月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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第20話 面倒見が良い駿我さん

「将来の夢かぁ」

 

 その日、学校で作文の宿題が出された。

 内容は湊の言った通り、将来の夢。

 自分が何になりたいのか、何をしたいのか、それを探るためのもの。

 

 クラスの皆はワイワイ話し合いながら、色んな夢を出し合っていた。

 デュエリストだとか、大統領だとか、琵琶湖とか。

 真面目に考えている人達は少ない、ただ楽しげにアレだコレだと語り合う。

 いきなり、その様なことを聞かれても難しいと言うのはその通り。

 だから、これも楽しんでしまおうという気持ちも良く分かる。

 ただ、湊だけは、ウンウンと唸りつつ真剣に考えていた。

 

「てっきり、湊は直ぐに答えを見つけられると思ってた。

 滋賀の独裁者とか、琵琶湖の支配者とか」

 

「それも考えた」

 

「考えたんだ」

 

「でも、今回は止めておいた」

 

「今回は、なんだ」

 

 因みに、湊の幼稚園の頃の夢はゴジラ柳ヶ瀬だったらしい。

 流石に、人間があの大きさに成長できる訳が無いと諦めたらしいけど。

 諦めるポイントがそこな辺り、心意気は間違いなく大型怪獣並みだった。

 

「でもさ、朝日を見てて思った訳ですよ。

 朝日がこれだけ将来を不安に思ってるのに、私は何になれるんだろうなって」

 

「……順当に考えれば、おじさんの跡取りとか?」

 

「嫌に決まってんだろ、ムサシの後継者とか。絶対に弱いじゃん」

 

「そんなこと言うと、おじさんが可哀想だよ?」

 

「可哀想なくらいが丁度いいよ」

 

 ことも無さげにそんな事を言いながら、ジュースを飲む湊。

 帰宅路の側にある公園で、私達はぼんやり空を眺めていた。

 二人揃って、夢というものを具体的に語れない。

 若者には夢が溢れている、とテレビで語っている人がいるけれど、それは大人になったら理解できることなのかもしれない。

 

「ところで湊」

 

「なにー」

 

「夢って、何だろうね?」

 

 湊が、どうしたといった感じに私の方を向いた。

 意味を測りかねていると、そんな感じ。

 でも、夢という概念は、何ともフワフワしていて難しいから。

 ニュアンス的には、将来的にやりたい事とかそんな感じだろうけれど。

 

「独り立ちしたいって、将来の夢になるかなぁ」

 

「またそんなこと言ってる。

 それって、朝日がやりたい事なの?」

 

「しなきゃいけないこと、が正しいかな」

 

「じゃあ違う。

 朝日はずっとうちの子でいればいい」

 

「そっかー」

 

「……やっぱ滋賀の征服とか?

 朝日と私なら、きっとやれる気がする」

 

「もう少し、夢見が良いものを選びたいかな」

 

 今日も空は青く、私達の悩みは陽気に解けていく。

 残念ながら、青空は私達に答えを返してはくれなかった。

 

 

 

『それで、わざわざ俺に電話してきたのかい?』

 

「お忙しい中、申し訳ありません。

 でも、柳ヶ瀬のおじさんもおばさんも、悩め悩めと笑ってばかりで。

 自分なりに考えても見たのですが、駿我さんの意見も聞ければと思いお電話しました」

 

『うん、何も考えもせずに他人に頼るのは怠慢な上にカンニングだが、自分なりの意見を持っているなら意見の幅が広がるからね。

 まずは朝日さんの考えを聞かせてくれたら、こちらもそれに合わせて答えようと思う』

 

 その夜、私はやっぱり駿我さんに電話をしていた。

 甘え過ぎてはいけないと分かっているのに、どうしても頼ってしまう。

 家族に会えない分だけ、どうしても駿我さんにそういった部分を求めてしまっている自覚はある。

 自分のそういった部分に、自身が未熟な子供であると思い知らされる。

 幸いなことに、駿我さんが仰っていた、“家族の様に頼ってくれて良い”という言葉が文字通りの意味であったことが何よりの救いだ。

 ごめんなさい、そしてありがとうございます、お優しい駿我さん。

 

「私の考えとしては、まず夢とは自身の将来像であると感じました。

 こうなりたい、ああなりたいと感じるものです。

 ですから、まずは将来の自分を想像してみるところから始めてみました」

 

『あぁ、そういう……』

 

 何かを察したように、駿我さんが声を出した。

 どこか呆れているトーンのそれは、こちらが言おうとしていることを理解したのだろう。

 こうして良くお話をする中で、駿我さんは私のことをよく理解してくれている。

 その部分に対して、申し訳なさに嬉しさが交じっており、時折自分を浅ましく思ってしまう。

 

『一応聞くけれど、君の将来像はどんなものだい?』

 

「大人になることです。

 広義のものとしてではなくて、隙がなく他人に迷惑を掛けない人の事を指します」

 

『うん、模範的な回答だ。

 俺も、自分に子供が居てそう言われたら、面白みの無い奴だと言って笑っただろう。

 でも、それは俺に似ているという親近感で出るものだ。

 俺は君の性格を知っている。

 それを踏まえた上で言うなら、それは人生に遠慮して控えた事を言っているに過ぎない。

 君には、もっと望んでいるモノがあるだろう?』

 

 駿我さんはそう言って、言葉を噤まれた。

 こちらに考える時間を渡すための所作で、もっと心の奥の物を促されている。

 もっと贅沢を言え、望みを告げてみろと駿我さんは意地悪を言っているのだ。

 ……私が本当に望んでいるものは、許されないのを知っているのに。

 

「善意で言ってくれているのは理解します。

 でも、それは望むべくしても、もう無理なものです。

 夢という言葉と共に望みを添えると、何かが起こってしまいそうで……」

 

『君が望む望まないを別に、事態は往々にして動き出すものさ。

 ――これはここだけの話だけれども、里想奈さんは最近勉学にとても励んでいる様だ。

 それも、あらゆる分野で様々な物を吸収している。

 前から賢い子だと知っていたが、今では教養も身に付けている。

 その理由は、分かるかい?』

 

 わざわざその事を話すということは、今の会話に関連していることは間違いない。

 そしてりそなは、賢い上に面映ゆくも私を好いてくれている。

 当然の様にその発想に行き着いて、私は自分がどう息をしていたのか忘れそうになった。

 あの面倒くさがりで甘えたがりの子がと、そういった部分も含めて。

 

「…………っ」

 

『もしかして、泣いているのかい?

 ……困ったな、君が泣いている時、俺は常にハンカチを渡してあげられないな』

 

「泣いて、ませんっ。

 泣いて良いのは、子供の内だけですから」

 

『大人にだって、泣いてしまう日はあるだろう。

 泣く行為が相手を困らせると分かっている君だからこそ、俺の前でそれだけ素を晒してくれているという自惚れもできる。

 それに、家族の献身というものは、君の身にはとても尊いものだろう。

 君には、泣く権利があると思えば良い』

 

 本当は、目が潤んでいた。

 でも、駿我さんの言葉はありがたくて、心にそっとそれを仕舞った。

 りそなが頑張っているのだから、私がこんなのでどうするんだという気持ちも持って。

 

「いいえ、泣き、ませんっ。

 私は、りそなの姉ですから」

 

 口元が、その事実を口にして綻んだのを自覚する。

 もう会えないから、それが何だというのだろう。

 私はいつだって、りそなに恥じない姉でいる心掛けが必要だ。

 だって、私は今でもこんなにりそなの事が好きなのだから。

 

『そう言われてしまえば、俺からは何も言えない。

 ただ、一つハッキリした事実があるだろう?

 何時だって、君は里想奈さんのことになると気丈になる。

 だったら、もうそれが答えになっていないかい?』

 

 問いかける口調は柔らかく、けれども間違いなく逃げ場を塞いだ質問だった。

 私がそのことで、いいえと言えないのだから。

 言葉を探す沈黙が数秒あって、私は小さな声で呟いた。

 

「――また、一緒に居られることを夢に見ます」

 

『夢に見る、曖昧模糊な表現だ』

 

「夢は、夢ですので」

 

『それでも、同じ夢を見ている家族が居て、その子は夢を現実にしようとしている。

 それは悪いことなのかい?』

 

「……嬉しいです、感動だってします。

 でも、それはりそなだからで、私が行えば天がその行いを許さないでしょう」

 

『それも、一つの生き方かもしれない。

 何事も諦観から入る、悲観的な物の見方をする。

 そうすることで、間違いなく心は守られるからな。

 でも、心から望んでいる物には、必然的に遠ざかる。

 自分が自分に言い訳をするって、そういうことだ』

 

 駿我さんの口調は落ち着いていて、だからかとても深みを感じる。

 もしかすると、駿我さんにもままならない事があり、そういった道を選んだ事があったのかもしれない。

 だから、ここまで親身に伝えてくれているのかも、しれない。

 

 そんな想像をして、胸が切なくなる。

 駿我さん程の人でもそういう事があり、だからこそと応援してくれているのを理解できるから。

 弱くありたくないと思いつつも、逃げてしまう私に失望されてしまいそうで怖くて。

 りそなが現実に向き合って、立ち向かっているのに私は俯いたまま。

 駿我さんに、そんな格好悪いところを見せてしまうのが、酷く苦しい。

 

「わた、しは……弱い人間です」

 

 絞り出す声は、余りに覇気がない。

 臆病で利己的な、余りにも醜い自分。

 何時だって、待っているだけで他力本願。

 お母さまに頼って生きて、お兄様に拾われて、今でも駿我さんや柳ヶ瀬家の皆さんに庇護されている。

 私の人生は、何時だって与えてもらったものだった。

 

 それが、恥ずかしくて悔しい。

 だからこそ、自立したい、一人で生きていける様に、誰の迷惑にもなりたくないと強く思う。

 そんな弱さと愚かさが、私から夢というものを遠ざけていく。

 駿我さんに言われた通り、何時だって私は逃げてきた人間だから。

 

『……人間というものは、何時だって弱い。

 それを自覚しているだけ、朝日さんは上等なものさ』

 

 口調は変わらず穏やかで、だからこそ駿我さんの顔が見えないのが不安になった。

 明らかに、私はりそなの強さに見合っていなかったから。

 見捨てられても仕方がない、惰弱さを私は衣として纏っていたから。

 

『それを忘れずに、顔を上げていけば良い。

 弱いからといって、能力に自信がなくても、誰だって道を歩いて良いんだ。

 公道は、誰の物でもなくて皆のものだからだ。

 それを独占して、勘違いをしている奴にさえならなければ』

 

 何時だって、駿我さんの言葉には含まれているものがあった。

 それは優しさだったり、親しみだったり、時には諭すものもあって。

 今回のそれに、失望が交じっていない様に感じたのは、私を尊重してくれていると感じれた故に。

 主観で曖昧なものだけれど、その事に胸を撫で下ろす。

 もう嫌われたくないと思うくらいに、私は駿我さんの事を大切に感じていたから。

 

『夢は見れるし沢山ある。

 だが、自分が望んでなりたいものは案外少ない。

 自分の好きなもの、思い出なんかを振り返ってみてもいいかもしれない』

 

 教唆した割に結論が在り来りで悪いね、とバツの悪そうな声を駿我さんはしていて。

 今回の話が、私にダメージが来ることを知っていての事だったと暗に認められた。

 その事については、私の情けなさが余りに酷いので何も言うことはない。

 ただ、私の事を気に掛けてくれているのは、確かに伝わってきたから。

 

「何を言われたかではなく、誰に言われたか、だったのかもしれません。

 何かを探そう、見つけようと私も思えましたから。

 在り来りな駿我さんの言葉が、何かを探そうという原動力になります。

 だから、今日も電話を掛けて良かったです」

 

『…………そうか、なら良かった。

 夢は、探せそうかい?』

 

「はい、見つめるだけでなく、まずは外に出かけてみようと思います」

 

『書を捨てよ町へ出ようって風情だね』

 

「百聞は一見に如かず、ですから」

 

 会話が弾んで、笑みが溢れた。

 駿我さんは、私みたいな子供との会話も真面目に取り合ってくれる。

 その距離感で居てくれている事に、とても心地よさを覚える。

 だからこそ、夢という単語でふと思った。

 駿我さんに恩返しをするというのも、もしかすると夢になりうるのかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところで朝日さん、最後に一つ良いかい?』

 

「はい、何でしょう?」

 

『その、大変聞くのは心苦しいところなのだが……。

 君が、大蔵衣遠のことを好いていると、風の噂でね……』

 

「えっと、これには遠大でとても深い訳がありまして」

 

『俺が聞きたいのは、理由ではなく答えなんだ。

 つまりは、その、何だ。本気という訳かい?』

 

「誤解が重なっていると、滋賀の風元にお知らせください!」

 

『流石にそうだよな、分かってはいた。

 いたんだが、論理的でない部分で動揺してしまった。

 よもや、俺自身がここまで未熟だとは……』

 

「……前から気になっていたのですが、衣遠お兄様と何かあったんですか?」

 

『いや、単に性格がね。

 反りが合わないってだけさ。

 もし君が兄妹間で好きあってるとなったら、倫理的にも感情的にも祝福できそうになかった』

 

「私はともかく、衣遠兄様はその様な方ではありません!

 何時だって立派で、才能溢れるお方です。

 私より、もっと素敵なお嫁さんを見つけて結婚して頂きたいです」

 

『好いている部分は、否定しないのかい?』

 

「恋愛的な意味合いではなく、家族的な意味合いでは愛しています」

 

『……朝日さんも里想奈さんも、君達は一人を除いて情が深い兄妹だね』

 

「お兄様も激情家でいらっしゃいますので、情はありあまっておられます」

 

『但し、情は全てを自分の為に使う、と』

 

 やっぱり、駿我さんとお兄様の間には何か因縁があるのだろう。

 ちょっと気になったけれど、答えはやっぱり返ってこない。

 尊敬している人同士がいがみ合っているのは、やっぱり嫌で。

 でも、それを制止出来るほど、私はお二人の事情に詳しくなくて。

 それでも、何時かはお兄様と駿我さんが手を繋げられたらと思う、そんな日のこと。

 これも、もしかしたら夢? の一つに入るのかもしれないと思った瞬間だった。





暫く、このペースで安定してきたので2週間に一回の更新になりそうです。
申し訳ありませんが、今後とも宜しくお願い致します。
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