月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
柳ヶ瀬家から学校に通い始めてはや1ヶ月。
転校初日は席の周りに人集りが出来ていたけれど、現在は若干落ち着いていた。
転校生とはアレほど持て囃されるものなのか、と実感した日々だった。
“イベントに飢えていて、変わったことがあったら子供は大騒ぎするものさ”と電話で話した駿我さんは言っていた。
要するに、物珍しいから人が集まっていただけなのだろう。
でも、クラスのみんなはアッサリ私を受け入れてくれた。
屈託なく、一緒に遊ぼうと言ってくれている。
その厚意に甘えて、男子と遊んだら湊と揃って泥だらけになりながら遊んだりもした(帰って二人でおばさんに凄く怒られたけれど)。
女子と遊んだら、合コンごっことかいうのをやらされた(ショートカットの子が男の子役だった)。
それらは楽しくて、夕焼けの訪れが疎ましく感じたこともあった。
ただ、やはり私は色々と学ばずにはいられなかった。
そうしないと、どうしても不安になってしまうから。
気配なく教室を出て、柳ヶ瀬家で使わせて頂いている部屋で教科書やノートと向かい合う。
一人で集中して、黙々と。
「ふーん、ふんふん。
なるほど、サッパリわからん」
一人、で……。
「図形ってさ、見てるとへし折ってやりたくなるよね。
積み木風情がみくだしおってーって。
ムカついたから三角定規壊して、お母さんに私の頭も壊されそうになったけど」
「……湊、遊びに行ったんじゃないの?」
問題集に着手して30分くらい経った頃、何故だか湊が部屋に居た。
教室で、男の子の友達と“おっしゃー、地獄の滋賀デスマッチ鬼ごっこの開幕じゃあ!”と盛り上がっていたのを確かに聞いた。
今頃湊は、血の代わりに汗を流した死闘を繰り広げていると、そう思っていたけれど。
どうしてだか、湊はこの場所にいる。
約束を破る様な子じゃないけれど、と湊の顔を見る。
湊は教科書に飽きたのか、私の顔を見ていた。
感情豊かな湊にしては、色がない感じの気配だ。
「……顔に何か付いてる?」
「口と目と眉毛」
ことも無さげに言う湊は、特に理由なんて無いと言わんばかりの態度。
何だか、少し居心地が悪い感触。
ムズムズする感覚に、堪らず私は尋ねていた。
「もう一回聞くけど、どうしたの湊?
みんなと一緒に遊ぶんじゃなかったっけ?」
「朝日がいないなら連れてこいって言われた。
男子達、私と朝日にドッジボールでボコボコにされたこと、まだ根に持ってるよ。
だから、今日はリベンジマッチがしたかったんだって」
クラスの男の子は、とにかく運動好きな子が多かった。
昼休みはグラウンドへ降りて、ボール遊び。
放課後には球技の他に、鬼ごっこやかくれんぼ、その他の遊びも色々とやっている。
湊は男子と遊んでいる方が楽しいみたいで、必然的に湊に付いていくと漏れなく体を動かすことになる。
最近では、男子には私と湊をセットで扱う動きもあるみたいだ。
「それは……ごめんね」
「どうして謝るの?
別に謝られることじゃないし、行く義務も無いよ」
湊の優しい言葉に、けれどもやっぱり居心地の悪さは胸につかえたまま離れない。
人に必要とされること、そしてそれを断ること。
何だか、酷く悪いことをしている気分になるから。
「じゃあ、湊は何でここに?」
「あいつらより、今は朝日と遊びたいから」
困った、本当に困ったことを湊は言う。
それが露骨に顔に出ていたのか、湊は実はね、と言葉を続けた。
「うん、実は怒ってる」
「え、なんで?」
今まで素っ気なかった湊の顔が、正確には眉が吊り上がった。
ムッとしたのが、明らかに分かるようになる。
「朝日が、私に何も言わずに帰ったから。
コソコソ帰るなんて、何かイヤじゃん」
湊の言い分に、私は確かにと同意してしまっていた。
だって、それは明らかに私が湊を疎かにしたということだから。
一言くらい、声を掛けてから帰れば良かった。
「ごめんなさい、湊」
「うん、謝ったから許してあげよう」
怒っていた表情は、風船が萎むように無くなっていって。
代わりに、ちょっと笑顔を見せてくれた。
優しい笑顔は安心を与えてくれるのだと、湊は無意識で分かっているのかも知れない。
「今度からは教室で声掛けろよな。
そうしたら、無理やり外に連れてってやるからさ」
「うん……うん?」
今、何か日本語がおかしくなかっただろうか?
首を傾げると、同じく湊も首を傾げた。
一旦、頭の中で情報を処理しよう。
帰り際に、教室で湊に声を掛ける。
これは分かる、そうした方が良いとも思っている。
無理やり外に連れて行く。
ここで、私の頭がエラーを吐いた。
だって、明らかにそれは、湊の言うところの義務になり得る行為だから。
「義務は、無いんだよね?」
「無いよ、でも連れてく」
「なんで?」
間が抜けた問いかけに湊は立ち上がると、私の方をビシッと人差し指を差した。
そうして、とてもおかしなことを言い出した。
「朝日は、良い子過ぎる!」
反射的に、そんな事無いよと言おうとした。
けれど、まだ湊が話している途中だから、その言葉を飲み込んで。
静かに、湊の言い分に耳を傾けた。
「帰ってきて宿題どころか、意味不明な勉強してるし!
ご飯を作るの手伝って、お母さんの味と違うのにすっごい美味しいし!
家事掃除だって、ビックリするくらい完璧にしてる!
朝日は完全超人かってくらい完璧に何でも熟して、私もびっくりだよ!」
褒められている? 様な気もするけれど、湊の顔は別に人を褒める時の表情はしていない。
むしろ、叱る時の顔そのものだ。
「朝日が楽しそうだから、別に怒ったりはしないよ。
普通に偉いことだし、私だって凄いって何時も思ってる。
でもね、今の朝日は楽しそうじゃない。
イヤイヤでもないけど、仕方なくやってる。
そんな顔するなら、私や友だちと遊んで欲しいって思うよ。
絶対、私と遊ぶ方が朝日を楽しませてあげられるよ!」
その言葉に、私は返事を返せなかった。
確かに、私は勉強よりも湊たちと遊ぶ方が楽しいという実感があったから。
理屈で言い返すのは、きっと簡単だ。
でも、湊は間違いなく本心を曝け出すように話してくれている。
それに対して、私が心に蓋をして返事をすれば、やっぱり湊は怒ったままだとも思う。
どうしようかと考えて、どうしたいかも思案して。
俯きかけた顔を、少し上げて湊の顔を覗き込んだ。
「……どしたん、朝日?」
私なにかしちゃいましたか? と言わんばかりの悠然とした表情。
我関せずと言わんばかりの態度で、この場に存在していた。
「湊、怒ってるって言ってたから」
「うん、朝日が私とツマンナイことを比べて、ツマンナイ方取られちゃったから。
ムッとするよ、それは。
でも、朝日がなにか説明してくれるなら、面白くなくても受け入れるつもり。
だから、ちゃんと朝日の言葉で伝えて」
ここまで来て、湊の強引さが少し減っていた。
朝日は私のいうことを聞いて! と言ってくれたら、私はそれに従ったかも知れないのに。
自分では決め兼ねていたから、またも困ってしまう。
こうしたいという芯が無かった。
勉強はした方が安心できるもので、でも友達が遊ぼうと言ってくれている。
なら友達を取るべきだと思っても、それが恒常化してしまえば、勉強をする機会がほとほと減ってしまう。
それが、今の私には申し訳なくて怖かった。
「むずか、しいね」
「何が?」
「事情が」
結局、私は答えを出せなくて。
湊に少し、事情をボヤかしながら説明する。
将来のこと、一人で生きていくための方法、その他の事も。
「ふんふん、朝日はお世話になってる人に申し訳なくて、早く独り立ちしたい、と」
私の事情を簡素に一言で纏めた湊は、難しそうな顔をしていた。
私のことで考えさせてしまうのは申し訳なくて、でも誰かに相談したい位に不安だったのかもしれない。
そうして、ウンウンと唸っていた湊は、暫くすると唐突に目をカッと見開いた。
眼力があって、ちょっと怖いと感じるくらいに。
湊なりに、意見を纏めきったのかもしれない。
「うん、分かんない!」
「……そっか」
湊の答えに拍子抜けしつつも、でもそうかと納得する。
そもそも、これは他人に預けるべき問題じゃないのだから。
私が答えを探さなきゃ、と結論づけようとしたところで、湊は”でも”と続けた。
「朝日は、ずっとここに居ても良いと思う」
「居ても良い?」
「そう。だって恩人の人のところも、居場所だって思えてなくて困ってるんでしょ?
だったら、うちの子になりなよ。
お父さんもお母さんも、きっと歓迎してくれるよ!」
朝日が良い子だって知ってるし、と湊は笑っていってくれた。
だから、と彼女は私に畳み掛けてくる。
「そんなことで悩んで、ツマンナイ顔しないで。
一緒に遊んで、馬鹿やって、笑ってようよ。
そっちの方が絶対楽しい!
ううん、私が楽しくしてあげる!」
この家を、私の居場所にしても良い。
湊の言葉に、私は言葉を失っていた。
それは私が善意で全てもたれ掛かる形での出来事だし、どうしても遠慮を覚えてしまうことだから。
……でも、この優しくて平和な家に、ちょっと憧れが会ったのも事実で。
咄嗟に、言葉に悩んでしまっていた。
「……それは、素敵だね」
何とか、絞り出した言葉がこれ。
答えにもなっていない、愚にもつかない回答。
ただ、それでも湊は笑ってくれていた。
そうでしょ! と元気よく言い、私の手を取って。
「どうしようもないことで、悩んでたってしょうがないよ。
だから、今日のところは遊んじゃおう!」
「そうしたら、明日から毎日が湊と外を走り回ることになりそうだね」
「楽しいよ、きっと!」
「……うん、そうだね」
結局、私は今も結論を出せていない。
楽しさや幸せの中に、ふと思い出したようにやってくる焦燥感。
それが、私を落ち着かせてくれない原因。
湊は、うちの子になってくれれば解決だと言ってくれた。
でも、許されなくても、私の家族はりそなとお兄様に、今は亡きお母さまだけだから。
柳ヶ瀬家の人達は好きだけれど、どうしても湊のその言葉に頷く気にはなれなかった。
でも、心が温かくなった事は確かだから。
お兄様やりそなが大切だと、しっかりと意識させてくれたこともある。
「湊、ありがとう」
「お、朝日もその気になったね。
おっし、じゃあこれから男子共を血祭りにあげに行こう!」
「そんな事したら、帰ってきた時に私達がおばさんに血祭りにされちゃうよ」
「きにしな~い、気にしない」
「気にして欲しいかなぁ」
駿我さんに、悩んでも良いモラトリアムだと言われている時間。
それは勢いよく流れていく時間の奔流で、けれども僅かな淀みの部分だけがゆったりと感じる。
何時か、それを超えられる時が来るのか。
どうしても、不安を感じてしまう。
――けれど。
「ほら、行くよ朝日!」
湊に握られている手を見て、思う。
世の中には、辛いことと同じくらい善意で溢れていると。
神様は誰にだって平等で、バランスを取ろうとしてくれようとしているのだと。
お母さまが亡くなった時に、迎えに来て下さったお兄様の様に。
行き場を失い路頭に迷った時に、手を差し伸べて下さった駿我さんの様に。
助け舟を出してくれていたりそなの様に。
今、こうして手を繋いでくれている湊の様に。
私は、ずっと誰かに頼って生きている。
これ以上、望むべきでないとも。
けれども、私は強欲で、どうしても多くを望んでしまう時がある。
手を引かれて歩く道から、空を見上げれば真っ青な世界があって。
雲一つ無い、蒼穹が広がっている。
清々しさから、まるで湊の心みたいだと思った。
何時も問いかけをするお月様は、今は隠れて姿を見せない。
私の問い掛けに答えてくれるのは、今は湊だけだから。
「遊ぼっか、湊」
「もう外に出てるぜ、旦那!」
湊の言う通り、難しいことは一旦忘れよう。
無邪気に、何も考えずに行動しても良い日だってあるかもしれないから。
もしかしたら、今日がその日だっただけかもしれない。
今日は目一杯遊ぼう!
そうして、私と湊はクラスの男子達が開催している”地獄の滋賀デスマッチ鬼ごっこ”に参加した。
意味の分からないローカルルールに惑わされながらも、やっぱり最後に勝ったのは私と湊。
私達は、タッグを組むと結構強いと最近分かってきた。
家に帰れば、おばさんが目を吊り上げて、二人して怒られる。
でも、私達は笑っていられた。
だって、間違いなく楽しかったのだから!
駿我さん、貴方の言っていた人並みという言葉が、少しだけ分かった気がします。
馬鹿をして怒られて、でも反省は少しだけで。
そんな事をしていても、許容してもらえて明日に迎える毎日が、そういうことなのかも知れません。
焦りも、不安も残っている。
でも、楽しさだっていっぱい得られる毎日。
そうして、少しずつ余裕を広げていって欲しいという願い。
毎日を繰り返す中で、将来へと走り出せる様にする。
それが、きっと駿我さんの言う普通なんだろう。
だから不安になることはない、と駿我さんは言いたいのだろう。
不安なら、この家の子になってしまえという、湊の言い分も分かる。
その事に、甘えたっきりにはなりたくない。
……でも、その優しい手を、もう少し強く握り返しても良いかもしれないとちょっと思えた。
まずは、遊ぶ日と勉強する日を分けよう。
それが私なりの、ちょっとした甘えに対する妥協になるだろうから。
お月様、お師匠様、それで一先ず良いですよね?
私の問い掛けに、お月様は今日も淡く輝いていた。
転職致しましたので、もしかすると慣れるまで更新ペースが下がるかも知れません……(そうなったら、申し訳ないです)。