月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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これで滋賀編も最終話です。


第24話 また逢う日まで

 駿我さんに滋賀を離れなければならないことを告げられてから、直ぐに。

 駿我さんがそんなことを言い出した理由を、私は考えていた。

 だって、理由も無く何かを押し付けてくる人ではないのだから。

 というよりも、そんなケースは今回が初めてだ。

 今まで、何があっても私の意思を尊重してくれて、何をするにも“どうしたい?”と聞いてくれるのが駿我さんだったから。

 

 勿論、駿我さんの頼みであるのならば否というつもりはない。

 けれども、どうしたのだろうと推測を巡らせてしまうくらいの付き合いの深さがあったことは自負している。

 だからどうして、と考えて。

 でも、その思考は柳ヶ瀬家に近付くにつれて、段々と脳裏の端側に追いやられていくことになった。

 何故なら、滋賀を離れるならば、必ずあの子達に説明をしなくてはいけないのだから。

 

 

 

「おっかえりぃ!

 朝日、駿我さん何かお土産くれた?」

 

「ただいま、湊。

 うん、今日は東京ひよこだったよ」

 

「おー、今日は東京帰りだったんだ」

 

 嬉しげに、お土産の入った袋を受け取る湊。

 湊には駿我さんのことを、親戚のお兄さんだと紹介していた。

 そして湊にとっては、お土産をくれる気前の良い人だという認識らしい。

 因みに、お土産の種類によって、駿我さんの用事があった場所を推測できるみたいだ。

 京都に寄っていたら八ツ橋、北海道帰りなら白い恋人だったから。

 案外、駿我さんは定番品が好きなのかもしれない。

 

「それでね、湊」

 

 かなり言い辛い気持ちで、私は話しかけた。

 お土産を貰って、機嫌が良い今しかタイミングがないと思ったから。

 

「まだお土産あんの!」

 

「残念ながら、お土産話しかないかな」

 

「じゃあ食べながら聞くから、居間で話そ」

 

 トットットと駆けていく湊。

 相変わらず、軽やかさがある足取り。

 もうこんな姿を見られるのも少しだけだと思うと、寂しくて仕方ない。

 

 

「お、ムサシ~、お茶!」

 

「父さんを何だと思っているんだ、お前は」

 

「ムサシはムサシだよ」

 

「おかしいなぁ、稼いでるの俺なんだけどなぁ。

 ヒエラルキー、下すぎない?」

 

「カレー臭がするのが悪い」

 

「しとらんわ!」

 

 居間に居たおじさんは、ブツブツ言いながらもお茶を沸かしてくれていた。

 なんだかんだ、この人も娘に甘い人だった。

 ……そういえば、おじさんは私がこの家を離れることをもう知っているのだろうか?

 

「で、お土産話って?」

 

 お茶が来る前に、ひよこの頭を貪り食っていた湊が尋ねてくる。

 この段階でも、やっぱり話し辛かった。

 頭の言葉にゴメンを持ってくるべきかとか、それとも何気ないふうに話した方が良いのだろうかとか。

 考えれば考えるほど、話し辛くなってしまう。

 そんな私の様子に、湊も何だか様子が変だと感じ取ったのだろう。

 怪訝な顔で、私を覗き込んで。

 そんなタイミングで、おじさんがお茶を入れてやってきたのだった。

 

「ほらお茶、朝日ちゃんの分も。

 ……でも、こうしてられるのも後少しだと考えると、やっぱり寂しいねぇ」

 

 あ、と声が出たのは、おじさんの口から話そうと思っていた内容が出てきたから。

 おじさんの方は、特に意識した風もなく、でも多分私を気遣ってくれたのだと思う。

 私より先に、この話を知っていたということは、駿我さんも今日話すと伝えていただろうから。

 

「あ? ムサシ転勤するの?

 大阪? 東京? もしかしてアメリカとか?」

 

「サラッと俺を遠隔地に追放しようとするな。

 俺じゃない、朝日ちゃんだよ」

 

「…………は?」

 

 一つ、湊の声のトーンが低くなる。

 意味をキチンと受け取って、でも理解は出来ていないといった感じ。

 ジロリとした視線がおじさんを貫いて、おじさんは私の方に視線を向けた。

 話して良い? と聞いてるのだろう。

 

「おじさん、自分でお話します」

 

「そうかい、じゃあ俺は部屋に戻ってるわ」

 

 よっこらしょと腰を上げて、ここから去っていったおじさん。

 分かりやすく気を利かせてくれて、それに頭を下げて見送った。

 珍しく、喧騒が絶えない柳ヶ瀬家は静かだった。

 おじさん以外、お出かけしてるのか家に居ないのだ。

 

 

「で、どういうこと?」

 

 ムッツリとした顔で、湊が私を促した。

 何かを言う前に、取り敢えず一回話を聞いておこうと言うことなのだろう。

 なのでできるだけ簡潔に、経緯を話し始める。

 まだ私の頭でも整理がついていないけれど、話しながらまとめられたらと思いながら。

 

「私ね、フランスに行かなきゃいけないんだって」

 

「なんで?」

 

 なんでと聞かれると、私も答えを持っていない。

 だから困ってしまったけれど、それでも何とか言葉を繋ぐ。

 駿我さんの頼みで、きっと何かしらの理由がある筈だから。

 

「分からない、でも行きたいかなって思わなくもないよ」

 

「なんでっ」

 

 震えていて、さっきよりも感情が分かりやすくなっている湊の声。

 瞳が揺れていて、私の心もそれに引きずられそうになる。

 でも、そうするには、私は駿我さんのことを好きになりすぎていた。

 湊と優劣なんて付けられないけれど、今回ばかりは駿我さんを優先したかった。

 私も、本音を言えばこの家や滋賀を離れるなんて、まだボンヤリとしか現実を受け入れられてないけれど。

 

 でも、今までお世話になりっぱなしだった駿我さんが、初めて私にこうして欲しいと言ってくれたから。

 どんな事情があっても、私の人生の味方をしてくれた分だけ、何か力になれればと思ってしまう。

 だから、私は私の意思を湊に伝える。

 

「滋賀での……ううん、湊や七愛さんと送る日常が楽しかった。

 だから名残惜しくて、沢山の気持ちが胸で渦巻いてる。

 湊を抱きしめたいし、ここでの暮らしは大好きだって胸を張って言えるよ」

 

「なら、なんで……?」

 

「初めて、駿我さんが私にお願いをしてくれたから。

 何がどうなってるのか、裏の事なんて微塵も分からない。

 でも、そういった駿我さんのお願いを叶えてあげたい。

 生きる術を見失いそうだった時、手を差し伸べてくれたのは駿我さんだったから。

 大げさな話じゃなくて、私は駿我さんに人生一回分の恩を受けてるんだよ」

 

 湊は泣きそうな、でも怒ってしまいたいような、そんなクシャリとした顔をしていた。

 私の言い方が、卑怯だったというのもあるかもしれない。

 問答無用で口を出せなくなってしまいそうな、そんな理由だから。

 でも、紛れもない事実で、寂しさと同様に僅かな使命感が胸にあって。

 

「朝日が私や家族のこと、どうでも良いなんて思ってないことは知ってる。

 知ってるからこそ、やっぱりムカつく。

 ちゃんと考えて、私が選ばれなかった気がするから」

 

「……ごめんね」

 

 口から違うよ、と零れそうなのを我慢する。

 どんな言葉を紡いだって、私が決めたことを覆すことはないから。

 言い訳を並べても、と罪悪感が湧いてくる。

 

「……ゃだ」

 

「え?」

 

「イヤだって言ったの!」

 

 申し訳無さで胸が一杯になりそうになっていた時に、湊はそれを吹き飛ばす勢いで叫んだ。

 分かりやすいほどの意思表明、有無を言わせない強引さ。

 湊らしいなと思う気持ちと、でも困るなという気持ちが同居する。

 確かに急だったし、私も凄く寂しく感じるから気持ちは分かるから。

 

「湊……」

 

「朝日、七愛も呼ぶから」

 

「え?」

 

「私だけじゃ説得できないから、七愛も呼ぶ」

 

 即決即断、湊は電話を掛けていた。

 電話を掛けて二、三言話して、カチャリと受話器が切られた。

 そして戻ってきた湊は、冷めたお茶を一口で飲みきった。

 

「きゅーけい、七愛が来るまで」

 

「電話、直ぐに終わったね」

 

「会いたいから家まで来てって言った」

 

「主語がない……それ、私が怒られるパターンのやつだよね」

 

「そうだよ、朝日はこれから七愛にいっぱいお説教されて、反省してこの家から出たくなくなるの」

 

「そういう意味合いのお説教はされなさそうだけどね」

 

 圧倒的なまでの希望的観測を述べる湊。

 ただ、その道筋は、どこかの分岐でもう通り過ぎてしまった気がする。

 もしかしたら、どこかにそんな未来もあったのかもしれないけれど。

 

 

 

「来ました、湊様」

 

「もぅ、様呼び止めてって言ってるでしょ」

 

「人生の恩を感じておりますので、無理です」

 

「恩を感じてるなら、仇で返すなー」

 

「では、この七愛に腹を切れと?

 湊様を侮蔑するような真似は出来かねますが、仰っしゃられるなら仕方ない。

 七愛は腹を裂き、取り出した腸を肉詰めにしてお嬢様へと饗します。

 死に果てることになっても、お嬢様の一片となって七愛は生き続けるっ」

 

「食うこと前提で話を進めるなー!」

 

 やって来た七愛さんは、何時もの感じの会話を湊と繰り広げていた。

 そう、何時もの。

 湊と七愛さんは、何時の間にかおかしな関係になっていたのだ。

 何があったのかは聞いても、七愛に聞いてとしか湊は言ってくれなくて。

 七愛さんも、意味深に笑うだけ。

 何だか仲間外れにされて、寂しい気持ちになったりもした。

 けれど、それが続くと何時ものことを感じるようになって、私と七愛さんの関係性は微塵も変化が無かったのもあって、何時の間にか慣れてしまっていた。

 唯一、昔と違うことは七愛さんが湊を崇拝し始めただけなのだから。

 ……だけ、というには頭の痛くなるような違いだけれど。

 

「では、どの様な御用で呼ばれたのですか?

 何となく会いたくなったと、そういうことですか?

 もしそうなら、七愛は喜びのあまり昇天してしまいます」

 

「うん、落ち着こうか。

 そして話を聞いて欲しい、七愛。

 今日は朝日のことで話があったんだ」

 

 湊がそう言うと、七愛はジトりとした視線を私に向ける。

 またお前かと言いたげで、やっぱりという気持ちも見え隠れしている。

 意識的に私を無視していたのか、それとも空気扱いだったのかも。

 

「こんにちは、七愛さん」

 

「……大蔵朝日、幾ら正妻だからといって愛妻だとは限らない。

 今はその立場に胡座をかいていろ、その立場を奪ってやる」

 

「違います、正妻じゃなくて親友です」

 

「親友とは、対等な立場の人間同士がなり得るもの。

 つまり下等生物の私やお前は、湊様相手に親友になれないのは周知の事実」

 

「私達が人間だとして、それなら湊は何になるんですか?」

 

「女神の他に何に見える?」

 

 今日も七愛さんは絶好調だった。

 私にとって親しい友人は、七愛さんにとっては神様らしい。

 未だに二人に何があったのか、その内実を教えてもらえていないのは、私が勉強に集中していたから。

 勉強にかまけていて、七愛さんに何かあったであろう時期に何もしなかった。

 そう考えると、ちょっと意地悪されても仕方ないのかもしれない。

 見限られた訳では無いし、前と距離感自体は変わってないから別状は無いのだけれど。

 ただ、もしかして別の道を選んでいたら、二人と一緒に苦労や喜びを共にすることが出来た気がして。

 それが、ちょっと寂しかった。

 

「それでそれで、朝日の話だけれど……七愛、朝日をちょっと叱って欲しいんだ」

 

「恥を知れ、このメス豚!!!」

 

「違う、そうじゃない!」

 

「でも、アレは嬉しそうにしてますよ?」

 

「え、朝日……?」

 

「あらぬ嫌疑を掛けられそうだから答えるけど、何時もと同じ光景を見れて何だか嬉しいなって思ってただけだよ」

 

 何時ものテンポで、何時もの会話。

 これが聞けるのも、もうあと少しだけ。

 私が大人になれば自由に行動できるのだろうけれど、それまでは二人と会うこともままならないかもしれない。

 そう考えると、会話の内容はとにかくとして、やっぱり良いなと思ってしまった。

 こうして、三人で集まって会話をするということが。

 

「それで、何を叱れば良いんですか?」

 

「朝日がね、急に海外に行くって言い出して」

 

「大蔵さん、今までありがとう。

 日本を離れても幸せに暮らしてね」

 

「めっちゃ笑顔で何言ってるのーー!」

 

「新しい門出を祝おうかと」

 

「七愛は寂しくないの?

 朝日と会えなくなるのに!」

 

「若干の寂しさと、大いなる喜びに打ち震えています。

 大蔵さんが居なくなれば、後は七愛だけが湊様に愛を注がれる」

 

 恍惚とした顔で、どこかここではない場所に意識を飛ばしている七愛さん。

 あまりのスピード感に反応できなかったけれど、七愛さんからは笑顔でさよならを言ってもらえた。

 ……ワガママだけれど、少しだけでも惜しんでもらいたかった。

 でないと、ちょっぴり切なく感じてしまう。

 

「ただ……」

 

 ふと、正気に戻ったように、七愛さんが私の顔を覗いてきた。

 マジマジと、私の目の裏側まで見通すように。

 湊と話している時の楽しげな感じではない。

 時折見せる聡明な透明さが、私を貫いていた。

 いま何か嘘を吐いても、きっとそれは全て見抜かれてしまうだろう。

 

「自分を押し殺して笑っているだけなら、その顔を笑えないくらいに整形してやっても良い」

 

 七愛さんの言葉に、嬉しくて顔が綻んだ。

 だって、それは七愛さんなりに心配してくれた言葉だったから。

 私がこんなのだからそう言うしかなくなってしまっているけど、その気持ちがとても暖かい。

 

「見てください湊様。

 笑っている、これがこの女の本性です。

 コレがマゾだと認めてくださいますね?」

 

「違います」

 

「違ってて欲しいな、私も……」

 

「疑わないで、湊」

 

 誤解とは、一度生じると中々解けないもの。

 最近は私に生じるそれを、口の上手い七愛さんが信憑性を持たせようとさえする。

 今回も危ういバランスの上で、何とか誤解を誤解のままにしておけた。

 ここで訂正し損ねると後々まで祟りそうだから、本当に良かった。

 

「あーーーっ!!」

 

 そんなこんなで私がホッとしていると、湊が大声で叫んだ。

 ムシャクシャして、だから大声で叫んだといった感じの様子の湊。

 私と七愛さんは顔を見合わせると、同時に湊の顔を覗き込んでいた。

 

「朝日っ! 本当に、ほんと~っに行っちゃうの?」

 

 私達二人の視線を受け止めた湊は、そのまま私の方に視線を固定した。

 何時も爛漫としている瞳が、今は何かを堪えるかの様に揺れている。

 その眼が、切なげな表情が、彼女の内に宿っている切実さを訴えてくる。

 胸が、ギュウっと締め付けられる。

 ごめんねという言葉が出そうになって、それを何とか飲み込む。

 謝っても、湊がモヤモヤとした気持ちを抱えてしまうだけだから。

 少し考えてから、私は小さく頷いて湊に語りかけた。

 

「うん、行くよ。

 きっと、暫く会えなくだってなる。

 でもね、それでもずっと会えないわけじゃないよ。

 私が、何時かきっと会いに行くから。

 だって、私の心の拠り所になる故郷は、この滋賀だから」

 

 湊の寂しそうな表情が、無くなることはなかった。

 でも、私の言葉が届いて、やんわりと悲しい気持ちがオブラートに包まれた様に隠れて。

 もーぉ、と仕方なさそうに呟いた湊は、真っ直ぐと私を見た。

 不安そうに揺れていた眼が、透き通った様に今は落ち着いていて。

 

「信じてる。

 他の誰でもない、朝日の言葉だから。

 だからね、たまに私が会いたいと思ってることを思い出してね」

 

 そういった後、湊はアハハと苦笑いをして、そっと視線を外した。

 それでも、私にはさっきの湊の、信じてると言った時の眼が焼き付いている。

 まるで、りそなが私を見る時の、心を預けてくれたような目。

 絶対に忘れないと誓わせてくれる、無条件の信頼。

 その正体を、私は知っていた。

 ――親愛と、それは呼ばれているもの。

 

「約束、するね」

 

 そっと小指を差し出すと、湊は戸惑いなく自分の小指を絡ませて。

 二人で一緒に、囁きあいながら二人で謡う。

 

 ――指切りげんまん、嘘吐いたら針千本の~ます。

 ――ゆびきった!

 

 

 それは、誓いだった。

 単純なお(まじな)い、些細な祈りを乗せての行為。

 けれども、だからこそ気持ちを乗せやすい。

 互いのことを想い合うこと、それだけに集中できるから。

 だから、湊の気持ちも十分に伝わってきて。

 絡めた小指を離すのが、ひどく名残惜しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間とは、願っていても止められないもの。

 自分で決意を表明しても、いざとなると心に戸惑いが出てくる。

 もう、気が付けば当日が訪れて。

 迎えに来てくれた駿我さんやカリンさんに頭を下げて、私は柳ヶ瀬家を仰ぎ見た。

 

 私が大変だった時、行き場がない時に居場所になってくれた家。

 住んでる人達は優しくて、一番の親友が出来た場所。

 思い出が沢山、これからもここで過ごした日々を忘れない。

 心を一つ、この場所に置いて行きたい。

 そんな、第2の故郷。

 

 そんな優しい家で、私を見送るために全員が都合を合わせてくれた。

 ここで過ごした2年で、大きくなった湊の弟くんや妹ちゃん達。

 何時も穏やかに見守って、私を受け入れてくれていたおじさんにおばさん。

 

「朝日」

 

 ――そして、私の大切な親友。

 

「湊」

 

 彼女の呼びかけに、私も応える。

 今日を迎えるまでに、多くの言葉を交わしていた。

 なので、今この場で話すことは少ない。

 ……本当は、日常の延長線なら話したいことは沢山有るけれど、それを口にするには時間が足りなくて。

 だから、本当に伝えたい言葉だけを、私たちは口にする。

 

「またね」

 

「うん、また」

 

 私達は、合わせたみたいに近付きあって、互いを互いが抱き寄せた。

 

「元気でね」

 

「うん」

 

「気を付けるんだよ」

 

「うん」

 

「……大切な言葉って、当たり前の言葉ばっかりになるんだ。初めて知った」

 

「大切なことを格好良く言うのって、難しいから」

 

「そっか」

 

 耳元で、二人で囁きあって。

 それから何も語らずに、十秒、二十秒と時間が経って。

 未練はあったけれど、これ以上は耐えられなくなりそうで、そっと私から離れた。

 

「今まで、お世話になりました」

 

 深々と、柳ヶ瀬の一家に頭を下げると、優しい言葉が沢山返ってきた。

 もう家族みたいなもの、何時でも遊びに戻っておいで、お姉ちゃんありがとう。

 言葉の一つ一つに心が温かくなって、込み上げてくるものがあったけれど、それを必死に我慢する。

 最後に泣き顔を見せていなくなるなんて、心配させてしまいそうだから。

 

「私も、皆さんのことが大好きでした」

 

 かわりに、微笑んだ。

 心配しないでと、そういう気持ちで。

 胸いっぱいに、温かさを詰め込んでもらえたから。

 私は最後に笑うことが出来ていた。

 

 

「行こうか、朝日さん」

 

 駿我さんの言葉に頷いて、私は黒色の高級車に乗り込んだ。

 ……車が発進する、この滋賀の地から離れるために。

 後ろでは、皆が手を振ってくれていた。

 私も、その姿が見えなくなるまで振り返す。

 大きな感謝と、お別れの寂しさを込めて。

 

 そうして、その姿が見えなくなった後。

 カリンさんが一言、窓の外に目を向けて言った。

 

「もう一人、いらっしゃってるみたいです」

 

「え?」

 

 心当たりはある。

 けれど、彼女は私がここから離れると聞いた時も淡白な反応で。

 心配はしてくれても、惜しんではくれてなさそうだった。

 だから、窓の外にその姿を見た時、私は胸を抑えていた。

 嬉しさや寂しさが、胸から零れそうな気がしたから。

 

 つまらなさそうな、無関心の様な、けれどもこちらを見てくれている目。

 私のことを嫌いと言っていて、けれども親身で居てくれた。

 ――七愛さん、私が初めて自分から友達になりたいと思った人。

 

「どうします?」

 

 カリンさんの言葉に、私は直ぐに答えれた。

 

「大丈夫です、そのままで」

 

 言葉を交わさなくても、分かることはある。

 そして、こうした場面で七愛さんが姿を見せてくれた理由も。

 話したいとは思ってなくて、それでも心に留めてくれていた。

 それだけで、私は十分に想われていると自覚できたから。

 窓を開けて、私は一方的に声を掛けた。

 七愛さんは気持ちを積極的に伝えてくれるけれど、私はそうでなかったから。

 

「七愛さんのこと、とっても大切なお友達でしたーーーーーっ!!!」

 

 分かりやすく、七愛さんが目を剥いていた。

 ”何言ってるんだ、こいつは”という気配。

 でも最後くらい、七愛さんを驚かせてみたかったから。

 

「ありがとうございましたーーーーっ!!!」

 

 大声を出すと、何となく何時も以上に気持ちが乗ってくれる気がする。

 遠ざかっていく七愛さんの表情を確認して、私はごめんなさいと心の中で呟いた。

 どうにも、私は七愛さんの怒った顔が結構好きだったみたいだから。

 

 名残はあった、心の整理だってまだ済んでない。 

 でも、後悔は残さなかったと断言できる。

 

「また会いましょうねーーーーーーっ!!!」

 

 聞こえているかなんて分からないくらい小さくなった七愛さんに最後の声を投げ掛けて。

 私は滋賀を、この優しい土地を離れて行く。

 またいつか、と空の彼方に約束を投げ掛けて。

 

 このダボーーーーッ!!! と、誰かの声が聞こえた気がして、少し笑ってしまった。







ルート分岐条件

・湊と勉強を天秤に掛けた時に、常に湊を優先する選択肢を取る

・七愛さんに自分のことばかりでなく、七愛さんが抱えている事情を尋ねる

以下の行動を取ると、ルートが分岐して七愛さんの抱えている問題を湊と解決するルートに分岐し、朝日が滋賀から離れたくないと駿我さんに言えるくらいの好感度を稼ぐことが出来るらしいです(空想ワザップより)。



滋賀編の完結により、次からはフランス編……と言いたいのですが、閑話を一話挟んでからになると思いますので、よろしくお願いします!
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