月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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投稿が遅れてしまってすみませんでした!
弟が濃厚接触者になって、こっちも自宅待機している間に生活習慣が狂って戻すのに苦労しました……(言い訳)。

それはそれとして、ここからパリ編が開始します。
皆様も、どうかよろしくお願いします!


第2章 私たちに翼はない
第25話 告白


「パリ、かぁ」

 

 フランス、パリ。

 世界の中心とも言える、文化の発生地点。

 憧れや憧憬を抱く人も少なくない、そんな文明の発信地。

 その地に私は立っていて、けれどもその感動を私は味わうことが出来ていない。

 ここに来る前の出来事が、私にそれ以上の揺さぶりを掛けていたから。

 そう、あれはここに来る時に乗っていた飛行機での出来事だった。

 

 

 

 

 

「朝日さん、大事無いかな?」

 

「はい、乗り物酔いにはなったことがございません」

 

「それは重畳、何事にも耐性があるのは良いことさ」

 

 日本の空港をリフトオフしてから少しして。

 駿我さんが所有するプライベートジェットで、私達は空の上を飛んでいた。

 その事実に、私はようやく驚きから解放されつつあった。

 そもそも、航空機を個人で所有するには、溢れるばかりのお金が必要で。

 私とそう歳が離れていない駿我さんが有するには、並大抵のことではないのだと理解している。

 

 ご両親に買って頂くというのも、駿我さんの性格を考慮するとまず無い筈。

 だとすると、駿我さんは自社の経営だけで自由にこれだけ使える資金を用立てているということ。

 駿我さんが泊まって居られたホテル、身に着けている装飾品、所有していた高級車。

 どれも品良く纏められてはいたけど、確かに目を瞠るような高級品ばかりで。

 けれども、そこまではまだあり得る次元の話だった。

 でも、ここまで来ると、流石に次元が違うと認識するしか無い。

 

 会社の社長で、お金持ちなんだと名乗っていた駿我さん。

 その名乗りに嘘はないけれど、あえて訂正するなら、大金持ちと名乗られた方が良いかもしれない。

 それ程に、私は驚いてしまっていて。

 駿我さんはそれを、乗り物酔いと勘違いしたみたいだった。

 だから、その誤解を解いたのがたった今。

 そうか、良かったと言われる駿我さんには心配を掛けてしまったかなと思いつつも、そうしてくれていることに嬉しさを覚える。

 はしたなくてごめんなさい、お優しい駿我さん。

 

「日本からパリ間の飛行は10時間を超える。

 その間、ずっと気分が悪いのは、軽く言っても地獄だ。

 それは可哀想だし、君と話が出来ないのも残念だからね」

 

「全然大丈夫です、沢山お話しましょう!」

 

「そんな気合を入れてもらうことでも……いや、そうだね。

 では、一つ心構えが必要な話をしようか」

 

 軽くそう言った駿我さんに、私はなんだろうと耳を傾けて。

 

「――実はね、今まで名乗っていた小倉駿我って名前は偽名なんだ」

 

「………………え?」

 

 口調と反して、告げられた内容はとても重要で。

 そうして、私の頭を停止させるのには十分な一言だった。

 

「本名は別にあって、君と近付くにあたって別の名前を名乗る方が都合が良かった。

 君に対して善意で近付いたふりをしていたけれど、本当のところは計算を巡らせていたんだ」

 

「そ、それは……一体……?」

 

 頭は、駿我さんが話す内容について行っていないけれど、何か話さずにはいられない。

 それがたとえ、毒にも薬にもならない内容だとしても。

 思考停止したまま駿我さんに尋ねて、そして私はそれを耳にした。

 

「俺の本当の名前は、大蔵駿我。

 朝日さん、君の同類だよ」

 

 感情なくサラリと告げられた言葉は、私の情緒を掻き混ぜた。

 処理をするには情報量があまりにも多くて、私の頭を混乱させる。

 そうして、頭がグルグルと困惑の渦に巻き込まれたまま、私は口を開いていた。

 

「驚き、ました」

 

「うん」

 

「普段と一緒の感じで、世間話みたいに仰るから」

 

「うん」

 

「駿我さん、本当に私の家族、だったんですね」

 

「うん……うん?」

 

「驚いて、ビックリで頭がいっぱいで、まだ困惑していますけど」

 

 顔を上げると、困惑気味の駿我さんの顔が目に入って。

 その姿は、紛れもなく私が頼りにしていて、心の支えになっていた駿我さんそのもので。

 それが、私の中でしっかりとした確信を与えてくれる。

 

「心の繋がりだけでも、十分に嬉しかったです。

 けれど、血の繋がりがあってくれて、それもとても嬉しいです。

 確かな繋がりが、切れない連綿としたものが私と駿我さんとの間にあって、良かったです」

 

 頭は、確かにごちゃっとしていた。

 けど、それは悪いことでは全然なくて。

 むしろ、どうして駿我さんがここまで良くしてくれたのか、そんな理由の答えでもあって。

 だからこそ、私は心から良かったと言いたくなった。

 この繫がりが、きっと私と駿我さんを結んでくれたのだと察することが出来たから。

 

「……聞いても良いんだ。

 大蔵の名前を伏せて、君に近付いた理由を。

 何を企んで、何をしようとしているのかを」

 

 何かを我慢するように、駿我さんはそうする権利が君にあると言う。

 仮面を被ったように、全ての表情を隠して駿我さんは私を見つめていた。

 私も、そっと駿我さんに視線を合わせると、目と目が重なり合って。

 暫く、ジッと私達は見つめ合っていた。

 そうして、数分後。

 声もなくそうしていた中で、先に目を逸したのは駿我さんの方だった。

 

「聞いても良いと言ったのに、無言になられるとこちらも対処のしようがない」

 

「申し訳ございません、駿我さん。

 でも、やっぱりって思いました」

 

「何がだい」

 

「駿我さんは、私を傷つけようとして近付いたわけじゃないってことです」

 

「目を見ていただけで、そんなことが分かるものかな?」

 

「分かります、他ならない駿我さんのことですから」

 

 さっきの駿我さんの目。

 揺らぎの中に迷いがあって、無表情の中でも優しさが隠しきれていない。

 ズルいけれど、気を許していただいている身だからこそ、分かる。

 やっぱり、駿我さんは私のことを家族として好いてくださっているということを。

 

「だから、都合良く話してください。

 全て、それを真に受けさせてください。

 駿我さんの言葉なら、それを全部信じます。

 都合の悪い事実は切り取っても構いません。

 隠し事をしてはダメなんてこと、無いんですから」

 

 駿我さんは、とても後ろめたそうにしている。

 それは、確かに善意以外の理由があったことの証左で。

 けれども、それで良いと私は思う。

 どんな理由があったとしても、あの時に頂いた好意に偽りは無いと知っているから。

 一緒に過ごして、話して、駿我さんがどんな人かを私は知っているから。

 だから、大丈夫ですよと話して。

 

「……君の気持ちは、少し重いな」

 

「甘えさせて頂いた分、糖分過多で愛が重くなっています」

 

「愛、か」

 

「はい、駿我さんに育てて頂いた家族愛です」

 

 照れは勿論あった。

 けれども、それは隠しようもないもので。

 だから明け透けにするのは品がなくとも、もう私に隠し立てるくらいの体裁は無くて。

 ――私に嫌われると感じておられる駿我さんに、思い切りよく伝えてしまえと思っていたから。

 

 

「…………下心、は多分俺にもあったんだ」

 

 そんな独白から俯いて、駿我さんは自ら話し始めた。

 私が言った、都合良くという言葉は耳に入っていなかった様に。

 

「大蔵家は親戚の仲が悪くてね。

 莫大な財貨、権能とさえ言える権力、それらに付随する数多の欲望の数々。

 大蔵家総裁の座を巡って、俺と衣遠は争う仲だった」

 

 語る駿我さんからは、何ら隠し事をしようとする気配がない。

 私がお兄様のことを尊敬していると、駿我さんは知っているから。

 それなのに、私に理解できるようにあらましを話していく。

 

「次期当主になるために、多くのことを行った。

 お互いが総裁殿の関心を得ようとし、相手の足を引き合った。

 自分が成功することよりも、相手の失敗を喜ぶ。

 そんな関係性が俺と衣遠の仲だ。

 最悪なのは、それが個人間だけでなくて家族間で行われていたこと。

 富や権力は人を腐らせるというが、その腐臭は全体にも及んでいた。

 総裁殿は家族は仲良くなんて言っているが、おままごとの関係性でしか俺達は繋がってない」

 

 胸とお腹が、きゅぅっと苦しくなる。

 淡々と語ってくれてはいるけれど、これまでに駿我さんは衣遠兄様のことを良くは思ってない口ぶりだったから。

 きっと、お互いに今まで争ってきたからこそ……。

 無表情のフィルター越しにでも、相手への辟易とした感情が伝わってくる。

 仲が悪い、を通り越している感触が。

 

「ある意味で、俺は衣遠を信頼していた。

 朝日さんの前で言うのも憚られるが、コイツはろくでなしだという信頼だ。

 だからこそ、俺も容赦なく策謀を巡らせた。

 お互いに、相手を破滅させようという気持ちだけは通い合っていた。

 そうして、弱みを探していく内に、俺は朝日さんに辿り着いた」

 

 俯きがちだった駿我さんの顔が、ゆっくりと上がる。

 私を見つめるその目は、吸い込まれそうな黒色で。

 澄んだその目に、私は引き込まれそうになっていた。

 

「君を見つけて、衣遠の弱みになると思った。

 だからカリンに言い付けて、君の周りを探らせたんだ。

 だが報告を受ける中で、君や里想奈さんが他の大蔵とは違うと、お互いを想い合っていることに気がついた。

 思えば、それが俺の君達への好意の始まりだったんだろうな。

 ……あとは、君の知っての通り。

 ずっと監視していたくせに、君が金子さんに追い出されて、ボロボロになって家族と離散したのを傍観していたんだ」

 

 弱々しく、駿我さんは微笑んだ。

 その微笑みと話の流れで、駿我さんが何を仰っしゃりたいのかも理解できた。

 つまりは、駿我さんは私に何を言われても仕方ないと思っているのだろう。

 もしかすると、私を利用するために近付いたと、その行動そのものが裏切りだと断じて欲しいのかもしれない。

 

「駿我さん、さっき私は言いました」

 

 駿我さんは、相手の気持ちを慮ろうとする。

 どれだけ凄い人だとしても、悪いことをしていると感じた時に罪悪感も覚える。

 だからこそ、駿我さんはこうして自虐的に仰るのだ。

 そんな駿我さんだからこそ、私は伝えなければならないという気持ちを強くする。

 

「駿我さんが駿我さんでいてくれる限り、私はそれを受け入れたいです。

 私とお兄様が別れた時のこと、私の気持ちを思って心を痛めて下さった駿我さんは私の知っている駿我さんに相違ありませんから」

 

 胸に手を当てて、今までのことを思い出す。

 手を差し伸べて下さったこと。

 気安く触れ合ってくださったこと。

 優しく教え諭してくださったこと。

 交わした会話には敬愛が混じり、交流は思い出になり、触れ合いは絆となった。

 今更、自分は悪い人なんて言われても、それは違うと私は知っている。

 

「小倉であっても大蔵であったとしても、私は駿我さんを尊敬します。

 ごめんなさい、駿我さん。

 私は利己的で、ワガママです。

 なので、駿我さんの気持ちよりも、私の感情を優先させて下さい」

 

 そこまで言い切って、今度は私から駿我さんの顔を覗き込んだ。

 思い切ったことを言った気がして、心がソワソワしてしまっていたから。

 

「は、ハハ、ハハハッ!」

 

 そして覗き込んだ先には、口を開けて笑っている駿我さんのお顔が。

 気持ち良さげに、楽しげに。

 そうして、私の頭にそっと触れられた駿我さんが一言呟いた。

 

「――キラキラ、している」

 

 駿我さんの瞳に何が映っているのか、私には分からない。

 でも、キラキラしているものを、私の何処かに見出したのは何となく分かって。

 フワリとしていた気持ちに、ムズムズとするものが混じり始める。

 気恥ずかしさが、心をカリカリと掻いている感覚。

 

「……なにが、でしょうか」

 

「……言うのは憚られる、それで察して欲しい」

 

 はい、と私は小さな声で返事をした。

 それ以上聞くのは無粋だとか以前に、私の方が口をモゴモゴさせてしまいそうだったから。

 それから一分、静寂が私達を包んだ。

 秒針が音を立ててたからそれに気が付いたけれど、感触的にはもっと時間が立っていた気がした。

 

「朝日さん」

 

「はい、駿我さん」

 

 そんな中で、先に話して下さったのは駿我さんだった。

 気まずさに近い気恥ずかしさで、それを払拭してくれる立ち回りには有り難さしかない。

 ただ、話をする駿我さんの顔はひどく真剣だった。

 

「俺は衣遠と分かり合えない、分かり合おうとも思わない」

 

 そう切り出した駿我さんは、でも、と続ける。

 私の肩に軽く手を置き、優しげな声で。

 

「君のことは大切に思っている。

 そして、君があの衣遠を慕っていることも分かっている。

 だから君が望むのならば、少し、そう少しだけ譲歩することも考えよう。

 勿論、俺からは歩み寄ったりしないし、攻撃されれば反撃だって行う。

 ただ、停戦する余地だけは残しておく気になった。

 君というバイアスを掛けられるなら、僅かにだが奴の存在も辛抱出来そうなんだ」

 

 そう語る駿我さんに、私は一つ頷いた。

 駿我さんとお兄様が争っているという現実に、戸惑いはある。

 本当のところは、まだしっかりとした状況を認識してはいないのだと思う。

 でも、二人がお互いを傷付け合うよりは、そっぽを向きながらも許容しあって欲しいから。

 

「私にできることを、精一杯やりたいと思います」

 

「うん、頑張れ」

 

 

 

 

 こうして、私はパリでやりたいこと、やるべきことが一つできた。

 それは、お兄様と駿我さんを仲直りさせるということ。

 きっと、すごく大変なことなのだろう。

 駿我さんの言葉の節々に、お兄様に対する棘が隠さずに刺さってきていたから。

 そして、お兄様は自身に敵対的な人に容赦するとも思えない。

 こうしてゆっくり考えてみると、凄く大変なことなのだろう。

 けれど、だからといって投げ出したくなんてない。

 だから……、

 

「空が、青いなぁ」

 

 パリの真ん中で空を見上げた。

 日本でも見ることのできる蒼穹が、パリだとフランス語の喧騒も相まって不思議な情緒を感じる。

 けれどそれが、不安もまた掻き立てる。

 ここには知っている人がいなくて、一人ぼっちな気分にさせられる。

 そもそも、私はフランスに行かなければならない理由を、まだ聞いていなかった。

 恐らくは大蔵家、そしてお兄様関連のことだとは思うのだけれど。

 

 目的も何も分からない。

 そうした不安は、形にならない淀みを胸に生み出して。

 誰か味方がいてくれたらな、と思っていた時のことだった。

 

「……朝日?」

 

 ふと、知り合いの居ない筈のフランスで、私の名前を呼ぶ声がした。

 思わず振り返れば、そこには目を真ん丸に見開いたプラチナ色の髪をした女の子の姿。

 見覚えのある、香るような懐かしさが風に乗っていた気がした。

 私も、思わずその人の名を呟く。

 

「……メリル、さん?」

 

 そう口にした瞬間、彼女が勢い良く胸に飛び込んできた。

 縺れながら、それでも倒れずに彼女を受け止めると、ギュッと強めの力で抱きしめられる。

 懐かしい、素朴だけれど清潔なメリルさんの気配。

 それだけで、感じていた不安から少し救われた気がした。

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