月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

30 / 48
第27話 そこまでやれとは言ってない

「よく来たね」

 

「よろしくお願いします、大家さん」

 

「私も、お願いします!」

 

 淡々と告げる大家さんに、私とメリルさんは二人揃って頭をペコリと下げて。

 それに大家さんは呆れたように、アンタ達ねぇと声を掛けられた。

 

「堅っ苦しいのは苦手なんだよ。

 見れば分かるだろう? この人生の重みを背負った肩と腹を。

 苦労の分だけ大きくなったんだ、これ以上はいらないよ」

 

「そうなんですか、大変な苦労をされて来たんですね。

 道理で包容力を感じると思いました」

 

「えっと、偉大な先達への尊敬を、メリルさんは伝えようとしているんです!」

 

「そうね」

 

 メリルさんのスレスレの言葉に、軽く冷や汗を掻きながらも事態を見守る。

 幸いにも、大家さんは気分を悪くした様子もなく、豊満なお腹を軽く叩いただけだった。

 冷や汗が出ていたのは私だけで、メリルさんはニコニコと話をしている。

 もしかすると、私が単に気にし過ぎなのか。

 

「それで、何時から?」

 

「何がでしょうか?」

 

 そんな私の悩みはともかく、大家さんはジロジロと私達の手を見ていた。

 何時から、と謎の言葉を添えて。

 主語が分からず、メリルさんも不思議そうな顔をして、私達は顔を見合わせた。

 

「なんだい、聞いてないのかい?

 あの憎ったらしい小童のイオンが、金を積み上げてわざわざ自分から頼みに来たってのに」

 

「衣遠兄様、が?」

 

「ここに二人預ける、金も用意する。

 だから面倒を見ろってね。

 頼み事をするなら、頭くらい下げたらどうだいって言ったら胡散臭い表情でホントに下げるし。

 そういった理由で、アンタ達を受け入れたんだよ」

 

「そうだったんですか……」

 

 あのお兄様が頭を下げた。

 それは私からしたら、驚天動地のことだ。

 私が知っているお兄様は、自分が認めた人以外にそんなことはしないはずだから。

 つまり、この大家さんは何かしら、お兄様が認めている能力があるということ。

 不思議な感覚で大家さんを見ていると、それで? と大家さんが又もや告げる。

 

「何時からにするんだい」

 

 まるで謎掛けだった。

 ヒントがあって、それでいて解を求められる。

 何かしら、お兄様にあらかじめ伝えられていることは分かるのだけれど。

 

「あ、大家さんの手」

 

 そんな中で、メリルさんが着目したのは大家さんの手だった。

 ここに来るまでに、私の手を大切に扱われていたと評して下さった。

 そして、大家さんの手はメリルさんの様な働き者の手をしていて。

 ただ、一つ普通の人と違うと言える特徴があった。

 それは、私達と同じ様な胼胝がある指。

 

「大家さんは、縫われているんですね」

 

 メリルさんの言葉に、大家さんはそうね、と簡素に返事をした。

 そう、大家さんは服飾に携わる職人だったのだ。

 それも、お兄様が頼み事をするレベルの。

 この考えに思い至った時、心臓がドクっと跳ねた。

 そんな人から技術を教われる故の感動……も確かに存在する。

 けれども、それ以上に思ったのはお兄様のこと。

 

 まだ、幾年も離れてしまった私を覚えていてくださったこと。

 まだ、私に技術を与えてくださろうとするところ。

 ――まだ、私を見てくれていたこと。

 

 思い上がりか、単なる妄想か。

 ただ、少しでも私のことを気にかけてくださったことが、何よりも嬉しい。

 お兄様にとって、心の片隅にだとしても私が存在していると知れたから。

 

 りそなとは、確かな深い絆を交わしあった。

 駿我さんとも、恐る恐る心に触れ合った。

 けれども、お兄様に対してだけは、私は踏み込めなかったから。

 

 恐れ多い。

 無礼な真似はできない。

 血は繋がっていても、立場が違う。

 私にとって、お兄様とはそういう存在だった。

 

 恩人で肉親で、そして憧れの人。

 高嶺の花、孤高に咲く大輪。

 何時だって、お兄様は高みに座されていた。

 そしてお兄様に認識して頂ける高みに、私は届くことができなかった。

 だからこそ、戯れでも構って頂けることが、愛情と思えて嬉しくて。

 その期待に応えたいと、何時だって思えた。

 僅かながらも、お兄様が私に期待してくれていると思えるのがとても嬉しいから。

 

「大家さん、私頑張ります!」

 

「こら、大声を出すんじゃないよ。

 ここは集合住宅だよ、ったく」

 

「あ、すみません」

 

「で、何を頑張るんだい?」

 

「……はい、服飾を、縫うことを、心を込めて頑張りたいと思いました」

 

 気分が、フワリと高揚する。

 やる気が満ちて、駆け出してしまいたいくらい。

 足よりも、手がソワソワしているけれど。

 

「良い目をしてる、夢見る目だね」

 

 大家さんは私を見つめ、そう言って下さった。

 夢、好きでいるという形。

 私の目に、それが宿っているのなら、それは服飾が好きというだけではなくて、お兄様に対しての想いの分だけ嵩が増されている。

 それは下心とも呼べるかもしれないけど、私にとっては大事で誇らしいものだから。

 

「よろしくお願いします」

 

「あいよ。で、そっちの……マリルだっけ?」

 

「メリルです!」

 

「そうそう、メリル。

 アンタもしっかり指導しろって言われてるから、ちゃんとついて来なよ」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 メリルさんは、急な展開に目を白黒させていて。

 けれども、元気よく返事をしていた。

 私達は、この日からメゾンド・パピヨンに住み込むお針子になったのだった。

 

 

 

「それはそれとして、アンタ達学校はどうするんだい?」

 

「え?」

 

「わたしゃ何も聞いてないけど、行かないのなら小卒だからね」

 

「え?」

 

 そういえば、ここに来る前は湊と楽しく中学校の制服について話をしていた。

 色々と急だったから、スッカリと頭から離れていたけれど。

 尤も、私については駿我さんの支援もあって、高校卒業までの学力は既に備わっている。

 だから尤も気にするべきは……。

 

 そっとメリルさんに目をやると、そこには不思議そうな顔をしている無垢な存在がいて。

 私よりメリルさんは1歳年上だけれども、およそ勉学については無頓着なところがあった。

 それに、サヴォワの村周辺には少子化により学校が少なく、聖職者が子供達に勉強を教えるという昔ながらの風景がまだ現存していて。

 メリルさんには、学校に行くという概念があまり無いように感じた。

 

「小卒……」

 

「? 朝日、どうしたの?」

 

「いえ、どうしようかと思いまして……」

 

 お兄様。もし私が小卒であっても、家族で居てくれるということなのでしょうか?

 気がつけば、私は携帯を片手に駿我さんへの連絡を行っていた。

 

 

 

 

 

 朝日さんと、リンチの姓を持つ子が合流した。

 その知らせを聞いて、ついに始まったかという気持ちが出てきた。

 衣遠がレールを引いて、あいつの掌で踊る人形劇。

 問題があるとすれば、その人形役に選ばれたのが朝日さん達年少組の少女であること。

 趣味が悪いことはもちろん、そもそもが衣遠に好き勝手に跳梁跋扈されること事態が気に食わない。

 そして一番気に食わないのが、衣遠は朝日さんを自身の両親の目の届かない場所で手に入れるため、こんな手間の掛かることを始めたであろうこと。

 何が問題かは一目瞭然、あの衣遠が一人の人間に執着していることだ。

 

 朝日さん、あの子は大蔵の家において特別とも言える子だ。

 擦れていない、染まっていない、清らかである。

 彼女の美点を挙げればキリがないが、衣遠は人格で人を選り好みするとは思えない。

 凡才は世界の端でひっそりと息をし、才能ある人間が闊歩するべきだと本気で考えている人間だ。

 

 だからこそ、朝日さんへの執着が異様に見える。

 朝日さんは賢く万能で、大蔵の血を引いている才覚は見せつつも、尖ったものは見せていない。

 衣遠の言う才能は、その尖りのことを指している。

 故に、全てに丸い朝日さんを支配しようと欲を出すのは、間違いなく才能以外の部分。

 もっと言えば、彼女自身の人格に依るところが大きいだろう。

 衣遠は彼女を追い求めて、隙を嫌うあの男が無茶もした。

 一度手から離れたからこそ、支配欲は留まるところを知らず、より強大に。

 朝日さんを手に入れれば最後、もう自らのコントロール下から離すことはないだろう。

 金子さんの勢力を調略し、時に排除したのはもう裏切られることがないため。

 本気で、朝日さんを手に入れる準備を奴は行ってきた。

 

 だからこそ、俺は憂慮せざるをえない。

 衣遠がいくら本気でも、それは愛情ではなく独占欲によるものだからだ。

 朝日さんが衣遠をいくら慕っていても、衣遠がそうでないのなら報われることはない。

 朝日さんが、幸せになれるとはとても思えない。

 何より、彼女が不幸になることを俺自身が見過ごせない。

 俺にとって、もうあの子は身内そのものであるのだから。

 ならばどうするのか? 答えは至ってシンプルだ。

 俺のできる手段で、奴の計画を妨害すれば良い。

 

「どういうことかね、大蔵駿我殿」

 

「もう一度言いましょう、欧州の大蔵グループの勢力を弱めたいのです。

 そのために、どうかお力添え頂けないでしょうか――ラグランジェ伯」

 

 目の前に座っている人物は、フランス貴族の血統であり未だ厳然たる影響力を欧州に有している人物。

 フランス国粋主義者としても名高いラグランジェ伯その人だ。

 眉間に皺を寄せて、不愉快そうにこちらを見ている。

 だがその不快さを隠さない理由も、俺が日本人だからだろう。

 立場上、リベラル化が進む欧州でそれを表に出す事はできないが、有色人種のことを見下しているのが在り在りと伝わってくる。

 俺とこうして会談するのは、家の力が衰えているから。

 欧州でも手広く広がる大蔵という黄色人種の家を、憎々しく思っていても粗雑に扱えないからだ。

 

「そうすることで私が得られるメリットと、そもそも貴殿に何の得があるのか。

 私から見れば、わざと挑発を行い、大蔵に反抗的な家を潰す口実にしている様に思えてならないのだが。

 そもそも、味方を売るような人物と繋がりがあるように思われるのは、私にとっても甚だ不名誉だ」

 

 だが、偏見を持っていることと馬鹿であるというのは、必ずしも両立しない。

 警戒をする様に俺を睨みつけて、さりとて席を立とうともしない。

 全て話してみろと促している。

 その上で吟味し、最悪は衣遠の下に駆け込む気だろう。

 はしっこいが、家をそうして保ってきた人物でもある。

 欧州では、目端が利かねば生き延びられない。

 だから俺は、ラグランジェ伯に衣遠に付く以上のメリットを提示しなければならない。

 それは富か、名誉か、それとも感情にか。

 

「大蔵の家も一枚岩じゃないのです。

 俺はアメリカで勢力を伸張し、欧州を管轄する衣遠とは敵対関係にある。

 祖父が亡くなれば、大家にあるお家騒動が俺と衣遠の間で勃発するでしょう。

 だからこそ、それ以前に衣遠の勢力を削いでおく必要がある。

 昔からよくある話だ、お分かり頂けますでしょう?」

 

「貴殿の理屈はな。

 だが、こちらに何の利がある。

 大蔵が乗り込んできて以来、抵抗しようにも我が家はもはや抗う力はない。

 だが、恭順を示した我が家の権益は保証したのだ。

 事実、欧州で大蔵が展開する事業は芸術関連に重きを置いている。

 目障りだからという理由で、損しかない戦いを起こすほど愚かではないつもりだ」

 

 そういうラグランジェ伯の目は、鈍く光っている。

 俺を品定めし、どれほどの価値があるのかを見定めているのだ。

 

「確か、ご令嬢には婚約者がいらしたそうですね」

 

 ピクリと、ラグランジェ伯の眉が動いた。

 不快そうな表情は、直ぐに怒りも混じったものに変わる。

 実際、どの口がそれを言うのだとは思われても仕方ない。

 何故なら、その婚約者とは衣遠のことで、手酷い形で婚約破棄を行ったのも衣遠だったからだ。

 

「大蔵の者が、それを言うのか……」

 

「言ったでしょう?

 俺と衣遠は対立している、同じ大蔵にして敵対者だと」

 

 そう、かつてラグランジェ伯は、娘と衣遠の婚約を契っていた。

 だがある日、とある事件とも呼べるものに娘が巻き込まれ、衣遠は捨てる様に婚約を破棄した。

 所詮は口約束だと、そう言わんばかりに。

 ラグランジェ伯がここまで粗雑に扱われたのも、ある意味で初めての出来事。

 だからこそ、有色人種は信頼できないという思い込みも更に強くなった。

 衣遠は何のフォローもしないまま、わだかまりは奥底に沈殿している。

 

「確かに娘の無念を思えば、私は戦うべきなのかもしれん。

 だが、それは破滅と同義だ。

 彼我の差が分からぬほど、私は盲いてはおらんよ」

 

「何も、大蔵家と対峙して頂きたいという話ではない。

 俺が求めているのは、大蔵衣遠の足を引くこと。

 それも、直接的ではない形で」

 

 ラグランジェ伯は苛立ちの中でも、俺の話を聞いている。

 それは、ここまで心の中で無理やり押さえつけてきたものと相対しているから。

 恨み辛みは忘れがたい。

 ふとした瞬間に、ふとした機会に、心の鍵が壊れて飛び出してきてしまうもの。

 その鍵を、俺は確かにいま、回していた。

 

「……無能を奴は嫌うだろう。

 特に、味方のフリをして足を引っ張るものは、それこそ縊り殺したいと思うほどに。

 大蔵衣遠が完璧主義者であることは、私とて知っていることだぞ」

 

「貴方が、それを行う必要はないのです。

 さりとて、貴方の麾下では衣遠を怖がって、本気になれない。

 でも、この屋敷の中には一人、本気で衣遠に復讐したい人がいるでしょう?

 勝手に先走っても、精々監督不行届で済むような人間が」

 

 俺の言葉に、ラグランジェ伯は目を見開いた。

 手が強く握られて、震えるほどの力を込められた拳が形作られる。

 口を開いた彼は、声も震えていた。

 

「む、娘をけしかけろと!

 あの様な目に合わされた娘に、更に利用するか!!」

 

「はい、そう言っています」

 

 その言葉に、ラグランジェ伯は拳を振り上げていた。

 俺は動かずにその軌跡を追って。

 ラグランジェ伯は逡巡した後、そのまま机にその拳を振り上げた。

 衝動を我慢して、無礼に堪えるしかないように。

 

「貴方の、その良識を歓迎いたします」

 

「協力するとは言っておらん!

 今の拳は、決別のためのものだ。

 貴様は、今すぐに屋敷を出ていってもらおう」

 

「別に、娘さん本人に話を持っていっても良いのです。

 それはご承知の上でのお言葉ですね?」

 

 その言葉に、彼は血走った目を俺に向けた。

 彼の娘は衣遠の一件以来、箍が外れていた。

 黄色人種の人間を雇い入れ、その人物を迫害する。

 使用人が擦り切れる度に捨てて、新たな黄色人種を雇い入れる。

 その繰り返しを、ラグランジェ伯は黙って見過ごしていた。

 誰にもバレていない、仕方のないことだと目を瞑って。

 そんな気性をしている彼女だからこそ、俺の話には乗ってくるという自信があった。

 ラグランジェ伯も、そのことを承知しているのだろう。

 吐き捨てるように、俺に言葉を掛けた。

 

「何を、娘にさせるつもりだっ」

 

「大したことではありません。

 ただ、ある人物と交友を持って頂きたいだけです。

 勿論、衣遠その人ではない」

 

 その言葉を告げた時、多分俺は酷薄な顔をしていた。





駿我さんがプロットを逸脱し始めてる勢いなので、投稿を少し迷いましたが書き直す労力を裂けそうにないので、このまま投稿します(震え声)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。