梟は直ちに敵機を追うため、スロットルを突っ込む。鋼鉄の心臓が咆哮を上げて、機体を加速させていった。しかし、敵機のほうが速度は優勢で距離を引き離されていく。ある程度離れたところで、敵機が旋回に入った。梟の横から食らいつくような格好だ。
操縦桿を上に引き上げ、ループで躱す。しかし、敵はそれを読んでいたのか、途中で機首を上げて後ろから食らいついていく。
一筋縄ではいかんか。
梟は口の中で呟いた。引いていた操縦桿を右へと倒し、右のフットバーを踏み込む。機体は右に捻りこまれるように旋回していく。
今まで後ろについていた敵機が視界へと入り込んでくる。明らかに焦っている様子だ。
速度を出して逃げようにも、梟の機首が敵機を捉えるほうが早かった。
重い連射音が機体に響き渡り、敵めがけて進んでいく。機銃弾は僅かながらに敵を掠め、空中へと消えていく。
敵機はすぐさま機体を捻り、急降下を開始した。ダイブ性能では敵にかなわない。
どうせ追いつけない敵機を追うくらいなら、敵の攻撃隊を攻撃するのが先決だ。
梟はすぐさま敵の攻撃隊を探した。
そのとき、体が動いた。
操縦桿を右に倒し、機体を傾け右旋回を始めた。直後機体の左側を真っ赤な火箭が貫いた。それに追いすがるように敵の戦闘機の一機が真上から突っ込んできた。
一瞬だけだったが、機影に違和感を覚えた。形は見慣れた深海棲艦の機体で間違いない。だが、何かが違う。
敵機に追いすがるべく機首を敵機へと向けたとき、梟はあっと声が漏れた。
敵機の右翼側が真っ赤に染まっている。
深海棲艦は機体に塗装などはしない。時折キルマークが書かれた機体も見受けるが、せいぜいその程度だ。しかし、この機体は明らかに違う。それはどこか人間臭さを感じる反面、従来の深海棲艦では見られなかった行動だ。
梟は燃料スロットルを突っ込み、機体を加速させた。相手はすでに機体を引き上げ始め、ループ軌道へと入りつつあった。
梟の背後を取るための機動だ。それならばと機体をあえて直進させて背後を取らせる。
相手の速度が上がっていき徐々に距離を詰め始める。
そろそろか。
梟の主翼が跳ね上げ、バレルロールのためフットバーを踏み込もうとした瞬間であった。
まずい
体が先に動きロール軌道を止め、そのままピッチをかけた。直後、敵機が速力を落として追従してきた。
あのままバレルロールをかけていれば、速力差で距離を詰められたうえ、撃墜されていただろう。ここまで来て梟は敵機がエースであることを確信した。通常深海棲艦の艦載機は色や形状で判断されることが多い。しかしごくまれに色や形状だけでは判断できないタイプの機体がいる。俗に言われる特異体と言われる奴だ。そいつらは一見では分からないが、独特な塗装をしていることが多く、機体の動きがほかの深海棲艦の機体とは一線を画す。
最悪としか言いようがない敵機の登場に梟は、すぐさま作戦を考えこむ。このまままともにやりあえば、苦戦するどころか、落とされかねない。落とされれば、今までの稼ぎが飛ぶ。傭兵としては悪夢だ。
周囲に味方がいないかを見回すが、背中を任せられそうな味方はいない。味方は血眼になって攻撃機を撃墜している。
『梟より各機、敵のエースが現れた』
無線でダメもとで連絡を取ってみる。まともな傭兵なら、これで寄ってくる奴はいないだろう。
『お、小鳥の鳴き声聞こえるのは、ここらへんかな』
そう、まともな傭兵なら。
ここはガルム。まともな奴などいない。
無線からだみ声が聞こえてきたと思えば、上空から一機の零戦が突っ込んできた。
敵機はすぐさま機体を横に滑らせ、逃げる。
『助かったぜ、鷹』
『帰ったら今回の出撃のメンテ代、お前もちな』
梟からの礼に対して、そう返した。
『そいつを落としたらやるよ』
『かーっ!釣れないね!』
鷹の機体はすぐさま敵機に食らいつこうとするが、敵機の動きのほうが早い。すぐさま機体を反転させ、急速に戦闘空域からの離脱を始めた。
梟は燃料の残量見るともう残りわずかだ。いくら直掩とはいえ、長時間の間、戦闘機動を繰り返したのだ。しかも梟の機体は通常の零戦とは違い、航続距離を犠牲に防弾性能や通信設備を搭載しているため、航続距離が短い。
『蝙蝠より各機、敵編隊が撤退を始めた。狩の時間は終わりだ』
気づけば母艦周辺の戦闘も収束していたらしい。梟はどっと疲れを感じながら操縦桿を母艦へと向けた。