュが開かれる。

 

 そこにあったのは、"夏野菜の煮込みカレー"。

 この島で採れた新鮮な夏野菜をふんだんに使い、かつよく煮込んだことで野菜はとろける様な柔らかさと甘さを引き出していた。

 

 『それではガウェイン様、説明をお願いします。』

 

 「この島で採れたものだけを使用したカレーとなります。調理方法は皆様がご覧になっていた通り、とてもシンプルなものですが、大衆の人間に愛され、なおかつ美味しい料理はこれを抜いて他にありません。…暑い日にあえて汗をかくほどの熱く辛い料理を食べる。そんな本能的な夏の食欲を満たす "逸品" かと。」

 

 

 そんなガウェインの解説を聞いた(のち)、エウリュアレはその料理を口に運んだ。

 

 

 「ええ。あなたの解説通り、素晴らしい料理でしてよ。辛さと甘さが程よくて、食べやすいことこの上ないわ」

 

 

 そうして自分たちにも料理が配られる。

 

 「くそっ、美味(うめ)ぇ。なんで一口しか食ってねぇのにこんなに舌が満たされやがるんだ…!」

 

 「これは、参ったなホントに。彼女は紛れもなく全力で挑んできてくれたようだ…」

 

 うん。確かにガウェインの料理は美味しい。

 この会場にいる全員が、彼女の料理の(とりこ)となっていた。

 

 けれど───、

 

 「次はティターニアさんですね…」

 

 

 『それでは。続きまして、ティターニア様の料理でございます。』

 

 

 再び銀色のクローシュが開かれる。

 そこにあったのは──────、

 

 

 「なん、だと………?」

 

 「は、─────────?」

 

 

 現れたクローシュの下にあった料理は、

 全部で三つ(・・)に分かれていた。

 

 一つ。

 複数枚重ねられた長方形の海苔(のり)

 

 二つ。

 円を描くように並べられた彩り豊かな刺身(さしみ)類。

 

 三つ。

 木製の飯台(はんだい)に入れられた酢飯(すめし)

 

 

 誰がどう見ても、

 そこにあったのは "手巻き寿司" だった。

 

 

 「………なんの冗談かしら、あなた」

 

 エウリュアレは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべていた。

 

 

 「ムラマサ、あれ料理なの?なんであれにしたの?」

 

 「…いや(オレ)も聞いてねぇ。予定では "ちらし寿司" だった」

 

 

 『えっーと、ティターニア様、解説をお願いしても?』

 

 司会の従者も困惑していた。

 それもそうだ。なぜなら今ここに出てきたものは、料理と呼ぶにはあまりにも食べる側(・・・・)に作ることを(ゆだ)ねている。

 

 「──────はい。私がこの三日間、死に物狂いで料理をして学んだこと、それは包丁捌きでも、食材の選び方でも、味付けの工夫でもありません。"料理を作ることは楽しい(・・・)" ということでした。……女王エウリュアレ。あなたは料理を作りますか?」

 

 

 「え?───それは、その、しないけど…」

 

 「でしたら!是非とも作って食べてみてください!」

 

 そう言ってティターニアはエウリュアレのもとへと向かい、手巻き寿司の作り方を教えはじめた。

 

 「えっと、こう?」

 

 「そうです!ああでも、具材は詰めすぎないように。食べる時に反対側から飛び出てしまいますから」

 

 そうして、エウリュアレはその小さな口で、自分で巻いた手巻き寿司を口に運んだ。

 

 「どうですか?はじめて自分で作った(・・・・・・)料理は?」

 

 

 「─────────美味しい。」

 

 「それはよかった!……ああ、ひとつ訂正を。料理で学んだことは食材選びじゃないと先ほど言いましたが、ここにある魚は村正のおじいちゃんやネモくんが選んだものなので、どれも一級品です!」

 

 エウリュアレはそうして、今度は別の具材を巻いた。

 

 「これはなんの魚の刺身なの?」

 

 「それはカンパチ!あっ、イクラも一緒に巻いたら食感も変わって別の料理みたいな感覚になって、全然飽きないよ!」

 

 

 自分たちはそんな彼女たちのやり取りを眺めていた。

 

 「なるほど。料理をする楽しさを教える、ね」

 

 ティターニアが用意したのは、紛れもなく "料理をしたことがない気分屋な女王" のための料理だった。

 

 「時間いっぱいまで、ただ魚を丁寧に捌いたりしていたのは、こういう理由だったのね。なんか、アイツらしくてちょっとムカつくわ」

 

 そう口にしたメイヴの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 「ズルいですよー!早く私たちにも食べさせてくださーい!」

 

 ガレスがにこやかに野次(やじ)を飛ばす。

 

 「あ!ごめんなさい!司会の方!どうか皆さんにも配ってあげてください。たくさん捌いたので具材はいっぱいあります。…一口と言わず、どうか満足のいくまで召し上がってください!」

 

 

***

 

 

 そうして。

 一般の投票も終わり、エウリュアレによる票を残すだけとなった。

 

 

 『それでは、エウリュアレ様。投票をお願いします。』

 

 しばしの静寂。

 会場にじんわりと緊張が走った。

 

 

 「両者ともに、素晴らしい料理だったわ。ですが、ここに至るまでにも、多くの素晴らしい料理があったこともまた事実です。特にガウェイン卿がお出しになった料理は、どれも一級品でした」

 

 

 「………………、」

 

 

 「──────けれど。ことこの決勝戦に至るまで、この女王である私に、料理の楽しさ(・・・・・・)を教えようとする不届き者など、ついぞ現れることはなかったわ」

 

 

 「──────!」

 

 

 「その傲慢(ごうまん)厚顔(こうがん)。そして、感謝を込めて。ティターニア。あなたに私の票を与えます。……すなわち。あなたがこのオックスフォード美食王 決定戦の優勝者(・・・)よ。」

 

 

 

 「「「や、やったぁぁぁぁあああ!!!!!」」」

 

 

 観客席にいたみんなで抱き合って喜ぶ。

 ステージ場にいたティターニアは、へたりと尻もちをついた。

 

 「え、ホントにわたし勝ったの?夢じゃなくて…?」

 

 そんな彼女のもとへ、ガウェインが手を差し伸べる。

 

 「見事だった。ティターニア。"料理を楽しむ心" か。そんなこと、考えたこともなかった。……私の完敗だ」

 

 「ガウェイン……、」

 

 差し伸べられた彼女の手を握って、ティターニアは起き上がる。

 

 「ふ、ふん!どんなもんだい!宣言通り、ボコボコにしてやったからなァー!」

 

 その反応を見て、ガウェインは柔らかに微笑む。

 

 「……まあ。一般の票は53対44で僅かに私の勝利だったが」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 そんなやり取りを、自分はみんなと客席から眺める。

 

 「本当におめでとう。ティターニア」

 

 

 

 

 ──────そうして街の人々は城を去っていき、残ったのは自分たちとエウリュアレ、そしてガウェインの三者だった。

 

 

 「じゃあ。約束通り、純愛の鐘を鳴らさせてくれるんだよね?エウリュアレ」

 

 「──────ええ。でも、その前に。私のしたいこと(・・・・・)をやってもいいかしら、藤丸」

 

 そう言って、エウリュアレはティターニアへと向き直った。

 

 

 「簡単なもので構わないの。私に料理を教えてくださる?ティターニア」

 

 

 「え──────?」

 

 

 

***

 

 

 

 ───それは、およそ数ヶ月前にまで(さかのぼ)ります。

 この特異点が生まれて間もなき頃、一人の女神がオックスフォードの島へと召喚されました。

 

 

 「痛っ───、ちょっと!なんなのよ、この雑な召喚はー!」

 

 「あら失礼、加減がわからなかったもので。…ようこそ、ギリシャの麗しき女神エウリュアレ。貴方は今回の特異点の女王の一人に選ばれました」

 

 それは破天荒(はてんこう)という言葉が似合う、いい加減な女神でした。

 

 「は?あなた確かエロース───いえ、ローマの愛の女神だったかしら。なんだってこの私を巻き込むのよ!」

 

 「気分です。深い理由はありません。…ですがあなた、美味しい料理、好きでしょう?」

 

 「料理?別に私 食べ物になんて(こだわ)りないわよ。(メドゥーサ)の影響で、味覚だって鈍感な方だし…」

 

 「あら。でしたら尚更(なおさら)この夏は美味しい料理を食べて、その味覚を敏感にしてください。なぜなら夏は、さして美味しくもない海の家のラーメンが絶品に感じてしまう、魅惑の季節。夏といえば "料理" ですので。」

 

 そう言い残して、その女神は去っていきました。

 なんて自分勝手。なんて説明不足。全くもっていい加減なその振る舞いを(とが)めようにも、もう彼女の姿はありませんでした。

 

 

 それから丸一日。

 私は何も無い森の中を彷徨いました。

 生憎と、魔力だけはどこかから供給されているようで、退去に至るようなことにはなりませんでした。

 

 「あああん、もう!なんなのよ、あいつ!もう一度見つけたら、絶対にこの槍で刺し殺してやるんだか───きゃっ!」

 

 最悪です。最低です。

 女神であるこの私が、泥の沼(・・・)で転ぶなんて。

 

 そして───、

 

 「なに、あなた達……」

 

 気づいたら見知らぬ魔獣たちに囲まれていました。

 

 

 「ふん。生意気ね。生前はまだしも、サーヴァントである私に勝てると思って──────あれ?」

 

 そこで。身体の不調に気がつきました。

 

 おそらくその沼は毒の沼だったのです。

 体内の魔力生成が全くもって上手くいきませんでした。

 

 ようするに、詰み。

 私はこんな暗闇の森の中で、誰の目にも留められず、ただ魔獣どもに食べられて消えていくんだ。

 

 そう思ったら、()が出てきました。

 

 「……なんでよ。ふざけないでよ。なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないのよ!ねぇ(ステンノ)、どこなの?…ねぇメドゥーサ!早く私を助けなさいよ!!!」

 

 誰でもいいから助けてほしかったのです。

 こんなところで消えたくなかったのです。

 

 そしたら。

 

 

 「グルルぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

 

 

 「──────は?」

 

 

 ──────見ると、

 私の周りにいた魔獣どもは、皆死んでいました。

 

 

 目の前にいたのは、一匹の "白い(ひょう)" でした。

 

 

 「…あなたが、私を助けてくれたの?」

 

 こちらへと振り返ろうとした豹に、

 私は思わず抱きついていました。

 

 

 でも。

 今にして思えば、きっとそれは違います。

 

 彼は私を助けてくれたのではなくて、彼は私という獲物(・・)を、他の魔獣から奪い取っただけなのです。

 

 でも。

 それでも、よかった。

 

 「ありがとう──────、」

 

 抱きついた彼の身体は、優しい温もりがありました。

 

 

 

 結局。

 彼は私を食べようとはしませんでした。

 

 理由はわかりません。

 きっと知性が高いのです。

 

 だからもしかしたら、私にもっと人がたくさんいる場所へと案内してほしかったのかもしれません。

 

 「あなた、人のことも食べる魔獣なの?」

 

 返答はありません。

 当然です。だって言葉がわかりません。

 

 

 

 翌日のことでした。

 

 「あなた、どうしたの?」

 

 唐突に彼は、

 見当違いな方向へ走り出したのです。

 

 

 向かうとそこには、

 

 「きゃ─────────!」

 

 一人の女の子がいました。

 

 

 女の子はあの日の私と同じように、魔獣に取り囲まれていたのです。きっと遊んでいる間に迷い込んだのでしょう。彼は耳がいいのか、すぐに女の子の場所がわかっていました。

 

 「危ないっ──────!」

 

 私は咄嗟に魔獣を迎撃しました。

 彼も同じように魔獣を撃退しました。

 

 ですが、その後。

 

 彼はその女の子を食べようと(・・・・・)したのです。

 

 「だめ───!なにやっているの、あなたっ!」

 

 咄嗟に止めました。

 本気で怒りました。

 

 「グルぅぅ──────、」

 

 そしたら、

 彼は女の子を食べようとはしなくなりました。

 

 

 

 その次の日です。

 迷子の女の子を連れて、森を抜ける直前。

 

 ひと足先に飛び出した彼は、

 人間(・・)の子供を見つけました。

 

 「まずい───、だめ、食べちゃだめ!」

 

 女の子を連れていたので、私は反応に遅れました。

 

 

 ──────ですが、

 

 驚いた子供たちは逃げていき、

 彼はそれを追わず、じっと見つめていました。

 

 「あなた、いま我慢(・・)したの…?」

 

 それが。私には嬉しかったのです。

 

 「偉い、偉いわ!よく我慢したわね、あなたっ!」

 

 心の底から喜びました。

 私の想いが通じていたのだと、わかったからです。

 

 

 

 そうしてなんとか街に辿り着きました。

 

 迷子の女の子も無事に送り届け、

 後ろを振り返ったとき、

 

 

 ───────彼は倒れていました。

 

 

 

 なぜ。

 私はそうなるまで気づかなかったのでしょう。

 

 この魔獣は、

 人間だけを食べて(・・・・・・・・)生きてきたということに。

 

 

 

 

***

 

 

 

 私───常夏騎士 ガウェインがこの地へ召喚されたのは、ほんの数週間前のことだ。

 

 「オックスフォード。召喚される土地としては、妥当か…」

 

 この特異点なる場所の事情をある程度聞かされていた私は、まずはこの島のアイランド・クイーンと呼ばれる人物に会いに行った。

 

 

 「失礼。貴公がこの島のアイランド・クイーンか?」

 

 アイランド・クイーンには、必ず拠点となる場所が用意されていると聞いていた。必然的にその島の人間たちは女王を(うやま)うようにつくられている(・・・・・・・)

 そのため、彼女を見つけるのは、そう難しいことではなかったのだ。

 

 「あなた、だれ?」

 

 女王の姿は、とても(やつ)れているように見えた。

 

 「常夏騎士、ガウェインという者だ。私には貴公の常夏領域は効いていない。それ故に、対等な取引がしたい。これは陛下、いえカルデアのための任だ。」

 

 「常夏、領域──────?」

 

 「──────?」

 

 それは、思わぬ事態であった。

 その島には常夏領域が敷かれていなかったのである。

 

 エウリュアレと名乗るその女王は、全くもってアイランド・クイーンとしての責務を聞かされていなかったのだ。

 

 「参りましたね。女神アムール。そこまでいい加減な女神だとは…。いやもしかして、本当は常夏領域を敷かせることを強制させてはいないのか…?」

 

 この島の事情、この島における自分の能力を知ったエウリュアレは、ひとつの提案を口にした。

 

 「その常夏領域ってやつ。食べ物を食べない子に、無理やり食べさせるようにすることもできるの?」

 

 「それは……、食べ物の好き嫌いを無くすということですか?それとも、食欲を旺盛(おうせい)にさせると…?」

 

 「その両方よ。なんでもいいから食べるようになってもらうには、どうしたらいいの?」

 

 彼女の要望は私には理解しかねた。

 

 「ならば、空腹感そのものを亢進させてしまえばよいかと。水であれなんであれ、空腹感を満たすためなら、人はなんでも口には含みます」

 

 「……そうね。動物なら空腹感には耐えられないものね。わかったわ、礼を言うわガウェイン卿」

 

 彼女はそれを聞いて、スタスタと自室へと戻っていってしまった。

 

 「お待ちをエウリュアレ!なぜそのようなことをなさる必要があるのですか!?この島の人間全員が、空腹に苛まれることとなります!」

 

 「──────わかったわ。あなたには見せてあげる。街の人間には恐れられるだろうから、絶対に言わないでちょうだい」

 

 

 私が彼女の部屋で見たのは、

 "痩せこけた白い豹の姿をした魔獣" であった。

 

 「これは──────、」

 

 ひと目でわかった。

 この獣は、人間(・・)しか食べたことがない。

 こびりついていたその匂いが、紛れもなくそう語っていたのだ。

 

 「彼はもう人間を食べません。無論、他のどのような料理も」

 

 「エウリュアレ……」

 

 「ですが、彼に私は助けられました。……だから、勝手に死ぬなんて許さない。私は彼を助けたいの。たとえこの街の人間が空腹に苦しんでも、それで彼が助けられるのなら、私は───」

 

 彼女の決意は、誠実な願いに近かった。

 

 私は。

 彼女の力になりたかった。

 そしてなにより。この不器用な獣を───、

 

 

 「でしたら、常に食事の絶えぬ街へと築きあげればよいのです。……そうすれば、たとえ街の人間は空腹に苦しんでも、すぐにそれを満たすことができる。生憎と、この街は食料が豊かだ」

 

 「あなた、私が自分自身のワガママのために、常夏領域を使うことを見逃してくれるの────?」

 

 「ええ。それで、この魔獣が救われるのであれば。"(わたくし)" はあなたの力になりたいのです、女王エウリュアレ」

 

 その選択は誤ちだったのかもしれない。

 

 けれど。

 その時の私は、

 自分に()をつきたくなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 「それが、この魔獣…ですか」

 

 エウリュアレに簡単な料理を教えた後、

 自分たちはその話を聞かされた。

 

 この街が美食の島となった本当の理由。

 そして、なぜ "空腹感の亢進" という常夏領域が敷かれていたのか、その真相についてを。

 

 

 「───けれど、その常夏領域をもってしても、この魔獣は何も口に含むことはなかった。そういうことですね?」

 

 だからこそ、ガウェインははじめて自分たちと会ったあの日、"常夏領域は無意味だった" と言っていたのか。

 

 「ええ。だから、このオックスフォード美食王 決定戦を開催しました。この街の人間の総力をあげて、一番美味しい料理を用意すれば、彼もきっと食べてくれるだろうと思ったから」

 

 「なるほど。キミにとっても、今回の大会が最後の頼みの綱だったわけか。僕らにあのような特別待遇をしたのも、縋る思いだったわけだね」

 

 「……でも。結局、この子は一度だって反応すらしてくれなかったわ。会場の料理の匂いは、ここにはよく届くの。ひっそりと料理人たちが作ってくれた料理も持ってきていたけど、それもだめ。今回の大会で作られた全62品(・・・・)の料理。そのすべてをもってしても、彼の食欲には響かなかったわ」

 

 「エウリュアレ………」

 

 彼女ははじめから、自らが美味しい料理を食べたくて大会を開いていたわけではなかった。週に一度街を訪れて料理を品定めしていたのも、この魔獣のために行なっていたことだったのだ。

 それほどまでに、彼女はこの魔獣に深い感謝をしていたのであった。

 

 「だからね、ティターニア。"料理を楽しむ" とか、そんなこと考えてもいなかったの。…それで、はっとした。私は周りに頼ってばかりで、ただの一度も、"この子のために、自分で(・・・)料理を作ろう"とはしていなかったって」

 

 そう言ってエウリュアレは、ティターニアに教えてもらって作ったポトフ(・・・)を、魔獣へと差し出した。

 その料理は、この特異点にきて最初に、ティターニアが村正から教えてもらった料理だった。

 

 

 「…………………、」

 

 

 「………やっぱり、だめなのかしら」

 

 エウリュアレの話では、かれこれ数ヶ月間、この魔獣は何も口にしていないことになる。つまり、もうほとんど時間は残されていないだろう。

 

 そんな様子を見兼ねたガウェインが、エウリュアレの隣へと跪き、普段とは異なった柔らかい口調で魔獣へと話しかけた。

 

 「白き豹よ。(わたくし)は、あなたのように不器用な獣を三人(・・)知っています。……獅子(ひとり)は、民に愛され、愛する者も多くいましたが、復讐を優先して非業の死を遂げました。……(ひとり)は、愛する者に惑わされ、親愛なる主君への忠誠を守れずに後悔の念を抱きながら死に絶えました。………そして」

 

 そういって、ガウェインは奥歯を噛み締め、

 

 

 「……そして黒犬(ひとり)は、愛する者を喰らわねば我慢ならぬ愚者(ぐしゃ)ゆえに、なに一つ守れずに死を受け入れました」

 

 

 「ガウェイン───、」

 

 

 「…けれど。あなたは違う。名も無き獣よ。あなたには、あなたのことを心から(おもんばか)って、行動してくれる者がいる。そしてあなたは、その者に裏切られることも、喰らうこともせずに添い遂げられるのです。御身はこの島で最も "我慢強い獣" であると、他ならぬ今ここで証明してみせたのだから」

 

 ガウェインの言葉には、どこか強い願いが込められていた。

 まるで。自分たちには(つい)ぞ見つけることができなかった幸福な愛(・・・・)が、お前には見つかったのだ、と背中を押すように。

 

 

 そうして、今度はその隣にティターニアが腰をおろした。

 

 「はじめまして、名も知らぬあなた。……先ほど、エウリュアレ女王の話を聞いて、そして今、ガウェインの話を聞いてわかりました。あなたは、彼女の───"エウリュアレの喜ぶ顔" が見たかったんですよね?」

 

 魔獣は目を見開くような反応をしていた。

 

 「実はわたし、少し()が良くて。わかるんです、そういうの。あなたはずっと、エウリュアレに笑ってほしかった。人間を食べなかった時、彼女が見せた嬉しそうな笑顔が、もう一度見たかった。…だから、ずっと我慢しているんですよね。そうすればきっと、また彼女が笑ってくれると信じているから」

 

 ───ああ。なんて不器用。

 もしそれが本当なら。ガウェインの言った通りだ。この獣は、ひと目見た時から、この女王を愛した。

 そしてその女王がたった一度だけ、自分に向けたその笑顔が忘れられなくて、こうして今も恋焦がれている。

 

 「そう、なの───?あなた───、」

 

 「グルルぅ──────、」

 

 獣は答えるように起き上がり、そう鳴いた。

 

 

 「なによ、それ。馬鹿じゃないの、ホントに」

 

 そう言うエウリュアレの顔は泣き笑っていた。

 

 それを見た獣は、檻に顔をあて、舌をだして彼女の涙を拭き取ろうとした。

 

 「馬鹿ね、どうせ舐めるなら、私の涙なんかじゃなくて、料理を食べなさいよ!」

 

 「そうです。この料理は、エウリュアレがあなたのために(・・・・・・・)作ったものだよ。だから、あなたがこれを食べてくれれば、絶対にエウリュアレは笑うよ」

 

 ティターニアは優しい笑みを浮かべて、そう言った。

 

 それを聞いた魔獣は───、

 

 

 「グルぁう、はぅ、ぐらぅ」

 

 

 「うそ。食べた?ホントに……?」

 

 白豹の魔獣は、美味しそうに喉を鳴らして、エウリュアレの料理を食べたのである。

 

 

 「ホントに、不器用な子───、」

 

 

 そう言って、エウリュアレは彼の毛並みを優しく撫でた。

 

 

 

 自分たちは、そんな彼女と彼の姿を微笑ましく眺めていた。

 

 

 

 「ティターニア、礼を言う」

 

 そう言って、ガウェインはティターニアに頭を下げる。

 

 「ちょ、ちょっとやめてよ、急にかしこまって!」

 

 ティターニアは困惑した様子ではあったが、彼女の思いがしっかりと伝わっているようだった。

 

 

 「───そうか、ガウェイン。君が手を貸していた理由も納得だ。この()は、歪な僕らにとっても救いだったのかもね」

 

 

 

 すると、唐突に魔獣の身体が光出した(・・・・)

 

 「ちょっと待った、これって───!?」

 

 

 現れた光の玉は、その形を "純愛の鐘" へと変えたのである。

 

 

 「こいつは驚いた、メイヴの時と同じパターンだったのかい」

 

 「なるほど。"空腹感の亢進" の常夏領域の影響を受けていなかったのは、彼が純愛の鐘を保有していたからか」

 

 あまりの状況についていけなかったが、確かにそれなら辻褄が合う。

 

 「エウリュアレ、この鐘 鳴らしても構いませんか?」

 

 「──────ええ、もちろん」

 

 ティターニアの言葉に、エウリュアレは笑顔で頷いてくれた。

 

 「では、藤丸くん」

 

 「…うん。鳴らそう、五つ目の鐘を」

 

 

 そうして。

 オックスフォードの静寂の星空へと、鐘の音が響き渡る。

 

 

 その音はどこか獣の遠吠えにも似て、この島の人々から響いていた空腹の()を、消し去っていく優しい音色だった。

 

 

 

***

 

 

 「色々あったが、ティターニアは大会で優勝。女王が抱えていた問題も解決。鐘も無事に鳴らせたわけだ。手前(テメェ)にとっちゃ、今回は、これ以上ないくらいの結末だったんじゃねぇか?」

 

 あれから一夜明け、自分たちは今、オックスフォードの船着場でエウリュアレと向かい合っていた。

 

 「ええ。あなたたちには礼を言うわ。よくぞ女王───いえ、こんなワガママな女神の願いを叶えてくれました」

 

 「いいや、こちらこそ。キミの力になれてよかったよエウリュアレ。…それで、彼は今どこに?」

 

 「私の部屋で眠っているわ。きっと久しぶりに食べ物を食べたから、身体が休みたがっていたのよ」

 

 そう言って、エウリュアレは苦笑した。

 

 「エウリュアレ。今回の件で改めて思ったけど、君は優しい女神だね」

 

 本心からそう口にした。

 

 「はぁ!?な、なによ、急に。今からそんな褒めたって何も出ないんだけど?」

 

 エウリュアレは照れくさそうにそう言った。

 

 「うん、わかってる。君は人間に愛でられるために生まれてきた女神だ。でも君自身は、決して人間を贔屓(ひいき)したりはしない。…けれどそれは、人間も怪物(・・)も、差別なく接することができるという優しさの裏返しだ」

 

 人理修復の旅、その第三特異点にて、自分は彼女が、ミノスの怪物───アステリオスへと向けていた慈しみを知っている。

 そしてなにより。彼女には、怪物に堕とされてしまった最愛の妹───メドゥーサがいることも、当然知っている。

 

 だからこそ、彼女はあの魔獣にここまでのことをした。

 人間が人間を、当たり前のように特別扱いするように、彼女もあの魔獣を、当たり前のように助けたかったのだ。

 

 ──────愛をもった獣に必要だったのは、そういう、"どこにでもある(どこにもない)当たり前" をくれる存在だったのだ。

 

 

 「ええ。あなたは紛れもなく、人と自然が共存している、このオックスフォードの女王に相応しい女神でした」

 

 それを聞いたエウリュアレは、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らした。

 

 「…ふん。押し付けられてなった女王ではあるけれど、そうね。ああして大会に参加してくれたこの街の人間たちに、何も報酬がないのは可哀想だもの。しょうがないから、もう少しだけ面倒を見てあげるわ」

 

 それを聞いて、こちらも思わず笑顔になった。

 

 「この島の人間も、きっとすぐにアイツのことを許容してくれるだろうさ。なにせ、女王様を守った騎士(ナイト)なんだ」

 

 「……そうね。恋に種族は関係ない、か。良いものを見させてもらったわ。私からも感謝を」

 

 「そういえば、クー・フーリン殿とメイヴさんはこの後はどうするのですか?」

 

 二人は互いの顔を見合わせる。

 

 「まあ、あんまり長い間 島を放置するわけにもいかねぇからな。オレらはここら辺で帰───、」

 

 「いいえ。オークニーに戻るのは私だけよ。クーちゃんはこのまま藤丸たちに付き添ってなさい」

 

 「あ?でもお前、それは」

 

 「これは女王としての命令(・・)です。…鐘は残りひとつ(・・・)なの。わかっているでしょう、クーちゃん」

 

 二人の間にしばしの沈黙が流れた。

 

 「………あいよ。命令とあらば仕方ねえ。んじゃま、そういうわけだ。改めてよろしくな、藤丸」

 

 思わぬ流れではあったが、クー・フーリンが同行してくれることとなった。

 

 「藤丸。私もここからはおまえたちの旅路に同行させてほしい。…構わないだろうか?」

 

 そう言いつつも、ガウェインは少し気まずそうではあった。

 きっとこの島の事情を把握していたにも関わらず、カルデアではなく女王側に手を貸していたことを申し訳なく感じているのだろう。

 

 「いいや、こちらこそよろしく頼むよ、ガウェイン」

 

 そう言って彼女に握手を求める。

 

 「……ああ、感謝する。藤丸」

 

 

 「ランスロット様に姉様!これで円卓の騎士も三人!もう敵なしですね!」

 

 ガレスは我がことのように喜んだ。

 

 「それはそうと君、あのレストランは大丈夫なのかい?君がオーナーなんだろう?」

 

 「ん?ああ、マンチェスターのことか。それについては心配無用だ。元々あの大会がはじまるまでの()のオーナーとして雇用と指導をしていた身なのだ。大会が終わった以上、もう私の出る幕はない」

 

 彼女も彼女なりに、女王の願いを本気で叶えようと、料理の腕をあげるためにあの店のオーナー業を引き受けていたのか。

 どうやらここにも。不器用なひとがいたらしい。

 

 

 「…うん。ではただいまをもって、美食の島 オックスフォードの調査任務を完了とする!これよりタイニー・ノーチラス号に乗って……」

 

 その言葉の途中で、ネモ船長を含む数名のお腹が鳴った。

 

 「…そういえば。今朝はまだ何も食べていなかったね」

 

 「コホン!……しばしの食事(・・)をした(のち)、我々はロンディニウムへ帰還する!総員、レストラン "マンチェスター" へ直行だ!」

 

 ネモ船長の合図に、全員で走り出す。

 

 「お、おい!待ておまえたち!また無銭飲食するつもりか!?」

 

 「大会に優勝したんだから、今日くらいガウェインの(おご)りでもいいでしょー!」

 

 駆け出したティターニアは、振り返りながらガウェインにそう言った。確かにそれはナイスアイデアだ。

 

 「は!? こぉの、乞食どもがぁぁあ!!!!!!」

 

 そんな自分たちを、ガウェインは咎めながら追いかけてきた。

 

 

 

 「ふふっ、ホント、自由奔放なひとたちね。……ねえ、耳がいいから聴こえるでしょう?あなたも、お腹が空いたかしら?」

 

 女王は自身の城を見つめる。

 

 

 その視線の先からは、

 そんな呟きに応えるように、

 優しい獣の遠吠えが響いていた──────。

 

 

 

 

 ─────────、五つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

 /『奇麗』-了-

 




 
 
 まずはここまでご愛読いただきまして誠にありがとうございました。今までで一番の長いシナリオとなってしまって申し訳ありません。なんででしょうか。学ばないのでしょうかこの作者は。
 
 そしてここからは今までと同じく、今回のお話と補足説明をしていきたいと思います。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。
 
 今回のテーマは、"美食"。
 夏といえば、スイカ!ソーメン!かき氷!海の家の平凡なラーメン!(ちゃんと美味しい店もあります)…ということで、食をメインにした物語となりました。しかし、本格的な料理話をするとなれば、夏らしい手軽で美味しい料理というのではなく、純粋に美味しい料理を目指すシナリオとなりました。そこの齟齬や誤解も含めて、今回のメインは彼女に担当していただく形となりました。
 
 ・星4 バーサーカー エウリュアレ
 
 今回のアイランド・クイーンさんです。白いビキニと打って変わってのワインレッドのショート透けワンピという、中々頭に想像しづらい外見にしましたが、これは "美味しい料理を求める" という一見 彼女らしくない行動をしているが、根底はいつもの彼女だよ、という意味を込めた比喩でもありました。ちなみに髪型を三つ編みロングにしているのは、ランサークラスのメドゥーサとのお揃いです。
 
 今回は今までと一風変わって、アイランド・クイーンが元となった妖精國の氏族長───ウッドワスとは、全くもって関連性がございません。彼女の立ち位置は、むしろ逆。彼らに "必要だったもの" なのです。
 人間と怪物に分け隔てなく、利用することも裏切ることもなく、ただ正しいことと間違っていることを伝える存在。愛を受け取り、相応の愛を返す者。それは、人ならぬ女神である彼女だからこその価値観でした。
 
 今回のエウリュアレは、召喚がまだ不慣れだったアムール神が呼び出した最初の被害者。彼女も彼女でやることが山積みだったので、そそくさとどこかへ行ってしまったのは許してあげてね?(オイ)
 知性の高い魔獣が跋扈(ばっこ)する森で、エウリュアレは名も無き豹と出会います。彼の助けもあり三日間かけてようやく森を抜けることができたのです。
 しかし、サーヴァントであるエウリュアレとは異なり、魔獣は自然の生き物。人間しか食べてこなかった彼は、人間を食べることを許さなかったエウリュアレのために、飢餓に陥って今回の物語へとつながります。
 
 そこから約二ヶ月。来訪したガウェインからアイランド・クイーン、常夏領域、純愛の鐘について、はじめて知ります。
 ガウェインの提案で "空腹感の亢進" という常夏領域を敷くも、彼には効果なし。この時点でエウリュアレとガウェインは、彼が "純愛の鐘" を保有していることに気がつきました。そうです。彼が数ヶ月間も生き延びることができたのは、この鐘のおかげでした。ですが現世の生物である彼は、当然 魔力だけでは生き続けることはできません。ゆえに、もう残りわずかの状態でした。最後の頼みの綱として、街の人間の総力をあげての至高の料理をつくる大会を開いたのです。
 ですが物語中にも語られた通り、彼女は料理に疎く気分屋です。目的とルールが噛み合っていないのは、そんな彼女の無知さが現れていたからです。…今回の大会でも上手くいかなかった場合、彼女は彼の生存を諦め、彼の生命線である鐘を、カルデアへ渡すつもりでした。
 
 ちなみに今回の物語の裏テーマは、"美女と野獣"。ただし、野獣は人間には戻らず、獣は獣のまま美女の傍に居続けます。
 
 
 ・名も無き豹
 
 今回の物語のもう一人の主人公。どこにでもいる、不器用な誰か。エウリュアレをミスリードとし、こちらがFGO 第二部 第六章のオックスフォードの領主───ウッドワスの対比として描いたキャラクターでした。愛した女に(かどわ)かされ、主への忠誠を誓えなかった彼とは対照的に、愛した女と忠誠を誓った相手が"同じ人物"だった魔獣。そしてそうあれたのは、他ならぬエウリュアレが受けた恩を言葉にして、必ず返そうとする人物だったからです。
 
 物語の冒頭、今まではティターニアの独白(どくはく)ではじまっていましたが、今回は趣向を変えて彼の独白ではじまっています。
 なので、その冒頭で書かれた内容が彼のすべてです。獲物だと思って見つけた少女からされた感謝が、彼のすべてになりました。己の命を投げ打ってでもずっと笑っていてほしいと思える相手になったのです。
 しかし愛を知らない彼は同じことを繰り返します。少女が笑ってくれるのは、"自分が食べ物を我慢した時だけ" だと信じ込んで、ずっとその笑顔を待っていました。
 
 一応名前も決まっており、「ベス」という名前です。由来は()の毛皮を被ったエジプトの戦神。ギリシャ神話におけるゴルゴーンと同じく、"魔除け" として装飾に扱われる神です。
 これは神話体系(種族)が違くとも、通ずるところはあるのだという意味を込めて、エウリュアレが名付けました。
 物語中に登場はしませんでしたが、エウリュアレの宝具は彼との合体技になります。
 『白豹と女神(ベス・ウィズ・ザ・エウリュアレ)』。彼女のクラスがバーサーカーなのも、彼がいるからです。
 
 そしてなぜ彼が純愛の鐘をもっていたのかについてですが、これは今までの鐘の場所と同じで、元となった氏族長に由来した比喩表現です。
 「庭園の中心」、「一番の宝物の場所」、「女王のお膝元」、「女王自身」、「不器用な愛を抱えた獣」。となれば残りひとつは───、
 
 
 ・星4 セイバー 常夏騎士 ガウェイン
 
 二人目の常夏騎士がここで参戦!店のオーナーまでやってのけるよ!……ということで登場した彼女。正体は当然あの人です。店の名前はマンチェスターとブラック・ドッグの二択で迷いましたが、まあ自分からは付けないだろうということで前者になりました。
 彼女もランスロットと同じく召喚されたサーヴァントであり、出生の理由もあってオックスフォードにて現界しました。そこからの流れは物語中で語られた通りですが、彼女があそこまで尽力したのは、やはりあの魔獣に思うところがあったからに他なりません。
 彼女は魔獣の不器用さを、三人の獣に喩えました。一人目はボガード──愛より復讐を選んだ恩人。二人目はウッドワス──忠誠より愛を選んだ重鎮。そして三人目は自分──破綻した愛を抱えた愚者でした。
 それを理解しているからこそ、彼女はまだ報われる(・・・・・・)愛を抱えたあの魔獣を、救ってやりたかったのです。たとえそれが、陛下の命令に背くこととなっても。
 
 
 ちなみに他にも、今回はガレスの第二宝具として『譎詐全断・過重沼光(アロンダイト・オーバーポンド)』が登場しました。大剣に蓄積した魔力を、対象の内側で全解放する大技となります。ゲームで表すなら、再臨で宝具が変わるような感じです。全体B宝具から単体A宝具、みたいな。なんでそんな宝具をもっているのかって?さぁマーリンじゃないカナ。 …というのは冗談で、ちゃんと理由は考えてありますので、どうぞお楽しみに。
 また、物語中で何度か聞き覚えのある名前だな?というのが登場したりもしていますが、そこは小ネタということで、皆さんの想像に委ねます。夢があるね。
 
 
 といった感じで、今回はこの辺りで終わりにさせていただきたいと思います!後書きも含め、ここまでの長文を読んでいただけたなら、作者冥利に尽きます。心からの感謝を。
 
 鐘は残りひとつ。この物語も残り三節となりました。
 どうか次回の更新を、楽しみにお待ちいただけますと幸いです。改めまして、ここまでのご愛読、誠にありがとうございました!
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