月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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衣遠兄様と駿我さんに、只々狂って欲しい人生でした。
それと、ルナ様やりそなにも(小声)


Prologue
Prologue1 屋根裏部屋のラプンツェル


 塔の上には、髪の長いお姫様が居る。

 彼女は王子様と結ばれ、子供を産んだ。

 ――古い、お伽噺の一つだ。

 

 

 

 

 

『朝日さん、5歳にもなってこんな問題も解けないのですか。

 貴方の無能は、貴方のお母さんの血が劣っているという証明になりますよ』

 

『貴方の母上と同じ過ちを犯さないように、賢く育たなくては行けないのです。

 それが出来ないなら、貴方は母上とお別れする必要があります』

 

『さあ、早く立ち上がりなさい。

 貴方の痛みなど、奥さまが受けた痛みより遥かに小さいものです』

 

 

 

 小さな頃、私はよく泣いていました。

 沢山の家庭教師の人、その人達は優秀でそんな人達が毎日を私の為に時間を割いてくれている。

 私を間違えない、優秀な人間にしてくれるために。

 ただ、お母さまの悪口を言われるのだけは泣いてしまいそうになった。

 だから、夜の屋根裏部屋で、お母さまの胸に埋もれながら小さく溢した。

 

『お母さま、お母さまが悪く言われると辛いです』

 

 そう告げると、優しく歌われていたアイルランドの子守唄が途切れる。

 代わりに、ギュッと私を抱きしめる力が苦しい程に強くなった。

 

『お母さん、悪いことをしてしまったの。

 だから、お母さんが悪く言われるのは仕方ないことなのよ。

 でも、その苦労をあなたに背負わせてしまって、ごめんね……』

 

 お母さまはとても優しい人。

 その胸に抱かれて、子守唄を聞くのが何より好きだった。

 辛いことも、お母さまに抱きしめられて報告すると何とか我慢ができた。

 

 本当は辛くて、凄く逃げ出したい毎日。

 けれど、お母さまと離れ離れになりたくなくて何とか頑張れた。

 お母さまと、お母さまの言葉を頼りに。

 

 ――あの人達は、あなたを厳しさに負けない立派な大人にしてあげたいって思ってるの。

 ――あなたが誰かに尽くせるような、立派な女の子になって欲しいと思ってるの、良かったわね。

 

 本当かどうか、実際のところは懐疑的でした。

 でも、お母様がくれた言葉を大切にしたかったから。

 私はその言葉を信じて、一生懸命に頑張った。

 すると、自然と成果はついてきて、出されていた課題をこなせるようになっていった。

 

 出来ることが増える度に、お母さまの言葉を思い出します。

 厳しさに負けない立派な大人に、家庭教師の先生達がしてくれていると実感が出来たから。

 みんな、私を成長させる為に、心を鬼にしてくれているんだと信じられたのだ。

 

『お母さま、私は誰かの為になれる、立派な大人になります。

 お母さま、産んでくださってありがとうございます』

 

『……ごめんね』

 

 そう言うと、お母さまは悲しそうに微笑んだ。

 私が齢を重ねる程、お母さまは”ごめんね”と言う回数が増えていった。

 成長する毎に激しさを増す教育に、お母さまの胸で弱音を吐くことが多くなっていったから。

 それがお母さまの胸を蝕んでしまったと、今になってそう思う。

 

 

 

『おい、屋根裏のラプンツェルを部屋に戻せ。

 今日はジャンメール伯がいらっしゃるんだぞ、みっともない』

 

『止しなさい、屋根裏のお嬢様には関わるなと言われてるでしょう!』

 

『なんで旦那様も認知したんだか。

 放り出せば、奥さまに睨まれる事もなかっただろうに』

 

 周りの大人の人達の声は、公然と聞こえるように発されていた。

 私に教育を施している家庭教師の方々もそう。

 むしろ意味合いを理解していると分かっていて、このお屋敷での私の立場を教育してくださっているのだ。

 

 お母さまは、いわゆる旦那様の愛人という立場でした。

 だから、他の使用人の人達からも空気の様に扱われている。

 お母さまと私は、微妙な立場の人間として、このお屋敷に存在していたのです。

 私が単身での外出が厳しく制限されていたのも、そのためでしょう。

 

 

 お母さまは旦那様に、深い想いを持っていた様には見えなかった。

 しかし、病弱で身寄りがおらず、幸の薄い人であったが故に、それに縋って生きて行かざるを得なかったのだと思っています。

 一方の旦那様は、わざわざ私を認知して、お屋敷に住まわしてくれる程にお母さまに入れ込んでおられました。

 でも、そのことに対して、お母さまは引き目を感じていた。

 だから、別居していらっしゃる奥さまがお屋敷に来る時は、私はずっと部屋にいなくてはいけなかったのです。

 私が奥さまの目に止まったら、その時点で奥さまは私とお母さまをお許しにならないでしょうから。

 

 

 ――だから、それは必然だったのかもしれない。

 

 

『ごめんね朝日、お願いがあるの』

 

 ある日、お母さまは頬を赤く腫らせて、私に部屋から出ないようにと伝えてきた。

 何故なら、奥さまがお屋敷にいらっしゃってるから。

 快く頷いた私に、お母さまは涙と抱擁を持って応えた。

 

『いつも不憫な思いをさせて、ごめんね。

 でもね、お母さん朝日だけが生き甲斐なの。

 ずっと側に居させてね』

 

 何度も、ごめんねと抱きしめるのを繰り返して、私とお母さまは約束したのでした。

 でも、その約束を、私は破ってしまったのです。

 

 

 

 舌っ足らずの罵声が、その日は聞こえてくる。

 このお屋敷の、子供の親戚同士の喧嘩だろう。

 いつか、大人達が間に入って仲裁する。

 そう考えて、私はお母さまとの約束を守り、家庭教師の先生に与えられた因数分解と向き合っていた。

 

 でも、何時まで経っても終わる気配がない。

 それどころか、女の子の泣き声まで聞こえる始末。

 何事かと、扉に耳を澄ませると、聞こえてくるのは泣き声と恫喝の2種類。

 

『1ポンドで許してやるから、早く出せよ!』

 

『女のくせに、男に逆らってんじゃねえ!』

 

 男の子達が、泣いている女の子にコーラ一本分の要求をしていた。

 女の子は、日本語で”助けて”と叫び、泣いている。

 

 ――あなたが誰かに尽くせるような、立派な女の子になって欲しいと思ってるの

 

 お母さまの言葉を、私は信じていました、心から。

 だから、約束以上に、それには逆らえなかったのです。

 

 私は部屋を出て、男の子達の前に立ち塞がった。

 女の子を背に、怪訝な目を向ける彼らに私は尋ねた。

 

『失礼致します、如何なさいましたか?』

 

 鼻白んだふうに、私と女の子に目を向ける男の子達。

 泣いている女の子に事情を聞くと、良く分からない言葉を大声で話されて怖くなったそうな。

 彼女は、英語をまだ学んでいないそうでした。

 一方で、彼らは女の子が返事もしないし急に泣きじゃくるし、許せなくなったと言うのが言い分。

 

『女の子を泣かせて良いのは、プロポーズの時だけらしいですよ?』

 

 微笑んで、英国ジョークを試してみると、彼らは苛立ちを強くして。

 どうやら見事に逆効果。

 でも、拳を男の子達が握った瞬間に別の男の子が一人、気がついて叫んだ。

 

『こいつ、屋根裏のラプンツェルだ!

 やべえ、こいつと喋ってたら、ママンが首になっちまう!』

 

 そう叫ぶと、彼らは慌ててこの場を立ち去りました。

 どうやら、彼らはここの従業員の子供だったらしい。

 

『皆さん、用事を思い出されて帰ってしまいました。

 仲良くしたかったのに、残念ですね』

 

 残された女の子に日本語で話しかけると、彼女ははにかんで応えた。

 

『じゃあ、貴方が仲良くして! 貴方が良いの!』

 

 後で知ったことだけれど、この娘の名前は大蔵 里想奈。

 この天使のような微笑みを浮かべている子が、私の腹違いの妹だったのだ。

 

『光栄です、姫』

 

『よろしー、ではジュースを持ってまいれ』

 

 私達は、姫と従者ごっこをして、とても楽しく過ごした。

 同世代の女の子と、こうして遊ぶのは初めてのことだった。

 その他にも、日本のこと、日本人のこと、その国花の桜のこと。

 彼女から、様々な事を教えてもらった。

 そうして、また会おうねと指切りを交わし、私達は別れた。

 ――それが、起こった必然の内容。

 

 

 

 その日、お母さまが部屋に帰っていたのは1時間ほど遅れていた。

 帰ってきた時の足取りは重く、なのに重力を失ったかのように儚かった。

 

『どうして……』

 

 そうして、零れ落ちた言葉は半ば呆然として、けれども熱が吹き出していた。

 

『朝日! どうして約束を破ったの!!』

 

 今までに聞いたことのない、お母様の声量。

 私は驚き、直ぐにごめんなさいと告げて。

 でも、お母様は涙を滴らせながら、再びどうして、と呟いていた。

 

『こんなことになって……あなた、どうするの……。

 こんなに異常な境遇で、女の子なのに……』

 

 ここまで、絶望したお母さまの声は初めてだった。

 そこで、ようやく取り返しのつかないことをしてしまったのだと、気づいたのだった。

 

『女の子が、泣いていました。

 だから助けないといけない、誰かに尽くせる人間になりたいって、そう思っていたから。

 ……約束を破ってしまって、ごめんなさい』

 

 震える声でそう告げると、お母さまは私を更に強く抱きしめた。

 涙が止まらず、考えも纏まらない。

 きっと、そういうことだと分かってしまったから。

 

『――それは、いいことをしたわね、朝日』

 

 ただ、お母さまのその言葉だけが、暖かさを感じさせてくれたものだった。

 

『ごめん、なさい』

 

『謝らないで、朝日。

 貴方は正しいことをしたのよ、胸を張っていいの。

 もう誰かのためになれる、優しい女の子に育っていたのね』

 

 お母さまの抱擁に、私も強く抱きしめ返す。

 お母さまの気配をずっと覚えているために。

 それは、泣きたくなるくらいに柔らかくて暖かかった。

 

 

 

 

 

 その後、奥さまの不興を買ってしまった私は、お母さま譲りの髪を全てバリカンで刈られ、フランスのサヴォワへと送られました。

 いわゆる、日本の風習である剃髪と呼ばれるものだと、お世話になっていた家庭教師の先生が仰っていたもの。

 寺院や宗教的な施設で過ごす時の、日本における決まりごとらしい。

 

 

 ――そうして、現在。

 

 

「朝日、こんなところで何してるの?」

 

「メリルさん、少し……お母さまと実家のことを、思い出していました」

 

 私は、お母さまの匂いがする毛布を被り、崖の谷底を覗いていた。

 こうしていると、底の暗闇から色々なことを思い出せるから。

 

「朝日……もうお母さんには会えないけど、でも忘れないで。

 私も、マザーも、みんなだっている。

 一緒に、頑張ろう?」

 

 今、話しかけてくれているのは、メリル・リンチさん。

 私が預けられたサヴォワの修道院で、1歳年上のお姉さん。

 私のことをとても気にかけてくれている、どこか安心できる気配のする人だ。

 

 その優しい人の言葉に頷いて、私は立ち上がった。

 手を繋がれて、そのまま崖をあとにする。

 お母さま、また会いに参りますと、心のなかで告げて。

 

 ――お母さまが亡くなった。

 

 そう聞いたのはまだ寒い、ここに来て1年もの時間が過ぎ去った日のこと。

 何も告げられることなく、経緯の書かれた手紙と、遺品だけがここに届いてから知ったことだった。




 大蔵邸 マンチェスター館のある一室より


「ちっ、いくら雌犬の子といえ女の身。
 あのワイン蔵などに送れば、脆弱なヤツは死に至るだろう。
 だが、アレが死のうが俺にとって何ら問題はないが……」

 そこまで呟いて、彼は親友の”でも殺しだけは勘弁な”とほざいていた、巫山戯た顔を思い出してしまった。
 美しい、ギリシア彫刻の様な男は、忌々しそうな顔をしながら、携帯のある番号を呼び出す。
 大蔵駿我、着信履歴には、その名前が残っていた。
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