月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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第30話 パリジェンヌは確かめたい

「なんか……仲良いよね」

 

 それは、私とメリルさんが二人で昼食を作っていた時のこと。

 私達の後ろから眺めていたブリュエットさんが、思わずと言った感じで口から零した言葉。

 

 因みにブリュエットさんは、メリルさんと再会した日から毎日の様にメゾン・ド・パピヨンへと現れていた。

 何なら、私もここに住むと言い出した時はとても大変だった(最終的に、大家さんに服飾生専門と言われて諦めていた)。

 

「うん、朝日は大切な家族だから」

 

 メリルさんは手を止めることなく、ことも無さげに言ってのける。

 あまりに自然に言ってくれるその言葉が嬉しくて、私もつい口が滑る。

 

「私も、こんなに可愛いお姉さんが出来て嬉しいです」

 

「朝日、私のことお姉ちゃんって思ってくれてたの?」

 

「いつも優しくしてくれて、有難うございます」

 

「答えになってないよ~、それ」

 

 軽く二人で笑い合うと、またも後方から声を掛けられた。

 それも、今度はムスーっという擬音が付いてそうな声音で。

 

「ちょっとちょっと、二人でイチャイチャしない!

 アサヒも、私言ったよね。

 メリルと婚約してるから、取っちゃ嫌だよって」

 

「もう、またそんなこと言って。

 女の子同士では結婚できないって言ったよね?」

 

「メリル、オランダでは同性婚が認められているんだよ?」

 

「でも、マザーがいけませんって言ってたから」

 

「マザーに直談判……しても駄目かなぁ」

 

 難しそうな顔で、ブリュエットさんは考え込んでしまった。

 この問題に対して、メリルさんはとても強敵だ。

 倫理観が、マザーの言っていたものを基準とした素朴なクリスチャンのものであるから。

 説き伏せるには、余程のことがないと難しいのは確かだった。

 

「……じゃあ、アサヒも女の子なんだから、結婚しないんだよね?」

 

「…………しないよ?」

 

「ちょっと考えた!

 アサヒなら良いかもなんて思ってる!!」

 

「違うよ朝日!

 エッテ、変なこと言わないで!」

 

 いつの間にか、ブリュエットさんが私の背後までやって来ていた。

 ツンツンと、私の背中を突いてくる。

 擽ったくて、っん、と声が出てしまうと、今度は私の耳元で囁きかけてきて。

 

「アサヒ、確かにアサヒは可愛い。

 それはどうしたって認めるしか無い。

 そこで、私は考えてみたことがあるんだ。

 だからさ、アサヒ。君の一日を私にくれないかな?」

 

 楽しげで、面白がっていて、愛嬌がある声。

 魅力的とだけ評するには勿体ない空気を纏って、そんな提案をされて。

 何だかソワソワっとした、流石は女優を目指されているだけある魅惑の囁き。

 

「はい、私で良ければ喜んで」

 

 その空気感に当てられて、私はふわりとした気持ちでブリュエットさんの提案に頷いていた。

 

「あ、出かけるんだ。

 ご飯食べ終わってからかな、お洗濯も干さないといけないから少し待ってね」

 

「メリルは今日大丈夫だから、ゆっくり家事してなよ」

 

「……え?」

 

 意外そうなメリルさんの顔と、つーんと顔を背けているブリュエットさん。

 もしかしたら、私はメリルさんがブリュエットさんにヤキモチを焼いてもらうための当て馬なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

「アサヒ~、待った?」

 

「いいえ、いま来たところです」

 

 メゾン・ド・パピヨンの玄関で、私とブリュエットさんは落ち合った。

 特に意味のない儀式めいたやり取り、待ち合わせの意味がない待ち合わせ。

 でも、こういうのは雰囲気からだよというブリュエットさんの言葉はとても力強かった。

 

「んふふ~。やってみたかったんだよね、これ」

 

「お友だちとされたことはないのですか?」

 

「みんなさ、”ホントに待ってた!”とか”時間通りでしょ”とか素っ気なくてさ。

 だから、アサヒが言ってくれて嬉しいな」

 

「フランスでも、これあるんですね」

 

「ううん、私とメリルでやってただけだよ」

 

「……実はデートで使う掛け合いなんです」

 

「うん、だから使ったの」

 

 ニンマリと笑うこの人は、とても良い性格をしているみたいだ。

 私としても、そう言われると降参する他にない。

 

「ブリュエットさんは――」

 

「エッテ」

 

「え?」

 

「エッテって呼んで」

 

 軽やかに告げた彼女は、何でもない風で。

 けれども、親しみが感じられるさり気なさだった。

 このお出かけをデートと言って、ヤキモチを焼いている私相手にもこうして接してくれる。

 こうして私を対等に扱って下さるが、その高貴さは微塵も損なわれない。

 そんなブリュエットさん、エッテさんに尊敬の念が湧いてくる。

 どんな時だって、この人は変わらないのだろうと思えたから。

 

「エッテさん、本日はよろしくお願いします」

 

「はい、よろしくされちゃうよ!」

 

 元気良く私の手を握られた彼女に、私は微笑み返していた。

 今日は、楽しい一日になりそうだった。

 

 

「エッテ、朝日と手握ってる……」

 

 

 

 エッテさんに連れられて訪れたのは、プランケット家がオーナーのカフェ。

 店員さんはエッテさんを見ると、笑顔で歓迎していて。

 ここは、彼女にとって実家も同然の場所だと理解する。

 

「パリは街にいる恋人の数だけカフェがあるんだよ」

 

「情熱と愛の街、ですね」

 

「プランケット家が経営してるお店も沢山あるよ。

 因みに、別々のカフェで毎回別の女の子を連れ歩いてる人は、直ぐに噂が広がるから注意が必要だよ」

 

 つまり、プランケット家系列のお店でのことは、大抵エッテさんの耳に入ると言うことなのだろう。

 イタズラっぽく笑う彼女に、私も同様の表情を浮かべて一つ尋ねる。

 

「メリルさんとここに来たことは?」

 

「昨日だよ、自慢したくて連れてきちゃった」

 

「ふふ、エッテさんも隅に置けませんね」

 

 ちょっとしたパリジェンヌジョークのつもりの言葉を掛けると、エッテさんは虚を突かれた顔をしていた。

 想像していた反応ではなく、とても意外そうな表情。

 

「……アサヒって、女の子同士でも良いんだ」

 

 衝撃を受けていたのは、その部分だった。

 ううん、そもそも誤解が入り混じっているのだけれど。

 

「私は、男の人が恋愛対象だと思います。

 でも、エッテさんは女の子を好んでいると知っていますから。

 だから、私と一緒でも楽しんでいただけるかな、と勝手に自惚れてしまっていました」

 

 私の言葉にエッテさんは、ほうほうと頷いて。

 そして、一言。

 

「ちょっとドキッとした」

 

 照れた笑い方ではなくて、楽しくて笑っている表情を浮かべて。

 運ばれてきたカップを軽く人差し指で弾いて、エッテさんは揺れる紅茶の表面を見ていた。

 

「別にさ、男の人でも女の人でも、どっちだって私は良いの。

 ん、いや、これだと誤解されるかな。

 好きになった人がタイプだから、それがメリルだっただけ。

 ……でも」

 

 紅茶の表面で波打つ自分の顔から、エッテさんは顔を上げた。

 

「今、ちょっと良いなって思った。

 恋愛とかそういうのじゃなくてだけど、その気遣いが優しいなって。

 メリルが言う通り、アサヒって素敵な子なんだって分かった」

 

 カップを片手に、ことも無さげにそんなことを言ってのける。

 何となく分かっていたけれど、この人は相当な人誑しなのだろう。

 一方の私は、純粋な感想があまりにも面映ゆくて、視線を落としてしまう。

 紅茶の水面に、ほんのりと赤い頬が覗く。

 辱められるという意味合いを、初めて理解したかもしれない。

 自分が照れているのだと視覚的に自覚するのは、酷くむず痒かった。

 

「……私も、エッテさんの率直なところにドキッとしました。

 悪い女の子ですね、エッテさん」

 

「うん、うんうんうん。

 アサヒ、やっぱりドキッとしてくれてた!

 メリルが素っ気なさ過ぎて自信がなくなってたけど、やっぱり私も悪くないよね!

 偏見があるから、メリルはドキッとしないだけだよね!!」

 

「さて、もしかするとメリルさんはそういうこととは無縁なのかも知れません」

 

「どういうこと?」

 

「天使は恋愛をしてはいけませんから」

 

「あ~、結婚してもらえないのは困るけど、その解釈は凄く分かる!

 アサヒ、中々のメリル専門家だねぇ」

 

「エッテさんの愛情には、負けてしまうかも知れません」

 

 楽しく、私達は語らい合った。

 主にメリルさんのこと、私達が揃って好きな人について。

 私とエッテさんの間では、好きのニュアンスは変わってくるのだけれど。

 けれど、今この時、そんなこと関係なくメリルさんのことを褒めあってお互いに気分が良くなっていったのは事実だった。

 

 

 

「声はよく聞こえないけど、エッテも朝日も楽しそう……。

 どうして連れて行ってくれなかったんだろう」

 

「難儀してますね」

 

「はい……ところで貴方は?」

 

「朝日さんのお友達です」

 

 

 

 それから、エッテさんに案内されてあちこちを巡った。

 ブティックに化粧品店、凱旋門にシャンゼリゼ通り、途中で道に迷ったイギリス人の人を助けたりなんてこともしてみて。

 振り返ってみると観光していた気分、でもこれはデートらしい。

 どちらも素敵だったと回顧できるのだから、そこまで違いは無いのかもしれないけれど。

 アパートの眼の前まで戻ってきた時、寂しいと感じてしまったのは今日が楽しかったからだろう。

 

「今日はありがとうございました」

 

「こっちこそ、色々ありがと」

 

 にこやかなエッテさんに、私はところでと尋ねた。

 なになに? と耳を寄せてくる彼女の耳元で囁く。

 

「今日の目的って、何だったでしょうか?」

 

「アサヒを知ること、最初はそうだった。

 メリルが好きな子のこと、私が好きになれるか確かめたかったの」

 

「好きに、なっていただけましたか?」

 

「とっても」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 真っ直ぐな言葉が、気持ちよく胸に刺さる。

 この人の言葉は、直球だけれども人を傷つけずに胸に沈み込んでくるものがある。

 だからこそ、誰とだって仲良くなれる人なのだろうと思う。

 少なくとも、私は直ぐに好きになっていた。

 

「最後の方は、アサヒと楽しむことが目的、というよりしたいことになってた。あと……」

 

 笑いを堪えながら、エッテさんは目線をこれまで歩いてきた道に向けた。

 正確には、建物の陰から見え隠れしている、ふわふわの白い髪を。

 

「アサヒ、気付いてた?」

 

「はい、途中からですが」

 

「最初っから、私達のあとを付いてきてたよ。

 私とアサヒが仲良くしてると、ムムって顔するの。

 私の婚約者、可愛すぎない?」

 

「……やっぱり、声を掛けてあげた方が良かったでしょうか?」

 

「それはまた今度。今日はアサヒと二人だって、最初から決めてたから」

 

「日本では、人の恋路を邪魔する人は馬に蹴られて死んでしまえという慣用句があります」

 

「大丈夫だよ、今日確信できたから。

 アサヒはとっても良い子、メリルが居なきゃ君を気にしていたかもしれないくらい。

 だからこそ、私が酷いことをしない限り君は見守ってくれる。

 私の感情を、蔑ろにしないでくれる。そうでしょ?」

 

 釘を刺された、のもあるのだと思う。

 けれど、それ以上に私を信じてくれている。

 私は君のことを知ったよと、気持ちで表してくれている。

 そう思うと、裏切りたくないと思ってしまうのは、この人の天性の人徳なのかもしれない。

 

「メリルさんに、その気は無いみたいですよ?」

 

「その気にさせるのが、パリジェンヌの証なんだよ」

 

 くるりと、エッテさんは後ろを向いた。

 今日、一日付いてきていた愛らしい探偵さんに声を掛けるために。

 建物から見つかって、アワアワとしているメリルさんは観念した様に肩を落としていた。

 でも次の瞬間には、次は私も一緒に、と訴えている。

 受け流すエッテさんは、やっぱりメリルさんが一緒の時の方が楽しそうに見えた。

 

「当て馬役、かな」

 

「難儀ですね」

 

「難儀なんです……って、え?」

 

 後ろから掛けられた、どこかで聞いた声に振り向くと、そこには黒スーツ姿のカリンさんが何時の間にか立っていた。

 いつも通り無表情だけれど、少し得意げに見えるのがとても可愛らしい。

 

「カリンさん、いつの間に」

 

「こんにちは、朝日さん。

 あちらの彼女と、今日は一日一緒にいました」

 

 カリンさんが、メリルさんを見遣って言う。

 メリルさんはアレだけ目立っていたのに、カリンさんには全く気が付かなかった。

 もしかすると、忍者の修行でもしているのかと言わんばかりのステルスぶりだ。

 

「……もしかして、ご心配お掛けしました?」

 

「いえ、仕事です。状況が状況ですから」

 

 その言葉の意味がどういうことなのか分からなくて、首を傾げるとカリンさんは“失礼”と一言かけて、私のロングスカートのポケットに手を忍ばせた。

 すると、そこからは見覚えのない手紙が一通出てきて。

 

「え?」

 

 状況について行けずに、困惑してしまう。

 私のポケットから、覚えのない手紙が出てきた。

 それも、フランス語で私の宛名まで書いてある。

 分からないという不安が、じんわりと心を包んでくる。

 

「拝見しても宜しいでしょうか?」

 

「え、あ、はい」

 

 呆然としたまま頷くと、カリンさんは封を開けて手紙に視線を落とす。

 そして全部読み終えたのだろう、そのまま手紙をスーツの内ポケットに入れてしまった。

 

「あの、そのお手紙は一体……」

 

「ラブレターでした、社長の元へ持っていきます」

 

「らぶれたぁ」

 

 復唱して、ようやくその存在を理解する。湊が時々貰っていたやつだ。

 でも、それは大体知り合いから貰っていて、このパリに知り合いなんて数える程しか私にはいない。

 それを考えると、答えは自然とそこにたどり着く。

 ラブレター、恐らくは比喩表現。

 その内容も、どんなものかわからない。

 けれども、わざわざ私なんかに用がある人は……。

 ドキリと、心臓が高鳴った。

 

「おにい、さま?」

 

「分かりません、わざわざフランス語で書く必要は無いのですから。

 だから、危険が無いか調べます」

 

 有無を言わないうちに、カリンさんはそっとこの場を後にした。

 その場に残された私は、胸のざわめきが収まらないままで。

 もし、お兄様ならばと考える。

 

 私を忘れないでいてくれて、この不出来な妹の存在を気にかけて下さって、ありがとうございます、お優しいお兄様。

 そして、お伝えできないこの思いを、胸の内で吐露することをお許しください。

 またお会いできた時――私が愛を向けることをお許しくださいますか?

 

 

 その日は、落ち着かなくて寝られない夜となった。

 





皆さま、投稿が遅れ申し訳ございません。
最近、Victoria3というストラテジーやってて、時間が無限に溶けていきます……。
あと、寒くて手がかじかんだり、エロゲしてたりでして……。

そんなダメダメな中で、皆さまに朗報です!
なんと、つり乙小説がハーメルンに増えてました!(他力本願)
それも、本格派で読み応えがある作品が!
嬉しいですし、楽しみですね!
こっちは、今年中にもう一度更新できるように頑張ります……。
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