月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
それは、メリルさんと部屋で雑談をしている時のことだった。
コンコンと二回ノックされて、扉を開ければそこには弱った顔をしているリリアさんと、華花さんの姿。
どうしたのかと尋ねれば、思いもよらない答えが返ってきた。
「リリアさんが、ここに?」
「はい、今日からお世話になります」
「この卑しいメスブタめも一緒ですので」
「わぁ、そうなんですか!」
唐突なことだった。
リリアさんと華花さんが、今日からメゾンド・パピヨンに住むと伝えられる。
そのことに、メリルさんはとても嬉しそうだけれど、こちらとしてはどうして? という疑問が真っ先にきてしまう。
何より、リリアさんの表情が、事情に踏み入ってしまいたくなるくらいに弱り顔だったから。
「大丈夫、なのですか?」
でも、それより先に気にすべきは、リリアさんの心の方。
見て取れるほどに消沈していて、そのケアが必要だと思えたから。
「体調、悪いんですか?
ベッド、使ってください」
それに気が付いたメリルさんも、慌てて自分の部屋の扉を開けて。
ただ、リリアさんは手でそれを制して、大丈夫ですと呟いた。
尤も、そんなリリアさんを華花さんが強引に引っ張って、ベッドの上に座らせていた。
「申し訳ございません、メリルさん……」
いつもだったら、もぅ華花っ! と叱っているリリアさんが、大人しくされるがままになっている。
つまりは、それだけ余裕がないということ。
何か、温かい飲み物を持って来ようと背を向けたところで、待ってと弱々しい声が掛けられた。
振り返れば、複雑そうな表情のリリアさんが私たちを見ていて。
私は、素直にその場でリリアさんの声に耳を傾けていた。
「誠に失礼致しました。
このような無様、他所の方に見せることになるだなんて。
ラグランジェ家の恥です、忘れてくださいまし」
「そんな……寂しいことを仰らないでください。
私はリリアさんを友達だと思っていますし、体調が悪いのが恥だとも思いません」
「ありがとう、メリルさん……」
真摯に手を握るメリルさんに、リリアさんは弱々しく笑みを見せて。
そこに、華花さんが"えんがちょっ!"と繋がれていた手に軽いチョップを加えた。
思わず唖然とした視線を送ると、華花さんは平然とした顔で滔々と話し始めた。
「リリア様はラグランジェ家の長子。
いずれはその全てを手に入れる、貴いお方です。
その人の手を、淫らに触れるのを許すわけには参りません」
「華花、淫らではなくみだりですわ。
それに、私はそんなこと気にしませんのに」
「リリア様がしなくとも、ラグランジェ家メイドの私がします。
なので、今後は気をつけてください」
メリルさんが何か言いたげに華花さんを見つめるが、言葉が咄嗟に出てこなかったみたいで。
そんなの、寂しいですと呟いたのだけが辛うじて私の耳に届いた。
その声は切なくて、でも私の胸には温かなものが流れてくる。
昔、私を助けてくれたメリルさんは、今日もここにいたから。
リリアさんが苦しんでいる中で不謹慎だけれども、その不変さが私は嬉しかった。
かつて、私がボロボロだった時期、手を握ってくれたメリルさんが何よりも温かかったから。
「リリアさん、あなたの身に何があったのか、話せそうですか?」
メリルさんみたいには、きっとやれない。
誰の心にも寄り添って、一生懸命になれる献身は私にはないと思う。
ただ、自分のできる範囲でやれることをやる生意気さは持ち合わせていたから。
リリアさんに視線を合わせて、覗き込まないようにしながら話し掛ける。
リリアさんも、ゆっくりと私に視線を合わせる。
キラキラとした、エメラルド色の瞳が僅かに見開かれる。
茫洋とした瞳に、悩みと苦しさが映り込んでいる様な気がした。
「ありがとうござます、アサヒさん
ですが、これは私の不徳から出た問題です。
それを話すとなると、我が身の恥を晒すようなもの。
なので、どうか見逃してくださいませんか?」
リリアさんは、視線を逸らしてそう告げた。
瞳を揺らして、寂しそうな表情で。
寄る辺のない、迷子の子供のように。
私は、軽く息を吐いた。
今から話そうとすることに、些かの覚悟が必要だったから。
けれど、リリアさんにばかり話させるのは、些か以上にアンフェアなのは確かだと思ったのは確かで。
「では、リリアさん。
私の話を聞いてくださいませんか?
私の話し難いことを、是非に」
だから、私は心を落ち着けてから話し始めた。
自分のこと、かつての私の過ちを。
リリアさんの瞳は、今度は逸らされることはなかった。
大蔵の本邸で過ごしていた時、禁を破って追放されたこと。
そのせいで、お母様の死に目に会えずにそれが最後の別れとなったこと。
メリルさんと出会い、救われたこと。
心機一転、日本に渡って新たに家族ができたこと。
……そうして最後に、奥様の安寧とお兄さまやりそなの信頼を裏切ってしまったこと。
でも、未だに浅ましくも、また家族で共に過ごしたいと思っていること。
全部、全部を話し切って。
そうして話し終えた時、その場には形容し難い光景が広がっていた。
メリルさんは泣いている。
華花さんは難しい顔で黙り込んで。
そしてリリアさんは、目を見開いて私をジッと見つめていた。
空気が重い、間違いなく自業自得のこと。
恥ずかしい、それは自らの浅ましさを見せてしまったから。
申し訳ない、恐らくはみんなを困らせてしまったので。
でも、だからこそここまで言ったのだからと自分を奮い立たせて、リリアさんに私は告げた。
私は恥の多い人生を送って参りました、と。
「なので、どうかリリアさんのお話もお聞かせください。
自分だけが、このような人間なのだと思うと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうですので」
恐らく、私の顔は真っ赤になっている。
自分の恥じいるべき過去を、開け広げに語ってしまったのだから。
後には引けなくて、半ば開き直ってそうしていると、リリアさんは微笑を浮かべられた。
「そうですね、それでは私のことをお話し致しましょう。
アサヒさんに比べると、私は自分が何と小さなことで傷ついていたのだろうと、そちらの方で恥ずかしくなってきますが」
「いえ、悩みは主観でしか語り得ません。
自分が感じた心でしか、測り得ないものです。
だから、どうかリリアさんが感じたままにお話しくださいますか?」
「――ええ、そうします。
ですが、話し終わったら、アサヒさんに伝えたいことがあります」
「わかりました、リリアさん」
私が頷くと、リリアさんはゆっくりと語り始めた。
自分が、どうしてこのメゾンド・パピヨンにやって来たのかを。
「私、家を追い出されたのです」
そう告白したリリアさんは、これまでのことを思い出すように語り始めた。
彼女の浮かべている表情は透明色で、気持ちが読み取れない。
ただ、客観的に事実を述べようとしているのは、何となく理解できた。
「本当に唐突でした、私の部屋に父がやって来て告げたのです。
”今日からお前は、この家を出て暮らしてもらう”と。
意味が分かりませんでしたし、理解もできませんでした。
だって、お父様は何も説明して下さらなかったから」
「それは……不安でしたでしょう?」
「えぇ、急な出来事で動揺してしまって。
華花にも、苦労を掛けました」
「はい、リリア様が悲しみのあまり透明な雫を滴らせ、私を興奮させました」
「こんな事を言っているけど、華花はお父様に抗議してくれたの。
素直じゃないから、イヤらしくて淫乱でHENTAIなことを言っているだけ。
だから、許してあげてね」
「いや言いすぎだろ」
「それでね」
リリアさんが泣いたであろうことを教えてくれた華花さんは、とても扱いが雑だった。
でも、お陰で重苦しかった空気は若干緩和されて、いつもの空気が戻りつつある。
そして、いつの間にかメリルさんが私の背中にピッタリとくっつきながら話を聞いていた。
「抗議してくれた華花に、煩いの一言だけでね。
有無を聞き流されて、出て行く用意を家の召使いにさせて。
通帳だけ渡されて、私は追い出された。
それも、わざわざここに行くように指定されて。
嫌われたと思うにしては、なんの覚えもないの。
事情があると思っても、一方的すぎて分からないの。
……何なのかしら、一体」
思い出して、納得がいかないと不満げな顔を覗かせるリリアさん。
でも確かに、話してくれた内容には何故? と思うことが多々あった。
普通は、家に居られると困るなら、何かしら理由は話してくれるだろう。
リリアさん程の名家なら、その辺りはキチンとしていないと逆に危ない。
そもそも、一人娘を突然放り出すのは、家としてのリスクが見るからに高くなる。
だから、この場合は考えないといけないのは、何かしらの圧力があったこと。
それも、ラグランジェ家ほどの名家が跳ね返せない、圧倒的な力を持った場所からの。
「分かりません、ですが私達は共に学び合う仲です。
だから、一緒に悩ませてください。
リリアさんが誰が味方で、何が真実かわからないのなら、私達が味方だという事実は覚えていてください」
私の言葉に、メリルさんも力強く頷いて。
そうしてリリアさんの目を見ると、瞳は僅かに揺らめいていて。
私の手をそっと取って、ありがとうございますと告げたのだった。
リリアさんと華花さんが、ここの住人として増えた日のこと。
……そう言えば、リリアさんと目があったのは、今日が初めてだった。
もしかすると、結構な恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。
「…………ねぇ、どうしてかしら?」
その声は、枕に突っ伏して発せられてくぐもっていた。
隣の部屋に聞こえない様に気を付けた、そんな悪足掻き。
けれども彼女は、もしかしたら聞き耳を立てられているかもと思っていて。
だって、と思う。
(あの子の目は、本物だった……)
今日見た少女、アサヒは本当にこちらのことを心配していた。
欺瞞を身に付け、他者を欺くことを学んだ彼女だからこそ分かる。
アレに、嘘偽りなんてなかったと。
いつも通りの彼女なら、それでもと自分の感性を否定して、日本人であるアサヒを信じなかっただろう。
そう定義しているからと、今までの人生の軌跡に沿って。
でも今の彼女は、意味も分からずに実家を追い出された上に、庶民が住む様なアパート(服飾に関して行えることだけは、素直に彼女も喜んでいる)へと強制移住をさせられて。
理由を教えてくれるはずの父も母も、厳しげな顔で出ていけ、早くと繰り返すだけ。
唯一、信じられる味方と思っていた両親に裏切られた彼女は、もう何を信じて良いのか分からなかった。
――そんな中で、彼女は見た。
本気で心配してくれている、二人の少女を。
アサヒさんとメリルさん。
心の中で、呟くと彼女達の先ほどを思い出す。
温かい、それも美味しい紅茶(こんなアパートのレベルでは信じられない)を入れてくれたアサヒさん。
手を握って、私を必死に励ましてくれたメリルさん。
今まで、勝手に内心で見下して来た二人が、一番私のことを考えてくれている。
意味が分からなかった、否、分かりたくなかった。
だってそれは、自分のアイデンティティに問題があると、そう告解する様なものだから。
世界で一番なフランス。
文明の発信地であるパリ。
その国の貴族で(フランス革命時には、しれっと革命軍側に参加していたけれども)、名家で、誰にだって尊敬される。
他の国の人間は野蛮(特に欧州圏以外の人間は)で、自分達こそがまともな人間なのだと、そう思っていた。
だけれども、今はどうだと彼女は考える。
なんの理由もなく家を追い出した彼女の両親と、貧しくも温かく迎えてくれたアサヒさん達。
何が正しいのか、何を信じれば良いのか、自分自身の中でバラバラになりそうになる。
彼女はその矛盾に対して、答えを出せそうになくて。
「分かりません」
どうして? という問いに、彼女の従者は淡々と答えた。
その様子に、苛立ちと恨みがましい視線を従者へと向けて。
「ですが――」
「なに?」
「あの人達が善良だからと認めたくないなら、愚かだと思われては如何でしょう。
底抜けのおバカだから、お嬢様を迎え入れてしまったのだと。
それでよろしいのではないでしょうか、
「
「そうすれば、あなたの意思でここに来たということになります」
従者は、論点をずらしていた。
ここで言うべきは、バカ真面目な正論ではないと理解していたから。
Q.何故家を追い出されたのか?
A.こまけえことは気にすんな、あんたは善行を行うためにここに来たんや
まるで答えにはなってないが、心の拠り所がぐらついている彼女にとっては、一つの指標になりそうなテーゼであった。
少しずつ、彼女の表情に色が戻りつつある。
ぐらついたものが、急速に別の使命感で埋め立てられつつあるから。
「ふふ、そうでしたか。
これはきっと、神の試練なのですね。
あの人達は、欧州人ではありませんが、讃えられる才能があると。
だからこそ、私という選ばれた者が救済し、導かねばならないと」
「左様でございます、お嬢様」
内心で、斜め上に行きすぎてんだろと思いつつ、従者は素知らぬ顔で肯定していた。
いびってくるお嬢様だが、雇ってくれた恩とそれなりの愛着があったから。
良かったと、心から安堵して。
「うふふ、そうとなれば、早速地下へ向かいましょうか。
デザインを、なんだか無性に描きたくなってきたの!」
そう言って部屋を飛び出していった彼女に苦笑いをしつつ、従者は部屋を整え始めた。
あとで、お嬢様が戻って来た時にすぐ休めるように。
従者は、従順で忠実だった。
彼女の実家などは関係なく、彼女そのものに。
それに、不謹慎ながら、ちょっと嬉しかった。
何か、自身の主人に変化が起こりそうな予感がしたから。
「信じて送り出した娘が、どこぞの外国人に拐かされて照れ顔集合写真を送って来たって状況になるかねー」
書いてたら、プロットを外れてリリアルートに向かおうとするので、悩んだ挙げ句に微改訂くらいで投稿しました。きっと、未来の自分が何とかしてくれるはずです。