月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
今回は駿我さん視点とりそな視点になります。
「社長、こちらを」
「ん…………成程、そう来たか」
カリンから渡された手紙は、本当に素っ気ないものだった。
"我が屋敷にて待つ"
本文には、それだけしか書かれていない。
それだけだと、そもそも手紙に不備がある間抜けな話で済むが、それだけで済まないのはその差出人の名前であった。
そこには、彼のラグランジェ家頭首の名前が記載されており、それがこの手紙を曰く付きの物にしていたのだ。
俺と"仲良くなった"筈の家が、独断で行動して朝日さんにアプローチを掛けてきた。
こちらの意志の介在しない場所で、身内に陰謀を図られる。
何を企んでいるのか考える以前に、血が頭に上るのを感じて……俺は胸元から取り出したウォークマンのスイッチを押した。
『ありがとうございます、お優しい駿我さん』
『駿我さんが立派に育てたんだって、そう胸を張って貰えるような人になります』
『駿我さん、本当に私の家族、だったんですね』
『分かります、他ならない駿我さんのことですから』
流れてくる彼女の声に、血の気が引いて俯瞰した視点が戻ってくる。
今日も、彼女に助けられたなと苦笑する。
そんな俺を見て、カリンが一言漏らした。
「良い趣味をされていますね、社長」
「そうだな、共犯者」
「死ぬ時はご一緒で?」
「権力を持つと腐敗するというのは、けだし名言だ。
俺だけは助かるとしようか」
「難儀ですね」
薄ら笑いを浮かべてそう言うと、カリンはアルカイックな笑みを浮かべて一歩下がった。
忠言耳に逆らうとも言うが、この朝日さんの言葉を録音して編集したのはカリンだ。
後ろめたさでは、俺に引けを取らないものがある。
だからこそ、簡単に引き下がった。
しかし、我が事ながら気持ち悪いが、恐らく世の普通の父親というものは得てしてこういうものだろう。
思春期の娘に気持ち悪がられるというのも、非常に納得できる。
だからこそ、これを朝日さんにバレるわけにはいかなかった。
娘の親離れを望む者など、放任主義者かネグレクトを行う親しかいないに違いない。
……こういった部分で、俺は確かにあの総裁の血を引いているのだろう。
この呪われた血を自覚し、老害にならない様に気を付けねばならない。
そう胸に刻んで、俺はウォークマンを仕舞った。
また、冷静さを欠こうとした時まで。
「それで、ラグランジェの話だったか。
あの家への監視はどうなっている」
「来客は多数、しかし名家としては常識の範疇です」
「……その中に、衣遠の息が掛かった者は?」
「ありません。
しかし、その知人となれば幾人も候補に。
1人ずつ、調査を行いますか?」
「無意味になる、やめておこう」
欧州は衣遠の庭だ、商売を行う上で様々な糸を張り巡らせている。
誰がマリオネットでも不思議ではなく、たとえ衣遠の操り人形の糸を切ったとしても、新たな人間が送られてくるだけ。
ならば、その調査に使う労力をラグランジェ家に向けている方が、支配を確実なものにできる。
尤も、こちらの駒はそもそも信用ならないのだが。
「釈明をさせろ」
「既に来てます、謝罪と大蔵衣遠に脅迫されて仕方がなかったと」
「コウモリだな、流石の素早さだ」
裏切る気はあった、しかし本気ではなかったと言ったところか。
彼方も娘が質になっているのだから、手心を加えたのだろう。
しかし、それでも蠢動してしまうのは貴族のサガか。
だが、舐められれば尊厳を失うのが上流階級だ。
このまま、お咎めなしとはいかない。
「仕置きを行う、準備をさせろ」
「部隊を動かしますか?」
「いや、暴力の必要はない」
「では?」
無表情の、仕事なら大抵のことを出来るカリンに、俺は告げた。
「娘の方だ、あれを家から引き剥がさせろ」
一つ頷いて、カリンは退出した。
窓に映った俺の顔は、無表情だが酷く醜い。
朝日さんには見せたくない、そういった穢れが映っていた。
今日という日は晴れていて、新しい門出には相応しい日。
あの人なら、こじ付けでもそう言って鼓舞してくれたかもしれない。
妹的には、もう少しくらい曇っていても良いのだけれど。
カーテン越しの日差しに、そんなことを思ってしまう。
そもそも、ここには日で文字通り焼けてしまう人が居るのだから。
「思ったよりも上手く行っている。
いや、上手くいきすぎているな。
世の中は大不況だというのに、私達だけ好景気。
ここまで来ると、不気味になってくる」
私の傍には、透き通る肌に銀色めいた髪をした少女がいた。
パソコンと睨めっこをして、ブツブツと呟いている。
「あー、それは多分、うちのおG様が何かやってるかもしれませんね」
「大蔵の?」
顔を上げた彼女の目は、まるで宝石みたいな赤色で。
人間離れしていると評しても良い程、整った容姿をしていた。
彼女が綺麗な容姿で可愛いと評されるのは、偏に背の小ささから来る愛くるしさがあるからだ。
陳腐ながら、妖精と立ち上げた会社の社員からは呼ばれることもある。
彼女自身は、容姿で苦労してきたから、そういう言が好きなタイプの人間ではないけれど。
「別に、助けてください不安なんですとか、そんなことは言ってませんよ。
ただ、コソコソしていたのに、嗅ぎつけられただけです。
自分は全部を言いませんが、家族のことは全て知らないと気が済まない人なので」
私の言葉に、彼女の眉が吊り上がった。
確かに、彼女からしてみれば面白くないどころか、死活問題になり兼ねない話だろう。
彼女が私と会社を起業し、立ち上げたのは、他ならぬ"家族の呪縛"から逃れるためなのだから。
「これが、君が縛られている鎖か、りそな」
「そうです。成功は全て管理されていて、失敗は受け止められる。
決まり事さえ守っていたら、どんなことでも助けてもらえる。
普通は、それを喜ぶことすれ、嫌がるのは贅沢なのでしょう。
でも、私が一番望んでいた、家族と……姉と静かに暮らすことが許されなかった」
大蔵家は、華麗なる一族と呼ばれている程に巨大で、だからこそ体面を何よりも気にする。
姉と暮らす事ができないのも、その出自が不倫して産まれた子供というものだから。
確かに、母は憐れまれて然るべきだ。
でも、だからといって、姉を迫害して良い理由にはならない。
それも、優しくて、抜けていて、それでいて私が大好きな姉を。
でも、大蔵では姉は論ずるべき人ではなくて。
私が出席している晩餐会で、その話題を出した人は一人たりとて居なかった。
姉のことを知ろうとしなくて、そのまま忘れてしまおうとしている。
そんな人達が嫌いで、息苦しくて、姉のことを思うと切なかった。
だから、私は翼が欲しかった。
籠の中で暮らす事より、空を好きな人と飛んでみたい。
自由に生きて、姉と楽しく笑っていたかったから。
「本当にごめんなさい。
まさかとは思っていました、でも本当にやるとは思ってもいませんでした」
「愛されてると言うべきかな」
「囚われてると言ってください」
皮肉げな彼女の言葉に、同じく毒を込めて答える。
許されることならば、余計なことをしないでくださいと言いに行きたい。
でも、私たちは子供で、だからこそ怒っても唯の癇癪と思われる。
お爺様には、何を言っても無駄なのだ。
自分が正しいと思っている人に、私の気持ちを汲んで欲しいと言っても、自分の正しさを押し付けられるだけ。
それを経験則として、私は知っていた。
「待っていても、白馬に乗った王子様は来てくれないぞ」
「知ってます。私の王子様たり得る人は、お姫様でしたから。
だから、私が迎えに行くことにしました。
お姫様が、お姫様を助けてはいけないなんて、お約束にないだけですから」
そう言うと、彼女は"そうだな"と頷いてくれて。
この心強い同志は、言葉にしてそれを認めてくれる。
「自分の好きな様に振る舞うには、相応に力がいる。
だからこうして会社を立ち上げて、誰にも頼らない様に生きて行こうとしている。
私も君も、大したことをしているんだ。
その自覚さえあれば、大体のことには胸を張ってやっていけるさ」
私達が、世間一般の普通からかけ離れていることは良く承知している。
世間知らずで、大人というには幼くて、けれども無知で無力というには大人の世界が見え過ぎていて。
そんな世界から、私達は飛び出したかった。
許されていない、ささやかな物を手に入れるために。
小さなものを手に入れるために、大きな敵と戦う必要がある。
その武器になるはずのものが、私達が立ち上げた会社だった。
尤も、今は魔王の魔力が宿った呪いの装備になりつつあるけれど。
「それで、どうしましょうか。
このままだと、将来的に取引先を全て乗っ取られても不思議じゃないくらいですが」
「フザけたスケールでの話だが、もうその兆候はあるからな。
そうだな……りそなが問題だというなら、私だけで新たに会社を立ち上げるべきか」
「え、私見捨てられるんですか?」
「りそななら、一人でやっていけるだろう……冗談だ、そんなに不安そうな顔になるな。
だが、実際に新しく会社を作って、そこは私のワンマンで経営すれば大蔵も介入しようとはしない筈だ。
その会社で私は独り立ちをして、りそなは別の手段で自立すればいい」
「と、言いますと?」
「株だ。安定感はないが、会社を経営するよりも大蔵の介入を避けられる。
今の会社を売却すれば、それなりの資金源になる筈だから元手には困らないだろう」
その言葉に、思考を巡らせ始める。
株は価値が変動して、細かく売り買いを行う分には小銭程度しか稼げない。
だけど数千万単位の売買を行えて、それを複数の分野で実行できるのならば、リスクを抑えつつ莫大な資金源を得られる。
それに分散投資になれば、大蔵家も一々全部になんて介入のしようがない。
今現在は大不況の真っ只中というのも、起業したり安く買い叩くには絶好の条件でもある。
目利きを間違えなければ、確かに望んでいる条件が揃っていた。
「分かりました、それで行こうと思います」
「おーけー、お互いに上手くやるとしよう」
「はい。このままでは取引先全部から、NTRビデオレターが送られかねませんからね。
脳破壊される前に、とっとと何とかしましょう」
ホッと一息吐いて、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
何も決まっていない不安より、何をするのかが確定している方が安心できる。
そういった心持ちで、今後のことを考える。
姉と暮らしたい、迎えに行く。
それが私のやりたいことで、夢の形。
お金を稼ぐのは、その手段。
あの決意した日、非現実的でフワフワしていたものが、今はこうして確実に前進している。
その成果が嬉しくて、姉を迎えに行くのが待ち遠しくて仕方ない。
今すぐにでも行動したいけど、そうするには大蔵家の鎖は強大で頑丈だから。
どうか、不肖の妹が羽ばたける日まで、姉が元気で暮らせています様に。
きっと、今は修道院の人が守ってくれている筈。
あの人も姉のことが大好きだったから、一緒に暮らしてもいいと思っている。
独り占めしたいけれど、姉が愛されているのを見ると安心するから。
姉は、やっぱり素敵な人で、愛されて然るべき人なんだって。
そうして、新たに決意を固めていると、悩ましげな声が聞こえてきた。
振り向けば、眉を顰めて難しそうな顔をしている彼女の姿が。
「……ねと、られ?
何か不穏な感じの言葉だが、世間ではそんなものが流行っているのか」
「いやいやいや、そんなの流行ってたら世の中終わりですよ。
というか、"ルナちょむ"は私と同じくネットの世界で生きているのに、こんなことも分からないんですか?」
「……納得いかない。明らかにふざけた言葉でマウントを取られる意味がわからない。
そんなに誇らしいものなのか、その何とかビデオレターとやらは。
どうせ、ネットのロクでもないミームなのだろうに」
「分かっていませんね、えぇ。
事の軽重問わずに、ルナちょむにマウンティングできたという事実が、何よりもポイントが高いんですよ!」
「ネットの掃き溜めに帰れ」
「いやぁ、あそこにいると掃き溜めに鶴と言いますか何と言いますか……ね」
「掃き溜めに鶴じゃない、君は掃き溜めの鶴だ。
性格の悪さを矯正しないと、最愛の姉上に嫌われるぞ」
「それはルナちょむが、実家が大好きになるくらいあり得ないから、安心ですね! ゲへ」
「全く、そこまで聖人君子だというのなら、一度は会ってみたいものだな。
りそなに辱められた分、そちらに仕返しをするとしよう」
「あ、その時は私もお手伝いしますので、対戦よろしくお願いします」
「何なんだお前は、本当に。
厄介な偏愛を感じるぞ」
酷く呆れた顔をする、私の友達にして同志。
ネットの海で出会った、数少ない私の味方。
桜小路ルナ、別のベクトルから同じ悩みを抱えている仲間。
他の子が学校に行っている間に、手慰みで行っていたオープンワールド系のゲームで出会った引きこもりの同盟。
いつか、この人のことも姉に紹介できたらと思う。
将来の夢はデザイナーだから、きっと気にいると思うから。
その時は、一緒に服の店を出していいかもしれない。
私と姉、そのにルナちょむや修道院の人も。
きっと楽しいから、どうかそれまで。
健やかにお過ごし下さい、妹はあなたとみんなで笑い合える日が来ることを、心の底から切に願っています。
皆さま、暖かくして良い年越しをお過ごし下さい。
来年も不安定ですが、更新していきますのでよろしくお願いします!
PS この前頂いた感想返しをまだしてませんが、後(明日?)で行いますのでよろしくお願いします!!!