「艦隊が増強される?」
梟は蝙蝠の言葉に驚いた。
「ああ。最近の活躍がめざましいからだろう」
「とは言っても、新しく来る奴らはうちの艦隊に耐えられるのか?」
耐えられるというのはキツいという意味ではない。むしろ第六六艦隊はダントツに緩い。何せ傭兵という階級を持たぬ者達と出世を断たれた者達が集まる艦隊だ。そんな場所に普通の海軍の感覚を持つ集団が来たら苦労するだけではないか。
梟はそれを危惧している。
「本当それだよな」
蝙蝠も思わずそれを言った。
上空を二機の零戦が通過していく。模擬空戦を行っているのだろう。一機が完全にもう一機の後方に回り込んでおり、なかなかふりほどける様子がない。
「お、あれは鷹の機体じゃねぇか」
「相変わらず良い性格してやがる」
後方の一機はそのまま加速し、射程圏内に入ろうかという瞬間、不意に前の機体が機首を上に向けループに入る。
後方の一機は逃がさんとばかりに追いすがるが、不意に機体が失速し、急激に旋回角を強めていく。
「左捻り込み」
零戦の代名詞とも言える大技を決めた瞬間だ。
後方の機体は大急ぎで逃れようとするが完全に張り付かれる。そしてそのまま撃墜判定を下された。
後方の機体こそ傭兵部隊で最も撃墜数を重ねている妖精「鷹」の機体だ。
梟も傭兵部隊では上位に食い込む戦闘機乗りだが、鷹にだけは勝てた試しがなかった。
「お、降りてくるぞ」
二機が龍驤目掛けて降下してくる。まず撃墜判定を受けた機体はそのまま着艦を終え、収容されていく。
鷹の機体が着艦体勢に入った。まっすぐ甲板目掛けて降下していき、ドスンと言う低い音共に三点着陸を決める。
機体が停止した直後、妖精が中から飛び出してきた。
「ったく。最近の若い奴は飛び方もなっとらんのかい」
見た目はかわいらしいくせにだみ声。ギャップ萌えどころかどん引きするような雰囲気を醸し出す彼こそ鷹だ。
「おい、わけぇの後で俺の部屋に来い!」
「は、はい!」
練習相手となった妖精は完全に萎縮しながら、返事をした。
「おい、鷹!」
「お、蝙蝠と梟じゃねぇか!」
二人に気づくと鷹は笑顔を浮かべながら寄ってきた。
「おい、梟。最近訓練に付き合ってくれねぇじゃねぇか、え?」
「いや、お前、いつも俺を遊ぶだけ遊んで最後に奇麗に勝ちだけ持ってくだろ」
「それの何が悪い?」
「艦隊の噂になるから嫌なんだよ!」
実際、彼らの空戦は賭けの対象になっており、現在梟に賭けた場合、一〇〇倍となっているほど熱い話題なのだ。
「そんなことより新人いびりはやめてやれよ」
「いや、あいつが最近調子乗ってるらしくてよ。それでまあ上下関係ってやつを分からせただけよ」
そう言って鷹は豪快に笑った。実際、傭兵の中には自分の腕に自信を持っている者も多く、後から入ってきても全く命令に従わない者も少なくない。
そう言った新人にお灸を据えるのが鷹の役目でもあった。
「全く……」
梟は半ば呆れながらもそれ以上追求するのを止めた。実際、鷹の行動によって第六六艦隊内の上下関係ははっきりしている。
「そういえば聞いたか?何でも艦隊が増強されるらしいぜ」
「そうなんか?まあ別に増強されたところで俺より強いやつはいるのかねぇ」
蝙蝠の言葉に鷹は呟く。
「空母は配属されるとは聞いたことがないからな」
「なら興味はねぇな」
そう言って彼は興味を無くしたようにその場を去って行った。
「その配属される艦ってのはどんなもんなんだ?」
「何でも駆逐隊らしいぜ。しかも曰く付きのな……」
「ふふふ~ん♪」
はやりの曲を歌いながら海上を駆ける一隻の駆逐艦がいる。船体は日本海軍特有の優美な傾斜が、海面を割きながら白波を蹴立てていく。
船首に立つ艦娘は大きめのセーラー服を身にまとい、首からはこれまた大きめの双眼鏡、口元には伝声管を付けている。彼女の名は「雪風」。幸運艦として名を馳せた武勲艦である。しかし、彼女には別の名前がある。
「死神」
彼女は深海棲艦との戦争の初期から参戦している。今より遙かに過酷で厳しい戦場も生き残り戦い抜いてきた。彼女のみが生き残りながら……。
その彼女に付き従う駆逐艦は雪風と似ていて快活そうな駆逐艦である。白色の髪を風にたなびかせはしゃいでいる艦娘は「夕立」。
彼女は無邪気な見た目とは裏腹に単艦でいくつもの敵艦船を撃沈破してきた海の猟犬。その戦いから付けられた別名は「ソロモンの悪夢」。
そして最後、見た目はつんとした雰囲気を醸し出し、美しい銀髪を海面になびかせる艦娘。駆逐艦「叢雲」、それが彼女の名だった。
彼女は他の二隻とは違い、華々しい戦績も武勲もない。ただ実直に任務を完遂してきた普通の駆逐艦。
これら三隻の駆逐艦が今回増強部隊として派遣された駆逐艦だった。
元々古賀は、さらに強力な一個戦隊程度を派遣する予定であったが、軍令部の了承を得られず、やむなくこの三隻になった。
とは言っても夕立と雪風に関してはいずれも一個駆逐隊に匹敵する実力を持っていると言われており、古賀も軍令部の首を振らせるために苦労した。
ここで一つの疑問が浮かび上がる。叢雲の存在だ。
彼女は先ほど述べたように戦績がない。本来なら増強部隊としてこの二隻に加えるにはおかしな駆逐艦だ。しかし、古賀はこの駆逐艦を増強に加えた。
この不思議な駆逐艦の存在は誰もが疑問に思っていた。おそらく本人の叢雲でさえ、疑問に思っただろう。しかし、叢雲の存在こそが後の歴史に大きな影響を与えることになる。
後の歴史家達は古賀がこの時点で叢雲の能力を見抜いていたとも言われ、その先見の明に誰もが絶賛した。
最強の駆逐艦「円卓の鬼神」を見抜いた古賀の目を。