「砲撃、始めっぽい!」
夕立の言葉とともに二基の一二・七センチ連装砲が火を噴いた。豆鉄砲とも称される主砲だが、夕立にとっては頼りになる兵装の一つだ。
目標は敵二番艦の重巡洋艦だ。
運が悪いっぽい……
夕立は内心呟いた。雪風、睦月型駆逐艦三日月と共に対潜作戦に従事していたところを重巡洋艦二隻を中心とする六隻の深海棲艦の艦隊と出くわしてしまったのだ。どの艦も電探を装備していたもののキスカ島の島陰にいたのか探知できていなかったのだ。全艦搭載しているのはMark37GFCSだ。夕立も着任早々、これを配備されたときは目を白黒させたものだ。何せ正規の海軍ですらこれを装備している艦は限られている。それを着任間もない駆逐艦に装備する艦隊は聞いたことがない。
「後で、請求するからその分だけ成果を出しなさい」
これを持ってきた人間から言われた言葉だ。確かに普通であれば請求という概念はない。装備は支給されるものだ。しかし、ここは第六六艦隊。装備は支給ではなく、購入。現金なものだが、自分の命を金で買えると思えば安いものだ。
これを配備して以降、夕立の戦果は目に見えて上がり始めた。元々、戦果は挙げているほうだが、命中率がさらに向上。高かった火力に命中率が加われば、敵なしだ。
とは言えど、火力が全く違う重巡洋艦相手ともなれば、楽な戦いではない。
送られてくる諸元に合わせて、主砲が旋回、次から次へと砲弾を撃ちだしていく。音速の三倍の速さで打ち出される砲弾は敵重巡めがけて飛翔していく。
「敵艦発砲!」
見張り妖精が叫んだ。夕立を先頭に雪風、三日月の順で単縦陣を組んで突撃を行っている現在、最も狙われやすいのは夕立だ。
「取り舵一杯!」
夕立は操舵を担当している妖精に叫んだ。
すぐさま左に艦が回頭していく。夕立一隻であれば、このまま敵艦隊めがけて突っ込み、魚雷を打ち込むのだが、後方に雪風と三日月がいる。勝手な真似をすれば彼女たちを危険にさらすこととなるのだ。
敵艦との距離を測りながら頭の中で魚雷発射のタイミングを計る。できれば五〇〇〇メートルまで接近してから撃ちたい。現在の距離は七〇〇〇メートル。射程内ではあるが、距離は遠い。
お互いに超至近距離で出会ったせいか、最初こそ見られた混乱だが、瞬く間にその混乱を立て直し、交戦を始めている。この敵を率いている深海棲艦もただ者ではない。夕立の直感がそう呟いていた。
ならばいっそ……。
「敵部隊、一斉に変針、二〇〇!本隊から離脱の進路を取りました!」
リ級フラッグシップに見張りから報告があげられる。
「敵は魚雷を発射した模様!針路二七〇!」
すぐさま五隻の麾下の深海棲艦に指示を出した。
敵で恐れるべきは魚雷のみであり、それさえ躱してしまえば、砲撃能力に勝るこちらが有利だ。
「目標変更、敵三番艦」
逃がすまいと八インチ三連装砲が火を噴く。その反動は武者震いのように船体を揺らす。
直後、飛翔してきた雪風の一二・七センチ砲弾が直撃した。艦の前部に命中し、錨鎖を吹き飛ばす。しかし、被害はそれだけで、戦闘航行に一切支障はない。駆逐艦如きの主砲でどうということはない。それを示すかのように次から次へと六インチ連装速射砲が火を噴く。
そのうちの一発が敵三番艦を捉えた。命中の瞬間、黒々とした何かが吹き飛ばされるのが見えた。
「次より斉射に移行」
言葉に興奮はない。その声は冷静にも冷酷にも聞こえた。
「魚雷到達時刻です!」
この瞬間、深海棲艦の中で緊張が走った。酸素魚雷は目で発見することは非常に難しい。しかし、一向に何も起きない。
全艦が回避に成功したのだろう。
「敵艦隊、変針二五〇!」
「逃がしはしない。艦隊進路二五〇!」
魚雷の危険が去った以上は敵艦にとどめを刺すだけだ。並走するように針路を切る判断をする。
艦の変針が終わるまで主砲と速射砲が沈黙する。数千メートル先にいる敵艦に転舵しながら命中させることは至難の業だ。
「回頭終了!」
「砲撃はじめ!」
待ってましたと言わんばかりに各砲が火を噴く。
今度こそ終わらせる。そう考えた直後のことだった。
右舷中央部に黒々とした水柱が吹き上がったと同時に撃痛が走る。
「何……!」
何が起きた。そう叫ぼうとしたが次の言葉が出てこなかった。前部二番主砲の真横に水柱が吹き上がったのだ。それと同時に敵艦にめがけて放たれるはずだった大量の装薬が引火。リ級の船体を真っ二つに叩き割ったのだ。
彼女は自分の身に何が起きたのかを知る時間すらなく、海の中へと消えていった。
同様の事態が深海棲艦の各艦で一斉に発生。轟沈は免れたものの、戦闘航行が不能になったものが二隻と戦力が一瞬で半減。深海棲艦は大混乱に陥った。