月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
リリアさんや華花さんと、一緒の屋根の下に過ごし始めて数日。
最初こそ、リリアさんは環境の変化に動揺していたけれど、今では俯いていた顔を上げて笑顔を見せてくれるようになった。
そして、馴染もうと努力もしてくれている。
華花さんと一緒にキッチンに立ち、料理まで振る舞ってくれたのには驚いた。
食卓に並んだシチューは野菜が凸凹に剥かれていて、それをリリアさんは恥じらっていたけれども、味付けには成功しておりとても美味しかった。
それ以降、服飾以外でも少しずつ一緒のことを行うことが増えた。
例えば、それは今行っている作業だったり……。
「アサヒさん、準備はよろしいですか?」
「よろしいかよろしくないかで言えば、大変答え辛いのですが……」
「大丈夫みたいです、大蔵さんも股下がびしょびしょになっていますし」
「それは華花さんだけで、私はなっていません……」
「サラッと私のこと淫売扱いしたな、おい」
私達は現在、何時もとは違う装いをしていた。
リリアさんは、茶色の鴨撃ち帽にインバネスコートを羽織り、赤い縁の伊達メガネを掛けている。
華花さんはというと、茶色のトレンチコートに身を包み、真っ黒なサングラスを装着していた。
「大蔵さん、この淫乱ドスケベメイドのコートの下が全裸だとしたら……どうする?」
「脱がせません」
何故だか不敵な笑みを浮かべている華花さんは、とてもいつも通りだった。
装いが変わろうと、微塵も変わらない芯があるのは素晴らしいことだと思う。
一方で、私はソワソワとする気持ちを抑えられていない。
身に付けている服どころか、何もかもが違っているから。
「案外似合うな、大蔵さん……いや、小倉くん」
「なんだか、すごく落ち着かないです!」
ニヤニヤとする華花さんに、私は悲鳴のような声を上げた。
今の私の格好は、キャスケット帽に髪を編んで仕舞い込み、白のシャツに半ズボンを穿いている。
いわゆる新聞売の少年スタイル。
レトロなそれは、ベーカー街で名探偵ホームズ相手にアルバイトでもしてそうな格好だった。
しかも、女の子の格好ではなく男の子の格好。
男装、といって差し支えないものである。
ついでに偽名まで名乗ってるのは、知り合いに見つかった時に気づかれない為だ……流石に恥ずかしすぎるから。
「大丈夫ですわ、アサヒさん。
とても、とっても似合ってますから」
「あ、ありがとうございます?」
「小倉くん、今の言葉を意訳してあげます。
つまりは、”貴方には庶民の格好がお似合いですわ。卑しく私の足を舐めなさい”という、リリアお嬢様からの宣告ですよ」
「そんな訳ないでしょう!
もう、華花ったら、恥ずかしいこと言わないで!」
ポカポカと華花さんを叩いているリリアさんは、何だか楽しそうで。
それにほっこりしつつ、何故こうなったかということを思い返す。
私達が、愉快な探偵一行の格好をする様になってしまった理由を。
「やはり、納得がいきません!」
食堂でそう言ったリリアさんの顔は、不承不承が滲み出ていた。
近くにいた華花さんは、肩を竦めている。
リリアさんが怒っている姿を見るのは珍しい感じがするけれども、華花さんにとっては何度か見たことのある姿なのかもしれない。
「お嬢様、夕食は昨日食べたでしょう」
「それは毎日食べさせてください」
「それは私の愛が籠った料理であっても?」
「愛情が込められているなら、なお良い話ではないですか」
「言い直します。それが私の愛液が籠った料理でも?」
「料理にその様なものを混ぜる人は、愛を語る資格はありません」
「この華花めの愛を、お嬢様は疑われているので?」
「正気は疑っているわ」
とてつもなく毒舌で、今日のリリアさんは辛辣だった。
ただ、私が食堂に顔を覗かせていることに気がついて、少し気まずそうな顔をする。
「あ、アサヒさん、これは違うの」
「いえ、いま来たばかりで、私は何も存じていません」
私がそう伝えても、リリアさんは恥じいる様に顔を赤らめていた。
その中で華花さんは、平然とした顔で告げた
「まるで不貞を働いた恋人の言い分ですね。
お嬢様と大蔵さんは、いつからお付き合いを始めたので?」
「か、華花!」
100%の揶揄いを受けて、リリアさんは顔を先ほどより更に赤くしていた。
今回は、羞恥ではなくて怒りで。
「え、えっちなことを言うのはおやめなさい!」
「なるほど、お嬢様の中だと恋人になるイコール即エッチなんですね。
良いですね、流石は私の主人。ど淫乱です」
「私はともかく、アサヒさんを侮辱するのはやめなさい!」
「大蔵さんのことなんて、一言も触れてないんですけど……。
お嬢様の中では、大蔵さんが淫乱呼ばわりされたことになってるんだ……怖」
二人の何時ものやりとりは、いつの間にか私にまで飛び火していた。
思わず遠い目になりそうになるけれど、耐性ができてきたのか、苦笑で済ませられていた。
「安心してください、リリアさん。
私は異性愛者です」
「お嬢様、振られましたね」
「え、私、振られた?
振られ、大蔵……ウッ、頭が!?」
突如として頭を押さえるリリアさん。
慌てて崩れ落ちそうになる彼女を支えると、華花さんも手伝ってくれて、そのまま椅子の上にゆっくりとリリアさんを下ろす。
その顔色は、今度は青色に変わっていた。
リリアさんは、分かりやすく表情に出る人だった。
「大丈夫ですか、リリアさん?」
目をグルグルさせているリリアさんに声を掛けると、ハッとした顔で目の焦点が合う。
そして私の顔を見て、小さく首を傾げて不思議そうにしていた。
「あら、アサヒさん、どうかしまして?」
「いえ、リリアさんの体調が悪いのではないかと思ったので」
「? いえ、体調は良好ですわ」
微妙に成り立たない会話に不安になっていると、華花さんが私の耳元で囁いた。
「お嬢様はキャパオーバーすると、記憶を消すタイプの人です。
大蔵さんも、覚えていてください」
何か、とんでもないことを言われた気がするが、目の前のリリアさんを見ていると、それが嘘でないとわかる。
なので、とりあえず華花さんに頷いておいた。
さっきの会話の、何がリリアさんを追い詰めたかは分からないままだけれど。
別段、蒸し返すほど気になってる訳でもなく、私は別の疑問へ興味を向けていた。
「ところで、何が納得いかないのでしょうか?」
それは、食堂に来た時にリリアさんが憤りながら、口に出していた言葉だった。
それは、リリアさんは、やっぱり聞こえていたのですねと恥ずかしそうにしながら、私の疑問への答えをくれた。
「家を追い出されたことに対して、です。
ここでの暮らしに慣れて、考える余裕ができたらどうしても気になってしまって」
前までは顔を伏せて話していた内容を、今は堂々と顔を上げて話していた。
不服ですと、キチンと表情に現して。
「確かに、分からないことが多いですね」
そっと華花さんに目線を向けると、それに気がついてくれたのだろう。
何も知らないと、首を振った。
「お嬢様と私がここに来たのは、旦那様の指示があったからです。
ここに来る時、その他のことは何も話してはもらえませんでした。
尤も……」
何かを言いかけて、華花さんは口を噤んだ。
ただ、華花さんの言いたいことはなんとなく察せられた。
ラグランジェ家に対して、そんな圧力を掛けられる人物は、そう少なくないのだから。
胸が不安で、ザワザワとする。
考え過ぎると、あらぬ疑いをかけてしまいそうだから。
そんな私に、華花さんはまた耳元で囁いて。
「お嬢様は世間知らずで、そんなことには想像が及びません。
まぁ、普段は仕掛けられる側ではないので。
だから、拗れさせないためにも、余計なことは言わないでください」
最後に、でないと行き場がなくなってしまいます、と呟いて。
華花さんは、そっと私から離れた。
私は小さく頷くと、華花さんもそれに倣って。
訝しんでいるリリアさんの方に、向き直った。
「隠し事ですか?
もしかして、お父様から何か聞いておられます?」
「いえ、お嬢様はレズかバイかで盛り上がっていました」
「華花! ふざけないでください!
もう、本当にいつも!
今はもういいって言ってるのに!」
「癖になったので、責任とってくださいお嬢様」
「……考えておきます。
それで、本当は何を話していたのですか?」
アサヒさん、と私の方をリリアさんは向いて尋ねた。
華花さん相手は、煙に巻かれると思ったみたいに。
ただ、憶測に過ぎないことは、今この場で話すと拗れそうだと言うのは華花さんの言った通りで。
私は咄嗟に、こんなことを口走った。
「今はまだ、語られるべきことではないです」
彼の推理小説で、解答の提示を拒否する時に示されるワトソン氏の文言を、私は引用していた。
正確な部分は違うけれど、大体のイメージを持って語られる言葉はこれだったから。
因みに、七愛さん曰く、ホームズに口止めされているワトソン氏の読者への言い訳なので、イメージにある格好いい言葉ではないとのこと。
でも、私の言葉を聞いたリリアさんは、ハッとした顔になって。
格好つけが成功したかな? と思った瞬間のことだった。
「つまりは、証拠を集めればよろしいのですね?」
リリアさんの目が、薄く開かれていた。
浮かべている淡い笑みは、ともすれば嗜虐的に見える貴族のそれで。
目の光が、冒険にときめく子供を連想させる。
咄嗟に華花さんの方へ振り向けば、酷く呆れた顔をしていた。
「気になって気になって仕方ない人の前に、勿体ぶればページを捲ろうとするでしょうに」
「……はい」
確かに、私の物言いは、まるでヒントが出揃ったら解決する様な味わいがあった。
我ながら、迂闊すぎたかもしれない。
「そもそも、家を追い出されて不安に過ごしてるんです。
それを解決したいと思うのは、至極当然でしょう。
それっぽいことを言われれば、やる気にもなってしまいます、
今更、やっぱり無しだとかいうのも無責任だし。
大蔵さん、自分の言葉に責任を取ってくださいね」
呆れ顔の華花さんと、目にやる気を灯しているリリアさん。
その二人を前にして、私は気まずさの中で首を頷かせていたのだった。
因みに、その証拠集め。
つまりは探偵的な調査をするにあたって、私達は初めて共同作業で服を作成した。
リリアさんは様式美から入る人で、格好をとても整えたがっていたから。
制作期間は、何と二週間の弾丸制作。
市販の服をバラして、私が型紙を解析し、リリアさんが規格に合うようデザインをリファインして、それを華花さんで再設計し直したもの。
縫う時の作業は、目を輝かせて手伝いに来てくれたメリルさんが抜群のセンスを発揮してくれた。
サヴォアでは、日常的に服を仕立て直していたと懐かしいことを話しながら。
私も、何とか皆さんに負けない様に、必死にミシンや針を動かして。
「ふーん、やるじゃん」
それを見ていた華花さんが、そう言って褒めてくれたのがとても嬉しかった。
そうしてできた服は、正に探偵一行といった風情で。
……誤魔化そうとしたけれど、やはり恥ずかしさは拭えない。
そして、何よりこれから目的がまずい。
何となく真実を知りたくない私と、ようやく安定したリリアさん周りの状況が無茶苦茶になることを恐れる華花さん。
思っていることは、確かに重なっていた。
私達は目配せしあい、頷き合った。
リリアさんには大変申し訳ないけれど、私は色々なことから目を逸らすことにした。
私と華花さんは、お互いに目配せをして、そして頷きあう。
今日は、リリアさんには探偵見習いでなくて、デザイナーの卵としての成果を確かめてもらおう。
着ている服を楽しんで、通りを歩いて評価され、それで一日が終わりますように。
ソシャゲのヘブバン、ABコラボもあって始めてみたら案外水が合ってやり込んでしまいます。あと、久方ぶりにだーまえ様のシナリオに触れられて、気分が10年ほど若返った気分になりますね!(なお、可処分時間は減る模様)