龍驤は帰還してきた機体を見て、少なからぬ動揺を感じた。右翼の半分を吹き飛ばされた機体をどうにか持たせて着艦フックに引っ掛ける機体もあれば、今にも止まりそうなエンジンをあやしながら着艦する機体もある。だが、途中で力尽きたかのように着艦する前に海面に落ちる機もいた。どの機体も弾痕を数多く留めている。今までで一度も目にしたことがないほどの激闘の後だ。
「……どうする」
龍驤は思わずつぶやいた。
彼らの練度は決して低くはない、いや高い。そんな彼らが苦戦するほどの敵が出てきたということだ。さきほどの無線を聞く限り、制空権を確保することは難しいだろう。さらに言えば悪天候のせいで敵の全容がつかみ切れていない。敵の艦載機がいるということは敵戦艦を含む部隊のほかに敵の機動部隊がいるということだ。
「二次攻撃は中止。撤退する」
角田が迷うことなく言った。
「……せやな」
命があれば、どうにでもなる。今回の作戦はあまりにも不明な点が多い。敵の状況をつかまずに突っ込むのは勇猛なのではなく、蛮勇だ。
「敵機直上!急降下!」
艦橋脇で見張りを行っていた妖精が叫んだ。敵機は四機。龍驤は考える前に叫んだ。
「取り舵一杯!」
舵をいっぱいに切るが、舵が効き始めるまで時間がかかる。
その間に敵機が突っ込んでくる。周囲の護衛の駆逐艦が対空砲火を撃ち始めた。敵機の周囲に黒い黒煙が花を咲かせるが、敵機から煙が上がることはない。ダイブブレーキ特有の甲高い音が響き始めた。
投弾
五〇〇キロ爆弾が四発一斉に切り離された。敵機は瞬く間に機体を引き起こす。その直後、一機が火を噴き上げ、落とされた。
舵が効き始めた。龍驤の船体は素早く左へと回頭を始めた。
「舵戻せ!」
投弾方向を見極め、次なる指示を叫んだ。
最初は豆粒程度だった爆弾が見る見る大きくなってくる。
やがて龍驤の周囲に水柱が林立した。うち一本は艦橋から手が届きそうな位置である。
「危なかった……」
どうにか全弾を回避した。敵艦爆が来たということは、既にこちらの位置は特定済みということだ。しかも、電探に反応はなかった。ということは敵の艦載機を目視で発見するしかない。
「対空見張りを厳となせ。現在待機中の直掩機と偵察機を発艦」
角田が言った。
「長官!まさか敵機動部隊とやりあうんか!」
龍驤は叫んだ。
「見つかった以上、敵は見逃しはしまい。やるか、やられるかだ」
角田の目は今までにないほど鋭かった。
「で、俺らは直掩に上がったって訳だな」
梟はつまらなさそうに無線へ呟いた。母艦にようやくたどり着いたと思えば弾薬と燃料を補給し、すぐに上がれと命令が下ったのだ。詳しくは上空で聞けと言われたため、言われるがまま上空で待機していると蝙蝠から無線が入った。自分の配置は艦隊の直上。味方の最後の砦だ。
『敵は電探に映らない新鋭機だ。自分の目だけが頼りだぞ。十分注意しろ』
『おい、新鋭機ってことは報酬も弾むんだろうな?』
鷹が尋ねる。
『無論だ。母艦が無事ならば、な』
『それならお財布のために守るとするかね』
鷹が面倒くさそうに言った。
『こちら燕一。敵編隊を視認。数は四〇。迎撃を開始する』
ついに艦隊の周囲にいた直掩機が接敵したのだ。
『蝙蝠了解。敵編隊は艦隊の一〇時方向から接近してきている。周囲の直掩機は注意せよ』
「突破されるな……」
敵の数と味方の機数を勘定しながら梟は呟いた。敵編隊の一〇機程度が護衛とすれば、味方の直掩は戦闘機を剥がすので精一杯だろう。
となれば、敵の攻撃隊のほとんどは無傷のまま艦隊上空に到達することになる。
『蝙蝠より各機。高度を五〇〇〇とせよ』
梟たち直掩機は直ちに機首を上げ、高度を上げ始めた。
高度計が五〇〇〇になった瞬間、視界の下で黒点がポツポツと見え始めた。
「見えた」
操縦かんを素早く斜め傾けて、スロットルを突っ込んだ。見る見る機体の速度が上昇していく。
黒点が一気に膨れ上がり、深海棲艦特有の機体をなし始めた。
先頭の一機に狙いをつけて両翼の二〇ミリ機関銃を放った。狙われた機体は体を穴だらけにして瞬く間に炎を噴き上げ、落ちていく。
敵編隊も狙われていることに気付いたのかばらばらに散らばっていく。と言えど味方艦隊との距離が近い。すぐに敵を仕留めないと艦隊に張り付かれれば、手の出しようがない。
機体を引き上げながら次の機体に狙いを付けた。高度を落とし始めた敵艦攻だ。敵が標準機一杯に膨れ上がったところで二〇ミリ機銃の引き金を引いた。太い曳光弾の柱が敵機に吸い込まれていき、バラバラに切り裂いていく。
力尽きた敵艦攻を見ながら、高度を上げていた敵艦爆に目を付けた。既に味方に攻撃を食らったのか、少し黒煙を上げている。
そろそろか。
そう考えた直後、反射的に操縦桿を右に倒した。機体が右に傾いた直後、機体の左側を太い曳光弾の束が駆け抜けていった。
その曳光弾を追いかけるように敵戦闘機が前へ飛び出していった。新型機ではない、梟も見慣れた深海棲艦の戦闘機だが、青く光っている。敵の精鋭だ。
「ちっ!」
時間がない。梟は心の中で呟いた。