月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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第28話 この中に一人、腹黒いやつがいる

『学校に不自由していると』

 

「はい、そうなります」

 

 あれから直ぐ、私は駿我さんに電話を掛けていた。

 私はともかく、メリルさんが可哀想で仕方なかったから。

 携帯越しに聞こえる駿我さんの声も、心なしか呆れ気味で。

 格好が付かないまま、私は唯一の頼りである駿我さんに縋るしか無かった。

 

『全く、人に対しての責任を何だと思ってるんだ』

 

「いえ、あの、お兄様もきっと悪気があった訳ではないと思います」

 

『だろうな、むしろ端から君達のことを深く考えてた訳がない。

 些事にすぎないと、適当さが滲んだだけだろう』

 

「あはは……」

 

 駿我さんの言葉の節々から、お兄様への感情が漏れ出している。

 あまり良い意味合いでないのが、私としても難しいところだけれど。

 

『分かった、取りあえずは当座の勉強ができる環境は整えよう。

 事情があってね、学校に通わせることは出来ないが、家庭教師を派遣する』

 

「ありがとうございます、お優しい駿我さん!」

 

『うん、当たり前のことだからね。

 むしろ、君もよく気を利かせてくれる』

 

「自分のことなら兎も角、他の人も巻き込んでのことですから」

 

 ホッと一息、良かったと安堵が胸に訪れる。

 メリルさんは“え、何?”と言わんばかりの表情をしていたが、ここは私の押し付けがましいお節介を受けてもらいたい。

 欧州では案外なんとかなるかもしれないが、それでも義務教育で学べる知識は持っていると案外役に立つことが多い。

 教わっていた家庭教師の方が、頭に詰め込んだ知識の差で物事への理解が、Windows98とWindows7位のパフォーマンスの差が生まれると言っていた。

 意味が分からないけれど、きっと大切なことではあるはずだから。

 

『ところで朝日さん、こちらからも一つ良いかな?』

 

「はい、何でしょう?」

 

『丁度良いって理由もあるんだけれどね。

 さっき家庭教師を派遣するって言ったよね?

 そこで、一緒に机を並べて教わって欲しい人がいる。

 所謂、学友ということになるのかな』

 

「それ自体は構いません。

 ですが、私達は大蔵家の事情で、このパリにやって来ました。

 だとすれば共に学ぶというその方もまた、大蔵に連なる方なのでしょうか?」

 

『違う、こっちは単なるパイプ作り。

 一緒に勉強してもらうのは、ラグランジェ伯の娘さん。

 元々交流を持って貰うつもりだったから、この機会でもとね。

 ラグランジェ伯との交流の一環で、君達にも伝手を作っておこうかなって』

 

「それは……過分にも程があるのですが、色々な意味で大丈夫なのでしょうか?」

 

 駿我さんは軽く、折角だからなんて言っているけれど、少しリスキーな行動に思えた。

 私は大蔵家を破門されているような身の上で、その私と一緒に学ぶことでラグランジェ伯は大蔵家に蔑ろにされていると感じないか。

 そも、大胆な行動をすると、私の行方を知った奥様がお怒りになるのではないかという懸念。

 それらを駿我さんに伝えると、少しの沈黙の後に重々しく口を開かれた。

 

『金子殿に関しては大丈夫だろう、この欧州が衣遠の縄張りである限りは。

 念入りに掃除していたはずだし、君のことだからこそ必死になる。

 総裁殿も、俺達のおかしな動きに感づいても、暫くは探りを入れるくらいだろう。

 何やら、最近は調べ物で忙しいみたいだしね』

 

「そうなの、ですね?

 では、ラグランジェ伯に対しては、どう思われているのでしょうか」

 

『そちらの方こそ、何ら問題ない。

 君の気にし過ぎだよ、朝日さん』

 

 今度は笑いながら、私が安心出来るように雰囲気を出してくれながら事情を話してくれる。

 それが行き過ぎたのか、少し演技掛かった位の感じで。

 

『元々が交流を持つ意味合いで、それも社交界とかではなくプライベートレベルの話だ。

 公式的にアクションを起こすわけでないのだし、嫌なら断っているさ。

 そもそも、ラグランジェ伯のご息女は積極的に孤児院を回ってボランティアに精を出す程の趣味人だからね。

 身分の差なんて、あってないものと思えば良い』

 

「理解しました、浅慮にものを言いましたことをお許しください」

 

『そこまで君に畏まられると、俺としても寂しくなるから勘弁してくれ。

 こちらとしても、本当のことを言えば申し訳ないくらいだからね』

 

 先程から、駿我さんの話し方に何か引っ掛かりがある。

 若干、何かを言い難くて悩んでいる様な、何かを隠している様な罪悪感。

 それが、話していると駿我さんから少し漏れている様な気がする。

 駿我さんが何に悩んでいるのか、こちらとしても心配になってくる。

 

「いいえ、駿我さんが作って下さった折角の機会です。

 交流を糧に出来るように、頑張りたいと思います」

 

 でも、駿我さんは賢明で、格好いい大人の人だ。

 その人が話さないなら、話せない事情がある筈。

 だったら、私がとやかく言うのはご迷惑になる。

 それに、辛くなったら駿我さんから話してくれる、と思う。

 私と駿我さんの間に、それくらいの親愛があると信じていたいというのもあったから。

 

『ありがとう、朝日さん。

 苦労させるとは思うけど、悪いことにならないように努力するよ』

 

「ちょっと気になりますけど、敢えて何も聞きません。

 だから、駿我さんも何かあった時は私を頼ってくださいね」

 

 僅かな沈黙、駿我さんと通話している時に偶に起こる現象。

 実際に顔を合わせて話していると、それは駿我さんがびっくりして目を丸くしている時間だと、私は知っていた。

 何に吃驚しているのかは、まるで分からないのだけれど。

 

『至れり尽くせりだな……有り難い限りだよ。

 でも、早速で悪いんだが、その苦労の一端を話すとだね。

 派遣する家庭教師は――俺の、弟なんだ』

 

「え?」

 

 頭の処理が追い付かずに、クエッションで頭が埋まる。

 だけれども、駿我さんはもう一度、今度は苦笑いを含んだような口調で言ってくれた。

 

『不出来だけどね、勉強が出来る馬鹿だから安心して欲しい。

 大蔵アンソニー、俺のかわいい弟だ』

 

 他に丁度いい宛が無いのもあってね、なんて駿我さんは言う。

 けれど、私はその言葉を未だに消化しきれずにいた。

 お兄様やりそな、駿我さん以外の血の関わりがある人。

 駿我さんの弟さん――私の従兄弟さん。

 

 何だか、不思議な気がして胸がドキドキする。

 だって、駿我さんが親戚だと明かしてくれたのは、もうスッカリ仲良くなってからだから。

 私にとって、駿我さんはもうお兄様やりそなと一緒の存在だと考えると、感触的には初めての親戚だから。

 ソワソワして、ドキドキして、不安なようで楽しみだと感じた。

 

 

 

 

 

 そして、その電話から2日後。

 件の家庭教師と、ラグランジェ伯のご息女、それにその付き人の方がこのメゾン・ド・パピヨンに来て下さった。

 家庭教師、駿我さんの弟で私の従兄弟に当たる人は、私を一目見て顔を輝かせながら近付いてきた。

 大蔵アンソニーさん、金髪なのも相まってキラキラと輝いて見える人というのが、私からの第一印象だった。

 

「ハッハーッ! 君が朝日ちゃん! 兄上の麗しの姫君!

 俺は大蔵アンソニー、兄上から聞いてはいると思うが、君の従兄弟だ!

 うーん、確かに美しい、流石は兄上!

 女として熟していないのが気になるところだが、そこは兄上の趣味か。

 彼の光源氏も、生涯の妃を幼少期より教育していたという。

 つまりは、君は兄上に身も心も調教をされた後と言うことだ!

 君は兄上の! 兄上による! 兄上の為の花嫁ということになる!

 つまりは、俺と兄妹になるということでもある。

 よろしく頼むよ、姉上殿」

 

 年下なのに姉上とは、これは倒錯的と楽しそうに笑っているこの人は、一体何を言っているのだろうか。

 呆然としていると、クイクイと袖を引かれる。

 頭が追いつかないまま振り向けば、メリルさんが不思議そうな顔をしていて。

 

「朝日、結婚するの?」

 

「しない、はずです」

 

「なるほど、衣遠との関係も憚って、内縁の妻という奴か!

 兄上の奥方というのもあって手を出す気は無いが、とても興奮してきた!」

 

「既に幾つかの誤解があると思いますが、しないで下さるととても嬉しいです……」

 

「ないえん?」

 

 メリルさんが怪しい言葉を使うのに耐え切れず、私は駿我さんに電話を掛けていた。

 頼れるところが、もうそこしか無いと思ったから。

 

『もしもし、朝日さん。

 そろそろアンソニーのやつが、そちらにたどり着いた頃かな?』

 

「はい、この度は格別なご配慮、誠にありがとうございます。

 それはそれとして、私と駿我さんは婚約していたという事実は存在するのでしょうか?」

 

『……それは初耳だな』

 

「ですよね! 私も初耳でした!」

 

『……アンソニーか?』

 

「はい……」

 

 掛け直すよという言葉と共に切られた電話。

 そして、着信するアンソニーさんの携帯。

 

「お、済まないね君達。

 兄上からの電話が掛かってきたから、少し待っていて欲しい。

 もしもし兄上、無事に朝日ちゃんには挨拶はキッチリ済ませた!

 兄妹としての盟も誓って、これからは大蔵富士夫一家変則三兄妹として頑張っていこうじゃないかとね。

 え? 婚約なんてしてない?

 またまたぁ、あれだけ好き好きチュッチュと語っておいて、それは無いよ兄上~。

 ん? 話が長くなるなら後で掛け直そうか?

 え、今じゃないと駄目なのか?

 分かった、すまないが少し兄上と話をしてくるから、君達は先にリリアーヌ殿と交友を深めていて欲しい」

 

 そう言うと、アンソニーさんは外にフラリと出ていった。

 その場に残されたのは、私とメリルさん、ラグランジェ伯のご息女にその付き人の方。

 私達は困ったように顔を合わせると、恐る恐る会話を交わす。

 先陣を切ってくださったのは、ラグランジェ伯のご息女だった。

 

 

 

「急なことで、吃驚したでござます」

 

「はい。こちらとしても、驚きの連続です」

 

「それで、こちらにおわす御方は、大蔵家にその青い体を売りつけて正妻の座を射止めたシンデレラ売春ガールということで宜しいのでしょうか?」

 

「よろしくないです……」

 

「こら華花!

 品のないことは言ってはいけません!

 そこの方、華花が真心の無いことを言ってしまい、本当に申し訳ありません」

 

「いえ、事実無根ですので大丈夫です」

 

「ばいしゅん?」

 

「メリルさん、変な言葉を覚えないでください。

 教会で使うと、マザーに怒られますよ!」

 

「分かった、忘れる」

 

 ホッと息を吐く私に、笑みを浮かべたラグランジェ伯のご息女が声を掛けて下さった。

 その隣には、何故かガニ股で左右に反復する付き人の方の姿。

 

「初めまして、私の名はリリアーヌ。

 リリアーヌ・セリア・ラグランジェと申します。

 皆からはリリアと呼ばれていますので、貴方がたも気軽にそう呼んでくださると嬉しいです。

 隣にいるのは、使用人の華花……華花、どうしてガニ股で奇妙な動きをしているの?」

 

「はい、リリア様に調教されてふしだらになった体が、次の獲物を求めている動きです。

 具体的には、そこの二人」

 

「もう華花! はしたない真似はお止しなさい!」

 

「すみません、非処女が出てしまいました」

 

 アンソニーさんに続いて、とてもキャラが濃かった。

 そして、その態度を許容しているリリアさんは、とても寛容な人みたいだ。

 言葉ほどに、顔が怒っていないから。

 

「私は大蔵朝日、日本人です。

 故あって大蔵を名乗らせて頂いていますが、実態としてはただの朝日と申しましょうか。

 リリアさんに華花さん、どうかよろしくお願いします」

 

「まぁ……欧州にも良くある話ですから、気を落とされないでくださいまし」

 

 優しく、気遣うようなリリアさんの言葉にホッとする。

 最初は小倉と名乗ろうかと迷ったけれど、駿我さんの紹介と言うこともあって嘘は吐けなかった。

 だからこそ、偏見の無い反応をしてくれたリリアさんには感謝の念しか無い。

 

「私はメリル・リンチ、サヴォワから来ました。

 趣味は服を作ることで、好物はワッフルです!」

 

「因みに聞きますけど、男性経験は?」

 

「? 多分、ありません」

 

「た、多分? ……もしや、そちらの朝日さんは男性で生えてたりしてるんですか!

 それでいて経験して、朝日さんは男性にカウントされないから0人と、そういうことですか!!」

 

「朝日は女の子ですよ」

 

 男性ではないか、などと言われたのは初めてだった。

 流石にこの容姿や髪の長さで、男性などと間違えられたことはない。

 それに、もし私が男性だったら、お兄様に似てギリシア彫刻みたいな格好の良い男性になっている筈なのだから。

 なってる……筈だよね?

 

「はい、残念ながら女です」

 

「では女同士で乳繰り合っていたということ。

 つまり、お二人は処女ということですね」

 

 名探偵の様に宣言する華花さんは、とても安堵した様な表情をしていた。

 そして、隣のリリアさんは、何だか申し訳無さそうな顔をしていて。

 

「華花は貧民の生まれで、言葉遣いが周りに影響されてしまっただけなのです。

 どうか、二人は華花を嫌いにならないであげてください」

 

「言葉遣いには驚きましたけど、同じアジア人同士で仲良くできればと思います」

 

「華花さん、私も貧乏というのは一緒ですから、一緒に頑張りましょうね!」

 

「いや、処女かどうか答えろよ!!!」

 

 

 こうして、私達とリリアさん達の交流が始まった。

 あと、戻ってきたアンソニーさんは、”兄上の家族だが嫁ではない……”と宇宙の真理を知ってしまった猫の様な顔をしていた。

 難しい関係で、申し訳ありません。





想像を絶するくらい、ト兄様と華花さんが喋りはじめて困りました……。
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