月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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第16話 良い子の朝日ちゃん

 柳ヶ瀬家から学校に通い始めてはや1ヶ月。

 転校初日は席の周りに人集りが出来ていたけれど、現在は若干落ち着いていた。

 転校生とはアレほど持て囃されるものなのか、と実感した日々だった。

 

 “イベントに飢えていて、変わったことがあったら子供は大騒ぎするものさ”と電話で話した駿我さんは言っていた。

 要するに、物珍しいから人が集まっていただけなのだろう。

 でも、クラスのみんなはアッサリ私を受け入れてくれた。

 屈託なく、一緒に遊ぼうと言ってくれている。

 その厚意に甘えて、男子と遊んだら湊と揃って泥だらけになりながら遊んだりもした(帰って二人でおばさんに凄く怒られたけれど)。

 女子と遊んだら、合コンごっことかいうのをやらされた(ショートカットの子が男の子役だった)。

 それらは楽しくて、夕焼けの訪れが疎ましく感じたこともあった。

 

 ただ、やはり私は色々と学ばずにはいられなかった。

 そうしないと、どうしても不安になってしまうから。

 気配なく教室を出て、柳ヶ瀬家で使わせて頂いている部屋で教科書やノートと向かい合う。

 一人で集中して、黙々と。

 

「ふーん、ふんふん。

 なるほど、サッパリわからん」

 

 一人、で……。

 

「図形ってさ、見てるとへし折ってやりたくなるよね。

 積み木風情がみくだしおってーって。

 ムカついたから三角定規壊して、お母さんに私の頭も壊されそうになったけど」

 

「……湊、遊びに行ったんじゃないの?」

 

 問題集に着手して30分くらい経った頃、何故だか湊が部屋に居た。

 教室で、男の子の友達と“おっしゃー、地獄の滋賀デスマッチ鬼ごっこの開幕じゃあ!”と盛り上がっていたのを確かに聞いた。

 今頃湊は、血の代わりに汗を流した死闘を繰り広げていると、そう思っていたけれど。

 どうしてだか、湊はこの場所にいる。

 約束を破る様な子じゃないけれど、と湊の顔を見る。

 湊は教科書に飽きたのか、私の顔を見ていた。

 感情豊かな湊にしては、色がない感じの気配だ。

 

「……顔に何か付いてる?」

 

「口と目と眉毛」

 

 ことも無さげに言う湊は、特に理由なんて無いと言わんばかりの態度。

 何だか、少し居心地が悪い感触。

 ムズムズする感覚に、堪らず私は尋ねていた。

 

「もう一回聞くけど、どうしたの湊?

 みんなと一緒に遊ぶんじゃなかったっけ?」

 

「朝日がいないなら連れてこいって言われた。

 男子達、私と朝日にドッジボールでボコボコにされたこと、まだ根に持ってるよ。

 だから、今日はリベンジマッチがしたかったんだって」

 

 クラスの男の子は、とにかく運動好きな子が多かった。

 昼休みはグラウンドへ降りて、ボール遊び。

 放課後には球技の他に、鬼ごっこやかくれんぼ、その他の遊びも色々とやっている。

 湊は男子と遊んでいる方が楽しいみたいで、必然的に湊に付いていくと漏れなく体を動かすことになる。

 最近では、男子には私と湊をセットで扱う動きもあるみたいだ。

 

「それは……ごめんね」

 

「どうして謝るの?

 別に謝られることじゃないし、行く義務も無いよ」

 

 湊の優しい言葉に、けれどもやっぱり居心地の悪さは胸につかえたまま離れない。

 人に必要とされること、そしてそれを断ること。

 何だか、酷く悪いことをしている気分になるから。

 

「じゃあ、湊は何でここに?」

 

「あいつらより、今は朝日と遊びたいから」

 

 困った、本当に困ったことを湊は言う。

 それが露骨に顔に出ていたのか、湊は実はね、と言葉を続けた。

 

「うん、実は怒ってる」

 

「え、なんで?」

 

 今まで素っ気なかった湊の顔が、正確には眉が吊り上がった。

 ムッとしたのが、明らかに分かるようになる。

 

「朝日が、私に何も言わずに帰ったから。

 コソコソ帰るなんて、何かイヤじゃん」

 

 湊の言い分に、私は確かにと同意してしまっていた。

 だって、それは明らかに私が湊を疎かにしたということだから。

 一言くらい、声を掛けてから帰れば良かった。

 

「ごめんなさい、湊」

 

「うん、謝ったから許してあげよう」

 

 怒っていた表情は、風船が萎むように無くなっていって。

 代わりに、ちょっと笑顔を見せてくれた。

 優しい笑顔は安心を与えてくれるのだと、湊は無意識で分かっているのかも知れない。

 

「今度からは教室で声掛けろよな。

 そうしたら、無理やり外に連れてってやるからさ」

 

「うん……うん?」

 

 今、何か日本語がおかしくなかっただろうか?

 首を傾げると、同じく湊も首を傾げた。

 一旦、頭の中で情報を処理しよう。

 

 帰り際に、教室で湊に声を掛ける。

 これは分かる、そうした方が良いとも思っている。

 

 無理やり外に連れて行く。

 ここで、私の頭がエラーを吐いた。

 だって、明らかにそれは、湊の言うところの義務になり得る行為だから。

 

「義務は、無いんだよね?」

 

「無いよ、でも連れてく」

 

「なんで?」

 

 間が抜けた問いかけに湊は立ち上がると、私の方をビシッと人差し指を差した。

 そうして、とてもおかしなことを言い出した。

 

「朝日は、良い子過ぎる!」

 

 反射的に、そんな事無いよと言おうとした。

 けれど、まだ湊が話している途中だから、その言葉を飲み込んで。

 静かに、湊の言い分に耳を傾けた。

 

「帰ってきて宿題どころか、意味不明な勉強してるし!

 ご飯を作るの手伝って、お母さんの味と違うのにすっごい美味しいし!

 家事掃除だって、ビックリするくらい完璧にしてる!

 朝日は完全超人かってくらい完璧に何でも熟して、私もびっくりだよ!」

 

 褒められている? 様な気もするけれど、湊の顔は別に人を褒める時の表情はしていない。

 むしろ、叱る時の顔そのものだ。

 

「朝日が楽しそうだから、別に怒ったりはしないよ。

 普通に偉いことだし、私だって凄いって何時も思ってる。

 でもね、今の朝日は楽しそうじゃない。

 イヤイヤでもないけど、仕方なくやってる。

 そんな顔するなら、私や友だちと遊んで欲しいって思うよ。

 絶対、私と遊ぶ方が朝日を楽しませてあげられるよ!」

 

 その言葉に、私は返事を返せなかった。

 確かに、私は勉強よりも湊たちと遊ぶ方が楽しいという実感があったから。

 

 理屈で言い返すのは、きっと簡単だ。

 でも、湊は間違いなく本心を曝け出すように話してくれている。

 それに対して、私が心に蓋をして返事をすれば、やっぱり湊は怒ったままだとも思う。

 どうしようかと考えて、どうしたいかも思案して。

 俯きかけた顔を、少し上げて湊の顔を覗き込んだ。

 

「……どしたん、朝日?」

 

 私なにかしちゃいましたか? と言わんばかりの悠然とした表情。

 我関せずと言わんばかりの態度で、この場に存在していた。

 

「湊、怒ってるって言ってたから」

 

「うん、朝日が私とツマンナイことを比べて、ツマンナイ方取られちゃったから。

 ムッとするよ、それは。

 でも、朝日がなにか説明してくれるなら、面白くなくても受け入れるつもり。

 だから、ちゃんと朝日の言葉で伝えて」

 

 ここまで来て、湊の強引さが少し減っていた。

 朝日は私のいうことを聞いて! と言ってくれたら、私はそれに従ったかも知れないのに。

 自分では決め兼ねていたから、またも困ってしまう。

 

 こうしたいという芯が無かった。

 勉強はした方が安心できるもので、でも友達が遊ぼうと言ってくれている。

 なら友達を取るべきだと思っても、それが恒常化してしまえば、勉強をする機会がほとほと減ってしまう。

 それが、今の私には申し訳なくて怖かった。

 

「むずか、しいね」

 

「何が?」

 

「事情が」

 

 結局、私は答えを出せなくて。

 湊に少し、事情をボヤかしながら説明する。

 将来のこと、一人で生きていくための方法、その他の事も。

 

「ふんふん、朝日はお世話になってる人に申し訳なくて、早く独り立ちしたい、と」

 

 私の事情を簡素に一言で纏めた湊は、難しそうな顔をしていた。

 私のことで考えさせてしまうのは申し訳なくて、でも誰かに相談したい位に不安だったのかもしれない。

 そうして、ウンウンと唸っていた湊は、暫くすると唐突に目をカッと見開いた。

 眼力があって、ちょっと怖いと感じるくらいに。

 湊なりに、意見を纏めきったのかもしれない。

 

「うん、分かんない!」

 

「……そっか」

 

 湊の答えに拍子抜けしつつも、でもそうかと納得する。

 そもそも、これは他人に預けるべき問題じゃないのだから。

 私が答えを探さなきゃ、と結論づけようとしたところで、湊は”でも”と続けた。

 

「朝日は、ずっとここに居ても良いと思う」

 

「居ても良い?」

 

「そう。だって恩人の人のところも、居場所だって思えてなくて困ってるんでしょ?

 だったら、うちの子になりなよ。

 お父さんもお母さんも、きっと歓迎してくれるよ!」

 

 朝日が良い子だって知ってるし、と湊は笑っていってくれた。

 だから、と彼女は私に畳み掛けてくる。

 

「そんなことで悩んで、ツマンナイ顔しないで。

 一緒に遊んで、馬鹿やって、笑ってようよ。

 そっちの方が絶対楽しい!

 ううん、私が楽しくしてあげる!」

 

 この家を、私の居場所にしても良い。

 湊の言葉に、私は言葉を失っていた。

 それは私が善意で全てもたれ掛かる形での出来事だし、どうしても遠慮を覚えてしまうことだから。

 ……でも、この優しくて平和な家に、ちょっと憧れが会ったのも事実で。

 咄嗟に、言葉に悩んでしまっていた。

 

「……それは、素敵だね」

 

 何とか、絞り出した言葉がこれ。

 答えにもなっていない、愚にもつかない回答。

 ただ、それでも湊は笑ってくれていた。

 そうでしょ! と元気よく言い、私の手を取って。

 

「どうしようもないことで、悩んでたってしょうがないよ。

 だから、今日のところは遊んじゃおう!」

 

「そうしたら、明日から毎日が湊と外を走り回ることになりそうだね」

 

「楽しいよ、きっと!」

 

「……うん、そうだね」

 

 結局、私は今も結論を出せていない。

 楽しさや幸せの中に、ふと思い出したようにやってくる焦燥感。

 それが、私を落ち着かせてくれない原因。

 

 湊は、うちの子になってくれれば解決だと言ってくれた。

 でも、許されなくても、私の家族はりそなとお兄様に、今は亡きお母さまだけだから。

 柳ヶ瀬家の人達は好きだけれど、どうしても湊のその言葉に頷く気にはなれなかった。

 でも、心が温かくなった事は確かだから。

 お兄様やりそなが大切だと、しっかりと意識させてくれたこともある。

 

「湊、ありがとう」

 

「お、朝日もその気になったね。

 おっし、じゃあこれから男子共を血祭りにあげに行こう!」

 

「そんな事したら、帰ってきた時に私達がおばさんに血祭りにされちゃうよ」

 

「きにしな~い、気にしない」

 

「気にして欲しいかなぁ」

 

 

 駿我さんに、悩んでも良いモラトリアムだと言われている時間。

 それは勢いよく流れていく時間の奔流で、けれども僅かな淀みの部分だけがゆったりと感じる。

 何時か、それを超えられる時が来るのか。

 どうしても、不安を感じてしまう。

 ――けれど。

 

「ほら、行くよ朝日!」

 

 湊に握られている手を見て、思う。

 世の中には、辛いことと同じくらい善意で溢れていると。

 神様は誰にだって平等で、バランスを取ろうとしてくれようとしているのだと。

 

 お母さまが亡くなった時に、迎えに来て下さったお兄様の様に。

 行き場を失い路頭に迷った時に、手を差し伸べて下さった駿我さんの様に。

 助け舟を出してくれていたりそなの様に。

 今、こうして手を繋いでくれている湊の様に。

 

 私は、ずっと誰かに頼って生きている。

 これ以上、望むべきでないとも。

 けれども、私は強欲で、どうしても多くを望んでしまう時がある。

 

 手を引かれて歩く道から、空を見上げれば真っ青な世界があって。

 雲一つ無い、蒼穹が広がっている。

 清々しさから、まるで湊の心みたいだと思った。

 

 何時も問いかけをするお月様は、今は隠れて姿を見せない。

 私の問い掛けに答えてくれるのは、今は湊だけだから。

 

「遊ぼっか、湊」

 

「もう外に出てるぜ、旦那!」

 

 湊の言う通り、難しいことは一旦忘れよう。

 無邪気に、何も考えずに行動しても良い日だってあるかもしれないから。

 もしかしたら、今日がその日だっただけかもしれない。

 

 

 今日は目一杯遊ぼう!

 そうして、私と湊はクラスの男子達が開催している”地獄の滋賀デスマッチ鬼ごっこ”に参加した。

 意味の分からないローカルルールに惑わされながらも、やっぱり最後に勝ったのは私と湊。

 私達は、タッグを組むと結構強いと最近分かってきた。

 

 家に帰れば、おばさんが目を吊り上げて、二人して怒られる。

 でも、私達は笑っていられた。

 だって、間違いなく楽しかったのだから!

 

 駿我さん、貴方の言っていた人並みという言葉が、少しだけ分かった気がします。

 馬鹿をして怒られて、でも反省は少しだけで。

 そんな事をしていても、許容してもらえて明日に迎える毎日が、そういうことなのかも知れません。

 

 焦りも、不安も残っている。

 でも、楽しさだっていっぱい得られる毎日。

 そうして、少しずつ余裕を広げていって欲しいという願い。

 毎日を繰り返す中で、将来へと走り出せる様にする。 

 それが、きっと駿我さんの言う普通なんだろう。

 

 だから不安になることはない、と駿我さんは言いたいのだろう。

 不安なら、この家の子になってしまえという、湊の言い分も分かる。

 その事に、甘えたっきりにはなりたくない。

 ……でも、その優しい手を、もう少し強く握り返しても良いかもしれないとちょっと思えた。

 

 まずは、遊ぶ日と勉強する日を分けよう。

 それが私なりの、ちょっとした甘えに対する妥協になるだろうから。

 お月様、お師匠様、それで一先ず良いですよね?

 

 私の問い掛けに、お月様は今日も淡く輝いていた。




転職致しましたので、もしかすると慣れるまで更新ペースが下がるかも知れません……(そうなったら、申し訳ないです)。
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