月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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なお、猫の皮を被ってるのは駿我さんの模様。


第12話 黒猫の毛皮を被って

「小倉、駿我さん」

 

 転がす様に口にして、その名前を咀嚼する。

 どこかで聞いた様な、けれども初めて聞くフレーズ。

 不思議と、親しみを覚えられる名前な気がした。

 

「いや、いきなり名前呼びはハードルが高かったかな?」

 

 思案に暮れていると、駿我さんはバツが悪そうに頬を搔いていた。

 私の沈黙を、嫌がっていると思われたのだろうか。

 慌てて、そうではないことを伝える。

 

「いえ、少し考え事をしていました。

 すみません、今後は駿我さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

 そう言うと駿我さんは、探るように私の目を真っ直ぐ見ていた。

 大丈夫ですと、ギュッと両手を握ってアピールすると、彼はまたも目を逸らす。

 

「どうか、されましたか?」

 

「いや、眩しいなと思っただけさ」

 

「眩しい?」

 

「なんでも無い、気にしないでくれ」

 

 駿我さんが何を考えられているのか、私には詳しくは分からない。

 ただ、首を振るこの人の姿は、不快さを感じているということはなさそうで。

 そこに、少しだけ安心感を覚えた。

 

 

 落ち着かれたのか、駿我さんはテーブルの席に着くように促した。

 お互いに椅子に座ったところで(カリンさんは立ったままだった)、駿我さんは言う。

 

「それで、だ。

 急に、こんなところに連れてこられたんだ。

 聞きたいことの一つや二つ、あるだろ?」

 

 それは、私がここに来る間に感じた、どうしてという疑問達のこと。

 私は頷いて、その事を尋ねた。

 今から昔のことに至るまで、様々なことを。

 

「一体何故、私にお声を掛けてくださったのでしょうか?」

 

 まず真っ先に聞いたのは、ここに連れてこられた理由。

 私は、駿我さんという人間のことを知らない。

 だからこそ、助けてもらう理由が分からなかった。

 それこそ、私が大蔵家の人間であるということ以外は。

 

 もし、それが理由だとするならば、私はキッパリと駿我さんのお誘いを断る必要があった。

 私は、これ以上の迷惑を掛けないという理由で、見逃された人間だから。

 それだけは、ハッキリと伝えなければならなかった。

 

「もし、私が大蔵家の人間であるということが理由なら、貴方の好意は受け取れません。

 私は名前こそ大蔵ですが、その事で得られる利益は一つたりともありません。

 私は大蔵家にご迷惑をお掛けした身。

 その私を大蔵家とのパイプにしようとするのなら、ご不興を買うことはあれど益することはございません」

 

 意思を込めて、私は利益を生まない存在であることを伝える。

 駿我さんがそれを期待していたのなら、それを裏切る形となる。

 そうなったら、私はアテもなく彷徨うことになるだろう。

 

 でも、それで良い。

 私を利用することで、お兄様達や駿我さんに迷惑が掛かることなんて無いから。

 だからジッと、私が駿我さんの事を見つめ返した。

 駿我さんを探るためではない。

 私には、こうやって真剣さを伝える事しか出来ないから。

 

 ……駿我さんと視線が交わり、数秒が経過する。

 駿我さんの目は細められていて、見るものによっては蛇にも見えたかもしれない。

 衣遠兄様とは違う類の、絡め取られて全てを曝け出させられるような視線。

 やっぱり、この人は衣遠兄様と同じく傑物なのだと理解する。

 だからこそ、目を逸らさない。

 

 与し易いと思われてはいけない。

 簡単に利用できると思われる訳には行かないから。

 だからこそ、話している相手が対等であると、しっかりと認識をして貰う必要があった。

 

 唯一、私に残されていた意志。

 それはお兄様の道行きを邪魔せず、りそなの家族を壊さないこと。

 何を失っても守らなければと思っているのだから。

 

 空気が僅かに張り詰めて、私は警戒している猫みたいになっていた。

 沈黙は雄弁である。

 意味合いは違えど、この静けさの中では言葉を取り違えて了解してしまいそうになる。

 そんな沈黙を打ち破ったのは、駿我さんの口から出た言葉だった。

 

「……いや、参ったな」

 

 その言葉に、ホッとした気持ちとこれからどうしようという諦観が交わった。

 誰にも迷惑を掛けない代わりに、私は根無し草になる他ないのだから。

 そんな覚悟を決めていると、駿我さんは苦笑していた。

 参ったという言葉を、困ったに言い換えて。

 

「朝日さんには、どうやら俺が悪人に見えているらしい。

 本質が良く見える、良い目をしてるね。

 ただ、今回ばかりは善意だよ。

 ボロボロで、明らかに訳ありな女の子を一人、この東京に放り出す訳に行かないからね」

 

 日本は治安が良いと言っても、犯罪が起きない訳じゃない。

 駿我さんはそう言い置いて、私の頭にポンと手を置いた。

 穏やかな表情とは裏腹に、とても恐る恐る手を動かす。

 不器用だけれど、けれども励ます様に。

 

「この部屋に入ってきた時、君は暗い目をしていた。

 俺を見た時も、僅かな警戒と捨て鉢な気持ちがあった。

 でも、会話をしていると瞳に色が戻って、確かな君を感じられた。

 君は自分の為ではなくて、他の誰かの為に頑張れる人だ。

 それを知れて、とても良かった」

 

 訥々と、頭を撫でながら私のことについて語る駿我さん。

 私はそれに、感情がごった返しになりながら、されるがままになっていた。

 

 駿我さんを疑ってしまった、自分の節穴さと恥ずかしさ。

 優しくされることで感じる、有り難さと申し訳無さ。

 言葉を返そうとすると、喉に引っかかって言葉が出ない情けなさ。

 色んなものが心に溢れていて、どうすれば良いのか分からなくなる。

 

「君は――頑張ったんだね」

 

 けど、その一言で、私の中で何かが決壊した。

 違うんですと否定したいのに、出てくるのは枯れたと思っていた筈の涙ばかり。

 今日は、ずっと泣いてばかりだ。

 お兄様や奥様の前で泣いて、カリンさんや駿我さんの前でも泣いてしまう。

 情けない私は、そうすることでしか自分の気持ちを形容できない。

 だからせめて、歯を食いしばって色々と堪える。

 こんな風になってしまうのは、駿我さんがお兄さんな空気を持っているからだと言い訳して。

 

 

 

 

 

 泣いていた私を、駿我さんは驚いた様に眺めていて。

 そこにカリンさんが、私と駿我さんの間に割って入った。

 曰く、女の子の泣き顔を見つめる男性は、悪趣味で野蛮だなんて言葉を添えて。

 そうして、カリンさんが私を抱きしめて、泣いてグチャグチャになった顔を隠してくれた。

 

 こればかりは、感謝の念を覚える他にない。

 急に泣き出す無礼を覆い隠して、私の酷い顔も駿我さんから隠してくれて。

 こんな事を考えられるなんて、私も一応女の子だったのだと他人事のように自覚した。

 

「正真正銘の悪人になった気分だ。

 女の子に泣かれるのは、かなり堪える。

 これまでの人生で一番動揺したかも知れない」

 

「もぅ、しわけ、ございません。

 めいわく、掛けたくないって言っているのに、駿我さんに迷惑を掛けてしまって」

 

 カリンさんに渡されたティッシュで涙を拭い、鼻をチンとかんで。

 駿我さんの顔を見ると、やっぱり居心地の悪そうな顔をしていた。

 泣きじゃくった私の顔は、見るに堪えない位に腫れぼったくなっているだろう。

 恥ずかしいという気持ちと、何度も抱いた申し訳無さをまた覚えて。

 ……ただ、少しだけ心が軽くなった感覚があった。

 

「社長、泣いている女子にはハンカチを渡すのがマナーです」

 

「いや、失敬。

 初めてのことで、上手く対処できなかった。

 どうやら俺には、伊達男になる才能は無いみたいだ」

 

 いつも超然としていた衣遠兄様と比べて、駿我さんは感情が垣間見える事が多い。

 同じ成功者としての立場を持っている人でも、気配は結構違ってくる。

 私は最初に感じた第一印象で、お兄様みたいな人だと感じて。

 善意が覆い隠されて見えなくなるくらい、駿我さんを警戒しすぎた。

 その事に、私は深い反省を覚える他なかった。

 

「ご無礼の数々、本当に申し訳ございません。

 そして、その寛容さに救われました。

 ありがとうございます、お優しい駿我さん」

 

「そう言われると、ひどく面映い。

 感情を一定に保つ様に訓練しているんだが、それも難しい。

 だから、朝日さんも俺をあまりおだてないでくれ」

 

「思ったままを、口にしたまでです。

 それで擽ったさを覚えるなら、それが駿我さんの人徳の表れです」

 

 駿我さんの本質を見ずに、気配だけで疑ってしまった。

 そんな浅慮な私だからこそ、今は駿我さんの事を出来るだけ信じていたいと思っている。

 今はそれくらいしか、私に出来ることなんて無いから。

 

「言葉にもないことをと他人なら疑うところだけど、純粋な君の言葉だ。

 俺も、その健気さを信じるよ」

 

 サラリと、駿我さんはそんな事を言ってのけた。

 伊達男の才能はない、なんて言っていたけれど、その言葉だけは嘘つきだと確信する。

 この人こそ、立派な見た目以上に謙遜する人なんだと思う。

 

「……お見合い?」

 

「クロンメリン、それ以上は喋るな」

 

「お見合いだったら、私は化粧に大失敗してしまっていますね」

 

 私なりの冗談だけれど、駿我さんにとってはそうならなかったらしい。

 痛ましそうに私を見て、そうして私に一言伝えた。

 

「こんなところに呼び出しておいて申し訳ないが、君は病院に連れていくべきだった。

 配慮に欠けていた、悪い」

 

「いえ、お気になさらないでください。

 それに、私はお金を持ち合わせていませんので……」

 

 そう伝えると、今まで優しげだった駿我さんの雰囲気が僅かに変わった。

 怒っている訳ではない。

 どちらかというと、りそなが呆れている時のそれに似ている。

 

「そんなもの、子供が気にすること自体が間違っている。

 君自身も、こんな姿で申し訳ないと言っていただろう。

 だったら、まずは腫れている頬に異常がないか確かめに行くべきだ」

 

 キッパリと断言されてしまった言葉に、私は返す言葉もなかった。

 少なくとも、今の私の姿はみっともない事は確かだったから。

 縮こまる私を他所に、駿我さんはキーケースから車の鍵を取り出した。

 

「朝日さん、付いてきてくれ」

 

「……はい」

 

 結局、私はご厚意に甘えることとなった。

 私には、遠慮できるだけの力は無かったから。

 自分一人では何も出来ない、そんな無力さばかりが積もる一日だ。

 

「そう悄気げた顔をしないでくれ。

 顔を腫らして落ち込んでいる君は、傍から見れば俺が暴力を振るったみたいだ」

 

「そ、そんなつもりでは……すみません」

 

「やれやれ、直りそうに無いか。

 クロンメリン、しっかりと朝日さんの世話をしてやってくれ」

 

「了解、都合の良い女で居ます」

 

「……全く、口の減らない奴め」

 

 軽快に会話をするお二人に、少しだけ元気を分けてもらった。

 せめて、頑張って普通を装いたいと思うくらいには。

 

「ラプンツェルというより、シンデレラが正しいんじゃないか」

 

「何か、仰っしゃいましたか?」

 

「いいや、なんでも。

 ……到着、これが俺の車。後ろに乗ってくれ」

 

 見るからに値が張る、黒塗りの高級車が駿我さんの愛車だった。

 おずおずと車に乗り込むと、カリンさんも後に続き、全員の搭乗を確認した駿我さんはキーを廻した。

 地下の駐車場を出た車の車窓は暗くて、でも東京特有の明かりが瞬いている。

 だからか、窓に私の顔が映りやすかった。

 

 これは……酷い。

 よくこんな顔で、人前に出られたものだ。

 駿我さんが病院に連れて行こうとした気持ちも、分かってしまった。

 

「病院に行けば治ります」

 

 カリンさんの言葉に、一つ頷いた。

 せめて、真っ当な状態で駿我さんに感謝の言葉を伝えないと、と思って。

 弱った心に、僅かながらも力が過ぎった。

 

 

 

「そういえば、なんですけど」

 

「はい」

 

「私は、どうして駿我さんのご厚意に預かれたのでしょうか?」

 

 そう尋ねると、カリンさんは目を閉じられた。

 まるで、質問自体をシャットアウトするかの様に。

 

「カリンさん?」

 

「……難儀ですね」

 

「どういう意味でしょうか、それは」

 

 遠くを見るカリンさんの姿に、少し不安になった夜だった。




 駿我さんは舐められるのが嫌いなので、普段だったらカリンさんの軽口のあまり許容しません。
 ただ、朝日を元気付けたい気持ちで、ジョークが分かるよと言ったスタンスを装っています。
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