Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』   作:ひゅーzu

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 最終節の更新となります。
 この物語はFGO 第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。
 予めご了承の上、どうかその最後までお読みいただけますと、幸いです。それでは、よろしくお願いします。
 


最終節『Southern Arrow Spica』

 

 

 

 

 

 うだるような夏の陽射しで、目が覚める。

 

 

 「うぅ───、暑い………」

 

 

 毛布をはいで、わたしは寝返りをうつ。既に三度。さっさと起きればいいのに、体がだるくて起き上がる気にもならないのです。

 

 「………………ん?」

 

 

 そんな気だるげなわたしの上半身を起こしたのは、鼻腔をくすぐる "焼けたパン" の匂いでした。

 

 

 

 「よう、遅い起床だな、ティターニア」

 

 村正のおじいちゃんが、だし巻き玉子用のフライパンをもちながら振り返って朝のあいさつをする。

 

 「あれ?パンの匂いがするなと思って起きてきたのに、今朝は和食なの?」

 

 ちぐはぐな視界に、まだ自分は寝ぼけているのかと錯覚する。

 

 「いや、今日は両方(・・)だ。ほら」

 

 よく見ると村正の隣では、ガウェインが目玉焼きを作っていたのである。

 

 「昨日の夜、明日の朝食は選択式にしようと話しただろう?随分と大所帯になったからな。それぞれの好みに合わせた方が、食がすすむという話になったではないか」

 

 ああ。そういえばそんな話をしたんだった。

 

 「ごめんごめん、でわたしはどっちにしたんだっけ?」

 

 「おいおい、いの一番に "断然 和食です!"って言ったのはどこのどいつだ?」

 

 村正は呆れたとばかりにそう呟いた。

 どうやらわたしは和食を選んだらしい。

 

 「ティターニアさん!おはようございます!朝食ができるまでの間、一緒にこちらでカードゲームをしませんか!UMA(ウマ)っていうらしいですよ、これ!ロンディニウムの住民の(かた)からもらいました!」

 

 なにそれ。すごい面白そう。

 

 「ハイ、2枚ドロー!私最後のいっちまーい!…ランスロット、オマエ弱すぎな!」

 

 「むむ、なんでこんなに僕は引きが弱いんだ……まだ、まだ逆転できるはずだ!」

 

 トリスタンとランスロットも、ノリノリでそのカードゲームに熱中している様子だった。

 

 「トリスタン卿、"UMA" って言ってませんよ。最後の一枚になったらUMAって叫ぶんです」

 

 「あ、そうだぞ!今言っていなかった!ペナルティで二枚引くんだ、トリスタン!」

 

 「は、はぁ!?言ってたし!オマエらが聞いてなかっただけだろうが!耳の穴ちゃんとかっぽじっとけよ!」

 

 トリスタンが慌てふためく。

 

 「見苦しいよトリスタン。僕もキミがUMAと言っているところは耳にしなかった。…なんならこの無線機の録音を確認するかい?」

 

 「なんでそんなもん用意してんだ、オマエ!?」

 

 ネモくんに証拠品を突き出され、もはや絶対絶命のトリスタン。可哀想なので助太刀(すけだち)してあげたいけど、わたしの妖精眼をもってしても、彼女は一言も "UMA" なんて言っていなかった。うん。

 

 

 「あーあ、なんだよこのクソゲー。もうやってらんなーい。ねぇ、朝食はいつになったらできるの?」

 

 トリスタンがゲームを投げ出して、台所の村正とガウェインに声をかける。

 

 「もう少しだけ待っていろトリスタン、あと二人分の目玉焼きを焼いたら完成だ」

 

 居間には、もう美味しそうな匂いが充満している。

 

 「やっぱり朝は洋食に限るよな!ガウェイン、私 目玉焼きはターンオーバーしか食べれないから、よろしくね〜」

 

 「…まったく。焼き方まで選り好みするのか、貴様は。ちなみに他の洋食派の者どもは、目玉焼きに好みはあるか?」

 

 「あ、私はサニーサイドアップでお願いします!」

 

 「僕はおまかせで。キミの作る料理なら、どんな焼き方でも美味しく仕上がるんだろう?ガウェイン」

 

 洋食を選んだのは、トリスタンとガレスちゃん、そしてネモくんの三人だったのか。

 

 「やれやれ。あの和食の魅力がわからないとは理解に苦しむね。そうだろ、ティターニア。僕たち和食組はこの部屋ではアウェーみたいだ」

 

 ランスロットがポンと、わたしの肩を叩いた。

 

 「いいや?和食派はここにもいるぜ?」

 

 そう言って玄関の扉が開かれる。

 そこに居たのは、釣竿を肩にかけたクー・フーリンと藤丸くんの姿だった。

 

 「村正、ちゃんと人数分の魚釣ってきたよ!」

 

 藤丸くんがバケツにはいった5匹の魚を台所へと運んでいく。

 

 「おう、思ったより早かったな。もし釣れなかった時のために、もう一品用意しようかと思ったが、この大きさなら必要なさそうだ」

 

 村正は満足気に、クー・フーリンたちが釣ってきた魚を見て頷いていた。

 

 「おっと、もしかして僕たち和食組、これで五人になったのかな?」

 

 ランスロットがニンマリと笑う。

 

 「はっ、そんなくだらねぇことで張り合っちゃってんのオマエ?大事なのは数じゃなくて、舌なんだよ。いつだって玄人(くろうと)は少数派なワケ。わかる?」

 

 トリスタンはそんなランスロットをお子様だな、と睨めつける。

 

 「ターンオーバーの目玉焼きしか食べれない舌の分際で、よく言うよ」

 

 「あ"あ?…ランスロット、オマエ表でろよ」

 

 「いいだろう。勝負内容はなんだい?徒競走(かけっこ)でもするかい?朝食が冷めるのは嫌だから、どっちみち早く決着がつくものにしないかい?」

 

 「こらぁ〜〜!!朝から喧嘩はおやめください、ランスロット様にトリスタン卿!…もし島で暴れたりしたら、お二人の分の朝食、私が全部食べちゃいますからね〜!」

 

 二人の言い合いをガレスちゃんが仲裁する。

 こうして眺めていると、彼女がお姉ちゃんみたいだ。

 

 

 「やれやれ。さぁ、洋食組は先にできたぞ。大人しく席につけ」

 

 

 そんななんでもない朝を迎える。

 こんなに楽しい毎日が続いていくのなら、こんなにも幸福なことはないのでしょう。

 

 

 「さぁ、ティターニア。一緒に食べよう?」

 

 藤丸くんに促されて、わたしもテーブルへと案内される。

 

 「このまま椅子に座って、今日も楽しい毎日を続けるんだ。君がこの日々を受け入れると一言いってくれれば、それだけでこの夏(・・・)は続いていくんだよ?ティターニア」

 

 藤丸くんはそう言って、わたしに笑顔を向ける。

 

 

 「いいえ。これはもとより()です。ずっと続けていいものじゃありません」

 

 

 わたしは、その言葉を拒絶した。

 

 

 「どうしてだい?こんなにも楽しい毎日を過ごしていくことができるのに、君はそれがいらないというのかい?」

 

 

 藤丸くんだったカタチが、少しずつ崩れていく。

 

 

 「ええ。わたしには必要ありません」

 

 

 

 「では何が必要なのでしょうか?貴方が望む光景を、居場所を、(ワタシ)は用意できますよ。なんでも仰ってください。(ワタシ)ならその楽園(・・)を創り出せる」

 

 

 

 その悪魔の甘言に、わたしは──────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終節『Southern Arrow Spica』/

 

 

 

 

 

 

 

 深淵(しんえん)のような暗闇。

 この世の内海(ちゅうしん)でありながら、(ソラ)に呑まれたこの空間で、自分───藤丸 立香は目を覚ました。

 

 

 

 上がどちらで下がどちらなのか。

 右も左も曖昧で、腕も足もあるのかわからない。

 

 あらゆるモノは不確かで、不鮮明で、自分が何者かわからなくな───いや、自分は藤丸 立香だ。というか、よく見たら手も足もあるし、なんなら地に足をつけている!上も下も右も左もハッキリとわかる。

 

 「ここは、どこだ──────?」

 

 なにか大きなステンドグラス(・・・・・・・)の上に、自分は立っていた。

 一体なんなのだろう、この場所は。

 

 自分は確か、邪神に取り憑かれたカレンの宝具によって、この特異点ごと呑み込まれたはず───、

 

 

 「おっ、ようやく目を覚ましたのか、アンタ」

 

 

 唐突に聞こえた誰かの声に、自分は思わず振り返る。

 するとそこには、確かに誰かが立っていたのだが、その容姿は真っ黒(・・・)でハッキリと認識することが出来ない。

 

 「えっと、君はだれ……?」

 

 思わずその、文字通りの人影(・・)にそう訊ねる。

 

 「ん?ああ、オレのことは気にしない、気にしない!」

 

 さすがに無理がある。この状況で気にしないなんてことはできない。

 

 「あー、そうだなぁ。じゃあこうしよう!…ちょっとした()で、ほんの(つか)の間だけ手を貸してくれる正義の味方(・・・・・)だ!よろしくな!」

 

 人影はそう言って、強引にこちらの手を掴んで、ブンブンと握手をした。

 

 「もしかして、助けてくれたの…?」

 

 「まぁ、そんなとこだな。複雑な理由でよ、"あの女はオレと関わることができない" んだ。同じように "オレもあの女と関わることができない"。…んで、そんなオレと接触しているアンタは、今あの女が手出しできないってワケ」

 

 その理由はよくわからなかったが、とにかく彼は自分のことを助けてくれたらしい。

 

 「よくわからないけど、ありがとう。君のおかげで、なんとかなるかも」

 

 助けてくれた以上は礼を伝えないと。

 彼には感謝しなければならない。

 

 「ま、本来はこんなことできねぇんだけど、今回かぎりの特別サービスってコトで!……ちょうど馴染(なじ)みのいい()が近くにあったもんだからさ。懐かしくて思わずはいっちまった」

 

 そう言って、彼はどこか遠くを見つめている様子だった。

 

 

 「この後はどうすればいいのかな…?」

 

 話しかけるのは少し(はばか)られたが、こちらも切羽(せっぱ)詰まった状況なので、そう訊ねる。

 

 「…ん?知らねぇけど?」

 

 「知らないの!?」

 

 思っていたよりも、頼りない正義の味方なのかもしれない。

 

 「けどまぁ、アンタが生き残ってさえいれば、状況はいくらでも(くつがえ)せる。物語の主人公(・・・)ってのは、いつだってそういうもんだろ?」

 

 人影は自信満々にそう語る。

 

 

 「………ほら。ウワサをすれば、だ。なんだよアンタ、思ってたよりも色んなヤツに愛されてんな!オレがわざわざ介入するまでもなかったってワケだ。骨折り(ぞん)だぜ」

 

 

 足元に広がっていたステンドグラスが、その端から光となって溶けていく。

 

 

 

 「なぁアンタ、最後に一つ聞いていいか?」

 

 

 人影はフランクにそう話しかける。

 

 「もちろんいいけど、なに?」

 

 

 「アンタはさ、"永遠に続く楽園" を前にして、それを終わらせるべきだと思うか?」

 

 

 ────彼は、

 大切なことを訊ねているように感じた。

 

 

 「どうだろう。正直よくわからないんだ。ずっと楽しい日々が続いていくのは、良いことなんだと思う。……………けど。自分はそれについて考える前に、まだやるべきこと(・・・・・・)が残っているんだ。だから、それを終わらせてからじゃないと、答え(・・)は出せないかな」

 

 

 自分にはまだ、やるべきことが残っている。

 楽しい日々を過ごしていくのは、それを終わらせてからじゃないと。まだ救われていない世界を野放しにして、一人だけ楽園に(ひた)るなんてことは、きっと許されてはいけないんだと思う。

 

 

 「なんだそれ。そんなの、もう半分は答えが出てる(・・・・・・)じゃねぇか、アンタ」

 

 

 「え───?」

 

 

 「終わらせるため(・・・・・・・)に戦っているんだろ?……なら、"その先に残るもの" のために、この楽園もきっと終わらせようとする。アンタは、人間(ニンゲン)は、いつだってそういう生き物なのさ」

 

 

 足元のステンドグラスが崩れ、身体が宙に浮く。

 

 「ちょっと待った!どうして、君は俺を助けてくれたの!?」

 

 その終わりの間際、自分は彼に手を貸してくれた理由を問うた。

 

 「半分は気分だ。……で、もう半分は未練(・・)かな」

 

 「未練(みれん)……?」

 

 

 「ああ。……だいたいさぁ、どこの邪神様(あくま)だか知らねぇが。アレはオレ以外が(・・・・・)嗜んでいい女(・・・・・・)じゃねぇんだよ。ヒトの女に手を出すクソ野郎(ヤロウ)に、一発お(きゅう)()えてやりたかったのさ」

 

 

 世界が光に包まれながら溶けていく。

 その刹那(せつな)──────、

 

 

 「じゃあ、あとは頑張れよ、人類最後のマスター!オレは変わらず世界の端っこで、アンタらの奮闘を(わら)って見守っててやるからよ!」

 

 

 自分もよく知る、青年(・・)の笑う顔が見えた。

 

 

 

***

 

 

 これは一番はじめの記憶。

 

 わたし───ティターニアの名を羽織った少女は、真夏の太陽の下で目を覚ましました。

 

 「うっ、あっつぅ…」

 

 あまりの陽射しの鬱陶しさに、被っていた麦わら帽子をさらに深く被りました。…その行為で、わたしは自分が普段と違う格好をしていることに気がついたのです。

 

 「あれ?…すごい!なにこの格好!可愛い!」

 

 誰もいない砂浜で、くるくると回る。

 誰かに見られでもしたら、とんでもない恥ずかしさです。

 

 つい不安になって辺りを見回しました。

 そしたら、

 

 「あ──────、」

 

 

 ()が、砂浜の上に倒れていたのです。

 

 

 思わず駆け出しました。

 

 どういう感情だったのか、

 今でもよくわかりません。

 

 きっと懐かしい友達に会えて、

 嬉しかったのでしょう。

 

 

 「うわぁ、ホントに砂浜で寝てるよ、よく寝れるなぁこんな陽射しの下で」

 

 わたしはその呑気な寝顔を見て、つい嗜虐(しぎゃく)心がくすぐられてしまいました。

 

 顔に面白いラクガキでもしようか。

 それとも大声を出して驚かせようか。

 

 いや、そもそも。

 なんてあいさつをすればいいんだろう?

 

 こんにちは?

 こんばんは?

 いや、"こんばんは" だけはない。

 せめて、"おはようございます" でしょ。

 

 ううん。それとも "ひさしぶり" かなぁ。

 

 わたしの顔を見たら、びっくりするのかなぁ。

 この格好のこと、なんて言ってくれるかなぁ。

 

 

 なんて。ずっと考えていても(らち)が明かないので、

 勇気を振り絞って起こすことにしました。

 

 

 「あの。起きてください。」

 

 

 すると、()はゆったりと目を覚ましました。

 

 

 「……マシュ(・・・)?」

 

 

 

 

 

 ────────そっか。

 

 その一言で、

 彼が変わらぬ "彼のまま" で

 あることがわかりました。

 

 

 そういえば、女神様が言っていたっけ。

 

 わたしは "わたしのまま" では、

 ここには居続けられないのでした。

 

 

***

 

 

 

 はじまりの光景を心に浮かべ、

 わたしはもう一度ここに立ち戻る。

 

 

 「では何が必要なのでしょうか?貴方が望む光景を、居場所を、(ワタシ)は用意できますよ。なんでも仰ってください。(ワタシ)ならその楽園(・・)を創り出せる」

 

 

 

 その悪魔の甘言に、わたしは──────、

 

 

 「わたしには、もう何も必要ありません(・・・・・・・・・)

 

 

 明確な決別を告げた。

 

 

 「わたしの物語は、人生は、もう追憶(ついおく)のことです。これは()だったから、わたしは "見ること" を選びました。ですが "得るため" にいるのではない。貰えるものはもう、十分すぎるほどこの胸に詰まっていますから」

 

 だから。これ以上は入りきらない。

 わたしはこれ以上先のわたしを求めない。

 

 この "もしも" の夢を、見れただけで。

 もうわたしの望みは叶っている。

 

 

 ──────それに。

 わたしにこの先はなくとも。

 ()にはまだ、やるべきことが残っている。

 

 私一人の我儘(ワガママ)で、

 巻き込んでいい(はなし)ではなかったのだ。

 

 

 「理解できませんね。それなら尚更(なおさら)、この夢を繰り返せばいい。古びていくことも、新しく置き換わることもない。永遠に "今の貴方" を続けていくことができるのですよ?……それに、()にとってもその方が "幸福" だ。貴方は彼に、まだ "苦痛しかない旅路" を続けさせるのですか?」

 

 

 悪魔は手を差し出す。

 こちらがオマエの正解だと。

 

 そんな綺麗事など捨てて、

 我儘に微睡(まどろ)んでしまえばいいと。

 

 その選択は、彼を救うことにもなると。

 オマエだけが彼を助けてやれるのだと。

 

 

 「…………ええ。そうでしょうね」

 

 

 「では。(ワタシ)の手を取ってください。貴方の義理(ぎり)立てや(ちか)いは、誰にも求められてなどいないのです」

 

 そう悪魔は(ささや)く。

 

 

 「─────正直に告白すると。本当は、義理立てとか誓いとか、そんな大層な理由じゃないんですよ」

 

 

 「え──────?」

 

 

 そうして。

 わたしはまっすぐに彼女を見据える。

 

 

 「わたしは、その夢を "見続けること" が嫌なんじゃない。本当はその夢を見続けることで、いつか "つまらない(・・・・・)もう飽きた(・・・・・)と思ってしまうこと" が、たまらなく怖いんです」

 

 

 

 ──────だって。

 こんなにも幸福な夢だというのに。

 それを嫌いになる未来(あした)の自分が怖いのだ。

 

 

 

 「……なんですか、それは。そんな、まだ決まってもいないことを恐れて、貴方はこの夢を終わらせようとしたのですか?」

 

 

 「──────はい。そうです」

 

 

 「理解できません!そんなことはありえない!あまりにも、くだらなすぎる!」

 

 くだらないかぁ。

 そこまで否定されると、ちょっと傷つくなぁ。

 

 

 「………ですが、それならもう構いません。この計画の功労者である貴方を尊重してあげようと思いましたが、もう結構です。貴方が(それ)を拒絶するというのなら、(ワタシ)がその自我(じが)を消して、無理やりにでも夢を見続けさせてあげましょう」

 

 

 「っ─────────!」

 

 

 彼女の青黒い闇が、こちらに襲いかかる。

 避けようとしても、意味はない。

 

 もとよりそんな自由は、

 こちらには許されてなかったし。

 

 わたしは彼女に自我を消されて、いつかは飽和(ほうわ)する夢を見続けさせられるのだ。

 でも、それならそれで仕方がない。

 だってもう言いたいことは言ってやったし。

 自分の意思は貫き通したし。

 

 わたしは最後に、"わたしのまま" の言葉を彼女に言ってやることができたのだから。

 

 

 

 

 「────────────!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?なんともない?

 怖くて閉じていた(まぶた)を開く。

 

 

 すると、わたしの前には、"誰か" が立っていた。

 

 

 「────────裏切るのですか、妖精王(・・・)

 

 

 わたしを襲った彼女と同じく、青黒い外套を羽織った、灰色の髪の王子様─── "妖精王" がそこにはいたのです。

 

 

 「裏切る?何を勘違いしているのかな、あんたは」

 

 彼は不敵に彼女を嘲笑(あざわら)う。

 

 「契約を結んだはずです。(ワタシ)に協力をすると」

 

 「ああ。確かにしたとも。あの "頭の湧いた女神" とね。けれど、それはあんたじゃない(・・・・・・・)

 

 そう言って、彼は指を鳴らす。

 

 

 その途端、あたりの空間を包んでいた青黒い闇が、黄金(こがね)色の光で虫食(むしく)いのように穴が空いていった。

 

 

 「!?……なにをしたのです、妖精王!」

 

 彼女が憎らしげに目の前の彼を睨む。

 

 「なにって?契約がご破算(はさん)になったから、君に貸していた力を回収しただけだけど?」

 

 「契約が破算…!?なんの話です…!」

 

 「はぁ、これだから話をちゃんと聞かないヤツは嫌いだよ。それとも、あの時は呑気に眠っていたのかい?どっちにしろ、あんたには(あずか)り知らぬ話だよ」

 

 彼は面倒くさそうに頭を搔いてから、笑みを浮かべた。

 

 

 「もしも彼女が、"飽きた(・・・)"、"つまらない(・・・・・)" と口にしたら、この夢を終わらせる。……そういう契約だったんだが、知らなかったかい?」

 

 

 彼は皮肉げな眼差しを、彼女へと向ける。

 

 「なん、ですって──────?」

 

 「だいたいさぁ、本気でこの俺があんたの言うことを聞くと思ってたわけ?…案外 素直なんだな、外の世界の邪神様(・・・)ってのはさ」

 

 「妖精王──────ッ!!!」

 

 虫食いの光がほとんどの闇を(むしば)んでいく。

 背後からは、風が吹いていた。

 

 「(あな)─────?」

 

 振り返ると、後方には虫食いの末にぽっかりと空いた、人ひとり分が通れるほどの大きさの穴が空いていたのだ。

 

 「……じゃあ、そういうわけだから。ここから先は君の仕事だ。終わらせたいんだろ?なら、振り返らずに走るんだ」

 

 「ちょっと待って、どうしてわたしに手を貸してくれたの!?」

 

 「はぁ?そんなわかりきったことを聞く暇なんかないだろ。…そんなことよりも君が考えるべきなのは、あの純情な邪神様が、勝ったも同然の状況でありながら、"なぜ君を(おとしい)れようとしたのか" だろ」

 

 「え──────?」

 

 彼の言葉を頭で反芻(はんすう)する。

 

 「逃がすものか──────ッ!!」

 

 彼女の青黒い牙が飛んでくる。

 

 「おっと残念、通行止めだ。夢の世界(・・・・)で、この俺に勝てるだなんて、本気で思ってるのかい?」

 

 彼はその攻撃を事も無げに捌く。

 

 「さぁ、早く走れ。その先で、"君を待っている馬鹿(ばか)" がいる」

 

 「──────!」

 

 その言葉で、わたしは走り出す。

 

 その去り際───、

 

 

 「ありがとう!…今度必ずお礼をするから!」

 

 

 出来もしない約束を取り付けた。

 

 

 

 「……ふん、相変わらず(ウソ)が下手なんだな、君は」

 

 

 

 

 わたしはこの夢を否定するために、走り出す。

 その理由が、たとえどんなにくだらなくても。

 

 (あつ)く。(はや)く。

 響く、この胸の鼓動(こどう)

 

 嘘偽りのない、

 ただその躍動(・・)だけに、耳を澄まして───。

 

 

 

 

***

 

 

 自分───藤丸 立香は、

 虚構(きょこう)逆月(さかづき)から帰還する。

 

 「あ───、」

 

 目を開くと、そこはロンディニウムの海岸だった。

 空も海も黒く染まり、その中でこの島だけがぽつんと残っている。

 

 

 「藤丸くん───!」

 

 少女がこちらへと駆け寄る。

 

 「よかった!無事だったんだね!」

 

 ほっと(ひと)安心する。

 あたりを見回すと、常夏騎士の三人はまだ、起き上がれそうになかったが、他のみんなも無事だった。

 

 「ちぃとばかし頭が痛てぇが、(オレ)たちは問題ねぇ。そこの三人の傷は重症だが、まだ助かる見込みはある。…ガレスはいけるか?」

 

 「はい…!もう立てます。大丈夫です!」

 

 それぞれが得物を構える。

 

 「カレン・マイノグーラ…」

 

 全員の安否を目視で確認した後、自分たちの前にいる邪神へと視線を集中させた。

 

 

 「予想外です。先ほどまで突然 消失していた藤丸 立香は構いません。もとよりブラックボックス。容易く捕えられるとは思っていませんでした。……しかし、楽園の妖精。まさか、あの局面で()に裏切られるとは!」

 

 

 邪神は憎らしげにそう語る。

 自分があの黒い青年と接触していたように、少女も誰かに助けてもらっていたのか。

 

 「…ですが。ただ一度(さまた)げることができたから、なんだというのです。もう一度(ワタシ)の宝具を使って───、」

 

 

 「いいえ!貴方にもう一度(・・・・)なんてありませんよ!カレン・マイノグーラ!」

 

 

 その声とともに、自分たちの真上から黒衣の少女(・・・・・)が目の前へと舞い降りる。

 

 「君は、BB──────!」

 

 そこに現れたのは、最初に鐘を鳴らした "絶叫" の島 グロスターのアイランド・クイーン、BBだった。

 

 「ハイ♡ 非常事態でしたので、呼ばれずとも駆けつけました!……というか、正直 "間に合わない" と思ったんですけど、思わぬ助力があったみたいですね。相変わらず()だけは一級品のようで結構です、マスターさん」

 

 BBはそう言って、邪神を見据える。

 

 「ハッキリ言って、これはわたしの不始末でもあります。…ムーンキャンサーの霊基を譲渡した際、カレンさんに変質が生まれるのは当然ですから、その影で起きていた異変に気づけなかった。ですので、落とし前はきっちりと、つけさせてもらいます」

 

 

 彼女のその言葉とともに、唐突に視界が黒く染まった。

 

 「だ〜れ、だ!」

 

 その声に思わず振り返る。

 たった今自分に目隠しをしていたのは、

 

 「メイヴ──────!?」

 

 四つ目に鐘を鳴らした島 オークニーの女王、メイヴだったのである。

 

 「久しぶりね、藤丸、ティターニア。最終決戦でしょ?駆けつけてあげたわよ。私が貸してあげた、愛しのクーちゃんは元気?」

 

 「───おう。お前さんの(ツラ)を見たら、たった今 湧いてきやがったぜ」

 

 クー・フーリンは苦笑しながら、そう応えた。

 

 

 

 「なんじゃ。わえ以外の障害に(つまず)くことなど許さぬぞ、貴様ら」

 

 

 今度はその声がした方向へと振り向く。

 

 「「ヴリトラ──────!」」

 

 そこにいたのは三つ目に鐘を鳴らした島 ソールズベリーの女王、ヴリトラだった。

 

 「ほら、いつまで寝ておるのだ、ランスロット。手を貸してやるから起き上がらぬか」

 

 ヴリトラが、ランスロットの手をとってその肩を貸した。

 

 「はは、これじゃあの時の逆だね。まるで僕が君に負けたみたいじゃないか」

 

 ランスロットが苦笑する。

 

 「そうじゃな。だが、再戦はそこな女神を仕留めた後じゃ。…ふむ。借りたビデオの感想を伝えに来たつもりじゃったが、どうやら別人のようじゃな。顔が同じで紛らわしい故、()く失せよ」

 

 ヴリトラは皮肉げに、そう邪神を突き放した。

 

 

 

 「ねぇ。"おやつの時間" だったから、この子も連れてきたのだけど、邪神は食べさせても問題ないかしら?」

 

 

 またしても声がした方へと顔を向ける。

 

 「「エウリュアレ──────!」」

 

 …と、あの時の白豹(はくびょう)の魔獣も!

 

 そこには五つ目に鐘を鳴らした島オックスフォード、その女王であるエウリュアレと、彼女の身を守る騎士である魔獣がいたのである。

 

 「この子、名前はベス(・・)にしたの。由来はエジプトの戦神。カッコイイでしょ?…そこの悪魔なんかよりもね」

 

 「グルルぁぁぁああ───!!!」

 

 白豹───ベスは、エウリュアレのその言葉に応えるように激しく唸った。

 

 「随分と(たく)ましく鳴くようになったのだな…、これでは私の方が弱き者だ」

 

 ガウェインが腹の傷を抑えながら、体に(むち)を打って立ち上がろうとする。

 

 「ええ。たまには守られる側に立つのも、意外と落ち着くものよ?ガウェイン卿。せっかくだから、私にあの時の恩返しをさせなさいな」

 

 ベスにガウェインの体を支えさせ、エウリュアレは庇うように彼女たちの前に立った。

 

 

 

 「ウヘヘ……皆さん、インパクト強くて、ゴッホ影が薄いですね……このまま誰にも気づいてもらえないんじゃ……エヘへ」

 

 

 端っこの方からそんな小声が聞こえてきた。

 

 「ゴッホ───!キミも駆けつけてきてくれたのかい!?」

 

 ネモ船長がいの一番に、彼女の名を叫んだ。

 その視線の先には、二つ目に鐘を鳴らした島 ノリッジのアイランド・クイーン、ゴッホがいた。

 

 「うぇぁ!?……ウフフ…さすがネモちゃん、気づくのが早すぎ…でも、駆けつけるのは当然…だってゴッホは、ネモちゃんの友達(・・)だから!……エヘへ」

 

 そう言って、ゴッホは友人であるネモ船長へ笑顔を向けた。

 

 

 

 「さて。この(われ)を差し置いて、特異点を支配しようなどと考える痴れ者はどこの馬の骨だ……?」

 

 

 一際(ひときわ)、圧のこもった言葉がこの海岸にこだまする。

 

 「女帝セミラミス──────!」

 

 六つ目に鐘を鳴らした島、このロンディニウムのアイランド・クイーンでありキャメロットの女帝、セミラミスは堂々とした足取りで、トリスタンのそばまで歩み寄る。

 

 「……無理に立てとは言わん。(なんじ)は十分に務めを果たした。故に褒めて遣わす。ここからは我の仕事だ」

 

 女帝の言葉は、どこか優しさに満ちていた。

 

 「───っ、なに言ってんだよ、まだ、本気出してねぇだろ。ちゃんと見ててよ。私が大活躍するとこをさ!」

 

 トリスタンは強がって立ち上がる。

 けれどその表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

 ────そうしてこの地に。

 六人のアイランド・クイーンが(つど)ったのだ。

 

 

 「……ふん。今さら集まったからなんだと言うのです。貴方たちには既に、この特異点の島を支配する権利はない。ただの烏合(うごう)(しゅう)に過ぎません」

 

 

 「そうでしょうね。ですが、それは貴方も同じでしょう、カレン・マイノグーラ。…なぜなら貴方は、その錫杖を手にしていながら、"未だに星の内海へ至れていない"」

 

 「ッ─────!」

 

 邪神が憎らしげにBBを見つめる。

 

 「どういうこと、BB?」

 

 自分もその理由が掴めずに、BBへと訊ねる。

 

 「彼女は一つ大きな勘違い(・・・)をしていたのですよ。六つに分けた楽園の妖精の力。その全てが集まった "宣誓の杖" を手に入れれば、この特異点を自分のモノにできる。…そう思っていたのでしょう?」

 

 BBが嘲笑うように邪神を(たしな)める。

 

 「ですがそれは誤解です。確かに楽園の妖精の力が集ったその錫杖を使えば、この特異点のカタチは自由に(イジ)ることができるでしょう。…実際、そういった原理でこの特異点の島々は生み出されましたから」

 

 六つに分けられた楽園の妖精の力。

 純愛の鐘を鳴らすとともに、それら全てと接続され、この特異点を自由に変えることも、支配することもできるようになった宣誓の杖。

 

 だがそれは万能(・・)であって、全能(・・)ではない。

 

 「貴方には、"この楽園の影の上にできた特異点を、星の内海へと帰す" という行為はできない」

 

 「ッ─────────!」

 

 言ってしまえば、

 "土地の権利者" と、"建設会社" のようなものだ。

 

 土地の権利者は、その土地を残すことも破棄することも、誰かに売ることもできる。"星の内海へ帰す" という行為は、この土地の権利者にのみ許された権限なのだ。

 

 一方で、建設会社。こちらが今のあの邪神のことを指す。建設会社である彼女には、許諾を取ったこの特異点の()を、好きに作り替えることも壊すこともできる。けれど土地そのもの(・・・・)を動かす権利は持ち合わせていないのだ。

 

 

 「宣誓の杖は、この特異点のテクスチャを書き換える権利ですが、この特異点そのものを動かすものではない。…この特異点そのものを自由にできる権利をもつのは、()ではなく、その鐘を鳴らした人物(・・・・・・)に与えられるのですから」

 

 そうか。

 だから彼女は未だに、目的を達成できていない。

 

 この特異点を本当の意味で、己の手中に収めるためには、土地の権利をもつ "鐘を鳴らした者" である自分(・・)とその隣にいる少女(・・)の二人のどちらかを支配下に置くしかないのだ。

 

 

 

 「──────それ故に。私たちはこれから、この特異点を破棄(・・)する儀式を行います!」

 

 

 BBは、そう堂々と宣言をした。

 

 

***

 

 

 「特異点を破棄する儀式……?」

 

 その言葉の本質的な意味がわからず、自分はそう聞き返した。

 

 「はい。この特異点そのものを破却(はきゃく)するのです。……本来のプロセスでは、宣誓の杖を返却されたカレンさんが、特異点のテクスチャを削除。その上で皆さんをカルデアに帰還させ、残ったティターニアさんが楽園の影を "星の内海" へ送る…という終わらせ方でしたが、その方法は使えません」

 

 宣誓の杖を邪神に奪われた今の状況では、楽園の影を "星の内海" へ帰した場合、世界が彼女に呑まれてしまう。

 故に、本来のプランである終わらせ方を行なうことができない。

 

 「ですので、この特異点そのものを無くします。そうすれば、彼女の杖も意味をなさず、わたしたちは本来の場所へと送り戻されます。…そのための儀式を、これから執り行うのです」

 

 BBの言葉を理解し、自分と少女は頷く。

 

 「お二人が土地の権利を()てた場合、その権利は前任者───アイランド・クイーンたちに移ってしまいます。それを防ぐために、まず先にアイランド・クイーンが破却を了承し、その上でお二人にも同意していただきます!よろしいですね?」

 

 この特異点を完全に棄て去るために、特異点の権利をもっていた全員で破却を承認するということか。

 

 

 「───なるほど。確かにそれなら貴方たちの勝ち(・・)ですね。ですがその行為を、この(ワタシ)が、ただ指を(くわ)えて眺めているとでも?」

 

 その言葉とともに、邪神が瞬時に青黒い牙を中空に出現させ、BBと自分たちへ目がけて射出する。

 

 「──────!」

 

 

 「てめぇの相手は(オレ)たちだろ…!」

 

 その攻撃を、村正が刀で弾いた。

 

 「───村正さん、クー・フーリンさん、ガレスさん。それにネモさん。三分間(・・・)だけ、彼女の足止めをお願いできますか?」

 

 「おうよ。三分と言わず、五分は凌いでやらぁ」

 

 「はい!そのために私たちは召喚されましたから!」

 

 クー・フーリンとガレスも、それぞれ杖と大剣を構える。

 

 「後方支援は僕に任せてくれ。儀式で手が放せない立香の代わりに、僕が指示とスキルによるサポートを行おう」

 

 ネモ船長が自分の代理を担ってくれた。

 

 

 「ちょっと待って。村正にひとつだけお願いが!」

 

 少女が村正へと駆け寄る。

 

 「お?なんだ、改まって…」

 

 村正は突然のことに目を丸くする。

 

 「ひとつだけ、叶えてもらえなかったワガママ(・・・・)があるんです」

 

 そう言って、彼女は村正へ耳打ちをする。

 

 

 

 「──────なんだ、そりゃ。大層な約束をしたもんだな、そん時の(オレ)はよ」

 

 村正はそう言ってため息をついた。

 

 「やっぱり、できない、かな…」

 

 少女は少しだけ寂しげにそう言った。

 

 それを聞いた彼は、

 

 「…いや。霊基の違いはあれ、そんな口約束をしたんなら、そいつは紛れもなく(オレ)だろうよ。運命(さだめ)()ち、(ごう)()ったが、千子村正ってな。だから後は任せとけ。お前さんはお前さんのしたいことをやりな」

 

 そう言って、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

 

 

 

 「───ではこれより。この特異点 "楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス" の破却の儀を執り行います!皆さん、一人ずつわたしに続いてください!」

 

 自分と少女を中心に、六人のアイランド・クイーンがその周りを取り囲む。

 

 

 「" わたし、グロスターの地の前任者 BBは、土地の破却を了承。その権利を完全に手放します! "」

 

 

 BBのその言葉とともに、闇に沈んだ遠くの地───かつて "絶叫" の島グロスターがあったと(おぼ)しき場所で光の柱が立つのが見えた。

 

 

 

 

 「させません──────ッ!」

 

 マイノグーラが儀式を中断させようと、その青黒い牙のような槍を再び中空から射出する。

 

 「貴方の相手は私たちです!」

 

 その攻撃をガレスが大剣を盾代わりに弾く。

 

 「後ろがガラ空きだぜ、邪神さんよォ!」

 

 転移のルーンで背後に飛んだクー・フーリンが炎のルーンを、マイノグーラの足下に刻みつける。

 

 「"──────燃えろ(アンサズ)!"」

 

 業火(ごうか)の柱が立ち上る。

 

 「チッ─────────!」

 

 

 

 

 「" えっと、私…ノリッジの地の前任者 ゴッホは、土地の破却を了承します。ウヘヘ……権利もいりません、そんなの捨てちゃいます…! "」

 

 ゴッホの言葉に応えるように、"佳景" の島ノリッジが存在していたであろう地に別の光の柱が伸びる。

 

 

 

 

 「目障りな(ハエ)どもが───!」

 

 マイノグーラがガレスたちそれぞれの足下にトラバサミ状の牙を走らせる。

 

 「くっ、速ぇ!捕らえられんぞ───!」

 

 「いや、そうはさせないとも!」

 

 ネモ船長がスキルによる強化を三人に施し、その敏捷(びんしょう)を底上げする。

 

 「助太刀 感謝いたします!ネモ殿!」

 

 

 

 

 「" わえ、ソールズベリーの前頭領(とうりょう)、ヴリトラは土地の破却を赦そう。ホントはもう少し遊びたかったのじゃが、特別サービスじゃ。手放してやろう "」

 

 ヴリトラの許しに応じて、"冒険" の島ソールズベリーがあったとされる場所にも光の柱が立つ。

 

 

 

 

 「ふん、でしたら…」

 

 唐突に、マイノグーラは自身の周囲に黒いドーム状の(まも)りを生成する。

 

 「なんのつもりだ、てめぇ!」

 

 村正が斬りかかるも、その障壁の硬さによって逆に刀が砕け散る。

 

 「守りに転じての時間稼ぎか…!?しかし、それは僕らにとっても好都合だぞ…!?」

 

 ネモ船長が困惑する。

 

 「───いえ、あれは放置してはいけません!何かするつもりです!私が宝具(・・)で破ります!皆さん、下がっていてください!」

 

 ガレスが大剣を、腰を沈めて構える。

 

 

 

 

 「" 私、オークニーの島の前任者にして、その街エディンバラの女王メイヴは、当・然!了承するわ!私とあの子の夢、あんな邪神に渡すわけないでしょ! "」

 

 メイヴの宣言に同調するように、遥か北方、"情欲"の島オークニーのあった地で光の柱が掲げられる。

 

 

 

 

 「いきます───ッ!

 『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!」

 

 ガレスによる灼熱の一閃が、マイノグーラの障壁を破る。

 

 しかし──────、

 

 「" 暗く甘く、永久(ソラ)を呑み、睥睨(へいげい)とともに世界は閉じ、舌鼓(したつづみ)とともに繰り返す "」

 

 「「ッ──────!」」

 

 その障壁の中で、マイノグーラは既に宝具の詠唱を行なっていた────!

 

 

 

 

 「" 私、オックスフォードの島の前任者、エウリュアレは、土地の破却を了承してあげるわ。ええ、この子との出会いの地を(けが)されるくらいなら、捨てた方がマシよ "」

 

 エウリュアレの言葉とともに、ベスが遠吠えをあげる。その叫びに応じるように、光の柱が "美食" の島オックスフォードのあった場所からも昇る。

 

 

 

 

 「もう止められませんよ。宣誓の杖が手元にある(ワタシ)は、何度だって宝具を発動できる。…では、今度こそお疲れ様でした、皆さん」

 

 マイノグーラが錫杖をソラへと掲げる。

 

 それを止めようとクー・フーリンと村正が駆け出すも、本能的に間に合わないと知覚する。

 

 「まずい────!藤丸、ティターニア!逃げろ!」

 

 

 

 

 「え──────?」

 

 向こうで村正の叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

 だが。もう遅い。

 

 「(ワタシ)勝ち(・・)です。

 『遍く無量の夢幻の愛(ザ・リベレーション・コーリング・オキマー)』──────ッ!」

 

 世界が、

 今再び彼女の(ソラ)に堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「祝福(ギフト)範囲展開(オーバーレンジ)────────ッ!!!」」」

 

 

 

 その闇を、三色(・・)の歪な輝きが、防ぎ切った。

 

 

 

 

 「ばか、な─────────!?」

 

 困惑は邪神の口から。

 

 それもそのはずだ。たった今、常夏騎士たちは三人(・・)がかりで祝福(ギフト)の範囲使用を展開した。

 しかし、彼女たちは祝福(ギフト)の範囲使用を "既に一度" 行なっている!

 

 自身へと常時展開している彼女たちの祝福(ギフト)は、本来はこの地で活動していくための生命線(・・・)である。

 しかし、たった一度であれば、それを周囲の者たちにも使うことができ、ことここに至るまでの過程で、彼女たちはその一回かぎり(・・・・・)の守りを使用済みのはずであった。

 

 故に次はない。

 二度目の使用は、彼女たちの存在維持の喪失につながる。

 この地に残り続けるためには、絶対に(・・・)もう使用してはならなかったのだ。

 

 だというのに。

 彼女たちは、躊躇(ためら)うことなく。

 誰に言われるまでもなく、その力を使った。

 

 

 「ありえ、ない───! 妖精國を滅ぼした厄災(やくさい)が!自由気ままに世界を壊した罪人(あなた)たちが!誰かを守るために自己犠牲(・・・・)、ですって!?…そんなこと、できるはずがありません!」

 

 邪神は、この状況が理解できずにそう叫ぶ。

 

 「酷い言われようですね、(わたくし)たちは常夏騎士(・・・・)です。その使命は "カルデアとティターニアを守ること"。はじめからそう伝えてきたはずですが?」

 

 金髪の淑女が、当然のことのように、そう語る。

 

 「ああ、()たちはね、はじめから自分を命の勘定(かんじょう)にいれてないのさ。…これは贖罪(しょくざい)の旅。君という黒幕を倒すことが、私たちの最終目的だったのだから」

 

 銀髪の少女は、不敵に微笑んだ。

 

 「はっ、なにが邪神だよ。キレた時のお母様の方がよっぽど怖ぇしな。…だいたいね、オマエのその悔しそうな顔が見れただけで、お()りがくるっての!ざまぁみやがれ───!」

 

 赤髪の王女は、はしたなく舌を出して煽った。

 

 「このぉ、厄災の分際で──────ッ!!」

 

 

 

 

 「" 我、ロンディニウムのアイランド・クイーンにして、キャメロットの女帝、セミラミスはここに土地の破却を認可する。無論、すべて手放す。"………汝の覚悟、しかと見届けたぞ」

 

 セミラミスの言葉で、"祭祀" の島 キャメロットの女王によって(いさか)いのなき島となった、この "常夏" の島 ロンディニウムが光に包まれていく。

 

 

 

 

 マイノグーラの牙が、もう消えゆくのみである常夏騎士三人へと放たれる。

 

 「おいおい、見苦しいぜ邪神さんよォ!悔しいのはわかるが、散り際に泥を塗るのは、さすがに野暮(やぼ)ってもんだろうが!」

 

 クー・フーリンがその攻撃を自身の杖で弾き落とす。

 

 「邪魔を、するなァ───!」

 

 そのクー・フーリンの頭上に、巨大な氷柱(つらら)状の牙を作り出し、そのまま落とそうとして、

 

 「させません───!」

 

 瞬時に彼女の正面まで接近したガレスの迎撃のために、外した。

 

 「チッ───!目障りな──────!」

 

 彼女の手にもった宣誓の杖と、ガレスの大剣が拮抗(きっこう)する。

 

 

 

 

 「さあ、あとはお二人です!この特異点の破却の了承をお願いします!ティターニアさん、マスターさん!」

 

 そう言って、BBは自分たちへ宣誓を促す。

 

 

 「藤丸くん、あなたからお願いします」

 

 

 少女の言葉に、自分は頷く。

 

 

 「俺は───、」

 

 

 

 

 「よろしいのですか!藤丸 立香!……貴方さえ拒否すれば、その少女は夢を見続けることができる!もうこの先がない(・・・・・・)彼女に、幸福な時間を与えてあげることができるのですよ!」

 

 

 邪神の甘言が、耳に届く。

 

 

 ────そうだ。

 俺が。俺さえ拒否してしまえば、

 この目の前の女の子は救われる。

 

 今の自分なら、この目の前の女の子が

 どんな人生を歩んできたのかがわかる。

 

 もう終わってしまった人生。

 背負いたくもない世界を背負わされて、

 最後までその責任に押し潰れまいと、

 必死で駆け抜けた一人の少女。

 

 この夢の中でなら、

 俺は、彼女に未来(あした)をあげられるのだ。

 

 

 「俺、は──────、」

 

 

 言葉がつまる。

 助けたい。助けたいのに。

 

 

 

 「──────藤丸くん」

 

 

 少女が自分の辛そうな表情を見て、声をかける。

 

 

 「わたしは、自分の()よりも、

 あなたのこれから(・・・・)が見たいです」

 

 

 少女は淡く微笑む。

 

 

 

 

 「ですので、どうか。

 ─────立香(リツカ)貴方の声(・・・・)で聞かせてほしい」

 

 

 

 

 ──────その言葉で。

 自分は。藤丸 立香は覚悟を決めた。

 

 

 「" 自分、藤丸 立香は、純愛の鐘を鳴らした者として、この特異点の破却を了承する。その権利も、全部いらない "」

 

 

 そして──────、

 

 

 「令呪(・・)をもって、命じる。

 俺も、" 君の本音(・・)を聞かせてほしい "」

 

 

 残り二画のみの令呪、

 そのうちの一つを使って、そう問うた。

 

 

 「え──────?」

 

 少女は少し驚いて、目を丸くしていた。

 

 

 

 

 「────重ねて(・・・)、最後の令呪をもって命じる!」

 

 

 「──────!」

 

 

 

 

 「…アルトリア(・・・・・)

 どうか、君の " したいこと " を果たしてくれ」

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、彼女は笑った。

 

 

 「──────、はい!」

 

 

 

 そうして、

 島に包まれる光がより一層強さを増す。

 

 

 

 「本当は、わたし夏は苦手(・・・・)です!……だって、日中の陽射しはずっと蒸し暑いし、夜だって風がないと涼しくありません。汗をかいて寝つけない夜は何度もありました。しかも雨が降ったって別に気持ちよくない!ジメジメしているし、湿気がすごいから髪は変になるし、あ、あと()が湧きます!」

 

 少女はつらつらと本音をこぼす。

 

 自分はその言葉に頷きながら、苦笑する。

 

 「絶叫マシンもお化け屋敷も心臓に悪いから、なるべく乗りたくないです!絶景は綺麗だったし、また見たいですが、偽物でした!ジャングルも砂漠も洞窟も足が痛くなるので、歩きたくありません!……それから夜の街!ただ夏というだけで浮かれ気分になる男女は如何(いかが)なものかと!」

 

 「風紀委員なの、あなた!?」

 

 思わずメイヴが野次(やじ)を飛ばす。

 

 「美味しいものを作るのは楽しかったですが、やっぱりわたしは作るよりも食べる派だ!亭主関白(ていしゅかんぱく)クソ食らえ!専業主夫(しゅふ)こそ至高です!」

 

 「グルルぁ!」

 

 食べるの専門というところに共感したのか、ベスが声を上げる。

 

 「それからお祭り!復興の手伝い祝いでしたので、タダで楽しませてもらいましたが!あの出店の食べ物はぼったくり価格だと思います!500円あれば、村正ならもっと美味しい焼きそばを三人前は作れるよ!」

 

 「ふむ、そういうものか」

 

 セミラミスは、真面目に思案しはじめる。

 

 

 「──────ですが。この夏を過ごすみんなは、とても楽しそうでした。わたしは、そんな "笑顔になってるみんなの顔を見るのが好き" でした。…だから、それが見れるのならわたしは、苦手でも嫌いにはなれません。わたしは夏が好き(・・・・)だ!」

 

 

 少女は堂々と宣言する。

 

 

 「───それから。いつか見た、あのオークニーの朝焼け(・・・)は、今もこの胸に残っています」

 

 

 四つ目の鐘を鳴らした時、

 少女と眺めた、あのかわたれ(・・・・)

 

 

 「ですので、わたしのしたいことは一つだけ。

 この()を、"大切に胸に仕舞っておくこと"です。」

 

 

 少女はまっすぐに自分を見据える。

 

 

 

 「" わたし、楽園の妖精の残滓(ざんし)は、純愛の鐘を鳴らした者───そしてこの特異点を生み出した者として、その破却を承認します。この夢は、今ここで()じるのです "」

 

 

 

 その言葉とともに、マイノグーラの手にあった宣誓の杖が、少女の手元へと転移する。

 

 

 「ばかな!?なぜ──────!?」

 

 邪神は困惑の声をあげる。

 

 「当然ですよ。たった今、彼女はこの特異点を消したのですから。"ないもの" に支配権などありません。よってその力は、本来の持ち主に返却されました」

 

 BBがその仕組みを包み隠さず伝える。

 

 

 「おのれ───!(ワタシ)を、ワタシの支配を(まぬが)れようというのか!ニンゲンどもォ!」

 

 

 邪神が、醜く叫ぶ。

 

 「では、最後の締めをお願いします。その杖の力で、あの邪神を(ほうむ)ってあげてください」

 

 BBが少女へ促す。

 

 「────はい。では、終わりの(とき)です。

 星の内海より(ソラ)(ひら)こうとした邪神よ」

 

 

 少女が、その杖を構える。

 

 

 「" (あめ)のしめり。(よい)のかげり。

 ………………()だるような、夏のひでり "」

 

 

 

 夏の雨は、気持ちよくないです。

 夏の夜は、風がないと寝つけないです。

 夏の陽射しは、いつまでたっても蒸し暑いです。

 

 

 包み隠さぬ少女の本音が、そこにはあった。

 

 

 「や、メろ───、」

 

 

 邪神が少女を止めようと牙を剥く。

 

 

 「" けれど───、

 それでもなお残る。この胸の躍動(ときめき) "」

 

 

 

 少女は、まっすぐにソラを見据えて。

 

 

 

 「や、めろ、やめろやめろ、ヤメろやめロヤめろ、やめろヤめろやめろやメロやめろヤめろやめろやめロやめろ─────────ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 「" 茜渡(かわたれ)につなげ。

 ────────『彼方にとどく春の星(サザン・アロー・スピカ)』"」

 

 

 

 夏にとどいた、春の夜空に瞬く一等星が、

 ただ一筋の光の矢となって、邪神を穿(うが)った。

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ぐっ、があ"あ"─────────ッ!!」

 

 

 自らの霊核の半分を砕かれ、ワタシ───カレン・マイノグーラは(きびす)を返す。

 

 

 「まさか、逃走するつもりなのか───!」

 

 光に包まれていく世界から、逃げ延びようとソラを飛ぶ。

 

 「たとえこの特異点が消失しようとも、ワタシがこの "楽園の影" に残りさえすれば、星の内海へは至れる(・・・・・・・・・)!また一から別のアプローチで世界を広げなければなりませんが、内側にはいってしまえば時間はいくらでもある!」

 

 故にワタシの勝ちだ。

 もはや楽園の妖精の力に頼るまでもない。

 

 ニンゲンどもは油断し、

 ワタシにこれだけの距離を離した。

 

 既に追いつくことは困難だろう。

 ワタシは勝利を確信して眼下を見下ろす。

 

 

 儀式を執り行なった忌々(いまいま)しい六人の女王たち。

 そして楽園の妖精とカルデアのマスター。

 

 彼らは悔しそうにワタシを見上げていた。

 

 それから、死に損ないの妖精騎士三人。

 彼女らの介入がなによりの想定外だった。

 どのような裏技でこの地に侵入したのかは知らないが、もうすぐ消えゆく者どもに思考を割いている余裕はない。

 

 そしてカルデアを護衛させるために、この女(・・・)が呼んだ三騎のサーヴァント。

 連中の足止めは厄介であったが、最後の詰めが甘い。

 

 こうしてワタシをまんまと取り逃した。

 

 「ワタシが世界を呑んだ(あかつき)には、真っ先に(あい)してやろう」

 

 最後に、

 その怨敵(おんてき)たちの顔を目に焼き付けようとして、

 

 

 一人(・・)、欠けていることに気がついた。

 

 

 眼下に見える、

 カルデアを護衛するために呼ばれた三騎のサーヴァント。

 

 一人は、

 ケルトの森の賢者───クー・フーリン。

 

 もう一人は、

 誉れある円卓の騎士───ガレス。

 

 そして三人目、

 海底を往くノーチラス号の船長───ネモ(・・)

 

 

 

 「──────!?」

 

 その違和感に気づいた時は、もう遅かった(・・・・)

 

 

 

 「脳天から足の先まで、綺麗にがら()きたぁ景気がいい。随分と本性が丸出しになっちまってんな。あんた」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 邪神は逃走した。

 

 誰もが勝利を確信した状況の中で、(オレ)───千子(・・) 村正(・・)だけは、その少女の一撃では決着がつかないことを知っていた(・・・・・)

 

 

 ここまでの連携とその直感を信じて、目配せだけでガレスに合図を送る。

 

 

 「──────!」

 

 さすがは円卓の騎士だ。

 正念場での機転が、こんなにも頼り甲斐がある。

 

 

 彼女の魔力放出を伴った大剣を足場に、邪神へ目掛けて跳躍する。

 

 

 その(くう)を切る最中、

 数刻前に交わした少女の言葉を追想する。

 

 

 "ひとつだけ、叶えてもらえなかったワガママがあるんです"

 

 

 「──────ホントに。ようやく口にしたのがそれだったのかよ」

 

 思わず苦笑する。

 

 そんな約束をした自分自身に対してもだが、それ以上に、本当はこんな日々を当たり前のように過ごせたあの少女に対して。

 

 

 

 儂はどうも、異星の神とやらの使徒だったらしい。

 そのことは、カルデアに召喚された時から聞いていた。

 

 汎人類史を(あだ)なす者。

 仕事とはいえ、故郷(ふるさと)を敵に回すたぁ親不孝もいいとこだ。

 

 

 ──────けれど。

 そんな裏切り(モン)の男は、その仕事とは全くもって関係のないとこで、往生(おうじょう)を遂げたらしい。

 

 

 「まぁ…… "らしい" といえば、らしいか。」

 

 

 この夏の楽園を通じ、その少女と出会って、共に過ごし、それでようやく。その理由が理解できた。

 

 「───そりゃあ、放っておけねぇよな。

 (オレ)も。…この身体(おまえ)も。」

 

 

 今際(いまわ)の際、それでもなお答えを見つけられなかった少女のために、男はその身を(ほむら)へと捧げた。

 そのやり残し(・・・・)を果たさせるために。

 

 

 頑固で、負けず嫌いで、後ろ向きで。

 

 だが決して。

 逃げ出すことだけはしなかった、

 不器用ながらも(とうと)い、その()

 

 

 "そういうもの" に、男は命を()べたのだ。

 

 

 ──────であれば、今この瞬間は。

 

 

 "命を買われたのなら、命で払うのが当然" と謳った、その男のように。

 

 

 "やり残しは、やり残しで還すのが、当然でしょう?"

 

 

 「───ああ。感謝するぜ。

 コイツは、儂のやり残し(・・・・)だ。」

 

 

 刀を(つく)る。

 

 右手に握るこの一刀は、

 神をも断ち切る(・・・・・・・)、我が渾身の一振り。

 

 

 「脳天から足の先まで、綺麗にがら()きたぁ景気がいい。随分と本性が丸出しになっちまってんな。あんた」

 

 

 「千子、村正───、」

 

 その少女の願い。

 ここで果たせずして、どこで成す───!

 

 

 「おかげで、その "境目(さかいめ)" がよく見えらぁ」

 

 

 背後に迫った死の気配に、

 邪神は瞬時に振り返って迎撃を試みる。

 

 ああ。良い判断力だ。

 その速度なら、腕の一本は落としても、命拾いはするだろうさ。

 

 

 

 ───無論。

 その相手が、他ならぬ儂でなければ(・・・・・・)

 

 

 「───おせぇよ。『無元の剣製(つむかり むらまさ)』」

 

 

 両断するは、

 女神を寄る辺とした、その邪神のみ(・・・・)

 

 

 

 「───今ここに。

 異邦の地での口約束。神殺し(・・・)を成した」

 

 

 呟きは虚空(こくう)に溶ける。

 

 "神を斬る" ってのはどうも。こんなにも清々しいらしい。

 

 

 

***

 

 

 

 気を失ったカレンを抱えて、村正が着地する。

 

 

 「さすがは村正!…腰、大丈夫?」

 

 自分───藤丸 立香は、彼の体を(いた)わってそう言った。

 

 「…余計なお世話だ。身体は若造なんだからよ」

 

 村正はそう言って、なんともないと腕を振った。

 

 

 「ありがとう、村正。わたしのワガママを聞いてくれて。カレンさんは何も悪くないから、ちゃんと助けたかったの」

 

 

 「まぁ、お安い御用さ。神殺しはセイバークラスの(オレ)にはねぇスキルだが、あの邪神とカレンの "宿業(しゅくごう)を断ち切る" ことに関しちゃ、儂の専売特許だからな!」

 

 

 そうして。

 光に包まれた特異点が、

 遠くの方から溶けていくのが見えた。

 

 

 

 

 

 「ランスロット様───!」

 

 ガレスが銀髪の少女へと駆け寄る。

 

 「はは、お世辞はよしてくれよ、ガレス。君の目にはもう、私のことは "ランスロットには見えていない" だろう…?」

 

 銀髪の少女は、寂しげに目を細める。

 

 「っ─────、ですが、この特異点での貴方は!かのランスロット卿にも引けを取らない、素晴らしい騎士でした…!」

 

 ガレスはその瞳に涙を浮かべて、消えゆく銀髪の少女の身体を支える。

 

 「………ありがとう、ガレス。だけど私は、君にそんなことを言って貰える資格は、本当はないんだ。なぜなら私は、かの妖精國で、」

 

 銀髪の少女は言葉につまる。

 

 「……私はかの妖精國で、君と同じ顔、君と同じ名前、君と同じ(こころざし)を抱いた騎士を(あや)めた」

 

 「っ───、それは…」

 

 「不意打ち、だったんだ。騎士にあるまじき悪行だろう?……おまけに、私のせいで "ロンディニウムの街は滅んだ" 」

 

 銀髪の少女は、

 奥歯を噛み締めながら、自らの罪を告白する。

 

 「だからね、私は君に素晴らしい(・・・・・)と言ってもらえるような器じゃない。……愛したヒトのために、忠義も騎士道も、真っ当な道徳も投げ捨てた大罪人さ。君は私を(ののし)っていいんだ」

 

 「──────、」

 

 ガレスはその告白に、言葉が出なかった。

 

 

 「なんじゃ、その所業のどこに()があるというのだ、貴様は」

 

 

 堰界(いかい)竜が、歩み寄って言葉をかける。

 

 「ヴリトラ──────?」

 

 「よいか。貴様の所業は確かに()じゃ。だがそれは、妖精國の視点で見た時の話じゃろう?わえの視点ではそうは思わぬ。…貴様は最後の最後まで、()を貫いた。忠義と道徳に挟まれて、何度も押し潰されそうになりながら、葛藤し、それでも(・・・・)その選択を取った」

 

 ヴリトラは語る、銀髪の少女の決断を。

 

 「 "真に貴様を(おもんばか)る者" からしてみれば、その行ないは許し難いものよな。必ず貴様を止めようとしただろう。……だがそれでも確かに貫いたのじゃ。ならばそれを懺悔(ざんげ)する必要もなければ、胸を張る必要もない」

 

 高らかに、ヴリトラは声を張る。

 

 「貴様はその後悔を胸の底に秘め、その上で善行を成すのだ!…いや、もう今こうしてここで成した(・・・)!ならば過去を悔やむな!今を誇れ!それこそがこれから先の貴様を支えていく足になるのだからのう!」

 

 その言葉を聞いて、銀髪の少女は(ほの)かに微笑む。

 

 

 「ふふっ、これから先(・・・・・)か。…そうだったね、こんな奇縁があるのなら、まだこの先もあるかもしれない」

 

 

 「───っ、そうですよ!また会いましょう!その時は今度こそ、本当の貴方で…!」

 

 「───ああ。君たちに会えてよかった。だから、最後にこれだけは伝えておかないと…」

 

 銀髪の少女は最後に満面の笑みを浮かべて、

 

 

 「私の名前は、メリュジーヌ(・・・・・・)

 境界を拓く竜 "アルビオン" より生まれた騎士だ。

 いつかまた、境界の彼方で逢おう──────。」

 

 

 光の泡となって、ソラに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、見てた?私の最後の悪あがき……」

 

 仰向けに倒れた赤髪の王女は、そう呟く。

 

 「あぁ、清々しいほどの啖呵(たんか)だったぞ」

 

 セミラミスは王女を優しく抱え、そう返した。

 

 それを聞いた赤髪の王女は、満足気な笑みを浮かべるも、どこか遠くのソラを見つめた。

 

 

 「あーあ、…結局、お母様には会えなかったなぁ」

 

 

 そう、唯一の心残りを口にした。

 

 

 「ふむ。最後に看取られる相手が我では不満か?」

 

 セミラミスは少しだけ拗ねたようにそう答えた。

 

 「冗談、あのキャメロットにいたのが、"アナタでよかったな" って思ってるわ」

 

 赤髪の王女は正直にそう口にする。

 

 「ほう?やけに素直だな。今さら(おだ)てても何も褒美は出せぬぞ?」

 

 「はぁ?別にそんなつもりじゃねぇし!…ただ、」

 

 

 「"言葉にしなければわからない(・・・・・・・・・・・・・)こと"、だったからよな?」

 

 

 その言葉を聞いて、

 赤髪の王女は目を丸くしてから、

 

 

 「──────うん。だから、きっと、

 お母様も次に会ったら、私を褒めてくれるかな?」

 

 

 そう言い残して、安らかに瞳を閉じた。

 

 

 「──────ああ。きっとな。

 故によい眠りを。バーヴァン(・・・・・)シー(・・)。」

 

 

 女帝は、光の泡となった少女を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 「こら、(わたくし)を舐めても美味しくありませんよ?」

 

 白豹───ベスは金髪の淑女(しゅくじょ)の頬を舐めていた。

 

 「───きっと、あなたが消えてしまいそうだから、なんとかしてあげたいのかもね」

 

 エウリュアレはその彼の行動を考察する。

 

 「───そうでしたか。ですがそれは不要です。私が抱いた後悔や未練は、あのオックスフォードの鐘を鳴らした時、互いに心を通わし合ったあなたたちを見て、もう吹っ切れたのですから」

 

 その言葉とともに、金髪の淑女はベスを撫でる。

 

 「"不器用な愛でも、報われるものはある"。…その答えがひとつ見つかるだけで、私は───私たち(・・)は救われたのです」

 

 そんな金髪の淑女の頭を、エウリュアレが撫でた(・・・)

 

 「っ─────!?エウリュアレ、なにを…?」

 

 困惑する金髪の淑女を尻目に、エウリュアレはその頭を撫で続ける。

 

 「そんな気難しい顔をしないの!どんなに腕っぷしが強くてもね、あなたも女の子(・・・)なんだから。もっと気楽に笑いなさいな。……ていうか、女神が笑えと言っているのだから笑いなさい!」

 

 エウリュアレはビシッと、金髪の淑女の鼻先に目掛けて指をさした。

 

 「こ、こうでしょうか……」

 

 金髪の淑女は、即興の作り笑いを浮かべる。

 

 「ぎこちな〜〜い!ほら、もっとやわらかに!」

 

 「グルぁ!」

 

 エウリュアレの言葉を聞いて、なぜかベスが大きく口を開ける。

 

 「あなたのことじゃないわよっ!」

 

 

 そのやり取りを見て、

 

 「ふふっ、あははは…」

 

 金髪の淑女は笑顔(・・)になった。

 

 

 「そう!その顔よ!……あなた、顔立ちはいいんだから、そうやって笑わなきゃ勿体ないでしょ?だからね、笑ってさえいれば、きっとあなたにも、その()を受け止めてくれるヒトが見つかるわ。女神が太鼓判を押してあげてるんだから、信じなさい!」

 

 金髪の淑女は、呆気に取られた表情を浮かべる。

 

 「それから。あなたはもっと、自分を好きになりなさい。……いい? "誰かを愛する" なら、まずは "自分を愛してあげる"こと。これ、女神からの教訓よ。ありがたく胸に秘めておきなさい」

 

 エウリュアレのその言葉には、深い慈愛と思いやりがこもっていた。

 

 「ええ。ありがとうございます。エウリュアレ」

 

 そう口にし、金髪の淑女は淡く微笑む。

 

 「最後に、私の本当の名前をお伝えします。私の真名()は、バーゲスト(・・・・・)。妖精騎士バーゲストです。エウリュアレ、ベス、そしてカルデアの旅人たちよ。……今度こそ(・・・・)、最後まであなたたちの力になることができて、よかった」

 

 (まばゆ)い光に包まれて、彼女は消えていった。

 

 

 

 

 

 「ありがとう、三人とも」

 

 ソラへと昇る光の泡を見つめながら、そう呟く。

 

 彼女たちの助力がなければ、自分たちは間違いなくこの特異点を修復することはできなかっただろう。

 

 故に心からの感謝を。

 

 どうかこの夢が、

 彼女たちの胸にも残りますように。

 

 

 

***

 

 

 

 「さて!次は私たちの番ね」

 

 そう言って、メイヴが自分たちのところへと歩み寄る。

 

 「ま、どうせカルデアに帰ったら会えるんだし、辛気臭いのは無し!いい、ティターニア……えーと、もう本当の名前で呼んだ方がいいのかしら?」

 

 珍しくメイヴが言い淀む。

 

 「いえ、今はティターニアのままで構わないよ、メイヴ」

 

 そんな彼女へ、少女は淡く微笑んだ。

 

 「そう。なら、あなたに対しても、辛気臭いのは無しにするわ。……だから早くカルデア(こっち)に呼ばれなさい。仮にもしもここでのことを忘れてたんなら、私が洗いざらい全部教えてあげるから!藤丸にキスを迫って失敗したこともね?」

 

 「鬼か、おまえ──────ッ!!」

 

 「いたた、冗談に決まってるでしょ!こら、羽交い締めにするのやめなさいってば!これでも女王なんですけど!?」

 

 二人は仲良さげにプロレスをしていた。

 

 「やれやれ。殴り合える友人ができて、めでてぇこった。…まぁ、トラブル続きではあったが、悪くない夏だった。オレもここらで退場させてもらうぜ、藤丸」

 

 「うん、クー・フーリンもありがとう。また向こうで会おう!」

 

 「コホン!…それじゃまたね(・・・)、藤丸、ティターニア!」

 

 なんてことのない再会を取り付ける挨拶を残して、メイヴとクー・フーリンは消えていった。

 

 

 「では、わえもここらで帰還するかのう。…この場所はインドラの雷みたく、眩しくて仕方ない」

 

 そう言ってヴリトラは、目を細める。

 

 「そうさな。我も長居する未練はない。この特異点を手放す意志は儀式の時に済ませたからな」

 

 セミラミスも同じく、ソラを見上げていた。

 

 「お二人も、協力してくれてありがとうございました」

 

 少女がぺこりと頭を下げる。

 

 「気にするでない。こちらも貴様らに負けた身ゆえな、悔しい感情のまま終わる旅路かと思うたが、最後に気持ちの良い逆転劇に立ち会えたので満足じゃ」

 

 「なんだ、汝も負けたのか。理由はなんだ?慢心か?」

 

 セミラミスが興味深げにそう訊ねる。

 

 「慢心、油断、騙し討ち全部じゃ!ゆえに掘り返すでない。思い出して恥ずかしくなってくるじゃろう!」

 

 「そうか。ならば次に悪だくみをする際は、手を貸してやってもよいぞ?」

 

 「本当か、貴様!?……実はまだ宇宙侵略というジャンルの冒険を試していなくてのう…」

 

 うん。丸聞こえなので、打ち合わせは後にしていただきたい。というか、巻き込まれるこっちの身にもなってほしいのだが。

 

 

 そんな他愛のない会話をしながら、二人もカルデアへと帰還していった。

 

 

 「じゃあ、私たちも先に帰ってるわね?」

 

 「グルルぅ…」

 

 エウリュアレが、ベスを連れてそう言う。

 

 「いや、ちょっと待った!その子、連れて帰れるの!?」

 

 あまりにも自然体な様子だったので、流してしまいそうになったが、とんでもなく気になる。

 

 「え?もちろんよ。だってもう使い魔として契約させたもの」

 

 事も無げにそう言うエウリュアレ。

 さすがはギリシャの女神様の思考だ。手に入れたいもの、気に入った相手は無理やりにでも自分のものにしてしまうらしい。

 

 「グルルぁあ!!」

 

 もっとも。このように、彼自体は大変満足している様子なので、何も問題などないのだけど。

 

 「それじゃ、元気でね。ティターニア、また私に料理を教えてちょうだいな」

 

 そんな些細な約束事を取り付けて、女神と白豹は消えていく。

 

 

 

 「あの、ティターニアさん、これ…あげます…エヘへ」

 

 唐突に、ゴッホが小さなキャンパスを少女へと手渡した。

 

 「これって───、」

 

 そこに描かれていたのは、"青空の下、大海を目指して去っていくタイニー・ノーチラス号の姿" だったのだ。

 

 「すごい!キミが描いたのかい?」

 

 ネモ船長も思わず食いつく。

 

 「ウヘヘ、皆さんの帰り際、こっそり砂浜から書いてたんです……いつ渡そうか悩んでたんですけど、結局渡しそびれちゃって…反省です…エヘへ」

 

 ゴッホは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 「ありがとうございます、ゴッホさん。…この絵、大切にもっておきます」

 

 少女がキャンパスを大事そうに胸に抱える。

 

 「それじゃ…私もこの辺で。ウフフ、またお会いできたら嬉しい、です…なんて……」

 

 ゴッホが独り帰還しようとする。

 

 「水臭いよ、ゴッホ。僕はキミに呼ばれてここに来たんだよ?……なら、帰る時は一緒だろう?」

 

 ネモ船長はそう言って、彼女の手を取った。

 

 「ええ!?いいん、ですか……?ウヘヘ……やっぱりネモちゃんは優しいですね……ありがとうございます…」

 

 「それじゃ、そういうわけだから。…立香、僕たちは先に帰還しているよ。それとティターニア、キミと過ごした夏は僕にとっても宝物だ。必ずまた会えるさ」

 

 ネモ船長とゴッホは、そうして光となって消えた。

 

 

 「そんじゃ、(オレ)たちも帰るぞガレス。用心棒の仕事もこれにて御役御免(ごめん)だ。…最後に、ここにはいねぇ手前(テメェ)の口約束を守れてよかったぜ」

 

 村正は満足気に笑う。

 

 「ティターニアさん、絶対にまた会いましょう!……それから、その時はもう一度、私と腕相撲(・・・)をしてください!絶対に次は勝ちますから!」

 

 そう笑って、ガレスは手を差し出す。

 

 「…うん!ありがとう、ガレスちゃん。村正」

 

 差し出されたその手を強く握って、少女も笑った。

 

 交わした握手を離さぬまま、二人も光となってソラへ消えていく。

 

 その刹那、

 

 「──────達者(たっしゃ)でな。」

 

 暖かな眼差しと共に、村正はそう少女に言い残した。

 

 

 「─────────うん。」

 

 

 

 残ったのはこの特異点形成の関係者である、BBとカレン、そして自分と少女だけだった。

 

 

 

 「ん…あ、私は………?」

 

 BBの肩を借りていたカレンが目を覚ました。

 

 「ようやく起きましたか?…まったく、今回はわたしの不注意でもありましたから、不問に致しますが、次もこう上手くいくとはかぎりませんからね?」

 

 BBがやれやれとため息をつく。

 

 「そう、ですか。私は、皆さんにご迷惑をおかけしてしまったのですね…なんという失態でしょう。申し訳ございません」

 

 BBの言葉と今のこの状況を見て、事情を察したカレンは、正直にそう謝罪する。

 

 そんなカレンのそばへ少女が歩み寄る。

 

 「いいえ、カレンさん。あなたのおかげで、私は最高の()の思い出をつくることができました。……それに、あなたは誰よりも一生懸命に、わたしのために奔走してくれた人です。そんなあなたを、誰にも責めることなんてできませんよ。もしもそんな奴がいたら、わたしが代わりにそいつをひっぱたきます!」

 

 少女の言葉を聞いて、カレンは淡く微笑む。

 

 「それなら、よかったです。───ええ。あなたのその笑う笑顔が見れただけで、私には最高の報酬になりました」

 

 カレンは満足気な表情で瞳を閉じた。

 

 

 「それでは、わたしたちも先に帰還いたします。数分後にマスターさんも自動的にカルデアへ戻されますので、置いていかれたと慌てふためかないでくださいね?」

 

 「うん。もちろんわかってるよ、BB。俺たちのために気を遣ってくれてありがとう」

 

 親切な彼女へ感謝を告げる。

 

 「べ、別に気を遣ったわけではありません!そういうのは言わぬが花でしょう!マスターさん!」

 

 そう言ってBBは鼻を鳴らしたあと、何かを思い出したように改めてこちらの目を見据えてきた。

 

 「そういえば、ひとつだけ気になったことがあったのを思い出しました。……あの邪神が最初に宝具を使った際、わたしは本気で "間に合わない" と思ったんです。ティターニアさんは、まぁ、無事だろうと見積もっていましたが、マスターさんが助かった理由は本当に不明でした。あの瞬間、貴方はどこにいたのですか?」

 

 BBに指摘されて、あの瞬きの邂逅を思い出す。

 

 「……ごめん、実は俺も詳しいことはよくわからないんだ。誰なのかハッキリとは把握できなかったんだけど、少し頼りない正義の味方(・・・・・)が、手を貸してくれたんだ」

 

 あれは、一体誰だったのだろう。

 

 「…ふーん、今後の参考までに聞いておきましたが、あまり実用的な情報ではありませんね。期待して損しました」

 

 BBは、なーんだ、とつまらなさそうにそう口にした。

 

 

 「──────いいえ。たいへん参考になりましたよ。そんなキザなことをする悪魔(にんげん)、私は一人しか存じませんから」

 

 

 カレンだけは、懐かしそうにそう微笑んでいた。

 

 

 

 「では今度こそ改めて。貴方たちはこの特異点、"楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス" を無事に攻略することに成功いたしました。おめでとうございます。私たちは先に、カルデアで貴方の帰りを待っています。それからティターニアさん、貴方も本当にお疲れ様でした。…この夏が、貴方にとって大切な思い出になったのなら、幸いです」

 

 そう言い残して、

 カレンとBBも光に包まれ、ソラへと昇っていった。

 

 

 「──────ありがとう、みんな」

 

 

 ソラへと昇る光の星たちを見つめ、そう呟く。

 

 

 多くの出会い、多くの手助けに感謝を。

 

 自分はこうして今も、たくさんの星に支えられて、前を向いて歩いていられる。この楽園での記憶も、きっとこれから先の自分を支えていく、大切な思い出となるのだ。

 

 

 

 たとえこの楽園が消え去っても。

 

 紡いだ夏は、

 今もこうして、この胸に残っている。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 最後に残ったのは、

 わたしと()だけになりました。

 

 

 「みんな、行っちゃったね」

 

 彼がそう呟く。

 

 「はい。行っちゃいました」

 

 

 

 そうして。

 わたしは改めて、彼に向き直る。

 

 「ひとつ、聞きそびれていたことがあったんですけど、聞いてもいいですか?」

 

 「ん、なに?」

 

 「わたしばっかりで、あなたがどうだったか聞くのを、すっかり忘れていたんです。立香(リツカ)にとってこの夏は、楽しかった(・・・・・)ですか?」

 

 まっすぐに。

 彼の青い瞳を見つめてそう訊ねた。

 

 

 「───ああ、もちろん。最高の夏だったよ!」

 

 

 彼は満面の笑みで、

 そう答えてくれました。

 

 

 「──────それなら、よかったです」

 

 本当に。

 これでもう心残りなんてない。

 

 最後に別れの言葉を告げようとして、

 

 

 「そういえば、俺もひとつだけ、言いそびれていたことがあったんだけどさ」

 

 

 彼の方から、頬を掻きながらそう言ってきた。

 

 「はい?なんでしょう…?」

 

 なにかあっただろうか。

 思い当たる節はあんまり思い浮かばない。

 

 

 「ひさしぶり(・・・・・)、アルトリア。

 君のその格好(・・)、すごく似合ってるよ」

 

 

 

 え─────────?

 

 

 思わず自分の格好を見直す。

 そういえば、あの邪神に夢を見させられた際、もとの夏の服装へと戻されていたのだった。

 

 

 「本当ははじめて会った時に伝えるべきだったんだけどさ!…ごめん、あの時は気づけなくて。でもこうしてまた会えてよか

 

 

 

 そんな彼の言葉を、

 軽い口づけ(・・・)をして塞いだ。

 

 

 

 

 

 「アル、トリア────────、」

 

 

 顔を離して見上げた彼の顔は、

 目を丸くしながらも頬を赤らめていた。

 

 

 それを見て、満足したわたしは一歩下がって、

 

 「わたしもまた会えてよかった!……さっきのは、マシュには内緒にしておいてくださいね!」

 

 

 今できる満開の笑顔で、そう伝える。

 

 

 「────うん。

 またいつか会おう、アルトリア」

 

 

 彼の身体が光に包まれる。

 

 

 

 

 

 やがて泡になって、

 ここではないソラを目指して飛んでいく。

 

 

 

 

 

 わたしはそれを、ただただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 「─────さよなら。

 この夏の、大切な好きな人(ゆうじん)。」

 

 

 

 

 

 

 「……さよなら。

 自分によく似た、なんでもない男の子(・・・・・・・・・)。」

 

 

 

 

 

 

 

 常夏の楽園は、そうして幕を綴じました。

 

 

 楽園のソラには、

 まばゆいほどの光の星々が。

 

 そして楽園の地には、

 ただ一つの春の星(・・・)が残ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「………ください。先輩、起きてください」

 

 

 誰かが自分を呼んでいた。

 

 「マシュ……?」

 

 反射的に、その名前を口にする。

 

 

 「はい!あなたの専属サーヴァント、マシュ・キリエライトです!」

 

 マシュは、持ち前の笑顔でそう元気よく答える。

 

 

 その顔と声がどこか懐かしく感じて、自分は思わず笑みを零していた。

 

 

 「間もなく、ブリーフィングのお時間です。ゴルドルフ新所長に先輩を呼んでくるよう、催促されてしまいました」

 

 

 そうだったのか。それは申し訳ないことをした。

 

 ベッドから起き上がって、上着を取ろうとした時、もう一人(・・・・)の来客によってマイルームの扉が開いた。

 

 

 「おーい、マシュ〜! マスターはいたかい?」

 

 

 やって来たのは、つい先日カルデアに召喚されたばかりのサーヴァント───"ハベトロット" だった。

 

 

 「はい!自室でお休みをなさっていました」

 

 マシュは彼女に元気よく返事をする。

 

 「やれやれ、ここに来てまだ日は浅いけど、君の睡眠欲は折り紙付きだね、マスター。…だいたい、君は起こす側(・・・・)だろ? 花嫁に毎朝 起こされるのは、新婚生活が始まってからなんだわ」

 

 その言葉を聞いて、マシュは赤面する。

 

 「ハ、ハベにゃんさん!これは私が好き好んで起こしているだけですので、そのような先を見据えた意図はなくてですね!」

 

 「おっと、予想以上の好感触… やっぱり、この僕の目に狂いはなかったってわけだねぇ」

 

 そう言って、ハベトロットは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

 彼女が召喚されてから数日、二人が打ち解け合うのにそう時間はかからなかった。

 

 ───それもそのはずだ。

 だってこの二人は、ずっとずっと。

 本当に長い間、想い想われた、深く切れない()で通じ合っているのだから。

 

 「まぁ、マシュをからかうのはこれくらいにして、そろそろ行かないと、ホントに怒られても知らないぜ?」

 

 そう言ってハベトロットはこちらに向き直る。

 

 「───うん。でもその前に、書き残しておきたい記録があるんだ。大切な夢(・・・・)だから、忘れないうちに書きたくてさ」

 

 マシュとハベトロットは、仲良く小首を傾げて。

 

 「まぁ、その顔を見れば、悪い夢じゃ(・・・・・)なかったんだ(・・・・・・)ってことくらい、僕にもわかるけど…」

 

 「もしかして……それはキャプテンが唐突に招集した、今回のブリーフィングの内容と同じものなのでしょうか!」

 

 ああ。今回のブリーフィングはネモ船長が招集したのか。だというのなら、きっと───、

 

 

 

 「うん。多分おなじだよ。二人にも伝えておきたい物語でさ。…とっておきの、真夏の夢(・・・・)の話なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 /『Southern Arrow Spica』-了-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 真夏の夢(ものがたり)は幕を綴じた。

 

 

 

 

 故に、これより先に語ることはありません。

 

 

 けれど──────、

 

 

 

 " ありがとう!…今度必ずお礼をするから!"

 

 

 

 そんな───、

 できもしないと思われた約束をとりつけた、

 わたしの意地に付き合ってくれると言うのなら。

 

 

 

 

 楽園は、今一度 あなたを歓迎します。

 

 

 

 

 

 

 それでは。

 

 

 ─────"忘却"の島、ウェールズ(・・・・・)へようこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 末節『Yonder Love』/

 

 

 

 

 ───────眠れない。夜風を浴びに行こう。

 

 

 

 夜の海岸を訪れる。

 しかし、()はもうここへはやって来ない。

 

 

 故に、船着場にあった小舟(こぶね)に乗って、あなたは大海を渡る。

 

 目指す場所はそう遠くない。

 

 誰からも気づかれず、

 ひっそりと佇んでいた小島。

 

 

 ─────────そこに。()がいる。

 

 

 

 小舟をおりて、島の草原を歩く。

 

 

 「さて。これ以上はない結末を迎えておきながら、今さら僕になんの用だい?」

 

 

 

 辿り着いた森にいたのは、この()をかたどった妖精國の最初(・・)の協力者───"妖精王" だった。

 

 

 

 「やぁ、まだ別れの挨拶をしていなかったから、会いに来たよ、オベロン(■■■■)

 

 

 

 

 

 「─────────なんだ。その様子じゃ、最初から気づいていたのかい?」

 

 妖精王の声色が一瞬にして切り替わる。

 

 

 「…どうだろう。最初から気づいていたような気もするし、たった今気づいたような感じでもあるよ」

 

 

 「なんだそれ。ようするに、どうでもいい(・・・・・・)ってことじゃないか。…まぁ、それはお互い様か」

 

 

 そう言って、彼は踵をかえす。

 

 「あれ?どこいくの?」

 

 「どうせ長話になるんだろう?言わぬが花(・・・・・)だというのにね。ここで立ち話もなんだ。…向こうにちょうど二人ぶんのイスと、テーブルがある」

 

 それだけを言い残して、彼は森を歩いていく。

 

 あなたはそんな彼の背中を、一定の距離を空けたままついて行く。

 

 

 

 「何もなさそうな島なのに、休む場所はあるんだ」

 

 「紅茶を飲むくらいしかやることがないだけさ」

 

 彼は振り返ることもなく、そう返した。

 

 

 

 その道行(みちゆ)きの雑談として、

 

 

 「────オベロンは、カレンに協力してたの?」

 

 歩きながら、単刀直入にそう訊ねる。

 

 

 「どうしてそう思うのかな?君は」

 

 

 「それは───、」

 

 この夢には、三人(・・)の人物が関わっていた。

 

 一人目は、楽園の妖精。

 楽園の影に、この特異点のテクスチャを固定させるための下地となる力の源を提供した少女。

 

 二人目は、カレン・オルテンシア。

 妖精國の結末に納得がいかず、その終末に飛んで楽園の妖精と交渉、この常夏の楽園の形を創った女神。

 

 三人目は、BB。

 そんなカレンの願いを叶えるべく、記録宇宙を通して妖精國の過去と接触するための力を提供したAI。

 

 

 けれど、それでは足りない(・・・・)のだ。

 

 「この夢には、"架空の夢の住人たちを用意し、かつ夢の主人を偽装させることができる人物" が存在しない」

 

 

 そう。あの島にいた住民たちは現実に存在しない人々だ。夢を夢と認識させないための舞台装置。誰の目にも留められないが故に忘れられがちだが、絶対になければ物語が円滑に進むことができないモブ(・・)

 それを用意できるだけの、夢を操れる人物が、この中には欠如していた。

 

 

 「へぇ、思っていたよりも鋭いな、君」

 

 そう言って、彼は足を止める。

 

 

 「彼女とは、鮮烈な出会いだったとも」

 

 

 そうして彼は、その女神との邂逅を語り始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 「まったく。

 吐き気がするほどキレイじゃないか─────」

 

 

 

 

 

 

 無限のウロのフタが閉じる。

 

 奈落の虫は、

 どこに辿り着くこともなく、落ちていく。

 

 

 

 

 

 ────────────そのはずだった(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 "こんばんは。嘘つきの妖精王さん。"

 

 

 

 

 聞き覚えのない声に、閉じた(ウロ)を再び開く。

 

 

 「……こいつは驚いたな。死に際に女神が見えるというのは、迷信じゃなかったのか」

 

 

 "いえ。迷信ですよ。"

 

 "死に際に女神を見るのは、

 女神に殺された人だけですから。"

 

 

 「は──────?」

 

 

 そんな現実的な言葉を聞いて、意識をハッキリと呼び覚ました。

 

 

 「誰だ、君は─────」

 

 

 "この結末を走り抜けた一人の少女に、

 報酬を与えるべく舞い降りた女神です。"

 

 

 なんて、デタラメ。

 

 すぐにわかった。

 この女は汎人類史からの差し金だ。

 

 

 "もうひと仕事していきませんか?妖精王。"

 

 

 

 「断る。俺が君に手を貸す義理はない」

 

 

 当然だ。自分はたった今その汎人類史に、メッタクソにやられたばかりなのだから。

 

 

 "どうしてもダメ、ですか?"

 

 

 「当たり前だろ。だいたい、なぜ君はそんなことをする?その行ないをすることで、君に得があるのかい?」

 

 

 どうせありはしないだろう。

 所詮は女神の気まぐれなのだから。

 

 

 "? 得しかありませんが。"

 

 

 「は──────?」

 

 

 "だってそうでしょう。私は、彼女の…貴方たちの物語のファン(・・・)なのですから。ヒロインが報われることを、喜ばないファンなどいません。"

 

 

 なんだ、それ。

 

 「ようするに、君は───」

 

 

 この空想(ゆめ)を、現実(じぶん)以上に価値があるものだと判断して、ここまで来たのか。

 

 

 絵本の続きをせがんで、居ても立ってもいられなくなった、子どものように。

 この女神は、たまたま自分に行動できる可能性(ちから)があったから、それを実行に移したのだ。

 

 

 「はっ、酷いお節介だよ、まったく。…とんでもない厄介オタクじゃないか、君」

 

 

 "失敬ですね。手伝ってくれないというのなら、結構です。私一人でなんとか彼女を(もてな)しますから。"

 

 

 「…いいや。気が変わった。手を貸してやるとも。あの少女が "その夢を見ることに同意したら"、ね」

 

 

 "本当ですか…!? では、必ず説得してみせましょう。ええ。彼女が同意した暁には、貴方も裏方(うらかた)として手伝ってもらいます。お願いしますね…!"

 

 

 声色でわかる。今この女神は、心底 喜んでいる。

 

 

 「ああ。けど、もうひとつだけ条件を付けさせてくれ。もしも彼女が "つまらない(・・・・・)飽きた(・・・)と言ったら、すぐにその夢を終わらせること"、だ」

 

 

 "わかりました。それに関しては同意します。見たくもない夢を見させるのは、私としても不本意ですから。……まぁ、そんなことを言わせないくらいの夏を提供するつもりではありますが。"

 

 

 そうして女神は踵をかえす。

 

 

 "では、妖精王オベロン。

 次に会う時は、夏の夢の中で。"

 

 

 

 その言葉を残して、

 彼女はあの少女に会うべく飛び立った。

 

 

 故に、あとはご存知の通り。

 

 少女は夢を見ることを了承し、

 俺は女神に、夢を操る力を貸してやった。

 

 

 

***

 

 

 

 「あの物語───妖精國を大切に思ってくれていたから、オベロンは彼女に手を貸したんだね?」

 

 

 彼は無言で歩を進める。

 

 

 「そら、ついたぞ。そこに座りなよ」

 

 

 ひとつの白い丸型のテーブルを挟んで、あなたと彼は席に着く。

 

 

 

 「それで?他に聞きたいことは?…もしかして、今ので終わりだったかい?ならここまで来たのは時間の無駄だったね」

 

 

 「……いいや。オベロンは何度か、俺にも協力してくれたよね?」

 

 

 「はぁ?───さて。なんのことかな。俺がしたことなんて、今日みたいな眠れない夜に、夜風を浴びにくる馬鹿の話相手になったくらいだろ」

 

 それが助言だったりしたのだが、本人にはそのつもりはなかったらしい。

 

 

 

 「──────じゃあ、ガレスの剣(・・・・・)は?」

 

 

 「やれやれ、そんなに口が軽いのか、あの女神は。……夢の主人に死なれちゃ困るからね。相応の護衛ができるように用意した、単なる支給品(・・・)だよ」

 

 その割には盛りすぎの宝具であった。

 

 「夢の中であるという曖昧さと、純愛の鐘の魔力量を利用した詐称(さしょう)の宝具だ。使いこなせるかどうかは担い手次第だったからね。ま、運がよかったんじゃない?」

 

 口ではそう言っているが、きっと彼は、あの騎士ならそれを使いこなせると信じて渡したのだ。

 

 

 

 「──────それと。常夏騎士(・・・・)を喚んだのも、本当はオベロンなんでしょ?」

 

 

 「どうしてそうなるのかな?…彼女たちは終始、妖精國の女王モルガン(・・・・)に指示されてやってきたと、言っていなかったかい?」

 

 

 そう。彼女たち常夏騎士───いや、妖精騎士の三人は、妖精國の女王モルガンの命令で、"カルデアとあの少女を護衛しろ" と頼まれていた。

 けれどそれは───、

 

 

 「この特異点にモルガンはいなかった(・・・・・・・・・・)。キャメロットにいたのは、セミラミスだったからね」

 

 

 「外側から派遣した可能性だってあるだろう? なぜ、俺が仕組んだと言いきれるんだい?」

 

 

 「モルガンは "楽園に帰ることを否定した" 女王だからだよ。だから彼女はこの特異点に関わることはできない。…それにカレンが接触した妖精國の時間軸は、二回だけ(・・・・)だった。()とあの少女(・・)。これで枠は埋まっている」

 

 それに妖精騎士の三人は、あの邪神が呼んだサーヴァントというわけでもなかった。彼女にとってもあの三人の介入は予想外だったのだ。

 

 「タイミング的には、ノリッジの鐘を鳴らした後だったよね? ゴッホの異変を察知した君は、BBに無理を言って彼女たちを呼んでもらったんじゃないのかな? 会いに行くんじゃなくて、摘み上げる(・・・・・)だけなら、そこまでコストはかからないから」

 

 

 「………それじゃあ、どうやって彼女たちを手懐けたというのかな?まさか、モルガンのことも摘み上げたとでも言うんじゃないだろうね?」

 

 「いいや。それは簡単。だって得意でしょ、オベロン。擬態の魔術(・・・・・)。」

 

 

 だってあの魔術を教えたのは、他ならぬ彼なのだから。

 

 

 「どうして君がそのことを…、ああ、呆れるほど口が軽いヤツらってコトか」

 

 そう言って、彼は不敵な笑みを浮かべ、

 

 

 「──────正解だよ、立香。俺があの妖精騎士三人を騙して、この特異点に招き入れた。またしてもあの厄災どもを利用してやったのさ!」

 

 

 嗤いながら、そう答えを明かした。

 

 

 「ほら。言わぬが花(・・・・・)、だっただろう?…なにせ、居もしない女王のために、彼女たちはその命を張ったわけだからね!飛んだ笑い話だよ!」

 

 

 彼は心底おかしいと、テーブルに肘を乗せた右手で顔を覆った。

 

 

 「殴りたいかい?彼女たちを代弁して、一発くらいなら許してやってもいいよ、立香」

 

 彼は挑発した笑顔を向ける。

 

 

 「…そうかな。俺はそうは思わなかったけど。」

 

 

 

 「──────────、は?」

 

 

 

 「モルガンのふりをして彼女たちを利用した、というのは事実だと思うよ。でもその動機は、本当はカレンと一緒だったんじゃないの?」

 

 

 「………なにを言っているのか、さっぱり意味がわからないね」

 

 

 「ようするにさ、君は彼女たちにも、"報酬をあげたかった" んじゃないの? …自分の計画を達成するために犠牲になった、厄災(かのじょ)たちに、一緒に夏を楽しんでもらおうと思って」

 

 

 あなたのその言葉で、

 彼はしらけた表情へと変わる。

 

 

 「……馬鹿には何を言っても、意味がなさそうだね。そのおめでたい思考回路は、一生かけても治せないと思うよ」

 

 

 彼の言葉はトゲだらけだが、今言ったあなたの言葉を、最後まで否定(・・)はしなかった。

 

 

 

 「──────じゃあ、これで最後。

 どうしてあの少女に、ここまでのことをしてあげたの?」

 

 

 カレンに協力した理由は理解できた。

 けれど、何もここまで尽力する必要はなかったはずだ。

 

 邪神の存在が特異点に絡んでいると判明したからといって、彼にはわたしたちを助ける義理はないはずなのだ。

 むしろ、邪神に協力さえしていれば、彼は本当の自分の目的(・・・・・)を達成することだってできただろう。

 

 

 「はぁ……君()そんなわかりきったことを聞くのかい? どうしてこうも似た者同士なんだ、君たちは」

 

 

 彼は遠くの星空を見据えながら、ため息をつく。

 

 

 

 「その理由や経緯はどうあれ、

 彼女は、あの少女の名(・・・・・・)を羽織った。」

 

 

 

 妖精王は、不敵に笑って。

 

 

 

 「──────であれば。

 妖精王オベロン(・・・・・・・)が、その全霊をもって手を尽くすのは、至極 当然(・・)のことだろ」

 

 

 

 その答えを口にした。

 

 

 

 「──────そっか。」

 

 それは確かに。

 わかりきったことであった。

 

 

 「これで満足したかい?………なら、最後に一つだけ伝えておこう」

 

 

 「ん、なに?」

 

 

 「以前、君には "朝のひばり" も "夜のとばり" も、まだ不要だと伝えたけどね。ひとつ付け足しておこう。──────夏のひでり(・・・・・)だけは、よく覚えておくことだ。なにせ、毎年忘れていたら、目障り極まりないだろ?」

 

 

 その言葉に頷いて、わたしが(・・・・)羽織った(・・・・)あなたの魂(・・・・・)は、この転寝(うたたね)から目覚めていく。

 

 

 

 「──────マジかよ。こいつは驚いた。よりにもよって、最後に羽織ったのは()かい?なんの当てつけだよ、まったく。」

 

 

 彼は驚きのあまり、呆れ返っていた。

 

 

 「ええ。ですが、お礼(・・)をすると言いましたから」

 

 まっすぐに彼を見つめて、そう伝える。

 

 

 「………………お礼? これが?」

 

 

 「はい。だって、あなたも頑張っていた(・・・・・・)。ずっと一人で戦っていた。それを誰にも知ってもらえずに終わるなんて、そんなの悲しいじゃないですか」

 

 この夏の夢は、彼がいなければ始まらなかったことであり、そして彼がいなければ、終われなかったことでもあるのだ。

 

 

 「はっ、最後の最後は、(ウソ)をついてなかったのか」

 

 

 彼はそう言って、苦笑する。

 

 

 「それと、ずっと言いそびれていたことがありましたから。……ありがとう、わたしの魔術の師匠になってくれて。そして、さようなら(・・・・・)

 

 

 

 その嘘偽りのない、わたしの言葉を聞いて、

 

 

 「───────ああ。道理で気づいたわけだ。……ホントに。擬態の魔術だけは、教えるんじゃなかったよ」

 

 

 

 妖精王は、別れの言葉代わりに手をあげて、

 仄かに微笑んだまま、光となって溶けていった。

 

 

 

 やがてこの楽園の、最後の残滓(ウェールズ)も消えていく。

 

 

 

 

 

 こうして──────、

 星を追った少年少女たちの(はなし)は、

 瞬きの夏の光とともに、眠りにつくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 /『Yonder Love』-了-

 

 

 

 『真夏の夢と南の島の一等星』-完-

 




 
 
 
 
 まずは、ここまでの長文作品を最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。この物語が、あなたの胸を温かくしてくれたのなら、書き手としてこれ以上の幸福はございません。本当にありがとうございました。
 
 
 
 さて。ここからは最後の補足説明をしていこうかと思うんですけど、正直 この余韻を残したいから蛇足じゃない?と思っている作者である。
 それでも知りたい、という方のために書き残しておきます。興味がございましたら、こちらもお読みいただけると幸いです。
 
 
 
 まずはじめに、この作品を書こうと思った作者の個人的な動機ですが、ぶっちゃけ物語中のカレンの感情と同じなのです。
 FGO第二部 第六章の物語、あの結末に見合うだけの報酬を、彼女に与えてあげたかったのです。
 きっかけは本当にそんな些細なことで、そこからぶわぁとこういう話が見たい!という気持ちのままに形にした作品になりました。
 
 
 ・プリテンダー アルトリア・ティターニア
 
 この物語のヒロイン。聖剣の騎士となった、楽園の妖精の残滓です。物語内で語られたことが彼女のすべてですので、特別補足することもないのですが、FGO第二部第六章の本編中の"なんでもない女の子"としての彼女ではなく、その後 聖剣の騎士となった故に残された"なんでもない女の子だった少女"を描きました。
 
 彼女の "楽園の妖精" としての力を一条の星にして放つ宝具『彼方にとどく春の星(サザン・アロー・スピカ)』ですが、その口上はオベロンの『彼方とおちる夢の瞳(ライ・ライク・ヴォーティガーン)』と対になっています。
 ちなみになぜ夏ではなくて、春なのかといいますと、彼女自体が "春の記憶" を形にした存在だからです。なので、春の南東に見えるおとめ座(・・・・)の一等星 "スピカ" の名を冠しています。この宝具名でいうと「彼方」の方が、夏を指していたりします。
 また、口上にあった「茜渡(かわたれ)」という言葉ですが、これは朝焼けを示す言葉 "かわたれ" に、作者が当て字をした言葉ですので、「茜渡」という言葉は調べても存在しないよ!
 夕方を意味する「黄昏(たそがれ)」の対義語として使いたかったのです。
 
 
 ・正義の味方
 
 唐突に乱入したキザな真っ黒くろすけ。本来はあのような介入はできませんが、カレンとの縁、そしてかつて依代(よりしろ)にしていた青年の身体がすぐ側にあったことで、このような例外が発生しました。元々 存在自体がイレギュラーなので仕方ないね、このロックスター。
 詳しいことは、Fate/hollow ataraxiaを是非プレイしていただけると幸いです。
 ちなみに、物語中で助太刀をした動機に「オレ以外の悪魔があの女を味わうとかありえねぇ」と言っていましたが、"でもカレンって今アムール神の疑似サーヴァントだよね?それは許すの?"ってなった人もいるかと存じますが、まぁ彼なら「はじめから女神みてぇな女だしな」と考えてそうですしね。…ただし邪神、テメェはだめだ。
 
 
 ・妖精王
 
 もう一人の功労者。この特異点に夢の力を施していた張本人です。末節で語られていた内容が彼の立ち回りの動機であり、経緯でした。
 ちなみにこの物語には、全部で三つ(・・)の幕間が存在するのですが、一つ目が第四節の締め「裏方ジェーン」、二つ目が第七節の冒頭「世に厄災の花が咲くなり」、そして三つ目が今回の末節「Yonder Love」でした。
 これらは、いずれもオベロンが主体として登場している話なのです。なので是非読み返して見ていただけると、なるほどとなる話になっていると思います。
 
 また、末節の「Yonder Love」で彼と会話をしていた人物は、"藤丸 立香の魂を羽織ったアルトリア" になります。ですので、あの場にいたのは、藤丸 立香とアルトリアの両方です。
 彼女はオベロンの活躍を多くの人にも知ってもらうために、瞬きの夢として藤丸 立香にもあの場に来てもらいました。彼ならその記録を残せますからね。
 ちなみに、魂を羽織るなんてそんな荒技できんの!?となりましょうが、契約(・・)は済ませましたし、本人が了承すれば "可能である" ということでひとつ。ここでいう了承とは、読み手のあなた(・・・)が、その続きを読み進めるか否かという意味合いです。
 そして、「契約なんていつした?」ともなりましょうが、さぁ、どこでしょうか。心を通わす(・・・・・)ようなことを、終盤に彼女と彼は交わしましたよね?
 
 
 あとは、小話として挙げると、この物語の節タイトルたちですが、実は日本のロックバンド「サザンオールスターズ」のアルバム名をパロったものでした。幕間として存在していた三つの話も同じくそうです。気づいた方がいたらすごい!
 ちなみになんでそうしたのかと言うと、純粋に作者の中で「夏」を思い浮かべた時に最初に流れたのがそのバンドの曲だったのです。おっ、世代バレか?
 そして実は、その彼らのオリジナルアルバムの中で、パロっていないタイトルがあと三つ(・・)残っていまして、それぞれ常夏騎士たち三人の視点のサブエピソードとして構想してはいたのですが、まーた長くなるよ…コイツ…となったので、やめておきました。
 もし要望がございましたら、書くかもしれません。
 
 
 
 といった感じで、長々とした補足説明も今回で最後となりました。ここまでお読みくださった方は本当にすごい!感謝しかないです!
 もしも感想をくだされば、それだけで作者は大変喜びます。改めまして、本当にここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。
 
 またいつかご縁があれば、
 文章を通してお会いしましょう。
 
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