月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
なお、一人は声が小さいものとする。
「こら~~~~~っ!!!朝日を虐めていたゲシュニンはお前かああぁ!!!」
その声が聞こえた時、七愛さんは露骨に面倒くさいという顔になっていた。
私に視線を向けて、どうにかしろよお前、と酷く鬱陶しそうにしている。
駆けてくる足音が止まり、朝日と呼びかけられる。
頷いて振り返れば、そこには想像通りに湊が腕を組んで仁王立ちしていて。
七愛さんをジロジロと、訝しみながら見つめていた。
「なんか、思ってたヤツの百倍弱そう」
口を開くなり、意味不明で失礼な言葉を発する湊。
七愛さんは、その言葉に何故か見下すような視線で応戦している。
普通に考えれば一触即発の自体だけれど、不思議なことに喧嘩になりそうなまでの空気感まで発展していない。
それは多分、お互いのタイプと戦い方が違うタイプだから。
湊は愛と握り拳が武器だけれど、七愛さんは本と口で戦う人。
なので、お互いに構えてみると、何だろうかこいつはと思ってしまうのだと思う。
なら、私が潤滑剤になれば良いと、二人の間に入っていった。
当然、二人から視線で刺されるけれど、大したことではないと受け流す。
「湊、どうしたの?
虐めって何? 覚えがないけれど」
「朝日は、ここ暫くの遠い目をしている状態を忘れたかというのかい?
ボーっと、しくさりちらかして!
その原因を探りに、アマゾンの奥であるこの場所に来た湊さんは、とんでも無いものを見ました。
それは、朝日が悪口を言われて笑顔を浮かべている、とてもハイトクテキな現場です」
「それは確かに、酷い絵面かも知れない……」
「先天的なマゾなんだろ、こいつ」
「ほらっ、また朝日のことを虐めた!」
「小突いただけでも、凄惨な虐めの現場扱いかよ……」
「朝日、こいつグーパンで退治しても良い?」
「駄目! 七愛さんは友達だから」
「じゃあシチュー引き回しの刑!
シチューの鍋持って、町中を引き回す」
「もっと駄目!」
「眼の前で漫才始めるなよ三流芸人共。
売れなくて一ヶ月で消えそうな気配を漂わせているくせに。
第一なんだ、急に現れてペチャクチャ喋りやがって。
お喋りの前に謝罪が先だろう、冤罪を被せた。
それが出来ないお前は猿か?
ごめんな、猿は人間じゃないから社会性のある行動は出来ないよな、森に帰れよ」
「ん? なんか言ったか?
聞こえなかったから、もう一回言って」
「聞こえるようには喋ってない……」
七愛さん相手に、湊はある程度強かった。
馬耳東風というか、聞く耳を持っていないというか。
七愛さんに何か言われても、全然気にしないメンタリティの持ち主だ。
だから、多分自分の悪口を言われてもガハハと笑い飛ばしてしまうのだろう。
では、湊が何で怒り眉になりながらここに来たのか?
その原因を考えると、するべき事も自ずと決まってくる。
「湊、私と七愛さんは本当に友達だよ。
本を読むのが好きで、一緒に感想会をする仲なんだ」
「勝手に友達にするな、変態ストーカー女」
「でもこいつ、朝日の悪口言ってるけど?」
「七愛さんは悪口でしか、日本語を喋れない呪いに掛かっているんだよ」
「おかしな属性を追加しやがって、そんなわけねぇだろダボが」
「そっか、道理でなぁ。
口が悪すぎるもんな、こいつ」
「お前も信じるな!
おかしいだろ、呪いってどこから生えてきた設定だよ!
少しはその脳みそを働かせろよ猿!」
「ウキ? ウキキ?」
息も絶え絶え、肩で息をしている七愛さん。
一方で、湊はどこ吹く風と平然とした顔をしていた。
ここまで来ると、湊も七愛さんとの会話を楽しみつつある様に感じる。
ツッコミを返してくれる関西人の血に、湊の血も呼応しつつあるのかもしれなかった。
「……IQが10違えば、……会話が噛み合わなくなるって……本当だったのか。
おい小倉朝日! こいつを……檻に戻してこいっ」
「この子面白いな、うちに連れて帰りたい。
あと、虐めてたって誤解してゴメンな?
朝日楽しそうだし、友達だってのは本当だったみたいだし」
「だから、勝手に友達にするなって、言っているっ」
友達という言葉に反応して、力のある視線で湊を睨む七愛さん。
友達という概念は、七愛さんにとっては譲れない一線なのだろう。
“友達ですもん”と心の中で悲しみつつ、けれども私は口を挟まずに様子を見守り続けた。
今の瞬間は、湊と七愛さんの相互理解の時間だからと思って。
そして湊は、七愛さんの言葉に朗らかに笑ってみせた。
いつもの明るく、こちらが元気付けられる笑顔。
それは七愛さんにも効果があったようで、何かを言いかけてモニョモニョと言葉を口の中に仕舞った。
流石に、あの朗らかさを前に悪態をつくのは難しいだろうから。
そんな素敵な笑顔を持っている湊は、あのさ、と言葉を続ける。
私に、友達だからと元気よくぶつかってくれる、一途さと共に。
「君……えっと、七愛って呼ぶね。
それはね、君が朝日といて楽しそうだからだ。
私がさっき話し掛けた時は声が小さくなって、周りに壁を作って守ってたけど。
でも、朝日と話す時になると、途端に元気になる。
それはね、心が朝日を許してるんだよ。
そうなったら、もう私は友だちと呼ぶ事にしてる。
もっと言うと、朝日の友達は私の友達でもある。
だから私と七愛も友達、ね?」
目に見えて、七愛さんが動揺している。
多分、ここまでの押しの強い、けれども嫌じゃない善意は初めてだろうから。
私も、湊に初めて会った時は、その強引さと爛漫さにタジタジになっていたことを思い出す。
パワーがあって、優しくて、善意まっしぐらな湊。
それに対して、七愛さんの反応はというと……。
「あ、頭お花畑かよ」
声が若干震えつつも、まだ心の防壁は機能していた。
恐らく、好き嫌いの前に、心が湊という生き物をまだ噛み砕けてない。
でも、何故だか湊の行動は善意で成り立っていると確信できて、どうすれば良いのか分からなくなっているのだ。
「頭お花畑かー、一年中春と考えると幸せだよね~。
褒められてないけど、褒められたことにしとく。
七愛は褒め上手だね」
「おい、おい、小倉朝日!
こいつ、頭おかしい」
七愛さんは、人の心の機微を読むのが得意な人だ。
その人を見ているだけでも、どんな人かを理解してしまえる。
だからこそ、湊に動揺してしまう。
本当に、裏がなく七愛さんと仲良くしたいと思っているから。
「こういう人で、それに強引です。
七愛さんは、もう逃げられないと思います」
チクリと刺すように、今までの仕返しを少しする。
七愛さんは、遠い目で空を見上げながら呟いた。
「お釈迦様は地獄の様子をご覧になりながら、このカンダタには蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました」
「蜘蛛の糸、教科書にも載っていましたね」
七愛さんの言い分では、さしづめ私が蜘蛛で湊がお釈迦様か糸そのものか。
少なくとも、常人ではないと湊のことを見做したのだと思う。
ただ、決してそれは低い評価などではなく、湊は七愛さんの中でとても良い人だと結論付けられたという事でもある。
それが嬉しくて、七愛さんに話し掛ける。
湊のこと、その優しさや天真爛漫さを。
「この人はどんな人間だとか、どんな立ち位置だとか、湊は気にしません。
ただ、自分が仲良くしたいと思ったら、凄く一直線なだけなんです。
だから湊は、世界観が違う人とだって簡単に仲良くなれちゃうんです」
「へへん、これでも友達は結構多い方だよ?」
「陽キャがっ」
湊のあまりの強さに、流石の七愛さんも音を上げざるを得なかった。
これは性格がどうこうよりも、単純に七愛さんにとって湊がとても相性の良い人だから。
何を言っても気にしなくて、湊に手を握られたら振りほどくのは難しい。
物理的な話だけではなくて、心理的にも。
だって、湊が嫌だと感じる人なんて、殆どいないと思える程に愛されている子なのだから。
「勝ったな、ガハハ」
「勝ち負けってあったんだ」
「負けてねぇよ、脳筋……」
一段落付いたのか、七愛さんの肩がガックリと落ちて、湊は楽しそうに笑っている。
湊としては、友達が一人増えたのだろうという感じか。
七愛さんにしてみれば、なんか増えやがったと思ってそうだけれど。
「ところで湊、誤解だって分かったみたいだし、今日は家に帰らない?」
七愛さんから草臥れた雰囲気を察知してそう伝えると、湊はでもなー、と難色を示した。
七愛さんと遊ぶのは今度にしてあげてと伝えても、そうじゃないと湊は否定して。
では何なのかと小首を傾げると、“朝日だよ、あ・さ・ひ!”とビシッと私を指さして湊は叫んだ。
え、私? と困惑していると、湊は言ったじゃんか! と肩を怒らせながら説明を始める。
「朝日さ、最近ぼぉっとしたり、上の空だったり、テンション低かったりしてるじゃん。
だからさ、なにか原因があると思って探しに来たわけよ。
で、見つけたのが七愛だったってこと。
でも、友達だし仲良さげで、何か違うみたいだし。
朝日が元気ないヨーインは何か分からなくて、困ってるの」
心当たり、あるでしょ? とジト目を向けてくる湊。
あったっけなと小首を傾げると、湊にグーで頭をポコンとされた。
便乗するように、七愛さんにもギューっとほっぺたを引っ張られる。
そして、示し合わせたように二人でハイタッチをする湊と七愛さん。
もう親友みたいな間柄になっていた(湊と七愛さんが仲良いのはとても良いことです)。
「イジメっ子同盟……」
「朝日が大好きの会だよ」
「小倉朝日が疎ましいの会だ、間違えるな」
「良かったな、七愛さんも朝日のこと大好きだってさ」
「もうお前補聴器つけとけよ」
ゲンナリとした七愛さんに、素敵な笑みを浮かべている湊。
七愛さんの悪態が少なめなのは、もう諦め……と言うか湊を許容したのかもしれない。
少なくとも、すぐにこの場から立ち去ろうとしないのは、不愉快だと思ってない証拠だから。
「それはさておいて。
朝日ですよ、あ・さ・ひ!」
「会話がループしてない?」
「朝日がちゃんとした選択肢を選んでくれないと、ループする処理が世界に仕組まれてるからさ」
「その設定、アニメか何かの影響?」
「エンドレスエイト、そろそろ進んで欲しいんだけどな……」
「よく分かんない」
「それじゃあ帰ったら、耐久視聴しような!」
湊と良く分からない約束をしつつ、私が元気のない要因を考える。
が、正直に言うと、覚えは勿論ある。
ただ、湊に言い出しづらいだけだ。
どうしようかと私は考えて、何だろうなと湊は首を捻って。
二人揃って遠い目をして、夕焼けを眺め始めた時。
おい、と声が掛けられた。
「この茶番、いつまで続く?」
「うーん、夕飯時になるまで?」
湊の返事に、長すぎんだろと吐き捨てて、七愛さんがそれを言う。
私が止める暇もなく、淡々と事実を述べる。
「小倉朝日は自分が嫌い。
本を通じて、それに気が付いた。
だから、傷を舐め合おうと私なんかに近づいてくる。
その卑しい行動、この人は分かってくれるみたいな押し付けが嫌い」
七愛さんの言葉で、場に静けさが訪れた。
気まずい雰囲気……とは何かが違う。
だって湊の目には、困惑よりも頭に目に見えてハテナマークが浮かびまくっているから。
声に出さずとも、湊の言いたいことは分かる。
恐らく、意味わかんないといった感じだろう。
「意味わかんない」
実際にそうだったみたい。
思った通りの言葉が出てきて、ちょっとだけ笑ってしまった。
ただ、湊的には本当に解せないみたいで。
だってさ、と言葉を続ける。
「朝日って凄く良い子じゃん?
勉強はできるし、家事手伝いだってするし。
運動も凄くて、男子にだって負けないし。
可愛い上に、この湊さまの相方で嫁。
朝日自身でも嫌いになる要素が無いよ?
何なら、私が皆に自慢して回りたいくらい」
それなのに、朝日は自分が嫌いなの? と湊は私の目を真っ直ぐ見て尋ねてくる。
こそばゆくて、モゾモゾして、同時に竦み上がってしまいそうな信頼。
湊の言葉と目を通してそれを感じて、私は言葉に迷った。
単純に、私が生きているだけで不幸になってしまう人が居て、多くの人に迷惑を掛けてしまう存在であるということを告げたと仮定する。
でも、駿我さんのお陰で、私は大蔵家と距離を取ることが出来た。
だから、湊にしてみればもう終わった事だという一言で切り捨てられてしまう。
気にするだけ馬鹿だと、きっと断言してくれる。
でも、奥様やお兄様、りそな、それに大蔵家に対して掛けた迷惑と不幸を勘案すると、それらを忘れてしまって良い訳が無いとも思う。
心に留めて忘れないようにし、過ちを繰り返さない様にした方が良いのだと。
でも、そんなことを湊に言っても、困らせてしまうだけで。
言葉に逡巡していたその時、助け舟を出してくれる声がした。
「性格の悪い男を好きになってストーカーした挙げ句、振られたらしい。
で、こんな駄目な私は嫌いだってメンヘラになった。
小倉朝日は、常識人ヅラしているだけの割と危ない人間」
ただし、その助け舟はアマルダ海戦で用いられた火船そのものだった。
こちらに見事な飛び火を見せるそれは、湊の疑問をも全て焼き尽くしてしまえる様で。
湊は驚いた顔をした後に、困惑した様に首を傾げて、そうしてどうにかして言葉を一つ捻り出した。
「朝日は私の嫁なんだからな」
「さっきから気になってたけど、私はいつ湊のお嫁さんになったの?」
「一緒にお風呂に入ってから」
「初耳過ぎるよ」
「こいつバイかよ、本当にヤベえやつだな近付くな。
半径10メートルに入った時点で、好意を持っていると見做すぞ変態」
「七愛さんのことは友達だと思っているので、ちょっと難しい提案ですね」
おかしな空気が、別のベクトルでおかしな空気になって。
いつの間にか、私の失恋を慰める会の様な空気感になっていた。
どうやら私は、お兄様に恋した挙げ句にストーカーして振られて傷心中という設定が生えてきたらしい。
でも、否定するとややこしくなるので、愛想笑いで誤魔化して。
「決めた、朝日は冗談抜きで嫁にする。
逃げたらだめだかんね!」
「お前もレズかよ、真人間は私だけとか終わってるな本当に」
「女の子同士で結婚できるはず無いよ、正気に戻ってよ湊ぉ!
それに七愛さん、火種をぶちまけるだけぶち撒けて、帰らないでください!!」
結局、事態を収集するには家に帰って、おじさんとおばさんに助けて貰う必要があった。
流石に、同情だけで同性と結婚されたら大変だと、二人は良識的な判断をなされて。
ただ……、
「朝日ちゃんは可愛くて良い子の器量よしだから、悪い男なんて幾らでも見つかるわ」
「いやいや、いやいやいや。
きっとおおく、じゃない。
小倉さんが光源氏計画の為に、我が家に預けられたんだ。
だったら、小倉さんと婚約するのが筋だろう。
そもそも、朝日ちゃんを悪いやつの嫁に出したくない」
結局、私が振られて病んでしまったという誤解だけは解けなかった。
今日から私は、失恋経験積みの小倉朝日として生きていくことになるみたい。
空に浮かんでいるお月様にも笑われている気がして、何だか恥ずかしい気持ちになってしまった。
お月様お月様、どうか私を正しく導いてください……。
ゴールデンウィーク、遊び呆けてて更新できませんでした……(すみません)。