第六六艦隊にいる妖精は訳ありな者が多い。酒のトラブルで懲罰歴が何回もある者、窃盗を何度も繰り返した者、あるいは借金が多すぎて首が回らなくなった者。問題児だが、辞めさせるには惜しい。そんな妖精が多いのだ。だが、ごくまれに野良で生まれてしまい、行く先がなく、金のためにこの艦隊に来た者もいる。『梟』もその一人だ。
「なあ、梟。お前、この戦争が終わったらどうする?」
蝙蝠がタバコを吸いながら尋ねた。
「なんだ、いきなり」
梟は訝し気に問う。
「いや、何となくな」
「そもそも戦争が終わったら俺らはどうなるのかな」
「さあな……」
梟はつまらなさそうに言った。
上空を二機の零戦が演習を行っている。どちらも第六六艦隊では中堅どころの腕を持つパイロットだ。彼らも例にもれず、海軍内で喧嘩沙汰が多く、第六六艦隊に飛ばされてきた妖精であった。
彼らが描く飛行機雲を見ながら、梟は手でもてあそんでいたライターを胸ポケットにしまう。
「もし……」
蝙蝠が紫煙を吐きながら、話し出す。
「もし、この戦争の後も生きていられるなら、世界を旅してみたいな。南アメリカのアマゾンやアフリカの砂漠の上を飛んでみたい。自由で平和な空を……」
「そうか……」
「戦わなくていい大空。どんなに素晴らしいんだろうな」
梟は小さく頷いた。いつの間にか梟の見ていた飛行機雲は消えていた。
「次の作戦を説明する。目標はアッツ・キスカ島」
龍驤が黒板に張り出された地図を指しながら言った。
「我々はこの地にいる深海棲艦陸上部隊を撃滅。北からの脅威を取り除くことが目的や」
その言葉に方々からざわめきが上がった。北方の脅威と言っても、攻撃が来たことはほぼなく、大艦隊が停泊できるような泊地も存在しない戦略的な旨味はない場所だ。そのような場所になぜ我々が行かねばならないのか。誰もが疑問を感じた。
「疑問に思うかもしれんが、今回の任務は以上や。各員、十分に休息し、明朝の作戦開始に備えること。以上」
龍驤は押さえ込むように言った。
「なあ、この作戦の意図は何だと思う?」
蝙蝠の言葉に梟は首をかしげながら言う。
「分からん。囮なら囮とはっきり言うはずだ。それを言わないのが不気味だな」
「だが、任務とありゃ飛ぶのが俺たちだぜ」
鷹が首を回しながら言った。
「ま、飛べば分かるか」
梟は呟いた。
「しかし、まあこの前、配属された艦娘たち。なかなか腕の立つ奴らだな。この前の訓練中、演習相手の艦隊めがけて単艦で突撃かけて全艦撃沈判定を出したらしいぜ」
鷹の言葉に誰かが後ろで答えた。
「おそらくそいつは『ソロモンの悪夢』やな」
「姉御……」
見るとそこには龍驤が立っていた。
「奴さんの腕は艦娘でもぴか一や。夜戦に持ち込めば、戦艦といえど無傷では済まないわな」
「あの娘っ子を見る限り普通の艦娘です。なんでこの艦隊へ?」
そう。ここは「ガルム」。まともな奴は一人もいない。確かに彼女の戦い方は異常だが、圧倒的な戦力であり、性格も普通。海軍中央が手放す意味がないのだ。
「まあ、あの娘にもいろいろあるんや。そんなことより早よ、機体の整備せいや」
龍驤は軽く受け流して言った。彼らの機体は整備兵が整備してくれることもあるが、自分たちで整備したほうが安上がりであるし、機体の調整もしやすい。そういった背景から基本的には自分たちで整備することが多いのだ。
「了解ですっと」
そう言って梟たちはそれぞれの機体の整備へと向かった。
「そう、いろいろあるんや……」
小さくつぶやいた龍驤の言葉は艦内の喧騒に溶け込んでいった。